札幌地方裁判所 平成15年(わ)1185号 判決 2004年9月27日
主文
被告人を禁錮1年に処する。
この裁判が確定した日から3年間刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(犯罪事実)
被告人は、平成9年10月、不動産の賃貸等を業とするA株式会社の代表取締役に就任し、そのころから同会社の業務全般を統括掌理していたものであるが、同会社が所有して賃貸する札幌市<住所略>所在のマンション「○○」(昭和62年×月×日建築、鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根10階建、全77戸)が老朽化し、後記同マンション405号室を含む各戸の設備・備品として、各居室内に設置されていたガス瞬間湯沸器(以下「湯沸器」という。)及び各居室の天井裏を経て戸外へ通じる燃焼ガスを排出するための金属製排気筒の多数について、同排気筒が腐食して穴が開くなどしていて十分に排気することができず、排気に伴って湯沸器に酸素を供給する仕組みが機能しがたい状態になっており、そのまま放置して居住者らが湯沸器の使用を続ければ、湯沸器に不完全燃焼が生じて一酸化炭素が発生し、その一酸化炭素が戸外に排出されずに途中で排気筒から漏れ出して天井裏から室内に還流し、居住者がこれを吸引して一酸化炭素中毒に陥る危険があったところ、平成10年2月ころ、同マンションにガスを供給している北海道瓦斯株式会社において実施した検査により、上記の原因から同マンションの多数の居室において、湯沸器に不完全燃焼が生じて一酸化炭素中毒事故が発生する危険があることが判明し、同会社からその旨の報告を受け、同事故を防止するためには、同マンションの全排気筒を交換することが必要であるとの指摘を受けたのであるから、直ちに同マンションの居住者にその旨注意を喚起するとともに、排気筒を交換するなどし、もって一酸化炭素中毒事故の発生を未然に防止し、居住者の安全を確保すべき業務上の注意義務があったのに、これらの措置をとらずに放置した過失により、同年12月7日午前5時ころ、貸借人甲野花子が居住する同マンション405号室において、同室の天井裏の排気筒の末端部分が腐食のため外壁と排気口と分離するなどしていたために、同室に設置された湯沸器の燃焼に伴う燃焼ガスの排出不良をもたらし、その結果、同湯沸器に十分な酸素が供給されずに不完全燃焼を生じさせ、これにより発生した一酸化炭素を同室天井裏の排気筒から漏れ出させて同室内に還流させ、そのころ、同室内において、これを吸引した上記甲野(当時23歳)を一酸化炭素中毒により死亡するに至らせたものである。
(証拠の標目・省略)
(事実認定の補足説明)
第1 事案の概要及び争点
本件は、判示のとおり被告人が代表取締役として、その業務全般を統括掌理していたA株式会社(以下「A社」という。)所有の賃貸マンションの1室において、平成10年12月7日、同室の貸借人で居住者であった被害者が、同室の設備・備品として室内に設置されていたガス瞬間湯沸器(以下「本件湯沸器」という。)の不完全燃焼によって発生した一酸化炭素により中毒死した事案である。
検察官は、本件マンションについては、同年2月ころに北海道瓦斯株式会社(以下「北ガス」という。)が行った検査により、多数の居室において排気筒から排気漏れが生じており、湯沸器に不完全燃焼が生じて居住者が一酸化炭素中毒に陥る危険のあることが判明し、被告人は、北ガスからの報告書によって本件マンション各戸に上記の危険があり、本件マンションの全排気筒を交換しなければならない旨の警告を受けたのであるから、被告人には、本件事故の発生について予見可能性があったと主張する。他方、弁護人は、被告人は、上記報告書等の北ガスからの説明によっては、居住者に一酸化炭素中毒が発生する差し迫った危険があると認識することはできず、本件事故発生の予見可能性はなかったなどと主張する。
第2 本件事故の発生原因
1 関係証拠(甲7、10、14、15、17、26、27等)によれば、次の各事実が認められる。
(1) 本件湯沸器は、△△工業株式会社製、<型式番号略>都市ガス用、半密閉式・強制排気式のものであり、燃焼用の空気を室内から取り、燃焼ガスは戸外に通じる排気筒から、排気ファンによって強制的に戸外に排出される仕組みになっている。本件湯沸器上部には金属製排気筒(以下「本件排気筒」という。)が接続され、天井裏を経て外壁排気口に達している。本件排気筒は直径約6cmの金属管4本を止め金又はアルミテープでつないだ全長約578cmのもので、天井裏の部分は繊維質の断熱材で覆われていた。これらの構造は、本件マンションの他の居室の湯沸器、排気筒についてもおおむね同様であった。
(2) 本件排気筒の末端部分は、腐食して内部に錆び様の付着があり、部分的に変形・欠損していた上、本来、天井裏の外壁内側にある排気口と接続しているべきであるのに、それが分離していた。繊維質の断熱材も、末端部分では焦げて、部分的に変形・欠損していた。本件現場において、天井の耐火ボードを取りはずして行われたスモーク実験(湯沸器側から外壁側に向かって煙を流したもの)では、排気筒末端部分と外壁内側の隙間から天井裏内部に煙が流出するのが確認された。また、天井の耐火ボードを取り外さず、事故当時の状態で本件湯沸器を燃焼させたところ、燃焼開始から約18分後には、排気筒末端部分付近の天井裏で一酸化炭素濃度が顕著に増加し、被害者が倒れていた地点でも一酸化炭素が検出された。
(3) 本件湯沸器本体は、熱交換器に煤が付着して若干閉塞した部分が一部認められたが、本件排気筒を取り外して換気が十分行われた状態で燃焼検査を行ったところ、赤外線式ガス分析計で計測しても一酸化炭素は検出されず、ほぼ正常に燃焼した。
2 上記各事実のほか関係証拠を総合すれば、被害者方においては、本件排気筒の末端部分が排気口と分離していたこと、そのために同末端部分と外壁内側の隙間から燃焼ガスが漏れるようになっていたこと、同末端部分の内部に残渣が存在したことなどが原因で、円滑な排気が阻害される排気不良が生じ、湯沸器に不完全燃焼が生じやすい状態になっていたところ、本件当日、湯沸器を燃焼させた際に、上記排気不良によって完全燃焼に必要な酸素の供給が不足し、不完全燃焼に陥って一酸化炭素が発生し、それが本件排気筒の末端部分等から漏れ出して室内に溜まり、これを被害者が吸引して死亡したものと認められる。
弁護人は本件湯沸器自体の不具合が本件事故の原因であった可能性を主張するが、上記のとおり本件湯沸器に不具合はなかったのであるから失当である。結局、本件のように湯沸器が正常であっても、排気筒に不備があれば一酸化炭素が発生しうるのであって、上記原因による一酸化炭素中毒事故を防止するための物的な措置としては、室内に湯沸器を設置し、強制排気を行うという本件の給排気システムを前提にする限り、排気筒の交換等によって排気設備を改善することが不可欠であったと認められる。
第3 北ガスによる自主点検の結果と本件事故原因の関係
1 関係証拠(甲26、27、D、E、C証言等)によれば、次の各事実が認められる。
(1) 本件マンションに都市ガスを供給していた北ガスは、平成6年から、集合住宅における湯沸器からの排気漏れ等による一酸化炭素中毒事故を防止するために、集合住宅の所有者・居住者等の同意を得て、各居室の湯沸器及び排気筒の無料検査(以下「自主点検」という。)を行っていた。平成10年2月、北ガスは、A社から本件マンションの管理業務の委託を受けていた株式会社B(以下「B社」という。)の代表取締役Cに本件マンションの自主点検を申し入れた。Cは、被告人の了解を得た上でこれを承諾したが、北ガスに対し、点検結果を居住者に直接通知しないという条件を付した。同月、北ガスは、本件マンション全77戸中、居住者の承諾が得られた37戸で自主点検を実施したが、被害者方については被害者が不在等のために行わなかった。
(2) 上記37戸において、湯沸器を燃焼させて二酸化炭素計により天井裏の排気濃度を測定したところ、約36戸(なお、後記本件報告書別表によれば35戸であるが、以下においては、本件報告書本文に従い、便宜36戸と表記する。)において、0.3%以上の二酸化炭素濃度が検出され、北ガスの基準により、天井裏において排気漏れがあると判定された。目視の結果では、そのうちの3戸において、天井裏の排気筒末端の外壁貫通部が腐食し、排気筒が外壁内側の接続部から外れていることが確認された。断熱材についても、腐食による穴あきのために排気によって発生したと認められる染みが多数認められた。
このほか、上記37戸中34戸について、湯沸器を5分間くらい燃焼させて排気筒末端における一酸化炭素濃度を計測したところ、約20戸において、北ガスの基準(0.015%)によれば湯沸器の不完全燃焼と判定される一酸化炭素が検出された。
(3) 上記検査結果から、北ガスの検査担当者であるDらは、天井裏の排気漏れは、排気筒の外壁貫通部の腐食による同部分からの漏洩、排気管の接続部のアルミテープがはがれたことによる接続部からの漏洩によるものであると推定した。また、こうした排気漏れがあれば、排気不良が生じて燃焼に必要な空気を湯沸器に供給する機能が低下し、不完全燃焼が生じて一酸化炭素が発生する危険があると判断した。
2 これらの結果を被害者方と比較すると、上記36戸で確認された排気漏れ並びに3戸で確認された排気筒末端の腐食及び外壁貫通部からの離脱等は、いずれも被害者方においても生じていたものである。他方、約20戸で確認された湯沸器の不完全燃焼は、D証言等によれば、湯沸器自体の老朽化等による不具合によるものと認められるので、被害者方の湯沸器には該当しない(なお、北ガスは、自主点検のころに、この約20戸の湯沸器の修理を済ませており、その費用はB社が支払った)。
第4 被告人の過失の有無
1 関係証拠(甲26、34、乙2ないし4、D、E、C証言、被告人の公判供述等)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 北ガスは、自主点検の結果を記載した「ガス給湯器排気筒点検結果報告」(以下「本件報告書」という。)を平成10年2月23日ころ作成し、被告人は、その後まもなく、Cらを介してこれを受け取り閲読した。
(2) 本件報告書には、概略、以下の内容が記載されていた(「 」内は本件報告書の文言である。)。
① 「点検結果」欄には、77戸中37戸の点検の結果、36戸で「天井裏にて排気漏れ」があり、「そのうち腐食による排気はずれ(外壁貫通部)3戸」があったことのほか、「腐食による穴あきが、断熱材のシミ等から多数あると推測されます。」とあり、「漏洩推定原因」として、「排気筒のスパイラル部が腐食して漏洩しています。また、経年劣化によりアルミテープがはがれ排気筒の接続部より漏洩していると思われます。」などと記載されていた。このほか、「湯沸器の燃焼不具合」として、20戸において当社基準値以上のCOが検出され、「内10件は了解をいただき修理完了いたしました。残りの10件についても修理させていただきたいと思います。」と記載され、別紙として各戸のCO2及びCO測定値の一覧表が添付されていた。
② 「排気漏洩基準」欄には、「特に湯沸器が不完全燃焼した場合には排ガス中にCOが含まれそれを人間が吸引すると一酸化炭素(CO)中毒に至る恐れがあります。」などと記載されていた。
③ 「改善方法案」欄には、「改善にあたり最優先しなければならないことは排気漏れを防ぐことでありますが、費用投資としては将来的な面からも今回において全排気筒の交換をされることがトータルコストの低減にもつながると思われますので、下表の改善案をご提案致します。」などと記載されていた。
④ 「お願い」欄には、「今回の調査においては、排気ガスの漏れ、湯沸器の燃焼不具合についてお客様に、お知らせしておりません。このことからも、入居者様の安全を鑑み、燃焼不具合の湯沸器の修理を早期に行うとともに、排気筒の改善をお進めいたします。」などと記載されていた。
⑤ 「その他」欄には、「ガス給湯器排気筒不備による中毒事故は少なくない現状にあります。」「札幌市内におきましても、ここ数年天井裏設置の排気筒による排気ガス漏洩中毒事故が発生しております。」「特に寒冷地では排気筒が室内の天井裏に設置されている場合が多く、排気筒の経年劣化による不具合が生じましても、日常生活上極めて発見しにくい状況にあります。」「弊社では、平成6年4月より自主点検として排気筒の不備等を発見し事故防止を目的とした調査を実施し、不備を発見した場合は改善をお願いしております。」などと記載されていた。
(3) その後、Cの依頼により、北ガスが、平成10年4月15日ころ、本件マンション全体の排気筒交換工事等の見積書2通(見積額約1300万円と約1800万円。後者は湯沸器・排気筒の一括交換工事)を作成した。これを見た被告人は、その当時、取引先に対する支払を一時猶予してもらうなどすれば、上記工事資金を捻出することが可能ではあったが、本件マンションについて既に競売開始決定がされていたことなどから、北ガス側と若干の協議をしたものの、上記工事を依頼しないこととし、そのことはCを経て北ガスに伝えられた。その後、被告人(A社)もB社も、上記工事を行わず、本件マンションの居住者に自主点検の結果を知らせたり、排気漏れや湯沸器の不完全燃焼のおそれについて注意喚起したりする措置を一切行わなかった。北ガスにおいても同様であった。
2 そこで、被告人の本件事故発生に対する予見可能性について検討する。
(1) 本件報告書には、弁護人も指摘するとおり、全排気筒の交換がトータルコストの低減にもつながる、改善案をご提案致します、排気筒の改善をお進めいたしますというように、とるべき措置について切迫感のない表現があることは否定できない。また、一酸化炭素濃度の測定結果は「湯沸器の燃焼不具合」の箇所に記載され、湯沸器の修理を行うこととされているが、二酸化炭素濃度の測定によって認められた天井裏の排気漏れ等が、湯沸器の不完全燃焼や一酸化炭素発生の原因となることを直接表現した部分は存しない。そのほか、B社に対する北ガス関係者の口頭の説明を含めて検討しても、本件報告書等による北ガスらの報告・説明が、検察官が主張するように、本件マンションにおける一酸化炭素中毒の危険性や全排気筒交換の必要性を「警告」したものと評価することは相当でない。
(2) しかしながら、その「点検結果」欄においては、具体的な測定値を明示して、点検したほぼ全ての居室で排気漏れがあったことが記載され、一部では外壁貫通部が腐食して排気筒がはずれていたこと、腐食による穴あきが多数あると推測されること、排気筒の腐食や経年劣化によるアルミテープの剥離により漏洩していると推定されることなどが指摘されている。これらの記載からは、本件マンションの多数の排気筒が、本来備えるべき性能から著しく劣る欠陥を有していることは明らかであり、ガス機器としての性質上、それが人の安全に関わるものであることも当然予測できるところである。
さらに、本件報告書は、湯沸器の不完全燃焼が一酸化炭素中毒をもたらす危険性に言及した上で、改善にあたり最優先しなければならないことは排気漏れを防ぐことであること、入居者の安全にかんがみ排気筒の改善を勧めること、ガス給湯器排気筒不備による中毒事故は少なくなく、札幌市内において、ここ数年天井裏設置の排気筒による排気ガス漏洩中毒事故が発生していること、北ガスでは排気筒の不備等を発見し事故防止を目的とした自主点検を実施し、不備を発見した場合は改善をお願いしていることなども述べている。これらは、排気筒の不備が一酸化炭素中毒をもたらすことを端的に表現したものではないが、全体を通してみれば、排気筒の不備が安全上重大な問題であり、湯沸器の不完全燃焼、ひいては一酸化炭素中毒事故を発生させる危険があること、それゆえ本件マンションの全排気筒の交換が必要であることは十分に読み取ることができる。
そして、被告人、Cらの供述を検討しても、Cその他の関係者から被告人に対し、本件報告書が指摘する上記の危険性等を否定、減殺するような説明はなされなかったと認められる。
(3) そうすると、本件報告書を閲読した被告人としては、まず、本件マンションの37戸中36戸について排気漏れが生じていること、3戸については排気筒がはずれていることなど、多数の排気筒に欠陥があることを現に認識したのであり、被害者方を含む未点検の40戸の排気筒のうち相当数についても、同様の欠陥が存在するであろうことを当然予見できたものと認められる。さらに、被告人としては、排気筒の上記欠陥が一酸化炭素中毒をもたらすことについても、そのメカニズムは理解し得なかったとしても、そのこと自体は予見可能であり、湯沸器が各居室で日常的に使用されるものである以上、本件マンションのうち、排気筒の上記欠陥が存在し又は存在するであろういずれかの居室において、本件事故のように、排気不良によって湯沸器の不完全燃焼が生じ、その結果、在室者が一酸化炭素中毒により死傷する可能性があることも十分に予見することができたものと認められる。
弁護人は、本件報告書には上記のように危険を警告しているとは受け取り難い表現があること、北ガスは、一番費用のかかる排気筒の全交換のみを提案し、複数の改善策を提案しなかったこと、その後被告人に対して排気筒を交換したか否かを確認したりしていないこと、本件マンションの居住者に対しても自主点検の結果を知らせていないことなど北ガスの一連の対応を根拠に、被告人は一酸化炭素中毒事故発生の差し迫った危険を認識することはできなかったとして、予見可能性を争い、被告人も公判廷において、これに沿う供述をしている。これらの北ガスの対応の中には、事態の緊急性を減じさせる印象を与えるものがあることは否定できないが、その点を考慮しても、被告人には、後記事故防止のための措置をとるべき義務を認めるに足りる予見可能性はあったものと認められる。弁護人の上記主張は採用できない。
3 したがって、被告人は、本件マンションを所有するA社の業務全般を統括掌理する代表取締役として、被害者を含む本件マンションの居住者に対し、自主点検の結果を速やかに通知し、湯沸器の使用に当たっての注意を喚起するとともに、欠陥のある排気筒を交換するなどして、湯沸器の不完全燃焼による一酸化炭素中毒事故の発生を未然に防止すべき義務を負っていたというべきである。にもかかわらず、被告人は、こうした措置を行わずに約10か月間も放置していたのであるから、被告人には判示のとおり過失を認めることができる。
(法令の適用)
被告人の判示所為は平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段に該当するところ、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮1年に処し、情状により刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は、賃貸マンションの所有会社の代表者である被告人が、ガス会社による点検の結果、同マンションの居室多数について排気筒に欠陥があることが判明し、湯沸器の不完全燃焼による一酸化炭素中毒事故発生の危険があり、排気筒の交換が必要であることなどの指摘を受けたにもかかわらず、事故防止に必要な措置をとらずに放置した結果、同マンションの1室において一酸化炭素中毒事故が発生し、同室の居住者1名が死亡した事案である。被告人は、上記の指摘を受けていながら、事故は滅多に起こらないなどと軽信し、本件事故発生まで約10か月もの間放置していたのであって、その過失の程度は大きい。本件事故により若年の被害者が尊い生命を失っており、生じた結果は重大である。被害者を失った遺族の悲しみは大きく、被告人に対する厳重処罰を求めているところ、被告人はいまだに慰謝の措置を講じておらず、反省の情も認められない。以上によれば、被告人の刑事責任を軽視することは許されない。
他方、北ガスによる本件報告書の表現やその後の北ガスの対応にも不十分な点があったことは否定できず、本件事故の責任を被告人のみに負わせるのはいささか酷であること、被告人は、昭和61年に詐欺罪等により懲役5年に処せられた前科を有するが、その刑の執行終了から本件まで8年余が経過しており、その間前科前歴はないことなどの事情も認められる。以上の諸事情を総合勘案して、被告人に対しては、主文の刑に処した上、刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・半田靖史、裁判官・中桐圭一、裁判官・松永晋介)