札幌地方裁判所 平成15年(ワ)2107号 判決 2004年9月22日
札幌市<以下省略>
原告
X
訴訟代理人弁護士
荻野一郎
大阪市<以下省略>
被告
株式会社インフィニットコム
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
佐藤太勝
主文
1 被告は,原告に対し,986万8250円及びこれに対する平成15年9月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
3 この判決は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,被告外務員が虚偽の説明をして危険性の高い外国為替証拠金取引を勧誘し,これを継続させるなどの不法行為をした結果,取引差損分の損害を被ったとして,被告に対し,民法715条1項に基づく損害賠償請求権に基づき,986万8250円(前記取引差損分896万8250円及び弁護士費用90万円の合計額)及びこれに対する不法行為後である平成15年9月10日(前記取引の最終取引日の翌日)から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実
(1) 当事者
ア 原告は,昭和40年○月○日生まれの男性で,現在,無職である。(原告本人,弁論の全趣旨)
イ 被告は,平成13年11月1日に設立され,無洗米を中心とした健康食品の仕入・販売,環境の改善・悪化防止を目的とした公害防止装置,水質汚泥防止装置の輸出入・販売,外国為替の売買取引業務を業とする会社である。(甲16の1,2,甲19,証人B)
(2) 外国為替証拠金取引の内容等
外国為替取引においては,インターバンク市場(銀行間市場すなわち機関投資家によって直物取引で構成される市場。東京証券取引所などのように現実の場所が存在するものではなく,市場参加者が電話や取引専用の通信回線を使用して行う取引の総体を意味する。)の相場(インターバンク・レート)に応じて通貨の交換が行われている。
インターバンク・レートにおいては,インターバンク市場において形成された売値と買値があり,例えば,円・ドル交換の場合に,「123.95-124.05」と表示されるときは,123.95円がドルを売ろうとするときの値段,124.05がドルを買おうとするときの値段である(これをツーウェイプライス方式という。)。
外国為替証拠金取引とは,顧客が相手方(外国為替証拠金取引取扱業者)に対し,一定の証拠金を預け,前記インターバンク・レートを指標にして,証拠金の何倍もの金額の外国為替取引をするものである。その場合,顧客が外国為替証拠金取引取扱業者と直接相対取引をする形態(その場合の外国為替証拠金取引取扱業者は,プリンシパルと呼ばれる。)と外国為替証拠金取引取扱業者が他社と顧客との相対取引を仲介する形態(その場合の外国為替証拠金取引取扱業者は,イントロデューシングブローカーと呼ばれる。)とがある。
外国為替証拠金取引は,平成10年4月,外国為替及び外国貿易法が改正され,外国為替取引を行うことが一般的にも可能となったことに起因して金融派生商品の一つとして登場した。
外国為替証拠金取引の特徴は,以下のとおりである。
ア インターバンク市場における円・ドルの交換における最低取引単位が原則として100万ドルであるのに対し,外国為替証拠金取引におけるその最低取引単位は,約定により設定される。
イ 証拠金取引であるため,証拠金が100万円であっても,外国為替証拠金取引取扱業者の設定する倍率が例えば20倍であれば,2000万円相当の取引ができる(これをレバレッジ効果=てこ効果などという。)。
ウ 外貨預金における円・ドルの交換における売値と買値との間の差は,一般的には1円ないし2円ほどであるのに対し,外国為替証拠金取引におけるその差は10銭ほどであり,為替手数料が安い。
エ 外国為替証拠金取引においては,交換取引の対象となる通貨の短期金利差を基準とし,これに外国為替証拠金取引取扱業者がリスク請負分を加味して設定するいわゆるスワップ金利が発生するのが通常である。例えば,円・ドル交換の場合に,円の短期金利が年0.1パーセント,ドルの短期金利が年3パーセントであれば,ドルを買う場合には,プラスのスワップ金利が付き,ドルを売る場合には,マイナスのスワップ金利が付く。スワップ金利の具体的な設定は,外国為替証拠金取引取扱業者によって異なる。なお,スワップ金利の計算元本は,証拠金の金額を基準とするのではなく,取引金額を基準としている。
外国為替証拠金取引の以上の特徴によると,同取引は,外貨預金に比べて為替手数料が安いというメリットがあり,小額の元手で多くの利益を得る可能性があるが,他方で,多額の損失を被る可能性がある。
(甲1,甲2,甲11,甲12,甲20から22まで,甲23の1ないし3,甲24,甲27,甲39,甲40,弁論の全趣旨)
(3) センチュリーFXの内容
ア 取引の概要
被告は,センチュリーFXという商品を取り扱っている。被告の説明によれば,センチュリーFXとは,証拠金を預託することによって,通貨証拠金取引(前記(2)の外国為替証拠金取引と同じ)を行うもので,二国間通貨金利差によるスワップ金利を用いて為替直物の受渡期日を翌日に1日間ローリング(繰り延べ)することができ,反対売買により,決済するまで自動的に建玉の継続を可能にした為替直物取引をいう(センチュリーFX通貨証拠金取引約款《以下,「本件取引約款」という。》第5条。甲8)。
イ センチュリーFXの特徴
(ア) 取扱通貨
米ドル,豪ドル,英ポンド,ユーロ及びスイスフランの5種類の通貨である。
(イ) 売買単位,証拠金
米ドルを例にとると,顧客は,被告に対し,10万米ドルを1単位(1口)として,初回最低証拠金額として80万円を預託する。例えば,1ドル120円のとき,ドル/円30万ドルの取引をする場合,総取引代金は,3600万円となるが,センチュリーFXでは,その10分の1以下の240万円の資金で売買できる。
(ウ) スワップ金利
被告は,別に定めるスワップ金利早見表に基づき,建玉の決済期日を延長することにより,発生する円貨と取引通貨における金利差を日々計算して,顧客の口座に累積する。
(エ) 手数料
米ドルを例にとると,売買手数料は,50万米ドルまで片道(売り注文あるいは買い注文のどちらかの意味。以下同じ。)1ドル当たり25銭,50万米ドル以上100万米ドル未満まで片道1ドル当たり20銭,100万米ドル以上片道1ドル当たり15銭とされている。
(オ) 取引形態
センチュリーFXの場合,顧客が外国為替証拠金取引取扱業者と直接相対取引をする形態(被告は,外国為替証拠金取引取扱業者のうちのプリンシパルに当たる。)を基本としている。
ウ 申込及び取引の成立
顧客は,被告に外国為替証拠金取引のための口座を開設する。顧客は,ニューヨーク・ロンドン等の外国為替市場におけるインターバンク・レート(申込時点でのいわゆるツーウェイプライス方式のレートによる売値及び買値)の動きをみて,被告に対し,ドルないしユーロ等の売り・買いの注文を出す。しかし,被告は,直接,外国為替市場で取引をすることはできないので,被告は,平成15年の時点では,シンガポールのユナイテッド・オーバーシーズ銀行(UNITED OVERSEAS BANK)の子会社であるユー・オー・ビー・ブリオン・アンド・フューチャーズ社(UOB Bullion and Futures Limited。以下,「UOB社」という。)あるいはネッドバンク香港支店(NedBank Limited Hong kong Branch。以下,「ネッドバンク社」という。)を通じて,売り・買いの注文を出すことにしている。
しかし,仮に,被告は,顧客から50万米ドルの買いの注文を受けたとしても,UOB社あるいはネッドバンク社に対し,そのまま50万米ドルの買いの注文を取り次ぐことは行わない。被告は,別な顧客から売りの注文を受けることもあることなどから,自らリスクを負担しつつ,売建玉及び買建玉のバランスを見て,UOB社あるいはネッドバンク社に対し,適宜売買の注文を行っている。
被告は,取引が行われた都度,顧客に対し,その取引内容を知らせた売買報告書及び売買計算書(以下,「本件取引計算書等」という。)並びに月に1度,残高照合通知書(以下,「本件残高照合通知書」という。)を送付することにしている。
(甲2,甲3の1ないし4,甲4,甲8,甲9,甲15の1ないし13,甲16の1,2,乙1から4まで,乙7,乙10,乙15の1ないし15,乙16の1ないし14,乙17の1,2,乙18の1,2,乙19の1ないし3,証人C,弁論の全趣旨)
(4) 原告のセンチュリーFXに関する取引
原告は,被告外務員の勧誘により,被告に対し,センチュリーFXに関して,平成15年8月20日に1200万5791円,同月21日に400万円,同月29日ころに100万円をそれぞれ預託し,平成15年9月12日,被告から803万7541円の返還を受けた。原告は,別紙の「売買取引一覧表」のとおり,センチュリーFXに関して取引を行った(以下,この一連の取引を「本件取引」という。)。
原告は,本件取引により,896万8250円の損失を受けた。
(甲14の1,2,弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 被告による本件取引の勧誘は,違法か。以下のアからウまでの点が問題となる。
ア 適合性の原則違反があったか。(争点①)
イ 勧誘の際に危険性を告知しなかったか。(争点②)
ウ 勧誘の際にセンチュリーFXの仕組みについて虚偽の説明を行ったか。(争点③)
(2) 過失相殺。(争点④)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点①(適合性原則違反)について
(原告の主張)
原告は,精神障害のため,平成13年以降,無職であり,遺産により生活していた。以上からすると,本件取引のような危険性の高い取引を行うにふさわしい知識,経験及び財産がある状況にはなかった。
被告の外務員であるBは,原告が無職であることを認識しており,他方で,本件取引が危険性が高いことに照らすと,原告の収入,資産,投資可能額,投資経験等の適合性を判断するに必要な事項を原告に確認・調査する義務があるのは明らかである。
それにもかかわらず,Bは,確認・調査をせず,あえて本件取引の勧誘を行った。
(被告の主張)
被告は,本件取引の勧誘時,何ら異常な言動を取ったことはなく,原告が精神病に罹患していたことを把握していない。
被告において本件取引の勧誘に際し,確認・調査義務があるとする原告の主張は争う。
むしろ,原告は,自宅にパソコンを設置し,常時株価の変動を見ており,本件取引の勧誘時に,Bに対し,センチュリーFXは,金利が良いあるいは手数料が安いなどと述べるなど,投資知識は,通常人よりも豊富であり,かつ熱心であったといえる。
また,原告は,本件取引に先立ち,平成13年4月23日から平成15年9月25日まで,数種類の株式取引及び米ドル,ユーロ,豪ドルなどの外貨建てMMFの取引を行っている。
(2) 争点②(危険性の不告知)について
(原告の主張)
ア センチュリーFXの有する危険性について
センチュリーFXは,次のように,(ア) 外国為替取引であること,(イ) 証拠金取引であることの2つの点で,リスクの高い商品である。
(ア) センチュリーFXを含む外国為替取引は,為替変動リスクに限らず,政策金利リスク(取引通貨の金利差が変動し,場合によっては,予定している金利を受け取れなかったり,金利を支払わなくてはならなかったりするリスクのこと。以下同じ),流動性リスク(現金化したいときにすぐできないリスクのこと。以下同じ),信用リスク(取引相手が倒産したときに,約定済の相場で通貨交換できないリスクのこと。以下同じ)などがある。
(イ) センチュリーFXのような証拠金取引には,想定元本の約6.7パーセント(1米ドル約120円換算の場合)の証拠金を預託して,想定元本の差金決済取引をするという仕組みとなっており,相場がわずかに変動するだけでも,想定元本上の多額の損益が発生する(いわゆるレバレッジ効果)。
イ Bの告知内容について
Bは,本件取引の勧誘の際,前記ア(ア)及び(イ)の説明をしておらず,本件取引が為替の変動により支払った証拠金以上の多額の損害を生ずるおそれのある取引であることを説明せずに,原告に本件取引を開始させた。
(被告の主張)
Bは,本件取引の勧誘の際,原告に対し,2時間にわたって,センチュリーFXが外国為替証拠金取引であること,そして,その基本的な仕組みを説明している。原告は,勧誘の際,取引の仕組み及び為替相場の変動によるリスクについて,十分に理解したと書面で確認もしている。
これらの事実及び原告が直前まで株取引や外貨MMFの取引をしていたことを総合すると,原告は,本件取引につき,その危険性を十分に認識した上で,自らの判断で,被告との取引を開始したといえる。
(3) 争点③(虚偽説明の有無)について
(原告の主張)
被告は,センチュリーFXについて,次のア及びイのように虚偽の説明を行い,違法に原告を本件取引に勧誘した。
ア 賭博場への誘因に類することについて
(ア) センチュリーFXは,賭博行為であること
センチュリーFXは,顧客が現実に外貨を受領することを予定せず,予測が全くがつかないインターバンク・レートを指標として想定元本の差金のみを決済することを目的としている。また,センチュリーFXは,顧客と被告との間で,相対でインターバンク・レートを指標として帳簿上だけの為替取引をする点で,取引の構造上,当事者間で金銭の奪い合いをしているにすぎないともいえる。
このように,センチュリーFXは,為替相場の変動という予測不可能な偶然の事情により財物を獲得しようとすることを目的としており,原告の損益が直ちに被告の損益につながることになるから,賭博にほかならない。
さらに,センチュリーFXには,他の信用取引等と異なり,リスクヘッジ機能などの経済的合理性が認められないだけでなく,①顧客と被告との間には,隠された利益相反構造があること,②被告は,机上の為替取引を行うだけなのに,顧客から手数料を収奪していること,③被告による根拠のないスワップ金利の取得などという特質もある。
なお,差金決済により利益を得ることを目的とした商品取引,証券の信用取引などは,賭博行為に該当するものであるが,保険業法や証券取引法に規定があるために,法令による行為として違法性が阻却されている。これに対し,センチュリーFXのような外国為替証拠金取引については,法令上の規定がない限り,違法性は阻却されない。
(イ) 被告の行った説明
Bは,原告に対し,前記(ア)のとおり,センチュリーFXは,予測が全くがつかないインターバンク・レートを指標として想定元本の差金のみを決済することを目的としているものであって,賭博そのものであることを説明していない。
イ 銀行取次店との虚偽の表示
被告は,真実はそうでないのに自らをユナイテッド・オーバーシーズ銀行の取次店であるなどと表示しただけでなく,Bは,センチュリーFXがあたかも外貨預金であるかのような虚偽の説明をし,原告を信用させている。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
ア 原告は,顧客からの外貨取引の発注を受ければ,UOB社あるいはネッドバンク社に対し,発注を取り次いでおり,外貨取引の執行を現実に行っている。したがって,センチュリーFXが賭博ということはできない。
イ 被告がユナイテッド・オーバーシーズ銀行の取次店であると表示したことは,原告が本件取引を行うことを決断した際の要素になっておらず,勧誘行為の違法性を裏付ける事実ではない。
(4) 過失相殺(争点④)について
(被告の主張)
原告は,センチュリーFXの仕組み及びその危険性を十分に理解していた。したがって,本件取引から生じる危険については,原告自身も承諾していたのであるから,そこから生じた損害については,相当の割合の過失相殺がなされるべきである。
(原告の主張)
センチュリーFXは,次のアからカまでのとおり,公序良俗に反する著しく不公正な取引であり,そもそも一般消費者に対し,売ってはならない商品であるというべきである。
また,Bは,原告に対し,センチュリーFXについて虚偽の説明をして,本件取引に勧誘している。
したがって,原告が本件取引の勧誘に応じたことについて原告に落ち度はない。
そうすると,本件においては,公平の観点から,過失相殺をするべきではない。
ア センチュリーFXは,何らの法的根拠を持たない差金決済取引であって,その本質は,賭博行為である。
イ センチュリーFXは,高度かつ複雑なリスク(証拠金取引リスク及び為替リスク《政策金利リスク,流動性リスク,信用リスク等》)を抱えている。しかし,本件では,Bは,原告に対し,これらのリスクの説明をしていない。
ウ センチュリーFXは,顧客と被告との間に利益相反関係が認められる取引である。したがって,勧誘者である被告が損害が生じないように違法な取引が行われやすい。
エ 外国為替証拠金取引といっても,現実には,インターバンク市場につながっておらず,手数料及びスワップ金利徴収の根拠がない。
オ 外国為替取引について被告が顧客からの受注を取り次いでいるとするUOB社は,銀行でない。しかし,被告は,自らを銀行取次店であるなどと虚偽の表示をして,顧客を信用させている。
カ センチュリーFXにおいては,被告が破綻した場合,顧客資産の保護措置が何ら取られていない。Bは,この点について何ら説明をしていない。
第3当裁判所の判断
1 まず,原告が,本件取引を行うに至った経緯及びその経過並びにBがセンチュリーFXについて行った説明等の事実関係について検討する。
前記第2の1前提となる事実,後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。
(1) 原告の経歴等
原告は,昭和40年○月○日生まれの独身の男性であり,本件取引開始当時37歳であった。原告は,a大学法学部を中退した後,b専門学校を卒業した。原告は,7年4か月程度,健康食品や農業資材の製造原料を作る工場で稼働した後,平成12年11月まで,動物実験補助を内容とするアルバイトをしていた。
原告は,本件取引時,無職であった。原告は,妄想性障害などの精神病を患い,通院加療中であり,就労が困難である。
原告は,本件取引開始時,地方公務員をしていた亡父の遺産を相続し,約3000万円程度の預貯金を有していた。
原告は,本件取引までに,証券会社を通じての株式投資及び外貨建てMMFの取引経験があった。(前記第2の1前提となる事実(1)アで認定。甲13,乙21,原告本人)
(2) 被告の勧誘
ア 被告の外務員であるBは,平成15年8月18日,以前資料を送付していた原告宅に対し,電話をかけ,2,30分程度,雑談を交えてセンチュリーFXの説明等を行った。
イ Bは,平成15年8月19日,原告宅を訪問し,約2時間にわたってイラク戦争などの政治情勢を受けて為替が変動するなどの話を交えて,次のようにセンチュリーFXの説明を行った。
(ア) Bは,原告に対し,事前に送付していた「センチュリーFX 外国為替取引」と表題のある書面(甲16の1,2),取引銀行の記載がある書面(甲17の1,2),「為替取引の仕組み」と表題のある書面(甲18),「会社概要」と表題のある書面(甲19),「主要各国政策金利表」と表題のある書面(甲20)の5種類の書面(以下,これらを併せて「事前送付書類」という。)並びに当日持参した「スワップ金利早見表」と表題のある書面(甲3の1ないし4),「外国為替証拠金取引約諾書」と表題のある書面(甲4),Bの名刺(甲5),本件取引約款(甲8),「通貨証拠金取引「センチュリーFX」-取引要綱」と表題のある書面(甲9)(以下,これらを併せて「勧誘時交付書面」という。)及び為替変動を表すチャート図を示した。
(イ) Bは,原告に対し,取引銀行の記載がある書面(甲17の1,2)を示しながら,スタンダード・プアーズの格付けで,日本国内の銀行は,みずほ銀行でもBBBであるのに対し,被告が提携しているユナイテッド・オーバーシーズ銀行は,AA+で安定度が高いと説明した。Bは,被告は平成13年11月1日に設立された新しい会社であるが,被告に預託した金員は,ユナイテッド・オーバーシーズ銀行に保管されるので,信用性が高く,安心であると説明した。
(ウ) Bは,原告に対し,売買手数料について,「通貨証拠金取引「センチュリーFX」-取引要綱」と表題のある書面(甲9)に基づき,売買手数料は,銀行の外貨預金であれば,1米ドル当たり往復(売り注文及び買い注文の意味。以下同じ)2円,証券会社の外貨建てMMFであると同じく往復1円であるのに対し,センチュリーFXでは,往復50銭であり,安いと説明した。
(エ) Bは,原告に対し,為替変動を表すチャート図及び「為替取引の仕組み」と表題のある書面(甲18)を示しながら,為替の変動により,為替差益が期待できること,外貨を買う場合には,さらにスワップ金利という金利差益が期待できると説明した。
(オ) Bは,原告に対し,顧客は被告に対しセンチュリーFXでは8万円の証拠金を預託すれば1万米ドルの為替取引を行うことができること,10万米ドルを1単位(1口)として,初回最低証拠金額として80万円を預託することになると伝えた。
(カ) Bは,原告に対し,センチュリーFXにおいては,例えば,1米ドル110円の時点でドルを購入した場合,その後に円高となって109円となった時点で決済すれば,損が出るなどと為替変動リスクがあることを説明した。しかし,Bは,その場合でも相場が回復するまで決済せずにいれば,利益を得ることができること,また,センチュリーFXについては,外貨建てMMFよりも結果として金利が高くつくなど有利な取引であることを強調した。
ウ 原告は,Bの前記イの説明の結果,センチュリーFXは,為替変動のリスクがあることは理解したが,外貨預金に類似する取引であり,しかもそれよりもはるかに有利な投資方法であると考えた。
原告は,その場で,被告との間で,センチュリーFXの取引を行うことにし,センチュリーFX口座開設申込書(乙7)に氏名,年齢,家族構成等の必要事項を記入した。原告は,同書面に,無職であるため勤務先の記載をせず,年収が500万円以下であること,保有金融資産が2000万円から3000万円あること,当初投下資金予定額は800万円から1000万円であること,株式の信用取引の経験が1年あること,外国為替取引の経験があることなどを記載した。原告は,外国為替証拠金取引約諾書(甲4)にも氏名,住所等を記載した。同書面には,「私は,貴社と外国為替証拠金取引を行うに際し,外国為替市場の概要並びにセンチュリーFXの特徴及び仕組み等をよく理解した上で,私の判断と責任において貴社とFX取引を行う事を承諾しましたので,これを証するため,この約諾書を差し入れます。」との文言が印刷されている。
(甲3の1ないし4,甲4,5,甲8,甲9,甲16の1,2,甲17の1,2,甲18から20まで,乙7,証人B,原告本人)
(3) 本件取引の経過
ア Bは,平成15年8月19日,原告からセンチュリーFX口座開設申込書(乙7)及び外国為替証拠金取引約諾書(甲4)を受領し,被告札幌支店に帰り,被告本社に対し,同書面を審査のため,ファックスにより送信した。被告本社は,同日中に審査,決裁を行った。
イ 原告は,平成15年8月20日付けで,被告の指定する被告支店口座に800万5791円に振込送金した。Bは,同日午前中,前記金員の振込を確認した。Bは,原告から,同日の午後さらに400万円が入金されることを前提として,同日9時59分付けで50万豪ドル,同日9時59分付けで50万米ドル,同日10時01分付けで50万米ドルの購入の発注を受けた。原告は,同日午後,Bに対し,400万円の小切手を渡した。
原告は,その後,被告に対し,翌21日に400万円,同月29日ころに100万円をそれぞれ預託した。
原告は,別紙の「売買取引一覧表」のとおり,本件取引を行った。
ウ 被告では,取引が行われた都度,顧客に対し,その取引内容を知らせた本件取引計算書等及び月に1度,本件残高照合通知書を送付することにしている。被告は,原告に対し,受注の都度,本件取引計算書等を送付し,平成15年8月29日付けで,本件残高照合通知書を送付している。また,被告の顧客サービス部のDは,平成15年8月25日,同月27日,同月29日,それぞれ原告宅を訪問し,その際,「確認書」と題する書面(乙5の1ないし3)に原告に署名させた。同書面には,その時点での取引内容が記載され,「本日までの私の取引について全て確認しており,上記の内容につきましても確認しましたが,相違ありません。」との文言が印刷されている。
エ 原告は,平成15年9月7日,同月3日付けの本件取引計算書等(甲15の10,乙6の2)の「返還可能額又は不足金額」の欄の記載が「-14,059,209」となっていることに疑問を抱き,「相違点があります。」と記載して,被告に対し,ファックスにより送信した。Dは,これに対し,為替は上がったり下がったりするので心配することはない旨の回答をした。不安に思った原告は,同月9日,被告に対し,原告代理人を通じて,本件取引の即時決済と預託金全額の返還を申し入れた。
(前記第2の1前提となる事実(3)ウ及び(4)で認定,甲4,甲10,甲15の10,乙5の1ないし3,乙6の2,乙7,証人B,原告本人)
(4) 事前送付書類及び勧誘時交付書面の記載
被告がセンチュリーFXに関して作成し,原告を勧誘する際,説明に使用した事前送付書類及び勧誘時交付書面等には,次のような記載がされている。
ア 基本的な取引形態(相対取引かどうか等)に関する主な記載
(ア) 「センチュリーFX 外国為替取引」と表題のある書面(甲16の1,2)において,「より手軽な資金で,より大きなスワップポイントを…あの外国為替市場が,ついに個人の方でも参加可能なものになりました。」「少ない資金でも センチュリーFXは,てこの原理を利用して,総取引金額の約1/10の担保金(取引証拠金)を預託することにより取引が可能となります。」「レートはリアルタイム 通常,個人が為替取引を行う場合は,金融機関が提示するほぼ一日中固定のTTS(注 インターバンク市場における売相場のこと。仲値に1円上乗せしたレートであり,銀行が顧客に外貨を売るレートである。),TTB(注 インターバンク市場における買相場のこと。仲値から1円差し引いたレートであり,銀行が顧客から外貨を買うレートである。)レートになりますが,センチュリーFXはインターバンク市場(スポット市場)を基準に取引出来ますので,より有利なレートでのお取引きが可能です。」の各記載がある。
(イ) 取引銀行の記載がある書面(甲17の1,2)において,「お客さまからお預かりしたご資金は,当社顧客口座及び分離保管制度が適用される外国為替取引銀行ユナイテッド・オーバーシーズ銀行(シンガポール)及びネッドコア銀行アジア本部(香港)の顧客分離保管口座で信託財産として分別保管されますので,安心してお取引いただけます。」の記載がある。
(ウ) 「為替取引の仕組み」と表題のある書面(甲18)において,「1998年に外国為替管理法が改正になり,個人でも為替取引ができるようになりました。」「私共の役割は,お客様と外国銀行の中継をすることです。」の各記載がある。
(エ) 本件取引約款には,第3条に「甲(注 顧客を指す。以下同じ。)が乙(注 被告を指す。以下同じ。)と行う取引において,取引証拠金,また建玉の転売もしくは買戻しによる最終決済を行った場合の確定差損益金,その他授受する金銭は,全て通貨証拠金取引口座で処理する。」,第4条に「『通貨証拠金取引』とは,外国通貨間もしくは外国通貨と本邦通貨の売買契約に伴い,当該通貨の売買代金を授受する取引をいう。2,但し,本取引は当該通貨の売買代金を授受せず,甲の指示により転売または買戻しによる差金決済により取引を行う。」,第5条に「センチュリーFXとは証拠金を預託することによって第4条にいう『通貨証拠金取引』を行うもので,二国間通貨金利差によるスワップ金利を用いて為替直物の受渡期日を翌日に1日間ローリング(繰り延べ)することができ,反対売買により決済するまで自動的に建玉の継続を可能にした為替直物取引をいう。」,第6条に「甲の指示による売買注文は全て乙を通じ,乙と提携する受託業者によって外国為替市場で取引が執行される。2,乙は甲に通知することなく乙の判断により受託業者を変更することができる。3,受託業者には本約款が定められた権利・義務の一切は及ばないものとする。」の各記載がある。
イ スワップ金利に関する主な記載
(ア) 「センチュリーFX 外国為替取引」と表題のある書面(甲16の1,2)において,「スワップ金利は毎月配分型 高金利をすぐに実感していただけます。ドルユーロ等の買いポジションの場合,スワップ金利は受け取りになります。反対に売りポジションの場合は,支払いになります。なお,スワップ金利は月単位でのお引き出しも可能です。」の記載がある。
(イ) 「スワップ金利早見表」と表題のある書面(甲3の1ないし4)には,豪ドル,米ドル,ポンド,ユーロの各通貨について,縦枠を日数,横枠を投下資金とし,それぞれに対応したスワップ金利の金額が記載され,下欄に「※ このスワップ金利は外為市場価格に左右されず発生します。」「※ スワップ金利はドル(注 外貨によって異なって記載されている。)買いポジションのみ発生します。」と記載されている。
(ウ) 本件取引約款には,第21条に「乙は建玉の決済期日延長の行為から発生する本邦通貨と取引通貨における金利差を基に算出されるスワップ金利を日々計算し,甲の口座に累積するものとする。2,スワップ金利は,甲が本邦通貨より高い金利の取引通貨を売付ける場合,その金利差を基に算出される額を乙に支払うものとし,甲が買付ける場合においては,乙からその金利差を基に算出される額を受領することができるものとする。また,甲が本邦通貨より低い金利の取引通貨を売付ける場合は,金利差を基に算出される額を乙から受領することができ,甲が買付ける場合においては,その金利差を基に算出される額を乙に支払うものとする。」との記載がある。
ウ センチュリーFXの危険性に関する記載
(ア) 「為替取引の仕組み」と表題のある書面(甲18)において,「金利・資金(為替差損益を含む)」との記載がある。
(イ) 本件取引約款には,第7条(本取引のリスクの確認)として「甲は次の各号に掲げる内容を十分理解し,本約款に記載されている事項を承諾し,甲の判断と責任において,本取引を行う。」との記載がある。しかし,本条項には,「次の各号」の記載がない。
(甲3の1ないし4,甲8,甲16の1,2,甲17の1,2,甲18)
以上の事実によれば,Bは,原告に対し,センチュリーFXは,外国為替証拠金取引であること,すなわち,① 証拠金を委託することにより,その約15倍もの外国通貨の為替取引を行うこと(1米ドル120円を前提にした場合),② 被告は,原告の依頼に基づき,ユナイテッド・オーバーシーズ銀行及びネッドコア銀行アジア本部などの外国銀行を通じて,外国通貨の売買を行うこと,③ 外国為替取引を行うに際し,被告が手数料を取得すること,④ 外国為替取引においては,スワップ金利が発生することを説明したものと認められる。
さらに,Bは,原告に対し,センチュリーFXについて,⑤ 日本の都市銀行よりも信用度の高い銀行に対し,金銭を預託するものであり,安心できること,⑥ 為替手数料が,銀行及び証券会社よりも安く,有利な投資であること,⑦ 為替差益のみならずスワップ金利の取得も期待できること,⑧ 証拠金の約15倍の外国通貨の為替取引ができるので(1米ドル120円を前提にした場合),わずかな値動きで大きな利益を得ることができること,⑨ 為替差損を受ける可能性もあるが,相場の回復まで持ち続ければ,最終的には差益を受けることができることなどを説明したものと認めることができる。
そして,原告は,前記のようなBの説明により,センチュリーFXは,外貨預金よりも有利な投資であり,信用度,安定度も高い取引であると考えたと認められる。
2 次に,センチュリーFXの内容について検討する。前記第2の1前提となる事実(2)及び(3)で認定した事実,前記1の(4)で認定した事実によれば,次のとおりの事実が認められる。
(1) センチュリーFXは,外国為替証拠金取引であることから,為替取引における為替リスクがあるだけでなく,証拠金取引におけるレバレッジ効果=てこ効果により,短期間のうち,証拠金以上の損失が発生する可能性のあるリスクの極めて高いものといえる。
(2) 被告は,顧客からドルないしユーロ等の売り・買いの注文を受けた場合,インターバンク・レートを指標として,UOB社及びネッドバンク社に対し,売り・買いの注文を出すことになっている。しかし,仮に,被告は,顧客から50万米ドルの買いの注文を受けたとしても,UOB社あるいはネッドバンク社に対し,そのまま50万米ドルの買いの注文を取り次ぐことは行わない。被告は,別な顧客から売りの注文を受けることもあることなどから,自らリスクを負担しつつ,売建玉及び買建玉のバランスを見て,UOB社あるいはネッドバンク社に対し,適宜売買の注文を行っている。
その意味で,被告は,顧客の依頼に応じて,外国為替取引を現実に実行しているわけではない。
(3) 被告は,現実に外貨を売買するわけではないので,外国通貨を売買する際に資金を拠出し,金利差リスクを填補する意味でのスワップ金利が発生する実質的な根拠はない。
(4) スワップ金利は,例えば,日本円よりも金利の高い米ドルの買いの注文をする際には,取得が期待できるものであるが,決済して差損益を確定するために,米ドルの売りの注文を出す場合には,逆に支払を余儀なくされるものであり,顧客にとって有利なものとはいえない。
(5) 被告の設定したスワップ金利は,豪ドルの場合,証拠金に対し年利36パーセントを超える高率であるが(甲3の1),その実質的な根拠が明らかでない。
(6) 被告の取得する手数料(往復)は,例えば50万米ドルの場合,1ドルにつき,片道手数料は,20銭であることから,20万円となる。そして,50万米ドルの為替取引を行うに預託する証拠金は,400万円である。そうすると,被告は,400万円の外国為替証拠金取引が行われた場合,証拠金の5パーセントの手数料を取得できる。証拠金を前提にした手数料率は,銀行等の外貨預金の手数料率(1ドル往復2円なので,約2パーセント)に比べて,高いといえる。
以上の事実によれば,① センチュリーFXは,リスクが高い商品であること,② センチュリーFXは,外国為替取引といっても,顧客が現実に外貨を受領することを予定せず,予測不可能なインターバンク・レートを指標として想定元本の差金のみを決済していること,③ 顧客と被告との間で,相対でインターバンク・レートを指標として帳簿上だけの為替取引をしているといえること,④ センチュリーFXは,銀行や証券会社の行う外貨預金あるいは外貨建てMMFに比して,スワップ金利,手数料の点で有利なものとはいえないことの各点を認定することができる。
3 争点①(適合性原則違反)について
(1) 前記説示のとおり,センチュリーFXは,短期間に証拠金以上の損失が発生する可能性があり,その危険性は他の金融商品と比較しても程度は高い。したがって,センチュリーFXの取引を勧誘するに際しては,被告は,外国為替証拠金取引の性格に照らし,それについての知識,情報,判断力,理解能力及び取引を実行するための資力があるかどうかの調査を行い,顧客の年齢,職業,収入,資産,経歴,学歴,外国為替証拠金取引及びその他の投機的取引経験の有無などからして不適合と認められる場合には,当該顧客を勧誘してはならないと考えられる。
(2) 前記1(1)で認定した事実によれば,原告は,ア 約3000万円程度の預貯金を有していたこと,イ 証券会社を通じて,株式投資及び外貨建てMMFの取引経験を有していたこと,ウ 普段,パソコン等を使用し,インターネットにより,情報を取得することをしていたことが認められる。しかしながら,(ア) 原告は,当時無職であり,Bはこれを認識していたこと,(イ) 3000万円の預貯金は生活費に充てるものであり,それ以外に不動産等の資産を有しているわけではないこと,(ウ) 原告には,株式投資及び外貨建てMMFの取引経験があるが,外国為替証拠金取引や先物取引等のハイリスク・ハイリターンの取引経験はないことなどが認められる。これらの事実を総合すると,原告は,センチュリーFXの適合性を欠くと認めるのが相当である。
したがって,原告の収入,資産,投資可能額,投資経験等の適合性を判断するに必要な事項を原告に確認・調査せずに本件取引を開始させたBの行為は,適合性の原則に反し,違法なものであると認められる。
4 争点②(危険性の不告知)について
(1) 前記1で認定した事実によれば,ア Bは,原告に対し,為替リスクがあることを説明したこと,イ 「為替取引の仕組み」と表題のある書面(甲18)において,「金利・資金(為替差損益を含む)」との記載があり,本件取引約款には,第7条(本取引のリスクの確認)として「甲は次の各号に掲げる内容を十分理解し,本約款に記載されている事項を承諾し,甲の判断と責任において,本取引を行う。」との記載があるなど,センチュリーFXの危険性に触れた書面があることが認められる。しかし,他方で,(ア) Bは,為替リスクがあっても,相場が回復するまで決済せずにいれば,利益を得ることができるとして,センチュリーFXのハイリターンの部分を強調していること,(イ) 本件取引約款の第7条の条項には,リスクの具体的内容に触れた「次の各号」との記載がないこと,(ウ) 事前送付書類及び勧誘時交付書面には,上記イ以外にセンチュリーFXの危険性に触れた記載が全くないこと,(エ) 原告は,センチュリーFXについて外貨預金よりも有利な投資であると理解していたこと,(オ) 本件全証拠によっても,センチュリーFXのような証拠金取引では,相場がわずかに変動するだけで,預託した証拠金がなくなるおそれがあることを説明したとは認められないなどの各事実が認められる。
(2) 以上の事実を総合すれば,Bは,原告に対し,本件取引の勧誘の際,センチュリーFXの危険性について十分に説明しなかったというべきである。原告が,センチュリーFXの仕組みをよく理解したことを自認したとされる証拠(甲4,乙7)は,前記の認定に反し,採用できない。
5 争点③(虚偽説明の有無)について
(1) 前記1で認定したBの説明及び事前送付書類,勧誘時交付書面の記載並びに前記2で認定したセンチュリーFXの仕組みに関する事実を併せると,次のとおりの事実を認めることができる。
ア センチュリーFXは,外国為替証拠金取引であることから,為替取引における為替リスクがあるだけでなく,証拠金取引におけるレバレッジ効果=てこ効果により,短期間のうち,証拠金以上の損失が発生する可能性がある。しかし,被告が,原告に対し,為替リスクについては説明したことは認められるものの,証拠金取引におけるレバレッジ効果=てこ効果について原告の理解を得たことは本件全証拠によっても認定できない。
イ センチュリーFXは,実際には,インターバンク・レートを指標として想定元本の差金のみを決済するものであって,顧客と被告との間で,相対で帳簿上だけの為替取引をしているに過ぎない。しかし,被告は,原告に対し,預託した金員については,ユナイテッド・オーバーシーズ銀行に送金し,現実に外国為替取引に運用すると説明している。
ウ スワップ金利は,例えば,日本円よりも金利の高い米ドルの買いの注文をする際には,取得が期待できるものであるが,決済して差損益を確定するために,米ドルの売りの注文を出す場合には,逆に支払を余儀なくされるものである。被告は,原告に対し,スワップ金利の取得の点のみを強調した説明を行っている。
エ センチュリーFXにおいて,証拠金を前提にした手数料率は,銀行等の外貨預金の手数料率(1ドル往復2円なので,約2パーセント)に比べて,高いのが実態である。しかし,被告は,原告に対し,想定元本に対する手数料率と銀行等の外貨預金の手数料率を比較して説明し,顧客に有利であると説明している。
オ 被告は,外国為替取引においては,UOB社あるいはネッドバンク社に対し,送金を行っている。しかし,被告は,勧誘の際,原告に対し,ユナイテッド・オーバーシーズ銀行と提携していると説明している。
カ 仮に,被告,UOB社又はネッドバンク社が破綻した場合,原告が被告に対し預託した金員等が分別保管されて保護されるということはない(証人C,弁論の全趣旨)。しかし,被告は,勧誘の際,ユナイテッド・オーバーシーズ銀行の安定度を強調しているだけでなく,取引銀行の記載がある書面(甲17の1,2)において,「お客さまからお預かりしたご資金は,当社顧客口座及び分離保管制度が適用される外国為替取引銀行ユナイテッド・オーバーシーズ銀行(シンガポール)及びネッドコア銀行アジア本部(香港)の顧客分離保管口座で信託財産として分別保管されますので,安心してお取引いただけます。」との記載をするなどしている。
キ 原告は,外国為替証拠金約諾書(甲4)に署名し,同書面には,「私は,貴社と外国為替証拠金取引を行うに際し,外国為替市場の概要並びにセンチュリーFXの特徴及び仕組み等をよく理解した上で,私の判断と責任において貴社とFX取引を行う事を承諾しましたので,これを証するため,この約諾書を差し入れます。」との文言が印刷されている。しかし,この書面をもって,原告がセンチュリーFXの危険性について理解したとは,前記アからカまでに説示したとおり,到底認められない。
(2) 以上の事実を総合すると,センチュリーFXが賭博行為に該当するかどうかの判断は別として,Bは,原告に対し,ア(ア) センチュリーFXが危険性の高いこと,(イ) インターバンク・レートを指標として想定元本の差金のみを決済するものであって,顧客と被告との間で,相対で帳簿上だけの為替取引をしているに過ぎないという実態をことさらに秘匿しただけでなく,イ 高い信用性,安定性を装うために,(ア) 信用度の高い銀行と提携している,(イ) 顧客資産を分離保管しているなどと虚偽の説明を行ったというべきである。
そうすると,Bの勧誘行為は,同人の負っている説明義務(被告あるいはその外務員は,外国為替証拠金取引の業者として,当該取引内容を具体的かつ正確に説明すべき義務を負うことは明らかである。)に違反し,違法であることは明らかである。
6 まとめ
以上のとおり,被告外務員による本件取引の勧誘行為は,適合性の原則違反かつ説明義務違反が認められ,違法である。そして,原告が被告に支払った金額と被告から返還を受けた金額の差額が896万8250円であることは,前記第2の1前提となる事実(4)のとおりであるから,原告は,Bの違法行為により,同額の損害を被ったと認められる。また,原告が本件訴訟の遂行のために代理人に支払うべき弁護士費用についても,当該違法行為による損害として相当因果関係の範囲内にあると解すべきであり,その金額としては,90万円が相当と認められる。
したがって,原告の主張は,理由があり,Bの使用者である被告は,原告に対し,使用者責任として合計986万8250円及びこれに対する不法行為後の日である平成15年9月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。
7 争点④(過失相殺)について
被告は,センチュリーFXの基本的仕組み及びその危険性を原告が理解していたことから,過失相殺がされるべきであると主張する。
しかしながら,前記説示したとおり,センチュリーFXの基本的仕組み及びその危険性を原告が理解していたとは認められないし,前記認定のとおり被告は,センチュリーFXの内容について正確な説明をしていない。
さらに,前記2で説示したとおり,センチュリーFXは,① 法的根拠がなくかつ法的規制もない差金決済取引であること,② 高い危険性をもちながら,他方で,リスクヘッジ機能などの経済的合理性などが認められないこと,③ 本件では,不明確ではあるが,顧客と被告との間は,直接相対取引の形態となっているものと解され,構造的に利益相反の関係にある取引であること,④ 外国為替証拠金取引といっても,現実には,インターバンク市場につながっておらず,手数料及びスワップ金利徴収の実質的な根拠がないこと,⑤ センチュリーFXのような外国為替証拠金取引については,社会問題化しており,日弁連などが,その取引の複雑性,高い危険性から,賭博行為にほかならないとして,関係官庁等に対し,法規制を求めているなどしていること(甲21,甲22,甲23の1ないし3,甲24,甲38から40)から,そもそも取引の公正性に疑問があり,一般消費者向けの商品の適格性が疑われるものというべきである。
その他,本件全証拠によっても,本件取引継続中に,原告が自らリスクを甘受した上で,あえて取引を繰り返したとの事情も認定できず,原告に何らかの落ち度や非難されるべき点は見当たらないというべきである。したがって,公平の観点からすると,本件取引について過失相殺をするのは相当でないというべきである。
したがって,争点④に関する被告の主張は理由がない。
8 結論
以上のとおり,原告の請求は,理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 澤井真一)
<以下省略>