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札幌地方裁判所 平成15年(ワ)2817号 判決 2004年11月26日

原告

X

同訴訟代理人弁護士

佐々木泉顕

中原猛

沼上剛人

被告

Y

同訴訟代理人弁護士

水澤亜紀子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,500万円及びこれに対する平成15年12月27日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,被告から顔面マッサージの施術を受けた原告が,被告に対し,顎部に紅斑等の異常が生じたのは,同施術が不適切であったことなどが原因であり,また,施術の際の被告の説明も不十分であったなどとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,原告の受けた精神的損害500万円及びこれに対する不法行為の後である平成15年12月27日(訴状送達の日の翌日)から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提となる事実

(1)  当事者

ア 原告は,昭和33年10月7日生まれの女性である。(甲9)

イ 被告は,昭和58年,北海道理容美容専門学校を卒業し,美容師インターンを経て,エステティックサロンに勤務した。被告は,昭和63年,日本エステティック協会認定のエステティシャンの資格を取得した。被告は,平成3年9月から,○○の店名で,個人でエステティックサロンを経営している。(乙21,被告本人)

(2)  被告の行うエステティックの内容等

ア エステティックについて

エステティックとは,「皮膚をより美しく健康にして,若々しく保つ」とともに,「心身をリラックスさせて心に満足を与える」ことを目的とした肌等の手入れ方法をいう。顧客に対し実際に行われるエステティック施術は,化粧品などを活用して行われるマッサージを中心としている。エステティック施術により,心や体の緊張を取り除き,血液やリンパ液の流れを適正にし,免疫機能を高め,加齢によって低下するホメオスタシス維持の機能(身体の恒常性を保つ機能)を補い,助け,高めるとされる。エステティックの中心的な内容は,フェイシャル(顔面)ケアとボディ(全身)ケアである。前者は,顔面の皮膚のマッサージやパックなどの化粧品により手入れをするものであり,後者は,顔面を除く全身のマッサージを意味する。(乙6)

イ フェイシャルケアについて

フェイシャルケアは,次の3行程に分かれる。

(ア) カウンセリング

顧客の肌の状態を観察するとともに,日常的な手入れ法やライフスタイル,トリートメントの希望などを聞き,適切な施術の方法を選択する。

(イ) フェイシャルケアの施術

a クレンジング(化粧落とし剤を用いて皮膚表面の汚れやメイクアップを落とし,清浄にする。)b スチームタオル(湿・温の刺激を与えながら皮膚を清浄にする。)c 皮膚の観察(素肌の状態を見極め,トリートメント内容や使用する化粧品の選択を行う。)d ディープクレンジング(皮膚深部の汚れや古い角質などを取り去る。)e マッサージ(血液やリンパ液の流れをよくして美しい素肌をつくる。同時にリラクゼーション効果をもたらす。)f パック(皮膚に水分や栄養分を与える。または皮膚の深部の汚れを取り去る。)g 仕上げ(手入れ後の皮膚の状態を維持し,同時に外的な刺激などから皮膚を保護する。)

(ウ) アフターカウンセリング

手入れ後の肌効果や施術の実感を確認し,ホームケアアドバイスを行う。(乙6)

ウ マッサージについて

(ア) エステティックにおけるマッサージは,重要な役割を果たしている。マッサージは,簡単な動作でも血液の循環をよくするなどの効果がある。しかし,エステティックにおけるマッサージは,皮膚に心地よいリズミカルな刺激を与えることによって,血液やリンパ液の流れを活発にさせ,新陳代謝を促すとともに筋肉を活性化し,汚れや老廃物を取り除くことを目的としている。

マッサージには,人間の手の手技によるマニュピュレーションエステティックと電気器具を主体にしたエレクトロエステティックに分類される。エレクトロエステティックは,手では不可能な皮膚の深部への刺激ができる点に利点があるものの,トラブルの発生の原因にもなる。

エステティックにおけるマニュピュレーションエステティックには,軽擦法,強擦法,揉撚法,打法,振動法,圧迫法の6種類の基本的な手技がある。

この6種類の具体的な内容は,別紙のマニュピュレーションエステティック説明書面のとおりである。

マニュピュレーションエステティックでは,前記6種類の手技を効果的に組み合わせて10分程度行われる。

(イ) ○○で行うフェイシャルマッサージは,次の二つに大別される。

a オリジナルマッサージ

マニュピュレーションエステティックの6種類の基本技法を顧客の状態に応じて組み合わせた,被告が独自に考案したオリジナルのフェイシャルマッサージである。リラクゼーションを主体に考えたマッサージなので,全体的にマッサージの速さは緩い。

b ソワンテクニカルコースのマッサージ

ソワンとは,手入れ,手当て,気配り等の意味であり,本来的には,メンタルな美容を目指した手指による手技を行うことを意味する。その内容は,マニュピュレーションエステティックの6種類の基本技法を行う点では,オリジナルマッサージと同じであるが,マッサージの速さと細かさが異なる。(乙6,乙7,乙21,被告本人)

エ エステティック施術の資格について

エステティック施術を行うにあたっての資格としては,いわゆる国家資格ではないが,日本エステティック協会認定のエステティシャンという認定制度がある。日本エステティック協会の認定を受けるためには,同協会の講習や実技訓練を受け,試験に合格する必要がある。(乙21,被告本人)

(3)  被告の原告に対するフェイシャルエステ等の施術の経過

ア 原告は,平成7年6月3日,初めて○○に来店し,エステティックの施術を受けた。原告は,脱毛,頭部マッサージ等のほか,平成7年6月3日,平成12年12月21日,平成13年3月10日に,○○において,フェイシャルエステの施術を受け,クレンジング,オリジナルマッサージ,パックを行った。原告は,平成13年8月11日においても,角質ケアとアロママッサージのフェイシャルトリートメントの施術を受けた。被告は,原告の指名を受けて,平成7年6月3日の施術を除いたこれらの各施術を担当した。

原告は,これらの施術により,顔面に皮疹等の異常を覚えたことはない。(甲1,甲13,乙1,乙21,原告本人,被告本人,弁論の全趣旨)

イ 原告は,平成13年12月21日,○○に来店し,クリスマスコースと顔面については,ソワンテクニカルコースの施術を受けた(以下,同日の原告の顔面に対するソワンテクニカルコースの施術を「本件施術」という。)。クリスマスコースは,入浴,全身ピーリング(皮膚の角質層を剥離させること),ボディオイルトリートメントを内容としていた。ソワンテクニカルコースは,(ア) ディープクレンジング,(イ) ソワンテクニカルマッサージによるフェイシャルマッサージ,(ウ) パック(エピダーマルピールマスクによるパック)を内容としていた。

本件施術において,従前のフェイシャルエステの施術と異なる点は,以下の3点であった。

a ソワンテクニカルマッサージによるフェイシャルマッサージ

この内容は,前記(2)ウ(イ)b記載のとおりである。

b シアバターというマッサージクリームの使用

シアバターとは,アカシア科のシアという木の実の油で,食用・化粧品原料として用いられる純粋植物性バターのことである。これにスクワランオイルを混ぜて使用することにより,皮膚に対し,より柔らかな感触になるようにされている。

c エピダーマルピールマスクを使用したパック

キシリトール,トレハロース,アロゲコロイド,クロロフィルなどが配合されたエピダーマルピールマスクという薬剤を使用して,顔面をパックするもの。

(甲13,乙3,乙4,乙7,乙21,原告本人,被告本人,弁論の全趣旨)

2  争点

(1)  本件施術と顎部の紅斑等の異常との因果関係(争点①)。

(2)  本件施術を行う際に被告に説明義務違反があったか(争点②)。

(3)  原告の被った損害(争点③)。

3  当事者の主張

(1)  争点①(本件施術との因果関係)について

(原告の主張)

ア 原告は,平成13年12月21日,本件施術を受けた直後に,顎部に紅斑,皮疹等の異常を覚えた。次のイのとおり,本件施術により,顎部の紅斑,皮疹等の異常が生じたことは明らかである。

イ 原告主張の根拠

(ア) 原告は,本件施術前まで,化粧品等のかぶれ,炎症等の皮膚疾患に罹患したことはない。本件施術を契機に,顎部に紅斑等の異常が生じた。

(イ) 被告は,次のとおり,本件施術により,顎部に紅斑等の異常が生じたことを自認する行動を取っている。

a 被告は,平成13年12月25日,神保三保子医師に対し,「エステの際にマッサージオイルか化粧品でかぶれたと思います。」と発言している。

b 被告は,平成13年12月26日,責任を認める謝罪文を作成し,本件施術の料金を返還するなどしている。

c 被告は,平成14年3月から同年7月まで,原告に対し,謝罪の意で,月2回程度,フェイスドレナージュを無料で施術している。

(ウ) 廣仁会札幌皮膚科クリニック根本治医師は,本件施術により皮膚ムチン沈着症の発症がありうることを認めている。

(エ) 原告は,平成14年1月4日,札幌医科大学医学部附属病院において,血液生化学検査では,異常がないとされた。そうすると,本件施術により,顎部の紅斑等の異常が生じたと考えるべきである。

(オ) 本件施術は,顔面に強烈な圧力を加えるものであり,強い刺激を伴うものであった。

(カ) 一般に顔面に対するエステティックにより,皮膚障害が生じうることは広く知られており,本件もその一例と考えられる。

(被告の主張)

ア 原告の主張は否認する。

イ 原告主張の根拠に対する反論

(ア) (原告主張(ア)に対し)原告は,本件施術以前にも,本件施術と同様のフェイシャルエステの施術を複数回受けていた。これによって,異常を訴えたことはない。

(イ) (原告主張(イ)に対し)被告が原告に対し,本件施術に関して謝罪したのは,顧客の苦情に対し,誠意を持って対応したにとどまるものであって,法的な責任を認めたものではない。

(ウ) (原告主張(ウ)に対し)代謝異常以外に別な原因があって生じるとされる二次性ムチン沈着症が,マッサージ等の機械的な刺激により,顎部に限局して発症するとは考えられない。

(エ) (原告主張(エ)に対し)原告は,本件施術後4日経過後に,初めて病院で受診している。顎部の紅斑等の異常の発現が客観的に認められたのは同日である。そうすると,本件施術後の4日間において,何らかの原因となって,顎部の紅斑等の異常が生じたとも考えられる。

(オ) (原告主張(オ)に対し)原告は,顔面に強烈な圧力を与えるようなマッサージをしたことはない。また,被告が,本件施術により用いた化粧材は,顔面全体,頸部等に使用しており,接触性皮膚炎が原因であれば,顎部のみに限局して発症することはない。

(2)  争点②(説明義務違反)について

(原告の主張)

ア 被告は,皮膚疾患を伴う可能性のあるエステティックを業として行っている。したがって,被告は,顧客に対し,エステティック施術を行う際,顧客の皮膚の状態を確認した上で,それに適応する最適の施術を選択し,その施術の内容,実施方法,実施による効果,強度の刺激を伴うものであり,これにより皮膚に及ぼす影響等があることを十分説明する義務がある。特に,本件施術は,従前,原告が受けたエステティック施術とは,(ア) ソワンテクニカルマッサージによるフェイシャルマッサージである点,(イ) シアバターというマッサージクリームを使用する点,(ウ) エピダーマルピールマスクという化粧材を使用する点という3点で異なるものであったので,その内容を説明する義務があった。

イ 被告は,本件施術を行う際,原告に対し,「機械を使わずハンドのみのマッサージで,最も古典的な手法で細胞が活性化するものである。」と説明したのみで,皮膚の状態を確認した上で,マッサージオイル等の適応を選択するなどをせず,使用するマッサージオイルやパックの化粧材,マッサージの具体的な内容を説明することをしなかったのであるから,前記説明義務に違反したことは明らかである。なお,本件施術におけるパックは口唇を覆い息苦しいものであったのに,被告は,これについても説明をせずに行った。

(被告の主張)

ア 原告の主張は争う。

イ 被告は,本件施術の際,エステティシャンとして要求される一般的な説明義務を次のとおり果たしていた。

(ア) 原告の本件施術前の肌の状態は何ら異常はなかった。被告の行う本件施術は,原告の肌との適応が問題となるほどの危険性はそもそもない。したがって,皮膚疾患を伴う可能性を常に指摘する必要はない。

(イ) 被告は,本件施術のうちのソワンテクニカルマッサージについて「機械は一切使用しない。エステティックでは,昔からある古典的なマッサージを行う施術で,お肌が軟らかくしっとりとするのでいかがでしょうか。」と説明した。また,原告は,ソワンテクニカルマッサージを受けることが初めてであったので,従前のマッサージと異なり,「大変リズミカルなテンポの気持ちの良いマッサージです。」とその違いを具体的に説明している。ソワンテクニカルマッサージは,原告が従前受けていたオリジナルマッサージと基本的には全く変わらないのであるから,前記以上に特段の説明をする必要ない。

(ウ) 被告は,パックを行う際,原告に対し,「唇にもお塗りいたしましょうか」と尋ねており,よいとの応答を受けて,パック剤を塗った。

(3)  争点③(原告の損害)について

(原告の主張)

原告は,被告の行った本件施術及びその後の被告の対応により,次のとおり精神的損害を被った。この精神的苦痛を慰謝するためには,少なくとも500万円の慰謝料の支払が相当である。

ア 原告は,本件施術により発症した顎部の皮疹,隆起等の異常に現在も悩まされている。

イ 原告は,被告の不適切な本件施術により,施術中も非常な痛みを覚えただけでなく,口を塞がれ,息ができないなどの苦痛を味わった。

ウ 被告は,一旦,責任を認めておきながら,本訴において,意図的に虚偽の供述を行い,責任を否定するなどしており,反省していない。

(被告の主張)

原告の主張はすべて争う。

第3  争点に対する判断

1  認定した事実

前記第2の1の前提となる事実,後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  当事者等

ア 原告は,昭和33年××月××日生まれの既婚の女性である。原告は,平成7年6月3日,初めて○○に来店した。原告は,同日,○○の担当者に対し,「精神的ストレスがあるので,肌に元気がない。夜もなかなか眠れない。」と訴えていた。原告は,また,被告の担当者に対し,刺激の強いものや香りが強い化粧品の使用は避けていると伝えていた。原告は,○○に来店するまで,他のエステティックサロンで複数回のエステティック施術を受けたことがあった。原告は,平成7年6月3日から本件施術を受けた平成13年12月21日まで,合計23回,○○に来店し,ひざ下脱毛,頭部マッサージ等を中心とするエステティックの施術を受けた。原告は,第4回目の施術以降は,ほぼ被告を指名し,同人からエステティックの施術を受けた。(前記第2の1前提となる事実(1)アの認定,甲1,甲13,乙1,乙21,原告本人,被告本人)

イ 被告は,昭和58年,北海道理容美容専門学校を卒業し,美容師インターンを経て,エステティックサロンに勤務した。被告は,昭和63年,日本エステティック協会認定のエステティシャンの資格を取得した。被告は,平成3年9月から,個人で○○を経営している。○○では,常時,被告以外に3名の日本エステティック協会認定のエステティシャンの資格を有するエステティシャンがいる。○○は会員制や一定期間継続するコース制を取らず,一回ごとの施術メニュー及びその料金を明示し,来店の都度申込みのあった施術を行い,料金をその都度受領するという形態を取っている。顧客については,過去の施術経過を記した記録を作成するが,顧客の個別事情を把握するための備忘録の機能を果たしているに過ぎない。○○では,主に,フェイシャルとボディに対し,機器を多用せず,古典的なマニュピュレーションエステティックを行うことを基本としている。

○○では,平成3年の開業以来,年間延べ約1000名の顧客がエステティックの施術を受け,うち延べ約600名がフェイシャルエステティックの施術を受けているが,エステティック施術によるかぶれ等の苦情を申し出た者はいない。(前記第2の1前提となる事実(1)イの認定,乙2,乙21,被告本人,弁論の全趣旨)

(2)  本件施術までの原告のフェイシャルエステティック歴

原告は,平成7年6月3日,平成12年12月21日,平成13年3月10日に,○○において,フェイシャルエステの施術を受け,クレンジング,オリジナルマッサージ,パックを行った。原告は,平成13年8月11日においても,角質ケアとアロママッサージのフェイシャルトリートメントの施術を受けた。被告は,原告の指名を受けて,平成7年6月3日の施術を除いたこれらの各施術を担当した。

被告の行ったオリジナルマッサージとは,別紙のマニュピュレーションエステティック説明書面に記載された6種類の手技を効果的に組み合わせて10分程度行うものであった。

原告は,これらの施術により,顔面に皮疹等の異常を覚えたことはない。(前記第2の1前提となる事実(3)アで認定,甲1,乙1,乙21,被告本人)

(3)  本件施術等の経緯

ア 原告は,平成13年12月20日,肩こりがひどくなっていたことや年末にかけてパーティや東京への旅行を控えて,疲れがたまることが予想されたので,エステティックの施術の予約を取るため,○○に電話をした。原告は,○○の担当者に対し,この際,顔の肌の乾燥がひどいことを告げると,同人は,クリスマスの特別メニューであるフェイシャルコースを勧めた。原告は,これに応じることとし,ボディのオイルマッサージを内容とするクリスマスコースとともに,前記フェイシャルコースを予約した。

原告は,翌21日,○○を訪れ,被告に対し,顔の肌が乾燥していること,機械でマッサージを行うと毛穴が開いてしまうから避けたいこと,夜,夫とパーティに行くことや翌日から東京に旅行へ行く準備をしなくてはならないことから時間がないことなどを伝えた。(甲13,乙21,原告本人,被告本人)

イ 被告は,原告に対し,入浴,全身ピーリング,ボディオイルトリートメントからなるクリスマスコースについて説明した上,フェイシャルコースについては,その内容をなすソワンテクニカルマッサージについて,「機械は一切使用しないエステティックでは古典的なマッサージでお肌が軟らかくしっとりとするのでいかがでしょうか。」「大変リズミカルなテンポのマッサージです。」と説明した。

被告は,原告に対し,ソワンテクニカルマッサージにつき,従前行ったことがあったオリジナルマッサージと異なる具体的な点についてはリズミカルなテンポで行うという点のほかは説明せず,今回初めてシアバターというマッサージクリームを使用すること,同じくパックに使用したエピダーマルピールマスクについて具体的な内容を説明しなかった。(甲13,乙21,原告本人,被告本人)

ウ 被告は,原告に対し,クリスマスコースに加えて,約1時間にわたり,フェイシャルコースとして,(ア) ディープクレンジング,(イ) ソワンテクニカルマッサージによるフェイシャルマッサージ,(ウ) エピダーマルピールマスクによるパックを内容とするソワンテクニカルコースを施術した。

被告は,ソワンテクニカルマッサージによるフェイシャルマッサージにつき,シアバターというマッサージクリームを使用して,約10分間程度原告の顔面全体にわたり,別紙のマニュピュレーションエステティック説明書面に記載された6種類の手技を順に用いて行った。また,フェイシャルマッサージが終了した後,エピダーマルピールマスクを使用して,呼吸をする鼻の穴のほか,口唇も含めて,顔面から頸部にかけてパックを行った。原告は,施術中,口唇を覆われ,息苦しさを覚えたので,被告に指示し,被告は,口唇のところのパックを開口した。(前記第2の1前提となる事実(3)イで認定,甲13,乙21,原告本人,被告本人)

エ 原告は,ソワンテクニカルコースの一連の施術が終了した後,被告から頭部等のマッサージを受け,シャワーを浴びて,帰り支度をした。原告は,被告に対し,当日の費用であるクリスマスコース及び本件施術の合計2万6040円(消費税込み)を支払って帰宅した。原告は,この時点で,被告に対し,顎部に異常を訴えなかった。(甲1,乙1,乙21,被告本人,弁論の全趣旨)

オ ○○は,シアバターというマッサージクリームを,平成13年から現在まで,累計で約70名から80名の顧客に対し用いている。シアバターは,純粋植物性バターであり,これまでかぶれ等の異常を引き起こしたことはない。

○○は,エピダーマルピールマスクを,平成13年暮れころから現在まで,累計で約50名から60名の顧客に対し用いている。エピダーマルピールマスクにより,かぶれ等の異常を引き起こしたことはない。(前記第2の1前提となる事実(3)イで認定。乙21,被告本人)

(4)  本件施術後の経緯

ア 原告は,平成13年12月21日,本件施術後,ホテルでのパーティに出席し,翌22日から24日まで,東京へ同窓会出席のため旅行をした。原告は,同月25日午前中,顔面顎部に紅斑等の異常があったため,本件施術により生じたものと考え,○○に対し,電話により,苦情を申し入れるとともに,使用した薬剤等を聞いた。原告は,同日午後,美しが丘じんぼ皮膚科で受診し,急性湿疹との診断を受けた。被告は,神保三保子医師に対し,電話で,本件施術の際に使用した化粧材を説明した。(甲13,乙12,乙21,原告本人,被告本人)

イ 原告は,平成13年12月27日,美しが丘じんぼ皮膚科で受診し,顎部に軽度湿潤を触れるやや盛り上がった局面があるとされた。担当の神保三保子医師は,原告に対し,精査のため,札幌医科大学医学部附属病院を紹介した。原告は,翌28日,札幌医科大学医学部附属病院皮膚科において受診し,「皮膚ムチン沈着症の疑い」の診断を受けた。原告は,平成14年1月4日,札幌医科大学医学部附属病院において血液検査を受けたが,異常はなかった。原告は,同病院から皮膚生検を勧められたが,顔面にその痕跡が残ることを理由にこれを断った。原告は,札幌医科大学医学部附属病院において,同月17日,同月22日,同月29日,受診したが,その後は,受診していない。(甲13,乙12,乙13,乙21,原告本人,被告本人)

ウ 原告は,平成14年1月16日,廣仁会札幌皮膚科クリニックにおいて,顎部について「肉芽腫性口唇炎」と診断され,ステロイドの局所注射を受けた。原告は,同年4月18日にも顎の部分が少ししわしわになった状態を確認され,同病院においてステロイドの局所注射を受けている。原告は,同年5月16日,症状は目立った改善はなかったが,同病院による治療を中止している。(甲13,乙15,原告本人)

(5)  原告の顎部の紅斑等の症状についての医師らの意見

ア 廣仁会札幌皮膚科クリニックの根本治医師は,原告の顎部の紅斑を伴う隆起性局面は,時間の経過があるものの,肉芽腫様口唇炎,皮膚炎,炎症後の皮膚ムチン沈着症などが疑われると判断した。札幌医科大学医学部附属病院の嵯峨賢次医師が皮膚ムチン沈着症を考えたのであれば,本件施術により,炎症が生じ,患部にムチンが沈着する可能性はあるとしている。ただし,皮膚ムチン沈着症と確定診断するためには,皮膚の生検が必要であるとしている。(甲7の1,2)

イ 札幌医科大学医学部附属病院では,平成13年12月28日に原告が受診した際,下顎部に境界明瞭で扁平に隆起した皮膚色の局面が存在していた。この皮疹の原因は,皮膚ムチン沈着症のほか,好酸球性膿疱性毛嚢炎,環状肉芽腫,サルコイドーシス,皮膚リンパ球腫,脂肪腫,結合組織母斑などが考えられた。確定診断のためには,皮膚生検による病理組織診断が必要である。原告の皮疹が本件施術の原因と診断することは,(ア) 第1に,確定診断がなされていないことから原因を特定できないこと,(イ) 仮に皮膚ムチン沈着症であるとしても外用物質による接触皮膚炎が原因となって発症することは考えられないこと,(ウ) 本件施術によるものであれば,その後,自然に減退する場合が多いはずであるのに,皮膚の症状が長く続いていることから,困難であるとしている。(平成16年5月12日付け調査嘱託の結果)

(6)  本件施術後の被告の対応

ア 被告は,原告から苦情の電話を受けたため,平成13年12月26日午前,原告宅を訪問し,原告に対し,謝罪するとともに,本件施術の際の料金,謝罪文を手渡した。謝罪文には,「原因として様々な要素を振り返りましたが症状から見まして考えられますのは,ソワンテクニカルコースの特長となりますマッサージの技術の中の・筋揉撚と・強擦の刺激があります。X様のお肌のご様子を見ながら行ったつもりでしたが,このようなことになりまして(良い状態にするためのお手入れが)申し分けございません。」との記載がある。(甲6,甲13,乙21,原告本人,被告本人)

イ 被告は,平成14年2月1日,○○を訪れた原告に対し,無料でフェイスドレナージュを申し出た。原告は,これに応じ,同月8日から,同年7月24日まで平均して月2回程度,合計約11回にわたり,無料でフェイスドレナージュを受けた。被告は,原告に対し,原告の苦情に対する慰謝の気持ちから,他に,本件施術費用計1万1340円,治療費・交通費等として合計3万8000円を支払っている。(甲1,甲13,乙1,乙21,原告本人,被告本人)

2  争点①(本件施術との因果関係)について

(1)  原告は,本件施術において,被告から顔面部に強力な指圧マッサージを受けたこと及び本件施術終了後,帰宅した時点で,顎全体が赤くなり,隆起した状態になったと供述するので,この点について検討する。

ア 前記1で認定した事実に加えて,認定に供した証拠によれば,次のとおりの事実が認められる。

(ア) 被告は,ソワンテクニカルマッサージとして,シアバターというマッサージクリームを使用して,約10分間程度原告の顔面全体にわたり,別紙のマニュピュレーションエステティック説明書面に記載された6種類の手技を順に用いて行った。被告によるマニュピュレーションエステティックの6種類の手技は,原告がそれまで受けたことのあるオリジナルマッサージと基本的には異なることはない。

(イ) 被告は,顎部分に集中的にマッサージ等を行ったとの事実は,本件全証拠によっても認められない。

(ウ) 原告は,本件施術を受ける前,被告に対し,顔の肌が乾燥していること,機械でマッサージを行うと毛穴が開いてしまうから避けたいと依頼している。かかる原告の依頼を受けて,被告が,本件施術において,特に強くマッサージを行うとは考えにくい。

(エ) 原告は,本件施術後帰宅した直後に,顎部の異常に気付き,○○に苦情の電話をしたとする。しかし,○○のカルテ(甲1,乙1)には,本件施術の日にそのような苦情の電話があったとの記載はない。他方で,原告は,同日夜には,ホテルでのパーティに出席し,翌日からは,東京へ旅行するなどしている。

(オ) 原告及び被告は,本件施術直後の本件施術費用の支払をする時点では,顔面部の異常を確認していない。

イ 以上の事実からすると,本件施術の際に,強力な指圧マッサージを受けたこと及び本件施術終了後帰宅した時点で顎部に異常があったとの原告の供述を採用することはできず,本件施術の際に強力な指圧マッサージを受けたこと及び本件施術終了後帰宅した時点で顎部に異常があったことはいずれも認めることができない。

(2)  本件施術と原告の顎部の紅斑等の異常との因果関係について判断する。

ア 前記1で認定した事実及び前記2(1)で説示したことによれば,次のとおりの事実が認められる。

(ア)  前記2(1)で説示したとおり,原告は,本件施術の際に強力な指圧マッサージを受けたとは認められない。

(イ)  被告は,ソワンテクニカルマッサージによるフェイシャルマッサージを,シアバターというマッサージクリームを使用して,約10分間程度原告の顔面全体にわたって行っている。また,フェイシャルマッサージが終了した後,エピダーマルピールマスクを使用して,呼吸をする鼻の穴のほか,口唇も含めて,顔面から頸部にかけてパックを行っている。以上からすると,顎部のみ集中的に施術を行ったとの事実は認められない。

(ウ)  原告は,本件施術を受けるまで,被告から3度フェイシャルマッサージの施術を受けているが,顔面に皮疹等の異常を覚えたことはない。

(エ)  原告の症状を診断した医師らは,原告の顎部の紅斑等の異常の病名について,確定した診断をしていないため,その原因を,最終的には特定していない。そうすると,原告の顎部の紅斑等の異常が何によって生じたのかについては医学的に立証されたとはいえない。

(オ)  前記2(1)で説示したとおり,本件施術終了後帰宅した時点で顎部に異常があったことが認められない。原告は,本件施術当日にパーティに出席し,翌日から東京へ旅行に出るなど多忙な日々を過ごしていたことを考慮すると,顎部の紅斑等の異常の発現が,本件施術以外の原因によるものであることを否定できない。

イ  以上の事実からすれば,本件施術と原告の顎部の紅斑等の異常との間に因果関係があったとは認めることはできない。

なお,被告は,原告に対し,原告の苦情を受けた直後に,顎部の紅斑等の異常が本件施術によるものであることを認め,謝罪等をしていることが認められる。しかし,かかる行為は,被告が顧客との信頼関係を重んじる営業をしていることから,原告の不満を解消することを目的としたものにとどまるというべきで,かかる行為をもって,被告が本件施術と原告の顎部の紅斑等の異常との間に因果関係があることを前提として賠償責任を認めたものとみなすことはできない。

その他,本件全証拠によっても,本件施術と原告の顎部の紅斑等の異常との間に因果関係があったとは認めることはできず,この点についての原告の主張には理由がない。

3  争点②(説明義務違反)について

(1)  前記1で認定した事実によれば,次のとおり認められる。

ア 原告は,平成13年12月21日,○○を訪れフェイシャルコースの施術を受けるに際し,被告に対し,顔の肌が乾燥していること,機械でマッサージを行うと毛穴が開いてしまうから避けたいこと,夜,夫とパーティに行くことや翌日から東京に旅行へ行く準備をしなくてはならないことから時間がないことなどを伝えた。

イ 被告は,原告に対し,フェイシャルコースについては,その内容をなすソワンテクニカルマッサージについて,「機械は一切使用しないエステティックでは古典的なマッサージでお肌が軟らかくしっとりとするのでいかがでしょうか。」「大変リズミカルなテンポのマッサージです。」と説明した。

ウ ソワンテクニカルマッサージとは,マニュピュレーションエステティックの6種類の手技を内容としており,原告がそれまで受けたことのあるオリジナルマッサージと基本的には異なることはなく,マッサージの速さとテンポが違うにとどまる。

エ 被告がソワンテクニカルマッサージで用いたシアバターというマッサージクリームは,平成13年から現在まで,累計で約70名から80名の顧客に対し用いられている。しかし,シアバターは,純粋植物性バターであり,かぶれ等の異常を引き起こす危険性のあるものではない。パックに使用されたエピダーマルピールマスクも,同様である。

オ 被告は,原告に対し,ソワンテクニカルマッサージにつき,従前行ったことがあったオリジナルマッサージと異なる具体的な点についてはリズミカルなテンポで行うという点のほかは説明せず,今回初めてシアバターというマッサージクリームを使用すること,同じくパックに使用したエピダーマルピールマスクについて具体的な内容を説明しなかった。

(2) エステティックの施術を行う場合は,より美しくなりたいという施術依頼者の主観的な願望を満たすことを目的としているのであるから,施術にあたっては,施術依頼者本人の主観的な意図が重要な意味を要する。したがって,エステティックの施術者は,施術依頼者に対し,同人の判断に資するために,施術前に,施術の内容,実施方法,実施による効果について説明する義務があるといえる。

しかし,エステティック施術は,マッサージや化粧品の使用というように,身体に対する侵襲の程度は,医療行為などと異なり,極めて低い。したがって,施術の際に,その施術から通常生じるとは考えられない危険性や後遺症的な症状があり得ることまで常に説明すべきであるとまではいえない。

前記3(1)で説示したところによれば,被告は,原告に対し,マッサージの内容について具体的に説明せず,また,使用する化粧品についてもその具体的な内容や生じうる副作用を説明していないことが認められる。

しかしながら,原告は,本件施術以前に,ソワンテクニカルマッサージとほぼ同じ内容のマッサージの施術を受けたことがあること,使用する化粧品が危険性があるものとはいえないことから,マッサージの具体的内容や用いる化粧品の危険性について説明すべきであったとはいえず,原告に説明義務違反があるとまではいえない。

原告は,その他,被告の行った施術,施術後の対応について不適切な点を指摘するが,これらの点は,法的に評価すべき義務違反とみることはできない。

以上のとおり,被告に説明義務違反があったとは認めることはできず,この点についての原告の主張には理由がない。

4  原告は,その他,被告の行った施術,施術後の対応について不適切な点を指摘するが,これらの点は,法的に評価すべき被告の義務違反行為とみることはできない。

したがって,原告の請求については,その余を判断するまでもなく,理由がない。

第4  まとめ

以上のとおり,原告の請求には,理由がないので,主文のとおり判決する。

(裁判官・澤井真一)

別紙マニュピュレーションエステティック説明書面<省略>

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