札幌地方裁判所 平成15年(ワ)655号 判決 2004年5月13日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告に対し,763万6356円及びこれに対する平成14年11月14日から支払済みまで年36.5パーセントの割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第2当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
原告は,映像・音声の製作及びその記録物の販売等を主たる目的とする株式会社である。
被告は,組織の規約及び組織を統轄する理事会を有し,その事務所を平成14年4月1日以前は静内町役場内に,同日以降は肩書住所地に置いている権利能力なき社団である。
(2) 原被告の直接契約
原告は,平成12年12月下旬,被告から静内町観光ビデオ(以下「本件ビデオ」という。)の製作業務を委託され,被告との間で本件ビデオ製作業務委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した。本件契約の内容は,本件ビデオの納期を平成14年4月,最終的な委託金額は763万6356円,委託費用の支払は原告の請求日から30日以内に支払うこととし,被告の帰責事由により支払を怠った場合には委託費用に対する支払済みまで年36.5パーセントの割合による遅延損害金を併せて支払うなどであった。
(3) 有権代理
ア 代理行為
原告は,平成12年12月下旬,静内町商工労働観光課(以下単に「観光課」ともいう。)課長補佐のAから本件ビデオ製作業務を委託され,Aとの間で本件契約を締結した。
イ 顕名
Aは,本件契約の際,被告のためにすることを示した。
ウ 授権行為
被告は,Aに対し,本件契約に先立ち,本件契約締結についての代理権を授与した。すなわち,Aは,平成12年6月ころ,被告代表者会長のBから,静内町開基130年記念夏祭りビデオ(以下「夏祭りビデオ」という。)及び本件ビデオの製作に着手して欲しいという指示を受けたことから,本件契約の締結につき代理権を授与されたといえる。
(4) 表見代理
ア 代理権消滅後の表見代理(民法112条)
(ア) 上記(3)ア(代理行為),同イ(顕名)と同じ。
(イ) 被告は,Aに対し,仮に,夏祭りビデオ製作の予算措置が遅れるなどの理由から本件ビデオ製作について代理権を授与していなかったとしても,少なくとも夏祭りビデオ製作に関しては代理権を授与していた。すなわち,平成12年7月に夏祭りビデオ製作についての打合せにはAのほか被告職員のCも参加していたこと,同年10月には被告の記名捺印のある夏祭りビデオに関する契約書が原告に送付されたこと,原告は被告宛に夏祭りビデオの代金請求書を発送し,同年12月29日には被告名義でその代金が原告に振込み支払われたことなどからすると,上記(3)ウのとおり被告代表者のBがAに夏祭りビデオの製作を指示し,ひいては同ビデオ製作に関する代理権を授与したことが推認される。そして,原告は,被告から夏祭りビデオ製作に引き続き,同様に,Aを通じて本件ビデオ製作を依頼されたのであり,本件契約につき民法112条の表見代理が成立する。
イ 代理権授与表示による表見代理(民法109条)
(ア) 上記(3)ア(代理行為),同イ(顕名)と同じ。
(イ) 仮に,被告がAに対し夏祭りビデオ製作及び本件ビデオ製作のいずれに関しても代理権を授与していなかったとしても,上記ア(イ)の事実のほか,平成12年11月30日に原告が夏祭りビデオを納品し,Aと面談していた席に被告事務局長のDも参加しており,Aが原告に対し被告発注による本件ビデオ製作を打診して見積を求めた際にも,Dは積極的肯定的な発言をし,Aの行動を制止しなかったこと,同年12月13日にも原告はAと本件ビデオ製作につき企画書を提出するなどして面談し,その際もDが同席していたが,Dは本件ビデオ製作について被告は何ら関係がない旨原告に告げなかったことなど被告関係者の一連の行為をみれば,代理権授与表示があったといえるから,本件契約につき民法109条の表見代理が成立する。
(5) 支払請求
原告は,平成13年2月から本件ビデオ製作のため現地での撮影など作業を進め,平成14年3月下旬に本件ビデオを完成させて被告に納品した上で,同年4月10日,被告に対し,委託費用として763万6356円の支払を請求した。しかし,被告は,請求後30日を経過してもその支払をせず,原告が同年11月13日到達の書面による催告をしても,いまだ支払をしない。
(6) よって,原告は,被告に対し,本件契約に基づき,763万6356円及びこれに対する書面による催告日の翌日である平成14年11月14日から支払済みまで約定の年36.5パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)(当事者)の事実は認める。
(2) 同(2)(原被告の直接契約)の事実は否認する。
本件契約の締結に関して理事会が開催されたことはなく,被告代表者のBも本件契約について一切関知していない。
本件契約は,当時静内町商工労働観光課課長補佐であったAが,被告の業務につき何ら権限がないのに,同じ静内町出身で学校の同級生であった原告代表者Eとの間で個人的に締結したものである。本件契約書(甲1,2)は,Aが原告のEから要求されたため,被告会長名義及び同印鑑を冒用して偽造したものである。
(3) 同(3)(有権代理)ウ(授権行為)の事実は否認し,有権代理の主張は争う。
被告は,Aに本件契約締結につき代理権を授与したことはない。Aは,被告の職員ではなく,被告代表者のBから特別に代理権を授与されない限り,被告を代理することはできないところ,Bと面談して同人が夏祭りビデオに賛成したことから,被告内で本件ビデオ製作の企画,予算,委託先など具体的内容が何ら決定されておらず,理事会の承認も得ていないのに,勝手に原告代表者のEとの知人関係から本件ビデオ製作を原告に依頼したものである。
なお,被告代表者がAに対し本件契約締結の代理権を授与していたとしても,本件契約のように費用が巨額な場合には契約の前に理事会の承認が必要とされており,原告は本件契約において理事会の承認を欠いていることを知り,又は知り得たのであるから,本件契約が成立する余地はない。
(4) 同(4)(表見代理)ア(代理権消滅後の表見代理)の事実のうち,被告が原告に夏祭りビデオの代金を振込支払したことは認め,その余は否認し,表見代理の成立は争う。
被告は,夏祭りビデオ製作についてもAに代理権を授与したことはなく,平成12年12月下旬にAから頼まれて夏祭りビデオを買うことにしただけであり,契約書(甲16,17)は平成13年になって監査を受けるにあたり作成したものである。
なお,夏祭りビデオ製作に関する契約締結権限と本件ビデオ製作に関する契約締結権限とは別個のものでその権限の範囲を異にするから,夏祭りビデオ製作に関する代理権は本件契約締結についての代理権とはならず,民法112条と同法110条の重畳適用によってはじめて表見代理の問題となるが,結局本件ビデオ製作はAと原告が勝手に進めたものであり,表見代理は成立しない。
(5) 同(4)(表見代理)イ(代理権授与表示による表見代理)の事実のうち,代理権授与表示があったことは否認し,表見代理の成立は争う。
原告は,被告事務局長のDがAと原告との本件ビデオに関する面談の際同席していたのに原告に注意を促さなかった点を問題とするが,Dは上記面談の際に原告が本件ビデオの制作者であると認識しておらず,また,Aが再度予算が付かない状況での発注をするとは思いもよらなかったことから,注意を促さなかっただけである。
(6) 同(5)(支払請求)の事実のうち,被告が原告から平成14年11月13日到達の書面による催告を受けたことは認め,その余の事実は否認する。
3 抗弁(悪意有過失ー請求原因(4)ア及びイに対し)
原告は,本件契約にあたり,Aがその代理権を有していないことを知っており,又は知り得べきであった。
すなわち,原告は,被告とは別組織の静内町職員であるAと契約締結交渉をしたのみで,一度も被告代表者に直接会って契約締結の意思を確認しておらず,Aから当初より本件ビデオ製作につき予算措置が未了である旨説明されていたこと,本件契約の委託費用が高額であったことなどからすると,原告は被告に対しAの権限等につき確認すべきであったのに確認しなかったのであるから,Aの無権限を知らなかったことにつき過失がある。
4 抗弁に対する認否
原告の悪意有過失につき否認する。
原告は,Aから,予算措置が未了である等の説明は一切受けておらず,本件契約の成立に疑念を抱かせる事情はなかったのであるから,本件のような実務的なビデオ製作発注にあたって,担当者のレベルを超えて代表者と面談する必要はない。
理由
1 請求原因(1)(当事者)の事実については,当事者間に争いがない。
2 請求原因(2)(原被告の直接契約)について
(1) 本件契約の存否に関する証拠としては,被告会長の記名及び押印のある平成13年4月25日付け及び同14年4月5日付けの各委託契約書(甲1,2。以下併せて「本件契約書」という。)が存するところ,被告は,本件契約書がAの偽造によるものとしてその成立を否認しているので,この点検討する。
まず,本件契約書末尾の委託者欄の被告会長B名下に存する被告会長印の印影が被告の印章によって顕出されたことは当事者間に争いがないが,証拠(甲1,2,26,乙2ないし5,8ないし11,証人A,同D,同B,原告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば,Aは原告からの要求を断りきれず,平成13年11月ころ被告会長印を冒用して本件契約書を作成したことを自認していること,その当時被告事務局は静内町役場の商工労働観光課内にあり,被告会長印は被告専属の事務局員であるCの机に保管されていて,商工労働観光課課長補佐のAが容易に無断で使用できる状態にあったこと,本件契約にかかる予算の要求は平成13年初めころ静内町の査定で却下されており,本件契約に関して被告理事会の承認もないばかりか,被告代表者のBと原告とは全く接触がなかったことなどの事実が認められるから,本件契約書に存する被告会長の印影は被告の意思で顕出されたものとは推定することができず,その他本件契約書の成立の真正を認めるに足りる証拠はない。
(2) その他,原被告の直接契約による本件契約の成立を認めるに足りる証拠はない。
(3) よって,請求原因(2)(原被告の直接契約)の事実は認められない。
3 請求原因(3)(有権代理)について
(1) 請求原因(3)ア(代理行為)及び同イ(顕名)について
証拠(甲1,2,3の1ないし3,甲5ないし11,12及び13の各1,2,14,15,26ないし28,乙1ないし3,5,証人F,同A,原告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成12年12月下旬ころ,Aとの間で,被告を委託者とする本件契約を締結したことが認められる。
(2) 請求原因(3)ウ(授権行為)について
原告は,本件契約締結について被告がAにその代理権を授与したと主張し,その根拠として,平成12年6月ころAが被告会長のBを訪ねた折りに,Bから早急に理事会の承認を得て静内町から予算の助成を受けるので夏祭りビデオ及び本件ビデオの製作に着手して欲しいとの指示を受けたとするAの証言及び報告書(乙1,2)を挙げる。
しかしながら,まず,Aの上記証言等の信用性についてみるに,その内容は,Aとは夏祭りビデオがあればいいという程度の話はしたが,B自身が同ビデオ製作を指示したことはなく,本件ビデオの話は全くしていないとするBの証言と矛盾するほか,そもそも被告代表者が被告とは別個の組織の職員であるAに,理事会の承認もなく予算措置もできていない段階で夏祭りビデオ及び本件ビデオの製作を一任するか,AがBから夏祭りビデオ及び本件ビデオの製作を指示されたなら,その進行状況をBに報告したり再び具体的指示を受けたり,さらにはBに理事会を開催するよう求めたりするのが通常であるのにその形跡がないのは何故か(この点,Aは被告内部の役員人事との関係等を挙げるが,Bは平成14年6月まで会長職にあったのであるから,説得力ある理由とはならない。),Bの指示があったなら,本件契約書の偽造という危険な行為までするか,など極めて不自然不合理なものであって,AからDに対する書面中に「とりあえずビデオは収録済であり,局長の同意がいただければ・・」との記載があること(乙1),Aは原告から本件ビデオの製作費用を厳しく請求され,静内町からは不祥事の責任追及をされており(乙2ないし5),Aには本件契約の責任を被告ないしBに転嫁しようとして虚偽供述をする動機があることなどからすると,Aの上記証言等をたやすく信用することができない。加えて,A自身,本件契約締結につき被告から代理権を授与されたとは言明しておらず,Bの指示を拡大解釈してしまったと述べているのであって,Aの上記証言等をもって被告のAに対する代理権授権行為の根拠とすることはできない。
その他,本件契約締結について被告がAに対し代理権を授与したことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,原告の上記主張は採用できない。
(3) よって,有権代理による本件契約の成立は認められない。
4 請求原因(4)(表見代理)及び抗弁について
(1) 請求原因(4)ア(ア)及び同イ(ア)について
原告が平成12年12月下旬ころAとの間で被告を委託者とする本件契約を締結したことが認められることは前記3(1)のとおり。
(2) 前記争いのない事実及び証拠(甲1,2,3の1ないし3,4の1及び2,5ないし11,12及び13の各1,2,14ないし24,26の一部,27,28,乙1,2,3の一部,4,5の一部,6ないし11,証人Aの一部,同F,同D,同B,原告代表者Eの一部)及び弁論の全趣旨によれば,本件契約締結に至る事情及びその後の事情(表見代理の成否に関する事実)について,次の事実が認められ,同事実を覆すに足りる証拠はない。
ア 当時静内町商工労働観光課課長補佐のAは,日頃から静内町の観光紹介の必要性を感じていたところ,平成12年6月ころ,同年の静内夏祭りが開町130年記念イベントとして大がかりなものになることから,しずない阿波踊り協会のG会長と相談して夏祭りの様子を後世に残す方法としてビデオ製作を思い立ち,協力を仰ぐため被告会長のBを訪ね,同人も賛意を示した。そこで,Aは,原告代表者のEが同じ静内町の学校の同級生であり,特に付き合いはなかったものの,Eが数年前から静内町の行事を紹介するビデオを製作し早朝のテレビ番組で放映していたのを知っていたことから,Eに対し静内町の観光紹介ビデオの話を持ちかけ,予算措置が未了であることを断った上で,まずは目前に迫っている夏祭りビデオの製作を依頼したところ,同人の承諾が得られた。
イ 原告は,Fが担当者となってAから夏祭りスケジュール等の送付を受けるなど連絡を取り合った上,平成12年7月28日,E,Fらが静内町役場に赴き,Aや被告事務局のDやCらの応対を受け,同日から夏祭りの様子を撮影するなどし,同年10月ころ夏祭りビデオを完成させてAに送付した。Aは,同年11月ころ,夏祭りビデオの製作費用につきその支払方に苦慮し,原告に対し理事会が開かれていないから支払が同年12月になると説明する一方で,被告事務局に対し夏祭り実行委員会の方では資金繰りがつかないとして援助を要請するなどしていた。
ウ 平成12年11月30日,原告のE,Fは,追加分の夏祭りビデオを納品するため静内町役場に赴き,談話室において,Aのほか,被告事務局のD,C,観光課係員数名と面談した際,四季を通じて静内町の風物行事を紹介する観光ビデオ(本件ビデオ)を作り,平成14年4月に運営開始する観光情報センターで放映できないかという話になり,原告側で企画書を作成することになったが,これに対しDも「仮に作るとすれば,内容は・・」などと発言するほか特に異議を述べる者はいなかった。そこで,原告は,Cや観光課係員から資料の送付を受けるなどして企画書を作成し,平成12年12月13日,Fらが静内町に赴き,A,Dらと面談し,本件ビデオについて企画書に基づき打合せをしたが,その際もDはAを制したりFに正式な発注でない旨注意を促したりするなどの言動を見せなかった。原告は,Aの指示により被告宛の同月15日付け見積書(甲3の2。本件ビデオ製作費用に夏祭りビデオの費用未払分150万円を加えた合計金額926万8528円のもの)をAに送付し,Aは,夏祭りビデオの費用未払分を削除した753万6028円で話を進めて欲しいと連絡して発注する一方,Cに対し同金額を平成13年度の静内町の予算に被告予算として追加要求するように指示し,Cはその手続をし,Dも予算要求の点は認識していた。
エ 被告は,平成12年12月,上記のとおりAから援助を求められていた夏祭りビデオの代金支払の件について,被告も夏祭り実行委員会の構成員であり,同ビデオが観光紹介の手段として使い道がないわけではないことなどから,理事会の承認を得て同ビデオを買い取ることにし,平成12年度予算では50万円しか余裕がなかったため,不足分の107万5000円はBが一旦立替えて同13年度予算で処理することにし,平成12年12月29日,被告名義で50万円と107万5000円に分けて原告口座に対し157万5000円の振込支払がなされた。なお,夏祭りビデオに関する2通の契約書(甲16,17)は,平成13年10月ころ静内町の監査にあたり遡って被告の正規の手続で作成され,原告に送付された(この点,上記契約書が平成12年10月か11月ころ作成送付されたとする原告代表者の供述及び陳述書(甲26)の記載は,具体的かつ自然なCの陳述書(乙11)の記載やDの証言に反するばかりか,そのころ被告が同ビデオ製作費用につき理事会の承認や予算措置ないし支払方法の決定がされていた形跡は窺えず,2通に分けて契約書が作成された経緯からしても,信用できない。)。
オ 本件ビデオ製作のための上記予算要求は,平成13年1月ころ静内町の査定で却下され,被告事務局やAを除く観光課職員は被告発注による本件ビデオ製作の話は終わったものと認識したが,Aは,理事会が開かれ事業承認されて被告全体で要求すれば予算措置ができるだろうと軽信し,本件ビデオを観光情報センターの運営開始に間に合わせるため撮影作業を開始しようとして,同年1月31日観光課係員に指示して同年2月3日に予定されているイベントの資料を原告に送付した(なお,Aは予算要求が却下されたことを原告に連絡したと証言するが,その証言状況は極めて曖昧であり,上記連絡を受けた原告が何の確約もなく撮影作業を開始するとは考えられないから,同証言は信用できない。)。原告は,同年2月3日から静内町において本件ビデオの撮影を開始し,同年5月の桜まつり,7月の渓流釣りや競走馬のふるさと関係,9月の秋の味覚祭りなど撮影を進めたが,Aと電話連絡をするほかは,静内町職員や被告事務局員の同行や応対は殆どなくなった。
カ Aは,同年4月13日,Cとともに原告を訪ねて夏祭りビデオの追加発注分の代金支払をしたが,同年6月ころ以降Eから社長としての立場があるなどとして本件契約書の作成を再三求められ,その度に理事会が開かれない,町長選があって被告の役員が入れ替わったなどと言いつつ今後各方面から協力を得て予算獲得に努力する趣旨の説明をし,Eに待ってもらっていた。しかし,Aは,平成13年11月ころ,本件ビデオ製作作業が既に進行していたことからEの要求を断りきれず,Cの机に保管されていた被告会長印を無断で使用して本件契約書(甲1,2。平成13年4月25日付けで委託費用375万0264円のものと同14年4月5日付けで同388万6092円のもの2通)を作成した上,原告に送付した。原告は,その後も本件ビデオ製作作業を続け,平成14年2月ころには粗編集したものをAに送付し,同年3月下旬にはほぼ完成した本件ビデオをAに納品した。
キ Aは,本件ビデオ製作に関する予算措置が困難となり,製作費用支払の当てが立たなかったため,被告の協力を得ようとしてDに書面(乙1)を出したり,観光情報センター担当予定の観光課係員に本件ビデオの粗編集段階のものを送付して理解を得ようとしたりしたが,奏功しなかった。Aは,平成14年4月1日付けで商工労働観光課の観光担当から労政担当に替わり,被告においても同年6月にB会長,D事務局長ともにその役職を辞任した。結局,本件ビデオ製作に関して被告理事会は開催されず,その予算措置もなされなかった。
ク 原告のEは,本件ビデオ納品後も本件ビデオ製作費用の支払がなされず,Aが個人で支払うと言い出したことから,静内町の別の同級生を介するなどしてAに対し再三にわたり請求し,平成14年10月にはAを呼び出して同年11月30日限り支払うとの確約書を作成させる一方,平成14年11月12日付けで被告及び静内町に対して本件ビデオ製作費用を請求する内容証明郵便を送付した。Aは,金策がつかず,上記期限を徒過したところ,E夫婦が静内町役場に来所して請求する事態に至った。
ケ 以上の認定に対し,原告代表者Eは,Aから予算についての話は一切聞いていない旨供述するが,当初ビデオ製作を相談した際に予算措置が未了であり支払が遅滞することを原告に伝えたとするAの証言と相反する上,E自身もAから理事会が開かれないとか資金繰りが苦しいとかは聞いたと述べているのであって,EとAとの人的関係などからしても,上記Eの供述は信用できない。
(3) 夏祭りビデオ製作に関する代理権授与の存否について
上記認定事実を総合すると,夏祭りビデオ製作についても,Aが被告代表者会長のBの賛意を自分勝手に解釈し被告の協力や静内町の助成が得られると軽信してビデオ製作を原告に依頼したというべきであって,被告代表者のBがAに対し夏祭りビデオ製作に関する代理権を授与したと推認することはできない。AがBから夏祭りビデオ製作に着手するよう指示されたという前記A証言等は,前記3(2)のとおり信用できず,その他代理権授与を認めるに足りる証拠はない。
原告は,平成12年10月に被告の記名捺印のある契約書(甲16,17)が原告に送付されたことや同年12月29日には被告名義で夏祭りビデオの代金が原告に支払われたことなどから,被告がAに夏祭りビデオ製作に関する代理権を授与したと推認されると主張するが,前記認定のとおり上記契約書は静内町の監査の関係で平成13年10月ころ作成されたのであり,夏祭りビデオの代金支払も支払に窮したAに頼まれて同ビデオを買い取ったにすぎないのであって,Aへの代理権授与を推認させるものとはいえず,原告の同主張は採用できない。
そうすると,代理権消滅後の表見代理(民法112条)の主張の前提となる代理権それ自体が認められないから,民法112条ないし同条と同法110との重畳適用による表見代理の成立は認められないことになる。
(4) 本件ビデオ製作に関する代理権授与表示の存否について
上記認定事実を総合すると,被告がAに対し本件ビデオ製作に関して代理権を授与した旨の表示があったと認定するのは困難であり,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
原告は,被告名義の契約書(甲16,17)の送付や被告名義の代金支払のほか,Aが原告に対し本件ビデオ製作を打診して見積を求めたり企画書をもとに打ち合わせたりした際に,被告事務局長のDが同席しており,Aの行動を制止しなかったことなどから,被告がAに対し本件ビデオ製作に関して代理権を授与した旨の表示があったと主張するが,上記契約書や代金支払は夏祭りビデオに関するものであり,また,Dの言動についても本件ビデオ製作を発注する前の企画,見積段階のものであって,本件ビデオ製作関係の予算要求が却下された後においては本件ビデオ製作に肯定的な言動をとった形跡は見当たらない上,Dは代理権授与の権限を有するものではないことなどからすると,原告指摘の被告関係者の行為をもって代理権授与表示とまではいうことができないから,原告の上記主張は採用できない。
そうすると,代理権授与表示による表見代理(民法109条)の成立は認められない。
(5) 抗弁(原告の悪意有過失)について
仮に,夏祭りビデオ製作に関する代理権授与又は本件ビデオ製作に関する代理権授与表示が認められるとしても,上記認定事実のとおり,原告は平成12年6月のビデオ製作依頼の際にAから予算措置が未了であることを聞いていた上,本来契約締結時に作成されるべき契約書がいずれのビデオ製作委託でも契約締結当時作成されておらず,原告が被告と別組織のAを相手に契約締結をしたこと,夏祭りビデオの製作費用さえ支払遅滞していたところ,本件契約の額は763万余円と更に多額であったことからすると,予算措置を要する官庁との契約の経験があった原告としては(甲25,26),本件契約締結にあたり被告代表者や現に面談した被告事務局長のDに対し契約意思の確認をするべきであったのに,原告が意思確認をした形跡はなく,加えて,Aから原告のEに宛てた平成13年12月26日付けの書面には「貴社には本格的な契約前に収録をお願いし」との記載があること(甲3の1),原告が本件ビデオ製作費用の支払を再三A個人に求めていたことなどの事情を考慮すると,本件契約締結当時において,原告は,Aが同契約締結につき代理権を有していないことを知っていたか,少なくとも知り得たものといわざるを得ない。
したがって,結局,原告の表見代理の主張は認められないことになる。
5 よって,その余の点につき判断するまでもなく,原告の被告に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担については民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木秀行)