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札幌地方裁判所 平成15年(行ウ)24号 判決 2006年2月28日

原告

同訴訟代理人弁護士

伊藤誠一

同訴訟復代理人弁護士

佐々木潤

被告

札幌東労働基準監督署長Y

同指定代理人

主文

1  被告が,平成14年10月21日付けで原告に対して行った労働者災害補償保険法による療養補償給付,遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は,被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,株式会社北洋銀行(以下「北洋銀行」という。)野幌支店(以下,単に「野幌支店」という。)の営業課長であったO(以下「亡O」という。)がくも膜下出血で死亡したことにつき,亡Oの相続人である原告が,亡Oの死亡は同銀行における同人の業務の身体的,精神的な過重負荷が原因であるとして,被告に対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく療養補償給付,遺族補償給付及び葬祭料の支給を求める旨の申請(以下「本件労災申請」という。)を行ったところ,被告が,平成14年10月21日付けでこれらをいずれも不支給とする旨の決定(以下「本件処分」という。)を行ったため,原告がその取消しを求めた事案である。

1  前提事実(争いのない事実及び各項目末尾に記載した証拠によって容易に認められる事実)

(1)  当事者等

原告は,亡O(昭和○年○月○日生)の夫であり,北海道江別市<以下省略>所在の当時の自宅(以下,単に「自宅」という。)において,亡Oと二人で生活していた(<証拠略>)。

(2)  亡Oの死亡に至る経緯

ア 北洋銀行は,札幌市<以下省略>に本店を置き,北海道を基盤とする地方銀行であるところ,平成15年3月末の時点における店舗数は176店であり,全従業員数は約4100人であった。

イ 亡Oは,昭和37年4月,北洋銀行(当時の商号は株式会社北洋相互銀行)に入社し,幾春別支店,岩見沢支店,江別支店を経て,平成8年4月からは野幌支店の営業担当課長に,平成9年10月からは同支店の融資課長に順次命じられ,平成11年11月からは,同支店の営業課長として勤務していた。

北洋銀行は,株式会社北海道拓殖銀行(以下「拓銀」という。)の破綻に伴い,平成10年11月16日に同銀行から営業譲渡を受けたが,同年12月に従来の北洋銀行の勘定系システムを拓銀のシステムに一本化(移行)することを決定し,平成12年5月8日に勘定系システムが統合された(以下「本件システム統合」という。)。これに伴い,北洋銀行系で使用されていた預金通帳が使用不能となるため,新通帳への切替え作業が必要となった。

ウ 野幌支店の支店長A(以下「A支店長」という。)は,同年7月14日,亡Oに対し,同支店を年内に閉鎖して,その機能を野幌中央支店に統合することになる旨を告知した(<証拠略>)。

エ 亡Oは,平成12年7月19日午後6時10分ころ,勤務中に突然「後頭部が痛い。」と異常を訴え,その後,救急車により札幌市○○区にある医療法人a病院(以下「a病院」という。)へ搬送され,同病院で右椎骨動脈瘤破裂によるくも膜下出血(以下「本件疾病」という。)と診断され,入院治療を受けたが,同月21日午後3時13分,くも膜下出血が原因で死亡した(当時56歳。<証拠略>)。

(3)  本件労災申請

ア 原告は,被告に対し,平成13年1月29日付けで労災保険法に基づく療養補償給付,遺族補償給付及び葬祭料の支給を求める旨の申請(本件労災申請)を行ったところ,被告は,平成14年10月21日付けで「業務に起因することの明らかな疾病に該当するものとは認められない」として,いずれも不支給とする決定(本件処分)を行い,同日,原告にその旨通知した(<証拠略>)。

イ 原告は,北海道労働者災害補償保険審査官に対し,平成14年12月6日付けで本件処分に対する審査請求を行ったが,同審査官は,平成15年3月19日付けで,同審査請求を棄却する旨の決定をし(以下「本件裁決」という。),同決定書は同年4月1日原告に送達された。

ウ 原告は,本件裁決を不服として,平成15年5月23日付けで労働保険審査会に対して再審査請求を行ったが,労働保険審査会は,平成17年9月26日,再審査請求を棄却する旨の裁決を行った(<証拠略>)。

(4)  法令等の定め

ア 労災保険法上の保険給付は,労働者の業務上の死亡等に対して補償を行うことを目的とするものであり(労災保険法1条,7条1項1号),同法12条の8第2項により,労働基準法(以下「労基法」という。)に規定する災害補償の事由が生じた場合(労基法75条1項)に保険給付が行われる。

労基法75条2項は,「前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は,厚生労働省令で定める」と規定し,労基法施行規則(以下「労基規則」という。)35条は,このうちの業務上の疾病につき,別表第1の2でその範囲を具体的に定めているところ,同表第9号には「その他業務に起因することの明らかな疾病」との規定がある。

イ 厚生労働省(中央省庁等改革基本法の実施に伴う厚生労働省設置法施行以前においては労働省をいう。以下同じ。)では,脳血管疾患及び虚血性心疾患等(以下「脳・心臓疾患」という。)の発症が業務上か否かを判断するための認定基準として,従来平成7年2月1日付け基発第38号通達(なお,同通達は,平成8年1月22日付け基発第30号により一部改正された。)が存在していたところ,平成13年12月12日付け基発第1063号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」と題する通達により新たな認定基準が策定された(<証拠略>,以下「新認定基準」という。)。

新認定基準には,対象疾病に,脳血管疾患の一つとしてくも膜下出血が掲げられている(第2,1(2))ところ,その認定要件は,次のとおりである。

次の(ア),(イ)又は(ウ)の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は,労基規則35条別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱う。

(ア) 発症直前から前日までの間において,発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと。(異常な出来事)

(イ) 発症に近接した時期において,特に過重な業務に就労したこと。(短期間の過重業務)

(ウ) 発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと。

(長期間の過重業務)

ウ 被告は,本件労災申請に対し,新認定基準に従って業務に起因しないとの認定をした。

2  争点(業務起因性の有無)

(原告の主張)

(1) 亡Oに発症した本件疾病及びこれに続発した死亡は,以下の諸事情に鑑みると,業務上のものと認定されるべきである。

ア すなわち,亡Oは,野幌支店営業課長としての通常業務に加え,同支店における本件システム統合の営業部門責任者としての関連業務に重畳的,かつ同時並行的に勤務したこと及び本件システム統合後の組織統合過程での業務に従事したことに起因する身体的,精神的な過重負荷すなわち,日常業務に比較して特に過重な精神的,身体的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務によって本件疾病を発症し,これが原因となって死亡したものであるから,亡Oの業務と死亡との間には労基法による労災補償制度・労災保険法にいう相当因果関係がある。

イ 本件システム統合の過程とその後の業務による負荷

第一に,本件システム統合以前から,北洋銀行の各営業店は,それ以上の業務量には耐えられないという程の削減された人員で日常業務を担っていた。野幌支店の日常業務,とりわけ営業業務は,同規模・類似環境にある他支店と対比しても繁忙であった。そこに拓銀からの営業の譲受けないしその影響を受けた利用者・資金の流入があったにもかかわらず,増員されなかったこと等から,従業員の負担はいずれも過重であった。

第二に,本件システム統合における営業店営業課長の業務は,高い緊張度が連続するものであったうえ,タイトなスケジュールの下,裁量度合いの低いものであった。

第三に,本件システム統合は拓銀系ではなく,北洋銀行系の営業店の負担において実施されることになったが,それによる負担の軽減を図るための手当てが取られないまま進められた。野幌支店についてみると,最少の人員で通常業務の質・水準を維持しながら,膨大な種類・分量のマニュアル・指示文書に基づいて事前準備としてのデータ修正作業が時間外に行われ,引き続き端末機操作技術習得のための研修が実施され,新しい事務取扱要領に基づく業務内容の習得が求められた。しかし,研修のために営業店内にいない者が常時1,2人いるというのが一般であったから,総体として従業員の業務は過重となった。

第四に,本件システム統合に向け,各営業店においては,平成11年6月ころから営業課を中心として,本部の点検を受けながら事前準備が進められていたところ,亡Oは,その最中の同年11月に突然の人事により融資課長から営業課長に配置換えとなって,職務内容が大幅に変更させられ,かつ野幌支店におけるシステム変更の責任者に据えられて,その重責のもとで業務を継続しなければならなかった。亡Oは,その職責を果すため,連日マニュアルや事務取扱要領の習得のための作業を中心に自宅に業務を持ち帰って処理をせざるを得なかった。

ウ また,亡Oがその全身で受けた負荷は,発症の前日,その前1週間ないし1か月間のいずれかの時点で顕著であったというよりは,本件システム統合を中心としたそれまでの累積的負荷そのものであり,亡Oの個体にとっては,1週間前,前日の通常の業務でさえ耐え難かったと理解されるべきである。

(2) 判例の理解

脳血管疾患の業務上認定における過重負担について,最高裁平成12年7月17日第一小法廷判決は,支店長付運転手のくも膜下出血につき,被災労働者の業務内容を量的側面のみならず質的側面からも分析したうえ,「発症前に従事した業務による過重な精神的,肉体的負担が」脳動脈瘤の「基礎疾患をその自然経過を超えて増悪させ」発症に至ったとして相当因果関係を肯定し,業務による精神的,肉体的負担が血管病変等を「自然経過を超えて急激に著しく増悪させた場合」にはじめて相当因果関係が肯定されるとの行政解釈を否定した。また,同判決は,被災労働者の発症前約1年6か月間の業務を対象として過重負担の存否に関する事実認定を行い,当該業務による疲労の蓄積もしくは継続的なストレスによる負担が疾病の原因として認められるとして相当因果関係を肯定しており,発症当日及び発症前1週間等に限定する旧認定基準を明確に否定した。

このように,判例は,脳・心臓疾患における相当因果関係が認められるためには業務による精神的,肉体的負担が血管病変等を「その自然経過を超えて増悪させる」ことで足りるとしており,また,発症当日,発症前1週間及び発症前6か月といった認定基準上の機械的な判断対象期間にとらわれず,それ以上の長期間をも対象として業務の過重性判断を行っているのである。

(3) 新認定基準の不合理性

新認定基準には,次のとおりの不合理性が存在する。

ア 業務の過重性を評価する比較対象を平均的労働者に求めていること(平均的労働者基準説)

最高裁判例は当該被災労働者を基準として過重負担を判断していることから,亡Oにおける「業務の過重性」の有無は,あくまで本人の従事していた具体的業務内容を基準として判断すべきであり,新認定基準が業務の過重性を評価する比較対象を平均的労働者に求めていることは判例に反する。

イ 発生機序の限定

新認定基準は,業務上の疾病とすべき脳・心臓疾患の発生機序について,「その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤,心筋変性等の基礎的病変(以下「血管病変等」という。)が長い年月の生活の営みの中で形成され,それが徐々に進行し,増悪するといった自然経過をたどり発症に至るもの」としたうえで,「しかしながら業務による明らかな過重負担が加わることによって,血管病変等がその自然経過を著しく超えて増悪し,脳・心臓疾患が発症する場合があり,そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患はその発症に当たって業務が相対的に有力な原因であると判断し,業務に起因することの明らかな疾病として取り扱う」との限定を付しているが,これは判例違反の限定であり,単に「自然的経過を超えて増悪した」ことをもって足りるとすべきである。

ウ 業務の質的過重性の軽視

新認定基準は,過重負担の認められる業務か否かの判断において,業務の量的過重性を示す労働時間の要因について「過重性評価の最も重要な要因である」とし,労働時間が「疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因である」として前項記載の認定要件を定めたが,他方で業務の質的過重性を軽視している。

その結果,労働時間要件が満たされる場合は比較的容易に業務上認定とされる反面,労働時間要件を満たしていないケースにあっては業務の特徴・質的過重性を充分検討することなく業務外認定とされるという形式的傾向が生まれており,これは判例が被災労働者の従事していた具体的業務内容を精査したうえで判断を行うという手法と著しく異なるものである。

亡Oは,北洋銀行において,慢性的な人員不足の中,野幌支店営業課長としての通常業務の他に,本件システム統合作業の実務上の実質的責任者としての業務や同システム統合作業後の組織統合を準備するうえでの業務に重畳的に従事してきたことから,亡Oが受けた業務の過重負担を明らかにするためには,労働時間のみを重視するだけではなく,同人が担当していた通常業務,システム統合業務及び組織統合準備業務における具体的業務内容を質的側面から判断することが不可欠である。

そして,この判断においては,<1>亡Oの従事していた各業務が同人に対しどの程度の疲労を生じさせたか,<2>この疲労が蓄積されていなかったか,<3>蓄積された疲労を回復する機会があったか,<4>むしろ疲労を増大させる事情がなかったか等という視点から慎重に精査されなければならない。

エ 過重負担業務の限定・長時間業務の限定

新認定基準では,判断対象期間を最大でも発症前6か月と機械的に限定するところ,本来,労働者に対し長期間にわたり継続して精神的,肉体的に過重負担を加えた継続的かつ一体的な業務が存在したとしても,業務上認定の判断では最大で発症前6か月を限度とすることから,継続的かつ一体的な業務の一部を切り取ったうえで判断を行うこととなる。

しかしながら,このような手法では継続的かつ一体的な業務が被災労働者に対し疲労を蓄積させていることや長期間にわたりストレスを与えているという当該具体的過重負担の本質を捉えることができず,業務上認定の判断としては余りに不合理であり,致命的欠陥があると言わざるを得ない。

そのため,被災労働者が発症前の業務により受けた過重負担の時期を機械的に設定するなどということは,業務上認定の要件としての意義を有さず,せいぜい便宜上の意義を有するにすぎないと考えられる。

本件で亡Oが従事していた上記各業務はいずれも継続的な性質のものであったが,特に本件システム統合作業は平成12年5月8日という変更不能の期限が付された中で最大限の処理能力を発揮し遂行される性質のものであったことから,亡Oにおける過重負担業務の有無を判断するためには,発症前6か月などという機械的な限定を加えることなく,少なくとも,平成11年11月における営業課長交替時から亡Oが死亡するに至るまでの全過程を一体的・継続的業務として捉え,精査することが不可欠である。

(被告の主張)

(1) 業務起因性の意義

労災保険法に基づく災害補償は,労基法75条1項により,当該疾病に業務起因性が認められることを必要とするところ,労災保険法及び労基法の諸規定の対応関係,労災保険法の立法理由,その後の同法の改正経過のいずれに照らしても,労災保険が労基法の定める災害補償責任を担保するための保険制度であることが明らかであることから,上記業務起因性が認められるためには,その業務と傷病との間に相当因果関係があることが必要であると解するのが確立した判例(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決)である。

そして,相当因果関係が肯定されるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険の現実化と認められることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決)。なぜならば,労災保険は労基法の定める使用者の災害補償責任を担保するための制度であるところ,災害補償制度は,労働者が従属的労働契約に基づいて使用者の支配管理下にあることから,労務を提供する過程において,業務に内在する危険が現実化して傷病が引き起こされた場合には,使用者は,当該傷病の発症について過失がなくても,その危険を負担し,労働者の損失填補に当たるべきであるとする危険責任の考え方に基づくものであるからである。

そして,脳・心臓疾患の発症と業務との相当因果関係が認められるためには,<1>当該業務による負荷が,当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し,通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者にとって,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得る程度の負荷であると認められること(危険性の要件),<2>当該業務による負荷が,その他の業務外の要因(当該労働者の私的リスクファクター等)に比して相対的に有力な原因となって,当該脳・心臓疾患を発症させたと認められること(現実化の要件)が必要であると解すべきである。

(2) 新認定基準について

新認定基準は,その内容が最新の医学的知見を踏まえたものであり,疾病の業務起因性を肯定し得る要素の集約であって,これに基づいた判断は極めて合理的といえ,この基準に該当する場合は,原則として業務上の疾病と認められる一方,同基準に該当しない場合は,医学経験則上,業務と疾病発症との間の因果関係自体が基本的に否定されるべきものである。

ア 新認定基準の基本的考え方

脳・心臓疾患は,血管病変等が長い年月の生活の営みの中で形成され,それが徐々に進行し,増悪するといった自然経過をたどり発症する。

しかしながら,業務による明らかな過重負荷が加わることによって,血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患が発症する場合があり,そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患は,その発症に当たって,業務が相対的に有力な原因であると判断し,業務に起因することの明らかな疾病として取り扱う。

脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として,発症に近接した時期における負荷のほか,長期間にわたる疲労の蓄積も考慮することとした。

また,業務の過重性の評価に当たっては,労働時間,勤務形態,作業環境,精神的緊張の状態等を具体的かつ客観的に把握,検討し,総合的に判断する必要がある。

イ 認定要件の運用について

新認定基準の認定要件は,前記前提事実(4)イに記載のとおりであるが,その運用に当たっては,次のように定められている。

(ア) 異常な出来事について

a 異常な出来事とは,極度の緊張,興奮,恐怖,驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態,緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態及び急激で著しい作業環境の変化をいう。

b 評価期間は,発症直前から前日までの間である。

c 過重負荷の有無は,遭遇した出来事が前記前提事実(4)イ(ア)に掲げる異常な出来事に該当するか否かによって判断する。

(イ) 短期間の過重業務について

a 特に過重な業務とは,日常業務(通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。)に比較して特に過重な身体的,精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいう。

b 評価期間は,発症前おおむね1週間である。

c 特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては,<1>発症直前から前日までの間について,<2>発症直前から前日までの間の業務が特に過重であると認められない場合には,発症前おおむね1週間以内について,業務量,業務内容,作業環境等を考慮し,同僚等(同僚労働者又は同種労働者)にとっても,特に過重な身体的,精神的負荷と認められるか否かという観点から,客観的かつ総合的に判断する。なお,ここでいう同僚等とは,当該労働者と同程度の年齢,経験等を有する健康な状態にある者のほか,基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる者をいう。

具体的な負荷要因は,労働時間,不規則な勤務,拘束時間の長い勤務,出張の多い業務,交替制勤務・深夜勤務,作業環境(温度環境,騒音,時差)及び精神的緊張を伴う業務である。

(ウ) 長期間の過重業務について

a 恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には,「疲労の蓄積」が生じ,これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,その結果,脳・心臓疾患を発症させることがあることから,発症との関連性において,業務の過重性を評価するに当たっては,発症前の一定期間の就労実態等を考察し,発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断する。

b 評価期間は,発症前おおむね6か月間である。

c 過重負荷の有無の判断

著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては,業務量,業務内容,作業環境等を考慮し,同僚等にとっても,特に過重な身体的,精神的負荷と認められるか否かという観点から,客観的かつ総合的に判断する。

業務の過重性の具体的な評価に当たっては,疲労の蓄積の観点から,労働時間のほか,前記(イ)cの負荷要因について十分検討する。その際,疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目すると,その時間が長いほど,業務の過重性が増すところであり,具体的には,発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて,<1>発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること,<2>発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断する。

ここでいう時間外労働時間数は,1週間当たり40時間を超えて労働した時間数である。また,休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるものであり,逆に,休日が十分確保されている場合は,疲労は回復ないし回復傾向を示すものである。

ウ なお,新認定基準は,上記のとおり,業務の危険性(過重性)の要件に関する事項のみを定め,現実化の要件に関する事項(労働者の私的リスクファクター等の内容・評価)については触れていないが,これは,業務起因性の判断に当たって,労働者の私的リスクファクター等を勘案しないという趣旨ではない。

新認定基準は,業務による明らかな過重負荷(危険性)が認められても,業務の過重負荷ゆえに血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪したと認められない場合には,業務起因性は認められない。すなわち,新認定基準に基づいて業務の過重性(危険性)が認められる場合であっても,業務外の要因が主たる原因となって発症したと認められる場合,つまり,現実化の要件が認められない場合には業務起因性は否定されるのであり,新認定基準も危険性の要件と現実化の要件の双方が認められてはじめて業務起因性が肯定されるとの枠組みを採っているものである。

(3) 本件へのあてはめ

ア 異常な出来事への遭遇の有無

亡Oが本件疾病を発症したのは平成12年7月19日午後6時10分ころであるところ,発症当日及び発症前日は,野幌支店において通常どおり営業課長としての業務に従事していたものであり,特段支障もなく,その発症の直前から前日(同年7月18日)までの24時間内に,業務に関連する異常な出来事に遭遇した事実は認められない。

イ 短期間の過重業務の有無

(ア) 発症直前から前日まで

発症当日は始業より通常の業務に従事し,業務に従事中の午後6時10分ころ本件疾病が発症したものであり,この日の労働実時間は8時間30分であり,業務が特に過重であるとは認められない。

(イ) 発症前1週間

発症前1週間においては所定休日を2日間取得しているほかは,通常の業務に従事しているものである。この間,労働日のうちで最も労働時間が長い日が8時間50分(拘束時間は9時間50分)であり,また,発症前1週間における労働実時間は43時間10分と通常程度のものであった。

亡Oの業務内容,作業環境からみて,特に過重な身体的,精神的負荷があったとは認められない。

平成12年7月14日に,野幌支店の廃止と野幌中央支店への統合が発表されたことに関し,原告は,「その時期が妻の予想を超えた早い時期となったことがかなりショックであったように感じた」旨述べている(<証拠略>)が,野幌支店が廃止されて,野幌中央支店あるいは他の支店に異動するに際し,亡Oが北洋銀行の行員として永年勤務し課長職にあったことに照らすと,特段不合理あるいは不適切な処遇を受けるとは考えられないから,統廃合の時期が亡Oの予想より早く,このことが亡Oに精神的負荷を与えたとしても,その強度は弱いものと認められる。よって,このことが亡Oに強度の精神的負荷を与えたものとは,到底思われない。

ウ 長期間の過重業務の有無

(ア) 労働時間

亡Oの発症前1か月間ないし6か月間の1か月平均の時間外労働時間は,発症前1か月間は12時間20分,同2か月間は14時間45分,同3か月間は27時間17分,同4か月間は29時間06分,同5か月間は32時間19分,同6か月間は30時間29分であったことが認められ,亡Oに1か月当たり45時間を超える時間外労働は認められないから,業務と本件疾病発症との関連性は弱いものというべきである。

なお,同期間における亡Oの時間外労働時間と同僚労働者であるB課長とは,ほぼ同程度であったと認められる。

(イ) 亡Oの本件疾病発症前6か月間における休日については,月(30日間)当たり7日及び10日が各1か月,6日及び8日の月が各2か月であり,1か月間平均では7.5日の休日となり,実質的には毎週1日ないし2日程度の休日は確保されており,疲労の回復に十分な休日が確保されていたことが認められる。

エ 本件システム統合に向けての研修等について

(ア) 野幌支店における本件システム統合準備作業の統括責任者はA支店長であり,実施状況の責任者は副支店長のC(以下「C副支店長」という。)とされていたから,亡Oの役割は,担当業務の責任者としての位置付けではなく,一般行員と同様に課長職としての検証事務と検証上必要なオペレーションを習得することであった。研修は通常業務に組み込まれ,支店長,副支店長,各役付による協議の上決定された「研修及び冬季休暇スケジュール表」(<証拠略>)に従い実施されたが,営業担当行員が派遣研修を受けている間の業務については,渉外課や野幌中央支店からの応援により営業課の人員は常に確保されており,亡Oは本来の業務を行っていた。また,亡O自身が研修を受けている間についても,支店長,副支店長が亡Oの本来業務のフォローを行っていたから,研修により亡Oの通常業務が滞ったり,支障が生じるなどしたわけではない。

(イ) 研修が本格化した平成12年1月から同年4月までの期間にかかる亡Oの業務従事状況をみると,1か月当たりの時間外労働の状況は時間外時刻明細(<証拠略>)のとおりであり,1日当たりについてみると,時間外労働は遅くとも午後8時あるいは午後8時30分には終了しており,時間外労働が長時間に及んでいるものではない。また,この期間休日労働を行っても,1週間に1日以上の休日は確保されていた。

(ウ) 以上によれば,本件システム統合に向けての研修等により,亡Oの業務が日常業務の範囲を超えて,精神的及び身体的に特に過重であったものとは認められない。

オ 本件システム統合及びその後の状況等について

(ア) 本件システム統合日(平成12年5月8日)以降は,拓銀系の勘定システムが採用となることから,新たに通帳の切替え(再発行)の業務が必要となったが,野幌支店では,前記のとおり,通帳預りの専用窓口を設け,営業課以外の行員を動員して対応しており(本件システム統合日以降1週間は2名,その後は5月末まで1名がそれぞれ野幌中央支店から応援に来ていた。),亡Oは,本件システム統合日以降も窓口業務は行っておらず,通常の検印業務を行っていた。また,この通帳切替え作業は同月いっぱいでほぼ終了しており,その間大きなトラブルは生じていない。したがって,本件システム統合の前後で,亡Oの業務に大きな変化があったとは認められず,また,亡O一人だけ業務量が大きく増加したものということもできない。

(イ) 次に,平成12年5月の亡Oの業務従事状況をみると,1か月当たりの時間外労働の状況は時間外時刻明細(<証拠略>)のとおりであって,1日当たりについてみると,当月は他の月より時間外労働は多いものの,時間外労働は遅くとも午後8時あるいは午後8時30分には終了しており,時間外労働が長時間に及んでいるということはなく,5月の連休には,5月4日を除いて休日労働を行っているがその後は休日労働はない。

以上によれば,本件システム統合により,亡Oの業務が日常業務の範囲を超えて,精神的及び身体的に特に過重であったものとは認められない。

カ 自学自習の業務性

本件システム統合後も亡Oの業務は通常の検印業務であって,窓口において端末機械の操作業務を行うものではなく,端末機械操作要領マニュアルの習得を求められていたものでもない。また,同システム統合後の事務取扱要領についても全面的に改められたわけではないから,営業課長としての決裁を行う上で必要な部分を把握しておけばよい程度のものであり,習得期間も定められていないことから,業務命令によるものでないことは明らかである。したがって,仮に亡Oがマニュアル等を自宅に持ち帰って習得に時間を割いていたとしても,あくまでも個人の裁量によるもので,自学自習にとどまり,業務性を認めることはできない。

キ 以上のとおり,新認定基準に当てはめて判断すると,亡Oが本件疾病発症の直前から前日までの間に業務に関して異常な出来事に遭遇したとは認められず,また,発症前1週間に過重な業務が継続したとも認められないから,亡Oの業務が日常業務に比して特に過重であったと認めることはできない。さらに,本件疾病発症前の長期間において相当程度の長時間労働に継続的に従事していたものとも認められず,その間の業務が特に精神的負担の大きなものであったと認めることもできない。

(4) 以上によれば,業務による過重負荷が原因となって,亡Oの血管病変等が自然的経過を超えて著しく増悪し本件疾病の発症に至ったとは認められず,本件疾病が,業務に内在する危険の現実化であるということもできない。

したがって,亡Oの業務と本件疾病との間には,相当因果関係が認められず,労基法75条2項,労基規則35条別表第1の2第9号に規定する業務上の疾病に当たるとは認められないから,療養補償給付等を不支給とした本件処分は適法である。

第3当裁判所の判断

1  亡Oの業務等

前記前提事実,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の(1)ないし(3)の各事実が認められ,同認定を左右するのに足りる証拠はない。

(1)  野幌支店の組織等

ア 野幌支店は,江別市野幌地区の居住地域としての特性や,同地区での大型スーパーの相次ぐ開店による消費行動の変化に着目して,昭和63年12月,江別支店に次ぐ同市内2店目の店舗として開設されたところ,同支店の利用客の割合は,法人客よりも個人客の方が多かった(<証拠略>)。

イ 野幌支店は,支店長の指揮のもと,営業課,融資課及び渉外課と庶務で構成されており(<証拠略>),亡Oが本件疾病を発症した当時,同支店の従業員数は合計11名(行員9名,パート従業員2名)で,具体的には,A支店長,C副支店長のほか,営業課(5名)は課長の亡Oと2名の行員及び2名のパート従業員で構成され,融資課(2名)は課長のB(以下「B課長」という。平成12年7月1日付けで東室蘭支店に異動した。)と行員1名,渉外課(2名)は主査と行員1名でそれぞれ構成されていた。なお,融資課の行員は営業課の業務を,営業課のパート従業員1名は庶務業務をそれぞれ兼務していた。

ウ 亡Oは,営業担当課長として平成8年4月に野幌支店に赴任したが,平成9年10月,配置換えにより融資課長となり,さらに平成11年11月に当時営業課長であったB課長と入れ替わりで営業課長に任命された。

エ 各課の分掌事務は次のとおりである(<証拠略>)。

(ア) 営業課

主に店舗内における窓口カウンター及び後方オペレータ業務であり,来店者の預金,公共料金等の納入振込等の業務が主な業務となる。

そのほかに,印鑑・通帳に関する窓口での受付,為替関係の発信・受信,口座残高照会の対応,CD・ATM両替機等の自動機械の管理,各種証明書の発行等の業務がある。午後3時の閉店後は,現金と伝票の整理・照合・保管,印鑑等諸届書類の整理等の業務を行う(<証拠略>)。

(イ) 融資課

一般個人向け又は法人向け貸付業務で,作業としては顧客から提出のあった関係書類の審査及び融資の可否の意見を付けて支店長の決裁を受ける。

(ウ) 渉外課

外勤業務により個人,法人等の顧客宅を訪問し,預金管理,商品のセールス等の業務を行う。

(エ) 庶務

本,支店間における連絡文書の整理,各電算データの処理業務を行う。

オ 野幌支店の業務量については,同支店の従業員の感覚としても,他支店と比べて特に繁忙であるとの感じはなく(<証拠略>),預金量,預金口数,人員数及び統合作業対象件数の比較表である「野幌,太平,元町各支店比較表」(<証拠略>)に照らし,野幌支店における業務量が他支店に比べて特段多いということはなかった。

(2)  亡Oの業務内容

営業課長は,管理職ではないが役付職員とされ,支店長の命を受け,所属職員を指揮監督して,前記担当業務を掌理遂行するものとされており,伝票等重要帳票の確認,来客者や顧客とのもめ事の対応等が主たる業務である(<証拠略>)が,亡Oにおいては,営業課長の本来の業務ではないものの,一般の行員やパート従業員が行う細かな作業についても一部自ら行うことがあった(<証拠略>)。

なお,亡Oは,テラー(機械操作担当)の作業ができなかったことから,本件システム統合の前後を通じ,同人が窓口カウンター及び後方オペレータ業務を行うことはなかった(<証拠略>)。

(3)  勤務時間,勤務形態等

ア 勤務時間

野幌支店では,週末及び月末等に繁忙な日があり,また,ATMを午後6時まで稼働させていたことから,2人の従業員が毎日午後6時10分までその管理業務を担当していたため,当該担当者の始業時刻は遅く設定されていた。これらの事情から,同支店では,変形労働時間制が採用されており,同支店における始業及び終業時刻は毎日同一ではなく,その所定労働時間は次のとおりであった(なお,変形就業日とは,月初め・週初め・月末前日・月末及び25日をいう。<証拠略>)。

(ア) 平日 午前8時40分から午後5時まで(実働7時間20分)

(イ) 変形就業日 午前8時40分から午後5時40分まで(実働8時間)

(ウ) 平日のATM当番 午前9時50分から午後6時10分まで(実働7時間20分)

(エ) 変形就業日のATM当番 午前9時10分から午後6時10分まで(実働8時間)

休憩時間は,午前11時30分から午後1時30分までの間に,交替で1時間ずつとるものとされ,休日は,原則として日曜日,土曜日,国民の祝日であった(<証拠略>)。

イ 労働時間の管理について(<証拠略>)

野幌支店にはタイムカードがないため,始業,終業時刻は記録されていないが,時間外労働については,本人の申告又は上司の指示により勤務を行い,その結果を時間外勤務記録簿(<証拠略>)に記載して管理していた。

ウ 亡Oの勤務時間(始業時前,休憩時間)について

(ア) 始業時前について

亡Oは,午前7時30分ころに自宅を出て,徒歩でJR江別駅に至り,同駅を午前7時50分に発車する電車に乗り,JR野幌駅で降りて,同駅から野幌支店まで歩いて出勤していた。この間の通勤時間は,電車の所要時間が6分程度,野幌駅から同支店までの所要時間が10分弱であることを考慮すると,合計40分前後と考えられる(<証拠略>)。

野幌支店の店舗及び金庫の鍵はC副支店長と亡Oが所持していたが,電車の事故等で同副支店長が遅れるなどの事情がない限り,同副支店長が午前8時すぎには店舗の鍵を開錠しており,亡Oが開錠することはほとんどなく,開錠に際しての立会いも必要ではなかった。もっとも,亡Oは,遅くとも午前8時15分ころまでには同支店に出勤していた(<証拠略>)。

(イ) 休憩時間について

亡Oは,休憩時間終了前であっても,忙しいときには早めに戻って仕事をすることがよくあり,これは本件システム統合の前後で変わることはなかった(<証拠略>)。

2  亡Oの発症までの業務従事状況について

(1)  平成12年当時の亡Oの全般的な業務の従事状況については,前記前提事実,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下のアないしコの各事実が認められ,同認定を左右するのに足りる証拠はない。

ア 野幌支店は,従来の北洋銀行系の支店であったところ,北洋銀行系勘定システムは,平成10年12月の決定により,平成12年5月8日をもって拓銀系勘定システムに統合されることになったため,北洋銀行系の支店においては,元帳移行のためのデータ修正等の準備作業及び行員に対する新システム(基本的に拓銀系勘定システム)習得のための研修が必要となった。そのため,「事務取扱要領」と「端末機操作要領」が作成され,各行員につき,主担当となる項目についてはすべて要領を熟読して理解を深めることが求められていた(<証拠略>)。

イ 野幌支店におけるデータ修正等の準備作業は,平成11年6月から開始され,同年11月にはこれらの作業はほぼ終了した。

ウ 上記研修には,本部研修(事務システム本部が,役付や各支店の担当部署ごとの該当行員を一堂に集め,本件システム統合,事務処理要領等について説明等を行うもの。),派遣研修ないし実地研修(北洋銀行系支店の行員が近隣に所在する拓銀系支店に出向き,同支店行員の指導の下に端末装置を使用して新システム下における操作を習得するもの。)及び自店研修(自店の端末装置を使用して操作を習得するもの。)の3種類の研修があった(<証拠略>)。

エ 野幌支店における本件システム統合の準備作業の統括責任者はA支店長であり,実施状況の責任者はC副支店長とされ,課長の役割は,担当業務の責任者としての位置づけではなく,一般行員と同様に課長職としての検証事務と検証上必要なオペレーションを習得することであり,研修は通常業務に組み込まれ,支店長,副支店長,各役付が協議の上決定した「研修及び冬季休暇スケジュール表」(<証拠略>)に従い実施された。

オ 野幌支店の派遣研修は,野幌中央支店(<住所略>)において実施されたが,同研修が本格化したのは平成12年1月からであった(<証拠略>)。また,同年2月から自店研修が可能になったため,野幌支店では,勘定締上げ終了後,野幌中央支店の行員がインストラクターとなって,自店研修を繰り返し実施した。

カ 同年4月になると,勘定締上げのシミュレーション及び事務システム本部からそのころ送付された「直前直後マニュアル」習得のため,基本的に行員全員が休日出勤(4月1日を除く土曜日)をして勉強会を実施し,同年5月の連休中(4日を除く)には,ATMの稼働確認作業及び各伝票の切替え作業が行われた。

キ 同年5月8日に勘定系システムが統合されたが,新システム下における業務は,5月中は野幌中央支店から営業課の行員2名(うち1名は1週間)の応援を受け,通帳の切替えについては,別窓口を設け,渉外課の行員及び支店長,副支店長が対応していた。

ク 本件システム統合に伴う業務の繁忙状態は,同年5月一杯でほぼ落ち着き,同年6月に入ると,同システム統合前の状態におおむね戻った(<証拠略>)。

ケ 同年6月26日には,北洋銀行の人事部長から,各部室店長に宛てて,本件システム統合作業等により,時間外勤務や休日労働が著しく増加したことを前提として,早く労働環境を通常の状態に戻すとともに,職員の健康管理の徹底を図るよう指導願う旨の通達(<証拠略>)が発出された。

コ 本件システム統合完了後,引き続いて店舗の統廃合作業が開始され,同年7月14日(本件疾病発症の5日前),店舗統廃合の第1次実施店の一つとして,野幌支店の廃止が同支店の行員に内部的に発表され,同年11月13日をもって,同支店は野幌中央支店に統合された。

(2)  発症直前及びこれに近接した時期の業務従事状況について

証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,本件疾病発症当日及び同疾病発症前1週間(平成12年7月13日から同月19日まで)の亡Oの具体的な業務従事状況は,次のとおりであると認めることができ,同認定を左右するのに足りる的確な証拠はない。なお,亡Oの始業前の時間については,前記1(3)ウ(イ)で認定したとおり,亡Oが店舗の鍵を開錠することはほとんどなく,開錠に際しての立会いも必要ではなかったことから,出勤時刻から始業時までの時間を労働時間として考慮するのは相当でないというべきである。また,休憩時間については,前記1(3)ウ(イ)で認定したところによれば,所定の1時間のうち,少なくとも15分間の限度で労働時間と認定するのが相当である(なお,労働時間の計算方法については,特に断らない限り,別紙「労働時間の計算方法」に記載のとおりの計算方法で計算した。)。

ア 発症当日(平成12年7月19日)

本件疾病の発症当日は平日であり,亡Oは,午前8時40分から通常の業務に従事していたが,業務に従事中の同日午後6時10分ころ,頭痛等の異常を訴えて救急車でa病院に搬送され,右椎骨動脈瘤破裂によるくも膜下出血と診断された。この日の労働実時間は8時間45分である。

イ 発症前日(同月18日,平日)

亡Oは,午前8時40分から通常の業務に従事し,午後6時30分まで業務に就いた。この日の労働実時間は9時間5分である。

ウ 発症2日前(同月17日,変形就業日)

亡Oは,午前8時40分から通常の業務に従事し,午後6時30分まで業務に就いた。この日の労働実時間は9時間5分である。

エ 発症3日前(同月16日,休日)

亡Oは,同日,業務には従事しておらず,午前中は家事を行い,午後は家事と買物をして,午後5時過ぎに南幌温泉に行き,午後8時ころに帰宅した(<証拠略>)。

オ 発症4日前(同月15日,休日)

亡Oは,同日,業務には従事しておらず,午前中は歯科医院及び美容院に行き,午後は家事や買物を行った(<証拠略>)。

カ 発症5日前(同月14日,平日のATM当番)

亡Oは,午前8時40分から通常の業務に従事し,午後6時10分まで就業した。この日の労働実時問は8時間45分である。

キ 発症6日前(同月13日,平日のATM当番)

亡Oは,午前8時40分から通常の業務に従事し,午後6時10分まで就業した。この日の労働実時間は8時間45分である。

(3)  発症前の長期間にわたる業務従事状況について

亡Oの発症前の長期間(おおむね発症前6か月間)にわたる業務従事状況については,別表1の1ないし6の「労働時間集計表」に記載のとおりであり,詳細は以下のとおりである(<証拠略>。新認定基準は,長期間の過重業務の評価期間については,1か月を30日とし,1週間当たり40時間(1日8時間)を超えて労働した時間数を時間外労働時間数として取り扱うこととされているところ(<証拠略>),この計算方法には合理性が認められることから,労働時間の計算方法は,別紙「労働時間の計算方法」によることとする。なお,時間外労働時間数を算出するに当たっては,時間外時刻明細(<証拠略>)による1日の拘束時間数(開始時刻から終了時刻までの時間)から休憩時間(月曜日から金曜日について45分間)を差し引いた時間を全て労働時間とし,休日出勤した日については拘束時間全てを労働時間として集計した。持ち帰り残業については後記3(4)で説示するとおりである。)。

ア 本件疾病発症前1か月間(平成12年6月20日から同年7月19日まで)の業務従事状況(別表1の1)

上記30日間(うち休日は8日)の亡Oの時間外労働時間の合計は,17時間40分である。

イ 発症2か月前の1か月間(平成12年5月21日から同年6月19日まで)の業務従事状況(別表1の2)

上記30日間(うち休日は10日)の亡Oの時間外労働時間の合計は,21時間10分である。

ウ 発症3か月前の1か月間(平成12年4月21日から同年5月20日まで)の業務従事状況(別表1の3)

上記30日間(うち休日は6日)の亡Oの時間外労働時間の合計は,56時間50分である。なお,亡Oは,休日である同年4月22日,同月29日,同年5月3日,同月5日,同月6日及び同月7日に,それぞれ8時間,4時間,9時間,3時間,10時間,8時間の労働をした。

エ 発症4か月前の1か月間(平成12年3月22日から同年4月20日まで)の業務従事状況(別表1の4)

上記30日間(うち休日は7日)の亡Oの時間外労働時間の合計は,39時間50分である。なお,亡Oは,休日である同月8日及び同月15日に,それぞれ3時間,6時間の労働をした。

オ 発症5か月前の1か月間(平成12年2月21日から同年3月21日まで)の業務従事状況(別表1の5)

上記30日間(うち休日は6日)の亡Oの時間外労働時間の合計は,50時間25分である。なお,亡Oは,休日である同月4日,同月11日及び同月18日に,それぞれ3時間,7時間,6時間の労働をした。

カ 発症6か月前の1か月間(平成12年1月22日から同年2月20日まで)の業務従事状況(別表1の6)

上記30日間(うち休日は8日)の亡Oの時間外労働時間の合計は,24時間40分である。なお,亡Oは,休日である同年1月29日,同年2月5日,同月11日及び同月19日に,それぞれ3時間,4時間30分,4時間,3時間の労働をした。

3  その他の業務従事状況について

(1)  亡Oの融資課長から営業課長への配置換え等について

原告は,北洋銀行が,労働組合の要求に応じ,支店長の求めがあればパート人員を特別に増やすこと,本件システム統合まで基本的に人事異動は行わないことなどを約束していたにもかかわらず,野幌支店の営業課行員であったD(以下「D」という。)が平成11年9月に退職した際に人員の補充を行わず,同年11月に亡Oを融資課長から営業課長へ配置換えしたことは北洋銀行の方針に反する突然のものであった旨主張する。

しかしながら,同銀行は,Dの退職及び新人の研修を見越して,同年4月に新人の行員を入行させており(<証拠・人証略>),前記1(1)で認定したとおり,野幌支店は他支店に比べて業務量が特に多いというわけではなかったことに照らすと,Dが退職した時点で直ちに人員の補充を行わなかったとしても,このことから直ちに同支店における業務量が格別増大していたとまでは認められない。

また,上記配置換えについては,証拠(<証拠・人証略>)によれば,A支店長がC副支店長や課長職と検討した結果,その在勤年数から,当時の営業課長であったB課長が本件システム統合の最中ないし直後に他に転出する可能性があり,そうなると,業務に支障が生じるおそれが考えられたこと,他方で,亡Oについては基本的に異動が考えられず,平成8年4月から平成9年9月まで亡Oが同支店の営業担当課長として勤務した経験もあること,さらに,野幌支店では個人融資が伸び悩んでいたところから,法人融資を開拓する必要があったが,B課長が融資の審査部に以前いたことがあったことなどの諸事情を総合的に考慮して上記配置換えを行うこととし,このことは,平成12年9月末か遅くとも同年10月初めにはほぼ決められて,亡Oに対してもその旨告げられていたものであって,突然決まったなどというものではないこと,亡Oにとっても,全く未知の業務への配置換えというわけではないことが認められ,同認定を左右するのに足りる的確な証拠はない。

(2)  本件システム統合に向けての研修について

平成12年5月8日の本件システム統合に向けての研修は,同年1月から本格化しており,亡Oの研修スケジュールは次のとおりであった(<証拠・人証略>。なお,OTMとは,現金の収納・支出の出納事務や預金などの記帳事務処理をすることのできるオンライン端末機をいい,テラーが使用する(<証拠略>)。)。

ア 平成12年1月の研修日程

1月5日から同月7日まで 派遣研修

1月11日から同月14日まで 本部研修(役付研修)

1月20日から同月21日まで 派遣研修

イ 平成12年2月の研修日程

2月1日から同月2日まで 派遣研修(検証)

2月7日から同月8日まで 自店研修(OTM)

2月9日 本部研修(為替)

ウ 平成12年3月の研修日程

3月1日 派遣研修(為替フロー)

3月6日から同月7日まで 派遣研修(締上げ関係)

3月17日 派遣研修(為替フロー)

そして,野幌支店においては,営業担当行員が研修を受けている間は,渉外課の担当者の都合をつけて窓口業務に配置したり,野幌中央支店からの応援により対応していたため,亡Oが窓口業務を行うことはなく,亡Oは,他の営業課行員の研修期間中も本来の業務を行い,また,亡O自身が研修を受けている間は支店長,副支店長が亡Oの本来業務を行っていたから,研修により亡Oの通常業務が滞ったり,支障が生じたりしたことはなかった。また,研修において,営業課長が習得すべき事項は,端末機械の操作そのものではなく,課長としての決裁に関する基本的な伝票の流れ,必要項目の印字位置等必要な部分について把握することに重点が置かれており,全ての項目を完全にマスターすることが求められていたわけではなかった(<証拠・人証略>)。なお,各行員は,端末装置操作等の習得状況を把握するため,定期的に「習得状況チェックシート」によりチェックを受けていたが,亡Oについては,チェックの対象は課長職としての検証事務と検証上必要なオペレーションに限られていた(<証拠・人証略>)。

(3)  本件システム統合前後の野幌支店の状況について

前記認定のとおり,平成12年5月8日に本件システム統合が実施されたところ,証拠(<証拠・人証略>)によれば,統合日以前には,前記の各種研修のほか,システム統合リハーサル等の統合についての準備が着々と進められたが,同年4月以降についてみると,通常業務は各担当課の人員配置の枠内で基本的に処理することができたものの,本件システム統合の直前直後マニュアルが同年4月にシステム本部から送られるなどしたため,野幌支店の従業員は全員同マニュアル習得のために同年5月3日から5月7日までの連休中に休日出勤をして勉強会を行うなどしていた。そして,統合日当日は,「システム統合スケジュールⅢ」(<証拠略>)により北洋銀行の各営業店で一斉に本件システム統合が実施されたこと,また,本件システム統合日以降は,拓銀系の勘定システムのみが稼働することとなり,北洋銀行が従前発行していた通帳は使用できなくなるため,新たに通帳の切替え(再発行)業務を行う必要が生じたが,この切替え業務については,通帳預りの専用窓口を設け,特別に申し出のある顧客以外はいったん通帳を預かり,後日預り書と交換で新通帳を渡す方法により対応しており,この間の応援態勢として,平成12年5月8日以降最初の1週間は2名,その後は5月末まで1名の行員が野幌中央支店から応援として派遣されていたため,この通帳切換(ママ)え作業は同月一杯でほぼ終了し,同年6月にはほぼ落ち着いた状態となって,本件システム統合前の平常の状態に回復していたこと,この間,亡Oは,通常の検印業務を行っており,自ら窓口に出て通帳の切替えに伴う業務を行うことはなかったし,その間大きなトラブルは生じていなかったことが認められ,同認定を左右するのに足りる証拠はない。

したがって,亡Oの業務は,通常の検印業務に加え,研修及び本件システム統合に際してのシミュレーション等があったことから,同システム統合日まではその業務量が増加していたといえるものの,亡Oは通帳切替えに関する業務には従事していなかったことを考慮すると,本件システム統合後の同人の業務量は,落ち着いていたということができる。

(4)  いわゆる持ち帰り残業について

ア 被告は,亡Oは,本件システム統合前後に端末機操作を全く行っておらず,端末機操作要領に関するマニュアルの習得を求められていなかった上,事務取扱要領に関しても,営業課長としては従来の事務取扱要領の変更部分を確認する程度に目を通しておけばよく,また,これらの要領を外部に持ち出すことが禁じられていたから,亡Oがマニュアル等を自宅に持ち帰って習得に時間を割いていたとしても,あくまでも個人の裁量によるもので,いわゆる自学自習であるから,それに要した時間を時間外労働時間に含めるべきではないなどと主張する。

そこで検討するに,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,<1>北洋銀行事務管理部長が平成11年12月16日付けで各営業店長に対して発した「『事務取扱要領』の習得について」と題する通達(<証拠略>)には,「要旨」欄に,(1)として「システム統合後に使用する事務取扱要領を個人学習及び勉強会等により習得願う」旨が,(2)として「平成12年2月以降に基本的な理解度テストを実施する」旨がそれぞれ記載されていたほか,「内容」欄の「実施方法」欄に,「副支店長が,各役付者及び担当者毎に理解が必要な事務取扱要領の項目を定めた上,事務取扱要領習得状況一覧表兼報告書(以下「一覧表兼報告書」という。)を各人に交付するよう」,「個人学習及び勉強会等により,本件システム統合時までに繰り返し習得するよう,また,勉強会については,課単位・担当単位など各店に即した方法を企画するよう。」,「一覧表兼報告書に網掛けした項目は,重要性の高いものであるため,優先的に習得するよう。」求める旨が記載されていたこと,<2>本件システム統合に関する「統合資料・研修資料」127項目のうち,営業課長として必ず熟読し習得しなければならない項目は43項目,目を通しておけば良い程度の項目は81項目,読む必要のないものは3項目で,「端末機操作要領」については,131項目すべて読む必要のないものとされ,「事務取扱要領」27項目については,そのほとんどが目を通しておけば良い程度の項目とされていたこと(<証拠略>),<3>亡Oは,本件システム統合の前,研修資料やマニュアル等をビニール袋に入れて自宅に持ち帰り,自宅でその習得に努めていたが,原告が,仕事を自宅に持ち帰ることを嫌うことから,原告の前では自宅で仕事に関する資料を読んだり業務について勉強するところを極力見せないようにしており,原告が寝るのを待って,持ち帰ったマニュアル等を読んで習得に努めていたこと,この様子については,遅くとも研修が本格化した平成12年1月ころからは,平生午後11時前には就寝する原告が,午前1時から2時にかけてトイレに起きる際(これが原告の日常の生活パターンであった。),休日や前の日に飲酒した日を除いて,亡Oが毎晩のように居間でテーブルに向かって本件システム統合に関する資料と思われる書類を読み込んでいるところを原告に目撃されており,同年4月ころになると,亡Oが朝4時ないし5時に起きて同様の作業をしているところを同様に原告に目撃されていること,亡Oの死後,自宅から本件システム統合に関する研修資料やマニュアル類の写しが多量に見つかっていること(その頁数は,合計1000頁近くに及ぶ。)が認められ,同認定を左右するのに足りる的確な証拠はない。

イ 以上に認定した事実を総合すると,亡Oは,北洋銀行から,それなりの分量のある本件システム統合それ自体及びその後の事態に対処するためのマニュアル等について,同システム統合日までの限られた期間内に習得することを求められており,これを習得するため,野幌支店の他の行員とともに,いわゆるゴールデンウィークの期間中に休日出勤をしてまで勉強会を開き,その習得に努めていたものであり,個人ごとに設定されていた研修のスケジュール及び勉強会以外には,通常の業務時間内にこれらを習得するための時間が格別設けられていたわけではなく,また,営業課長としての通常の検印業務の合間にこれらマニュアル等の習得に努める時間的なゆとりがあったことを窺うことはできず,さらには,同マニュアルについての理解度テスト等も実施されていたことなどの事情に照らすと,亡Oとしては,マニュアルや事務取扱要領のコピー等を自宅に持ち帰った上でその習得に努めざるを得なかったと認められるから,亡Oの持ち帰り学習には業務性が認められるというべきである。

ウ この点に関し,平成12年5月当時のシステム部長であった証人Eの証言中には,端末機操作要領について,役付者についても,検証業務に必要な範囲で要領を習得すればよい旨の供述部分があるが,他方で,同証人自身,上記供述に続いて,「願わくばやはり担当者と同程度の操作ができるようにという指導をしていたと思う。」「端末操作についても,端末操作要領については基本的に全頁を必ず読むようにという指導であった。」旨供述しており,また,同証言によれば,本件システム統合に関する営業店に対する事務指導については,事務管理部が行っており,システム部は管理を直接担当していた部署ではないこと,さらには,上記添付資料(<証拠略>)の記載内容に照らし,単に検証業務に必要な範囲で要領を習得すればよいとの上記供述部分をそのまま採用することはできない。また,証人Aの証言中には,自宅へ持ち帰っての学習までは必要がなく,そのような指示をしたこともない旨の供述部分があり,C副支店長作成の陳述書(<証拠略>),証人Bの証言中にも同旨の供述記載ないし供述部分があるが,いずれも前掲各証拠に照らし,たやすく採用することはできない。

エ そこで,亡Oが行っていた自宅でのマニュアル等の学習に要した時間の点について検討するに,自宅における亡Oの学習時間を客観的に明らかにする的確な証拠は見当たらないといわざるを得ないところではあるが,北洋銀行労働組合が作成した「Oさんの発病前6ヵ月の勤務状況調査表」(甲26)については,その内容が亡Oが休日や飲酒した日には自習していなかった旨の原告本人の供述にも反するなどの点に鑑みると,これをそのまま採用することはできず,また,原告本人の供述についても,亡Oが深夜に研修資料らしきものを読んでいたという限度で採用できるものの,マニュアル等の自習状況について的確に裏付けるものとまでは言えないことから,直ちにこれによることはできないというべきである。しかしながら,これらの証拠が存在することに加え,前記認定の原告の目撃状況や亡Oの日ごろの執務状況等を総合すると,平成12年1月ころから本件システム統合のあった同年5月8日までの間,1日最大限で2時間程度の持ち帰り残業を行っていたと推認することもあながち不適切とまでいうことはできないというべきである。

4  亡Oの同僚労働者の本件疾病発症前6か月間の業務従事状況について

証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば,拓銀が破綻し,北洋銀行が拓銀から営業譲渡を受けたことにより,顧客が流れてくるなどして営業店の業務量が増大していたことに加え,本件システム統合が実行されたため,野幌支店のような北洋銀行系の営業店では,日常業務に加え,勘定系システムが拓銀のシステムに移行することで,従前と全く異なるシステムへの対応を余儀なくされることになり,これに対処するため,端末機操作の派遣研修,自店研修,本部研修等の様々な研修が実施され,同システム統合後は,通帳の切替え業務等も加わって,他の同僚労働者にとっても,精神的,肉体的負荷は相当程度かかっていたと解されるところである。

もっとも,野幌支店における同僚労働者であるB課長及び同支店の行員の本件疾病発症前6か月間の時間外労働時間(持ち帰り残業を考慮しないもの)を比較すると,課長職は一般行員に比してやや多いものの,亡OとB課長とでは,亡Oの方がやや少ないものであり,亡Oの時間外労働時間が他の労働者に比べて特に多いとまでいうことはできない(<証拠略>)。

5  本件疾病発症から死亡時までの状況について

前記前提事実,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  平成12年7月19日,亡Oは,野幌支店の営業課長として,始業時から通常の業務に従事していたところ,同日午後6時10分ころ,支店長室のソファー上に,身体に変調を来して座しているのを同僚に発見され,同日午後6時45分,救急車でa病院に搬送された。その後,同病院で入院治療を受けたが,同月21日午後3時13分に死亡した。

(2)  a病院に搬入された当時の亡Oの状態は,軽度意識障害(JCS1)があって,頭痛を訴え(外傷はない),血圧は166/90mmHgであったところ,CT撮影の結果,担当した同病院のJ医師(以下「J医師」という。)は,くも膜下出血と診断し,画像上の出血部位等から右椎骨動脈瘤破裂によるものと考えて,鎮痛,鎮静剤を投与するなどの治療を行ったが,同月20日午前0時3分,突然の意識障害と痙攣が出現し,その後,呼吸障害も出現したため気管内挿管を行って人工呼吸を開始し,脳圧下降剤を投与するなどしたが,自発呼吸が回復することはなく,翌21日午後3時13分に亡Oは死亡した(<証拠略>(J医師作成の意見書))。

(3)  亡Oの死因について

証拠(<証拠略>)によれば,くも膜下出血は,頭蓋内血管の破綻により,血液がくも膜下腔中に出血をきたす病態であり,その原因の75パーセントは脳動脈瘤の破裂であるとされており,亡Oの脳動脈瘤の形態については明らかではないものの,破裂する動脈瘤のほとんどが嚢状のものであるとされていること(<証拠略>)に照らすと,亡Oに生じた脳動脈瘤は,嚢状脳動脈瘤であった可能性が高いと解される。そして,嚢状脳動脈瘤は,男性よりも女性に多く見られ,40歳から60歳台が好発年齢であるところ,嚢状動脈瘤破裂の原因としては,先天的因子の動脈壁形成の異常と,加齢ないし動脈硬化等の後天的因子が関与して,血管壁が自然経過として脆弱化していき,脳動脈瘤が長い期間を経て徐々に形成され,破裂に至るものであると認められる。

以上に認定した動脈瘤の形成,破裂に至る機序,亡Oの臨床経過やCT所見などに照らすと,確定診断はされていないものの,亡Oの死因は,右椎骨動脈瘤の破裂によるくも膜下出血と推認するのが相当である。

6  亡Oの健康状態

本件疾病発症前3年間の亡Oの医療機関への受診歴及び人間ドックの健診成績は,次のとおりである。

(1)  人間ドックの健診成績について

亡Oは,北洋銀行が指定する医療法人社団bクリニック(以下「bクリニック」という。)において毎年定期健康診断を受けていたが,その健診成績表(<証拠略>)によれば,平成10年7月11日及び平成11年6月26日の受診については特に異常は認められず(高血圧も認められていない。),平成12年6月24日の受診では,体重が約2キログラム減少したほか,尿一般検査の結果,ウロビリノーゲンが検出され,総合所見として経過観察のため約6か月後に再検査を実施するよう勧められたが,血圧,心電図等を含め,他の各種検査結果に異常は認められなかった(<証拠略>)。

(2)  医療機関への受診歴等について

平成9年9月以降についてみると,亡Oは,同月と11月にcはりきゅう整骨院(症病名(以下同じ。),頚部捻挫)に,同年11月に医療法人d脳神経外科病院(筋緊張性頭痛,頚肩腕症候群,末梢神経障害)に,平成10年には,e外科整形外科皮フ泌尿器科医院(平成11年1月に法人化し,医療法人社団e外科医院となった。以下「e外科医院」という。右手関節周囲炎),f歯科医院,bクリニック(両乳腺症),平成11年にはe外科医院(下口唇膿瘍,口内炎),g病院(変形性頚椎症,排尿時失神),平成12年は,h眼科(近視性乱視,角膜潰瘍),e外科医院(急性上気道炎),f歯科医院をそれぞれ受診していることが認められる(<証拠略>)。

(3)  亡Oは,平成12年に入ってから体調が思わしくなく,従来は自宅からJR江別駅まで徒歩で通勤するのが常であったが,同年2月ころからは原告に車で同駅まで送ってもらうことが多くなったほか,同僚行員の送別会を欠席したり,同年6月9日から2日間の日程で開催された北洋銀行労働組合女性部の定期大会に参加したものの,体調不良のため1日目の途中で退席して自宅で休み,翌10日には同大会への出席を見合わせてe外科医院に通院し,38度の発熱と咽頭痛により急性上気道炎と診断されるなどしており,そのころの亡Oの心身の状態は,原告から見て疲れが溜まっているように見て取れた(<証拠・人証略>)。

(4)  本件疾病についての医学的意見

ア 北海道労働局地方労災医員L医師(以下「L医師」という。)は,意見書において,本疾病が発症したのは,平成12年7月19日と判断されるところ,平成11年に亡Oに見られた排尿時失神の既往症と本件疾病の発症との関連性について,当該失神は脳の血流低下による一過性の意識消失であって,全く後遺症を残さないで回復する症候群であり,くも膜下出血を惹起する脳血管疾患との関連は存在しないと考えられ,また,亡Oが業務上,<1>異常な出来事に遭遇したこと,<2>短期間の過重業務に就労したこと,<3>長期間の過重業務に就労したことという事実は存在せず,亡Oの本件疾病と業務の関連性を認めることはできないとしている(<証拠略>)。

イ i病院脳神経外科部長のP医師(以下「P医師」という。)は,意見書(<証拠略>)において,亡O(56歳)の年令(ママ)に照らすと,嚢状脳動脈瘤破裂の好発年齢に入っており,性差の面でも女性優位であることから,血管壁自体が加齢とともに脆弱化するとともに,動脈瘤が増大して動脈瘤壁が薄くなり,日常生活でしばしば生じる一過性の血圧上昇を来す動作によって嚢状脳動脈瘤の破裂が生じる危険な状態になったと判断されるところ,亡Oの発症直前には血圧上昇をもたらす過重労働や精神的緊張を強いられる状態はなかったことから,前屈,起立などの一過性の血圧上昇を来す日常動作によって,血圧内圧が高まった結果,嚢状脳動脈瘤が破裂し,くも膜下出血を発症したものであって,非就労性の日常生活における動作が要因となって,偶発的に発症した可能性が高いと考えられるとしている(<証拠略>)。

ウ Q医師は,「故Oさんの死因の業務起因性について」と題する意見書(<証拠略>)において,人間ドックの結果報告書を見ると,ほとんどの項目で正常値あるいは標準値を示しているが,体重の減少とトリグリセライド(TG)の低値と降下は疲弊した身体を反映したものと思われ,血清ビリルビン高値や尿ウロビリノーゲン陽性は明らかに血液中の赤血球破壊の増大の反映と思われる成績で,著しい体力の消耗,すなわち強度の身体的ストレス(身体機能をも損なっている状態)の存在を示しているとし,さらに,発症までの業務の状況と心身状態の経過は,発症前1年間の急速に増大する業務負担,特に発症前6か月余りでは生活時間をも大幅に削らなければならないような過重な業務負担による身体の疲弊状態の中で未知なる業務への配置換え等が,亡Oの心身の著しい変動を引き起こし,動脈瘤の発症と急速な悪化につながってその破綻を招いたと考えられることから,亡Oに脳動脈瘤の発症可能性(動脈の脆弱性の素因)は否定できないものの,業務起因性は極めて濃厚で,人間ドックの成績からして,脳動脈瘤を発症,進行させるその他の基礎疾患は特に認められないとしている(<証拠略>)。なお,同意見書は,前掲(甲26)の調査表に記載された労働時間を前提としたものであることから,その前提を異にしており,したがって,その内容を全面的に採用することはできない。

7  亡Oの趣味,嗜好

証拠(<証拠略>,原告本人)によれば,亡Oは,飲酒はするものの,自宅では2日から3日に1回程度350ミリリットル入りの缶ビールを1本飲む程度であり,職場では,職員と一緒に飲みに出る機会が月に1回程度あったが,酒量としては,瓶ビールの中びんで5本くらいまでであり(<証拠略>),それ程多くを飲むわけではなく,また,喫煙はしなかった。

L医師の意見書(<証拠略>)によると,大量のアルコール摂取はくも膜下出血のリスクファクターであると指摘されているものの,亡Oに問題となるような大量のアルコール摂取があったとまでは認められない。

8  業務起因性の有無について

(1)  新認定基準について

証拠(<証拠略>)によれば,新認定基準は,厚生労働省からの依頼を受けた医師を中心とした専門家集団による検討の結果を取りまとめた「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」を踏まえたものであるから,新認定基準の認定要件に該当する場合には,労基規則35条別表第1の2第9号所定の疾病に該当すると考えるのが合理的である。なお,新認定基準の基本的な考え方及び認定要件の運用に当たっての基本的な考え方は,被告の主張(2)のア,イに記載したとおりである。

そこで,まず,本件の場合に新認定基準の認定要件を充足するか否かを検討する。

(2)ア  亡Oが異常な出来事に遭遇したか否かについて

前述のとおり,亡Oが本件疾病を発症したのは平成12年7月19日午後6時10分ころであるところ,発症当日及び発症前日は,野幌支店において通常どおり営業課長としての業務に従事していたものであり,特段支障もなく,その発症の直前から前日(同月18日)までの24時間内に,業務に関連する異常な出来事に遭遇した事実はこれを認めるに足りない。

イ  亡Oが短期間の過重業務に就労したか否かについて

(ア) 発症直前から前日までの間の業務の過重性について

前述のとおり,発症当日は始業より通常の業務に従事し,業務に従事中の午後6時10分ころ本件疾病が発症したものであり,この日の労働実時間は8時間45分であって,業務が特に過重であるとは認められない。

(イ) 発症前1週間における業務の過重性について

前述のとおり,発症前1週間については,所定休日を2日間取得しているほかは通常の業務に従事しており,この間,労働日のうちで最も労働時間の長い日が9時間5分(拘束時間は9時間50分)であり,また,発症前1週間における労働実時間は44時間25分と通常程度のものであった。

(ウ) その他の負荷要因について

なお,平成12年7月14日,A支店長が野幌支店の行員に対し,同支店が同年11月に廃止されて野幌中央支店に統合されることが決まった旨を対内的に発表し,対外的に正式発表がされた同月17日夜の懇親会の席で,亡Oが涙ぐんで落ち込んでいたことが認められるものの(<証拠・人証略>),支店の統廃合自体は野幌支店の行員にとっては既に予想されていたものということができ(証人B),その時期が予想より早まったにすぎないものと評価できること,また,落ち込んでいる亡Oに対し,A支店長が,統廃合について支援体制がとられることが決まっていたことから心配しないでよいなどと励ましたことが認められる(証人A)上,亡Oの統廃合後の処遇についても,北海道労働局長に対する北洋銀行からの回答書(<証拠略>)によれば,亡Oは,他店への異動がなければ,従前どおり営業店課長職として処遇され,他店へ異動したとしても,営業店課長職として処遇されていたものと推測されるとされていることなどの事実を併せ考慮すると,野幌支店の年内における統廃合の実施が亡Oにそれなりの衝撃を与えたと推認できるとしても,それにより強度の精神的負荷を与え,これのみによって本件疾病を発症させたとまでは認めるに足りない。

その他,亡Oの業務内容,作業環境からみて,上記期間内に特に過重な身体的,精神的負荷があったことはこれを認めるに足りないというべきである。

ウ  亡Oが長期間の過重業務に就労したか否かについて

新認定基準(<証拠略>)によれば,<1>発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できるとされ,<2>発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できるとされているところ,亡Oの時間外労働時間は,前記認定のとおり,発症前1か月間で合計17時間40分,同2か月前の1か月間で21時間10分であるが,同3か月前の1か月間では56時間50分,同4か月前の1か月間では39時間50分,同5か月前の1か月間では50時間25分,同6か月前の1か月間では24時間40分である上,亡Oは,いわゆる持ち帰り残業として,自宅において,それなりの時間(1日当たり多くても2時間を限度とする。)をかけて持ち帰り残業としての時間外労働をしていたものと推認できることをも併せ考慮すると,本件システム統合日である平成12年5月8日までの4か月間にわたり,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働があったものと推認でき,多い月には80時間を超える時間外労働をしていた可能性も窺えるというべきであるが,いわゆる持ち帰り残業の時間をある程度考慮しても,新認定基準の認定要件を充足するとまでは言うことができないといわざるを得ない。

エ  以上によれば,新認定基準の上記認定要件を充足するということはできないと言わざるを得ないところである。

(3)  もっとも,新認定基準の認定要件を満たさないからといって,労基規則35条別表第1の2第9号所定の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に当たらないとまで直ちに言えるものではなく,脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書(<証拠略>)が指摘する労働時間,勤務形態,作業環境,精神的緊張の状態等に照らして,更に総合的に判断するのが相当である。

そして,上記(2)で説示したとおり,亡Oの労働時間として,発症前3か月ないし6か月間は,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価されるおおむね45時間を超える時間外労働をしていたことが推認できるところである。

また,亡Oは,平成11年11月に融資課長から営業課長に配置換えとなったが,営業課長としての通常業務の精神的緊張に加え,それまでの長い行員生活に照らしても,全く経験したことがなかった本件システム統合に向けた作業が開始,続行される途中での営業課長への配置換えであり,それも,亡Oは,野幌支店で営業担当課長としての経験はあるものの,もともと融資業務が得意で,必ずしも営業に明るいわけではなく(原告本人,弁論の全趣旨),また,本件システム統合の実質的な責任者とはいえないものの,勘定系システムが従来のそれとは全く異なるシステムに変わることを考慮すると,営業課長の果たすべき役割は大きかったということができ,しかも,同システム統合は,北洋銀行を上げての失敗することの許されない極めて重要なプロジェクトであって,定められた統合日の遵守及びその成功は至上命題であったということができることをも考慮すると,本件システム統合日に至るまでの間は,亡Oは精神的にも強い緊張状態にあったものと推認できる(この点に関し,証人Bは,通常の業務を行いながらマニュアルの習得も行うことはかなり精神的にきつい状態であったことを認める供述をしており,また,証人Eは,本件システム統合日における本番移行作業の現場は,ものすごい緊張感であった旨供述している。)。しかも,本件システム統合自体が無事に終了し,業務が比較的落ち着いたところで,さらに亡Oの勤務していた野幌支店が第1次の統廃合の対象支店となり,その時期も年内の11月であることが判明したことにより,ある程度予想していたこととはいえ,そのことによる精神的緊張状態も強かったものと推認でき(この点は,野幌支店が第1次統廃合の対象となったことが正式に発表された日の夜の懇親会の席において亡Oが涙ぐんでいたという態度からも十分窺うことができる。),このような勤務の継続が,亡Oにとっての精神的,身体的にかなりの負荷となり,慢性的な疲労をもたらしたことは否定しがたいところである。なお,本件システム統合前の一時期を除けば,休日は確保されており,また,飲酒の機会もそれなりにあったものの,亡Oの精神的緊張の状態を緩和させるのに十分であったとまでは認められない。

さらに,亡Oは,前記認定のとおり,その死因となったくも膜下出血の発症の基礎となり得る疾患(脳動脈瘤)を有していたと認められるところ,本件疾病の発症前の勤務状況からすると,動脈瘤が破裂したのは,一過性の血圧上昇によるものである可能性が強い(<証拠略>)といえる上に,亡Oは当時56歳の女性で脳動脈瘤発症の好発年齢にあったものではあるが,他方で,亡Oには,くも膜下出血の危険因子として挙げられている高血圧等の症状は特段見当たらず,また,亡Oには健康に悪影響を及ぼすと認められる多量の飲酒,喫煙等の嗜好もなかったのであって,性別,年齢の点を除けば,脳動脈瘤の進行を促進・増悪させるリスクファクターというべきものは格別見当たらない。

亡Oは,死亡する前の3年間の健康診断で,特段の異常は指摘されておらず,基礎疾患の内容,程度,亡Oが本件発症前に従事していた業務の内容,態様,遂行状況に加え,脳動脈瘤の血管病変は慢性の疲労や過度のストレスの状態が発症の原因の一つとなりうるものであることを併せ考慮すると,亡Oの基礎疾患というべき脳動脈瘤が徐々に形成されていたとはいえ,本件当時,その基礎疾患が確たる発症因子がなくてもその自然の経過によって動脈瘤が破裂する寸前にまで進行していたとみることは困難というべきであって,他に確たる増悪要因を見出せない本件においては,亡Oが本件発症前に従事した業務による過重な精神的,身体的負荷が亡Oの基礎疾患をその自然の経過を超えて脳動脈瘤の増悪を促進させたということができ,亡Oが本件疾病を発症するに至ったのは,同人が北洋銀行における本件システム統合の過程で野幌支店の営業課長としての業務に従事したことにより,業務に内在する危険が現実化したことによるものと認められ,亡Oに発症した本件疾病は,「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当し,その業務と本件疾病の発症及び死亡との間には相当因果関係があるというべきである。

なお,L医師及びP医師の各意見書(<証拠略>)では,本件疾病の発症前に過重労働等がないことなどから本件疾病の発症と業務との関連性を否定しているが,前提となる亡Oの業務量が異なることから,上記認定を左右するものではない。

第4結論

以上に認定,説示したところによれば,亡Oの業務と本件疾病との間には相当因果関係が認められ,労基法75条2項,労基規則35条別表1の2第9号に規定する「業務に起因することの明らかな疾病」に当たると認められるから,療養補償給付等を不支給とした本件処分は違法であり,原告の請求は理由がある。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥田正昭 裁判官 橋本修 裁判官 立野みすず)

労働時間の計算方法

労働時間の計算方法は,別に特記しない限り,次のとおりとした。

1 始業及び終業時刻は,時間外時刻明細(<証拠略>)の開始時刻及び終了時刻によった。

2 休憩時間は,就業規則所定のとおり,平日(月曜ないし金曜日)について1日1時間とした。

3 労働実時間は,始業時刻から終業時刻までの拘束時間から,休憩時間1時間を差し引いて計算した。

4 時間外労働時間は,1週間(7日間)当たり40時間を超える時間を計算した。

5 1か月は30日として計算した。

6 1か月ごとの時間外労働時間数の算出について

(1) 1か月ごとの時間外労働時間数の計算上,1日8時間,1週40時間として,週休2日制の就労を前提として計算した。

(2) 発症日から数えて29日目と30日目の2日間については,この2日間を含む1週間(発症前29日目ないし35日目)の業務従事状況をみて,次のとおり計算する。

ア 31日目から5日間のうちに休日が2日以上ある場合は,2日間の総労働時間数から16時間を引いた時間を時間外労働時間とした(別表1の1参照)。

イ 31日目から5日間のうちに休日が1日ある場合は,この2日間の労働のうち1日を休日労働とみなして,2日間の総労働時間数から8時間を引いた時間を時間外労働時間とした(別表1の2参照)。

ウ 31日目から5日間のうちに休日がない場合は,この2日間の労働を休日労働とみなして,2日間の総労働時間数をそのまま時間外労働時間とした(計算式上は0時間を引いた)(別表1の6参照)。

<別表1の1> 労働時間集計表(6月20日~7月19日)

<省略>

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