札幌地方裁判所 平成16年(わ)1226号 判決 2005年10月31日
主文
被告人Nを懲役2年6月に,被告人Sを懲役3年6月に処する。
被告人両名に対し,未決勾留日数中各250日を,それぞれその刑に算入する。
訴訟費用は,その2分の1ずつを各被告人の負担とする。
理由
(犯罪事実)
被告人両名は,平成16年8月1日未明,札幌市豊平区中の島1条(以下略)所在の○○の被告人S宅において,X,V女(当時23歳)及び女性1名と飲酒をした際,Xにおいて,Vに精神安定剤であるエチゾラム(製品名デパス)を混入したアルコール飲料を飲ませ,それらの効果・作用によって同女を心神喪失の状態にさせて姦淫しようと企て,デパス錠0.5mg 2錠を同女らが飲んでいるアルコール飲料に混入して,情を知らない同女をしてこれをアルコール飲料とともに摂取させたところ,被告人Sは,Xから,同女のアルコール飲料にデパスを混入したことを聞き,Xの上記企てを察知して,Xとの間でその意思を相通じ,被告人Nも,そのころ被告人Sから,Xが同女のアルコール飲料に何らかの薬物を混入したことを聞き,X及び被告人Sの上記企てを察知して,被告人Sとの間でその意思を相通じ,もって,被告人両名はXと順次共謀した上,その後も,被告人ら3名において,同女に飲酒させ,同女を上記薬物の効果及びアルコールの作用により意識もうろうの状態にさせてその心神を喪失させ,X,被告人Sの順に,同女を姦淫したものである。
(証拠の標目)略
(事実認定の補足説明)
第1 本件の前提事実
関係証拠によれば,以下の事実は明らかである(以下,特に年度を付さない限り,平成16年である。)。
1 被告人Sは,医師であり,本件当時,札幌市内のH病院に勤務していた。被告人Nは,製薬会社社員であり,本件当時,同社札幌支店に勤務していた。被告人両名は,平成14年,被告人Nが被告人Sの勤務先病院の営業担当をしていた際に知り合った。Xは,本件当時,北海道Z町内の病院で看護師をしており,看護学生だった平成12年ころ被告人Sと知り合い,複数の女性を交えた飲み会を一緒に開いたりして,親しく付き合っていた。被告人Nも,平成15年8月に被告人Sを介してXと知り合い,飲み会などを通じて付き合っていた。
2 Xは,平成16年7月,知り合いのB女と連絡をとり,同月31日に札幌市内のビアガーデンで飲み会をすることを約束した。Bは被害者と一緒に行くことになり,Xは,被告人両名を誘ったが,被告人Nだけが参加することになった。被告人Nは,Bとも被害者とも面識がなく,被告人Sも被害者とは面識がなかった。
3 Xと被告人Nは,同月31日の午後7時ころから,B及び被害者とビアガーデンで飲酒し,午後9時ころ両名と別れて,違う女性と飲食した。その後,Xの発案で,既に帰宅していたB及び被害者を再び呼び出した。同日午後11時半ころ,Xと被告人Nは,Bと被害者をX運転の車に乗せ,Xは被告人Sのマンションに向かって運転し,4人は,翌8月1日午前零時40分ころ酒やつまみを買い込んだ上,まもなく被告人S宅に到着した。
4 被告人両名,X,B及び被害者の5人は,被告人S宅の居間で,テーブル(座卓)を囲んで座り,コップを女性用と男性用とに分けた上,ゲームに負けた者が酒を飲むなどして飲酒した。このとき,Xは,精神安定剤であるエチゾラムである製品名デパス0.5mg錠を所持しており,飲酒の途中,B及び被害者を意識もうろうにさせて姦淫する意図で,台所で上記デパスの錠剤2錠を割って女性用のコップに入れた。事情を知らないBと被害者は飲酒を続け,デパスを摂取した。
そのうちに被告人Nと被害者が数十分間外出し,その間,意識もうろうの状態になっていたBをXが姦淫し,被告人Sも少なくとも下着の上から陰部付近を触った。被告人Nと被害者が帰宅すると,Bを除く4人で再び飲酒し,しばらくすると,Xが被害者を隣の和室に連れて行き,Xと被告人Sが順次同女を姦淫した。
5 その後,被告人らは就寝し,翌朝午前6時ころ,Bと被害者はX運転の車で帰宅したが,同日午後3時ころ自宅で目が覚めた被害者は,被告人S宅での出来事を覚えておらず,パンティを裏返しにはいていたことなどから,被告人らに強姦されたと思った。そこで,被害者は,Xと被告人Nに電話をかけ,自分はエイズにかかっていると嘘を言って追及し,Xは被害者を姦淫したことを認めたが,被告人Nは否定した。
第2 本件の争点及び当裁判所の認定・判断の骨子
1 検察官の主張(論告)
(1) 被害者は,Xらに姦淫された当時,デパスの薬効及びアルコールの作用によって意識もうろうとなり,心神喪失ないし抗拒不能の状態にあった。
(2) X及び被告人Sのほか,被告人Nも被害者を姦淫した。
(3) 共謀については,
① Xは,女性に薬物を服用させて,その薬効により意識を失わせて姦淫したいと思い立ち,居酒屋で酒を飲んだときに,被告人両名にその話を持ちかけ,被告人両名は「今度やってみようよ。」などと言った。Xは,被告人Sとの電話で,「薬手に入れたので悪さしましょうよ。」「やるとすればSさんの家ですかね。」などと言ったこともあり,被告人Sは,「いいよ,分かったよ。」などと答えた。こうして,被告人両名は,Xの上記企てを了承した。
② Xは,本件の数日前には被告人Sに対し,被告人Nと一緒に女性2人と酒を飲み,その後同女らを被告人S宅に連れて行くことを伝えた。Xは,被告人Nに対して,今回のBらとの合コンを連絡した際に,薬物を手に入れたことを伝えており,被告人Nは「分かった。楽しみだね。」などと言った(追加冒頭陳述では,これらを通じて,被告人ら3名は,合コン終了後に女性2名を被告人S宅に連れて行き,前記の方法で同女らを姦淫する意思を通じたとする。)。
③ 本件当夜,被告人両名は,Xがデパスをコップに入れる直前にも同人からデパスの錠剤を見せられ,「これ使う」などと言われて,それを了承した。遅くともこの時点で,被告人ら3名の間で,被害者らに薬物を服用させ,その薬効を利用して姦淫することの共謀が成立した(追加冒頭陳述では,その後さらに,被告人Sが被告人Nに対し,「Xデパス入れたって。」と伝え,ここに共謀が成立〔完成〕したとする。)。
2 被告人N,同弁護人の無罪主張(弁論)
(1) 被告人Nは,被害者を姦淫していない。
(2) 被告人Nは,X及び被告人Sと本件の共謀をしたことはない。共謀の証拠とされるXの検察官調書及び共謀を認めるかのような被告人Nの警察官調書・検察官調書には証拠能力がなく,信用性もない。仮に,Xが被告人Nに小声で薬物を入れたと言ったとしても,被告人Nはそれを理解していない。また,被告人Sは,Xがデパスを入れたことを被告人Nに伝えたとは供述していない。
3 被告人S,同弁護人の無罪主張(弁論)
(1) デパスの一般的薬効及び混入量,被害者の当時の言動に照らせば,被害者は,被告人Sらとの性交当時,意識もうろうとした心神喪失等の状態にはなかった。
(2) 被告人Sは,X及び被告人Nと本件の共謀をしたことはない。検察官が主張する本件当夜以前の意思疎通行為は本件とのつながりは希薄で,共謀とはいえない。被告人Sにデパスの錠剤を見せて,「これ使う。」と言ったというXの供述には信用性がなく,仮にXがそのような行動を取ったとしても,被告人Sにその意味は伝わっていない。
(3) 被告人Sは,Xがデパスを混入した後に同人からそれを聞かされ,その後被害者と性交をしたが,その際,被害者が心神喪失等の状態にあるとは認識していなかったから,準強姦の故意はなかった。逮捕当初の被告人Sの本罪を認めた警察官調書及び検察官調書には,任意性,信用性がない。
4 当裁判所の認定,判断の骨子
(1) X及び被告人Sが被害者を姦淫した当時,被害者は,デパスの薬効及びアルコールの作用により,意識もうろうとなっており,心神喪失の状態にあった。X及び被告人両名は,そのことを認識していた。
(2) 被告人Nが被害者を姦淫した事実は認められない。ただし,被告人Nが被害者と和室で2人だけになった際に姦淫行為に及ぼうとした事実は認められる。
(3) 共謀については,
① Xは,女性に薬物を服用させ,その薬効により姦淫することを思い立ち,本件以前に,被告人両名に対して,そのようにして女性を姦淫する企てについて話をし,被告人Sにはデパスを入手したことも伝えていた。被告人Sは,そのようにして姦淫することに乗り気であった。本件当夜,被害者らが被告人S宅を訪れたころまでに,Xは被害者らにデパスを摂取させて姦淫することを企てていたが,被告人両名がXのこの意図を知っていたとは認められない。
② 被告人S宅において,Xが被告人両名にデパスを見せるなどして,事前にデパスの混入を伝え又は伝えようとした事実は認められない。しかし,デパスの混入後,被告人Sは,Xから女性用のコップにデパスを入れたことを伝えられ,次いで,被告人Nは,被告人Sから,Xが上記コップに何らかの薬物を入れたことを伝えられ,それが意識をもうろうとさせる薬物であることも察知した。こうして,Xと被告人S,被告人Sと被告人Nは,順次本件準強姦を共謀し,もって,3名の間で本件準強姦の共謀が成立した。
第3 Xの検察官調書(甲45,46,47。以下「本件検察官調書」という。)の証拠能力
1 Xは,本件検察官調書では前記第2の1の検察官の主張に沿う供述をしているのに対し,証言においては,①デパスを混入した後のBの状態及び自分がBと性交をしたことについて,自己が刑事訴追を受けるおそれがあることを理由に証言を拒絶し,また,②デパスを入れた後も被害者の様子に変化はなく,性交をしたときも,会話ができたので特に薬物による作用はないと思っており,犯したとは思っていない,薬物使用について被告人Sは乗り気だったわけではない,被告人Nに事前に薬が手に入っていることは伝えていない,デパスを入れる前に被告人Sには錠剤を見せるか耳打ちしたが,被告人Nには伝えなかったと思うなどと,本件検察官調書と相反する供述をした。そこで,当裁判所は,刑事訴訟法321条1項2号により本件検察官調書を採用したので,その理由を説明しておく。
2 各弁護人は,Xを取調べたM検察官は,黙秘権及び弁護人選任権の告知をせず,Xが自己の想定に反する供述をすると,机を叩く,怒鳴る,ばかと言うなど,強圧的かつ一方的な押しつけによる取調べや人格攻撃を行っており,本件検察官調書は,違法な取調べによって収集された証拠であり,かつ特信性を欠くから,証拠能力がないと主張する。
Xは,その証言において,M検察官による取調べにつき,黙秘権等を告知されなかったと述べるほか,「違うなどとは言っても,自分が供述していることはおかしいなと担当検事は言い出して,どなりだして,その繰り返しで,…裁判官もそうは思わない,言っていることはおかしいなどと言われて,結局,…意思に反して署名することになったという部分もあります。」「こういうことだろうと,自分側の意見はほぼ聞いてくれず,…認めろと執拗に言われました。」,「(机を叩かれるなどしたことも)数回あったかと思います。」「当時の状況などを聞かれて,で,自分の供述をしているときに,ばかなどと言われました。」,「検察官はここまで人格…を考えないで取調べを行っていいのかなども思いました。」などと弁護人の主張に沿う供述をしている。
一方,証人Mは,黙秘権と弁護人選任権は告知した,机を叩いたり,ばかと怒鳴ったりしたことはない,Xは当初から比較的素直に本件について認めていた,常習性の点で余罪を追及したがXは否定した,本件については議論になるようなことはなかったと証言している。
3 Xは,どのような事柄に関して検察官から怒鳴られたのか,検察官からどういう点を押し付けられて,意に反する供述をさせられたのかについて,具体的には述べていない。しかし,取調べに関するXの証言には真摯なものがあり,根も葉もないことを訴えているとは思われない。ところで,Xは,警察官の取調べでは,ある程度自分の認識どおりに調書を作成してもらえた,黙秘権等は告げられたと証言しながら,警察官調書と検察官調書との間に内容的に特に変更があったとは述べていない。Xが,本件訴訟における検察官調書と警察官調書の訴訟法上の取扱いの違いを意識した上で,それぞれの取調べ状況について証言しているとは思われないし,逆に,証言当時係属していた本件犯行に係る自己の訴訟との関係では,警察官の取調べについて上記のように証言することは,X自身にとって不利になりかねないところである。そうすると,Xが,ことさら検察官の取調べのみについて,強圧的な取調べであったなどと虚偽の証言をしているとは考えにくい。また,M証言のうち,Xの取調べにおいて,共謀や計画性よりも常習性に重点を置いて質問したかのような部分は,同じ時期に被告人両名が警察の取調べで共謀や計画性を否定する供述を続けていたこと(被告人両名の各警察官調書)や,実際に本件検察官調書にはそれらに関する供述が相当程度存在することに照らし,不自然さを否定できない。したがって,M検察官がXに対して,ときに,ばかなどと怒鳴ったり,自己の見解を押し付けたりして,威圧的な取調べを行ったことは否定できないところである。
4 しかしながら,取調べ及び供述の外形的な経過をみると,取調べ状況報告書(甲63ないし67)等によれば,Xに対する検察官の取調べ日時及び作成された検察官調書は,
・10月13日午後23分間=甲75の検察官調書〔弁解録取書〕
・同月18日午前20分間/同月27日午前から午後1時間12分間及び午後13分間=甲45
・同月30日午前から午後1時間53分間及び午後2時間28分間=甲46,47
・11月1日午前41分間=甲48の検察官調書
となっている。Xは,すでに甲75の弁解録取書において,送致書記載の犯罪事実(被告人両名を共犯とする本件準強姦)は間違いないと述べ,同調書では,読み聞け後の申立てによって,被告人Sと同Nが性交したとは断定できないと付加されており,10月14日の勾留質問でも,Xは,「事実はそのとおり間違いありません。」「『強姦することを企て』とありましたが,予め強姦することを計画していたわけではありません。」と述べている(勾留質問調書〔甲76〕)。甲46でも,読み聞け後の申立てとして,被告人Nに薬が手に入ったことを伝えた時期や,被告人Sに「薬手に入れたんで悪さしましょうよ。」と話したときの被告人Sの返事について,具体的な付加訂正がなされており,Xは証言において,付加訂正について質問され,言いたいことを言えたことはあったと述べている。
このように,それほど長くない取調べの間に本件検察官調書が作成されていること,勾留質問においてXが基本的な事実を認めていたこと,甲75,甲46において付加訂正がなされていることのほか,結局のところ,Xも,検察官の取調べにおいて,警察官に対する供述と格別異なる供述をさせられたとは述べていないことなどに照らすと,M証言が示唆するように,Xは,大筋においては,警察官及び検察官の取調べの初期から,本件検察官調書の内容と同様の供述をしていたものと認められる。そうすると,上記のとおりM検察官が怒鳴るなどしたことは否定できないものの,その取調べが,全体として,本件検察官調書の証拠能力に影響を与えるような違法なものであったとは認められない。黙秘権等についても,仮にそれらが告知されなかったとしても,Xは,既に警察官の取調べにおいて黙秘権等を告知されていて,それらの権利があることは分かっていたと証言しており,証拠能力に影響を及ぼすとまではいえない。
5 そうすると,本件検察官調書については,前記1①の証言拒絶部分があることから,刑事訴訟法321条1項2号前段により証拠能力が認められる。
さらに,前記1②の相反部分に関して本件検察官調書の特信性を検討するに,Xは,証言当時,本件犯行について起訴されており,自己の公判で事実を一部争っていた。Xは,本件と密接な関係を有するBとの姦淫についても,刑事訴追を慮っていた。また,Xはもともと被告人両名と親しい間柄にあった。これらの事情に照らせば,Xの証言においては,事実関係,とりわけ被害者の状態に関する点について,ありのままに供述することを避けようとする意識が少なからず働いていたと認められる。実際,Xは,要所要所では,思います,覚えていないなどとあいまいに答え,質問に対して,考え込んで沈黙し,容易に答えないことが少なくなかった。一方,本件検察官調書については,検察官に前記のような言動があったことは否定できないものの,供述経過に関する前記4の事情を考慮すると,上記のようなX証言と対比した場合,相対的な意味での特信性は認めることができ,同法321条1項2号後段によっても証拠能力が認められる。
第4 被害者が心神喪失の状態にあったこと及びその原因
1 X及び被告人両名は,公判において,被害者がX及び被告人Sと性交した当時,同女の意識に変わったところはなかったと供述している。
(1) この点,被害者は,要旨「被告人S宅でアルコールを飲み,白っぽい粉のような物が入っているのに気付いたが,そのうちに頭がボーっとして,体を動かすのもだるくなってきた。いつもだったら,この程度のアルコールでそんな感じにならないはずだった。段々頭も体も動かなくなり,意識が遠のいていく感じだった。ひどく眠い感じだった。Bもフラフラになって被告人Sの肩にもたれかかっていた。そのころからの記憶は断片的で,被告人Nに姦淫された記憶はあるが,その他の者に姦淫された記憶はない。」と供述している。被害者は,記憶している部分と記憶していない部分を区別して真摯に証言しており,後述する被告人Nに姦淫されたという点を除けば,上記供述の信用性に疑いはない。Xも,検察官調書(甲47)では,要旨「被害者がボーっとした感じになってきて,Bさんはすっかり意識がなくなった。被告人Nと被害者が戻ってきて4人で酒を飲むうち,とうとう被害者の意識もフラフラになった。被害者と性交したときも,Bのときと同様,反応があった方が楽しいので,ちゃんとした意識ではなくなった被害者に,入れていいか,気持ちいいかと聞き,被害者もうんとかいいよと返事をした。」と供述している。
(2) Xが記していたノート(甲31)には,「HIV日記」の表題で,「H.16 8/1up」として,接触相手V女,「キスしはじめる→低抗ナシ」,「低抗ナシ」,「オレ,ほろよい,相手,でい酔」と記載されている(Xは,この記載について,自分と相手を逆にしてしまったと証言するが,到底信用できない。)。また,本件当夜,被害者は少なくともX及び被告人Sの2人と続けて性交をしている。しかし,被害者は被告人両名と初対面であり,本件当夜,被害者らはいったんXらと別れて帰宅しており,再びXに誘われて合流し,夜遅く被告人S宅を訪れたとはいえ,合流した当初から誰かの家に行こうなどという話が出ていたわけではない。その後も含めて,被害者らと被告人らとの間で,複数の男性と性交することが話題になったり,そうした雰囲気になったりした形跡は全く認められない。このほか,被害者が性交後まもなく意味不明のことを言って騒いだことや(X,被告人両名の各供述),被害者が帰宅して目が覚めたときにパンティを裏返しにはいていたことは,性交後の被害者が通常の状態ではなかったことを示している。
(3) 以上によれば,X及び被告人Sが被害者を姦淫した当時,被害者の意識がもうろうとした状態にあったことは明らかであり,X及び被告人両名はその事実を認識していたものと認められる。なお,被告人Sは,被害者に対し,入れていいと聞くと,ゴム着けてと言われ,彼氏いないのと聞くと,本当にいないよと言ったなどと述べている。しかし,仮にそうした発言があったとしても,被害者が,意識がもうろうとして,抵抗が困難となり,あるいは性交を受け入れてしまうという精神状態の中で,その程度の会話をしたり,妊娠は避けたいと考えたりすることは不自然とはいえない。この点は,後記松原和夫証人の指摘するところである。
2 被害者が意識もうろうとなった原因を検討するに,被害者は,ビアガーデンで飲酒し,さらにアルコール飲料とともにデパスを摂取し,その後しばらくして上記の状態に陥っている。本件当日(8月1日),被害者及びBが警察に提出した各尿からは,エチゾラムの代謝物が検出されている(甲16,鑑定書謄本)。そして,証人松原和夫(旭川医科大学教授兼医学部附属病院薬剤部長)の証言によれば,デパスには睡眠作用,筋弛緩作用及び抗不安作用(平たく言えば,気分をおおらかにする作用)があり,これらはアルコールと併用した場合,より強度に生じること,副作用として健忘が生じることがあることが認められ,被害者の上記状態及び本件に関する健忘は,デパスのこれらの効果とよく整合している。弁護人請求の証人佐々木直(北海道大学病院医師)も,デパスに上記薬効があり,健忘も生じる可能性があることを認めている。
これらによれば,Xが混入したデパスの量が0.5mg 2錠であったことを考慮しても,被害者にデパスの薬効が作用したことが認められる。結局,被害者は,デパスの薬効及びアルコールの作用によって意識もうろうとなり,心神喪失の状態になったものと認められる。
第5 被告人Nの姦淫行為について
1 被害者は,要旨「和室にいると,被告人Nが隣に座っていた。被告人Nに押し倒されて姦淫された。一緒に外出した男だったので,被告人SやXと間違えることはない。この2人に姦淫されたことは記憶にない。」と証言している。被告人Nは,捜査段階から一貫して,被害者を姦淫したことも,姦淫しようとしたこともないと供述している。
(1) 被害者の証言は前同様真摯なものであり,姦淫された状況については具体的である。しかし,その男が被告人Nであるとする根拠については,「Nの顔を見たのは覚えていませんが,記憶としては,Nだと記憶しています。」,「自分の中で,Nだと思っているということです。」と述べ,被告人Sに胸を触られた点については,「(振り向いたときに)それは顔を見て確認したのでSです。」と述べる一方で,被告人Nだという点について顔や服や声などの特徴はあるのかとの問いに対しても,「Nのおなかが自分の足下に当たったような感じがします。」と述べるにとどまっている。被害者は,帰宅後,Xが電話で強姦を白状した後,被告人Nに強姦されたことを思い出したと述べているが,その記憶喚起の過程においても,記憶の正確性を裏付けるものは特段見当たらない。
検察官は,前記松原証人の証言を援用して,被害者は,デパスの前向健忘の副作用により,記憶した内容(被告人Nに姦淫されたこと)のみは証言できたが,それを知覚した状況は思い出すことができなかったに過ぎないと主張する。しかし,後者が分からなければ,知覚,記憶の正確性を吟味することはほとんど不可能である。検察官は,被害者が証言する,陰茎を掴まされた,仰向けの姿勢で姦淫され,相手の体勢は覆い被さるというものでなかったという状況は,X及び被告人Sが供述する各自の姦淫状況とは異なるから,これを行ったのは被告人N以外にはないとも主張する。しかし,被害者が述べる体位自体あいまいであるし,Xや被告人Sが自己の姦淫時の状況を全て語っているとは限らないから,上記検察官の主張も採用できない。
(2) X及び被告人両名の供述を総合すれば,被告人Nが被害者に対して姦淫等をすることができた機会としては,X,被告人Sの順に被害者を姦淫した後,被害者が騒ぎ出し,それをXらがなだめたころに,一,二回,被告人Nが和室で被害者と2人きりになったときだけであると認められる(後記2のとおり,被告人Nは,公判において,このときは,被害者をなだめようとしただけであると供述している。)。そのときの状況につき,隣の居間にいたXは,被害者の「嫌だ」などの声が聞こえ,被告人Nが和室から出てきたので,性交したかどうかの意味合いの質問をしたところ,被告人Nは「無理だった」と答えたと証言している。しかし,被告人Nのこの発言は,被告人Nが実際に姦淫できたこととは整合しない。また,Xは,そのときの時間を数分(甲47)あるいは二,三分(証言)と述べているが,被害者は,被告人Nに指を陰部へ入れられた,手をつかまれ陰茎を触らされた,押し倒され足を広げられて姦淫されたと証言しており,時間的にもやや無理がある。
以上によれば,被告人Nに上記の状況で姦淫されたという被害者の証言は信用性に欠け,X又は被告人Sに姦淫された事実を被告人Nによるものと混同している疑いがある。被告人Nの否認供述を排斥して,被告人Nによる姦淫の事実を認めることはできない(なお,被告人Nは,検察官調書において,本件後,エイズが心配になって,インターネットで調べたと供述しているが,被告人Nはビアガーデンで飲んだ際にキスをした旨,被害者は被告人S宅から一緒に外出した際にディープキスをされた旨供述していることなどに照らすと,上記の点は,必ずしも被告人Nの姦淫事実を裏付けるものとはいえない。)。
2 もっとも,Xの上記(2)の証言によれば,Xと被告人Nが被害者をなだめて落ち着かせた後に,被告人Nと被害者が和室で2人きりになり,その間,被害者の「嫌だ」などの声が聞こえ,被告人Nが被害者と性交していると思っていたXが,和室から出てきた被告人Nに対し,性交したかどうかの意味合いの質問をしたところ,被告人Nは「無理だった」と答えたという事実が認められる。この点についてのXの供述は,特に不合理な点や変遷は窺われず,十分に信用することができる。
これに対し,被告人Nは,公判において,「被告人Sが和室から出て後でXが入り,出てくると,被害者が怒ってるというような言い方をした。(自分は)被害者をなだめに行き,肩を押さえて横になってもらったが,被害者は何か拒否するようなことを言っていたと思う。2分くらいで和室から出て,Xに話してもらうために,Xと自分で和室に入り,Xが寝かし付けた。自分がいったん和室から出たときに,Xから,やったのかということを聞かれたとは思っていない。そのとき,Xに対し,『駄目だから。うまくいかなかった。なだめれなかったから。和室に一緒に入って。』というふうには言った。」と述べている。しかし,被告人Nは,捜査段階において,共謀について否認に転じた後も,「(被告人Sが姦淫した後)Xがまた和室に入り,出てきて,『V女さんが怒ってる。』と言ったので,私が1人で和室に入り被害者をなだめた。被害者が興奮したように立ち上がろうとしたので,両肩を掴んで,落ち着くように説得して座らせ,少しすると被害者は落ち着いてその場で寝てしまった。」と述べている(乙10。乙6,11,12もほぼ同旨)。この供述は,被告人Nは,被害者と2人きりになった際に,被害者をなだめて寝かせることができたというものであり,被告人NがXに対し,なだめられなかったことを告げるような状況は現れていない。Xも,被告人Nに呼ばれて,再度なだめにいったという経緯は全く供述していない。被告人Nの上記公判供述は信用し難いものである。
そして,X供述によって認められる上記の事実からは,実際にどの程度の行為がなされたかは不明であるが,被告人Nが,和室において,被害者に対し姦淫行為に及ぼうとした事実を推認することができる。
第6 X及び被告人両名の共謀について
1 以上によれば,Xが,被害者にデパスをアルコール飲料とともに摂取させ,被害者を心神喪失の状態にした上で姦淫したこと,被告人Sは,被害者が心神喪失の状態にあることを認識しながら姦淫したこと,被告人Nも,X及び被告人Sがそうした状態の被害者を姦淫していることを知りながら,これを制止しようとせず,自らも姦淫行為に及ぼうとしたことが認められる。そこで,進んで,検察官主張の共同正犯の成否を検討する。
2 本件当夜までの経緯
(1) Xの証言,検察官調書(甲45,46)及び警察官調書(甲42),被告人Sの公判供述及び検察官調書(乙30)等によれば,Xは,平成15年ころ,女性に薬物を用いて抵抗できない状態にして性交するという内容の漫画を読んで,同じことをやってみたいと考えたこと,被告人Sに対して,睡眠薬を酒に混ぜて女性に飲ませて性交できるか,被告人Sはそのような薬を手に入れられるかを尋ねたことがあり,被告人Sは,自分では手に入らないと答えたこと,Xは,平成16年6月と7月に精神科を受診してデパスを入手し,そのころ,被告人Sにデパスを入手したことを伝えたこと,本件当夜,Xは,被告人S宅を訪れたころまでに,被害者らにデパスを摂取させて姦淫することを企てていたことが認められる。
(2) Xは,上記検察官調書において,この間の出来事として,(ア)Xは,被告人S及び同Nと居酒屋で酒を飲んだときに,女性に薬物を使用して性交する話を持ち出し,3人で「そうやってうまくできたらいいよなあ。やってみたいなあ。」などと話した,(イ)被告人Nと2人で酒を飲んだときも同様の話をして,「今度やってみようよ。」と言い,被告人Nは,「それもいいかもね。今度やってみようよ。」などと言った,(ウ)被告人Sにも,電話でちょくちょく,「薬手に入れたので悪さしましょうよ。」「やるとすればSさんの家ですかね。」などと言い,被告人Sは,「それもいいかもね。」「うん,それでいいよ。」と言っていたと供述している。被告人両名は,公判において,上記各事実を否定し,特に被告人Nは,薬物に関する話は全く聞いたことがなかった旨述べている。
① Xと被告人Sとの間では,平成16年になって,携帯電話で以下のようなメールが交換されている(甲57,捜査報告書)。
・2月26日(S→X)「ハルもあるし3月いっぱいでここを引き払うので2対2での宅のみにはいつでもどーぞ。」
・3月6日(S→X)「少数の方がハルでやりやすいんじゃないの?」
・6月23日(X→S)「…ハル出してもらおうと思い不眠訴えて精神科かかったんですが,自分の病院だからか,Dr警戒してデパスしか出しませんでした。ま,デパスも2錠酒に含ませれば使えないことないですよね。センパイナースにグチこぼしたらマイスリー10コもらったんで今度,悪さしましょう。」
・7月17日(S→X)「眼鏡の肉屋につきまとわれ困ってんだ。あるふぁ波もハルシオンの刑だな。ハルシオン手に入れようぜ。」(なお,被告人Sの公判供述によれば,眼鏡の肉屋とはある女性を指す。)
・7月18日(S→X)「これから,ハルシオンでやります。よろしくです。よろしくです。」
・同日(X→S)「さすが教祖==!!!!。。…ボクは明日,ユーロジン&マイスリー&レンドルミン&デパス複合的に飲ませてやります=。」
・同日(S→X)「ハルとかマイスとかいいねー」
これらのメールについて,被告人Sは冗談であると供述し,Xも,興味本位であって,被告人Sが特に乗り気だったわけではないと証言している。しかし,前記(1)認定のとおり,Xは現に女性に対する薬物使用を考えていたこと,被告人Sも,Xから,睡眠薬を使って性交できるか,そうした薬を入手できるかを尋ねられ,かつ,実際にXがデパスを入手したことを告げられていたことに照らせば,上記メールが単なる興味本位や冗談であるとは到底認められない。したがって,Xと被告人Sの間では,こうしたメールと並行して,Xが検察官調書で述べるような居酒屋や電話での会話がなされていたこと,被告人SはXが女性に薬物を服用させて姦淫する企てを有していることを知っており,被告人Sもそれに乗り気であったことが認められる。
② 被告人Nについては,Xは,証言において,同被告人の答えは覚えていないと述べつつも,女性に薬物を用いて性交するという話をしたことがある気はするという供述を維持している。Xは,平成16年4月にZ町の病院に就職する以前は被告人Nともしばしば会ったり,連絡をとったりしており,被告人Sとの間で上記のように薬物使用に関連する多数のメールが交換されていることにも照らすと,ここでは断定を留保するが,被告人Nに対し,女性に薬物を用いて性交する話をしたことを認めるXの供述は信用性があるといえる(後記5(2)参照)。
(3) さらに,Xは,上記検察官調書において,(エ)被告人Nに対し,薬が手に入ったと伝えてあったが,その後,Bらと酒を飲む話がまとまったことを伝え,さらにその後の話でも,「薬が手に入っているからやろうよ。悪さしようよ。」と言うと,被告人Nは「やろうよ。」と言い,Xは「最終的にはSさんのマンションに女の子2人連れて行くことになると思うから。」と言った,(オ)被告人Sにも,本件の数日前には,被告人Nと女性2人と酒を飲んだ後,同女らを被告人S宅に連れて行くと話した,(カ)被告人両名は,XがBらに薬物を飲ませて性交するつもりであることを分かっていたと思うと供述している。ただし,証言では,おおむねこれらの事実を否定している。
① 被告人Nに関する上記供述は,時期が明確ではないが,Xは,本件の何日か前に被告人Nに対してBらとの飲み会について連絡をし,その後再び連絡をとってBらに薬物を使用することを伝えたという趣旨のようである。しかし,この供述は,Bらとの飲み会が決まった経緯と矛盾する疑いが強い。すなわち,Xと被告人両名のメール(下記括弧内に引用),X証言,被告人両名の公判供述を総合すると,次の経緯が認められる。
ⅰ) もともと,被告人Sは,本件当夜に知り合いの女子大生と飲み会をすることを計画し,Xと被告人Nに伝えていたが,Xは,これと並行してBらとの飲み会を計画していた(7月20日N→S「学生いいすねえ。」,7月25日X→S「来週の件ですが,…b〔Bを指す。〕という…を保険にあててましたが,12時には帰る発言出まして,また今度にしました。つまり,心おきなく大学生…に集中的に攻撃態勢が整ったワケです。)。
ⅱ) 7月29日になって,上記女子大生との飲み会が相手の都合で延期になり,これを被告人Sから伝えられたXは,被告人Sに対し,本件当夜はBらと飲み会をして,飲んだ後で同女らを被告人S宅に連れて行くことを提案した(7月29日S→X「土曜日の件ですが…。先方の都合で延期となっちゃつたです。」〔7月31日は土曜日〕,7月29日X→S「あさって土曜は暇人ですか!?一度切った,…b…がつながったんですが。そいつが友達一人つれてくるらしく,最初は皆で仲良くビアガーデンで飲んで,S宅持ち帰りとかは!?」,7月30日X→S「大通り公園集合にしました。…どっかまで迎え行きます。)。
ⅲ) 7月30日,被告人Sは被告人Nに対し,女子大生の件が延期になったが,Bらとの飲み会があることを伝え,被告人NはXからもその連絡を受けて,これに参加することにした(7月30日N→S「予定通り飲み会はありますでしょうか。」,同日S→N「ごめん。大学生は延期となっちゃったです。今日突然。で,23くらいのホテルフロント〔Bのこと〕とその仲間と飲めるんでそっちでよろしくです。」,7月31日午前零時46分N→S「明日宜しくお願いします。x〔Xのこと〕からも連絡ありました。)。
こうした経緯に照らせば,被告人Nは,本件前日の7月30日まで,女子大生との飲み会があると思っており,前日になって,それがBらとの飲み会になったと伝えられた可能性が高い。それ以前に,被告人NがXからBらと飲み会をすることを伝えられたと認めるのは困難であり,それよりも前に,Xが被告人Nに対し,Bらに薬物を使用することや同女らを被告人S宅に連れて行くことを伝えたかのようなX供述(上記(エ))には疑問がある。
さらに,Xと被告人Nは,ビアガーデンにいたときに別の女性から電話が入ったので,被害者らと別れて違う女性と食事をしている(Xの検察官調書等)が,予定を変えて別の女性を薬物使用の対象にするのかについて,Xと被告人Nが相談した様子はない。被害者の証言によれば,被告人Nが,ビアガーデンのときに,被害者やBの前で,ホテルに行こうと言っていたことが認められるが,これも被告人S宅に行く予定と矛盾する。薬を入手したことを被告人Nに告げてあったという点についても,その機会は不明であり,後記3(2)のXの警察官調書(甲44)の供述(被告人S宅でデパスを見せたときの会話)とも矛盾している。
これらの点に照らすと,被告人Nに関するXの上記(エ)(カ)の供述は信用することができない。
② 被告人Sについては,Xが被告人S宅にBらを連れて行くことを事前に提案したことは認められるが(7月29日のメール),Xの検察官調書によっても,本件当夜の予定として,具体的にBら,あるいは本件当夜連れて行く女性に対して薬物を使用することを提案,了承したことは述べられていない。
(4) 以上をまとめると,本件以前から,被告人Sは,Xの薬物使用の企てを知っており,自らも乗り気であったことが認められる。被告人Nにも薬物使用の話をしたことがあるというXの供述にも信用性がある。しかし,被告人両名において,Xが本件当夜実際に女性に薬物を使う意図であることを,被害者らが被告人S宅を訪れるより前から知っていたとは認められない。
3 被告人S宅で事前にデパス混入を被告人両名に伝えたというX供述の信用性
(1) Xは,証言において,要旨「居間で5人で飲んでいたとき,デパスを使おうと思い,錠剤むき出しの状態で見せたか,若しくは耳打ちしたか定かではないが,被告人Sに伝えた。被告人Sは無反応だった。被告人Nには,距離が遠かったので伝えていなかったと思う。被告人Nにも伝えようとしたとは思う。被告人両名に断りを入れるために伝えた。デパスは,女性に分からないように,居間のテーブルの下でシートから取り出した。被告人Sには,錠剤を見せて,使うと耳打ちもしており,被告人Sは見ていたので分かったと思った。」と供述している。検察官調書(甲47)では,「女の子2人に見えないようにテーブルの陰になるようにして,手の平に乗せたデパスをSとNの2人の前に見せてやって,スーッと手を引いてこちらに戻したような気がします。みんなして喋り合ったりしている時に,私自身も喋っていながら,チラッと一瞬だけ,かなり小声で『これ使う。』と言い,SとNの顔を見ました。…SとNは,女の子達に変に思われないようにしながら,いかにもフーンといったような表情をしてみせました。私は,2人ともデパスを使うことに賛成なのだと確認できました。」と供述している。Xがデパスを混入する前に被告人両名に断りを入れようとしたというのは,一応合理的な行動ではある。
(2) しかし,Xは,警察官調書(甲44中の被告人N関係採用部分)において,要旨「隣にいたSさんやNさんにこっそりと『薬あるから入れようと思っているんだけど。』と言いながら,デパスのパッケージをテーブルの下で見せたか,デパスという薬の名前を言った記憶がある。そして,SさんやNさんから『何でそんな物持っているの。』と言われ,『自分が不眠症だから,それで持っている。』というような説明をした。(被告人らは)『そんなことやったことがあるの。』と聞き,『ないけど,やってみようと思う。』と答えた。しばらくして,SさんやNさんに『入れるから,やってみようと思う。』と言ったところ,2人は『ふーん』とうなずいた。」と述べている。そこでの会話の中身は,証言や検察官調書とは明らかに異なっている。示したデパスがむき出しの錠剤か,パッケージに入っていたかも異なっている(甲44中の被告人両名採用部分では,台所でデパス2錠をパッケージから出したことになっている。)。
被告人Nの逮捕当日(10月19日)の警察官調書(乙5。被告人N関係採用)も,これに似た供述になっており,「お酒を飲んでいる最中に,Xがいきなりパッケージに入った錠剤を私に見せながら,『眠剤,混ぜようと思ってます。』と言ってきたのです。とっさに私は,『何言ってるのよ,やめとけ。眠剤混ぜるまでもないべや。』というようにXに言ったのですが,Xは本気だったようで…」というものである。
(3) このように,デパスの使用を予め伝えたというXの供述には,顕著な変遷がある(特に被告人N関係の証拠との関係)。
内容においても,(ア)5人は,長さ103cm,幅60cm(高さ37cm)のテーブルを囲み,おおむね,被害者とBが長い1辺に沿って並び,その対面に被告人Sが,短い辺の一方にXが,その対面に被告人Nがそれぞれ座っていたこと,(イ)5人は酒を飲みながら話をしていたこと,(ウ)被告人両名が,事前にXから本件当夜被害者らに薬物を使用することを知らされていたとは認められないこと(前記2(4))に照らすと,検察官調書にあるような「テーブルの陰になるようにデパスを見せ,かなり小声で『これ使う。』と言った」だけで,Xが遠い位置にいる被告人Nに薬物使用を伝えようとしたというのは不自然であって,にわかに信用し難い。証言では,その点は修正されているが,他面で,伝えた方法について,錠剤を見せたのか,被告人Sに耳打ちしたのか,その両方なのかがあいまいになっている。上記(2)のX及び被告人Nの各警察官調書についても,そこで述べられている会話の内容は,2人の位置関係や被害者らがすぐそばにいたことを考えると,一層疑わしいものである。
また,Xが独断でデパスを混入したとなれば,同人の刑事責任が重くなることは明らかであって,Xの上記供述の評価に当たっては,この点に留意する必要がある。
(4) 被告人Sは,Xの隣に座っていたのであるから,Xが供述する方法であっても,その意味を理解できた可能性が高い。しかし,被告人Sは,捜査段階から,「ゲームの途中ないし終盤,Bがコップの底を見ながら『何これ』と言ったので,女の子たちのコップに薬が混ざっていることが分かり,トイレに行ったときに台所でXに『何入れた。』と聞いたら,Xは『デパスです。』と答えた。」と供述し,Xから事前にデパスを入れると伝えられたことを否定している。Xは,台所で被告人Sに伝えたかについて触れていないが,B及び被害者の供述によれば,Bは,ゲームの途中,コップに白っぽい粉のような物がたまっていたので,「何これ」と言い,被害者に見せるなどした事実が認められ,上記被告人Sの供述に対応している。
被告人Sにしても,デパスの混入を後で知ったという方が有利であり,その供述にも,当初,白い粉が沈殿しているのが見えたから薬が混ざっているのに気付いたと述べていたのが,後にBの発言を思い出したという変遷はある。しかし,被告人Sは,逮捕当日の10月19日付け警察官調書(乙21。被告人S関係採用)から11月6日付け検察官調書(乙31,33),そして公判に至るまで,ほぼ一貫して上記の供述を続けており,内容にも格別不合理といえる点はない。
被告人Nも,上記10月19日付け警察官調書よりも後の供述では,事前にXから薬物混入を知らされたことを一貫して否定している。Xが述べる伝え方では被告人Nに意味が伝わったとは認め難いこと,上記(2)のX及び被告人Nの警察官調書のような会話がなされたというのは不自然であることは,前述したとおりである。取調べ警察官から,デパスを入れたのを知っていただろうと追及され,やむなく,デパスを見せられたことにした上で,「やめとけ。」などと言って混入を制止しようとしたと述べたという被告人Nの公判供述も,一概に排斥できないところである。
(5) 以上の検討によれば,Xが,被告人両名に対して,デパスを見せるなどの方法で,事前にデパスを混入することを伝え,あるいは伝えようとしたという点については,被告人両名の供述を排斥して,Xの供述を信用できるとするだけの根拠に乏しく,これを認定するには合理的な疑いがある。
4 被告人Nが薬物の混入及びその意味を知った時期
(1) 被告人Sは,公判において,上記のとおり台所でXからデパスを混入したことを知らされた少し後に,被告人Nに対し,その旨を伝えたと供述している。
すなわち,被告人Sは,「デパスという言葉を使ったかどうか,薬という言葉などを使ったかどうかというのは定かではありませんが,トイレから戻ってきて,知らない間に何かそんなものが入っていたら,私はデパスがどういうものかというのは知っているので,…ある程度分かりますけども,N君にしてみれば,そういうの全然分かりませんし,…そういったことを話題にしたような気はします。」と述べ,「確実にそうだと言えるだけの自信はありません。」と言いながらも,「ただ,私の思いというか認識としては,そういったことを話題にしたような気はしていました。」と答えている。被告人Nの弁護人からの「Xが薬を入れたことをNさんに確実に伝えたとは言えないということですよね。」との質問には,「そうではなくて,私がトイレから戻ってきて,N君に話し掛けたり,話をしたということは事実だと思います。ただ,そのときに必ず,デパス,…デパスっていう言葉をその場で使ったかどうかは分かりませんが,だけど,何か入れたみたいだぞぐらいは言ったと思いますけれども」と答え,検察官に対しても,「知らない間にそんなものが入っていたら,…N君もびっくりしますし,…そういう意味合いもあって,多分,話し掛けたんじゃないかなと思いますけど。」と答えている。また,被告人Sは,捜査段階から同じ趣旨の供述をしていたと述べている。
これらの供述は,明快なものとはいえないが,要は,デパスと言ったかは分からないが,Xが何らかの薬物を酒に混入したことを被告人Nに伝えた,それは知らないうちにデパスのようなものが入っていれば,被告人Nが驚くであろうと思ったからであるという趣旨である。被告人Sは,確実な自信はないと言いつつも,被告人Nの面前で,各弁護人,検察官,裁判官からの質問に対し,上記供述の骨格を維持している。内容としても不合理とはいえず,Xが事前にデパスを見せるなどしたというのとは異なり,被告人Sにとって,この点について虚偽の供述をする理由は取り立てて考えられない。被告人Sの上記供述は十分信用するに値するものである。
(2) 被告人Nは,被告人Sからそのようなことを告げられたことを否定し,要旨「被害者と外出から帰ると,Bは寝ており,Xが,指でセックスの合図をしたので,『やったの。』と尋ねると,Xは,『やった。』『薬使った。』と言った。XとBには過去に肉体関係があったということを知っていたから,合法ドラッグでも使って性交したのだろうと思い,深くは考えなかった。自分が外出している間にBに薬物を飲ませたと思ったので,被害者には飲ませていないと思っていた。被害者を含む4人で少し酒を飲んだ後,Xが被害者と和室に入り,その後被告人Sが入ったと思うが,自分はタッチしないでおこうと思った。被害者が同意ならセックスしてもいいと思った。翌朝,Xから,昨日これ使ったと薬を見せられた。」などと述べている(公判。捜査段階の供述も否認に転じた後は,ほぼ同旨)。
しかし,被告人Nの供述は,以下のとおり,証拠上明らかな事実に反し,また不自然不合理であって,到底信用できない。
① Xは,外出から戻った被告人Nに対し,外出中にBと性交したことを告げたと述べているが,薬を使ったことを告げたかには触れていない(甲47)。ところで,被告人Nは,自分が外出したときのBの状況について,普通だった(公判),少し酔っていたようだが,「いってらっしゃい。」と声をかけていた(乙10)と供述している。しかし,被害者の供述(甲5,7,証言。5人で飲んでいるうちに,Bがフラフラになって被告人Sの肩にもたれかかっていた。その様子を見て,「ああ,もうb(Bのこと),駄目だ寝ちゃう。」と思った。),被告人Sの捜査官供述(乙23,27,31。Bが倒れて寝込んでしまい,Xがソファーの前に移動させて寝かせた。それから被告人Nらが外出した。),同趣旨のXの検察官調書(甲47),Bの検察官調書(甲10。白っぽい粉がたまっていることに気付いたあたりまでしか記憶がない。)によれば,Bは,被告人Nらが外出する前に,既に意識がもうろうとなって寝てしまったことは明らかである。そうすると,帰宅してXから「薬使った。」と言われ,外出中にXがBに薬物を使用したと思ったという被告人Nの供述は,基本的な前提を欠くことになる。
② 被告人Nは,否認に転じた後の警察官調書(乙6,10)において,「XらはBに何か薬を飲ませて強姦したと思ったので,被害者にはそうさせないようにしようと思っていた。」と述べており,XとBの性交を合意によるものとは述べていない。
③ 被害者,B及び被告人Sの供述によれば,5人で飲んでいたときに,被害者とBは,コップの中の白い粉のようなものに気付いて,「粉っぽい」「何これ」などと言い,Xが果物が沈殿しているなどと言った事実が認められる。これは,明らかに異物が混入されていることを示す出来事であるところ,被告人Nは,この出来事について記憶がないと供述しているが,にわかに措信し難いところである(Xの同様の供述も信用できない。なお,被告人Nは,否認に転じた後の検察官調書〔乙12〕では認めている。)。
④ 前記第4のとおり,X及び被告人Sとの性交当時,被害者は意識もうろうの状態にあり,被告人Nもこれを認識していたことが認められ,同意であれば被害者と性交してもいいと思っていたという被告人Nの供述は虚偽と認められる。そして,被告人Nが,帰宅後XからBに薬を使ったことを聞いたというのであれば,その後被害者も意識もうろうの状態になったのであるから,被害者に対しても薬物が使われたことを疑ってしかるべきであるが,被告人Nは,Xらの姦淫の前後を通じて,被告人Sはもとより,格別遠慮する関係でもないXに対しても,何も問い質していないし,被害者が姦淫されるのを見聞きしていながら,慌てた様子もない。翌朝,Xから被害者に薬を使ったことを告げられたというが,そのときもその後も,被告人Nは,いつどのようにして使ったのかをXに尋ねたというわけでもない。
(3) 上記(2)の各点に照らせば,帰宅後,外出中にBに対し合法ドラッグでも使ったことを知り,翌朝になって,被害者に対しても薬物を使ったことを知ったという被告人Nの供述は虚偽であると認められ,むしろ,被告人Nは,外出前から,B及び被害者に対して,薬物が使われたことを知っていたと推認することができる。そうすると,被告人Nは,被告人Sの供述のとおり,外出前にゲームをしたりしてB及び被害者と飲酒をしている途中に,被告人Sから,Xが何らかの薬物を被害者らの酒に混入したことを伝えられたものと認められる。しかも,その後の被告人Nの行動(上記(2)④)に照らせば,被告人Nは,その薬物が意識をもうろうとさせるような薬であり,Xが被害者らを姦淫する意図で混入したことも察知したと認められる。
5 共謀及び共同正犯の成立
(1) 被告人Sについては,その供述のとおり,B及び被害者と飲酒している途中に,Xから,被害者らが酒を飲んでいるコップにデパスを混入したことを伝えられたものと認められる。そして,被告人Sが,かねてより,女性に薬物を服用させて姦淫する企てを聞き,自らも乗り気であったこと,デパス混入を知った後も上記コップを使っていた被害者らと飲酒を続け,意識もうろうとなったBに対し自らわいせつな行為に及んだこと,その後再び被害者を交えて飲酒し,ついに意識もうろうとなった被害者をXに続いて姦淫したことに照らすと,被告人Sは,Xからデパス混入を伝えられた時点で,Xが被害者をデパスの薬効及びアルコールの作用によって意識もうろうの状態にさせて姦淫する意図であることを察知し,Xとの間で,その意思を相通じたものと認められる。
(2) 被告人Nについては,上記4(3)のとおり,被告人Sに伝えられて,Xが被害者らを姦淫する意図で被害者らの酒に意識をもうろうとさせる何らかの薬物を混入したことを察知したものであるが,さらに,その後も被告人Nが被害者らと飲酒を続け,外出から帰宅後も再び被害者を交えて飲酒し,自らも被害者に対し姦淫行為に及ぼうとしたことに照らせば,被告人Nは,被告人SからXの薬物混入を伝えられた時点で,被告人Sとの間で,被害者を上記薬物の効果及びアルコールの作用によって意識もうろうの状態にさせて姦淫する意思を相通じたものと認められる。なお,被告人S宅での被告人Nの一連の行動を踏まえて,さらに遡れば,前記2(2)(4)のXの供述のとおり,被告人Nは,本件以前に,Xから,女性に薬物を用いて性交する話を聞いていたものと認めることができる。
(3) ところで,被告人両名が上記意思を相通じた後に被害者に飲ませた酒にデパスが残っていたかどうかは必ずしも明らかではない。しかし,アルコールの摂取は,それ自体の作用により,またデパスの薬効とともに作用して,被害者の意識をもうろうとさせる効果を有するから,被告人両名が,上記意思を相通じた後に被害者に酒を飲ませた行為は,改正前の刑法178条の「人の心神を喪失させる」行為に該当する(かつ,それは本件公訴事実中の「エチゾラムを含有する薬物を混入したリキュール等のアルコールを飲ませ」に含まれる。)。したがって,被告人両名は,Xとの間で,上記のとおり意思を通じて順次共謀し,被害者の心神を喪失させる行為の一部を実行し,被告人Sは姦淫も行っているのであるから,両名とも本件準強姦につき共同正犯の罪責を負うことになる。
(4) なお,被告人Nは,逮捕当日の10月19日付け警察官調書(弁解録取書,乙2),同月20日付け検察官調書(乙3)及び同月21日付け勾留質問調書(乙4)において,被告人S及びXとの共謀による本件準強姦(姦淫の実行者はこの両名)の被疑事実は間違いない旨述べ,同月19日付け警察官調書(乙5)では,自分はセックスしていないが,Xが持っていた眠剤を使って強姦するという相談は一緒にしているなどと述べている。上記勾留質問調書では,これに加えて,自分が性交したこと及びその意図があったことを否定し,「SとXが薬物を飲ませてその女性と性交しようとしていた事は良くわかっていました。」「SとXから特別何かをするように指示は受けていませんでした。」などと述べている。これらの供述は,被告人Nに関する上記の事実認定を補強するものである。
被告人Nの弁護人は,上記警察官調書及び検察官調書の任意性を争い,被告人Nの公判供述及び取調べ警察官である証人Iの証言によれば,逮捕当日の取調べにおいて,I警察官が「ふざけるな。」などと大声を出したり,机を叩いたりしたこと,他に三,四名の警察官も取調べ室に入って大声を出したことがあったことなどが認められる。このような警察官の不当な言動によって,前科前歴のない被告人Nがかなり動揺したであろうことは想像に難くない。しかし,I警察官らは,被告人Nの姦淫行為を追及したが,その点については否認の調書になっていること,被告人Nは公判において,薬物を見たことにして混入を制止しようとしたと供述しているところ,警察官調書には「やめとけ」と言ったことが記載されていること(いずれも乙5),取調べの時期や時間的な長さ,その後においては,弁護人選任後ではあるが,共謀についても否認の調書になっていることなどを考慮すると,上記各供述調書につき,その任意性を肯定することができる。
被告人Sも,逮捕当日の10月19日付け警察官調書(弁解録取書,乙18),同日付け警察官調書(乙21),同月20日付け検察官調書(乙19)において,上記被疑事実は間違いないなどと述べており,これらの供述も,被告人Sに関する上記の事実認定を補強するものである。被告人Sの弁護人は,これらの調書の任意性を争うが,取調べ警察官である証人Kの証言及び被告人Sの公判供述に照らし,その任意性を否定すべき事情は認められない。
(法令の適用)
被告人両名の判示所為は刑法60条,平成16年法律第156号による改正前の刑法178条,177条前段に該当する(行為時においては同改正前の刑法178条,177条前段〔刑の長期は同改正前の刑法12条1項による。〕に,裁判時においては同改正後の刑法178条2項,177条前段〔刑の長期は同改正後の刑法12条1項による。〕に該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)ので,その所定刑期の範囲内で被告人Nを懲役2年6月に,被告人Sを懲役3年6月にそれぞれ処し,刑法21条を適用して未決勾留日数中各250日をそれぞれその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文によりその2分の1ずつを各被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は,共犯者Xが,被害者を心神喪失の状態にして姦淫することを企て,睡眠作用,筋弛緩作用,抗不安作用のある精神安定剤であるデパスを,密かに被害者のアルコール飲料に混入して飲ませたところ,その事実を知った被告人両名が,Xと共謀して,さらに被害者に飲酒させるなどし,被害者を意識もうろうの状態にしてその心神を喪失させ,X,被告人Sの順に姦淫したという事案である。自己の性欲を満たすためには手段を選ばないという身勝手な犯行動機に酌量できる点はない。犯行態様も,密かにアルコール飲料に薬物を混入して被害者に摂取させ,2人が続けて姦淫するなど,狡猾で卑劣であり,かつ,女性の人格を全く無視し,著しく蹂躙するものである。被害者は,深夜に被告人S宅を訪れて飲酒し,被告人両名とは初対面であったものであるが,被害者は,Xの知り合いである友人と一緒に行動していたのであって,被害者に落ち度があったとはいえない。被害者は,本件によって重大な精神的苦痛を被っており,事件後も長期間にわたって不眠,不安,食欲減退などに苦しんでいる。そして,被害者は,被告人両名に対する厳重処罰を求め,被告人らとの示談を拒否している。
被告人Sは,本件前から,Xから女性に薬物を服用させて姦淫する企てを聞き,それに乗り気になって,その企てを助長するようなメールをXに送っており,本件当夜,Xと共謀した後も,さらに被害者に飲酒をさせながら,被害者が心神喪失の状態になるのを待ち,自らも姦淫行為に及んでいる。被告人らの年齢,職業上の地位,従来の関係に照らせば,被告人Sのこうした行動は,X,そして被告人Nに大きな影響を与えており,被告人Sは本件犯行の遂行に重要な役割を果たしたというべきである。医師でありながら薬物の効果を悪用した点についても,厳しく非難されなければならない。被告人Nは,現場で共謀した後も被害者を交えて飲酒を続け,いったん被害者と外出しながら被告人S宅に連れて帰り,その後も一緒に酒を飲んで,被害者を強姦できる場面を作り出している。そして,Xや被告人Sの姦淫を全く制止しようとせず,自らも姦淫行為に及ぼうとしているのであって,決して被告人Nが本件犯行に消極的であったとはいえない。さらに,被告人両名は,本件犯行を否認して不合理な弁解も一部重ねており,反省の態度は認められない。以上によれば,被告人両名の刑事責任はそれぞれ相当に重いものがある。
他方,検察官の主張とは異なり,被告人両名は,デパスないし薬物の混入を知った後にXの企てに乗じたものであること,同じく被告人Nは姦淫行為を行っていないこと,被告人Sは本件により勤務先の病院から解雇処分を受け,在籍していた大学からは医学部及び同門会名簿削除処分を受けており,本件に対する後悔の念は認められること,父親が公判廷で今後の指導監督を誓約していること,被告人両名に前科前歴がないことなど被告人両名のためにしん酌できる事情も存在する。
以上の情状を総合考慮の上,被告人両名に対し,主文の刑を定めたものである。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・半田靖史,裁判官・中桐圭一,裁判官・松永晋介)