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札幌地方裁判所 平成16年(わ)731号 判決 2006年3月15日

主文

1  被告人相模運輸倉庫株式会社を罰金400万円に処する。

2  被告人Y1を懲役2年に,被告人Y2を懲役1年8か月に,被告人Y3,被告人Y4,被告人Y5をそれぞれ懲役1年2か月に処する。

上記被告人5名に対し,この裁判確定の日から3年間,それぞれその刑の執行を猶予する。

3  訴訟費用は被告人6名の連帯負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人相模運輸倉庫株式会社(以下「被告会社」という。)は,神奈川県横須賀市<以下省略>に本店を置き,港湾運送事業,倉庫業及び産業廃棄物収集運搬業等を営む株式会社,被告人Y1は,同社の代表取締役としてその業務全般を統括していたもの,被告人Y2及び被告人Y3は,同社の取締役として,被告人Y4は,同社の執行役として,被告人Y5は,同社の顧問として,いずれも被告人Y1の業務執行を補佐する職務等に従事していたものであるが,被告人Y1,被告人Y2,被告人Y3,被告人Y4及び被告人Y5は,被告会社の業務に関し,

第1  A,C,D1ことD及びEらと共謀の上,平成15年9月13日から同月15日までの間,北海道浦河郡<以下省略>の土地において,みだりに,廃棄物である廃酸及び廃油等の混合物が入ったドラム缶合計167本(重量合計約5万2275キログラム)を埋め立てて捨てた。

第2  A,C,F及びGらと共謀の上,同月16日,北海道中川郡<以下省略>ほか2筆の土地において,みだりに,廃棄物である廃酸及び廃油の混合物が入ったドラム缶合計194本(重量合計約5万9655キログラム)を放置して捨てた。

(証拠) 省略

(争点に対する判断)

1  本件において,弁護人は,被告人5名が被告会社の業務に関し,本件硫酸ピッチ入りドラム缶の処理を相東運輸株式会社の代表者Aに委託し,結果として,そのドラム缶が判示のとおり北海道内の2か所に捨てられたことは争わないが,処理を委託する際,被告人5名には本件硫酸ピッチ入りドラム缶を廃棄するという故意はなく,廃棄することの共謀もなかったとして,被告人5名及び被告会社は無罪である旨主張し,被告人5名及び被告会社の代表者もこれに沿う供述をするので,以下検討する(以下,被告人Y1,同Y2,同Y3,同Y4,同Y5の5名を総称して「被告人ら」,各被告人について,例えば被告人Y1を単に「Y1」などという。また,各証人の供述については,公判手続更新前の場合でも,単に「証言」といい,各被告人の公判供述については,公判手続更新の前後を問わず,単に「供述」という。)。

2  まず,本件判断の前提となる事実関係として,関係証拠によれば,以下の事実が明らかに認められる。

(1)  硫酸ピッチの性質等

硫酸ピッチは,脱税目的の不正軽油を密造する過程において,原料であるA重油と灯油に含有されている識別剤「クマリン」を除去するため濃硫酸を混入した際その残さ物として生じる,廃酸,廃油等の混合物であり,硫黄分,アスファルト質等を含むタール状の硫酸イオン,タール分,油分を主成分とする強酸性,腐食性の物質であって,ドラム缶内に溜まった高濃度の亜硫酸ガスを吸うと呼吸困難等重い呼吸器障害を発生させる危険性があるほか,ドラム缶を腐食させて土壌や地下水の汚染を引き起こす。その処理方法としては,焼却施設において高温で焼却する,あるいは消石灰を混ぜ合わせて中和した上で焼却するなどの方法がとられ,処理費用はドラム缶1本につき5万円ないし10万円とされているが,その運搬,処理に当たっては,排出元から発せられる産業廃棄物管理票(マニフェスト)が必要であり,硫酸ピッチの処理業者,処理施設は,全国でも数少ないことに加え,前記のとおりの生成経緯から,正規の処理業者に委託することは,不正軽油の密造事実を公表するに等しく,このため,いわゆる廃棄物ブローカーや暴力団組織が介入して,廃棄物処理業者の許可証を入手した上で処理過程の体裁を整えるなどし,不法投棄に至るなどのケースが全国でみられ,新聞等で報道されるなど社会問題化していた。

(2)  本件硫酸ピッチ入りドラム缶の流れの概要

被告会社は,平成12年7月ころ,株式会社ソレイユコーポレーションの代表者H(以下,それぞれ「ソレイユ」,「H」という。)から,廃油入りドラム缶の保管業務委託を受け,三菱商事株式会社(以下「三菱商事」という。)から借り受けていた千葉市<以下省略>所在の千葉営業部新港埠頭の土地(以下「本件土地」という。)に,硫酸ピッチ等が入ったドラム缶数千本(以下「本件ドラム缶」又は単に「ドラム缶」という。)が搬入された。Hは,ドラム缶の内容が硫酸ピッチであることを秘していたが,被告人らは,遅くとも平成14年11月ころには,ドラム缶の内容物が硫酸ピッチであることを確定的に認識した(これらの経緯については,後に詳論する。)。

そして,被告会社は,平成15年8月27日,相東運輸株式会社の代表者A(以下,それぞれ「相東運輸」,「A」という。)に対し本件ドラム缶の処理を委託すると,相東運輸が,株式会社東明の代表者I(以下,それぞれ「東明」,「I」という。)に処理を委託し(AがIに処理を委託した経緯については,後に詳論する。),さらに,株式会社トーシン(代表者J。以下「トーシン」という。),高木工業(代表者K),中央建設土石協同組合(代表理事B),共栄テクノ株式会社(代表者L)という,いずれも産業廃棄物処理の許可を有しない業者が順次介在し,Lから,Cに本件ドラム缶の処理の話がされ,本件ドラム缶のうち,同年9月12日に922本,同月16日に892本,同月17日に360本がそれぞれ搬出されて北海道内に運ばれ,そのうちドラム缶167本については,Cからさらに暴力団関係者を介するなどした末に,Eらによって,判示第1のとおり,同月13日ないし15日,北海道浦河郡浦河町において不法投棄された。また,北海道に運ばれたドラム缶のうち590本については,Cから,さらにMを介し,FやGらがドラム缶廃棄を受諾して,G,Nらによって,判示第2のとおり,同月16日,北海道中川郡美深町において,合計194本のドラム缶が不法投棄された。

3  次に,Aないし相東運輸が本件ドラム缶の処理に関与した経緯,態様及び本件ドラム缶の処理の実態について検討すると,関係証拠によれば,以下の各事実が明らかに認められる(以下の認定のうち,Aの関与の経緯等については,主として,Aの各検察官調書謄本【甲87ないし89】,Oの検察官調書謄本【甲92】によるものであるところ,弁護人は,Aの上記各検察官調書の内容には信用性がない旨主張するが,その供述内容は同各調書添付の資料等から認められる客観的な事実関係に符合しているし,不自然,不合理な点は認められず,公判廷での同人の証言と比較しても,その信用性が高いことは明らかである。)。

(1)  被告会社と相東運輸との関係等

被告会社と相東運輸とは,元請と下請の関係にあり,互いに株を持ち合い,相東運輸は被告会社の千葉港湾内で行う港湾荷役業務を一手に引き受ける港湾運送事業法16条のいわゆる関連下請会社であり,相東運輸の売上げの80パーセント以上を被告会社関係の業務が占めるなどの関係にある。また,相東運輸は産業廃棄物処理の許可は得ていない。

(2)  Aが本件ドラム缶の処理を相東運輸に委託するよう迫った経緯等

Aは,平成14年2月ころから4月ころにかけて,当時の被告会社千葉営業部営業部長P(以下「P」という。)やY5から,本件ドラム缶が本件土地に保管され,被告会社がその処理に難儀していることを聞知し,相東運輸がその処理を請け負い,仲介料を取って他の業者に丸投げすれば多額の利益が出ると考え,同年5月ころ,東海海運株式会社の顧問であったQ(以下,それぞれ「東海海運」,「Q」という。)に本件ドラム缶について話をした。そして,Aは,同年7月ころ,Qから,ドラム缶の内容物は,亜硫酸ガスが発生し,人体に極めて危険であるなどと書かれた中央建設土石協同組合あての「測定試験報告書」,中和処理を要する特別管理産業廃棄物として株式会社グローバル・ニュー・ハードで処理する予定である旨記載された「作業の進め方(方針)」,上記グローバル・ニュー・ハードの「廃棄物処理施設の設置(変更)に係る事業計画概要書」,合計約3億円という処理費用の「内訳明細書」や,ドラム缶の保管現場の写真等の書類一式を手渡され,AとQとの間で,Aが本件ドラム缶の処理を請け負うことができた場合,東海海運の下請会社である東明にこれを処理をさせることが約束された。

その後,Aは,Pから,被告会社が顧客から本件土地の明渡しを要求されていること,ドラム缶の内容物が硫酸ピッチであることを聞知するとともに,同年9月ころ,アスファルト様のものがドラム缶から土場に流れているのを写真で確認した。

そこで,Aは,同年9月ころ,Qから渡された書類一式の写しをPに渡し,同年10月ころ,Y2に対しても同書類を見せるなどして,本件ドラム缶の処理を相東運輸に委託するよう申し入れ,また,同年11月ころにはY1,Y2,Y5,Y3らに今期中に委託するよう迫るなどし,平成15年1月ころにも,Y1に対し,本件ドラム缶のことで暴力団が動き出すという情報があるので早急に処理すべきであり,最終的には被告会社が摘発されることになる旨を告げた。このように,Aは被告会社に対し幾度となく本件ドラム缶の処理を相東運輸に委託するよう迫ったが,被告会社はこれに応じなかった(Aの要請に対する被告人ら被告会社幹部の対応については,後に詳論する。)。

(3)  被告会社が相東運輸に本件ドラム缶の処理を委託した経緯等

その後,Aは,同年7月末ころ,本件土地の明渡期限が迫っていること,本件ドラム缶の輸出は難しい状況にあったことを聞知し,Y1やY3に対し,硫酸ピッチの保管が公になれば社会問題となるなどとして,その処理を委託するよう迫った。すると,同年8月25日,Y5から処理委託を示唆する話があったので,Aは,同月26日,Y5,Y4に対し,本件ドラム缶は相東運輸と東海海運で責任を持って処理する旨述べるとともに,産廃の認定がされれば相模運輸から犯罪者が出ることになるなどと述べ,翌日までに返事をするよう強く迫った。そして,Y5は,Aに対し,同月27日,被告会社から相東運輸に本件ドラム缶の処理を委託することに決まった旨を連絡した(処理委託に関する被告人ら被告会社幹部の言動等については,後に詳論する。)。

(4)  本件ドラム缶の処理実態等

Aは,同月28日,東海海運代表者のR(以下「R」という。),Qと会い,本件ドラム缶の処理を委託された旨報告するとともに,東明のIを紹介され,その際,Iから業者に現場を見せたい旨の要望が出されたが,処理業者の名称や危険防止対策等の具体的な処理方法等の話は全くされなかった。

そして,Aは,同月29日,Q,Iと会って,Iから本件ドラム缶を北海道で処理する旨伝えられたほか,処理業者として勝栄石油株式会社,早来工営株式会社(以下,それぞれ「勝栄石油」,「早来工営」という。)などが記載された処理フローや許可証類の書類一式を渡され,これを被告会社にファクシミリで送信したが,Aは,被告会社から正式な処理委託を受けたことを説明してからわずか1日でIが処理業者の資料を渡してきたことや,具体的な処理方法の説明がなかったことから,これらの書類は処理の体裁を整えるにすぎないものと考えていた。

その後,Aは,Iから,ドラム缶1本の処理費用が6万円であると聞いたことから,自己の利益分を加えて,Y5,Y4に,1本の処理費用が7万円であると伝え,結局,ドラム缶1000本単位で合計5000本を処理すること,費用は1本につき7万円で前払いすることが決められた。

そして,本件ドラム缶の処理委託に関する契約書(廃油処理に関する業務委託契約書)が作成され,その契約当事者は相東運輸とソレイユとなっているが,この契約書は被告会社側で書面を作成してA及びHに個別に押印を求めたものであり,内容面でも,マニフェストには何も触れられていないものであった。その後,相東運輸と東明の間でも,上記契約書を模倣して,業務委託契約書が取り交わされた。

そして,同月9日,被告会社からソレイユの名義で7000万円が相東運輸の銀行口座に振り込まれ,Aは,このうち6000万円を東明の銀行口座に振り込み,Iに対して,処理の準備をするよう依頼し,同月12日からドラム缶の搬出が開始された(なお,同日,Hから前記契約を解除する通知書がAに届き,Aはこれを被告会社に伝えたが,被告会社は作業を続行することを決め,搬出作業は続行された。)。また,同月16日,被告会社から同社名義で2回目の7000万円が相東運輸の銀行口座に振り込まれ,Aは,このうち6000万円を東明の銀行口座に振り込んだ。そして,同月12日,16日,17日の3日間で,合計2174本のドラム缶が搬出されて北海道へ搬送され,前記2(2)のとおり不法投棄された。

処理費用として支払われた金銭については,東明のI以降に介在した前記の各無許可業者も順次自己の取り分を抜き取っており,前記Cに支払われたのは2800万円(ドラム缶1本当たり1万3000円程度)であり,その後も介在した者が次々と自己の取り分を抜き取ったため,最終的に不法投棄を行った者らが受け取った額はごく僅かであった。

その後,同月16日,判示第2の美深町での不法投棄が近隣住民の通報により発覚し,同月17日,被告会社にその連絡があった。Y5は,同日,Aにドラム缶が不法投棄されたことを連絡し,Aは,同月18日,その旨をQに伝えるとともに,I,C,J,K,Lらと会い,相模の名前は出すな,責任はお前らで取れなどと言った。

(5)  A以下の関与者の不法投棄の故意及び共謀

本件ドラム缶の処理の実態は,前記のとおり,A以下,多くの無許可業者や暴力団関係者が介在するとともに,関与者が順次自己の取り分を抜き取っており,ドラム缶1本につき5万円ないし10万円かかるとされている硫酸ピッチの正規の処理費用を大幅に割り込んでいるところ,各関与者はこれを当然の前提としていたと認められることに加え,各関与者ともマニフェストの必要性・重要性を全く無視した処理に終始している。前記J,K,B,Lの4名が集まって,ドラム缶処理に関する契約書を作成しているが,J及びBは契約の名義人とはならずに,KとLの間の契約としていること,CがLに渡し上記契約時にBが説明した処理フローも,産業廃棄物処理の専門業者からは,この方法では駄目だと相手にされないほどのずさんなもので,処理の体裁を整えるためだけのものであり,Lらもそのことを当然のこととして認識していたことが認められる。さらに,C以降に関与した暴力団関係者に至っては,ドラム缶をまともな形で処理することなど全く考えておらず,不法投棄を当然の前提として動いていたものである。そして,これらの事実によれば,J以降の各関与者は,件硫酸ピッチ入りドラム缶を不法投棄することを当然の前提として関与したものと認められる。

次に,Aが本件ドラム缶の処理に関与した経緯・態様は前記のとおりであり,Aは,本件ドラム缶の内容物が硫酸ピッチであることを知った上で,多額の仲介料を得る目的で,Y1ら被告会社幹部に対し,執拗に,ときには本件ドラム缶をめぐって暴力団が動き出すなどと威迫的な言動も用いて,その処理を委託するよう強く迫っていたこと,処理方法についても,相東運輸は産業廃棄物の許可業者ではなく,同じく許可業者ではない東明に処理を丸投げするのみで,Iや東海海運関係者との打合せの際も,具体的な処理業者や処理方法の話は出ておらず,Aは本件ドラム缶の最終的な処理には無関心であった(Iから受け取った処理フロー等の資料については,処理の体裁を整えるものにすぎないと考えていた。)と認められること,不法投棄の発覚後,AがIらに対し,被告会社の名前は出さずに自分たちで責任を取るようにと話していることからすれば,Aは,本件ドラム缶の処理について,最終的に不法投棄される蓋然性が高いことを認識していたことが優に認められる(A自身も,前記検察官調書においては,本件ドラム缶が他の業者らによって不法投棄されることになってもかまわないと考えていた旨を供述している。)。

これに対して,Aは,公判廷では,不法投棄の認識,認容はなかったなどと証言しているが,その証言内容自体が極めて不自然,不合理なものであるし,Aの前記検察官調書の添付資料等から認められる事実関係にも反するものであって,到底信用できるものではない。

また,前記のような本件ドラム缶の処理実態に加えて,AとIとの交渉経緯,IはAに具体的な処理業者や処理方法を説明しておらず,相東運輸と東明との契約書も,相東運輸とソレイユとの契約書を模倣したものにすぎず,マニフェストに触れていないものであったことを併せ考えると,Iも,本件ドラム缶が不法投棄される蓋然性が高いことを認識していたと認められる。

そして,以上の事実からすれば,A以降の各関与者について,本件ドラム缶の不法投棄につき,故意及び順次の共謀があったと認められる。

なお,弁護人は,本件における東海海運関係者の役割や,相東運輸と東海海運との関係が明らかにされていないから,結局本件では共謀関係が立証されていないことに帰する旨主張しているが,本件ドラム缶の処理は,被告会社から相東運輸に,そして,相東運輸から東明に順次委託されたものであり(東海海運が直接取引関係に立ったものではない。),関係証拠によれば,前記のとおり,A以下の各関与者について順次共謀の事実が優に認められるのであるから,弁護人の主張は採用できない。

4  以上の判断を踏まえて,以下,被告人らが,本件ドラム缶の不法投棄について故意を有していたか,不法投棄の共謀があったかという本件の中心的な争点について判断していくこととする。

(1)  まず,判断の前提となる事実として,被告人らの被告会社内における地位及び本件ドラム缶の処理委託における役割,本件ドラム缶の保管及び処理をめぐる被告人ら被告会社幹部の言動について,被告会社の経営会議等における発言内容が記載されたメモ(弁書29,32,45,50,52,61)や被告人らの公判供述,陳述書(弁書109ないし115),被告人らの検察官調書(乙3,4,6,12,13,16,18,22ないし25,28,29),Y2の警察官調書(乙10)等の関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

① 被告会社における意思決定方法,被告人らの地位・役割等

被告会社においては,3か月に1回取締役会が開かれていたが,そのほかに,原則として週1回,常勤取締役と監査役を構成員とする経営会議が開かれており,この経営会議において会社の実質的意思決定がなされていた。

Y1は,平成9年6月に代表取締役社長に就任し,その後業務全般を統括する地位にあり,経営会議の議長でもあった。

Y2は,平成9年6月に常務取締役,平成14年4月に専務取締役に就任し,営業本部長等として営業全般の指導監督を行い,同15年6月に企画管理部,営業企画部,千葉営業部,国際営業部の管掌となった。

Y3は,平成14年4月から企画管理部長,同15年6月から取締役兼企画管理部長として人事,経理,総務を担当し,本件ドラム缶の処理について,行政への相談,許可業者の紹介依頼等を行っていた。

S(以下「S」という。)は,平成13年6月に取締役に就任し,物流部,埠頭営業部,内陸営業部の担当役員,同15年7月からは物流部,埠頭営業部の担当役員となり,千葉営業部について直接の関わりはないが,同14年から同15年にかけて産業廃棄物の取扱いの試験を受け,役員の中では産業廃棄物について最も詳しい知識を有していた。

Y1,Y2,Y3及びSは,本件ドラム缶の処理委託を決定した平成15年8月27日の経営会議の構成員であった。

Y4は,平成15年2月から千葉営業部部長,同年6月から千葉営業部執行役員兼部長として,千葉営業部を管理し決裁権限を有しており,本件ドラム缶の処理について,Y5とともにHやAとの折衝,Y3への報告等に当たっていた。

Y5は,平成7年に取締役に就任し,平成12年から,千葉営業部の責任者として,Hと被告会社との間で貨物寄託契約を結び,同15年6月に取締役を退任した後も,常勤顧問として留まり,特命事項として本件ドラム缶の処理も取り扱っていた。

② 本件ドラム缶の保管経緯等

平成12年7月,P,Y5らがHと交渉して,被告会社とソレイユとの間で,期間は1年間,広さは1000坪,賃料は1坪あたり月額1000円という内容で,廃油入りドラム缶の貨物寄託契約が締結され,その後,本件土地に本件ドラム缶が搬入された。Hは,Pらに対し,ドラム缶の内容物を,石油タンクの洗浄時に発生する廃油や雑油で輸出用であるなどと説明し,硫酸ピッチであることは説明していなかった。その後,賃料は平成13年6月分まで支払われたのみであり,同年9月にはドラム缶が腐食して油が漏れ出し,一部が海に流出するという事故が発生した。本件ドラム缶は,その一部が数回輸出されたが,その後は,Pらが,Hに強く輸出を迫るも,本件ドラム缶は一向に輸出されず,被告会社はその処理に難渋するようになった。

③ 被告人らが本件ドラム缶の内容物を硫酸ピッチであると認識した経緯

Y5は,平成13年春ころ,本件土地にドラム缶を運搬してきたトラック業者の送り状の一部を確認した際,「硫酸ピッチ」と記載されているのを見たり,同年9月には,前記のとおり内容物が海に流出する事故があったことなどから,内容物が「硫酸ピッチ」という物質であることを認識するに至った。

その後,被告会社の内部で,本件ドラム缶の内容物が硫酸ピッチではないかとのうわさが出たことから,Y5がSを介して,産業廃棄物処理業者に依頼して確認してもらったところ,ドラム缶の内容物は特別管理産業廃棄物と思われ,強酸性で爆発の危険性があるとのことであった。

そして,被告会社は,平成14年11月,伊勢湾防災株式会社(以下「伊勢湾防災」という。)及び関係する産業廃棄物処理業者である株式会社シルビオに,本件ドラム缶の内容物の検査を委託したところ,「内容物は劇物の硫酸ピッチであろう。このままにしておくと土壌汚染となる。酸性がPH1であり,特別管理産業廃棄物である。処理方法としては消石灰で中和する。シルビオでの処理は相当長期にわたる。九州にある大手の処理工場では,処分費用は利益なしでドラム缶1本につき3万円から4万円である。新港埠頭でピットを作り中和処理する方が費用面では安いかもしれない。新港埠頭での処理,処理工場での処理いずれも事前に行政に相談をし許可を得るべきである。」との結果報告を受け,被告人らは,本件ドラム缶の内容物が硫酸ピッチであることを確定的に認識するに至った。

④ Aからの処理委託要請に対する対応

被告人らやPは,前記3(2)のとおり,平成14年9月ころ以降,Aから,本件ドラム缶の処理を相東運輸に委託するよう,幾度となく迫られ,その中で,前記の中央建設土石協同組合あての「測定試験報告書」や株式会社グローバル・ニュー・ハードで処理する予定である旨記載された「作業の進め方(方針)」等の書類の写しを渡された。しかし,Y2がY3に各業者の信用調査等をさせたところ,中央建設土石協同組合は事業実態がはっきりしないこと,株式会社グローバル・ニュー・ハードは建築廃材等の処理業者であり,中間処理の一部しかできないことなどから,これらの業者では本件ドラム缶の処理はできないとの結論を得た。

その後,同年11月6日の経営会議において,本件ドラム缶の処理及びAからの委託要請が議題となり,被告会社の代表取締役会長であるT(以下「T」という。)が「処理のやり方が悪くて当社の名が出たら,会社が潰れる。当社の地所に移すことも考えられるが,場所がない。最大の大事件であり,表面を糊塗してもダメ。免許を持っているところにやらせないと,闇から闇では後で大変なことになる。」などと,Y1が「マニフェストも裏の売買があるから,違った可能性がある。」などと,Sが「ブローカーより最終処理場を持っているところに出した方が良いのでは。」などとそれぞれ発言しており,被告人ら被告会社幹部は,本件ドラム缶の処理が被告会社の存亡にも関わる重大な問題であると認識するとともに,無許可業者に委託すると不法投棄が行われるおそれがあることも認識していた。なお,同年12月の経営会議において,ソレイユに関係していた者が,硫酸ピッチの不法投棄の容疑で逮捕されたことが報告された。

そして,被告会社は,この時期には,Hに対して本件ドラム缶の早期輸出を促していたこともあり,Aに処理を委託しなかったが,Aは,平成15年1月以降も,Y1らに対し,本件ドラム缶の処理を委託するよう度々迫っていた。

⑤ 本件土地の明渡しの必要性

被告会社は,本件土地を,最大手の顧客である三菱商事から借り受けており,平成14年4月ころ,同社から,本件土地に発電所を建設する計画が決定した旨伝えられていたところ,同15年7月中旬ころ,同年8月10日までに本件土地を明け渡すことを求める文書が届いたが,被告会社としては,同期限までの撤去は極めて困難であったことから,同年7月末に期限の延長を申し入れ,同年9月13日まで明渡しの期限が延長された。被告会社は,最大手の一流企業である顧客(三菱商事)からの要請であるし,自ら要請して明渡しの期限を延長してもらったことからして,その期限を守らないと被告会社の信用,評価に大きな悪影響が出かねないため,同日までに何としても本件ドラム缶を撤去しなければならない状態となっており,そのことは被告人らも十分認識していた。

⑥ 行政との相談及び正規処理業者との交渉の経緯

一方,Y5,Y3らは,平成15年1月下旬,千葉県庁に相談に行き,担当者に被告会社が硫酸ピッチ入りのドラム缶を保管していることをにおわせる表現で相談したが,「硫酸ピッチイコール産業廃棄物であり,産業廃棄物であれば許可なく保管することも違法になる。有価物なら輸出できるが,半年間放置されて動かなければ,有価物とはみなされない。民対民の取引だから,行政はタッチできない。荷主が逃げたら産業廃棄物と知りながら置いたということで幇助罪となる。」などと言われただけで,対処方法の教示を受けることはできなかった。また,Y3,Y4,Y5らが,同年8月7日ころ,千葉県庁に行政代執行等の行政処分を行ってもらえるか相談し,同月20日ころには,千葉市にも相談に行ったが,やはり同様のことを言われただけで,有効な助言を受けることはできなかった。

他方,被告会社では,Hの言う輸出がなかなか実行されないことから,本件ドラム缶を国内で処理することも検討し始め,三友プラントサービス株式会社(後述する早来工営の親会社)に,本件ドラム缶の処理を打診したが,現地調査を経て断られ,他にも数社に打診したが断られた。

そして,Y3は,同月ころ,伊勢湾防災に対し,被告会社の名前が出ない形で本件ドラム缶を処理できる業者の調査を依頼したが,難しいとの回答を受け,同月20日ころ,被告会社の名前を出してでも構わないとして処理できる業者の調査を依頼した(しかしながら,後述のとおり,同月26日の時点では,処理業者は見つかっていなかった。)。

⑦ ドラム缶の一部の正規処理

本件土地に保管されていたドラム缶のうち,フレコンバッグ入り焼却灰や廃塗料については,同年6月ころから,被告会社の関与と事実上の費用負担の下,Hと産業廃棄物処理の許可業者との間で廃棄物処理の契約がなされ,同許可業者によって正規の処理がされたが,収集運搬,処分,その後のドラム缶や木製パレットの木くずの処分まで,マニフェストが付されていた(当該マニフェストには,事業者(排出者)として「株式会社ソレイユインターナショナル」,事業場(排出事業場)として「相模運輸倉庫株式会社」と記載されていた。)。

⑧ 相東運輸への処理委託が決定された経緯等

Aは,前記3(2)のとおり,同年7月末ころにも,本件土地の明渡期限が迫っていることや,本件ドラム缶の輸出が困難になっていることを聞知して,Y1らに対し,相東運輸に処理を委託するよう求めた。

そして,被告会社における同年8月6日の経営会議では,Y2が「焼却は炉を傷める。中和しても廃棄場所が限られてくる。大手でも末端でどうなるか不明。」と発言し,同月14日の取締役会でも,Sが「不法投棄に至らない為にどうするのかを行政を巻き込んで進めていく方がよいのでは。」と発言するなど,硫酸ピッチの正規処理の困難性や不法投棄のおそれを認識した発言がされていた。

他方,Hは,被告会社からの度重なる輸出要請に対し,何度も,相手国の輸入許可証を取得できる可能性があると述べ,ドラム缶輸出のスケジュールを出すなどしたが,ドラム缶は一向に輸出されるめどが立たず,平成14年9月ころにドラム缶のうち約300本を名古屋の置場に運ぶ手配をしたが,それ以上,ドラム缶を移動させることはなかったことからも,Hによる本件ドラム缶の輸出や移動は絶望的な状況であった。

このように,本件土地の明渡期限が迫っているにもかかわらず,Hによる本件ドラム缶の輸出や移動は絶望的であり,行政による解決も期待できず,被告会社が正規の処理業者を探すことも困難な状況の中,Y5は,Y4と協議した上,平成15年8月25日,「三菱商事への撤去期限までに清掃の上土地を返却するには輸出だけに期待していたのでは実現できない可能性があること,海洋汚染,油漏れによる臭気での通報,内部告発があれば立入検査となること,産廃となれば移動が不可能となり処理に長時間がかかること,一時的なシフトだけでは根本的な解決にはならないことから,合法的な処理と適正な値段を条件に東海海運・相東に処理を依頼せざるをえない。」旨の意見をまとめて,「廃油(ドラム缶入り)の国内処理お伺の件」と題する文書を作成し,同日,Y5,Y4がY2らにこれを説明したところ,Y2は,Aから本件ドラム缶を処理する業者の名称や会社案内を受け取るよう指示した。

Y5,Y4は,同日,Aと面談して,処理に際しては被告会社の名前を出さないように要請するとともに,処理業者の会社案内の交付を求めたが,これを受け取ることはできず,また,Aに処理を委託することはまだ決定されていないと話すと,Aはすぐに決断するよう強く迫ったため,Y4はY2に指示を仰ぎ,経営会議に諮る必要がある旨をAに伝えた。

Y5,Y4は,同月26日にも,Aと面談し,Aは「相模運輸の名前は出さない。東海海運・相東で責任を持って処理する。R社長の顔で処理する。明日中に返事をもらいたい。R社長は気が短いから返事がもらえなければ下りることもある。」などと申し向けて早く決断するよう迫った。このころ,Y5,Y4は,Aから処理業者としてトーシンの会社概要を渡されたが,同社が建設業者であって産業廃棄物処理業者ではなかったことから,さらに処理業者のパンフレットの交付を求めたが,そのときはもらうことができなかった。このように,同月26日の時点では,Aから具体的な産業廃棄物処理業者は明らかにされなかった。

一方,Y3が当たっていた正規の処理業者についても,同月26日の時点では見つかっておらず,Y3は「現在3社の処理業者に当たっているがどこよりも返答がない。処理業者は当該品はやりたくないというのが各処理業者の考えのようである。処理を承諾する処理業者があったとしても1日1本から2本。処理できる業者を見付けるにはまだまだ日数を要する。」との内容の報告書を作成してY2に提出した。このように,被告会社が三菱商事に確約した同年9月13日の明渡期限までに正規の処理業者に委託して本件ドラム缶を処理することは,極めて困難な状況となっていた。

そのような経過の後,Y1,Y2,Y3,Y5,Y4らは,同月27日午前中に協議し,「9月13日の撤去期限を守るためには,インドネシアへの輸出は難しく,国内処理も長期間を要するので,相東-東海のラインへ頼むしかない。本日の役員会で決める。」との結論を得た。

それを受けて,同日午後に開かれた経営会議において,Y1は「ソレイユの輸入許可証は今朝現在取れておらず,現地に確認中だが,ほとんど当てにできない。三菱商事から9月15日までに撤去の要請を受けているので,苦しい選択をしなければならない。(正規処理業者の)各打診先からは反応が得られていない。昨日,相東・A-RルートについてY5,Y4が会い,有価物として搬出できる余地を示唆された。アンダーの業者に依頼して中和処理を考えている。当社の名前を出さない条件。ソレイユに理解を求める必要がある。費用の立替えは厳しい問題。本日中にAに返事をする必要がある。」などと,Y2は,Y3らが県や市に相談したことに関して「有価物と産廃の区別は難しい。硫酸ピッチなら産廃となる。公になれば対応せねばならない。引取先が有償で再利用するなら有価物となる。荷主が有価物と言っているなら早く対処するよう。処分ルートはなかなかないのが実情であり,大手でも1日30本程度である。弁護士の見解は,早く出すしかないだろうというもので,所持して産廃と発覚すれば困難な状況になる。」などとそれぞれ述べ,また,被告会社の千葉の倉庫内での処理はしないことが確認された後,Y1が「若干の不安はあるがこの線で進めるしかない。一時的に痛手だが。」と述べ,相東運輸に本件ドラム缶の処理を委託するほかないとの意見を示した。これに対して,Sは,事前に,産業廃棄物の許可業者から,硫酸ピッチは非常に処理が難しく,焼却の場合かなり高温になり,炉を傷める危険があることや,処理施設には何十億円もかかると聞いていたことから,「最終処分場の話を聞いた。硫酸ピッチは現在焼却しかない。炉を痛めるので殆ど進められていない。特管(特別管理産業廃棄物)の再処理ルートで行うとすれば,設備に何十億円のものが必要。資料の会社では疑問がある。他にちゃんとした業者はいないのか。最終処分まで入っているのか。本当にこの通りできるのか心配である。我々サイドのプロと相談する必要がある。」などと,相東運輸への委託では適正に処理されないおそれがあるとして,疑問を呈した。しかし,これに対して,Y2は「行政も目をつぶっている。今のうちに早くというニュアンスである。専門家は見当たらない。S役員の懸念は同感だが,今の方法としてはこれしかないと考える。」と,Y1は「その方向でAと折衝に入りたい。苦渋の選択であるが進めたい。」とそれぞれ発言し,結局,同会議において,相東運輸に本件ドラム缶の処理を委託することが決定された(なお,同会議の時点では,Aからは,処理業者として,前記の建設会社トーシンが示されたほかには,具体的な処理業者名は示されていなかった。)。

⑨ その後のAとの交渉状況,ドラム缶の搬出状況等

Y5,Y4は,上記決定を受けて,同月28日,Aと面談し,Aからは,処理費用はソレイユ経由ではなく,被告会社が直接支払うことや,業者が見に行くかもしれないが,具体的な会社名等は分からないなどの話があった。また,同月29日,Aから被告会社の千葉営業所に,前記の早来工営,勝栄石油等が処理業者として記載された処理フローや許可証類等がファクシミリで送信され,Y5らは,これらの書類を被告会社の横浜支店にファクシミリで転送した。しかしながら,被告人らは,早来工営等に対し,本件ドラム缶の処理について確認することはしなかった。

また,Y5,Y4は,同年9月2日,Aと面談して,Aから,ドラム缶の処理費用は1本につき7万円となることを初めて伝えられ,契約はソレイユと相東運輸との間でよいことなどを聞いた。

そして,Y3らが,前記3(4)のとおり,マニフェストには何ら触れられていない,ソレイユと相東運輸の間の「廃油処理に関する業務委託契約書」を作成し,H及びAの押印を得た。

その後,前記3(4)のとおり,被告会社からソレイユ名義及び被告会社名義で相東運輸の銀行口座に各7000万円が振り込まれて,同月12日以降,ドラム缶合計2174本が搬出され,北海道に運ばれた。その最中である同月12日,HからAに対し前記契約の解除通知が送られたが,Y1の判断によりドラム缶の搬出作業が続行された。

(2)  以上の事実から判断するに,まず,前記のとおり,本件ドラム缶処理の委託契約は,形式的にはソレイユと相東運輸の間でなされているが,被告会社は,相東運輸に処理を委託することを経営会議で決定し,費用も事実上被告会社が負担し,Hが上記契約の解除を通知した後も,被告会社の判断でドラム缶の搬出を続行したことなどからすると,被告会社が相東運輸に本件ドラム缶の処理を委託したことは明らかである。

被告会社は,前記のとおり,平成15年8月27日の経営会議で,本件ドラム缶の処理を相東運輸に委託することを決定したものであるところ,平成14年11月の伊勢湾防災による調査の結果,本件ドラム缶の内容物が劇物であり特別管理産業廃棄物に該当する硫酸ピッチであることが最終的に判明したこと,同月6日,平成15年8月6日の経営会議や同月14日の取締役会において,被告人ら及びSが硫酸ピッチの正規処理の困難性や無許可業者による不法投棄のおそれを認識した発言をしていること,廃塗料等入りのドラム缶については許可業者に委託し,マニフェストを付した正規処理が行われていることなどからすれば,被告人らは,前記8月27日の経営会議までには,本件ドラム缶の内容物が毒性が強い産業廃棄物である硫酸ピッチであること,その運搬,処理は許可業者によることが必要で,マニフェストによって厳格に管理されること,許可業者による正規処理も実際には容易ではなく,場合によっては闇に流れて不法投棄されてしまうおそれがあることを十分認識しており,また,本件ドラム缶の処理が被告会社の存亡にも関わる重大な問題であると認識していたことが認められる。

また,被告人らは,平成14年9月末ころから,無許可業者である相東運輸のAから本件ドラム缶の処理を委託するよう求められていたが,当初は,Aから渡された資料の業者が信用できず,処理はできないと判断したことや,最終処理できる業者に委託しないと,闇に流れて不法投棄に至ってしまうおそれも指摘されたことなどから,Aの要請を受け入れず,その後の度重なる要請に対しても処理を委託していないことからすれば,相東運輸に委託した場合に適正な処理が行われるのか強い警戒感,不信感があり,ひいては不法投棄されてしまうとの危惧を有していたものと認められる(なお,被告人らが同時期に,Hに対し本件ドラム缶の輸出を促していたことは認められるが,このことと相東運輸への処理委託に強い警戒感,不信感を持っていたこととは,何ら矛盾するものではない。)。

そして,本件土地を三菱商事に明け渡す期限(平成15年9月13日)が近づいてきており,被告人らとしては,被告会社の最大手の顧客である三菱商事からの信用等を確保するために,同期限までに何としても本件ドラム缶を搬出しなければならない状況にあったところ,同年8月下旬ころには,千葉県や千葉市に相談しても有効な解決策を得ることができず,また,Hがドラム缶を輸出ないし移動することもほとんど期待できない状況であり,さらに,自ら正規の処理業者に処理を打診したが断られ,他に処理できる業者は見つかっておらず,正規の処理業者に委託して上記明渡期限までに大量のドラム缶を撤去することは事実上不可能な事態に陥っていた。

そのような経過の後,前記8月27日の経営会議において,相東運輸への処理委託が決定されたものであるが,その時点では,Aからは東海海運・相東で責任を持って処理すると言うのみで,具体的な処理業者等は明らかでなく,処理業者として建設業者にすぎないトーシンの会社概要が渡されただけであって,相東運輸に委託した場合に適正な処理が行われると信用すべき資料はなく(前記のとおり,Y2がY5らに対し,Aから処理業者の会社案内を受け取るよう指示しているが,これは,Aに対する警戒感,不信感の現れとみるのが合理的である。),具体的な処理費用の提示すらも受けておらず,前記交渉経緯におけるAないし相東運輸に対する警戒感,不信感や,無許可業者に依頼すると不法投棄に至ってしまう危惧を払拭できる事情は皆無であったというべきであり,現に,上記経営会議では,Sから適正に処理されないおそれが指摘されている。にもかかわらず,被告人らは,Aにそれ以上具体的な処理業者名等を確認することなく,相東運輸に処理を委託することを決めている。

その後,同月29日に,Aから,早来工営等が処理業者として記載された処理フローが送られてきた際も,被告人らは,以前にAから示された業者については調査しており,早来工営の親会社である三友プラントサービス株式会社から処理の打診を断られているにもかかわらず,早来工営等に本件ドラム缶の処理について確認していない。

また,被告人らは,硫酸ピッチの運搬,処理にマニフェストが必要であることを認識しながら,前記8月27日の経営会議,その前後のAとの交渉,被告会社側で作成したソレイユと相東運輸との間の業務委託契約書のいずれにおいても,マニフェストに何ら言及しておらず,その必要性・重要性を無視している。

そして,以上の事実を総合すると,前記8月27日の経営会議で,本件ドラム缶の処理を相東運輸に委託することを決定した時点で,被告人らは,本件ドラム缶が不法投棄されると確定的に認識していたものではないが,Aとの交渉経緯や示された資料等からして,Aが無許可業者に処理させるなどして,最終的に不法投棄されることも十分あり得るが,本件ドラム缶を撤去して三菱商事に対する明渡期限を守るためには,相東運輸に委託するほかなく,最終的に不法投棄に至ってしまってもやむを得ないという未必の故意があったことが強く推認される。

(3)  これに加えて,Y1,Y3,S,Y4,Y5は,いずれも捜査段階で検察官に対し,本件ドラム缶の処理について,不法投棄されるおそれを認識しつつ相東運輸に処理を委託した旨供述しているところ(甲103,104,乙3,4,6,16,18,22ないし25,28,29),その供述内容は,本件発覚前にその都度作成されたもので信用性に疑いのない,被告会社の経営会議等のメモ等に基づく上記認定の各事実に符合していること,Y1,Y4,Y5は,供述調書に訂正を申し立てていることなどに照らせば,これらの供述は十分信用できるものと認められる(上記の事情からすれば,Y1,Y3,Y4,Y5の供述について任意性が認められることも明らかである。)。

(4)  以上によれば,被告人らが,本件ドラム缶の不法投棄について未必の故意を有していたことが優に認定できる。

(5)  次に,Y1,Y2,Y3は,相東運輸への処理の委託を決定した前記8月27日の経営会議の構成員たる取締役であり,中でもY1は被告会社の代表者であり,上記経営会議でも,議長として,処理の委託を提案していること,Y2は,専務取締役として,本件ドラム缶の処理について様々な指示を出していたこと,Y3は,取締役兼企画管理部長として,行政への相談や本件ドラム缶を処理できる許可業者を探すなどしていたこと,Y4,Y5は,上記経営会議には出席していないものの,被告会社の千葉営業部において本件ドラム缶の問題を担当し,同月25日に相東運輸に委託するほかないとの意見をまとめ,同月27日の午前中に,Y1,Y2,Y3らと協議した結果が同日の経営会議に上程されていることなどからすれば,被告人らの間で,本件ドラム缶の不法投棄に関する共謀が成立していたと認められる。

そして,前記3(5)のとおり,A以下の各関与者について,本件ドラム缶の不法投棄につき故意及び順次の共謀が認められるところ,Aは不法投棄の故意を有して,被告人らに対し処理の委託を要請し,被告人らも,Aが無許可業者に依頼するなどして最終的に不法投棄されることになってもやむを得ないと考えて委託したのであるから,被告人らとAとの共謀が認められ,さらにAが委託したI以下の関与者との順次共謀も認められるから,結局,被告人らは本件不法投棄について共同正犯として責任を負うこととなる。また,被告人らは,被告会社の業務として本件ドラム缶の処理を委託したのであるから,被告会社が責任を負うことも明らかである。

5  これに対して,弁護人は,被告会社と相東運輸との関係,港運業界における東海海運ないしRの地位等から,被告人らは相東運輸(A)-東海海運(R)ルートにより本件ドラム缶が適正に処理されると全面的に信頼しており,不法投棄がされるとは考えていなかったから,被告人らには不法投棄の故意や共謀はなかった旨主張しており,被告人ら及びSら被告会社関係者も,公判廷でこれに沿う供述ないし証言をしている。また,弁護人は,被告会社ではドラム缶1本当たり7万円という適正な処理費用を支払っていることや,本件ドラム缶を被告会社の千葉営業所に移動させることも可能だったのであり(現に,ドラム缶の一部が千葉営業所に移動され,最終的な中和処理も行われている。),本件土地を三菱商事に明け渡す必要性は不法投棄の動機とはならないことなどからも,被告人らの上記信頼は裏付けられている旨主張している。

しかしながら,前記のとおり,被告会社が許可業者に処理を打診したが断られるなど,硫酸ピッチの正規処理は極めて困難な状況にあり,Aとの交渉経緯や示された資料等からしても,相東運輸に処理を委託した場合に不法投棄されるおそれがあると被告人らが認識していたことが強く推認されるのであり,被告会社と相東運輸との強い関係や,弁護人が主張するところの港運業界における東海海運ないしRの地位等を考慮しても,これらから被告人らがAの話を信頼したとは到底認められない。同旨の被告人ら及びSらの公判供述ないし証言も,結局はただひたすらAやRのことを信頼していたと言い張るばかりで,前記の各認定事実と矛盾する不自然,不合理なものであり,信用できない。

また,処理費用の点についても,そもそも前記8月27日の経営会議の時点では,具体的な費用の話は出ておらず,処理の態様も,無許可業者である相東運輸が他の無許可業者に更に処理を委託することが当然の前提となっており,これらの業者が自己の取り分を次々と抜き取って正規の処理費用を割り込むことも容易に予想されることであるから,不法投棄のおそれの認識を否定する理由とはならないというべきである。さらに,本件ドラム缶の移動の点についても,上記千葉営業所は千葉県から借り受けていた土地であり,前記のような千葉県との相談の経緯等に照らしても,硫酸ピッチが入った大量のドラム缶を同所に移動させて長期間保管するなどということは事実上不可能であったというべきであり(平成15年8月25日にY5がまとめた前記意見でも,一時的なシフトでは根本的な解決にはならないとしている。また,前記8月27日の経営会議においても,被告会社の千葉の倉庫内での処理はしないことが確認されている。),事後に千葉営業所でドラム缶の中和処理作業をすることができたのは,不法投棄が発覚し,被告会社が行政の監視の下で処理をすることとなったという大きな事情変更があったからにすぎない。その他,弁護人が主張する諸点も,前記の認定に疑いを生じさせるものではない。

6  以上のとおり,関係証拠によれば,被告人らが被告会社の業務に関し,Aらと共謀の上,判示の各不法投棄の犯行を行ったことを優に認めることができるのであって,被告人らには不法投棄の故意及び共謀はなく,被告人ら及び被告会社は無罪であるとの弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

<被告人相模運輸倉庫株式会社>

罰条 いずれも平成16年法律第40号による改正前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律32条1号,25条1項8号,16条,刑法60条

併合罪の処理 刑法45条前段,48条2項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文,182条

<被告人Y1,同Y2,同Y3,同Y4,同Y5>

罰条 いずれも刑法60条,平成16年法律第40号による改正前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律25条1項8号,16条

刑種の選択 懲役刑を選択

併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の重い判示第1の罪の刑に法定の加重)

刑の執行猶予 刑法25条1項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文,182条

(量刑の理由)

本件は,被告人らが,被告会社の業務に関し,前記Aらと共謀の上,硫酸ピッチ入りのドラム缶を不法投棄したという事案である。

硫酸ピッチは,前記のとおり,極めて毒性が強く,重大な健康被害や環境汚染を引き起こす物質であるところ,本件犯行は,ドラム缶合計361本,重量にして十万キログラム以上という大量の硫酸ピッチを北海道内の2か所に不法投棄したものであって,周辺住民の生命身体に対する被害や土壌,水質等の深刻な汚染等を引き起こしかねない極めて悪質な犯行であり,現に,浦河町内の投棄現場では,埋め立てられたドラム缶の内容物が漏れ出すなどの事態が生じている。結果的には早期に不法投棄が発覚したものの,当初の計画では約5000本のドラム缶の処理が予定され,発覚時点で被告会社からは2000本以上のドラム缶が搬出されており,更に大量の硫酸ピッチが不法投棄されるおそれもあった。被告人らは,前記Hから引き受けてしまった本件ドラム缶の内容物が硫酸ピッチであることを知り,その適正な処理が極めて重要であることを認識しながら,顧客との関係で本件ドラム缶を撤去する必要に迫られ,ついにその適正処理に匙を投げ,不法投棄のおそれを認識しながら,被告会社の名前を出さないことを条件に,Aに本件ドラム缶の処理を委託し,企業の社会的責任をも放棄した行為に出ているのであって,結局のところ,被告人ら被告会社幹部の危機管理への非常な甘さが本件を引き起こしたといわざるを得ず,その責任は重い。また,被告人らは,公判廷においては,不合理な弁解に終始し,真摯な反省の情はみられない。

以上によれば,被告会社及び被告人らの刑事責任は重いというべきである。

しかしながら,被告会社が,本件犯行発覚後,多額の費用を支出して,不法投棄に至らなかったものも含め本件ドラム缶を回収して適正に処理しているほか,硫酸ピッチが漏出した土壌についても中和措置を講ずるなど,事後的ではあるが一定の責任を果たし,原状回復もされていること,幸いにして,投棄現場周辺での深刻な環境汚染が引き起こされずに済んだこと,被告人らは,被告会社の営業活動に基づくものとはいえ,荷主のHにいわば騙された形で,その内容物が硫酸ピッチとは知らずにドラム缶を保管する破目に陥り,Hがその場限りの無責任な対応に終始する中で,行政機関に相談したり,処理を受け入れてくれる許可業者を探すなど,Aからの強引な委託要請を拒否する一方で,適正処理に向けて相応の対応をしていたが,顧客からドラム缶の保管場所の早期明渡しを迫られたことから,ついにはAからの要求を受け入れる形で本件犯行に至ったものであり,その経緯には被告人らにかなり気の毒な面も見られ,当初から金儲けをする目的で不法投棄を前提に関与したA以下の者とは犯情が異なること,被告人らはいずれも前科前歴がなく,被告会社における経営の一線から既に退いていること,被告人らの年齢等,被告会社及び被告人らに対し酌むべき事情も認められる。

そこで,以上の諸事情を斟酌した上,被告会社に対しては主文掲記の罰金刑を科し,被告人らに対しては,主文掲記の懲役刑のみを科した上で,その刑の執行を猶予することとした。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 被告会社につき罰金600万円,被告人Y1,同Y2につきそれぞれ懲役3年及び罰金50万円,被告人Y3,同Y4,同Y5につきそれぞれ懲役2年及び罰金30万円)

(検察官大野直樹,被告会社及び被告人5名の私選弁護人岩本勝彦[主任弁護人],同佐藤昭彦,同甲斐寛之各出席)

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