札幌地方裁判所 平成16年(ワ)1535号 判決 2005年9月09日
原告 X
同訴訟代理人弁護士 藤野義昭
被告 第一生命保険相互会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 山近道宣
同 矢作健太郎
同 内田智
同 和田一雄
同 中尾正浩
同 片山利弘
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告に対し、3000万円及びこれに対する平成16年7月21日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、平成15年7月4日に札幌家庭裁判所により失踪宣告の審判を受け(同庁平成14年(家)第1519号。平成15年7月23日確定)、平成14年7月26日死亡したものとみなされたBの妻である原告が、Bとの間で、被保険者をB、死亡保険金受取人を原告とする生命保険契約(以下、「本件保険契約」という。)を締結していた被告に対し、本件保険契約に基づき、死亡保険金3000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年7月21日から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
被告は、本件保険契約は、平成9年1月1日に失効しており、同月に行われた原告による復活請求には効力がないとして、本件保険契約に基づく保険金の支払を拒絶した。
1 前提となる事実(証拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 被告は、生命保険業を営む相互会社である。
イ 原告は、Bの妻である。
(2) 本件保険契約の締結
Bと被告は、昭和63年8月1日、要旨、次のとおりの本件保険契約を締結した。(乙1、乙2、乙7、弁論の全趣旨)
ア 証券番号 <省略>
イ 保険の種類 定期保険特約付終身保険
ウ 契約者 B
エ 被保険者 B
オ 死亡保険金受取人 原告
カ 主契約死亡保険金額 300万円
キ 定期保険特約死亡保険金額 2700万円
ク 保険料の支払方法等
(ア) 保険料 月額2万3100円
(イ) 払込方法 月払、送金払
(ウ) 払込期限 月払の第2回目以後の保険料は、月ごとの契約応当日の属する月の初日から末日まで(本件保険契約に適用される終身保険《S62》普通保険約款《以下、「本件約款」という。》第9条)
(エ) 猶予期間 月払契約の場合は、払込期月の翌月の初日から末日まで(本件約款第12条)
(オ) 失権約款 猶予期間中に保険料が払い込まれないときは、その満了日の翌日をもって保険契約が失効する。(本件約款第12条2項)
ケ 復活請求等
保険契約者は、本件保険契約が失効した場合でも、効力を失った日から3年以内は、未払保険料を払い込む方法により、同契約の復活を請求することができる。契約者は、その際、(ア) 会社所定の復活請求書、(イ) 被保険者についての会社所定の告知書を提出する。(本件約款第15条、同別表1)
被告は、前記復活請求に基づき、同請求を承諾するか否かを決定する。
(3) 本件保険契約の失効
本件保険契約の保険料は、平成8年11月分についてその期限である同月末日まで支払われず、払込猶予期間である翌12月1日から末日までにも支払われなかった。
本件保険契約は、被告により本件保険契約が平成9年1月1日をもって失効したものとして取り扱われた。(乙1、乙2、乙7、乙8)
(4) 原告による本件保険契約の復活請求手続
原告は、平成9年1月20日ころ、被告に対し、本件保険契約の復活請求手続を行った(以下、「本件復活請求手続」という。)。
原告は、以後、本件保険契約に基づく、保険料の支払を行った。
(5) Bの失踪宣告等
Bは、平成7年7月26日ころ、行方不明となった。原告は、札幌家庭裁判所に対し、不在者Bについて、失踪宣告の申立てをし、平成15年7月4日、不在者Bを失踪者とする失踪宣告の審判を受けた(同庁平成14年(家)第1519号。平成15年7月23日確定)。
Bは、前記失踪宣告の審判確定により、平成14年7月26日、死亡したものとみなされた。(甲1、甲2の1、2、原告本人)
2 争点
本件復活請求手続により、本件保険契約は復活したといえるか。
3 争点に関する当事者の主張
(原告の主張)
(1) 本件復活請求手続は、実質的には、未払保険料をまとめて払い、本件保険契約を有効に存続させる性質を有するものといえる。そうすると、本件復活請求手続が、原告によってなされたものであったしても、保険料の代払に過ぎない以上、原告にその権限があったといえる。
また、原告は、本件復活請求手続の際、被保険者Bについての告知書を代わりに記載したことについても、告知事項の記載からすると、本件保険契約の存続を目的とした形式なものであることから、問題はない。
被告の担当者も原告による本件復活請求手続の書類作成を認めている。
(2) 被告は、本件保険契約において、不払いが発生していなければ、あるいは、本件復活請求手続後にBの行方が知れ、その後に死亡した場合には、支払を拒むことはなかったと考えられる。被告は、本件保険契約による保険料の受領を続ける一方で、死亡保険金の支払を請求されるや、本件保険契約が一時期失効した扱いになっていたことを捉えて、支払拒絶したものであり、理由がない。
(被告の主張)
(1) 本件復活請求手続は、保険契約者でない原告によってなされたものであるから、無効である。
保険契約における復活請求手続は、自殺免責期間の起算点は、復活の際の責任開始日となること(本件約款第1条)、復活請求手続の際にも告知義務違反が問われることがあること(本件約款第17、18条)、被告に承諾するか否かの権限があることなどから明らかなとおり、保険契約の新たな締結手続と同じである。
そうすると、復活請求手続は、保険契約者であるB自身によってなされる必要があり、原告の主張には、根拠がない。
(2) 仮に、原告に本件復活請求手続の権限があったとしても、本件復活請求手続の際における次のとおりの事情からすると、本件復活請求手続は、錯誤または、詐欺の行為があったものとして本件約款第16条に基づき、無効である。
ア Bは、本件復活請求手続の既に約1年半前に行方不明の状態であった。原告は、この事実を秘して、本件復活請求手続を行っている。仮に、被告が、この事実を知っていれば、Bの自殺などの可能性に鑑み、本件復活請求手続に応じることはなかった。
イ 原告は、本件復活請求手続の際、約1年半前に行方不明となったBに代わり、同人の健康状態を告知書に記載するなどしている。
ウ 本件復活請求手続には、保険契約者兼被保険者であるBの関与が一切なされていない。そうすると、商法674条1項の趣旨からも無効といえる。
(3) Bは、失踪宣告により、失踪日から7年を経過した平成14年7月に死亡したものとみなされている。そうすると、原告において、本件保険契約は、本件復活請求手続当時、死亡保険金の支払事由が発生することが主観的に確定されており、商法642条の類推適用により無効である。
第3当裁判所の判断
1 認定した事実
(1) 前記第2の1争いのない事実等、後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 本件保険契約の締結
Bは、昭和63年8月1日ころ、被告との間で、本件保険契約を締結した。本件保険契約には、被保険者を原告及びCとするファミリー保険の特約が付されていた。Bは、当時、原告と3名の実子と同居していた。(乙2、乙5、原告本人)
イ Bの失踪
Bは、平成7年1月に重機部品株式会社を退職後、失業していた。Bは、平成7年7月26日、家族に対し、友人に就職の斡旋を依頼すると述べて、ハローワーク江別出張所に立ち寄った後、行方不明となった。原告は、Bがいずれ戻ってくると考えていたが、行方不明になった半年後、警察署に対し、捜索願を提出した。
原告は、Bが行方不明になったことについては、親族以外の者に知らせていない。
Bは、当時、求職に悩んでいる様子であった。(乙5、原告本人)
ウ 本件保険契約の保険料の滞納
原告は、Bが行方不明となった以降、本件保険契約を存続させるため、口座引落による方法、被告のATMあるいは窓口で保険料の支払を継続した。
しかし、原告は、生活苦から保険料の支払は滞りがちであった。
原告は、平成8年11月分の保険料をその期限である同月末日までに支払わず、払込猶予期間である翌12月1日から末日までに支払わなかった。
本件保険契約は、被告により本件保険契約が平成9年1月1日をもって失効したものとして取り扱われた。(前記第2の1前提となる事実(3)で認定、乙5、原告本人)
エ 原告による本件保険契約の復活請求手続
原告は、平成9年1月20日ころ、原告の姉の家で、被告の担当者の持参した復活請求手続書類を作成し、本件復活請求手続を行った。原告は、この際、被告の担当者に対し、Bがいないため、自分が代筆すると述べ、被告の担当者もこれに応じた。
原告は、この際、被告の担当者に対し、Bが約1年半前から行方不明となっていること及び警察に捜索願を提出していることなどを知らせなかった。
原告は、本件復活請求手続後は、本件保険契約の保険料の支払を継続的に行っている。(前記第2の1前提となる事実(4)で認定、乙5、原告本人)
オ Bの失踪宣告等
原告は、札幌家庭裁判所に対し、不在者Bについて、失踪宣告の申立てをし、平成15年7月4日、不在者Bを失踪者とする失踪宣告の審判を受けた(同庁平成14年(家)第1519号。平成15年7月23日確定)。
Bは、前記失踪宣告の審判確定により、平成14年7月26日、死亡したものとみなされた。(前記第2の1前提となる事実(5)の認定)
カ 本件約款による復活請求の定め等
(ア) 保険契約者は、本件保険契約が失効した場合でも、効力を失った日から3年以内は、未払保険料を払い込む方法により、同契約の復活を請求することができる。契約者は、その際、a 会社所定の復活請求書、b 被保険者についての会社所定の告知書を提出する。(本件約款第15条、同別表1)
被告は、前記復活請求に基づき、同請求を承諾するか否かを決定する。
(イ) 保険契約において、復活請求手続が取られた場合、自殺免責期間の起算点は、復活の際の責任開始日となり(本件約款第1条)、復活請求手続の際にも告知義務違反が問われることがある(本件約款第17、18条)。また、被告は、復活請求を承諾する義務があるわけではない。
(ウ) 保険契約の失効後、3カ月以内の復活請求手続は、簡易復活手続とされ、簡易復活手続における所定の用紙の記載とそれ以外(失効後3か月を超える復活請求手続)の所定の用紙の記載を比較すると、被保険者の告知事項は、簡略である。また、会社使用欄の記載を見る限り、本人確認事項欄の本人確認資料の記載欄が簡易復活手続の所定用紙にはない。
本件復活請求手続において作成された書類の保存期間は3年であり、被告において保存していない。(乙1、乙3、乙5、乙6、弁論の全趣旨)
(2) 以上の事実が認められ、上記認定に反する証拠はない。
2 争点について判断する。
(1) 本件約款によれば、本件保険契約の復活請求手続は、保険契約者であるBが行うことが原則であるが、本件復活請求手続は、原告がBを代行してこれを行っている。かかる本件復活請求手続が有効か検討する。
ア 前記1で認定した事実によれば、次のとおりの事実が認められる。
(ア) 本件復活請求手続は、失効後3か月以内に行われたいわゆる簡易復活手続と呼ばれるものであって、簡易復活手続は、被保険者の告知事項の確認、本人確認等も簡略化されている。
(イ) 簡易復活手続の際の書類は、保存期間はわずかに3年であり、被告においても、同手続を重視していない。
(ウ) 被告の担当者は、原告がBの代わりに本件復活請求手続を行うことを認めている。
以上の事実によれば、本件復活請求手続は、本件約款に基づく復活請求とはいっても、その手続が簡易に行われたことなどから、未払保険料をまとめて払い、従前の保険契約を復活させる手続として行われたとみることができる。そして、本件保険契約は、Bの扶養する家族の利益のために締結されたものであることに照らせば、同居の親族である原告が本件復活請求手続を行うこともできるとみる余地があり、原告が本件復活請求手続を行ったことから直ちに、無権限者による本件保険契約の復活請求手続が行われたものということはできない。
(2) しかしながら、他方で、前記1で認定した事実によれば、本件復活請求手続においては、次のとおりの事実も認めることができる。
(ア) 保険契約における復活請求手続は、会社所定の用紙には、被保険者の健康状態について改めて告知事項を記載することになっていること、自殺免責期間の起算点は、復活の際の責任開始日となること(本件約款第1条)、復活請求手続の際にも告知義務違反が問われることがあること(本件約款第17、18条)、被告に承諾するか否かの権限があることなどから、新たに契約を締結する手続と同じであると解される。本件約款は、簡易復活手続とそうでない手続を区別していない。
(イ) 原告は、本件復活請求手続の際、被告の担当者に対し、Bが約1年半前に行方不明となっていること及び警察に捜索願を提出していることを秘している。被告の担当者は、原告による本件復活請求手続における書類の代筆を認めていたが、仮に、同人において、この事実を知っていたら、本件復活請求手続は、取られなかったと考えられる。
(ウ) 原告は、本件復活請求手続時に、Bが行方不明のままであるかどうかは確信しておらず、被告に対し、これを告げる義務がないとするが、Bが当時行方不明だったとの情報は、本件復活請求手続を承諾するか否かについて被告にとって重要な判断要素であったといえる。
そうすると、復活請求手続は、簡易復活請求手続としてなされたものであっても、新たに契約を締結する手続とその性質が同じであると言わざるを得ず、原則として、保険契約者が行うことが求められているといえる。
さらに、本件復活請求手続は、保険契約者が約1年半前に行方不明となったことを秘して原告が行っており、保険契約者の意思が全く反映されておらず、かつ、被告においても真実を知っていれば、本件復活請求手続を承諾しなかったのだから、前記(1)で説示した点を考慮しても、本件復活請求手続は、実質的に無権限者によるものとして無効と解さざるをえない。また、Bが約1年半行方不明となったことを知らずして、被告が本件復活請求手続を承諾した点についても錯誤により無効というほかはない。
なお、原告は、被告が本件保険契約において、不払いが発生していなければ、あるいは、本件復活請求手続後にBの行方が知れその後に死亡した場合には、支払を拒むことはなかったと考えられることとの均衡を主張する。しかし、前記説示のとおり、原告がBについて約1年半の間行方不明となったことを秘して本件復活請求手続を行ったという事実経過のもとでは、本件復活請求手続は、無効と解さざるを得ないから、原告の主張は採用できない。
(3) 以上から本件復活請求手続は、無効であり、被告の本件復活請求手続に対する承諾も無効であり、本件保険契約には、効力がないというべきである。
第4結論
よって、原告の本訴請求には、理由がないので、棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 澤井真一)