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札幌地方裁判所 平成16年(ワ)1610号 中間判決 2004年12月21日

主文

1  別紙主張目録記載1の被告の本案前の主張は理由がある。

2  別紙主張目録記載2,3の被告の各本案前の主張は理由がない。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  被告は,原告に対し,2910万6250円及びこれに対する平成14年2月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は,被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  被告(本案前)

(1)  本件訴えを却下する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

3  被告(本案)

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

第2当事者の主張

1  請求原因

(1)  原告は,紳士服及び婦人服の製造販売等を業とする株式会社であり,被告は,リース取引等を業とする株式会社である。

(2)  原告は,平成6年8月23日,被告から,別紙物件目録記載の各土地建物(以下「本件土地建物」という。)を,店舗及び駐車場に使用する目的で,賃料月96万円,期間同年10月1日から16年間の約定で賃借した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

(3)  原告は,本件賃貸借契約締結にあたり,被告に対し,敷金1400万円を支払うことを約し,平成6年8月23日1000万円,同年10月1日400万円を被告に差し入れた。敷金は無利息とし,本件賃貸借契約が終了し,原告が本件土地建物を被告に明け渡すのと引換えに原告に返還する旨約された。

(4)  原告は,平成6年10月1日,被告に対し,本件賃貸借契約に伴う保証金(建設協力金)として,3000万円を預け入れた。この保証金は,被告が,同月から毎月末日限り15万6250円宛192回に分割して原告に返還する旨約された。現在の残高は,1640万6250円である。

(5)  原告は,平成13年9月27日,札幌地方裁判所に対し,民事再生手続開始の申立てを行い,同日,民事再生手続開始決定を受けた。

(6)  原告は,平成13年11月28日付けで,民事再生法49条1項に基づき,平成14年1月31日をもって本件賃貸借契約を解除する旨被告に意思表示し,同日限り,本件賃貸借契約は終了した。

(7)  原告は,平成14年1月31日,本件土地建物を被告に明け渡した。

(8)  原告は,本件土地建物に設置した看板を,上記明渡しの際,賃借中のままの状態で被告に引き渡した。その原状回復費用は,多く見積もっても130万円である。

(9)  よって,原告は,被告に対し,保証金1640万6250円及び敷金1270万円(被告に預け入れた1400万円から原状回復費用130万円を控除した残額)の合計2910万6250円及びこれに対する明渡し日の翌日である平成14年2月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(1)  請求原因(1)ないし(3)は認める。

(2)  同(4)のうち,現在の保証金残高が1640万6250円であることは争うが,その余は認める。

(3)  同(5)は不知。

(4)  同(6)のうち,原告が,平成13年11月28日付けで,平成14年1月31日をもって本件賃貸借契約を解除する旨被告に意思表示したことは認めるが,それが民事再生法49条1項に基づくものであることは争う。

(5)  同(7),(8)は認める。

3  被告の本案前の主張

以下の理由によれば,原告には,本件訴えにつき原告適格がない。

(1)  原告は,本訴請求に係る敷金及び保証金の各返還請求権について,平成6年11月9日,株式会社A銀行に対し質権を設定し(以下「本件質権」という。),平成13年9月27日,その旨被告に通知した。これにより,A銀行は,本訴各請求権につき取立権能を取得し(民法367条1項),原告は,取立権を喪失した。

(2)  原告は,A銀行との間の合意により取立制限が解除されたと主張するが,質権者と質権設定者との間の合意のみで,質権設定者に対する取立制限が解除され,債務者に直接取立てできるようになるとは解されず,取立制限を解除するためには,少なくとも,A銀行から被告に対する通知(民法364条1項参照)が必要である。被告は,上記通知があるまで,取立制限が解除されたことを認めない。

(3)  質権者が取立権に基づいて訴訟を提起できるのは,法が特に認めた法定訴訟担当という立場に基づくものであるところ,原告が主張するような,法定訴訟担当者が更にその訴訟追行権を第三者に委任することは,法の趣旨に反し,無効である。本件で,原告に原告適格を認めた場合,その判決の既判力は原告と被告を拘束するのみであり,A銀行には及ばず,被告は,再訴の負担を回避できない。したがって,原告による本訴提起は,任意的訴訟担当としても許されない。

(4)  原告は,本件訴えにおいて,実体上の債権者としての地位とA銀行の任意的訴訟担当としての地位の双方を選択的に主張しているが,このようなことは,訴えの主観的予備的併合が許されないのと同様,判決の及ぶ範囲も異なり,被告の防御を困難にさせるものであって,許されない。

4  被告の本案前の主張に対する原告の認否及び反論

(1)  原告が,本訴における各請求権について,平成6年11月9日,A銀行に対し質権を設定し,平成13年9月27日,その旨被告に通知したことは認める。

(2)  A銀行は,平成15年12月19日,原告との間での合意(以下「別除権協定」という。)により,原告が質権の対象たる本訴請求債権につき取立てを委任した。この合意の法的性質は,質権設定者たる原告を,取立制限から解放し,権利主体として取立権を与える趣旨であり,原告は,A銀行からの受任者としてではなく,本訴各請求権についての権利主体として原告適格を有する。

(3)  仮に,別除権協定が原告に対する取立ての委任に当たるとしても,任意的訴訟担当が一般的に禁止されるのは,訴訟信託の禁止や,いわゆる三百代言の跳梁を防止することにあるところ,本件は,もともとの権利主体である原告が訴訟を提起,追行しているのであるから,上記の訴訟信託の禁止や,いわゆる三百代言の跳梁を防止する趣旨に悖るものではない。原告への取立権の委任には,これを認めるべき合理的理由があり,原告による本訴の提起,追行は,任意的訴訟担当としても適法なものである。また,原告は,平成16年10月29日,A銀行に対し,訴訟告知を行っており,原告との関係で参加的効力を生じる立場にあるA銀行が,後訴で被告に対し本件請求をしても,さらにこれが認容されて,被告に二重払の危険が生じることは,実際上あり得ない。

第3当裁判所の判断

1  証拠(甲5,乙1,2)によれば,原告が,平成6年11月9日,本訴各請求権について,A銀行(当時の商号・株式会社B銀行)に対し質権を設定し,平成13年9月27日,その旨被告に通知したこと,A銀行は,平成15年12月19日,原告との間で別除権協定を締結したこと,この協定書の10条1項には,「上記質権の取立については,甲は乙に委ねる。」(「上記質権」とは,本件質権を含む複数の質権のことであり,甲はA銀行,乙は原告を指す。)と記載されていることが認められる。

2  原告は,別除権協定により,本件質権による取立制限を解除され,本訴各請求権の実体上の債権者の立場で本訴を提起,追行していると主張する(別紙主張目録記載1の被告の主張関係)。

しかし,別除権協定における「上記質権の取立については,甲は乙に委ねる。」との文言に照らすと,原告は,別除権協定により,取立制限の解除を受けたのではなく,質権者から,その取立権を受任したにすぎないと認められる。

のみならず,指名債権についての質権の設定による取立権の制限は,第三債務者(被告)に通知し,あるいは第三債務者が承諾しなければ,第三債務者に対抗できない(民法364条1項)ことからすると,その取立制限の解除も,やはり,質権者から第三債務者に通知し,あるいは第三債務者が承諾しなければ第三債務者に対抗できないと解すべきところ,本件において,そのような対抗要件の具備についての主張,立証はない。

したがって,いずれにせよ,原告の上記主張は理由がない。

3  続いて,A銀行からの取立権の受任により,原告が,いわゆる任意的訴訟担当として,本件訴訟を提起,追行し得るか否か(別紙主張目録記載2の被告の主張関係)につき検討する。

任意的訴訟担当は,民訴法54条1項本文が訴訟代理人を原則として弁護士に限り,また,信託法11条が訴訟行為をなさしめることを主たる目的とする信託を禁止している趣旨に照らし,一般に無制限にこれを許容することはできないが,必ずしも民訴法30条(選定当事者)の場合に限られるものではなく,当該訴訟担当がこのような制限を回避,潜脱するおそれがなく,かつ,これを認める合理的な必要性がある場合には許容されると解すべきである。本件においては,原告は,そもそも,本訴請求債権の実体上の債権者であって,本来実体法上有している取立権を,本件質権の設定によって制限されているにすぎない。このような原告が,質権者から取立権を受任し,自己の名においてその取立てのための訴訟を提起,追行しても,民訴法54条1項本文,信託法11条による前記制限を回避,潜脱するおそれがないことは明らかである。また,A銀行が,別除権協定により,本訴各請求権の取立てを原告に委ねたのは,全国の業者に対し同種の質権等を多数有すると考えられる同銀行が,取立事務の負担を軽減するためであると推認され,本件のような任意的訴訟担当については,これを認める合理的な必要性があるというべきである。そして,以上のことは,法定訴訟担当者である質権者からその訴訟追行権を受任した場合であっても,なんら異なることはない。

また,確かに,本件で,原告に原告適格を認めた場合,本件における終局判決の既判力はA銀行には及ばないが,そのようなことがらは,任意的訴訟担当においては常に生じ得る問題であって,そのことをもって,任意的訴訟担当の適法性が否定されると解すべきではないし,本件においては,A銀行が本訴各請求権につき被告に対して後訴を提起し,被告が再訴の負担を被る事態に至ることは,実際上,ほとんど考えられない。

以上から,原告は,任意的訴訟担当として,本件訴訟を提起,追行することができるというべきである。

4  被告は,原告が,実体上の債権者としての地位と任意的訴訟担当としての地位の双方を選択的に主張して本訴を提起することが,被告の防御を困難にさせ,不適法であるとも主張する(別紙主張目録記載3)が,上記いずれの立場による訴えであっても,原告と被告との間で終局判決につき既判力が生じることには変わりはなく,被告の防御をなんら困難にしたり,被告の地位をなんら不安定にするものではないから,被告の上記主張は失当である。

第4結論

以上によれば,被告の本案前の主張のうち,別紙主張目録記載1は理由があるが,同記載2,3は理由がないから,主文のとおり中間判決する。

(裁判官 原啓一郎)

【注】 請求原因中の「別紙物件目録」は省略した。

別紙

主張目録

1 原告は,本訴請求債権につきA銀行に設定した債権質権に基づく同債権についての取立て制限を,平成15年12月19日の同銀行との合意により解除されていない。

2 原告による本件訴訟の提起,追行は,同銀行からの委任に基づく任意的訴訟担当としても不適法である。

3 原告が,実体上の債権者としての地位と同銀行の任意的訴訟担当としての地位の双方を選択的に主張して本訴を提起,追行することは,被告の防御を困難にさせるもので,不適法である。

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