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札幌地方裁判所 平成16年(ワ)196号 判決 2005年8月12日

原告

甲野一郎

同訴訟代理人弁護士

佐々木泉顕

中原猛

沼上剛人

被告

株式会社ツルハファーマシー

同代表者代表取締役

丸山武

同訴訟代理人弁護士

諏訪裕滋

青野渉

中村歩

竹間寛

主文

1  被告は,原告に対し,523万円及びこれに対する平成16年2月10日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,被告の負担とする。

4  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

被告は,原告に対し,1346万円及びこれに対する平成16年2月10日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は,被告から賃貸ビルの入居を勧誘された原告が,被告に対し,勧誘の際,被告の担当者が,原告を入居させるために,虚偽の説明を繰り返し行い,原告名義で第三者に対し入居前提の内装工事の開始の指示をするなどした結果,損害を受けたとして,主位的に被告担当者の行為が詐欺による不法行為を構成するものとして民法715条の使用者責任に基づき,予備的に被告の行為がいわゆる契約締結上の過失に該当するとして民法709条の不法行為責任に基づき,生じた損害1346万円(財産的損害1046万円及び精神的損害300万円の合計額)及びこれに対する不法行為の後である平成16年2月10日(訴状送達の日の翌日)から完済まで民法所定の年5分の割合に基づく遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提となる事実

(1)  当事者

ア 原告は,こうの小児クリニック(以下,「本件小児科」という。)の呼称で,小児科医院を開設する医療法人社団××会札幌こうの小児クリニックの代表者であり,医師である。(甲28,弁論の全趣旨)

イ 被告は,薬局及び薬店等に対する学術指導,薬局・薬店及び医療機関に対する医薬品情報提供並びに不動産の賃貸等を主たる営業内容として事業を行う会社である。被告は,株式会社ツルハ(以下,「ツルハ」という。)の関連子会社である。(弁論の全趣旨)

ウ Aは,ツルハの社員であり,ツルハの店舗開発室に在籍している。Aは,被告の営業内容であるドラッグストアーあるいは調剤薬局の店舗開発,テナントとの賃貸借契約の締結事務を担当している。Aは,後記(2)アのメディカルビルの店舗開発を担当した。(乙1,証人A)

(2)  ツルハによるメディカルビル開発等

ア ツルハ及び被告は,平成13年3月ころ,札幌市東区北23条東<番地略>に土地を購入し,メディカルビル(以下,「本件メディカルビル」という。)の事業計画を立てた。ツルハ及び被告は,本件メディカルビルの事業計画等につき,株式会社環境企画工房(以下,「環境企画」という。)に対し,その業務を委託し,同社が本件メディカルビルの建築,設計,入居テナントの募集の協力等を行うことになっていた。環境企画の本件メディカルビルについての担当者は,B及びCである。(甲1,甲21,甲31,乙1,乙2,証人A,証人B)

イ メディカルビルは,一つのビル内に複数の医療機関や調剤薬局が入居するビルである。メディカルビルには,ある診察科目(たとえば眼科)を受診した患者が他科(たとえば内科)を受診する可能性が高くなるということから,開業コストの低減,集患面での相乗効果や診察上の連携が図れるなどの利点がある。

本件メディカルビルは,6階建てであり,1階にドラッグストアー・調剤薬局,2階に総合受付・画像診断センター,3階に消化器内科・循環器内科,4階に整形外科及び眼科,5階に小児科・泌尿器科及び耳鼻咽喉科がそれぞれ入居するという計画が立てられた。(甲1,弁論の全趣旨)

ウ 環境企画は,平成13年6月ころから,本件メディカルビルの計画の案内書等を,本件メディカルビル周辺の医院等に配布するなどした。(甲1,乙2,証人B)

エ 本件メディカルビルは,平成14年6月ころ,三井住友建設株式会社(以下,「三井住友建設」という。)により着工された。(乙1,乙2)

(3)  原告とAとの本件メディカルビルの入居交渉等

ア 原告は,平成14年6月ころ,本件メディカルビルへの入居について,A及びBとともに協議を始めた。Aは,平成14年8月20日ころ,原告に対し,本件メディカルビルの心療内科のテナントには○○病院の乙山二郎医師,同口腔外科には,△△病院口腔外科科長の丙川三郎医師が入居の確約をし,そのほか耳鼻咽喉科についても入居が確約の見込みであり,その他の診療科についても入居前提の交渉が行われているとの記載がある書面(以下,「本件報告書面①」という。)を交付した。(甲2,甲10,甲28,乙1,乙2,原告本人,証人A,証人B)

イ 原告は,平成14年9月18日,被告との間で,本件メディカルビルの5階部分一室F(66.43坪以上)について,一坪当たり7000円(管理費別)で賃貸借契約を締結することを合意するとの書面(以下,「本件合意書面」という。)を作成した。

本件合意書面によれば,原告は,被告に対し,手付金として,敷金(月額賃料の6か月分相当)の50パーセントを支払うことになっていたが,原告は,これを支払っていない。(甲3,甲5,甲10,甲28,乙1,乙2,原告本人,証人A,証人B)

ウ Aは,平成14年10月28日ころ,原告に対し,テナント交渉の今後の見通しに関しての報告書(以下,「本件報告書面②」という。)を交付した。本件報告書面②には,口腔外科の丙川三郎医師は,同月末日には,入居の合意書を締結する予定であることの記載がされ,他の診療科についても同月中には開業の確認を取る旨が記載されている。(甲6,乙1,乙2,原告本人,証人A,証人B)

(4)  原告の入居を前提とした行動等について

ア 原告は,もともと,札幌市東区北24条東<番地略>所在の※※ビル2階を賃借して(以下,「旧賃貸借契約」という。),本件小児科を経営していたが,同所からの移転を前提として,賃貸人に対し,平成14年9月ころ,平成15年3月31日をもって旧賃貸借契約の解約を申入れた。同解約は,期間内解約となるため,原告は,約定に基づき,家主に対し敷金として交付していた216万円の返還を受けることができなかった。(甲8から甲10まで,甲18,甲28,原告本人)

イ 原告は,平成14年6月ころ,Aから,本件メディカルビルの建築請負業者である三井住友建設の紹介を受けた。三井住友建設は,同年9月12日ころから,原告が入居するものとされた本件メディカルビル5階の配管について原告の内装に適合するように工事を開始した。三井住友建設は,同年10月2日ころから本件メディカルビル5階の内装工事(以下,「本件内装工事」という。)を始めたが,同月24日ころには,原告の希望により,一度中断した。本件内装工事は,その後,中止された状態となった。(甲15,甲16,甲18,甲25,甲28,証人A,証人B,原告本人)

(5)  原告が本件メディカルビルへの入居を拒否した経緯等について

ア 原告は,平成15年2月5日,本件内装工事の続行について,A,B及び三井住友建設担当者Dと協議した。原告は,同月7日,本件メディカルビルに入居予定であった口腔外科の丙川三郎医師に直接架電したところ,同人は,入居の予定はないと回答した。(甲10,甲12,甲15,甲18,甲19,甲21,甲28から甲32,証人A,証人B,原告本人)

イ 原告は,本件メディカルビルに入居しないことにし,平成15年2月13日付け内容証明郵便で,被告に対し,その旨通知した。(甲7,甲15,甲18,甲19,甲21,甲28から甲32,証人A,証人B,原告本人)

(6)  その後の経過

ア 原告は,三井住友建設から本件内装工事の費用として,合計950万円の支払を求められた。原告は,平成15年6月10日,被告及び三井住友建設を相手方として,札幌簡易裁判所に対し,本件内装工事代金の支払義務がないこと,同工事代金は被告が支払うべきであるとして調停の申立を行った。しかし,被告は,前記調停に出席せず,同調停は,不調となった。(弁論の全趣旨)

イ 三井住友建設は,原告外2名を被告として,札幌地方裁判所に対し,本件内装工事代金950万円の支払を求める請負代金請求訴訟(以下,「別件訴訟」という。)を提起した(同庁平成15年(ワ)第2633号)。原告外2名及び三井住友建設は,平成16年10月6日,別件訴訟において,原告が三井住友建設に対し,本件内装工事代金として830万円の支払義務を認める裁判上の和解をした。原告は,平成16年11月12日,三井住友建設に対し,830万円を支払った。(甲17,甲20)

2  争点

(1)  原告提出の甲34以下の書証は,民訴法157条第1項に基づき却下されるべきか。(争点①)

(2)  原告と被告との間の本件メディカルビルの入居交渉の事実経過。(争点②)

(3)  Aの勧誘行為は,詐欺的不法行為に該当するか。(争点③)

(4)  被告に「契約締結上の故意又は過失」が認められるか。(争点④)

(5)  原告の損害。(争点⑤)

3  当事者の主張

(1)  争点①(甲34以下の書証は,民訴法157条第1項に基づき却下されるべきか)について

(被告の主張)

原告提出の甲34以下の書証は,弁論の終結日に提出されたものであって,民訴法157条第1項に基づき却下されるべきである。

(2)  争点②(入居交渉の事実経過)について

(原告の主張)

被告の業務担当者であるAは,原告に対し,本件メディカルビルの入居の勧誘に際して,次のアのとおり,虚偽の事実を繰り返し説明しただけでなく,次のイのとおり,三井住友建設に対し,原告に無断で本件内装工事につき着工指示を行い,さらには,次のウのとおり,恫喝するなどして,原告に本件メディカルビルに入居させようとした。

ア Aの虚偽説明

(ア) Aは,平成14年6月ころから,原告に対し,他科医療機関が入居することが前提であるとして,平成14年10月ころ完成予定の本件メディカルビルの入居を繰り返し勧誘した。

(イ) Aは,平成14年8月20日ころ,原告に対し,本件報告書面①を示しながら,心療内科,口腔外科,耳鼻咽喉科が確実に入居すると説明し,入居するように強く働きかけた。しかし,この時点で,心療内科,口腔外科,耳鼻咽喉科のいずれも入居が確実であるとの事実はなかった。

(ウ) Aは,平成14年9月18日,本件合意書面を作成し,同書面に基づく手付金の請求を行う際にも,「他科の入居は間違いないから払ってくれ」などと述べた。

(エ) Aは,平成14年10月28日,原告に対し,本件報告書面②を示しながら,他科医療機関の入居は確実であると述べた。Aは,この際,原告に対し,「先生,頼むから先生がオープンしたらすぐ追っかけ他科もオープンするから,早くオープンした方が得だよ。」などと述べた。

(オ) Aは,平成15年2月5日,原告に対し,本件メディカルビルの正式な賃貸借契約を締結するために,心療内科の乙山二郎医師と口腔外科の丙川三郎医師は入居が確実であると説明した。

イ Aの本件内装工事の無断着工指示

Aは,平成14年9月12日ころ,本件メディカルビルの建築業者であった三井住友建設に対し,原告に無断で,本件内装工事に合わせて,本件メディカルビルの5階部分の配管工事を行うように指示し,さらには,本件内装工事の着工をするように指示した。また,Aは,同事実を秘して,同月17日,本件合意書面に原告に記名・捺印させるなどした上,本件内装工事を続行させた。

ウ Aらの恫喝行為

原告は,平成15年2月5日,本件内装工事が中止されたままであったことから,A,B及び三井住友建設担当者Dと協議を行った。この際,Aは,B及びDとともに,「これが,最後通告だと,このまま中途半端な工事をさせといて家賃もはらわないでいるわけにはいかない。丙川先生が正式に契約することになっているので,先に甲野先生が契約しなさい。」「契約しなかったら(本件内装工事を)撤去させる,これが最後通告だ。」などと恫喝し,本件メディカルビルの入居を迫った。

(被告の主張)

ア 原告主張のアないしウの各事実は否認する。原告は,本件メディカルビルに当初から入居を強く希望していたのであり,Aの勧誘に応じて,本件メディカルビルへの入居を前提に旧賃貸借契約を解約したり,三井住友建設に対し,本件内装工事を発注したのではない。

イ 原告の主張に対する反論

(ア) (原告の主張ア(ア)に対し)環境企画は,平成13年6月ころから,本件メディカルビルのテナント募集を行い,原告を含む付近の医師らを勧誘した。被告は,この際,本件メディカルビルに平成15年2月には各科医療機関が入居するなどを前提に勧誘,説明等はしていない。

原告は,これに対し,平成13年7月上旬ころ,環境企画に対し,本件メディカルビルの事業計画等を問い合わせ,さらに本件メディカルビルへの入居に積極的な意向を示した。原告は,同年11月には,環境企画に対し,原告の顧問会計事務所を通じて,同様の申入れをした。

このように,原告は,被告側からの勧誘の有無にかかわらず,当初から本件メディカルビルへの入居に強い意向を示していた。

なお,原告は,平成14年6月ころに本件メディカルビルの入居の勧誘を受けたと主張するが,当初は,平成13年6月ころ勧誘を受けたと主張し,その主張を変遷させており,原告の主張には信用性がない。

(イ) (原告の主張ア(イ)に対し)Aが,原告に対し,平成14年8月20日に本件報告書面①を交付したことは認める。しかし,本件報告書面①は,社内報告用に作成された書面であるし,丙川三郎医師や乙山二郎医師との交渉が順調に行われ,このままであれば,入居に至る予定であったことをそのまま記載したものにとどまって,原告を信用させるために作成したものではない。

(ウ) (原告の主張ア(ウ)に対し)Aは,原告に対し,平成14年9月18日の本件合意書の作成時に,他科の入居は間違いないとは述べていない。原告は,本件合意書作成前にすでに旧賃貸借契約の解約手続,三井住友建設への本件内装工事の発注などを行っており,自ら進んで本件合意書を作成した。

(エ) (原告の主張ア(エ)に対し)Aが,原告に対し,平成14年10月28日に本件報告書面②を交付したことは認める。しかし,Aがかかる説明を行ったことはない。むしろ,原告は,同日,12月は患者が多く,本件メディカルビルは駐車場スペースが広いため多数の患者が受け入れられるので移転時期には最適であるとして,開業日を同年12月2日にするなどと発言している。

(オ) (原告の主張ア(オ)に対し)平成15年2月5日の協議は,本件内装工事の続行及び本件メディカルビルの賃貸借契約の締結交渉のためになされ,他科医療機関が本件メディカルビルに入居するか否かは,当日問題となっていない。しかし,原告は,その後,何らの理由も示さずに一方的に交渉を破棄した。

(カ) (原告の主張イに対し)原告は,平成14年6月7日,A及びBに対し,本件メディカルビルの建築業者であった三井住友建設の紹介を求めた。また,本件内装工事の着工指示は,原告あるいは原告が本件内装工事を依頼した設計事務所が行っており,Aが関与した事実はない。

原告は,Aは,原告に本件内装工事に着手させるために,本件合意書を作成させたとも主張するが,本件合意書の作成は,同年9月18日であり,本件内装工事の本格的な着工は,同年10月17日ころからであって,時期的に符合しておらず,原告の主張には理由がない。

(キ) (原告の主張ウに対し)平成15年2月5日の協議は,本件内装工事の続行及び本件メディカルビルの賃貸借契約の締結交渉のためになされており,その時点では,原告は,本件メディカルビルへの入居は積極的であった。かかる状況の下で,Aが,原告主張のような恫喝行為を行うはずはない。また,同協議は,本件内装工事の続行が主に話し合われ,Aは,これに関与していない。

(3)  争点③(詐欺的不法行為の成否)について

(原告の主張)

ア Aは,原告に対し,真実は,本件メディカルビルに他科医療機関が入居する確実な予定がないのに,本件メディカルビルに他科医療機関が入居することは確実であると繰り返し告げて,原告を欺き,そのように信じさせただけでなく,原告が本件メディカルビルに入居せざるを得ないように三井住友建設に対し,原告に無断で本件内装工事の着工を指示するなどし,原告が本件メディカルビルの入居をためらうと,恫喝するなどした。

イ Aの上記アの行為は,詐欺による不法行為を構成し,前記行為は,被告の事業の執行についてなされたものであるから,被告は,715条の責任を負う。

(被告の主張)

原告の主張は,否認する。

Aは,原告に対し,勧誘の際,虚偽の事実を告げていないし,本件内装工事の着工指示及び恫喝行為も行っていない。

原告は,Aによる本件メディカルビルへの入居の勧誘行為とは無関係に,本件メディカルビルへの入居の意思を確定的に有していた。

仮に,原告が,本件メディカルビルへ他科医療機関が入居することが確実であると誤認した事実があったとしても,被告の勧誘行為によるものではない。

(4)  争点④(契約締結上の故意又は過失の有無)について

(原告の主張)

原告は,本件メディカルビルに入居するか否かの意思決定をするにあたっては,本件メディカルビルに他科医療機関が入居することを当然の前提にしていた。

しかし,被告は,本件メディカルビルに他科医療機関が入居することが確実でないにもかかわらず,他科医療機関が入居することが確実であるかの如き虚偽の説明を行っただけでなく,原告を本件メディカルビルに入居させるために本件内装工事の着工を無断で指示し,さらには原告が本件メディカルビルの入居をためらうと,恫喝するなどした。

以上から,被告は,故意又は過失により,虚偽の情報提供をするなどして,原告が本件メディカルビルに入居するように仕向けており,原告の自由な意思決定を妨げているというべきで,いわゆる契約締結上の故意又は過失により,不法行為責任を負う。

(被告の主張)

原告の主張は,否認する。

原告と被告との間の本件メディカルビルの入居交渉においては,同ビルに他科医療機関が入居することが当然の前提となっていた事実はない。

(5)  争点⑤(原告の損害)について

(原告の主張)

ア 原告は,A又は被告の不法行為により,本件メディカルビルへの入居の準備行為を行ったため,次のとおり,財産的損害を受けた。

(ア) 旧賃貸借契約を期間内解約したために,返還されなかった敷金

216万円

(イ) 別件訴訟の裁判上の和解手続により三井住友建設に対し支払った本件内装工事代金

830万円

イ 原告は,A又は被告の虚偽説明などの不法行為により,本件メディカルビルへの入居の準備行為を行ったが,結局,本件メディカルビルに入居せずに他所へ医院の移転を余儀なくされ,Aからは恫喝行為も受けた。

また,原告は,三井住友建設からの別件訴訟に応訴せざるをえなくなったが,別件訴訟の原因を作出した被告は,何ら誠意ある対応をしなかった。

以上により,原告の受けた精神的苦痛は,甚大であり,これを慰謝するには300万円を下らない。

(被告の主張)

原告の主張は,すべて否認する。

第3  争点に対する判断

1  争点①(甲34以下の書証は,民訴法157条第1項に基づき却下されるべきか)について

(1)  民訴法157条第1項に基づいて攻撃防御方法の却下をなす場合には,ア 時機に後れて提出されたものであること,イ それが当事者の故意又は重大な過失に基づくものであること,ウ それについての審理によって訴訟の完結が遅延することの3つの要件を満たす必要がある。

(2)  甲34から甲40の書証は,弁論の終結の日である本件第5回口頭弁論期日において,いずれも提出されており,前記アの要件に該当すると認められる。

(3)  ところで,甲34から甲40の書証の記載内容は,次のとおりと認められる。

ア 甲34は,その記載内容から,本件合意書の作成経緯を示すものである。

イ 甲35は,原告本人の陳述書であり,従前提出された原告本人の陳述書とほぼ同一の内容である。

ウ 甲36は,Eの陳述書であり,被告がすでに主張した事実を否定する内容のものである。

エ 甲37は,原告本人が作成した時系列表であり,原告がすでに主張立証した事実経過を整理したものである。

オ 甲38は,本件訴訟で問題とされている原告と被告との間の紛争に関する雑誌記事である。

カ 甲39は,原告が三井住友建設に対し,830万円を支払ったことを証する書証であり,原告がすでに主張立証した事実を補強するものである。

キ 甲40は,Fの陳述書であり,原告がすでに主張立証した事実を補強するものである。

以上によれば,甲34から甲40の書証は,いずれも,訴訟経過を鑑みて,原告が従前提出の書証の同趣旨のものないし補強する趣旨のものとして提出したものと認められる。また,甲34から甲40の書証は,直ちに取調べが可能であり,訴訟の完結を遅延させるものともいえない。

(4)  以上から,被告の申立ては,前記(1)イウの要件に該当しているといえず,理由がない。

2  争点②(入居交渉の事実経過)について

(1)  前記第2の1前提となる事実,後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア 入居交渉の契機等について

(ア) 原告は,本件メディカルビルの入居交渉を始めるまで,札幌市東区北24条東<番地略>所在の※※ビルにおいて,本件小児科を開業していた。原告は,同ビルは,エレベーターがなく患者にとって,不便であったことや,総合的なメディカルビルにおいて,開業したいとの希望があったことから,メディカルビルへの移転の希望を有していた。(前記第2の1前提となる事実(1)アで認定,甲18,原告本人)

(イ) ツルハ及び被告は,平成13年ころ,札幌市東区北23条東<番地略>に土地を購入し,同年4月ころ,本件メディカルビルの事業計画を立てた。ツルハ及び被告は,本件メディカルビルの事業計画等につき,環境企画に対し,その業務を委託し,同社が本件メディカルビルの建築,設計,入居テナントの募集の協力等を行うことになっていた。ツルハ及び被告の担当者は,ツルハの店舗開発室に在籍するAであり,環境企画の本件メディカルビルについての担当者は,B及びCである。(前記第2の1前提となる事実(1)イウ,(2)アで認定,甲1,証人A,証人B)

(ウ) 環境企画のCは,平成13年6月ころから,本件メディカルビル建設予定地付近の診療所,病院等を訪問して,テナントの募集のために,本件メディカルビルに関する簡単な資料等を配布した。

原告は,遅くとも平成14年6月には,本件メディカルビルへの入居の意向を示し,C及びAと接触するようになった。Aは,原告が本件メディカルビルに入居を希望することについては,同人が近隣で開業している医師であることから,異存はなかった。(前記第2の1前提となる事実(2)ウで認定,甲1,甲21,甲31,甲34,甲37,証人A,証人B,原告本人)

イ 本件メディカルビルの概要等

(ア) メディカルビルとは,一つのビル内に複数の医療機関や調剤薬局が入居するビルである。メディカルビルには,ある診察科目(たとえば眼科)を受診した患者が他科(たとえば内科)を受診する可能性が高くなるということから,開業コストの低減,集患面での相乗効果や診察上の連携が図れるなどの利点がある。

ツルハ及び被告は,メディカルビルの事業については,本件メディカルビルが2件目であった。

本件メディカルビルは,6階建てであり,1階にドラッグストアー・調剤薬局,2階に総合受付・画像診断センター,3階に消化器内科・循環器内科,4階に整形外科及び眼科,5階に小児科・泌尿器科及び耳鼻咽喉科がそれぞれ入居するという計画が立てられた。(前記第2の1前提となる事実(2)イで認定,証人A,証人B)

(イ) 本件メディカルビルは,平成14年6月ころ,三井住友建設により着工された。本件メディカルビルは,当初は,平成14年10月15日がオープン予定とされていた。(前記第2の1前提となる事実(2)エで認定,甲15,甲34)

ウ 原告と被告との間の本件メディカルビルの入居交渉の進展等

(ア) 原告は,平成14年6月ころ,本件メディカルビルへの入居について,A及びBとともに具体的な協議を開始した。原告は,平成14年6月7日,A及びBに対し,本件メディカルビルの建築業者であった三井住友建設の紹介を求めた。A及びBは,平成14年6月27日ころ,原告に対し,三井住友建設のDを紹介した。(甲15,乙1,証人A,証人B,原告本人)

(イ) 原告は,平成14年7月8日,A及び原告が依頼した設計事務所であるクーム建築事務所のGとともに,本件メディカルビルへの入居を前提として,本件内装工事に関する設計を協議した。原告は,同月10日,本件内装工事の設計を依頼し,同年8月10日,同設計図面が完成した。原告は,同年7月及び8月中に,数回,三井住友建設と本件内装工事に関し,協議している。(甲18,甲21,甲25,甲26,甲30,甲37)

(ウ) Aは,平成14年8月20日ころ,原告に対し,本件報告書面①を交付した。本件報告書面①には,本件メディカルビルの心療内科のテナントには○○病院の乙山二郎医師,同口腔外科には,△△病院口腔外科科長の丙川三郎医師が入居の確約をし,そのほか耳鼻咽喉科についても入居の確約の見込みであり,その他の診療科についても入居前提の交渉が行われているとの記載があった。しかし,乙山二郎医師及び丙川三郎医師は,この時点で,本件メディカルビルへの入居を具体的に検討していたわけではなかった。(前記第2の1前提となる事実(3)アで認定,甲12,甲13,証人A,証人B)

(エ) 原告は,平成14年9月18日,被告との間で,本件合意書面を作成した。本件合意書面によれば,原告は,被告に対し,手付金として,敷金(月額賃料の6か月分相当)の50パーセントを支払うことになっていたが,原告は,これを支払っていない。本件合意書面には,他科医療機関が本件メディカルビルへ入居することが前提である旨の記載はない。(前記第2の1前提となる事実(3)イで認定,甲3)

(オ) 原告は,平成14年9月ころ,平成15年3月31日をもって旧賃貸借契約の解約を申入れた。同解約は,期間内解約となるため,原告は,約定に基づき,家主に対し敷金として交付していた216万円の返還を受けることができなかった。また,原告は,仮に本件小児科を他所で開業したとしても,旧賃貸借契約に基づき,平成15年8月まで賃料を負担することになっていた。(前記第2の1前提となる事実(4)アの認定,甲10,原告本人)

(カ) Aは,平成14年10月28日ころ,原告に対し,本件報告書面②を交付した。本件報告書面②には,口腔外科の丙川三郎医師は,同月末日には,入居の合意書を締結する予定であることの記載がされ,他の診療科についても同月中には開業の確認を取る旨が記載されている。しかし,丙川三郎医師が同月末日に,入居者の合意書を締結することはなかったし,他の診療科についても開業の確認が取れるような状況にあったわけではなかった。なお,この協議は,後記エ(イ)記載のとおり,本件内装工事が中断され,再開するための協議を行う際に交付されたものであった。(前記第2の1前提となる事実(3)ウで認定,甲6,原告本人,証人A,証人B)

エ 本件内装工事の進展等

(ア) 三井住友建設は,平成14年9月12日ころから,本件メディカルビルの配管につき,本件内装工事に適合するように工事を開始した。Aは,配管工事の開始については,本件メディカルビルの躯体工事に関係するため,承諾していた。原告と三井住友建設は,同年10月始めころ,本件内装工事に関する工事金額を交渉していた。三井住友建設は,同年10月2日ころから本件内装工事を始めた。本件内装工事については,原告が依頼した建築設計士であるGが関与していた。原告は,この時点で,同年12月初めに本件小児科を本件メディカルビルにおいてオープンすることを考えていた。(前記第2の1前提となる事実(4)イで認定,甲15,甲21,甲24,甲28,甲30,甲31,甲37,原告本人)

(イ) 本件内装工事は,平成14年10月24日ころには,原告の希望により,中断した。原告,A,B及び三井住友建設担当者Hは,同月28日,本件内装工事の再開について協議したが,合意に至らなかった。Gは,同日以降,本件内装工事に関与することをやめた。原告は,その後,同年11月,本件内装工事について他の建築請負業者から見積書を取るなどしている。(前記第2の1前提となる事実(4)イで認定,甲10,甲21,甲30,甲31,甲37,原告本人)

(ウ) 原告は,このころ,Aに対し,旧賃貸借契約について平成15年8月末までは賃借料の支払義務があり,本件メディカルビルの賃借料との二重払いになることについての不安を述べた。これに対し,Aは,平成14年12月から平成15年3月分までの家賃を半額にすることを提案した。三井住友建設も,本件内装工事を続行するのであれば,1か月分の家賃分50万円を工事代金から差し引く提案をしたことがあった。(甲15,原告本人,弁論の全趣旨)

オ 原告が本件メディカルビルへの入居を拒否した経緯等について

(ア) 原告は,平成15年2月5日,本件内装工事の続行について,A,B及び三井住友建設担当者Dと協議した。原告は,同日の時点では,本件メディカルビルへの入居を検討しており,賃貸借契約書の作成等も話し合われた。

原告は,同月7日,本件メディカルビルに入居予定であった口腔外科の丙川三郎医師に直接架電したところ,同人は,入居の予定はないと回答した。

結局,本件メディカルビルには,平成15年4月までに入居した医療機関はなく,平成16年6月になって,2階に検診センターが,同年9月に耳鼻咽喉科が入居した。(前記第2の1前提となる事実(5)アで認定,甲23,甲37,証人A,証人B,原告本人)

(イ) 原告は,本件メディカルビルに入居しないことにし,平成15年2月13日付け内容証明郵便で,被告に対し,その旨通知した。(前記第2の1前提となる事実(5)イで認定)

(ウ) 原告は,平成15年9月12日ころ,もともとあった札幌市東区北24条東<番地略>所在の※※ビル2階から本件小児科を移転して開業した。原告は,この新たな移転先については,本件メディカルビルへの入居の検討と同時期に検討していた。(甲19,原告本人)

カ その後の経過

(ア) 原告は,三井住友建設から本件内装工事の費用として,合計950万円の支払を求められた。原告は,平成15年6月10日,被告及び三井住友建設を相手方として,札幌簡易裁判所に対し,本件内装工事代金の支払義務がないこと,同工事代金は被告が支払うべきであるとして調停の申立を行った。しかし,被告は,前記調停に出席せず,同調停は,不調となった。(前記第2の1前提となる事実(6)アの認定)

(イ) 三井住友建設は,原告外2名を被告として,別件訴訟を提起した。原告外2名及び三井住友建設は,平成16年10月6日,別件訴訟において,原告が三井住友建設に対し,本件内装工事代金として830万円の支払義務を認める裁判上の和解をした。原告は,平成16年11月12日,三井住友建設に対し,830万円を支払った。(前記第2の1前提となる事実(6)イの認定)

(ウ) 本件メディカルビルのある東区は,開業医が多く,新たな病院の開設が難しい地域であった。この点は,本件メディカルビルに現在も医療機関が一部のみしか入居していない原因となっている。(甲23,証人B)

(2)  原告は,Aが,原告に対し,本件メディカルビルへの入居の勧誘に際して,虚偽の事実を繰り返し述べ,本件メディカルビルに入居させようとしたと主張し,原告本人もこれに沿う供述をするので,検討する。

前記(1)で認定した事実によれば,次のとおりの事実を認めることができる。

ア メディカルビルでは,開業コストの低減,集患面での相乗効果や診察上の連携が図れるなどの利点があった。被告は,1階にドラッグストアー・調剤薬局,2階に総合受付・画像診断センター,3階に消化器内科・循環器内科,4階に整形外科及び眼科,5階に小児科・泌尿器科及び耳鼻咽喉科がそれぞれ入居するという具体的な計画を立て,入居勧誘の際に,前記利点を強調した。原告は,これらの利点は,本件メディカルビルへの入居希望の主要な動機となっていた。

イ Aは,原告に対し,平成14年8月20日,本件報告書面①を,同年10月28日,本件報告書面②をそれぞれ交付している。本件報告書面①及び同②は,それらの時点では,入居交渉が不確実であった他科医療機関につき,入居が確実であるかの如き記載がなされており,客観的には,誇張ないし虚偽の事実が記載されていた。

ウ 本件報告書面①を交付した時期は,本件内装工事の協議に入っている段階であり,本件報告書面②を交付した時期は,原告の希望により,本件内装工事が中断した時点である。そうすると,Aは,原告に対し,本件報告書面①及び同②について,原告に入居の意思を固めさせるために使用したと認められる。

エ 原告は,平成15年2月7日,Aから入居確実と説明を受けていた丙川三郎医師に対し,直接架電して初めて,他科医療機関が本件メディカルビルへの入居が確実でないとの事実を認識した。これにより,原告は,本件メディカルビルへの入居希望を確定的に撤回していることから,原告がAの説明によって誤認していたことは明らかである。

以上によれば,原告本人の供述を採用でき,Aは,原告に対し,本件メディカルビルへの入居の意思を固めさせるために,本件メディカルビルへ他科医療機関が入居する確実性がないにもかかわらず,確実であるかの如き虚偽の説明をしたと認めることができる。

これに反するA及びBの各供述は,いずれも採用できない。

(3)  原告は,Aが,三井住友建設に対し原告に無断で本件内装工事につき着工指示を行ったと主張し,原告本人もこれに沿う供述をするので,検討する。

前記(1)で認定した事実によれば,次のとおりの事実を認めることができる。

ア 原告は,原告を本件メディカルビルへ入居させるために,Aが本件内装工事について無断で着工指示をしたと供述する一方で,自分が依頼した設計士であるGが本件内装工事の着工を指示したとも供述している。

イ 三井住友建設のDは,Aではなく,発注者である原告から本件内装工事の着工指示を受けたと供述している。原告は,本件内装工事の着工前に何度もこれに関し三井住友建設と打合せを行っていること,原告は,本件内装工事が着工された当時,本件メディカルビルへの入居を前提としてほかに開業準備等を行っていることに加え,発注者以外の者から着工指示がないのに着工が行われるとは考えがたいことに照らせば,前記Dの供述の信用性は高い。

ウ 原告は,平成14年9月12日ころ,本件内装工事に合わせて本件メディカルビルの配管工事が行われたことに関して,Aが関与していることを根拠に,無断着工指示がなされたとしている。しかし,本件内装工事に合わせた配管工事は,本件内装工事の費用を削減するために原告の意向を踏まえたものと考えられるし,Aの関与は,配管工事が本件メディカルビルの躯体工事に関連するものであることから,同人の承諾を要したに過ぎないというべきである。

以上によれば,原告本人の供述を採用できず,Aが,三井住友建設に対し,原告に無断で本件内装工事につき着工指示を行ったと認めることはできない。

(4)  原告は,Aらが原告を本件メディカルビルに入居させるために恫喝行為を行ったと主張し,原告本人もこれに沿う供述をするので,検討する。

前記(1)で認定した事実によれば,次のとおりの事実を認めることができる。

ア 原告は,Aが平成15年2月5日の協議において,原告を本件メディカルビルへ入居させるために恫喝したと主張するが,同協議が行われた時点では,原告は,本件メディカルビルへの入居をまだ検討していた段階である。また,原告は,同月7日の時点でも本件メディカルビルへの入居の意思を失ってはいなかった(原告本人)。そうすると,本件内装工事を中断し,本件メディカルビルへの入居を躊躇していた原告に対し,仮に,Aが入居を強く迫る旨の発言をしたことはあったとしても,社会通念上許された営業行為を逸脱した民事上の違法性を帯びるような恫喝行為を行ったとはいえない。

イ 証拠(証人A,証人B)によれば,Aは,原告に対し,平成15年2月7日に原告が丙川三郎医師に対し直接架電したことについて苦言を述べたことが認められる。しかし,この時点で本件メディカルビルへの入居の意思を喪失した原告に対し,Aは,思いとどまるよう強い口調で説得したと解する余地もあり,同発言をもって,直ちに民事上の違法性を帯びるような恫喝行為を行ったとはいえない。

以上から,Aが原告を本件メディカルビルに入居させるために恫喝行為を行ったとは認めることはできない。

3  争点③(詐欺的不法行為の成否)について

(1) 前記2で説示したところによれば,Aは,原告に対し,本件メディカルビルへの入居の意思を固めさせるために,本件メディカルビルへ他科医療機関が入居する確実性がないにもかかわらず,確実であるかの如き虚偽の説明を繰り返し行ったこと及び原告がAの虚偽の説明を受けて本件メディカルビルへ他科医療機関が入居することは確実であると誤認したと認めることができる。

(2) しかし,前記2(1)で認定した事実によれば,次のとおりの事実を認めることができる。

ア  原告は,本件報告書面①及び同②をもって,本件メディカルビルへ他科医療機関が入居することが確実であるとの具体的な説明を受ける以前で,すでに本件メディカルビルへの入居を積極的に希望し,本件内装工事のための打合せ及び旧賃貸借契約の解約交渉を行っている。

イ  Aは,原告との本件メディカルビルへの入居交渉と並行して,他科医療機関とも本件メディカルビルへの入居交渉を現実に行っていた。

ウ  本件メディカルビルへ他科医療機関が入居しなかったのは,被告の当初の事業計画につき,予測が甘かったことに原因があり,被告は,他科医療機関が入居するように努力はしていた。そうすると,Aは,本件メディカルビルへ他科医療機関が入居することが確実であると説明したことは,原告を欺罔する意思のもとに故意に行ったものとまではいえない。

そうすると,Aの虚偽説明をもって,真実は,本件メディカルビルへ他科医療機関が入居することはないのに,入居するかのように告げて,入居の意思のない原告を積極的に誤認させ,原告を本件メディカルビルへ入居させようとしたとまではいえず,Aの虚偽説明をもって詐欺類似行為であるとまではいうことはできない。

(3) 以上から,Aの詐欺的不法行為を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求については,理由がない。

4  争点④(契約締結上の故意又は過失の有無)について

(1)  Aが,原告に対し,本件メディカルビルへの入居の意思を固めさせるために,本件メディカルビルへ他科医療機関が入居する確実性がないにもかかわらず,確実であるかの如き虚偽の説明を繰り返し行っていたこと及び原告がAの虚偽の説明を受けて本件メディカルビルへ他科医療機関が入居することは確実であると誤認したことは,前記(2)の説示のとおりである。

さらに,前記2(1)で認定した事実によれば,本件メディカルビルは,その性質上,他科医療機関が入居することが前提となっていること,原告は,本件メディカルビルに入居するか否かの意思決定をするにあたっては,本件メディカルビルに他科医療機関が入居することを重要な要素としていたことが認められる。

そうすると,Aは,原告が本件メディカルビルへの入居の意思決定をするにあたり,重要な情報について,虚偽の情報提供をするなどして,原告の自由な意思決定を妨げたといえる。

以上からすれば,Aを担当者としていた被告は,契約当事者として,原告が契約締結するか否かを決定するにあたり,重要な情報について,正確に説明する義務を怠ったというべきであり,信義誠実の原則に著しく違反していることから,いわゆる契約締結上の故意又は過失により,不法行為責任を負うというべきである。

(2)  以上から,原告の被告に対する契約締結上の故意又は過失を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求については,上記(1)に説示する趣旨において理由がある。

5  争点⑤(原告の損害)について

(1)  前記2(1)で認定した事実によれば,本件メディカルビルへの入居の準備行為を行った結果,原告は,旧賃貸借契約を期間内解約したために,敷金216万円の返還を受けることができず,本件内装工事費用として830万円を支出したことが認められる。

(2)  被告が前記(1)の原告の損害について賠償すべきか検討する。前記2(1)で認定した事実によれば,次のとおりの事実が認められる。

ア 原告は,本件メディカルビルへの入居については,立地条件等が希望に沿うことから,当初から積極的であった。

イ 原告は,平成14年6月ころから,本件メディカルビルへの入居の検討を始め,同月中には,本件内装工事のために三井住友建設と協議を開始している。

ウ 原告は,平成14年9月の時点で,旧賃貸借契約の解約を行っている。

エ 原告は,平成14年12月2日の本件メディカルビルでの開業を目指し,同年9月18日の時点で本件合意書に調印をするなどしている。

これらの事実によれば,Aの本件メディカルビルへの入居勧誘行為とは別に原告の自己の判断で,旧賃貸借契約の解約及び本件内装工事の発注を行ったとみることができる。

しかしながら,他方で,次のとおりの事実を認めることができる。

(ア) 原告は,平成14年9月18日の時点で,本件合意書の調印をしながらも,平成15年2月11日に本件メディカルビルへの入居の意思を最終的に撤回するまでの間,本件内装工事を中断するなどして本件メディカルビルの入居について慎重に検討していた。

(イ) 原告は,被告に対し,本件合意書に基づいて手付金である敷金を交付していないし,本件内装工事の着工後も本件メディカルビルの賃借料等を負担していない。

以上によれば,原告は,本件合意書の作成後も,本件メディカルビル入居の準備行為を行いつつも,本件メディカルビルへの入居については,なお慎重な姿勢を取っており,その間,被告は,原告が本件メディカルビルへの入居の意思決定をするにあたり重要な情報について,虚偽の情報提供をするなどしたといえる。

以上からすれば,被告は,原告の受けた前記(1)の損害について賠償すべきものといえるが,被告の負担すべき損害賠償額を算定するにあたっては,原告が最終的には自己の判断で旧賃貸借契約の解約及び本件内装工事の発注を行ったとみることができる点を斟酌すべきであり,前記(1)の損害について5割を減ずるべきである。

したがって,被告の負担すべき損害賠償額は,523万円となる。

(3) なお,原告は,財産的損害のほかに慰謝料を請求する。しかし,財産的利益についての自己決定権の侵害については,特段の事情が存在しない限り,これをもって慰謝料請求権の発生と解することはできないし,前記(2)のとおり,財産的損害が填補されることにより,原告の損害は回復されるものであるというべきであるから,別途慰謝料を求めることはできないというべきである。

6  まとめ

以上のとおり,原告の請求については,被告に対し,523万円及びこれに対する不法行為の後である平成16年2月10日(訴状送達の日の翌日)から完済まで民法所定の年5分の割合に基づく遅延損害金の支払を求める限度で,理由があるのでこれを認容し,その余は理由がないので棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官・澤井真一)

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