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札幌地方裁判所 平成16年(行ウ)14号 判決 2004年9月30日

主文

1  北海道郵政局長が原告に対し平成11年11月19日付けでした懲戒免職処分を取り消す。

2  差戻前及び差戻後の第1審並びに控訴審の訴訟費用は全部被告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

主文と同旨

第2  事案の概要

本件は,A郵便局(以下「A局」という。)副局長であった原告が,北海道郵政局長(以下「郵政局長」という。)から平成11年11月19日付けでされた国家公務員法82条1項各号による懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)について,その処分の理由(横領の事実)がないとして,本件処分の取消しを求めた事案である。

1  前提事実(争いのない事実以外は括弧内に証拠等を掲記した。)

(1)  当事者の地位等

ア 原告の職歴

(ア) 原告は,昭和42年2月11日から,郵便局員としてF郵便局に勤務し,G郵便局を経て,平成9年7月10日にH郵便局(以下「H局」という。)に異動となり,同日から平成11年6月30日まで,H局において局長代理として,分任繰替払等出納官吏として,現金の出納保管に関する業務を担務していた。

(イ) 原告が,H局に勤務していた当時の同局の局長はI(以下「I局長」という。)であり,副局長は,平成10年6月22日までがJ副局長(以下「J副局長」という。),同年7月13日以降はE(以下「E副局長」という。)であった。その他同局には原告を含めて11名の郵便局員が勤務していた(弁論の全趣旨)。

(ウ) 原告は,平成11年7月1日にA局副局長を命ぜられ,以降同年11月19日まで,同局副局長として勤務していた。

イ 被告ほか

(ア) 郵政局長は,原告の任命権者かつ懲戒処分権者である。

(イ) 被告は,平成15年4月1日の日本郵政公社法の施行により,郵政局長から本件訴訟を承継した者である。

(2)  H簡保海外旅行会(以下「旅行会」という。)の事務

ア 旅行会の事務の概要

旅行会は,簡易保険の保険料団体払込制度上の払込団体(同趣同好団体)であり,H局を団体取扱局として会員100余名からなり,原告がH局に異動する以前から存在していた。

保険料団体払込制度とは,払込団体に所属する者が,15件以上の保険契約(被保険者が15名以上であることを要する。)の保険料を団体代表者を通じてまとめて郵便局に払い込む制度であり,平成8年6月30日以前に加入した契約については,保険料の7%,同年7月1日以降に加入した契約については,保険料の6%が割り引かれるという制度である(乙1)。

旅行会の会員においても,上記契約加入日に応じて,保険料の7又は6%の団体割引を受けていたこの保険料の割引分のうち,7%の割引を受けている会員(以下「旧割引率会員」という。)の5%分及び6%の割引を受けている会員(以下「新割引率会員」という。)の4.3%分については,観光旅行を実施するときの個人負担分に充てる等のための積立金として,個人別の各会員名義の積立金の通帳の口座に,残りの旧割引率会員の2%分及び新割引率会員の1.7%分については,旅行会運営のために使用する事務費として,旅行会代表者名義の事務費の通帳(乙2。以下「本件通帳」という。)の口座に,それぞれ預け入れ,また,事務費については,その受払状況が帳簿(乙3。以下「金銭出納簿」という。)に記帳されることになっていた(乙1,12,弁論の全趣旨)。

払込団体自らが行うべき事務費の計理等の事務を郵便局員が行うことは,違則な取扱いとして通達により禁止されていたにもかかわらず,H局では,従前から,旅行会の事務担当の郵便局員が,旅行会で保管すべき保険料領収帳1冊,積立金を預け入れる各会員名義の通帳100余冊,事務費を預け入れる本件通帳1冊,同通帳の名義人の印鑑1個,事務費の金銭出納簿1冊等を保管した上,毎月,旅行会の集金取りまとめ人がH局に持参したその月の団体保険料,積立金及び事務費の合計額(以下「団体保険料等」という。)を受領し,団体保険料,積立金及び事務費の別に区分した上,それぞれを受入れ又は預入れの処理をし,事務費の受払及び金銭出納簿への記帳をする等の事務を行っていた(乙10,12,証人E)。

イ 原告による旅行会の事務の担当時期

旅行会の事務は,J副局長が平成10年6月23日付けでH局から転出する以前は,J副局長と原告が担当していたが,J副局長の転出以降は,同年7月13日付けで後任のE副局長が着任した後も,平成11年7月1日付けで原告がA局副局長として転出し,同月25日に本件通帳及び金銭出納簿等をE副局長に引き継ぐまでの間,I局長の指示により,原告が一人で担当した。

ウ 原告による旅行会の事務の処理状況

原告が一人で払込団体事務を処理するようになってからの,団体保険料等の受領日,積立金の預入れ処理日及び預入れ額,事務費の預入れ処理日及び預入れ額は,別表のとおりである(乙2,3,11(ただし,平成11年7月25日以降の預入れ処理は,E副局長によるもの))。

エ 総会前の会計監査

旅行会には年1回の総会があり,平成11年4月3日に総会を開催するのに先立ち,同月1日に会計監査が行われた。

(3)  事務費からの払戻し

原告は,H局為替貯金窓口において,払戻し金額を25万2400円とする「H簡保海外旅行会代表者K」名義の郵便貯金払戻金受領証1通(乙4)を作成した上,平成11年4月6日午後0時28分ころ,この郵便貯金払戻金受領証と本件通帳を為替貯金窓口端末機に挿入して払戻しの操作をし,自分が分任繰替払等出納官吏として保管していた資金(旅行会の事務費)の中から25万2400円を取り出した(以下「本件払戻し」という。)。本件払戻しについては,金銭出納簿に記帳されていない(乙2ないし4,原告本人第1回)。

(4)  旅行会の旅行代金の支払

ア 旅行会は,平成11年2月21日から同月23日まで,茨城県水戸市及び房総半島方面の旅行(以下「水戸旅行」という。)を実施し,同旅行には会員24名が参加した。この参加費は1人8万5000円で,このうち6万円を個人負担とし,残り2万5000円を事務費から補助することとされていた。

水戸旅行参加者のうち,個人負担金の未納者は,D,M,N及びOの4名であった。

イ 原告は,水戸旅行の旅行代金について,同旅行の取扱会社である株式会社U(以下「U」という。)から請求を受け,同年4月6日,207万2400円を帯広信用金庫P支店のUの口座に振込送金して支払い,その振込手数料420円を同信用金庫H支店に支払った(甲10,11)。

(5)  E副局長の業績賞与相当額の送金

ア 原告は,平成10年11月25日から平成11年5月16日まで病気入院中であったE副局長から業績賞与の代理受理とその保管を頼まれ,同年3月29日E副局長に支給された業績賞与25万4149円を代理受領した。

イ 原告は,E副局長から,電話で,業績賞与の送金を頼まれ,同年4月9日,「Q」名義の郵便貯金口座を使用してE副局長の業績賞与相当額25万4149円を同人の郵便貯金総合通帳の口座に振替送金した。

(6)  本件処分

郵政局長は,原告に対し,平成11年11月19日,国家公務員法82条1項各号により免職する旨の本件処分をした。

同日,郵政局長から原告に対し,処分の理由は,原告は「A郵便局副局長として勤務のものであるが,さきにH郵便局局長代理として在任中の平成11年4月6日,出納官吏事務に従事中,違則預かりしていた通常郵便貯金総合通帳により勝手に払戻処理し,自己が保管する資金から25万2400円を横領したものである。」とする処分説明書(甲5)が交付された。

(7)  審査請求

原告は,人事院に対して,平成12年1月18日,本件処分を不服として,国家公務員法90条及び人事院規則13-1の規定により,行政不服審査法による審査請求をした。

人事院は,平成12年11月17日,本件処分を承認する旨の判定をし,その判定書(甲7)は同月29日,原告に送達された(弁論の全趣旨)。

2  争点

本件処分につき,処分理由となった横領の事実があるか否か,具体的には,次の2点について争われている。

(1)  本件払戻しの目的

本件払戻しは,E副局長の業績賞与相当額の送金に充てる目的であったか,水戸旅行代金の不足分等に充てる目的であったか。

(被告の主張)

本件払戻しは,以下のとおり,原告が,平成11年3月29日に代理受領したE副局長の業績賞与を,それまでに流用し消費した旅行会の事務費を穴埋めするため,同月31日に本件通帳の口座に預け入れたところ,同年4月6日にE副局長から業績賞与の送金を依頼されたため,業績賞与相当額の送金に充てることを目的とするものであった。

そして,原告の上記横領行為は,国家公務員法99条に違反し,同法82条1項各号に該当する。原告は局長代理としての立場にありながら,また,郵政職員として公金の重要性を十分理解していたにもかかわらず,上記の横領をしたものである。これらを含む諸事情を勘案してされた本件処分は,郵政局長の裁量権の範囲内であって,適法である。

ア 積立金及び事務費の預入れ処理の遅延

原告は,旅行会の集金取りまとめ入であるRから受領した団体保険料等のうち,団体保険料として受入れ計理する分については,受領後速やかに処理し,保険料領収帳に領収した旨の記載をしていたが,積立金については,原告の担当した平成10年7月分以降,概ね1ないし2か月遅れて各会員名義の積立金の通帳100余冊の口座に預け入れており,平成11年4月6日当時も,同年2月分18万0994円及び同年3月分17万9385円の合計36万0379円について,積立金の通帳の口座へ預け入れていなかった。また,事務費については,平成10年7月分は約3か月,同年9月分は約5か月遅れて本件通帳の口座に預け入れており,殊に同年10月分から平成11年3月分までは,6か月分をまとめて同年3月31日に本件通帳の口座に預け入れた。さらに,積立金の預入れと事務費の預入れとでは,通帳が1冊しかない点で事務費の預入れ手続の方が容易であるにもかかわらず,事務費の預入れは積立金の預入れよりも数か月遅れて行われていたが,このことは,原告が次のイのとおり,積立金及び事務費を流用していて預け入れるべき現金が手元になかったことによるものである。

イ 積立金及び事務費の流用

原告は,Rから受領した保険料から団体保険料として受入れ処理した金額を除いた積立金及び事務費として預け入れるべき現金を,各通帳に預け入れるまでの間,自分のスポーツ靴用の青色靴袋の中に入れて,H局の自分の事務机の引出や分任繰替払等出納官吏用の金庫等で保管していた。なお,原告本人は,これを自宅に持ち帰ったとも供述している。

原告は,その保管していた積立金及び事務費として預け入れるべき現金を,次の(ア)ないし(ウ)のとおり流用していた。

(ア) 原告は,払込団体事務に従事中,自分が趣味として参加しているバドミントン仲間との飲食費,出張に行った際の飲食費や小遣銭として,多数回にわたって積立金及び事務費として預け入れるべき現金の中から流用していた。

(イ) 原告は,分任繰替払等出納官吏従事中に自己の過失によって発生させた資金の不足を補うため,多数回にわたって積立金及び事務費として預け入れるべき現金を用いており,その額は,原告の捜査段階における供述によれば,合計約19万4000円から約22万4000円であった。

(ウ) 原告は,旅行会の会員であるCの平成10年5月分以降の保険料(1か月当たり1万7460円)が未納であったにもかかわらず,同人の保険契約の満期が迫っていることや保険業務の担当者として解約を避けたい等の思いから,少なくとも同年7月分から平成11年5月分までについては,他の会員から集金した積立金及び事務費として預け入れるべき現金の中から,Cの団体保険料の受入れ計理及び積立金の預入れ処理を行っていた。

ウ 平成11年3月23日当時の未記帳分の積立金及び事務費

原告は,平成11年3月23日,同人名義の郵便貯金総合通帳(甲18)の口座から18万8933円を払い戻し,同年1月分の積立金として各会員別の通帳の口座に預け入れたが,翌24日,原告名義の郵便貯金総合通帳の口座に18万8933円を預け入れた。

この点,原告は,捜査段階において,「毎月の積立金は,Rから保険料を受領して1か月ほど遅れて預け入れていたが,平成11年1月分の積立金を2月中に預け入れることができなかったので,早く預け入れなければならないと考えた。しかし,1月分の積立金はすべて使い込んだと思ったので,平成11年3月23日に自分の郵便貯金から18万8933円を払い戻し,各会員別の通帳に積立金を預け入れたが,自分の事務机の引出に封筒に入った20万円くらいの現金があるのが判り,翌日,自分の貯金通帳に同額の18万8933円を預け入れた。」と供述していることから,平成11年3月23日当時,原告の手元には,積立金及び事務費として預け入れるべき現金として20万円くらいしかなく,その他に本来あるべき平成11年2月分の積立金,平成10年10月分ないし平成11年2月分の事務費として預け入れるべき現金(旅行会の集金取りまとめ人から受け入れた保険料から受入れ計理等処理済みの団体保険料,積立金,事務費を差し引いた47万8962円)は,ほとんど残っていなかったことになる。

エ 平成10年度事務費の会計監査前後の事務費の預入れ及び払戻し

原告は,平成11年4月1日に旅行会の総会前の会計監査を受けるため,同年3月31日及び同年4月1日に集中して本件通帳の口座への預入れ及び同口座からの払戻しを行った。

前記アのとおり,当時預入れ未了であった平成10年10月分から平成11年3月分の6か月分の事務費の合計38万9973円については,同年3月31日に本件通帳の口座に預け入れた。この際,原告は前記ウのとおり,預け入れるべき現金があまり残っていなかったため,事務費の穴埋めとして,前記1(5)アのとおり同月29日に代理受領して保管中であったE副局長の業績賞与を,同人の承諾を得ることなく預入れに充てた。

また,水戸旅行関係の会計として,同日に旅行雑費の残金として6万2558円を預け入れ,同年4月1日に事務費からの旅行会負担金として67万4143円を払い戻した。

オ 本件払戻しに対応する金銭出納簿の記載等

本件払戻しの前後である同年4月2日の20万円の払戻し及び同月30日の2万5566円の払戻しについては,事務費の金銭出納簿上に,同月3日の合計額22万5566円の支払の記載があるが,本件払戻しについては事務費の金銭出納簿の記帳がなく,対応する領収証も存在しない。

カ E副局長への引継ぎ

(ア) 原告は,平成11年7月1日発令によりA局副局長として転出し,同月25日,E副局長に,本件通帳,金銭出納簿,領収書の綴りなどのほか,同年6月分の事務費未計理分として現金7万2361円を引き継いだ。

しかし,この引継ぎの時点で,事務費については,金銭出納簿上の残高61万3968円に対し,本件通帳上の残高が37万4638円で23万9330円が不符合であったほか,平成11年4月分及び同年5月分の事務費計14万8436円も計理されておらず,事務費合計約39万円が不足していた。また,積立金についても,同年6月分がすべて預け入れられておらず,合計18万0012円が不足していた。

(イ) E副局長は,同年8月17日,原告から,上記不足分の補てんの一部として,自分名義の郵便貯金口座に10万円の送金を受け,同口座から10万円を払い戻して本件通帳の口座に預け入れるとともに,事務費の金銭出納簿に受入れの記帳をした。

I局長は,同年9月14日,E副局長に命じ,原告に対してH局に来るように連絡させた。連絡を受けた原告は,A局において,原告の部下である同局の局長代理S(以下「S局長代理」という。)に40万円の借金を依頼した。S局長代理は,原告の依頼に応じ,自ら加入している簡易保険の貸付制度により26万円の貸付を受け,残る14万円を妻であるT名義の貯金通帳の口座から払い戻した上,40万円を原告に手渡した。原告は,40万円を持参して,直ちにH局へ向かい,同局局長室において,平成11年4月分及び同年5月分の事務費14万8436円のうち,すでに補てんした10万円を差し引いた4万8436円と同年6月分の積立金18万0012円の合計22万8448円をE副局長に渡した上,それらを補てんしたが,なお,本件通帳上の残高と金銭出納簿上の残高の不符号分については不足していた。A郵便局に戻った原告は,同日,S局長代理に15万円を返済した。

このように,原告は,部下であるS局長代理に対して,40万円の借金を依頼していること,また,S局長代理が妻名義の口座から払い戻してまで無理な借金依頼に応じているのであるから,速やかに返済しようとするのが自然であるにもかかわらず,補てんに使わなかった15万円を返済するのみで,釧路監察室により拘束された同年11月10日においても返済していないことからすると,原告は,自らの貯蓄を使えるような状況にはなく,横領の動機が存在していたといえる。

キ 本件払戻しとE副局長の業績賞与相当額の送金

原告は,前記のとおり,E副局長から業績賞与の代理受領とその保管を頼まれ,平成11年3月29日に代理受領した業績賞与25万4149円を同月31日に事務費の穴埋めに充ててしまったところ,同年4月6日午後0時10分ころ,E副局長から電話で業績賞与の送金を頼まれたため,本件払戻しにより旅行会の事務費の中から25万2400円を取り出し,これに自己の手持ち現金1749円を加えた25万4149円を,同月9日,同副局長の郵便貯金総合通帳の口座に振替送金し,上記25万2400円を横領した。

ク 水戸旅行代金の支払と当時の原告の認識

(ア) 原告は,水戸旅行終了後,Uから水戸旅行に係る旅行代金207万2400円について,同年2月24日付け請求書(甲10)で同月末日までの支払を請求されていたが,支払わず,同年3月16日ころから同年4月3日ころまでの問に4回にわたり支払の督促を受けていたが,支払わなかった。

(イ) 原告は,同月1日,本件通帳の口座から前記エのとおり旅行会補助金合計67万4143円を払い戻し,金銭出納簿に「水戸・房総料金」として67万4142円の払出の記帳をした。その内訳は,次のとおりである。

旅行代金負担分 60万円(1人2万5000円×24名)

旅館での宴会費 3万6700円

車内での飲食代金 3万7442円(二重計理)

過剰払戻し分 1円

このうち,飲食代金3万7442円は,同年2月19日に本件通帳の口座から10万円が払い戻されて旅行参加者であるRに交付され,旅行での飲食代金として一部費消された後,原告に返済され,同年3月31日に同口座に預け入れた6万2558円との差額であり,既に支出されているから,払い戻す必要がなかったのであるが,原告が誤って払い戻し,旅行代金に充てたものである。この点,原告は,3万7442円については,水戸旅行と総会の各案内のための切手やファイルなどの購入代金に充てた旨主張するが,支出に対応する領収証の存否について,原告は「それはないです。」と供述し,金銭出納簿にもその記載はないことからすると,原告の主張する当該切手等の購入の事実すら存在しないとみるべきである。

(ウ) 原告は,Uへの水戸旅行代金の支払のため,現金による集金,振替による集金,積立金からの払戻しをするなどして,同年4月6日までに少なくとも現金合計119万5700円を集金し,同日現在,上記本件通帳からの払戻し金を加えて合計186万9843円を所持していた。

(エ) 原告は,同年4月6日,旅行代金207万2400円を帯広信用金庫P支店のUの口座に振込送金して支払い,その振込手数料420円を同H支店に支払った。前記(ウ)の所持金との差額20万2557円については,積立金として預け入れるべき金員又は同年3月に原告に支給された業績賞与から工面した可能性が高い。

(オ) 原告は,上記(エ)の当時,水戸旅行にOが参加していたことは知らず,実際の個人負担金未納者は4名であったにもかかわらず,3名であると誤って認識していた。このことからすれば,4名分の個人負担金24万円の未納分に充てるために本件払戻しをしたとの原告の主張は,その前提において失当であるし,水戸旅行の代金に不足する金額は前記(エ)のとおり20万2557円であるから,これに充てるために25万2400円もの払戻しが必要ないことは明白である。

ケ 捜査段階における原告の供述

原告は,捜査段階における取調べにおいて,平成11年3月末に現金支給されたE副局長の業績賞与を,同月31日旅行会の事務費の穴埋めに使って本件通帳に預け入れたため,E副局長の業績賞与の穴埋めのために本件払戻しをした旨を一貫して認めていた。

この点,原告は,捜査段階のB監察官による取調べの際,脅迫や自白の強要を受けたため,虚偽の自白をした旨主張し供述する。

しかし,原告は,任意同行下の取調べにおいて,本件払戻しの事実を自白するに至ったものであり,取調べ時間も長時間に及ぶものとは認められず,原告の自白内容は,E副局長の業績賞与を原告が預かっていたという,それまで取調官の把握していなかった重要な事実を内容とするもので,原告本人しか知り得ない事実について自発的に供述したものであり,原告が,捜査段階における検察官,勾留裁判官及び接見した弁護人に対しても本件払戻しがE副局長への業績賞与の穴埋めのためであるという事実を認め,監察官による脅迫があったと供述していないことから,B監察官による取調べの際,脅迫又は自白の強要をしたとはいえない。

(原告の主張)

本件払戻しは,以下のとおり,E副局長への業績賞与相当額の送金に充てることを目的とするものではなく,Uへ支払う水戸旅行代金の不足分等を一時的に立て替えることを目的とするものであるから,横領ではない。したがって,本件処分の処分理由である横領の事実はないのであるから,本件処分は処分理由を欠き,違法である。

ア 積立金及び事務費の預入れ処理の遅延

原告の事務費及び積立金の入金が遅れた原因は,原告の業務量が多く事務処理ができなかったためであって,被告主張のような積立金及び事務費の流用によるものではない。原告は,旅行会については定期的に処理ができなくなってしまっており,団体保険料の受入れ計理後の積立金と事務費については,常時未納者や一時未納者が発生していて整理できないときもあったため,現金保管していたこともあった。

イ 積立金及び事務費の流用

(ア) 被告は,原告が飲食代等のために事務費を流用した旨主張するが,原告が飲食代等に事務費を流用したことについては,何ら裏付け捜査がされていない。

(イ) 監査局の査察が入るということで,原告が,団体保険料を調査すると,未納者が存在し,日々の仕事に忙殺されていたことから,その者に督促をすることができなかったために,現金残高が合わず,また,原告の徴収ミスがあることが判明したこともあり,積立金及び事務費として現金保管していたものから補てんしたこともあった。

(ウ) 旅行会の会員であるCの平成10年5月分から平成11年3月分までの団体保険料11か月分19万2060円(1か月当たり1万7460円)は,平成11年3月末現在未納であったが,これについては,同月に受領した自己の業績賞与(21万1195円)から,同月31日に立て替えた。

ウ 平成11年3月23日当時の未記帳分の積立金及び事務費

被告は,原告が旅行会の積立金及び事務費から47万8962円を費消したとする(被告の主張ウ)が,これは,本件訴訟になって初めて主張されたものであり,捜査段階でB監察官が原告に書かせた「横領金の使い途」では費消額は約25万円であるから,上記47万円余りの費消額は,何ら根拠がない。

エ 平成10年度事務費の会計監査前後の事務費の預入れ及び払戻し

被告は,E副局長の業績賞与を事務費の穴埋めに使った旨主張するが,被告の主張(ク(エ))によれば,平成11年4月6日にUへの旅行代金の不足分等に充てた費用として自己の資金が20万円以上あったことになり,そうであるならば,当然,同年3月31日の会計監査の時点ないし同年4月3日にもその自己の資金があったはずであり,同年3月31日に事務費が仮に不足していたとしても,その自己の資金で穴埋めすれば足りることであり,わざわざE副局長の業績賞与を横領する理由はない。

オ 本件払戻しに対応する金銭出納簿の記載等

本件払戻しに対応する金銭出納簿の記載がないのは,前記のとおり,原告の業務量が多く,記載を忘れたためである。

カ E副局長への引継ぎ

原告が,E副局長へ引継ぎをした際の本件通帳上の残高は37万4638円で,金銭出納簿上の残高61万3968円から23万9330円不足するが,これは,25万2400円の本件払戻しを金銭出納簿に記載することを失念したことによるものであり,それを金銭出納簿上の残高から差し引くと,残高は36万1568円となり,本件通帳上の残高の方が1万3070円多いことになる。これは,旅行会の平成11年度の第1回から第3回までの役員会の経費の払戻し漏れ1万3071円と,平成11年4月1日の67万4143円の払戻しにおいて1円多く払い戻したことによる。

キ E副局長の業績賞与相当額の送金の経過

(ア) 原告は,代理受領したE副局長の業績賞与の入った郵便局の現金支給用封筒を自己の机の中に入れて保管していたところ,平成11年4月6日ないし7日ころ,E副局長から電話で送金を頼まれ,同月9日,これを送金した。

被告は,原告が,E副局長から保管を頼まれていた業績賞与の送金を電話で頼まれたのは同月6日午後0時10分ころであると主張し,E副局長も,証言において送金を依頼した日を同日と断定しているが,自己の疾病名も忘れているほどのE副局長が,単に電話をしたにすぎない日付を明確に覚えているということ自体が不自然極まりない。E副局長は,電話をしたのが同月7日以降ではないことについて,すぐ送金してもらえば同日でも間に合うが,土曜日になると送金できないから,同月6日にお願いしている旨供述するが,同月7日は水曜日であり,土曜日までにはまだ余裕があるのであって,この供述に何ら根拠はない。

(イ) また,E副局長が,同月6日,急にお金が必要になったということで,原告に送金を依頼し,同日にされた本件払戻しが被告の主張するとおり業績賞与の送金に充てるためであるなら,原告は当日にでも送金しているはずである。実際の送金が同月9日であるということは,E副局長が業績賞与の受取りを急いでいなかったからであり,原告も横領はしていないからである。

ク 本件払戻しと水戸旅行代金の支払

(ア) 原告は,平成11年4月1日,本件通帳の口座から67万4143円を払い戻し,金銭出納簿上,「水戸・房総料金」と記載しているが,これは,次のとおり,全額を旅行代金に充てたものではない。すなわち,旅行会の事務費からの補助が24名分で60万円(1人当たり2万5000円),Uから請求のあった宴会立替金が3万6700円,この合計63万6700円が旅行代金に充てられ,水戸旅行代金を管理していた封筒に入金されたものである。残りの3万7443円は,原告が立て替えた切手代,封筒代,コピー用紙代等の精算に充てたものである。被告は,切手等の購入の事実すら存在しないとみるべきである等と主張するが,そうであれば,水戸旅行と総会の各案内をどのように出したのかについて全く説明がつかなくなってしまうから,被告の主張には何ら合理性がない。

なお,原告は,平成11年2月19日,Rに事務費から10万円を渡し,同年3月31日,同人から6万2558円の返納を受けて事務費として預け入れているが,この差額3万7442円は,水戸旅行中のジュース代等として使用されたものであり,精算済みのものであるから,これを改めて事務費から払い戻し,Uへの支払等に充てる必要はない。

以上から,旅行代金の不足額は,被告の主張する20万2557円(被告の主張ク(オ))ではなく,計算上,Uからの請求額207万2400円から,原告の集金額119万5700円(被告の主張ク(ウ))及び前記の63万6700円を控除した24万円ということになり,後記(イ)の24万2400円とほぼ一致する。

(イ) 原告は,水戸旅行の代金につき,「水戸旅行」と書いた封筒に,集金されてきた現金や,前記(ア)のとおり平成11年4月1日に払い戻した現金等を入れて管理していた。

原告は,前記被告の主張ク(ア)のとおり,Uから水戸旅行の代金207万2400円を請求され,同月6日,Uに支払う際に当該封筒に保管されていた手持ちの現金を確認したところ,請求額から24万2400円不足していた。実際に,この時点で,旅行代金の個人負担分(1人当たり6万円)のうち,D,M,N,Oの4名分合計24万円が未納であった。また,手持ちの現金が2400円不足していた点は不明であるが,靴袋に入れて管理していた事務費等と混在した可能性が高い。

(ウ) 原告は,当時,水戸旅行に参加した会員は23名であるとの認識であった。すなわち,Oはキャンセルして参加していなかったと思っており,同人が不払いであることは知らなかった。

原告は,24名分のUの請求と合わないことにつき,計算間違い等様々な可能性を検討し,複雑な計算をした。

しかし,Uから3回ほど督促があったため,これ以上待たせて迷惑をかけるわけにはいかないと思い,最終的に,計算と合わなかったが,とりあえず請求額を支払うこととした。なお,この際,仮に過払いだったとしても,後日返還してもらえるとの思いもあった。原告は,参加人数の点についてUに確認していないが,これは,多忙であったためにすぎない。

(エ) 原告は,同月6日,前記(イ)の不足額24万2400円について,事務費からとりあえず立て替えることとし,これに振込手数料等の予備費として1万円を加えた25万2400円を本件通帳の口座から払い戻した(本件払戻し)。そして,原告は,同日,この金員に,管理していた手持ちの現金を合わせて,207万2400円をUに振り込んで支払った。実際の振込手数料は420円と少額であったため,原告が自費で支払ってしまい,振込手数料等の予備費として事務費から払い戻した1万円については,事務費を保管していた靴袋に入れた。

(オ) 被告の主張によれば,原告は,平成11年4月6日の本件払戻しに係る25万2400円をそのまま保管する一方で,本件払戻しと同日に自己の資金20万円余りを旅行代金の不足分等に充てて,Uに支払い,その後,本件払戻し金を同月9日にE副局長の業績賞与相当額の送金に充てたことになるが,そのような行動は不自然極まりない。原告は,前記のとおり,自己の業績賞与からCの保険料の未納分19万2060円を立て替えており,自己の業績賞与から旅行代金不足分等20万円余りを充当することは不可能であった。

ケ 捜査段階における原告の供述

原告は,捜査段階では,水戸旅行代金の不足分等に充てるために本件払戻しをしたことを忘れており,Oの未納(同人の参加)が判明した平成12年3月23日以後少しずつ思い出すまで,記憶を失っていた。原告がこの点の記憶を失っていたことは,水戸旅行の会費6万円の未納者がいたこと及びこれを何らかの方法で立て替えたこと自体を忘れており,B監察官も水戸旅行の会費未納分の補填の点には一切気付いていないことからも明らかである。

原告がこのように記憶を失ったのは,当時の職務状況が非常に多忙であり,次から次へと処理しなければならないことに追われていたため,Uに払ったことで安心してしまい,どのような処理をしたかについて頭の中から消えてしまったからであり,これは,極度に多忙な人の一種の生体防御反応ともいえるもので,何ら不自然なことではない。しかも,原告は,旅行会の事務費や積立金は公金ではなく,特に事務費については,決算時に帳尻が合えばいいと思っていたのであり,原告にとっては,旅行会の事務は,原告の処理すべき事務のうちでは重要度が低く,出納官吏や平成11年2月に送られてきた集中満期リストの処理等,重要度の高いものの方が優先され,その結果,旅行代金の件はますます記憶から消えてしまった。

原告は,このように本件払戻しについて記憶がなかったため,取調べの当初,「記憶にない。」と繰り返し答えていたが,B監察官らは,原告を脅し,言い分を聞き入れず,また,原告としても適切な反論をすることができず,家族に迷惑が掛かることだけは何としても避けたいと考えたことから,E副局長の業績賞与が25万円程度のものであったことを思い出し,それを流用してしまったため,その穴埋めのために本件払戻しをしたと虚偽の横領の自白をした。

(2)  横領の成否

本件払戻しが水戸旅行代金の不足分等に充てる目的であった場合に,横領が成立するか否か。

(被告の主張)

ア 事務費を本件通帳の口座から正当に払い戻し得るのは,大きく分けて次の2つの場合がある。すなわち,第1に,旅行会運営のために必要となる消耗品,切手,葉書等の購入費,旅行会の総会や役員会を開催する際に使用する経費,旅行会が企画する観光旅行中に使用する雑費等を支払う場合である。これらの払戻しに際して,旅行会の事務を担当する郵便局員は,その都度旅行会代表者の了解を得ることなく,自らの判断において本件通帳の口座から払い戻して支払に充て,当該支払先から受領した領収書を支払の証拠書類として整理保管していた。旅行会としても,領収書等の証拠書類があり,後日,会計監査等で確認することができるので,逐一代表者の了解を得るよう義務付けていなかったのが実態であり,事実上,担当郵便局員に払戻しの権限が付与されていた。第2に,旅行会の総会や役員会での決定に基づく支出をするために払い戻す場合である。例えば,旅行会が企画する観光旅行における各参加者が負担する旅行代金の額と旅行会が補助する旅行代金の額については,あらかじめ役員会等で決定されるので,H局ではこの決定に基づき,各参加者が負担する旅行代金については各参加者名義の積立金の通帳の口座から払い戻し(積立金の通帳の口座の残高が足りない場合は各参加者から集金等する。),旅行会が補助する旅行代金については本件通帳の口座から払い戻すこととされていた。

イ そうすると,仮に,争点(1)(本件払戻しの目的)について,原告の主張するとおり,水戸旅行代金の支払のためであったとしても,自己又は旅行会の一部の個人の用に供するためのものであって,もっぱら旅行会のための払戻しとはいえず,本件払戻しは,上記アのいずれの場合にも該当しないのである。この点,平成8年4月から平成11年3月まで旅行会の会長を務めていたDも「何度か旅行会主催の旅行に行ったが,旅行代金の個人負担分を旅行会の事務費で立て替えたことはなく,事務費から立て替えるよう原告から相談されたこともない,また,もし相談があっても事務費は会員のお金だから会長として許可しない」旨供述している。

したがって,原告は,事務費の払戻しに関する権限を逸脱して,本件払戻しに係る金員を横領したことに変わりはなく,本件処分はなお適法である。

(原告の主張)

旅行参加者の未納金を事務費から立て替えて旅行会社に支払うことは,旅行会ないしその会員の意思に反するものではない。現に,役員会議費,切手代等を支出するに際し,その都度旅行会の許可を取っているわけではなく,事後承諾で済んでおり,平成8年度及び平成9年度に事務費から旅行代金の決済がされた実績もある。さらに,平成10年度の事務費の入金は遅れてなされたが,それについても,総会における会計監査で何ら異議は出なかった。すなわち,事務費から旅行代金を立て替えることは,従来から慣例として行われ,個別に役員会の了承を得る必要がないものであり,本件払戻しが水戸旅行代金の不足分等に充てるためにされたものである場合,正当な権限に基づくものであり,横領には当たらない。

本件処分が,「E副局長の業績賞与を穴埋めするために横領した」との事実認定を基に行われたのは明らかであり,本件払戻しが旅行代金の不足分等に充てるためにされたとの理由は,もはや,本件処分について処分理由の同一性を欠くものである。したがって,仮にこのことが横領に当たるとしても,このことを理由に本件処分を維持することは許されない。

第3  争点に対する判断

1  争点(1)(本件払戻しの目的)について

(1)  積立金及び事務費の流用の有無について

本件払戻しがE副局長の業績賞与相当額の送金に充てるためであったといえるためには,前提として,原告が,本件払戻し以前に,E副局長から依頼されて保管していた同人の業績賞与を横領して費消していたことが必要である。この点,被告は,原告が,E副局長の業績賞与を,平成11年4月1日の旅行会の総会前の会計監査を受けるために,前日の同年3月31日に本件通帳の口座に預け入れた旅行会の平成10年10月分から平成11年3月分の6か月分の事務費の穴埋めとして使用した旨主張する。そこで,平成11年3月31日の時点で.原告が事務費として預け入れることができる現金が不足していたか否かについて検討する。

ア 前記前提事実(2)ウのとおり,平成11年3月31日の時点において,原告は,Cの分を除く団体保険料等を平成11年3月分まで受領し,事務費については,同日,同月分までの預入れ処理をしているが,積立金については,同年1月分までの預入れ処理しかしておらず,同年2月分の計18万0994円,同年3月分の計17万9385円の合計36万0379円については,預入れ処理をしていなかった。

イ 被告は,こうした預入れ処理の遅延が生じたのは,平成11年3月31日の時点で,原告が,積立金及び事務費として預け入れるべき現金を流用しており,原告の手元になかったことによるものであると主張する。

しかしながら,以下のとおり,被告のこの主張は採用できない。

(ア) 被告は,原告がバドミントン仲間との飲食費,出張に行った際の飲食費や小遣銭として,多数回にわたって積立金及び事務費として預け入れるべき現金の中から流用した旨主張し,これに沿う証拠として,「横領金の使い途」と題する書面(甲15添付書面),B監察官の陳述書(乙11)及び証人Bを挙げる。

しかしながら,証拠(証人B,原告本人第1回)によると,原告が「横領金の使い途」と題する書面を作成したのは,帯広刑務所において勾留中の平成11年11月16日であると認められるところ,こうした状況に照らして,原告が,領収書や備忘録等の手がかりもないまま,確定的な日時,使途内容,金額などを特定して記載し得るのかについては疑問が残るし,また,この金額欄に記載された金額も下3桁の数字が000ないしは500という整った金額が多数並べられているものであって,全体として不自然なものといわざるを得ない。そして,原告のこの自白内容について,被告の側で当然されるべき支出等の裏付調査が行われておらず(証人B),また,原告の当時の経済状況等自白を補強すべき事実についての客観的な裏付けもないことを加味すれば,そもそも原告が,このように必ずしも多額とはいえない個々の出費について,この時期に限って積立金及び事務費として預け入れるべき金員から流用しなければならないような状況にあったとは到底考えられず,その記載内容が真実であるとにわかに信用することはできないのである。他方,その余の証拠(乙11,証人B)も,信用性の乏しい「横領金の使い途」と題する書面を前提とするものであり。同様に,その信用性に疑問を差し挟まざるを得ない。

(イ) また,被告は,原告が自己の徴収ミスによって生じさせた団体保険料の不足に対する補てんのために,積立金及び事務費として預け入れるべき現金の中から合計約19万4000円から約22万4000円を流用した旨の主張もする。

原告が,自己の徴収ミスから団体保険料の不足を生じさせ,積立金及び事務費として保管していた現金から補てんしたことがあったことについては,当事者間に争いがない。

しかしながら,具体的な流用額については証明がないといわざるを得ない。すなわち,原告は,捜査段階において,具体的な流用額を団体保険の新規加入手続のミスで9000円くらい,H町役場の団体財形保健の加入通知ミスで4万円くらい,顧客の保険契約の団体加入手続や保険料自動振替手続のミスで10万円以上を流用したなどと供述しているが(乙11),これらを合計しても,14万9000円以上という漠然とした額が明らかになるにすぎず,他に,原告の具体的な流用額が約19万4000円から約22万4000円であったことを認めるに足りる証拠はない。加えて,後記(3)のとおり,原告の捜査段階における自白は全体的に信用性に疑問があるし,本件横領の存在を推認させる重要な事情である当該箇所に限って見ても,これを相応に裏付ける資料すらないのである。かえって,原告は,ある程度不足した分については原告の口座から払い戻して穴埋めしている旨供述していること(原告本人第1回)を考慮すれば,原告が,平成11年3月31日当時,自己の徴収ミスからの積立金及び事務費の流用による不足額を生じさせたことがあったものの,その額については,結局のところ真偽不明であるといわざるを得ない。

(ウ) さらに,被告は,原告が,Cの未納保険料に対する預入れのために,積立金及び事務費として預け入れるべき現金の中から19万2060円を流用したとも主張する。

平成11年3月31日の時点において,Cの平成10年5月分から平成11年3月分までの団体保険料11か月分19万2060円(1月あたり1万7460円)が未納であったことについては,当事者間に争いがない。

しかしながら,前記(1)イ(イ)のとおり,原告が,自己の徴収ミスから団体保険料の不足を生じさせていたことがあったものの,その不足額については明らかでないし,その原因が事務費等の預入れ処理の遅延にあった可能性も否定できないから,Cの団体保険料未納分19万2060円があることをもって,直ちに原告の手元に事務費として預け入れることができる現金が不足していたと推認することはできないはずである。加えて,原告は,平成11年3月に受領した自己の業績賞与(21万1195円)から,同月31日,Cの未納保険料を立て替えた旨主張し,原告は,Cの保険の満期が迫っている時期の解約は同人にとって不利益となり,同人は保険料の払込みが遅れても後から支払自体はされていたことから最終的には支払うであろうと考え,保険業務の責任者として解約はできるだけ避けたいとの思いもあって,同人の保険契約を解約せずに,自己の業績賞与から未納保険料を立て替えたなどと供述しており(乙11,原告本人第1回),この供述内容自体十分に了解できるものであるし,当時,旅行会の会計監査が迫っていたこと(前記前提事実(2)エ)も考慮に入れれば,この点に関する原告の供述を不合理であるとして,その信用性を一概に否定し去ることはできない。

(エ) そして,原告が,積立金及び事務費として預け入れるべき現金を流用したことを認めるに足りる証拠は他に見当らない。

そうすると,平成11年3月31日の時点で,積立金及び事務費として保管していた現金がある程度不足していた可能性は否定できないものの,その額は明らかでなく,少なくともE副局長の業績賞与を流用しなければならない程度にまで事務費として預け入れることができる現金が原告の手元にない状況であったと認めることはできない。

ウ なお,被告は,原告の積立金及び事務費の預入れ処理が遅れ,特に事務費の預入れ処理については,通帳が1冊である分,その処理が容易であったにもかかわらず,100余冊の通帳の処理を要する積立金の預入れ処理よりも数か月遅れて行われていることは,原告が,積立金及び事務費を流用して預け入れるべき現金が手元になかったことによる旨主張する。しかしながら,原告は,前記(1)イ(イ)とおり,自己の徴収ミスから団体保険料の不足を生じさせ,積立金及び事務費として保管していた現金から補てんしたことがあったこと,また,原告は,事務費については公金ではないという認識で,優先順位としては一番最後と考えていたこと(原告本人第1回)に照らせば,原告の手元に現金があった場合でも,そのずさんな計理ゆえに積立金及び事務費の預入れ処理が遅延することは十分あり得るのであって,原告の手元に現金がなかったと推認できるものでもない。

エ また,被告は,原告の平成11年3月23日の同人名義の口座からの18万8933円の払戻し及び翌24日の同口座への同額の預入れをもって,原告が当時,積立金及び事務費として預け入れるべき現金として20万円程度の現金しか持ち合わせていなかった旨主張する。しかしながら,前記のような原告の計理処理の状況からすると,同月23日に20万円くらいの現金があるのが判ったという捜査段階における原告の供述にもその信用性に疑問が残るのであって,上記の原告名義の口座に係る払戻し及び預入れから,原告が積立金及び事務費として当時保管していた現金が20万円程度しかなかったと推認できるものでもない。

オ さらに,証拠(乙2,3,10,14,証人E)によれば,原告がE副局長へ旅行会の事務の引継ぎをした平成11年7月25日には,同年6月分の事務費未計理分として現金7万2361円の引継ぎをしたが,他に現金はなく,事務費について,金銭出納簿上の残高61万3968円に対し,本件通帳上の残高が37万4638円で23万9330円が不符合であったほか,平成11年4月分及び同年5月分の事務費計14万8436円も計理されておらず,事務費約39万円が不足し,積立金についても,同年6月分計18万0012円がすべて預け入れられておらず,積立金及び事務費として保管されているべき現金より合計56万7778円不足していたと認められる(ただし,このうち,本件払戻しに係る25万2400円は,前記前提事実(3)のとおり未記帳で,本件払戻し時,すなわち,平成11年4月6日に発生した不足であるから,同年3月31日の時点では,前記56万7778円から,25万2400円を差し引いた31万5378円が,積立金及び事務費として保管されているべき現金より計算上は不足していた可能性がある。)。

しかしながら,当時,別表のとおり,既に徴収した平成11年2月分及び同年3月分の積立金合計36万0379円が預入れ未了であり,また,上記(1)イのとおり,被告の主張するところは,原告の手元に現金として保管されていたという推認を妨げる事情にもなり得ないのであって,同年3月31日の時点で,事務費として預け入れることができる現金が不足していたということはできない。

カ 以上によれば,平成11年3月31日の時点で,原告が事務費として預け入れることができる現金が,E副局長の業績賞与を流用しなければならない程度にまで不足していたと認めることはできず,原告が,この業績賞与を横領して費消したと認定することはできない。

(2)  E副局長の業績賞与相当額の送金までの経緯等について

この点,被告は,平成11年4月6日にE副局長から業績賞与の送金を頼まれて,同日,本件払戻しにより25万2400円を取り出して3日間保管し,これに手持ち資金1749円を加えて,同月9日に25万4149円を同副局長に送金し,他方で,同月6日,水戸旅行の代金不足分等20万2557円を,おそらくは自己の業績賞与から加えて,合計207万2400円をUに送金したなどと主張する。

しかしながら,本件払戻しが同副局長の業績賞与の送金に充てるためであるなら,わざわざその額より1749円少なく,しかも2400円という端数のある額を払い戻したことは,極めて不自然であるといわざるを得ない。また,本件払戻し金を同日のUへの送金の不足分等に充てることなく,あえて3日間留保した上で同月9日の同副局長への送金に充てるということについても,納得し得る合理的な事情は窺われない。

(3)  原告の捜査段階における供述の信用性について

被告は,捜査段階における取調べにおいて,原告は,E副局長の業績賞与の穴埋めのために本件払戻しをした旨を一貫して認めていたと主張する。

しかしながら,原告の捜査段階における自白は,前記(1),(2)で指摘したとおり,重要な事実について客観的な裏付けを欠くものである。

ところで,証人B(乙11も同旨)は,平成11年11月10日に原告が自白するに至った状況に関して,それまでスムーズに説明をしていた原告が,「一瞬はっとした表情になり,突然右手で額を押さえながら,うなだれるように右腕のひじを机について黙り込んでしまいました。そのとき原告のほうを見たんですけども,原告の唇の皮がばりばりめくれあがってきまして,大変驚きました。一瞬病気じゃないかと思ったくらいです。」とか,「しばらくして,すみませんでしたといって,原告は本件犯行を自供しました。」などと証言する。しかしながら,前記(1)イのとおり,原告はずさんな計理をしていたために記憶があいまいであったことが窺われ,さらに,証拠(甲19,乙11,証人B,原告本人)によれば,原告は,同日午前11時30分に取調べを開始し午後4時32分ころになって自供に至ったこと,同月16日になってようやく「横領金の使い途」と題する書面を提出したことが認められるのであって,このように記憶があいまいであった原告が,取調べ開始から相当時間経過後に横領の事実を自白し,横領金の具体的使途について記憶喚起するまで相当の日数を要したことは,上記の証人Bの証言による唐突な自白の状況とは必ずしも整合せず,不自然である。

上記横領の事実についての前記(1),(2)で指摘したような疑問にも照らすと,原告の捜査段階における自白は,旅行会についてずさんな計理をしていたことから記憶があいまいだったため,明快な説明をできなかったことに加えて,原告が主張するように,息子の勤務する金融機関への捜査等家族に迷惑がかかることだけは避けたいとの思いから,自暴自棄になってされた内容虚偽のものではないかとの疑念を払拭することができない。

(4)  本件払戻しによる金員が水戸旅行代金の不足分等に充てられた可能性について

以上に対して,原告は,本件払戻しの目的は水戸旅行代金の不足分等に充てるためであったと主張する。

ア まず,本件払戻しの金額は25万2400円であるところ,本件払戻しがされた平成11年4月6日に原告がUに振り込んだ水戸旅行代金は207万2400円であり(甲10,11),金員の移動が同一日であり,かつ,「2400円」という端数分の金額が一致していること自体からみても,本件払戻しによる金員が水戸旅行代金の一部に充てられたという密接な関連性,ひいては原告の本件払戻しの目的が水戸旅行代金の一部に充てるためであったことが優にうかがわれる。

イ これに対して,被告は,平成11年4月1日の原告の事務費からの「水戸・房総料金」67万4143円の払戻しのうち,3万7443円は,払い戻す必要がなかったのであるが,原告が誤って払い戻し旅行代金に充てたものであり,旅行代金の不足分等は,この額を24万から控除した20万2557円である旨主張する。

証拠(乙2,3,原告本人第2回)によれば,原告は,平成11年2月19日にRに事務費から10万円を渡し,同月27日に同人から6万2558円の返納を受けて,同年3月31日に事務費として預け入れており,この差額3万7442円は,水戸旅行中の飲食代金等として使用されたものであると認められるが,Uからの請求書(甲10)に,飲食代金等が必要になったことを窺わせる記載もないのに,誤って払い戻し,旅行代金に充てたということは考えにくいから,3万7443円を旅行代金に充てたと認めることはできず,むしろ,原告の主張するように,原告が立て替えた水戸旅行の案内状に用いた切手代等の精算に充てたと考える方が自然である。3万7443円が旅行代金に充てられたものでないとしたら,不足分は24万円であり,端数分の2400円を払い戻す必要はないことになるが,前記(1)イ(イ)のような原告の現金の保管状況に照らせば,現金が不足分の正確な金額を認識せずに,多少の金額的な余裕をみて,Uへの支払分の端数分に合わせて本件払戻しを行ったことも十分に考えられるのである。

ウ また,被告は,原告が,本件旅行代金の支払の当時,水戸旅行に参加した会員が23名であるとの認識であり,参加会員のうち個人負担分の未納者は3名と認識していたことに照らすと,参加者が24名,未納者が4名であることを前提とした25万2400円を払い戻すことは不合理であるとも主張する。

しかしながら,平成11年2月中にUより旅行代金の請求書が届いていたこと,その後もUより電話により再三督促を受けていたこと(甲10,19,原告本人第1回)を考慮すると,原告が,旅行会社のUから,参加者が24名であるとして請求を受けて,自己の認識と整合しないことから何度か検算をしたものの1名分足りないと思いながらも,これ以上支払を待たせて迷惑をかけるわけにはいかないと考えて,Uの請求どおりに支払ったとしても(原告本人第1回,第2回),当時の状況や経過に照らすと,やむを得ない対処であるといえ,請求書の金額との差額を本件通帳の口座から払い戻すという処置も,不自然とまでいうことはできない。

なお,原告は,水戸旅行の参加者は23名と認識していたにもかかわらず,Uからの請求は24名分であり,そのために,検算等を繰り返して確認したというのであれば,捜査段階において,本件払戻しについて記憶を喚起できなかったというのは不自然であるといえなくはない。しかし,原告は,当時,本来の郵便局員としての職務も繁忙であったが,それのみならず旅行会に係る多数回にわたる貯金の出入れや送金等の事務を処理しており(証人I,原告本人第1回),しかも,前記(1)イ(イ)のとおりのずさんな計理を行っていた原告が,平成11年11月の取調べ時において,7か月以上も前のごく一部の行為である本件払戻しについて,その状況や目的等について記憶を喚起できないということもあり得ることであって,捜査官に対し,旅行代金の不足に充てるためとの目的を述べなかったことをもって,その目的に係る原告の主張を排斥することはできない。

エ さらに,被告は,旅行代金の不足分等は,積立金として預け入れるべき金員ないし原告の業績賞与から工面した可能性が高い旨主張するが,もし,積立金として預け入れるべき金員があったというのであれば,平成11年3月31日の事務費の預入れの際に,当該金員を用いるのが自然であるし,事務費の預入れの際にE副局長の業績賞与を用いながら,旅行代金の不足分等には自己の業績賞与を用いるということ自体が不自然であることは,前記(2)で判示したとおりである。

(5)  小括

以上のとおりであるから,本件払戻しの目的は,E副局長の業績賞与相当額の送金に充てるためであったと認めることはできず,むしろ,水戸旅行代金の不足分等に充てるためであったと認めるのが相当である。

2  争点(2)(横領の成否)について

(1)  上記1のとおり,本件払戻しは水戸旅行代金の不足分等に充てる目的であったと認められる。

ところで,本件通帳は,旅行会の運営のために使用する事務費を預け入れる旅行会代表者の名義の通帳である以上,原告による本件払戻しが,旅行会から委託された目的に反することになれば,なお横領が成立する余地がある。

そこで,引き続き,原告が本件通帳を利用して本件払戻しをし,水戸旅行代金の不足分等に充てたことが横領となるかについて判断する。

(2)  証拠(乙3,12)及び弁論の全趣旨によると,事務費の払戻しの権限について,旅行会運営のために必要となる経費等であれば,本件通帳の名義人である旅行会代表者の事前の了解を得ることなしに,事務費を払い戻すことができること,また,旅行会参加者の旅行会代金のうち,個人負担分については個人の通帳から払い戻し,残高が不足する場合は現金で徴収する一方で,役員会等で決定した旅行会補充分については本件通帳からの払戻しで対応していたことが認められる。他方で,証拠(証人I)によれば,旅行会の個人負担分について事務費を立て替えても旅行会の了解を得られる余地があったことが認められ,他に,旅行会ないし同会員において,事務費から旅行代金を立て替えることを問題視していたような状況も窺われない。

以上に照らせば,原告が本件通帳を利用して本件払戻しをし,水戸旅行代金の不足分等に充てることが,旅行会から委託された目的に照らしておよそ許されないものであったとまでは認められない。そして,事務費の実質は旅行会運営のために必要となる経費等であると認められるところ,事務費を旅行代金の個人負担分の未納分に充てることは,旅行会ないし同会員の負担する債務の弁済のために旅行会の運営費用を弁済しているものとも評価し得るのであって,こうした事務費の実質と必ずしも矛盾するものでもないのである。そして,前記1(4)ウのとおり,本件払戻しの当時,Uより旅行代金の請求書が届き,再々督促を受けており,未納会員からの現金徴収をする時間的な余裕がなかったことも併せ考慮すれば,事務費から一時的に未納金を立て替えたとしても,旅行会から委託を受けた目的に反する行為であったとまでは認め難い。

(3)  以上のとおりであって,本件払戻しが,原告が旅行会から委託を受けた目的に反するものと認めることはできず,他に,原告が本件払戻しに係る金員を横領したことを認めるに足りる証拠もないのである。

3  結論

以上のとおり,処分理由となった横領の事実を認めることはできないから,本件処分は違法なものとして取り消されるべきであって,原告の請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。

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