札幌地方裁判所 平成16年(行ウ)25号 判決 2005年7月22日
原告
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被告
倶知安町長 伊藤弘
同訴訟代理人弁護士
佐々木泉顕
同
中原猛
同
沼上剛人
同訴訟復代理人弁護士
村山敬樹
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第3 争点に対する判断
1(1) 原告は、本件出張が法35条に基づく本件職員の職務専念義務に違反するものであり、これを命ずる本件出張命令は違法であって、これに基づく出張旅費の支出も違法である旨主張する。
(2) 法35条の「職責」とは、地方公共団体がなすべき事務のうちから個々の職員に割り当てられた職務と責任をいう。そして、かかる職務と責任の内容は、通常、組織規程や事務処理規程等によって一定しているが、地方公共団体の能率的で秩序ある事務の執行の確保という法35条の趣旨からすれば、それらは必ずしも固定的なものではなく、部内の他の事務又は他の機関の事務に一時従事すべき命令、その他特命を受けることによって変更され得るものと解される。
また、普通地方公共団体の長は、当該地方公共団体の執行機関として、その機能を適切に果たすための限度で、広範な裁量を有している(地方自治法148条、149条参照)。したがって、その裁量の範囲内において、職員に対する出張命令その他の命令をすることは当然に許される。
(3) 本件では、伊藤町長が決裁した本件出張命令(前提事実、〔証拠略〕。地方自治法149条9号参照)は、上記の職責の内容を画する命令又は特命に当たり得る。
もっとも、地方公共団体の職員に対する出張命令がその長の有する裁量権の範囲を逸脱するなどの違法があるときは、職員がこれに従ったことによって直ちに職務専念義務に違反しないことになるものではない。
(4) 以上に基づき、本件出張命令の適否等を検討する。
ア 倶知安町は、町内に、全国的に名前が知られている羊蹄山といった観光地やスキー場等があり、毎年多くの観光客が訪れており、他の産業の規模等を考えると、観光を重要な産業の一つとする町であり、同町の基幹産業には、農業だけではなく、観光も含まれている(〔証拠略〕)。
また、本件イベントは、真夏に、大都市である東京の銀座数寄屋橋公園において行われた。雪だるまは、倶知安町から運搬した20トンの雪氷(30センチ×30センチ×50センチの雪氷約800個)を用いて製作され、高さ4メートル、台座30センチ、胴部の直径2.7メートル、頭部の直径1.8メートルの大きさがあった(〔証拠略〕)。
また、本件イベント会場では、パンフレットの配布や倶知安町名産品の宣伝・配布等がされた(前提事実、〔証拠略〕)。さらに、同会場には、全国的に有名なスキー場である「ニセコ」の文字が入った「東洋のサンモリッツ ニセコひらふ高原」と書かれた横断幕が掲げられていた。(甲22)。
これらの事実から判断するに、本件イベントは前記のように、倶知安町から運搬した雪氷を用いて巨大な雪だるまを製作するというものであるから、これを見る多くの者に雪につき、大きなインパクトを与え、横断幕の「ニセコ」の文字と相まって、特にスキー客の誘致に効果があると考えられる。
また、前記のように、パンフレットや名産品が配布されたが、町のPRのために配布されたものであることからすれば、それらには町名が記載されているのが通常であり、そうであれば、これらの配布によっても同町の名が広められることになる。
したがって、本件イベントにおける、同町の名を広め、観光客やスキー客を同町に誘致するための宣伝効果は大きいと認められる(前提事実、〔証拠略〕)。
そうすると、本件イベントは、倶知安町の基幹産業である観光の発展のために重要なものであり、これによる宣伝が集客に結びつきやすい東京都内で行うことは、効果的であるということができるし、同町の振興のために同町自体がこれを支援することには十分な合理性があるといえる。
イ 他方、本件出張は、倶知安町の各部署に属する8名の本件職員を、土曜日及び日曜日を含む3日間にわたって、本件イベントに参加させるために派遣するというものであり、その出張旅費は合計で37万7700円である(前提事実)。
上記8名という人数は、同町の職員全体の割合からすれば多いとはいえないし、本件職員が各部署から派遣されていることや、出張期間が比較的短期であり、さらにその期間に土曜日、日曜日が含まれていることからすれば、観光PRを本来の分掌事務の範囲内の職務とする産業観光課の職員だけを派遣したり、平日だけに職員を派遣する場合に比べ、同町の通常の業務に支障を及ぼすおそれは乏しいといえる。また、本件イベントの目的や、それによって期待される経済効果等に照らすと、出張旅費額も多額にすぎるものとはいえない。
ウ 以上のとおり、観光が同町の基幹産業と位置づけられ、本件イベントはその振興に資するものであることからすれば、同町の職員を出張させて本件イベントに派遣することは、同町にとって有益である反面、これによる格別の支障があるとは認められない。
そうすると、伊藤町長が本件職員を本件イベント(第14回)に派遣するための本件出張命令を決裁したことは、同町の町長として有する上記裁量権を逸脱するものでないことは明らかである。
したがって、本件出張命令は適法であり、本件職員は、同命令に従って本件出張をしたのであるから、同出張はその職務に属することになり、これが職務専念義務違反になることはない。
エ 以上に関し、原告は、農業のみが倶知安町の基幹産業であると主張する。
しかし、同町において、観光が基幹産業と位置づけられ、そのための施策が講じられ、計画が立てられていることは、平成10年3月作成の「アクティブ・プラン21第4次倶知安町総合計画」(〔証拠略〕)の記載からも明確であり(例えば、同計画の第1部基本構想・第2章・5.町の産業の記載においては、(1)で農業が「基幹産業」とされ、他にも、観光の振興を目指す旨が随所に記載され、現在の倶知安町は「農業と観光を基幹」としていることが明示されている。)、上記主張は根拠がない。
オ なお、同町においては、平成13年以降、本件イベントに派遣される職員の出張の取扱いを業務出張から研修出張に変更している(前提事実)。
しかし、職員は、本件イベントに町民とともに参加することによって、町民との連帯感をもつことができ、また、倶知安町のPR活動を通じ、倶知安町に対する関心や理解を深め、倶知安町の職員としての自覚を強く持つと考えられることからすれば、本件イベントヘの参加は、当該職員が自己啓発や自己研さんの機会をもつことにつながり(〔証拠略〕)、この点からすれば、本件イベントヘの参加が研修としての性格をも有するといえるから、上記取扱いの変更は、このような性格を反映させるために行われたものと考えられ、この認定判断を覆すべき証拠は存在しない。
したがって、本件出張を研修出張としたことについても裁量権の逸脱はなく、研修とは認められない出張を名目上研修出張としたとは評価し得ない。
なお、原告は、上記に加え、本件イベントに派遣される職員が固定していることや、旅費の支出費目を問題にしている。しかし、本件出張は、上記の理由により職員の職務として命じられているものであって、単に職員の研修のみを目的としているものでないから、同一人が複数回出張していることや、旅費の支出費目が研修旅費でないことが格別問題となるとは考えられない。
(5) 以上によれば、原告の本件請求は理由がない。
2 結論
よって、原告の本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 笠井勝彦 裁判官 馬場純夫 矢澤雅規)