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札幌地方裁判所 平成16年(行ウ)5号 判決 2004年11月19日

主文

原告らの訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,Aに対し,28万6510円及びこれに対する平成7年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求せよ。

(2)  被告は,Bに対し,21万2500円及びこれに対する平成9年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を請求せよ。

(3)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  本案前の申立て

主文同旨

(2)  本案についての答弁

ア 原告らの請求をいずれも棄却する。

イ 訴訟費用は原告らの負担とする。

第2当事者の主張

1  本案前について

(1)  被告の主張

原告らの訴えは,以下のとおり,いずれも不適法であるから,却下されるべきである。

ア 被告適格の欠如

本件訴訟は,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,行政庁に対して特定の行政行為をすべきことを求めるいわゆる義務付け訴訟であり,行政庁の消極的な公権力の行使に対する不服訴訟の意義を有し,抗告訴訟である不作為の違法確認訴訟(行政事件訴訟法3条5項)と本質を同じくするといえるから,被告適格については,同法11条が準用される。そうすると,行政庁間で行使権限に関する委任があるときは,委任庁は,委任事項を処理する権限を失うとともに,受任庁が自己の行為としてその権限を行使することになる。

普通地方公共団体の長は,債権(金銭の給付を目的とする地方公共団体の権利)を管理する権限を有するところ,被告は,地方自治法180条の2の規定を受けた北海道財務規則12条に基づき,部局長である北海道警察本部長(以下「道警察本部長」という。)及び北海道各方面本部長(以下「方面本部長」という。)に対し,その所掌に属する事務に係る債権の管理等の執行を委任している。そして,方面本部長は,自らの統括する事務の範囲の全般にわたり,当然に道警察本部長の指揮監督を受ける(警察法51条3項)。

そうすると,北海道旭川方面旭川中央警察署長(以下「旭川中央署長」という。)であったA及びBに対して損害賠償を請求するよう求める本件訴訟については,旭川中央署長及び旭川方面本部長らを指揮監督する道警察本部長が被告適格を有するというべきであり,被告は,被告適格を有しない。

イ 訴えの利益の消滅

本件訴訟は,義務付け訴訟であり,形成訴訟であると解されるから,債務の弁済等により執行機関等に対して義務付けをする法的根拠がなくなった場合は,訴えの利益が消滅すると解すべきである。

A及びBは,平成16年2月12日,いずれも札幌法務局供託官に対し,被供託者を北海道,供託原因を不当利得として,本件訴訟に係る債務全額の弁済供託(以下「本件供託」という。)をした。したがって,本件訴訟に係るA及びBの債務は消滅し,被告に対する義務付けの法的根拠はなくなったから,本件訴訟の訴えの利益は消滅した。

(2)  原告らの主張

ア 被告適格について

地方自治法242条の2第1項4号に基づく訴訟(以下「4号住民訴訟」という。)の被告とされる「執行機関又は職員」とは,当該訴訟で求められている損害賠償等の請求や賠償命令を行う権限を有する行政庁とその補助機関を指すものと解されるところ,損害賠償又は不当利得返還を請求する権限及び賠償命令を発令する権限は,いずれも普通地方公共団体の長に与えられているから(同法242条の3第1項,243条の2第3項,同4項),普通地方公共団体の長は,執行機関として被告適格を有する。被告が主張するように,本件訴訟の被告適格が被告にはなく道警察本部長にあるとすれば,本件訴訟において原告らが勝訴した場合,北海道知事は,自己が当事者ではない訴訟によって,支払の請求及び訴訟の提起を義務付けられることになり,不合理である。

また,財務規則等による権限の委任は明確なものでなければならないところ,北海道財務規則12条12号が権限委任の対象事項として定める「債権を管理すること」とは,曖昧な規定であって,これにより債権の取立権限や賠償命令権等の相手方の権利義務を変動させるような権限行使を委任することは,法律による行政の原理及び法治主義に著しく反する。本件訴訟は,北海道知事が委任したとされる捜査用報償費(以下「報償費」という。)の支出という債権の管理行為について,その違法性を理由とする損害賠償を請求するよう求める訴訟であるところ,このような損害賠償請求は,まさに委任者の指揮監督権の発現であって,これを一般的な債権の管理の権限と同等に扱うとすれば,委任者の指揮監督権は全く機能しないことになる。これらのことからすれば,公金支出の違法性を理由とする損害賠償請求の権限は,北海道財務規則12条によって各部局長に委任されている債権の管理には含まれず,当該権限は,各部局長に委任されていないと解すべきである。

仮に,公金支出の違法性を理由とする損害賠償請求の権限が各部局長に委任され,委任者たる地方公共団体の長が当該権限自体を有しないとしても,委任者の受任者に対する指揮監督権からすれば,地方公共団体の長は,委任した権限の行使の違法性を理由とする損害賠償請求についてまでも権限を有しないとはいえない。

したがって,被告は,本件訴訟の被告適格を有している。

イ 訴えの利益について

本件供託は,供託原因を不当利得とするものであるから,本件訴訟に係るA及びBの損害賠償債務についてされたものとはいえない。また,本件供託は,被供託者,供託管轄及びその前提となる弁済の提供の相手方等を誤ったものであるから,供託要件を欠き無効である。さらに,本件供託について,A及びBの取戻請求権が既に消滅したという事情は認められず,同人らの損害賠償債務が絶対的に消滅したとはいえないから,本件供託をもって,本件訴訟の訴えの利益を否定するのは早計である。

したがって,本件訴訟に係るA及びBの損害賠償債務は消滅しておらず,本件訴訟の訴えの利益は存在する。

2  本案について

(1)  請求原因

ア 当事者等

(ア) 原告らは,北海道の住民である。

(イ) 被告は,北海道知事である。

(ウ) Aは,平成7年5月当時の旭川中央署長である。

Bは,平成9年9月当時の旭川中央署長である。

イ 旭川中央署における報償費の違法支出

(ア) Aは,平成7年5月1日から同月30日までの間,報償費としての使途が実際にはないにもかかわらず,報償費名目で合計28万6510円の公金を支出した。

(イ) Bは,平成9年9月2日から同月29日までの間,報償費としての使途が実際にはないにもかかわらず,報償費名目で合計21万2500円の公金を支出した。

(ウ) 北海道は,A及びBによる上記報償費の違法支出により,同額の損害を被った。

ウ 住民監査請求

原告らは,平成15年12月12日及び同月22日,北海道監査委員に対し,前記イの報償費の違法支出について,地方自治法242条に基づく住民監査請求を申し立てたが,同監査請求は,平成16年2月9日,決定により棄却された。

エ まとめ

よって,原告らは,被告に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,A及びBに対してそれぞれ請求の趣旨記載の損害賠償を請求することを求める。

(2)  請求原因に対する認否

ア 請求原因ア(当事者等)の事実のうち,(ア)は不知で,その余は認める。

イ 請求原因イ(旭川中央署における報償費の違法支出)の事実のうち,Aが平成7年5月分の報償費28万6510円の支出決裁をしたこと,Bが平成9年9月分の報償費21万2500円の支出決裁をしたことは認め,その余については,本案前の申立てに対する裁判所の判断が示されるまで認否を留保する。

ウ 請求原因ウ(住民監査請求)の事実は認める。

理由

1  本案前の申立てについて

被告は,本件訴訟について,被告に被告適格がないこと,訴えの利益が消滅していることを理由に訴えの却下を申し立てる。そこで,まず,被告が被告適格を有しているか否かを検討する。

4号住民訴訟において被告となる「当該普通地方公共団体の執行機関又は職員」とは,当該訴訟で求められている損害賠償等の請求や賠償命令を行う権限を有する行政庁及びその補助機関をいうと解されるところ,損害賠償等を請求する権限及び出納職員等に対して賠償命令を発令する権限は,地方公共団体の長に与えられている(地方自治法242条の3第1項,243条の2第3項,同4項)から,地方公共団体の長は,執行機関として4号住民訴訟の被告適格を有すると解される。しかし,一方,4号住民訴訟は,被告に対して損害賠償等の請求や賠償命令の発令を義務付ける訴訟であって,現にこれらの請求や発令の権限を有している者を被告とすべき訴訟形態であることからすれば,地方公共団体の長が当該権限を他に委任している場合には,委任者たる地方公共団体の長は,もはや同権限を有さず,4号住民訴訟の被告適格を失うと解するのが相当である。

これを本件についてみると,被告は,北海道財務規則12条において,部局長たる道警察本部長及び方面本部長(同規則2条)に対し,その所掌に属する事務に係る債権の管理等の執行を委任している(乙1)のであるから,本件訴訟において原告らが求める元旭川中央署長たるA及びBに対する損害賠償請求権を行使する権限は,同規則12条によって,被告から道警察本部長及び旭川方面本部長に委任されたというべきである。そうすると,被告は,もはや上記権限を有しておらず,本件訴訟の被告適格を有しないというべきである(なお,道警察本部長は,道公安委員会の管理に服し,道警察本部の事務を統括し,その所属の警察職員を指揮監督すること(警察法48条),方面本部長は,道警察本部長の命を受け,その所属の警察職員を指揮監督すること(同法51条3項),北海道財務規則は,以上の警察法の諸規定の存在を当然の前提として規定されていると考えられることからすれば,旭川方面本部長の所掌に属する事務は,道警察本部長の所掌に属する事務でもあるというべきであるし,被告は,旭川方面本部長の所掌に属する事務を同本部長に対してのみならず,道警察本部長に対しても委任していると考えられる。したがって,本件訴訟の被告適格を有する者は,道警察本部長であると解される。)。

原告らは,4号住民訴訟の判決確定後にされる損害賠償の支払請求及び賠償命令は,いずれも地方公共団体の長がするものとされるから,4号住民訴訟の被告も同一にすべきである旨主張する。しかし,上記支払請求や賠償命令の主体となる者は,条文上「普通地方公共団体の長」(地方自治法242条の3第1項,243条の2第4項)と明確に規定されているのに対し,4号住民訴訟の被告は,「当該普通地方公共団体の執行機関又は職員」と規定され,地方公共団体の長に限定されていないから,法は,4号住民訴訟の被告適格を有する者とその後に支払請求や賠償命令をする者とが異なる場合があることを予定しているというべきである。

また,原告らは,本件訴訟に係る損害賠償請求権を行使する権限は,北海道財務規則12条によって委任の対象となる債権の管理には含まれないとして,被告は同権限を有していると主張する。しかし,「債権」(同法240条)とは,およそ地方公共団体が当該地方公共団体以外の者に対して金銭の給付を請求し得るすべての権利を包含すると解されるから,本件訴訟に係る損害賠償請求権もこれに含まれるというべきである。北海道財務規則12条は,委任の対象となる債権の内容や性質,種類等について,特に限定するような規定を設けていないのであって,原告らの主張するような解釈によって債権の範囲に限定を加えるとすれば,地方公共団体の執行機関の所掌事務について明確性を要求する地方自治法の趣旨(同法138条の3)に反することになりかねない。なお,北海道財務規則280条は,訴訟手続等の事務を掌握する被告に対し,その所掌事務に係る措置を採ることを求めることを規定したにすぎず(甲3,乙9),これにより被告が本件訴訟に係る損害賠償請求権を行使する権限を有すると解することはできない。かえって,北海道財務規則258条が「債権管理者は,その所掌に属する債権について,履行を請求するため,歳入徴収者(括弧書き省略)に対し,納入又は返納の通知をすべきことを請求しなければならない」と履行の請求をする主体が債権管理者であることを当然の前提とした規定になっていること(甲3)からしても,債権管理者の所掌に属する債権の履行の請求が,同規則12条12号により債権管理者に委任されている「債権を管理すること」から除外されているとは考えられないというべきである。

さらに,原告らは,委任者の受任者に対する指揮監督権の発現として,被告は本件訴訟に係る損害賠償請求権を行使する権限を有すると主張する。しかし,地方公共団体の長から公安委員会等の他の執行機関に対する権限の委任は,両者の協議に基づいて行われるものであって(同法180条の2),これにより委任された事務については,明文の規定がない以上,地方公共団体の長は,受任機関に対して指揮監督権を有しないというべきである。また,地方公共団体の長は,公安委員会等の他の執行機関を所轄するものとされる(同法138条の3)ところ,所轄とは,複数の機関の間において,一方が上級の機関であることを認めながら,他方はその上級機関から相当程度独立した機関である場合を指すのであって,都道府県知事と都道府県警察及びその職員らを管理する都道府県公安委員会(同法180条の9)との関係もこれに当たる(警察法38条1項)から,地方公共団体の長は,公安委員の任命,警察に関する条例,予算に関する権限等を有するにすぎず(地方自治法149条,180条の6),警察の運営についての直接的な指揮監督権を有するものではないと解される。仮に,地方公共団体の長が受任機関に対して指揮監督権を有することがあったとしても,これと受任機関が第三者に対して有する損害賠償請求権とは別個の権利であるから,上記指揮監督権の存在をもって,委任者たる地方公共団体の長が,受任機関が第三者に対して有する損害賠償請求権を自己の権利として当然に行使できることにはならない。

このほか,原告らは,警察内部の指揮監督関係によって被告適格が否定されると,これを有する者が判然とせず,4号住民訴訟の提起が困難になるなどと主張する。しかし,そうであれば,被告変更の手続(行政事件訴訟法15条)を採ることも可能であるから,4号住民訴訟の提起につき,原告らに過度の負担を強いることにはならない。

したがって,原告らの上記主張は,いずれも採用することができない。

以上によれば,原告らの訴えは,被告適格を有しない者に対する訴えであるから,いずれも不適法である。

2  結論

よって,原告らの訴えは,その余の点について判断するまでもなく,いずれも不適法であるからこれを却下することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井勝彦 裁判官 寺西和史 裁判官 本多健司)

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