大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 平成17年(わ)1194号 判決 2006年4月26日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中150日をその刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は,

第1  札幌市内に本店を置き,不動産の売買及び仲介等を業とする株式会社Aの取締役兼支配人として,同社の業務全般を統括掌理していたものであるが,有限会社B及び株式会社Cの各代表取締役に就任していた被害者から,上記有限会社Bないし上記株式会社Cに対する6億円の融資の仲介を依頼されてこれを引き受け,平成15年3月24日,上記両会社及び同人の返済資力の証明等に使用する目的で,上記株式会社Cから保証金として3000万円を銀行に開設された被告人管理に係る株式会社A札幌支店支店長被告人名義の普通預金口座に振込送金を受け,そのうち2500万円を上記株式会社Cのために業務上預かり保管中,同日,札幌市内の銀行出張所において,ほしいままに,これを自己の用途に充てる目的で,着服横領した。

第2  上記被害者(当時45歳)を殺害して,上記株式会社Cに対する上記2500万円の保証金の返済を免れようと企て,同年8月16日午後5時30分過ぎころ,上記株式会社Aの事務所である札幌市内のマンションの一室において,同人に対し,殺意をもって,その頭部を大理石様の灰皿で殴打し,同人を頭部打撲による脳挫傷により死亡させて殺害し,上記2500万円の保証金の返済を免れて財産上不法の利益を得た。

第3  Xと共謀の上,同日午後10時35分ころ,上記マンション北側駐車場から,被害者の死体を被告人が運転する普通乗用自動車のトランクに積載して,北海道芦別市内の山林まで搬送した上,同月17日午後4時ころ,同山林の土中に上記死体を埋め,もって死体を遺棄した。

(証拠)

省略

(法令の適用)

罰条

判示第1の所為

刑法253条

判示第2の所為

刑法240条後段

判示第3の所為

刑法60条,190条

刑種の選択

判示第2の罪につき

無期懲役刑を選択

併合罪の処理

刑法45条前段,46条2項本文(併合罪のうちの一個の罪について無期懲役に処する場合であるから,他の刑を科さない)

未決勾留日数の算入

刑法21条

訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

1  本件は,不動産会社の責任者として不動産関係等の経営コンサルタント業務を行っていた被告人が,被害者からビルの購入資金の融資の仲介を依頼された際,融資元に被害者の返済資力を証明する必要があるなどとして,被害者から保証金として2500万円を預かったが,それを着服して横領し(判示第1),同人から上記保証金の返済を請求されるや,同人を殺害すれば返済を免れることができるなどと考え,大理石様の灰皿で同人の頭部を殴打して同人を殺害し,その返済を免れ(判示第2),当時の妻と共謀して,被害者の死体を車で山中に運び,土中に埋めて遺棄した(判示第3)という事案である。

2  まず,本件各犯行に至る経緯及び具体的犯行状況について概観する(なお,以下の説明においては,年の記載を省略した場合は平成15年を表すものとする。)。

・被告人は,平成14年7月ころ,不動産の売買及び仲介等を業とする株式会社Aの取締役兼支配人に就任し,以後同社の責任者として不動産関係等の経営コンサルタント業務を行っており,本件被害者は,平成5年11月に不動産事業を手がける有限会社Bの代表取締役に就任し,平成14年9月からは,札幌市内にあるビルを買収することを実質的な目的として設立された株式会社Cの代表取締役を兼務していた。

被告人は,平成15年2月下旬ころ,知人のDから被害者を紹介され,被害者から,上記ビルの購入資金として,6億円の融資の仲介を申し込まれ,被害者が3000万円を返済資力の証明のための保証金として預け入れることを条件に,自分の知人が経営する会社を融資元として融資を仲介することを了承した。

そして,被告人と被害者は,被告人(株式会社A)が6億円の融資の仲介を引き受けること,被害者(有限会社B又は株式会社C)は株式会社Aが設立する新会社に保証金として3000万円を預け入れること,上記保証金の返済期限は6月30日とすること,上記保証金3000万円のうち500万円は,被害者の活動資金として即時被害者に返済することなどを内容とする合意確認書及び金銭消費貸借契約書を取り交わした。

・被害者は,3月24日,上記合意に基づき,信用金庫に開設された株式会社C名義の預金口座から,銀行に開設された被告人が管理する株式会社A札幌支店支店長被告人名義の普通預金口座に,上記保証金として3000万円を振込送金した。

上記保証金は,あくまで被害者ないし有限会社B,株式会社Cの返済資力の証明のために,一時的に預け入れるという性質のものであり,被告人が自己の活動資金として自由に使用できるものではなかったが,被告人は,当時資金繰りに苦しんでいたことから,3000万円の振込みを受けるや,500万円は上記合意に従い被害者に返済したものの,残額2500万円については,その全額を自分の会社の借金返済資金等に充ててしまおうと考えて着服横領し,同日429万円を借金返済等に費消したのを皮切りに,4月11日までの間に,預かった2500万円のほとんどを自己の用途に費消してしまった(判示第1)。

・被告人は,6億円の融資を実現するために,融資元として見込んでいた前記知人と頻繁に交渉を行うなどしたものの,交渉はまとまらず,そうするうちに,保証金の返済期限である6月30日を経過したが,6億円の融資は実行されず,また,保証金の返済もできずにいた。

被害者は,当初は被告人に融資の実行を催促するだけであったが,8月12日には,被告人,被害者及び上記Dの3名で,株式会社Aの事務所(判示マンション)において話し合いの場を持ち,その際,被害者は,被告人に対し,「弁護士に相談したら,詐欺になると言っていた。誠実に対応してくれなければ警察に訴えるかもしれない。」などと言いつつ,保証金の返済を強く迫った。

被告人は,それまで被告人に対し融資の仲介を依頼する立場にあった被害者が,強い口調で保証金の返済を請求してきたことなどに激しい怒りを覚えたものの,その場においては,融資は必ず実行する,保証金も返すなどと答え,また,被害者から,それまでの交渉経過等をまとめた陳述書への署名・押印を求められたが,内容をよく読んでからにしたいので,署名・押印したものを2日後に渡す旨述べて,その日の話し合いは終了した。

しかし,被告人は,話し合いが終了するや,2500万円もの保証金を返済する資力はなかったことや,話し合いの中で被害者に対し怒りを覚えたこともあり,被害者さえいなければ,保証金2500万円の返済をしなくて済むなどと考え,被害者を殺害することを考えるようになった。

・被告人は,殺害の方法を考え始めたが,血を見るような方法は避けたいと思い,被害者を睡眠薬で眠らせた上,山中に運び,紐で首を絞めて殺害することを決意した。被告人は,同日,当時被告人の妻であったXに指示して,睡眠剤であるエスタゾラムを含有する睡眠薬ユーロジンの錠剤14錠を入手させ,同人からそれを受け取った。また,被告人は,同月13日から,美瑛方面に向けて1泊2日の旅行に出かけたが,その途中,芦別市内の山中を通った際,対向車と全くすれ違わなかったことから,このような寂しい場所なら被害者を連れてきて殺害した上で埋めることもできるかもしれないなどと考えた。

・同月14日,被害者は株式会社Aの事務所を訪れ,前記陳述書を受け取ろうとしたが,被告人は,事務員が印鑑の入った金庫の鍵を持っていってしまったため,陳述書への署名・押印ができなかったので,2日後の同月16日に同事務所にまた来てほしい旨述べた。そして,被告人は,同月16日は盆休みで同事務所には誰も出勤しない予定だったため,被害者と2人だけになるから絶好の殺害の機会であると考え,その際に,被害者を殺害することを決意し,同月14日,ホームセンターで絞殺に使うための紐を購入した。

・被告人は,同月16日,被害者に飲ませる睡眠薬入りの飲み物を作ろうと考え,株式会社Aの事務所において,前記睡眠薬のうち約3錠を粉状に砕き,湯で溶かした上で,ペットボトルに入ったアイスコーヒーに混入させた。

被害者は,同日午後5時ころ同事務所を訪れ,被告人と被害者は同所の応接室で話し合いを行ったが,融資が一向に実行されないことや,被告人からの保証金の返済が行われないことを巡って口論となった。その間,被告人は,被害者に睡眠薬を混入した上記アイスコーヒーを飲ませつつ,その効果が現れるのを待ったが,被害者が眠気を催すなどの薬効は現れず,被告人は焦ったものの,この機会に被害者を殺害しなければ,被害者と二人だけで会う機会はないかもしれない,保証金2500万円の返済を免れるためには,この機会に被害者を殺害するしかないなどと考え,被害者を昏睡させた上で絞殺することを諦め,目に入った大理石様の灰皿で,同人の頭部を殴打して殺害することを決意した。

被告人は,被害者の前に立ち,右手でテーブルの上に置いてあった灰皿を掴み,ソファーに座っていた同人の頭部めがけて灰皿を振り下ろしたが,同人は,体を後方に引いてこれをかわした。被告人は,更に被害者を灰皿で殴打しようとし,左手で同人の左腕を掴み,同人の身体を自分の身体に引き寄せた上,右手に持った灰皿を振り上げ,同人の頭部を力一杯殴打した。被害者は,ソファーに座ったままうめき声を出してうつむいたが,被告人は,被害者にとどめを刺すため,うつむく同人の頭部を目がけ,渾身の力を込めて灰皿を振り下ろし,同人の頭部を殴打し,同人を頭部打撲による脳挫傷により死亡させた(判示第2)。

・被告人は,被害者の口や鼻に手を当てるなどしてその死亡を確認すると,同人の死体をそのままにしたのでは犯行が発覚してしまうと思い,同人の死体を車で山中に運び,土中に埋めて遺棄することを決意した。被告人は,被害者の死体が頭部から出血していたことから,床などが血で汚れないようにその頭部にタオルを巻いてビニール袋を被せ,その両手,両足を紐で縛ってリネン袋に入れ,その後,同人の死体を入れたリネン袋を判示のマンション北側駐車場に運び出した。そして,被告人は,被害者が運転していた自動車を移動させて,被害者が帰ったように装うなどした後,Xに連絡し,同人に被害者の死体を被告人の車のトランクに積むのを手伝わせ,Xと共に,同車で事務所を出発した。被告人は,死体を埋める場所について,芦別市内の山中であれば,車の通行も少なく,距離的にも近いと考えたことなどから,同所に死体を埋めることにし,芦別方面に向かって車を走らせた。

被告人とXは,車中で一晩を過ごした後,同月17日午前6時前ころ,芦別市の山林に到着し,被告人は,同所は道路脇の下の方が急な下り坂になっており,死体を発見されにくいのではないかなどと考え,同所に,被害者の死体を埋めることとした。被告人は,Xに見張りをさせた上,スコップやツルハシで穴を掘り,同日午後4時ころ,被害者の死体をその穴に埋めて遺棄した(判示第3)。

3  上記のとおりの本件各犯行に至る経緯及び犯行状況を前提に,本件の情状について検討する。

・まず,判示第1の業務上横領の犯行についてみると,被告人は,自分が責任者を務める会社の資金繰りや借金返済目的で犯行に及んだものであり,その利欲的な動機に酌量の余地はない。被害額は2500万円と多額であり,その財産的被害は甚大である上,犯行態様も,被害者から振り込みがあった当日に着服横領し,二十日も経たないうちにそのほとんどを費消するという大胆極まりないものであって,内容虚偽の出金伝票を作成するなどの罪証隠滅工作も行っており,その犯情は悪質である。

・次に,本件の量刑を検討する上で最も重要な判示第2の強盗殺人の犯行と,それを隠蔽するためになされた判示第3の死体遺棄の犯行について検討すると,被告人は,上記のとおり,自分が責任者を務める会社の資金繰りや借金返済目的という利欲的な動機から,被害者から預かった多額の保証金をほしいままに着服横領しておきながら,その返済を迫られるや,こともあろうに被害者の生命を奪うという最悪の手段によってその返済を免れようとしたものであり,生命の尊さを一顧だにしない,その利欲的かつあまりにも自己中心的で身勝手極まりない動機に酌量の余地が全くないことは明らかである。

被告人は,8月12日に被害者の殺害を思い立つや,Xに睡眠薬を入手させ,自らも絞殺に使用する紐を購入するなどの準備を行い,殺害を実行に移すまでの間,自分が人を殺すことができるのかを考えることはあったものの,被害者への殺意を消失させることはなく,また,犯行時も,被害者に予期していた睡眠薬の効果が現れなかった時点において,犯行を断念する機会があったにもかかわらず,さらに,大理石様の灰皿で被害者の頭部を殴打して殺害しようと決意を新たにして犯行に及んだものであって,強固な殺意に基づいた計画的な犯行というべきである。

また,被告人は,被害者の頭部を目がけ,重さが900グラム以上もある大理石様の灰皿を振り下ろし,被害者にかわされるや,被害者の腕を掴んで自分の方に引き寄せた上,被害者の頭部を上記灰皿で殴打し,被害者がソファーに座ったままうめき声を出してうつむいたのを見るや,さらに,無防備の被害者にとどめをさすために,被害者の頭部に,上記灰皿を,渾身の力を込めて打ち付けているのであって,殺害行為の態様は執拗かつ凶暴,冷酷かつ残忍であり,その犯情は誠に悪質である。

さらに,被告人は,被害者の尊い生命を無惨にも奪っておきながら,自らは罪を免れたいなどという身勝手な想いに駆られ,被害者の自動車を移動させるなどの罪証隠滅工作をした上で,無関係のXを巻き込んで,被害者の遺体を遠くまで運び,山中に埋めて遺棄しているのであって,判示第3の死体遺棄についても,その動機や態様に酌量の余地は全くない。また,被害者の死体を埋めた後も,同所を何度も訪れ,コンクリートを流し込むなどして犯行の発覚を防ごうとしているのであって,犯行後の犯情も悪質である。

被害者は,自分が預けた金員の返済を求めただけであり,被害者の尊い命を奪うとともに,前記2500万円の保証金の返済を免れた結果が極めて重大なものであることはいうまでもない。被害者は,何ら落ち度というべき事情は見当たらないにもかかわらず,45歳というまさに働き盛りの時期にありながら,自分が手がける事業の発展も,今後人生の最も華やかな時期を迎えるであろう愛娘の成長も見守ることができず,日常のささやかな幸福も含め,その全てを被告人の理不尽極まりない犯行により奪われたものであって,その無念の大きさは計り知れない。被害者の遺族は,2年以上被害者の行方を知ることができず,その安否を気遣って心労を重ねた挙げ句,あまりにも無惨に変わり果てた被害者の姿しか見ることができなかったのであって,その被った精神的被害も甚大であり,被害者の娘に至っては,(その衝撃による悪影響を気遣う関係者の配慮からではあるが)現在もまだ被害者が死んだことすら知らされていないのであって,父親である被害者を慕っていた同人が,後に被害者の悲惨な死を知らされたときに受けるであろう精神的な衝撃の大きさも察するに余りある。そのような遺族らが,強い悲嘆,無念の心情と,被告人に対する厳しい処罰感情を述べていることも当然であり,十分理解できるものである。

・以上の諸事情からすれば,被告人の刑事責任は誠に重大である。

4  他方で,被告人が現在では本件各事実を認め,反省の言葉を述べていること,本件は計画的犯行とはいえ,睡眠薬の効能や分量を計算して被害者に飲ませたものではなく,現実にも睡眠薬が効かず,その場にあった灰皿を凶器とするなど場当たり的側面も認められ,高度に計画化された犯行とまではいえないこと,被告人が,Xの協力を得て,同人が代表者を務める会社が所有者となっている土地,建物を売却して遺族への賠償に充てる旨述べていること,その内容が遺族の感情を逆撫でするということがあったにせよ,自分なりの謝罪の言葉を綴った手紙を遺族に送っていることなど,被告人のために酌むべき有利な事情も存するところ,以上述べた一切の事情を総合的に考慮し,被告人を無期懲役に処し,その生涯をかけて,贖罪と反省悔悟の日々を送らせるのが相当であると判断した。

5  よって,主文のとおり判決する。

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 吉村正 裁判官 染谷武宣 裁判官 田中昭行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例