札幌地方裁判所 平成17年(ワ)1013号 判決 2006年6月27日
札幌市<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
荻野一郎
東京都千代田区<以下省略>
被告
株式会社USS証券
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
松村安之
主文
1 被告は原告に対し,379万7816円及びこれに対する平成16年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文と同旨。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告の吸収合併した会社が仲介販売していた外国為替証拠金取引をしたが,この外国為替証拠金取引には,その構造自体に違法性があり,そうでなくとも,適合性原則違反,内容虚偽の表示,説明義務違反等の不法行為があったとして,損害賠償請求権として379万7816円及びこれに対して一部返金があった日の翌日である平成16年4月17日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
なお,立証は記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから,これを引用する。
1 争いのない事実等(争いのない事実は証拠を掲記しない)
(1)当事者等
ア 原告は,昭和10年○月生まれの無職の女性で,コスモフューチャーズ株式会社(以下「コスモ」という。)との間で,後述するワールドワイドマージンFX(以下「WWMFX」という。)の取引を以下のとおり行った。
① 平成15年9月12日から同年9月30日まで(以下「本件取引①」という。)
支出した証拠金 合計260万円
② 平成15年12月から平成16年3月31日まで(以下「本件取引②」という。本件取引①と②を合わせて「本件各取引」という。)
支出した証拠金 100万円
なお,本件取引①は,証拠金を超える損失を生じて終了し,本件取引②については,平成16年4月16日,被告から15万2184円の返金があった。
イ 被告は,先物取引や外国為替取引にかかる売買及び売買の媒介,取次もしくは代理,商品取引所における売買並びに取引の受託等を業とする会社であったコスモを,平成17年10月3日,吸収合併した株式会社である。
ウ サマセットアンドモーガン社(以下「サマセット社」という。)は,1998年に設立され,1999年に株式会社化したオーストラリア法人であり,同社は銀行ではなく,資本金は255万豪ドル(約1億8000万円),オーストラリアの信用調査会社の格付でも,ND(格付できず)という評価を受けている(甲15の1ないし7)。
(2)WWMFXの仕組み
WWMFXは,コスモが,販売を手がけていた金融派生商品であったが,その仕組みは以下のとおりである。
ア サマセット社は,インターバンクレート(国際間の銀行間の為替取引レート)とほぼ同じレートをツーウェイプライス(売りと買いで乖離した希望価額)で提示し,顧客は,被告を通じてサマセット社に証拠金を預託して,同社との間で提示されたレートで円とドルの売買を行う。売買の対象となった現物の受け渡しは想定していない。
イ ポジション(建玉のことを意味する。)をロールオーバー(取引を乗換えることにより,決済期を先延ばしすること)してゆき,最終的には,為替相場の変動を指標にして損益を計算し,売買差金について決済を行う。WWMFXは,為替相場を基準とするものの,インターバンク市場につなぐことなく,顧客とサマセット社が相対して行われる通貨の売買取引である。
ウ コスモは,WWMFXの仲介業者(IB=イントロデューシング・ブローカー)となって,顧客に提供していたものである。具体的には取引条件は以下のように,コスモ作成のパンフレットに記載されていた。
① WWMFXは,売買単位は10万米ドルであって,これを1枚とすること。
② 手数料は1枚の売買の片道について100米ドルであること
③ 証拠金は3000米ドル又はこれに相当する円などの主要通貨を必要とすること。
④ レバレッジ効果は,約33倍であること。
⑤ スワップ金利は,証拠金の金額ではなく,取引金額を基準として計算すること。
2 争点
(原告の主張)
原告は,コスモが自らの外務員を通じて,原告を本件各取引に勧誘したことについて,以下のような違法な点があり,原告が本件取引によって生じた損害について賠償すべき義務を負うと主張している。
(1)WWMFX自体の違法性
ア 私設市場における賭博であること
イ 利益相反と双方代理の構造
(2)適合性原則違反
(3)顧客の誤解を招く積極的な虚偽の表示
ア 預金類似の安全確実な商品であるかのような虚偽の表示
イ インターバンク市場へ取り次いでいるかのような虚偽の表示
(4)説明義務違反
ア 取引当事者の立場に関する説明義務違反
イ 追加証拠金(マージンコール)に関する説明義務違反
ウ スワップ金利に関する説明義務違反
(5)取引開始後の情報提供義務違反等の違法性
ア 報告義務違反(英語による時期に遅れた報告)
イ 取引に異議ある場合の不服申立方法の不備・不存在
(6)両建
(7)和解契約について
被告が主張する和解契約については,WWMFXの違法な構造や,原告に対する説明義務違反等による違法な行為について,被告に対して損害賠償請求権が成立することについて,原告の無知につけ込んで締結されたもので,公序良俗に反するか,さもなければ錯誤により無効である。
(被告の主張)
(1)被告は,WWMFXについては,原告が主張するような違法なものではなく,また,被告はWWMFXについて,説明義務を果たしており,原告は自らの本件各取引の仕組みとリスクを理解した上で,取引を開始継続したものである。
(2)原告は被告との間で,平成15年10月3日,平成15年9月12日から同月22日までの取引について,双方に債権債務が存在しない旨の和解契約を締結した。よって,本件取引①については,原告被告間に債権債務は存しない。
第3裁判所の判断
1 客観的な適合性の原則の違反について
(1)コスモには,顧客保護のために,販売する金融商品に適合した顧客に対して勧誘を行う法的義務を負っていたと解される(適合性の原則)。これに反する勧誘を行って顧客に損害が生じた場合には不法行為に基づいて損害賠償義務を負うと解される。適合性の原則に適合した勧誘であったかどうかは,当該金融商品の特性を前提として,当該顧客の知識,経験,財産の状況,投資目的などを基準として判断される(これらの点は,一般論としては,当事者間に争いがない。むしろ,被告は,本件において,個別事情を審理して,原告の適合性について,個別的な判断をすることを求めている。)。
(2)WWMFXについて
WWMFXがそれ自体として違法かどうかは当事者間に争いがある。しかし,一般的に外国為替証拠金取引自体が,その理解には,為替取引,金融の仕組みについて相当程度の知識を要すること,適時な投資判断に基づいた迅速な運用を必要とすること,いわゆるハイリスク・ハイリターンの商品であることはいずれも明らかである。さらに,WWMFXは,高いレバレッジ効果(約33倍)をうたっており,外国為替証拠金取引の中でも,特にハイリスク・ハイリターンの商品であると認められる。
(3)原告について
原告は,昭和10年○月生まれの無職の女性で,高校卒業後,化粧品販売などを経て,昭和45年から平成10年まで看護助手をしていたが,平成10年からは平成15年7月に母親が亡くなるまで介護をしていた。平成15年には,収入は年金のみで,年収は約180万円ほどであった。株取引や先物取引の経験はなく,英語を自由に使いこなすことはできなかった。後述の2(1)で述べる,今回,原告がコスモに支払った金員は,原告の母親の遺産と,原告自身の貯金であった(甲49,原告本人)。
(4)以上によれば,客観的には,原告は,WWMFXについて,適合性を欠いていたものというほかない。
2 適合性の原則に反することのコスモ外務員らの認識について
(1)本件の取引の経緯
原告は,平成15年9月12日,被告外務員B(以下「B」という。)の勧誘を受け,WWMFXを購入し,コスモに200万円を預けた(甲49,原告本人)。しかし,同月22日には260万円を超える損失が発生した(乙5の1)。原告はBに,追加資金を求められ,平成15年9月30日ころ,60万円を追加して支払った。しかし,これは,損失を補填するには足りず,原告には帳尻損金($586.78)が発生していた。原告は,これをコスモが負担することで和解契約を締結した(乙4)。その後,原告は,再び,被告外務員C(以下「C」という。)から勧誘を受けて,100万円を支払った。
(2)被告外務員の認識
被告は,コスモ外務員のB及びCは,原告に対してWWMFXについて十分な説明をしたうえで,取引を開始したと主張し,Bの陳述書(乙8)を提出する。確かに,本件では,原告に対してWWMFXの危険性について説明したパンフレットを交付していることが認められるが(乙2),これについて,上記のような原告が十分に理解できる説明をしたことを証明するに足る客観的な証拠はない。さらに,BないしCが原告の投資目的,資産状況を聴取して適合性について判断したことを窺わせる証拠は全く提出されていない。被告は,原告とB及びCとの電話での会話の内容から(乙9の1,2),原告が本件各取引の危険性等について十分理解していたと主張する。確かに,上記電話での会話の内容をみると,途中から外国為替の値動きに神経をとがらせて原告が積極的に発言している部分もある。しかし,原告は,為替の変動により利益や損失が生じるといった抽象的な理解しか認められず,WWMFXの仕組みや,これについて実質的な投資判断をするために国内外の経済情勢の分析に関しては,被告外交員の言われるままで,これらの知識や判断については,ほとんど被告外交員に依存しており,到底,商品についての十分な理解を前提として自ら投資判断をしていたとは認められない。特に,Bとの電話での会話の中には,原告がBに対して,外国為替の値動きの分かるテレビ番組を尋ねている部分すらあり(乙10の2,14頁),外国為替の値動きの情報を得るについて,被告への電話や,テレビ番組といった手段しか持ち得ない者が,外国為替証拠金取引について,適合性を有するとは,およそ考えられない。以上によれば,被告らの外務員であるBは,むしろ,原告が適合性を有しないことを熟知した上で勧誘を行っていたというべきである。Bを引き継いだCについても,適合性について吟味をした証拠はなく,少なくとも適合性について吟味をせずに勧誘を行っていたことが認められる。なお,被告は,後述の3(1)で述べる,コスモ札幌支店の管理部の責任者であるD(以下「D」という。)との電話での会話の内容も(乙11の1及び2)も,原告が本件各取引の内容を理解していた証拠であると主張するが,これも上記の外交員との会話と同様に,WWMFXの仕組みや,これについて実質的な投資判断をするために国内外の経済情勢の分析に関しては,Dに言われるままであり,商品についての十分な理解を前提として自ら投資判断をしていたとは認められない。
3 コスモの組織的な適合性原則違反の勧誘について
(1)上記のように,本件では,コスモの外務員が,適合性の原則を無視して勧誘を行ったと認めることができる。さらに,これはたまたま,当該外務員が適合性の原則に反した勧誘を行ってしまったのか,それとも,コスモの方針として行ったのかが問題になる。
(2)Dは,コスモにおいて,顧客の投資目的,取引に関する知識経験,財産状況を確認する部門は管理部以外にはなく,Dは,管理部の責任者であると証言している。そして,Dは,為替取引の知識の有無は,「質問事項を1分か2分話せば,前にやっていたかどうかは一目りょう然ですぐわかり」,顧客に対する投資目的の聞き取りについて「率よく資金を回そうと思うのは100パーセントの人がそうですから,一人一人,あなたは何のためにこれを始めましたかという質問はしておりません」と答え,コスモがWWMFXのパンフレットの中で使用している「余裕資金」の意義について「借金まではすることではないということですね。余裕の資金ということは。生活に支障がない,借金でもない」と答えている。しかし,顧客の為替取引の理解が1分か2分程度の質問で簡単に明らかになるとは到底考えられず,また,コスモにおいて,顧客に投資目的や財産状況についての調査が,Dの証言のとおりにしか行われないということでは,WWMFXの上記で認定したような商品の特性を考えると,適合性の審査については審査する必要性がないと考えていたことを自認するようなものである。Dの証言は,投資のために一般の消費者に金融商品を販売することを業としている会社の従業員,しかも,支店の顧客の投資目的,取引に関する知識経験,財産状況を確認する部門の責任者の地位にある者の証言としては,驚くべきものというべきで(この点,「賭博場」を運営している者が述べる証言としてみると自然なものであるといえる。),この証言のとおりであるとすると,コスモの少なくとも札幌支店は,組織として,適法性の原則について,全く遵守する意図を有していなかったと認めざるを得ない。なお,Dと証人尋問における質問者である原告代理人との間に,尋問の際に感情的な対立があったことが窺われるが,上記のDの答えは,感情的な対立から,不正確な答えをしたというより,むしろ,思わず本音を漏らしたと評価することができる。
4 和解契約について
本件では,原告とコスモとの間で,本件取引①がなされた後に,和解契約が締結されたことが認められるが,これは,原告が本件取引①に関して,コスモに対して損害賠償請求をなし得ることについて,認識を欠いた状態で締結されたもので,前提となる問題について錯誤があり,錯誤無効を主張することができるというべきである。なお,コスモは,上記で認定したように,自己の外務員が適合性の原則に反した勧誘を行っていたことを当然に認識していたと認められるのであり,原告が錯誤に陥っていたことについて,当然に重過失が認められる。
5 過失相殺について
(1)被告は,WWMFXについては,商品自体の違法性ではなく,本件の個別事情を審理して,損害賠償責任の有無ないし認定額を決すべきであると主張するのであるが,本件において,原告は,WWMFXの取引を行うについて,客観的に適合性を欠いており,これは,勧誘したコスモの外務員に明らかであったというほかない。なお,原告が,本件取引①で260万円の損失を被った後に本件取引②を開始したことは,軽率であったとの批判があり得るところである。しかし,本件取引②の開始に当たって,被告外務員のCが,原告にWWMFXについて,原告の具体的な経験や知識を前提として十分な説明を行ったことを認めるに足る証拠はなく,むしろ,本件取引①からは,原告がWWMFXについて適合性がないことが明らかになったにもかかわらず,260万円もの損失を受けた原告の狼狽に乗じて取引を開始したとも評価することが可能であり,加えて,コスモの少なくとも札幌支店は,組織的に適合性の原則を無視した勧誘を行っていたと認められるのであって,本件各取引における違法性の度合いは大きい。その他,WWMFXの十分な知識を前提として自ら積極的に取引に参加したことを認定するに足る証拠のない本件においては,取引の結果について原告に自己責任を追及することは相当でなく,過失相殺をするべきではない。
(2)被告は,本件各取引については,個別事情を審理し,被告の責任の有無,過失相殺割合等について個別的判断がなされるべきであると主張しているが,被告の主張どおり,個別事情を審理して判断をしたとしても,被告には原告に生じた損害について賠償責任が認められ,また,過失相殺もなされるべきではない。
6 損害
原告は,本件取引により,344万7816円の損失を受け,これが損害となると認められる。また,弁護士費用として,原告が主張する35万円は相当な額である。よって,原告の損害額は,合計で379万7816円となる。なお,被告から15万2184円の振込があった平成16年4月16日の翌日に不法行為が終了したと認められる。
7 結論
よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由があるので認容し,訴訟費用について民事訴訟法61条,仮執行宣言について同法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 馬場純夫)