札幌地方裁判所 平成17年(ワ)1151号 判決 2006年12月12日
<住所略>
原告
X
上記訴訟代理人弁護士
竹間朗子
東京都中央区<以下省略>
被告
新洋信販株式会社
上記代表者代表取締役
B
上記訴訟代理人弁護士
C
主文
1 被告は,原告に対し,264万4883円並びに内225万9016円に対する平成17年1月12日から支払済みまで年6分の割合による金員及び内25万円に対する平成17年9月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,289万4883円並びに内225万9016円に対する平成17年1月12日から支払済みまで年6分の割合による金員及び内30万円に対する平成17年9月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,株式会社A(以下「A社」という。)の営業を承継した貸金業者である被告に対し,①原告とA社及び被告との間の金銭消費貸借契約に関して,原告がA社及び被告に支払った利息制限法所定の制限利率を超える支払利息を元本に充当して引き直し計算を行うと不当利得金が生ずるとして,不当利得返還請求権に基づき,239万4883円及び内225万9016円に対する最終取引日の翌日である平成17年1月12日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息金,②被告の取引履歴の開示拒否により,原告は債務整理ができず,弁護士に依頼して本件訴訟を提起することを余儀なくされたとして,不法行為に基づき,慰謝料20万円及び弁護士費用10万円の合計30万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成17年9月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた事案である(なお,原告の上記主張内容は,請求の拡張時の違算により原告の請求金額とは一致していない。)。
1 前提事実(次の事実は,当事者間に争いがないか,末尾掲記の証拠によって認められる。)
(1) 被告とA社は,貸金業を営む株式会社である。
(2) 原告は,A社との平成3年1月21日付け基本契約に基づき,平成14年11月30日までの間,別紙「利息制限法に基づく法定金利計算書」(以下「計算書」という。)の「年月日」欄記載の年月日に「借入金額」欄記載の金額を利息制限法所定の制限利率を超える利率年47.45パーセントの約定利息で借り入れ,同計算書の「年月日」欄記載の年月日に「弁済額」欄記載の金額を被告に返済した(甲1,弁論の全趣旨)。
(3) 被告とA社は,平成14年10月20日付けで,被告がA社から営業貸付金等の営業の全てを承継する旨の営業譲渡契約を締結した(以下「本件営業譲渡」という。乙1)。営業譲渡契約証書5条には,要旨以下の記載がある(以下「本件規定」という。)。
ア 被告は,A社の債権を,譲受時において帳簿上の残高が存在するとの前提で評価して譲り受けたものであり,当該債権関係における負債まで承継するものではない(1項)。
イ 被告は,A社の帳簿上存在する債権を譲り受けたが,後日,当該債権が利息制限法等の適用の結果,不当利得返還債務が発生した場合は,被告とA社間の当該債権譲渡は債務不存在により無効となり,A社は当該債権の譲渡価格を被告に返還する(2項)。
(4) 本件営業譲渡の効力が発生した平成14年12月1日時点で,利息制限法所定の制限利率を超える支払利息を元本に充当して引き直し計算を行うと不当利得金が生じていたが,引き直し計算をする前の原告の貸付残元金債務は,46万7073円であった(弁論の全趣旨)。
(5) その後,被告は,原告に対し,最終取引日である平成17年1月11日まで計算書の「借入金額」欄記載の金額を「年月日」欄記載の日に貸し付け,「弁済額」欄記載の金額を「年月日」欄記載の日に返済を受けた(弁論の全趣旨)。
(6) A社は,平成15年3月31日,株主総会の決議により解散し,平成16年8月12日,清算を結了した(甲25)。
2 争点及び当事者の主張
(1) 被告がA社の不当利得返還債務を引き継ぐか(争点1)。
(原告の主張)
ア 契約上の地位の移転
被告は,A社から,A社の貸付金債権にとどまらず,これに伴って生じる不当利得返還債務を含めて貸主としての地位の譲渡を受けた。その理由は,以下のとおりである。
(ア) 被告は,A社と共通の資金調達先である株式会社Dの仲介により,平成14年4月A社再建のためその全株式を買い取ってその経営支配権を取得したが,A社の財務状況が悪化していたため,吸収合併ではなく営業全部の譲渡を選択し,その後,A社は,月日をおかずに解散し,清算を結了している。以上の経緯に,A社と被告の大部分の役員及び代表取締役が共通していることなどを考え合わせれば,本件営業譲渡は,実質上はA社を吸収合併したものと同視できる。
(イ) 本件貸金債権と不当利得返還債務は,取引の実態としては一つの基本契約に基づいて発生する権利義務であり,その一部を分離して譲渡することは許されない。
(ウ) 被告は,A社から営業の承継に必要な書類一切の引渡しを受け,顧客に対し,これを基に貸付残高の主張をするなど,A社との取引を前提にして顧客との取引を継続し,A社との契約関係を承継する意思を表明している。他方,A社は,営業譲渡の効力が生じた後約4か月で解散し,それまでの貸付金につき不当利得返還債務の発生が予測されたにもかかわらず,その返還の措置を講ずることなく清算を結了している。これらの事情にかんがみると,被告は,A社の原告に対する貸付金債権にとどまらず,これに伴って生じる不当利得返還債務を含めて貸主としての地位の譲渡を受けたとみることができる。
(エ) 利息制限法等の適用により不当利返還債務が発生したときには当該債権譲渡は債務不存在により無効となる旨の本件規定は,A社の営業の実質を承継しつつ,経営圧迫の要因となる不当利得返還債務のみを一方的に免れることに目的があり,利息制限法の適用を潜脱することを意図するものである。したがって,本件規定は,公序良俗に反する無効なものであるか,仮に有効であるとしても,本件規定を理由に不当利得返還債務を承継していないと主張することは信義則に反する。
イ 権利外観法理(民法94条2項類推,商法26条1項の趣旨の類推)
被告は,インターネット上で,被告とA社とが同一であるとか,A社の商号を続用しているかのような誤解を招く情報を発信し,取引上においても,個別の取引について,A社との取引関係を前提に借主から弁済金を受け取ったり,借換え等も行ったりするなど,契約上の地位の承継を受け,不当利得返還債務を引き受けたかのような外観を作出していた。他方,原告は,被告からの債権譲渡の通知等を受けて,A社との取引が被告に承継されたとの外観を信じ,被告に弁済を続け,不当利得返還請求権の発生を認識した後も,この債務を引き継いだのは被告であると信じて,不当利得返還請求権を行使した。よって,被告は,原告に対し,民法94条2項の類推適用又は商法26条1項の趣旨の類推により不当利得返還債務を免れない。
(被告の主張)
ア 契約上の地位の移転
被告は,本件営業譲渡によりA社から営業貸付金等の営業を譲り受けただけであって,不当利得返還債務を承継していない。その理由は,以下のとおりである。
(ア)当事者の意思として合併していないのは明らかであるのに,合併と同視して,合併と同様の効力を認めることはできない。
(イ)被告が,営業譲渡により貸付債権を譲り受けたことにより,常にそれと一体のものとして,不当利得返還債務を譲り受けたことになるとまではいえない。
(ウ)本件営業譲渡契約証書2条には,具体的に債権の性質ごとに譲渡価格を定めるとともに,本件規定には,利息制限法等の適用の結果,不当利得返還債務が発生したときには債権譲渡は債務不存在により無効となる旨を明確に定めているから,当事者の合理的意思解釈から金銭消費貸借契約上の地位の移転を導くことはできない。
(エ)本件営業譲渡は,大口資金調達先である株式会社Dからの要請に基づく赤字覚悟の救済案件であったため,未確定の不当利得返還債務まで引き受ける余地はなかった。
(オ)本件規定のような方法は,別会社の資産を譲り受ける一方法として可能であるから,本件規定は違法又は不法な目的によるものとはいえないし,本件規定の適用を主張することが信義則に反するということもできない。
(2) 被告が悪意の受益者か否か(争点2)
(原告の主張)
被告は,貸金業の登録業者であり,利息制限法所定の制限利率を超える約定利息で貸付けをしていることを知りながら貸付けを行い,原告から返済を受けていることから悪意の受益者である。
(被告の主張)
被告は,本件営業譲渡において,本件規定があることによりA社の不当利得返還債務を承継することを全く想定していなかった。また,被告は,みなし弁済の要件を充たすべく書面を整備し,弁済受領後直ちに同書面を交付するなどの努力をしている。したがって,仮に,不当利得返還債務を含めての貸主としての地位が移転されるとしても,被告は,不当利得返還債務を負うことについて悪意の受益者ではない。
(3) 不当利得返還債務に付する利息の利率(争点3)
(原告の主張)
被告が商人であり,原告から利息制限法所定の制限利率を超過した利息の支払を受けて,これを資金としてさらに他の顧客に金員を貸し付け,利益を得ている実情にかんがみれば,不当利得返還債務に付する利息の利率は,商事法定利率の年6分が相当である。
(被告の主張)
不当利得返還債務は,法律の規定によって発生する民事上の債務である。また,商取引における資金需要の繁忙と投下資本による高収入の可能性があることから法定利率を年6分に引き上げた商法514条の立法趣旨からみて,不当利得返還債務を商行為によって生じた債務に準ずるものと解することはできない。したがって,不当利得返還債務に付する利息の利率は,民事法定利率の年5分が相当である。
(4) 取引履歴を開示しないことによる不法行為責任(争点4)
(原告の主張)
被告は,取引履歴の開示を拒絶して,原告の債務整理を滞らせ,原告の経済的更生を妨害し,これにより,原告は,精神的苦痛を被った。これを金銭的に評価すると20万円が相当である。また,原告は,被告による取引履歴の開示拒否により本訴訟を提起することを余儀なくされ,弁護士費用として10万円の損害を被った。
(被告の主張)
原告からの取引履歴開示要求に応じなかったとしても,直ちに不法行為に基づく損害賠償請求が認められることにはならない。
第3争点に対する判断
1 被告がA社の不当利得返還債務を引き継ぐか(争点1)
(1) 前記前提事実,証拠(認定事実の末尾に括弧書で付記する)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア A社は,金融業等を目的として昭和62年5月22日に設立された株式会社であり,被告は,金融業等を目的とする株式会社である。
イ 被告は,被告とA社の資金調達先である株式会社Dの仲介により,A社の経営再建のため,平成14年4月,A社の全株式を買い取り,その経営支配権を取得した。そして,同年4月26日,被告の取締役と監査役がA社の取締役と監査役に就任し,被告の代表取締役がA社の代表取締役に就任した。ところが,A社の財務状況が思いのほか悪化していることが判明し,被告は,A社の再建を断念し,A社の営業全部を譲り受け,A社を解散させる方針を決定した。(甲24,25,26)
ウ A社と被告は,平成14年10月20日,A社の営業貸付金等すべての営業権を被告に承継する旨の本件営業譲渡契約証書を取り交わした。本件営業譲渡は,平成14年12月1日午前零時をもって効力が生じ,被告は,A社から融資契約書,顧客の取引履歴に関するコンピューターデータ等の営業の承継に必要な書類一切の引渡しを受けた。(乙1)
エ 営業譲渡の対象となったA社の貸付債権は,利息制限法所定の制限利率を超えているため,貸付,弁済が一定期間繰り返された場合,貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条第1項のみなし弁済の要件が充たされれば,貸金業者に貸金債権の存在が認められるが,その適用がなく利息制限法による引き直し計算がなされたときには不当利得金が発生し,貸金業者がその返還義務を負う性質のものである。
原告の本件基本契約に基づく取引関係についても,営業譲渡の効力発生時点で,利息制限法所定の制限利率を超える約定利息に基づいて計算すると46万7073円の貸付残元金債権があったが,これを利息制限法所定の制限利率を超える支払利息を元本に充当して引き直し計算を行うと,既にA社の被告に対する不当利得返還債務が生じていた。
オ A社は,平成14年12月中旬頃,顧客らに従前の金銭消費貸借契約に基づく貸付金残金及びこれに対する利息債権を被告に譲渡したことを通知した。顧客らに送付した「ご案内」と題する書面には,「当社は平成14年11月30日でグループ親会社の新洋信販株式会社と統合し,社名が変わりました。」「今後のお取扱い店はE社の新洋信販となりますが,お取り引き内容ご返済方法につきましては今までどおり変更ございませんのでご安心下さい。」と記載されている。しかし,A社及び被告は,利息制限法による引き直し計算をすることにより不当利得金が発生したときには不当利得返還債務を負わない旨の説明まではしていない。(甲23)
カ 本件営業譲渡後,被告は,原告から,利息制限法所定の制限利率を超える約定利息に基づく貸付残元金を前提として計算された利息金の返済を受けたり,原告に貸付けを行ったり,A社との金銭消費貸借契約上の地位をそのまま承継したことを前提とする行動をとっていた。原告も,利息制限法所定の制限利率を超える支払利息を元本に充当すると不当利得返還請求権が発生することを知らないまま,従前からのA社との金銭消費貸借契約上の地位を被告がそのまま引き継いだものとして,被告との取引を継続した。
キ A社は,平成15年3月31日,株主総会の決議により解散して清算手続に入り,同年4月1日,被告代表取締役が清算人に就任し,平成16年8月12日,清算を結了した。A社は,本件営業譲渡後も,清算手続にあたっても,不当利得返還請求が予想される債務者に対する対策を何ら講じていない。(甲25,26)
(2) 上記認定事実によれば,被告は,A社の経営支配権を取得後,A社再建を断念し,本件営業譲渡時点で,A社を解散させる方針が決定されていたこと,被告は,A社から営業の承継に必要な契約書,取引履歴等の引渡しを受け,利息制限法所定の制限利率を超える支払利息を元本に充当して引き直し計算を行うと不当利得返還債務を負うことになる顧客に対して,上記取引履歴を基に貸付残元金を主張してその返済を求めるなど,金銭消費貸借契約上の貸主としての地位をA社から承継する意思を表明するとともに,そのような行動をとっていること,他方,A社は,金銭消費貸借契約上の貸主としての地位がそのまま被告に引き継がれる趣旨の「ご案内」と題する書面を交付している上,営業譲渡の効力発生日から約4か月後に解散し,不当利得返還請求が予想される債務者に対する対策を講じないまま清算を結了していることが認められ,これらの事情に鑑みると,A社が不当利得返還債務を含めてその営業全部を被告に譲渡し,不当利得返還債務を含めて金銭消費貸借契約上の貸主としての地位がA社から被告に移転しているものと認めるのが相当である。
(3) これに対し,被告は,本件規定には,利息制限法適用の結果,不当利得返還債務が生じているときには当該債権譲渡は無効となる旨が明確に定められているから,A社から譲り受けたのは貸金債権のみであり,その不当利得返還債務は承継していないと主張する。しかしながら,本件営業譲渡当時,既に利息制限法所定の制限利率を超える約定利息による貸付けが問題視され,顧客から多数の不当利得返還請求訴訟が提起されていたことは周知のとおりであり,本件規定の文言自体からみても,本件規定が経営圧迫の要因となる不当利得返還債務を免れようとする意図によるものであったことは明らかである。そして,前記(2)で判示したとおり,被告とA社は,A社から被告に対して金銭消費貸借契約上の貸主としての地位が移転されたことを前提とする言動をとり,本件規定とも矛盾する行動をとっていたことをも考え合わせると,本件規定は,被告がA社の営業の実質を承継しつつ,経営圧迫の要因となる不当利得返還債務のみを免れようとする目的で,形式的に盛り込まれた規定である疑いが濃厚であるから,本件規定にその文言のとおりの効力を認めて,前記の認定判断を覆すことは困難というべきである。
また,被告は,営業譲渡により貸付債権を譲り受けたとしても,常にそれと一体のものとして不当利得返還債務を譲り受けることにはならないと主張する。これが貸付債権と不当利得返還債務とを分断してその一方のみを承継したり,承継を拒否できるとの主張であるとすれば,その一個の基本契約に基づく取引関係から生じる貸付債権と不当利得返還債務は,貸金業法43条のみなし弁済の要件が充たさされれば貸付債権の存在が認められるが,その適用がなく利息制限法による引き直し計算がされたときには不当利得金が発生するという関係にあり,その性質上,両者が併存するという関係には立たないから,分離して一方のみを承継できるようなものではない。したがって,被告が,原告に対し,貸主としての地位に基づき,A社との取引において,利息制限法所定の制限利率を超える約定利息に基づく貸付残元金を主張して,弁済金を受領するなどの取引を継続しておきながら,原告からの不当利得返還債務のみの承継を否定するのは明らかに背理であって,被告の上記主張は採用することができない。
さらに,被告は,本件営業譲渡は,大口資金調達先からの要請に基づく赤字覚悟の救済案件であったため,未確定の不当利得返還債務まで引き受ける余地はなかったと主張するが,赤字覚悟の救済案件であるからといって,直ちに不当利得返還債務を引き受けないということにはならないから,被告の上記主張も理由がない。
(4) 以上によれば,被告は,A社から原告の貸主としての地位の移転を受けたものであるから,利息制限法所定の制限利率に引き直して不当利得金額を計算するに当たっては,原告とA社間の取引と原告と被告間の取引を一連一体のものとして計算するのが相当である。
2 被告が悪意の受益者か否か(争点2)
(1) A社及び被告が貸金業を目的とする株式会社であることは,前記のとおりであり,A社及び被告は,金融業者として,当然に利息制限法及び貸金業法43条のみなし弁済の規定を認識していたものであるから,原告との取引において,原告から弁済を受けた当時,みなし弁済の要件が充たされていないこと,約定利息が利息制限法所定の制限利率を超過するものであって,同法の制限利率に引き直して計算すると不当利得金が生じることをいずれも認識した上で,弁済金を受領していたものと認められる。
そうすると,被告は,A社と原告との取引について,不当利得返還債務を含めて貸主としての地位の移転を受けたことにより,A社の悪意の受益者としての地位を承継するとともに,自らの取引についても,利息制限法所定の制限利率を超える支払利息が元本に充当されて元本が消滅した後の弁済について,法律上の原因がないことを知りながら,これを受領したものと認められるから,悪意の受益者と認めるのが相当である。
(2) 被告は,貸金業法43条のみなし弁済の要件を充たすべく書面を整備し,弁済受領後直ちに同書面を交付するなどの努力をしてきているから,不当利得返還債務を負うことについて悪意の受益者には該当しないと主張するが,被告は,みなし弁済の適用を裏付ける証拠の提出等の立証を全くしていないことに照らすと,被告の上記主張を採用することはできない。
また,被告は,本件営業譲渡において,本件規定の存在によりA社の不当利得返還債務を承継することは全く想定していなかったから,不当利得返還債務について善意の受益者であると主張するが,被告がA社からの営業を譲り受けることによりA社の原告に対する不当利得返還債務をも承継することは前記判断のとおりである上,前記のとおり,そもそも本件規定の目的は,その規定の文言自体からみても,利息制限法所定の制限利率を超える支払利息を元金に充当して引き直し計算をすることによって生じる不当利得金返還債務のみを免れることを意図して形式的に盛り込んだものとみることができるから,本件規定の存在は,被告が悪意であるとの前記認定を覆すものということはできない。
3 不当利得返還債務に付する利息の利率(争点3)
(1) 商法514条の規定する商事法定利率が,民事法定利率を超える利率を定めている趣旨は,企業取引においては資金の需要が多く,資金が効率よく運用されるのが通常であるため,営利を目的とする商人は,非商人よりも有利に金銭を利用できるから,商人が債権者である場合には,非商人よりも高率の利息を要求するのが正当化されるし,他方,商人が債務者である場合には,債権者が非商人であるとしても,非商人よりも高率の利息の支払をすることを期待させることによるものである。他方,民法704条が悪意の受益者に対する利息請求権を認めているのは,悪意の受益者が不当利得の目的物について収益を得ていることを考慮し,不当利得の目的物の返還のみならず,これを利用して生み出された収益をも返還することによって,法律上の原因のない収益を悪意の受益者の手元に残さないようにする趣旨によるものと認められる。
そうすると,受益者が商人であり,不当利得金を営業に利用したものとみられる場合には,民法704条による法定利息の利率は商事法定利率である年6分とすることが,商法514条及び民法704条の趣旨に適うものというべきである。
これを本件についてみると,被告及びA社は,貸金業を目的とする株式会社であり,不当利得金は,被告及びA社の営業に利用されて収益を上げたものということができるから,被告は,原告に対し,不当利得返還債務について商事法定利率年6分の割合による利息を付して支払う義務を負うものというべきである。
(2) 被告は,利息制限法所定の制限を超えて支払われた利息・損害金についての不当利得返還請求権は,法律の規定によって発生する債権であって,民事上の債権であることから,不当利得金に付すべき利息の利率は,民事法定利率である年5分であると主張する。しかしながら,民法704条及び商法514条の趣旨に照らすと,不当利得返還請求権が法律の規定によって発生する債権であるからといって,常に民事法定利率によらなければならないとまでは解されないし,商事行為によって生じた債権ではないことも上記判断を左右するものとはいえないから,被告の上記主張は採用することができない。
(3) 以上に基づいて,利息制限法所定の制限利率を超える支払利息を元金に充当するとともに,不当利得返還債務に商事法定利率年6分の割合による利息を付して引き直し計算を行うと,最終取引日である平成17年1月11日時点で,不当利得金は合計225万9016円となり,確定利息は13万5867円となる。
したがって,被告は,原告に対し,不当利得に基づき,239万4883円及び内225万9016円に対する最終取引日の翌日である平成17年1月12日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息金の支払義務がある。
4 取引履歴を開示しないことによる不法行為責任(争点4)
(1) 貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,その業務に関する帳簿に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負い,貸金業者がこの義務に違反して履歴の開示を拒否したときは,その行為は違法性を有し,不法行為に該当するものと解される(最判平成17年7月19日民集59巻6号1783頁)。
(2) これを本件についてみると,証拠(甲5の1ないし5,10の1及び2)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,訴訟代理人弁護士を代理人として,平成17年1月21日付で本件取引履歴の開示を求めて以降,同年3月16日付,同年3月28日付,同年4月19日付書面で本件取引の取引履歴を全て開示するよう求めたが,被告は,平成17年4月25日付書面で「利息制限法で引き直した結果債権は存在しませんので債権債務なしで和解したいと思いますので,ご検討下さい」との回答をし,同月28日付で「弊社はガイドラインによる取引開示義務はないと判断しています」との回答をし,取引履歴の開示に応じなかったこと,その後も,原告は,同年4月27日付,同年5月19日付,同年6月1日付各書面で,本件取引の取引履歴を全て開示するよう求めたが,被告は,その一部すらも開示しなかったこと,原告は,平成17年6月22日,本件訴えを提起したこと,本件取引の全ての取引履歴が開示されたのは本訴提起後の平成17年10月28日であることが認められ,原告が合計7回にわたり原告との取引履歴の開示を求めたのに対し,被告は,本件訴訟に至るまで正当な理由なく開示を拒否し,そのために,原告は,訴訟提起を余儀なくされ,原告の債務整理が遅延したことが認められるから,被告による取引履歴の開示拒否は不法行為に該当する。
(3) 上記不法行為によって,原告が債務整理に支障をきたし,早期の経済的更生を妨げたであろうことは容易に推認され,取引履歴の開示拒否の期間,拒否態様をも考慮すると,この精神的苦痛を慰謝するには20万円が相当である。
また,弁論の全趣旨によれば,原告は本件訴訟を提起するにあたり,弁護士に対して報酬として相当額を支払うことを約したことが認められるから,原告主張の弁護士費用のうち5万円は,上記不法行為と相当因果関係に立つ損害であると認めるのが相当である。
(4) したがって,被告は,原告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,25万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成17年9月6日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,264万4883円及び内225万9016円に対する最終取引日の翌日である平成17年1月12日から支払済みまで年6分の割合による金員並びに内25万円に対する不法行為の後の日(訴状送達の日の翌日)である平成17年9月6日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担については,民訴法64条ただし書,61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 坂本宗一)
<以下省略>