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札幌地方裁判所 平成17年(ワ)2171号 判決 2007年4月12日

主文

1  被告は原告に対し,1876万6200円及びこれに対する平成17年9月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨。

第2事案の概要

原告は,商品先物取引の受託を業とする会員業者(商品取引員)である被告との間で,商品先物取引の委託契約を締結したうえ,およそ6か月にわたりガソリン及び灯油の先物取引を行った。本件は,原告が,被告の従業員である外務員らによる勧誘から取引終了に至るまでの一連の行為が,商品取引所法に定める顧客に対する誠実公正義務に著しく違反することにより,被告が債務不履行責任を負い,また,被告の業務執行につき行われた従業員の不法行為に基づく使用者責任による損害賠償責任を負うと主張して,取引差損及び手数料1706万6200円及び弁護士費用170万円の合計1876万6200円並びにこれに対する不法行為の終期である取引終了日の平成17年9月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

1  前提となる事実

以下の事実は,当事者間に争いがないか,各項末尾掲記の証拠によって容易に認められる。

(1)  商品先物取引等について

ア 商品先物取引(以下「先物取引」という。)は,3か月後あるいは6か月後(この期限を「限月」という。)といったように,将来の一定時期に受渡しすることを条件に売買する(取引を始めるときの取引を「新規」,新規に取引したものを「玉」,新規に取引することを「建玉」という。)が,受渡時期が来る前に転売したり,買い戻したりすれば(取引を終える時の取引を「仕切り」という。),商品の受渡しをせずに,代金の差額だけを受渡しすることによって,取引を終わらせることができるという商品取引所(以下「取引所」という。)で行われる取引である(甲8)。

イ 取引所には,会員業者(商品取引員)がおり,取引の場に立つことができるのは会員業者に限られている。会員業者以外の者は,会員業者に取引を委託して取引に参加する。その際,会員業者と基本委託契約を締結して,取引に参加する(以下,会員業者と基本委託契約を締結して,取引に参加する者を「委託者」という。)。

ウ 委託者は,会員業者に,委託証拠金(以下「証拠金」という。)を預託して取引を開始する。証拠金は,取引における損失(会員業者への取引委託手数料を含む。)に備えた担保であって,商品の代金ではない。その額は,代金の数パーセントから20パーセント程度である。先物取引は上記のような証拠金によって取引を行うため,小さな資金で多額の商品の取引を行うことができるが(「レバリッジ(梃子)効果」といわれる。),一方で,多額の損失を計上する可能性があり,いわゆるハイリスク・ハイリターンの取引である。なお,建玉したものが相場の変動により,預託してあった証拠金の半額以上の損状態になった場合,なお相場の回復を期待して決済しないで建玉しておく場合には委託追証拠金を入れる必要がある(甲8,乙3,13)。

エ 取引所は,急激な価格変動による混乱を防止するため,商品市場ごとに1日の値動きの幅を制限しており,価格が上昇して制限値段の上限に達することをストップ高,逆に,価格が下落して制限値段の下限に達することをストップ安という。ストップ高の場合には「買い」注文は成立せず,また,ストップ安の場合には,「売り」注文は成立しない(乙2)。

(2)  当事者等

ア 原告

(A) 原告は,平成17年3月ないし9月当時58歳ないし59歳の男性である。E大学を卒業後,F信用金庫に勤務し,同信用金庫退職後,函館市内にある株式会社Gに再就職し,同社の経営するHに勤務していた。

(B) 当時,原告には,自宅の土地建物があったほか,b信用金庫の退職金700万円と,死去した妻の生命保険金1000万円を原資とする預貯金など,合計2000万円程度の預貯金を所有していた。また,給与収入が年間500万円ほどあった。それまでに投資経験はなかった(甲29の1ないし4,甲30の1,2,甲42,原告本人)。

イ 被告は商品取引所法に基づく会員業者(商品取引員)である。

ウ 本件において,原告と被告との間の先物取引委託契約を担当するなどして関与した被告の従業員であった外務員は,以下の4名であった。

(A) A

(B) B

(C) C

(D) D

エ 原告に対する被告の取引への勧誘は,平成17年2月ないし3月に始まり,取引が終了したのは,同年の10月7日であった。以下,明示をしない限り日付は平成17年中のものである。

(3)  本件の経緯

ア 2月ないし3月にかけて,原告は,被告外務員であったAから,石油関連の商品先物取引の勧誘を受け,Aは原告に対して,電話で勧誘を行ったり資料等(甲49の1,2)を送ったりなどした。

イ 3月30日,B及びAは,原告の勤務先を訪れて,原告と対面しての勧誘を行い,原告と被告は,先物取引の基本委託契約を締結した。

(A) その際,Bらは,以下の資料を持参し,原告に交付した。

・ 商品先物取引委託のガイド(乙2)

・ 受託契約準則(乙3)

・ 「思惑が外れた場合の対処方法のご説明」(乙4)

・ 「夢」と題するパンフレット(乙13)

(B) 原告は,Bらに,証拠金として,120万円を現金で交付した。

(C) Bは,取引はCが担当することを説明した。

(D) 被告コールセンターから電話がされ,係員が原告に,取引の内容の理解等について質問をした。

(4) その後,原告が被告に委託して行った取引は,別紙「売買調査表」記載のとおりである。

ア 本件における原告の取引回数は,合計85回であった。

イ 取引結果

(A) 証拠金入金

1815万1300円

(内訳)

(a) 3月30日

120万0000円

(b) 4月 8日

444万0000円

(c) 5月12日

306万7700円

(d) 6月15日

198万1000円

(e) 6月28日

159万6400円

(f) 7月28日

586万6200円

(B) 出金

112万0760円

(内訳)

(a) 4月22日

3万5660円

(b) 8月 8日

100万0000円

(c) 10月7日

8万5100円

(C) 差引計算額((A)-(B))

1703万0540円

(D) 清算状況

(a) 売買損益

-1119万8000円

(b) 委託手数料

-555万4800円

(c) 消費税

-27万7740円

(d) 合計

-1703万0540円

ウ 建玉の内容は,わずかの東京工業品取引所のガソリン取引(以下「東京ガソリン」という。)がある外は,中部商品取引所のガソリン取引(以下「中部ガソリン」という。)及び灯油取引(以下「中部灯油」という。)が,そのほとんどを占めていた。

(A) 中部ガソリン

売玉

合計 579枚

買玉

合計1283枚

(B) 中部灯油

売玉

合計 260枚

買玉

合計 628枚

(C) 東京ガソリン

買玉

合計  13枚

合計

2763枚

エ 中部商品取引所におけるガソリン取引につき,平成13年11月から平成17年12月の間の値動きは,長期的に見ると上昇傾向にあったが,短期的には乱高下を繰り返しており,全体の15パーセント以上の取引日においてストップ安が発生していた(甲37)。

オ 本件における原告の取引は,3月31日の中部ガソリンの買玉50枚の建玉で開始されたが,この時点から,証拠金で取引できる最大の枚数を建玉していた(このような取引を「満玉」という。)。また,仕切りにより利益が発生した場合には,これを証拠金に振り替えて,取引できる最大の枚数を建玉していた(このような取引を「利乗せ満玉」という。)。

カ 4月7日,原告は,証拠金444万円の入金を約束し,これを4月8日に支払ったが,4月7日に,原告の取引を仕切れば150万円程度が返還される状況であった。

キ 4月7日,原告は,限月を異にしてはいたが,買玉と売玉の両方の建玉をする両建てを行い,その後,ほとんどの期間において,両建ての状態にあった。

2  争点

原告は,本件取引について,被告に,誠実公正義務,具体的には適合性原則違反,説明義務違反,新規委託者保護義務違反,手仕舞い拒否,無断売買及び実質的一任売買等の違法があり,債務不履行及び被告の外務員の使用者責任に基き損害賠償責任を負い,また,過失相殺をすることも相当でないと主張するのに対して,被告は,本件取引については,被告の外務員の行為には,上記のような違法な点はなく,損害賠償責任を負わず,また,損害賠償責任を負ったとしても,原告には大幅な過失相殺が認められるべきと主張する。

第3裁判所の判断

1  本件においては,原告と被告との間でなされた客観的な取引行為自体は,当事者間に争いがない。また,被告も抽象的には原告のような委託者に対して誠実公正義務を負い,具体的には,適合性原則や説明義務を負うことは認めている。本件の実質的な争点は,取引行為がなされるに際して,これらが原告の自己責任に基づくものか,あるいは,適合性原則や説明義務等の被告の義務が果たされておらず,原告の自己責任を問うことが不当であると認められるかどうかという,評価にかかわる部分が大きい。そこで,まず,判断の前提として,本件において,会員業者である被告が委託者である原告にどのような義務を負うのかを明らかにする必要がある。

2  被告が委託者である原告に対して負う義務

(1)  委託者を保護する義務

ア 被告のような,先物取引の会員業者は,委託者に対する誠実公正義務を負うとされ,原告も,種々の具体的義務違反(適合性原則違反,説明義務違反,新規委託者保護義務違反,手仕舞い拒否,無断売買及び実質的一任売買等)を主張するが,基本となるのは,適合性原則と,説明義務である。すなわち,委託者は自己の責任において取引を行うべきであるにもかかわらず,会員業者が,委託者に対する誠実公正義務,すなわち,委託者を保護する義務を負うとされるのは,先物取引は大きな危険性を有し,かつ,高度で困難な判断を要する取引であること,にもかからず,事実として,会員業者と顧客の知識・経験・能力に圧倒的な差があり,これを前提として顧客は会員業者の助言・勧誘を信頼していること,会員業者には,法によって一定の営業について特権的な地位が与えられており,その反面として投資家の保護・育成を図るべき立場にあることにある。

イ 上記は,先物取引においては,取引の危険性が大きいにもかかわらず,委託者において自己責任において取引をする前提が実質的に備わっていない場合が少なくないことから,委託契約を締結し,取引を実行する際に,これを備えさせることが,委託者に対して負う債務として会員業者に課せられていると考えられる。したがって,委託者が取引に適合性があること,また,取引について,その危険性について会員業者から説明されることは,上記のような義務の中心にある。その他の義務は,これらの派生的なものか,あるいは特に悪質なものを具体化したと考えることができる。

ウ なお,誠実公正義務ないし適合性原則及び説明義務については,商品取引所法にも規定があるが(商品取引所法136条の17,136条の25第1項4号,但し,平成16年法律第43号による改正前のもの。),このような義務は,私法上,被告のような会員業者に課せられる義務であり,その根拠は,被告と原告のような専門家と専門知識を有しない顧客という関係にある契約当事者間において信義則に基づいて認められる契約上の義務ということができる。

(2)  適合性原則

ア 先物取引の会員業者の適合性原則の遵守については,具体的な委託者と,なされるべき具体的な取引を前提として,判断される必要がある。すなわち,適合性原則を遵守する義務がある以上,委託者についての審査がなされることになるが,これは,委託者について,単に,資産がどの程度あるか,学歴や職歴,現在の職種を申告させるといった抽象的なものでは足りないというべきである。より具体的に,委託者が,投資する資金については,先物取引という危険性の高い取引に,どの程度の金員を準備しているか,その資金の原資はどのようなもので,先物取引という危険な商品に投資されるに相応しい余裕資金か,また,金額について委託者の全体の資産との関係でバランスを失したものではないかといった点,また,委託者については,先物取引を自らの判断で行うに足る判断能力を有しているか,また,判断能力を有しているとしても,判断を行う前提となる取引に対する理解はどの程度進んでいるかといった点が具体的に審査されるべきである。

イ このような考え方については,会員業者に対して厳しすぎるとの批判もあり得るところである。一般的にいっても,被告の取り扱う先物取引が,株式や投資信託等の金融商品とは比較にならないハイリスク・ハイリターンという性格を有することからすると,上記のような具体的な審査がなされなければならないというべきであると考えるが,確かに,自ら先物取引を始めたいとして会員業者を来訪してきた者に対しては,上記は,若干,緩和して考えることもできよう。

ウ しかしながら,本件のように,自ら積極的に取引への参加の意思を示していなかった者に対して,電話等により無差別の勧誘を行った場合については,この点は,緩和して考えられるべきではない。先物取引のような危険性の高い取引へ,自ら積極的に取引への参加の意思を示していなかった者に対して,電話等により無差別の勧誘を行うことは,このような具体的な取引への適合性の審査をすることを前提とするのでなければ,勧誘方法として問題であり,社会的な相当性を欠くとの評価を受けることもあり得るというべきであり,専門家である会員業者によって,上記のような適合性原則についての委託者の審査が後述の説明義務とともに,厳格に行われることを前提として正当化されると考えるべきである。

(3)  説明義務

ア 説明義務についても,単に,抽象的に先物取引の危険性を説明するのみで,説明義務が果たされたとは考えることはできない。むしろ,委託者が行おうとしている具体的な取引との関係で,その具体的な危険性を指摘する義務があるというべきである。なお,このような義務を果たす上でも,取引を開始する時点において,委託者が,先物取引という危険性の高い取引に,どの程度の金員を投資する準備があるのか,その金員の原資はどんなもので,先物取引に投資されるに相応しい余裕資金か,また,金額について委託者の全体の資産との関係でバランスを失したものではないかといった点,また,委託者については,先物取引を自らの判断で行う能力を有しているか,また,能力を有しているとしても,その理解はどの程度進んでいるかといった点が,会員業者において把握されていなければならないというべきである。

イ また,説明義務については,先物取引といっても,商品や取引市場によって危険性に差異があるのであるから,この点についても,具体的に,その特色について説明を行う義務があるというべきである。

(4)  なお,適合性原則,説明義務については,委託契約を締結するという取引当初の時点において,まず問題になる。しかし,上記のように,これらの義務が具体的に果たされる必要があるとすれば,取引開始後も,適宜,取引経過に応じて履行されなければならない。すなわち,取引開始後も,なされる取引の危険性等に応じて,委託者について当該取引について適合性があるかを考慮しつつ,具体的な説明がなされるべきである。その意味では,説明義務は,「説明」というよりは,専門家からの適切な助言がなされるべき義務として考える方が適切な局面がある。そのような助言を得た上で,委託者が,なお危険な取引を行ったとすれば,委託者の自己責任として,会員業者の責任が問われるべきものではないと考えられる。

3  本件における適合性原則,説明義務について

(1)  委託契約締結時

ア 本件においては,原告は,年収は500万円程度であり,一定の資産(1000万円を超える預貯金や,自宅不動産)を有し,また,最終学歴は大卒であり,また,当時の職場の前には,信用金庫という金融機関に勤務していた経歴を持ち,被告は,これらの点について原告から聞き取っていることが認められ(乙1),また,委託ガイド等の資料を受け取っていて,被告からの電話にも回答しており,これらについて,一通りの説明を受けていたことが認められる。したがって,原告の学歴等に照らすと,先物取引の仕組みや危険性については,抽象的には理解をしていたと認められる。なお,取引後については,残高照会回答書(乙7の1ないし5)を受領しており,取引についても,把握できなかったわけではない。

イ しかしながら,上記の適合性原則についての審査は,いまだ形式的なものに止まり,実質的な内容を伴っていたとは評価できない。Bは,証拠金として,いくら支出するかを確認しているのみで,原告がどの程度の資金を先物取引に投資する意思があるのかを聴き取っていないし,また,その資金の原資についても調査をしたとは認められない。したがって,原告の資産の内容からバランスのとれた投資であるかは,被告において,全く審査された形跡がない。

Bは,原告から,中部ガソリンの50枚分の証拠金として,120万円を預かったとしているが,先物取引の仕組みからして,証拠金以上の損失が発生する可能性があるのであるから(中部ガソリンについては,かなりの頻度で,ストップ安が発生したのであるから,なおさらである。),この場合には,原告が,先物取引のような危険な投資に投入すべき適切な額が,原告の収入,年齢,投資可能な資金の原資,資産全体のバランス等からすれば,多額になるとは考えられないのであるから,当初から,証拠金で購入できる限度一杯の建玉をすることについては,仮に原告が言い出したものとしても,再考を促す等の対応がなされるべきであった。

ウ 以上からすると,被告は,原告との委託契約締結のために,先物取引について,形式的な適合性の審査や取引の説明をしたのみで,専門家としての適切な助言をするための前提となる情報を得ておらず,委託契約時において適合性原則の審査は十分に果たされていない。また,取引開始の際の説明義務も十分に果たされていないというべきである。

(2)  取引開始後

ア 取引開始後,原告は,利乗せ満玉を行っているが,この点について,被告は,「出来るだけ買玉を多く持ちたい」という原告の意向に従って取引を進め,また,取引のリスクについて,その都度説明していた旨を主張し,証人のCは,その旨の証言をしている。しかし,この点についても,仮に,原告が上記のような意向を示したとしても,Cとしては,単にリスクを説明するのではなく,むしろ,利乗せ満玉のような取引については再考を促すといった対応をとるべきであった。

イ さらに,4月7日,それまで利益を上げていた原告が,損失を計上した際に,仕切って,利益を確定させずに,444万円もの証拠金を支払わせているが,このような多額の投資を行うことについて,原告のどのような点において適合性があったかは理解できないというほかない。原告の資産状況を考えれば,このような投資は不適切なものというほかなく,この時点で,150万円程度の返金が可能であったのであれば,一旦,仕切って利益を確定させることを勧めるべきである。原告が,このような不適切な投資に及んだことについては,Cの適切な助言がなかったからと断ぜざるを得ない。なお,Cは,原告が自ら,上記のような投資を行うことを選択した旨を証言するが,原告に,上記のような不適切な投資をさせるのであれば,被告のような会員業者が,これに対して,外務員において,適切な助言をしたにもかかわらず,原告のような委託者が,あえて取引に及んだことを客観的に明らかにする措置を講じておくべきである。そして,このことは,被告において容易になし得たところである(現実に,被告は当初のオペレーターとの通話内容については録音テープを証拠として提出している。)。被告は,原告に,その後も,証拠金を支払わせているが,ここから後の取引については,原告の所有する預貯金のほとんどを先物取引のような危険な取引に投資させるに等しいものであり,原告に対しては,全く勧めるべきでなく,むしろ,原告がこのような取引を行うことを熱望したような特段の事情がなければ差し控えるべきと評せられる,不適切な投資であったというほかない。そして,以後の取引については,なおさら,会員業者の外務員が専門家としての見識から助言をしたにもかかわらず,委託者が,あえて取引に及んだことを客観的に明らかにする措置を講じておくべきであるといえる。

ウ 原告は,4月7日以降は,両建てを行っている。この点,両建てについて,その有効性については議論の分かれるところであるが,適切な時期に両建ての状態を解消する必要があること,また,その時期の判断は困難であることは,被告は特段に争っておらず(なお,乙2にも,その旨の記載がある。),争いのないものと認められる。また,Cの証言によっても,Cが原告に両建てを勧めたことは半ば認めている。しかし,Cの証言によれば,原告は,被告からの情報以外には,自らの投資判断に供する情報手段は,テレビのニュース程度しかなかったというほかなく,とても,両建てを自らの責任と判断で運用してゆくことが可能であったとは認められない。なお,証人Dは,原告が,独自に投資判断をしていた旨を述べるが,その述べるところは具体性を欠き,証人Cの証言とも矛盾するものであり,信用することはできない。なお,被告の外務員であったBですら,自分自身,先物取引の仕組みを理解するのに,半年くらいかかったと述べているが,2か月程度前に電話で勧誘して委託契約を締結するに至った原告が,この間に,高度の知識を得たと考え得る根拠は,被告から全く示されていない。結局,被告の外務員らにおいて,どのような点から,両建てを原告に勧めるべき取引と考えたのかは,明かでなく,原告に両建てを勧めたのは,それ自体として,相当でなかったというべきである。

なお,原告のような委託者に,不適切な投資をさせるのであれば,被告のような会員業者において,これに対して,外務員において,適切な助言をしたにもかかわらず,原告のような委託者が,あえて取引に及んだことを客観的に明らかにする措置を講じておくべきであることは,両建てをさせる場合にも,等しく妥当するというべきである。

(3)  被告の損害賠償責任

ア 先物取引は,そもそもが,いわゆるハイリスク・ハイリターンという性格を有するものであるが,本件における原告の各取引は,その先物取引の中でも,高いリスクと引き替えに,高い収益を目指したものであるということができる。また,先物取引は,取引の仕組みに対する知識と,投資判断が要求されるものであるが,本件における原告の取引は,先物取引としても,取引の仕組みに対する高い知識と,高度の投資判断を要求される性質のものであったということができる。

イ しかしながら,被告の外務員らは,原告の財産を抽象的・形式的に調べた後は,具体的な適合性原則の審査,また,取引の危険性について具体的な説明,あるいは,適切な助言を与えずに,被告からの情報以外に,投資判断のための自分自身の特段の情報を有しない原告に,先物取引の中でも,危険性の大きく,判断が困難な取引を行わせたというべきである。したがって,被告には適合性原則ないし説明義務の違反があり,債務不履行に基づく損害賠償責任を負うというべきである。

ウ 本件においては,委託契約の当初から,適合性原則の実質的な審査がなされず,また,当初の取引から説明義務が果たされていないことからすると,原告が取引によって被った損失すべてについて,損害として被告の債務不履行との間で因果関係を有するというべきである。

4  過失相殺について

上記の認定を前提としても,原告には,被告の外務員らのいうがままに,取引を続けた点について,軽率であったとの非難もあり得,このことから過失相殺をすべきであるとも考えられるところである。しかし,被告の外務員らは,基本委託契約締結の際に,適合性原則の実質的な審査をせず,また,当初の取引から説明義務を果たさずに原告と取引を続けており,原告は,専門家たる会員業者である被告の外務員らから,実質的な適合性原則の審査を前提とした適切な説明義務の履行がなされれば,適切な投資行動を取り得たともいえるのである。その意味で,原告に対して,被告が過失相殺を主張することは,自ら外務員らの義務違反を有利に援用することにほかならない。以上によれば,信義則の観点から,被告は原告に対して過失相殺を主張し得ないと考えるのが相当である。

5  弁護士費用について

上記で認められたのは,債務不履行に基づく損害賠償請求であるが,少なくとも両建てを勧めた点においては,それ自体相当でなく,この点で被告の外務員には不法行為に基づく損害賠償も認められ得ることからすると,弁護士費用についても相当因果関係を有する損害として認められるべきである。その額は170万円が相当である。

6  結論

よって,原告の請求は理由があるから認容し,訴訟費用について民事訴訟法61条,仮執行宣言について同法259条1項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 馬場純夫)

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