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札幌地方裁判所 平成17年(行ウ)17号 判決 2006年9月22日

主文

1  原告の主位的請求を棄却する。

2  被告は,原告に対し,5298円を支払え。

3  原告のその余の予備的請求を棄却する。

4  訴訟費用は,これを100分し,その1を被告の,その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  原告

(1)(主位的請求)

被告は,原告に対し,272万1700円を支払え。

(予備的請求)

被告は,原告に対し,260万5601円を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  被告

(1)(主位的請求)

原告の請求を棄却する。

(予備的請求)

原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

(3)  仮執行の宣言は相当でない。仮に仮執行宣言を付する場合は,担保を条件とする仮執行免脱宣言及びその執行開始時期を判決の被告への送達後14日を経過した時とすることを求める。

第2事案の概要

本件は,公正取引委員会の課徴金納付命令に基づいて課徴金1934万円を納付した原告が,被告に対し,同委員会がした審決の一部を取り消す判決の確定後に返還を受けた課徴金のうちの967万円について,納付の日の翌日から返還までの間につき,主位的に国税通則法の還付加算金に関する規定の類推適用による還付加算金272万1700円の請求権があるとしてその支払を求め,予備的に悪意の不当利得に基づく利息260万5601円の請求権があるとしてその支払を求める事案である。

1  前提事実

争いのない事実並びに証拠(甲1,2,4ないし8,10,乙2の1ないし3)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実を認めることができる。

(1)  原告(平成4年12月11日の組織及び名称変更前はA市清掃企業組合)は,出資金1000万円で設立された水道施設工事業等を営む協業組合である。

(2)  公正取引委員会は,原告は,他の事業者と共同して,a市等が指名競争入札又は指名見積り合わせの方法により発注するガス水道配管等工事について,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにすることにより,公共の利益に反して,上記工事の取引分野における競争を実質的に制限していたものであって,これは,平成4年法律第87号による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)2条6項所定の不当な取引制限に該当し,独禁法3条に違反するものであり,かつ,独禁法7条の2第1項所定の役務の対価に係る行為であるとして,平成9年3月12日,原告に対し,独禁法48条の2第1項に基づき課徴金1934万円の納付を命じた(甲1)。

(3)  独禁法7条の2第1項は,事業者が不当な取引制限等をしたときは,公正取引委員会は,当該事業者に対し,その実行期間における当該商品等の政令に定める方法により算定した売上額に100分の6(以下「基本算定率」という。)を乗じて得た額に相当する課徴金を国庫に納付することを命じなければならない旨規定し,同条2項は,課徴金納付命令の対象者が同項各号所定の要件を満たす会社及び個人に当たるときは,上記売上額に乗ずる割合を100分の3(以下「軽減算定率」という。)に軽減する旨規定している。

上記(2)の課徴金納付命令における課徴金1934万円は,平成4年4月13日から平成7年4月12日までの実行期間における原告の上記行為による売上額3億2234万3650円に基本算定率を乗じて計算した額から同条4項により1万円未満の端数を切り捨てた額である(甲1)。

(4)  原告は,平成9年4月4日,公正取引委員会に対し,原告は独禁法7条の2第2項1号に該当し,原告に対する課徴金は軽減算定率を乗じて算定されるべきであるなどと主張して,審判手続開始の請求をした。

公正取引委員会は,審判手続を開始し(甲2),平成10年3月11日,原告の主張を排斥し,原告に対し,課徴金1934万円を同年5月12日までに国庫に納付することを命ずる審決(乙2の1ないし3。以下「本件審決」といい,これによる課徴金の納付命令を「本件納付命令」ともいう。)をした。

原告は,同年5月11日,本件納付命令によって納付を命じられた課徴金1934万円を国庫に納付した(甲4)。

(5)  原告は,平成10年4月,公正取引委員会を被告として,上記同様の主張に基づき,本件審決のうち上記売上額に軽減算定率を乗じて得た額に相当する967万円を超えて納付を命ずる部分の取消しを求める審決取消訴訟を東京高等裁判所に提起した。

東京高等裁判所は,平成11年1月29日,協業組合は軽減算定率を適用されるべき会社及び個人に含まれず,原告には基本算定率が適用されると判断して,原告の請求を棄却した(甲5,6。以下,この判決を「原審判決」という。)。

最高裁判所は,平成15年3月14日,軽減算定率の適用対象が独禁法7条の2第2項の規定する会社又は個人に厳格に限定されていると解するのは相当でなく,個人事業者を組合員とする協業組合にあっては,当該組合固有のものに各組合員固有のものを合わせた常時使用する従業員の総数が同項の規定する会社及び個人に関する従業員数の要件に該当するときは,同項を類推して,当該組合には軽減算定率が適用されるものと解するのが相当であると判断して原審判決を破棄し,原告及びその組合員の常時使用する従業員数について更に審理を尽くさせるため,同事件を東京高等裁判所に差し戻した(甲7。以下,この判決を「最高裁判決」という。)。

差戻後の東京高等裁判所は,同年9月12日,原告は独禁法7条の2第2項1号の常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人に当たると判断し,原告の請求を容れて本件審決のうち967万円を超えて納付を命じた部分を取り消し(甲8。以下,この判決を「差戻審判決」という。),差戻審判決は同月26日の経過により確定した。

(6)  原告は,平成15年9月30日,被告から,納付した課徴金のうち967万円の返還を受けた(甲10。以下,これによって原告に返還された課徴金を「本件還付金」という。)。

2  主位的請求における主張

(原告の主張)

(1) 還付加算金請求権の存否

独禁法の課徴金の還付に当たっては,以下のとおり,国税通則法上の還付加算金の規定が類推適用されるべきであって,原告は,被告に対し,本件還付金について還付加算金請求権を有する。

ア 国税通則法は,国税についての基本的な事項及び共通的な事項を定め,税法の体系的な構成を整備し,かつ,国税に関する法律関係を明確にするとともに,税務行政の公正な運営を図り,もって国民の納税義務の適正かつ円滑な履行に資することを目的とし,同法58条において,納税者が国に対して債権者となる法律関係についても,国が保有すべき正当な理由がないために還付を要する一種の不当利得である還付金等について,これに一種の還付利子である還付加算金を付加すべきことを規定している。

課徴金は,国が国権に基づき法律主義の原則に従って国民から収納する金銭給付のうち租税を除くものをいうが,制度として採用されている例が少なく,手続の通則を定めた法令はない。

独禁法は,64条の2において課徴金の徴収に関する取扱いについては国税の例によるとする反面,還付金に関する一切の規定を設けていないが,これは課徴金を誤って過大に徴収し,これを還付するという事態を想定していない法の欠缺というべきものであって,国権の作用として正義公平の観点から著しく妥当性を欠くもので許されず,課徴金の還付等についても国税通則法の規定が類推適用されるべきである。

本件還付金は,公正取引委員会が課徴金算定率に関する法令の適用を誤った本件納付命令によって生じたものであって,実体法的に納付の時点から既に法律上の原因を欠いていた誤納金に該当し,仮に過納金であるとしても,それが生じた原因は上記法令の適用を誤った公正取引委員会側にあることは明らかである。

したがって,原告は,本件還付金につき,還付加算金請求権を有する。

イ 国税通則法に規定される還付加算金制度は,延滞税制度と裏腹の関係に立つものである。延滞税は,利子税や加算税とともに主たる債務に附帯して生ずる従たる債務(以下「附帯債務」という。)であるが,その実質は国税の納付遅延の場合の損害金であり,私法上の債務関係における延滞利息に相当する行政上の制裁金の一種であって本来の意味における租税ではなく,現行法がこれらの附帯債務を租税としているのは,本税と合わせて徴収するのが便宜であるからにすぎず,延滞税制度は租税のみに特有のものではない。そして,課徴金についても延滞税と同一趣旨の延滞金が徴収されるのであるから,課徴金が還付される場合には,還付加算金が支払われるべきは当然である。

したがって,課徴金の還付に際して国税通則法の還付加算金の規定を類推適用することは同法及び独禁法の仕組みに正しく合致しているのであって,被告が挙げる租税と課徴金との相違点は,この類推適用を否定する根拠となり得ない。

ウ 平成17年法律第35号による改正後の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(平成18年1月4日施行。以下「改正法」という。)は,課徴金の還付について加算金制度を導入したが,後法(改正法)の規定を前法(独禁法)が適用される事象についての解釈の根拠とすることには問題がある。

また,この改正によって,独禁法に加算金制度の規定がなかったことが同法はこれを排除する趣旨であったと解することも正当でない。改正法は,審判手続の開始請求によっても課徴金の納付命令は失効せず,納付期限を徒過すると延滞金が発生するところ,同命令が事後審査によって変更が生じ課徴金を返還する場合が想定されることから,その対応措置として還付金を加算することを規定したものである。納付命令は行政処分であり,一般に行政処分に対する不服申立てはその効力に影響しないとされているが,それは行政処分が誤りであった場合でも事後に変更される機会が保障され,事後的な返還と適切な補償が図られていれば合理性を有するとの判断によるものである。独禁法では事後審査による納付命令の変更は判決手続による場合しかなかったところ,改正法は審判手続によっても変更が生ずるとされたが,これによって変更が生ずる限り,適切な補償がされるべきことは改正の前後で何ら変わりはない。改正法は,納付命令が審決によって変更されず,後の判決手続で変更された場合でも,その判決手続期間を含む期間の加算金が付加されるとしており,同法は権利の制約程度が大きくなった点のみに対応した結果として加算金制度を導入したものではない。

(2) 還付加算金の額

ア 還付加算金の割合について,国税通則法58条1項は,これを年7.3パーセントと定め,平成11年法律第9号による改正後の租税特別措置法95条,93条1項,附則41条1項は,平成12年1月1日以後の期間に対応するものについては,各年の前年の11月30日を経過する時における日本銀行法15条1項1号の規定により定められる商業手形の基準割引率(同項2号の規定により定められる基準貸付利率と併せて公定歩合と称されるもの)に年4パーセントの割合を加算した割合を特例基準割合とし,同割合が年7.3パーセントに満たない場合には,その年中においては,当該特例基準割合を適用して還付加算金を計算するとしている。公定歩合は,平成11年11月30日の経過時及び平成12年11月30日の経過時にはいずれも0.5パーセントであり(したがって,平成12年及び平成13年の特例基準割合はいずれも年4.5パーセントとなる。),平成13年11月30日の経過時及び平成14年11月30日の経過時にはいずれも0.1パーセントである(したがって,平成14年及び平成15年の特例基準割合はいずれも年4.1パーセントとなる。)。

イ 原告が平成10年5月11日に納付し,被告から平成15年9月30日に返還を受けた本件還付金967万円について,アによる還付加算金の割合に従って還付加算金額を計算すると,次のとおり,合計272万1700円となる。

発生年・期間

還付加算金の割合

計算式

還付加算金額(円)

平成10年

234日間

年7.3%

9,670,000×0.073

×234÷365

452,556

平成11年

1年間

年7.3%

9,670,000×0.073

×1

705,910

平成12年

1年間

年4.5%

(公定歩合0.5%

+加算4%)

9,670,000×0.045

×1

435,150

平成13年

1年間

年4.5%

(公定歩合0.5%

+加算4%)

9,670,000×0.045

×1

435,150

平成14年

1年間

年4.1%

(公定歩合0.1%

+加算4%)

9,670,000×0.041

×1

396,470

平成15年

273日間

年4.1%

(公定歩合0.1%

+加算4%)

9,670,000×0.041

×273÷365

296,537

合計                                 2,721,700

(国税通則法120条3項により100円未満切り捨て)

(3) 請求のまとめ

よって,原告は,被告に対し,還付加算金請求権に基づき,272万1700円の支払を求める。

(被告の主張)

(1) 還付加算金請求権の存否

原告は,被告に対し,本件還付金について還付加算金請求権を有しない。

以下のとおり,独禁法は,課徴金の還付に関し付加金を加算することを予定しておらず,国税通則法の還付加算金の規定を課徴金の還付に際して類推適用することは,国税通則法及び独禁法の仕組みを無視するものであり,原告の主張は失当である。

ア 国税に関する法律の規定による国税の還付金(国税通則法2条6号)は,それぞれの法律において還付金としての発生要件が定められているものをいい,これらの還付金は,各国税の性質,仕組みあるいは政策的な見地等から,各国税実体法において特に付与された納税者の側の国に対する請求権であって,その性質を一般的に決定すべきものではなく,これを一種の不当利得とする原告の主張は失当である。

国が国権に基づいて国民から収納をする金銭給付は,租税(国税)と課徴金に限定されず,課徴金は国税と同一の性質を有するものではない。

租税は,国家が公共サービスを提供するための資金調達の手段であり,その納付は国民の一般的義務であり,国税通則法上の還付加算金に関する規定は租税を前提としたものであり,延滞税と裏腹の関係にあるものとして,課税官庁の故意過失の有無にかかわらず支払うことが特別に規定されたものである。

他方,独禁法における課徴金は,租税ではなく,同法は課徴金の返還に関し付加金を加算することは予定していないから,上記還付加算金に関する規定を類推適用することはできない。同法が課徴金の還付についての手続や還付金に付加金を加算すべきことを定めた規定を設けていないのは,租税と課徴金との相違を踏まえ,課徴金を返還する事態が生じた場合に係る法律関係の処理を民法等の一般法理に委ねる趣旨であると解するのが相当である。

イ 租税と同様に国権に基づいて賦課徴収される金銭負担について,納付遅延に対する一種の制裁としての遅延損害金としての性質を有する延滞金ないし延滞税を定めている法律は無数にある。原告の主張は,これらの全てについて国税通則法の還付加算金に関する規定を類推適用しなければならないとすることに帰着し,採用されるべきものではない。そもそも,ある法律が徴収した金銭を返還するに当たり,付加金を加算する制度を設けるか否か,設けた場合の対象期間や料率等をどのようにするかといったことは,その金銭徴収の目的・性質や賦課・徴収手続等に応じて,立法政策の問題として検討されなければならないのであって,民法等の一般法理が適用される可能性を探ることもなく,ことさらに立法の欠缺等と主張し,特定の法律の規定を類推適用することによって問題の解決を図ろうとすることは,およそ妥当ではない。

ウ 改正法においては,課徴金について,行政上の制裁としての機能を強めるとの観点から大幅にその金額を引き上げるとともに,審判手続開始決定がされた場合にも納付命令が維持され,納期限の徒過という事実のみに基づき,審判手続中も年7.25パーセントを上限として政令で定める割合によって計算された延滞金が賦課されることになり,事業者等の権利の制約の程度が大きくなることを考慮し,審決において納付命令が取り消された場合には,納付された金額を還付するに際し,年7.25パーセントを上限として政令で定める割合によって計算された金額を加算することとし,課徴金還付における加算金制度を導入した。このような改正法の存在は,改正前の独禁法において,審決に基づいていったん納付された課徴金を当該審決が取り消されたことにより返還する場合につき,付加金を加算しないこととしていたことの証左というべきである。なお,加算金制度を導入するに当たり,いかなる期間を対象とするかは立法政策の問題であるが,対象期間を審判開始後審決前に限定して審決取消訴訟中の期間を除外することは立法技術的にも疑問を容れる余地があり,加算金の付加は被審人に有利な取扱いをすることであるから,対象期間を長くすることで被審人に不利益はなく,そのような立法には十分な合理性がある。

(2) 還付加算金の額

原告の主張は,争う。

3  予備的請求に関する主張

(原告の主張)

(1) 利息請求権の存否

ア 公正取引委員会は,本件審決において,独禁法7条の2第2項の解釈適用を誤り,原告に対する課徴金を967万円過大に算定し,原告に1934万円の課徴金の納付を命じ,原告は,平成10年5月11日にこれを納付した。被告は,差戻審判決確定後の平成15年9月30日に本件還付金を返還するまでの間,上記967万円を保有して正当な理由なく利得し,原告は,同額の損害を受けた。

これは,被告の不当利得であり,この場合も民事上の不当利得に関する法理が妥当する。

イ 独禁法7条の2第2項は平成3年に改正され,課徴金算出率が大幅に引き上げられたが,公正取引委員会は,その立法に参画し,改正の経緯を熟知しており,同委員会が課徴金の納付を命じた者に交付している課徴金算定手続の概要にも原告が当初から主張している解釈と同様の説明が記載されていた。しかるに,同委員会は,同項の解釈をねじ曲げ,立法技術上の不備を糊塗し,形式的で不合理な解釈に固執して誤った結論を導いたもので,上記不当利得について法律上正当な理由を欠くことを知っていた。

したがって,公正取引委員会は上記不当利得について悪意の受益者であるから,原告は,被告に対し,上記不当利得額に対する年5分の割合による利息請求権を有する。

(2) 利息の額

原告が納付してから返還を受けるまでの5年142日間の期間における上記不当利得額967万円に対する年5分の割合による利息は,260万5601円である。

(3) 請求のまとめ

よって,原告は,被告に対し,不当利得金に対する利息請求権に基づき,260万5601円の支払を求める。

(被告の主張)

(1) 利息請求権の存否

ア 原告の主張の経緯により,結果として,被告が967万円の利得を受ける一方で原告が同額の損失を受けたことは認めるが,不当利得による利息請求権は法律の規定によって発生するところ,公法上の不当利得について利息の発生を認める規定は存在しないから,原告は本件還付金に対する利息請求権を有しない。

イ 公正取引委員会は,独禁法7条の2第2項の解釈を殊更にねじ曲げるなどしたことはなく,本件納付命令のうち967万円を超えて納付を命じた部分が取り消されることは想定していなかった。

同委員会が同項の会社又は個人に原告のような協業組合を含まないと解したことは,同項の文理に忠実であり,また,同項の趣旨や中小企業基本法及び中小企業団体の組織に関する法律(以下「中団法」という。)等における中小企業者の範囲ないし定義との整合性の観点からも合理的なものである。独禁法の課徴金制度は,算定の基準が明確で算定が容易であるべきことからすれば文理解釈が基本であり,同制度が非裁量的なものであって課徴金の納付を命ずる要件の拡張や類推解釈を行うことが基本的に許されないところ,最高裁判決における事業規模において会社又は個人と同等というべき事業者をいかなる基準で選定すべきかは一義的に明らかとはいえず,最高裁判決の判示した基準を読みとることも困難であった。このことは,協業組合は同項各号にいう会社に含まれるとする原告の主張を原審判決が排斥していたことからも明らかであり,同委員会が軽減算定率の適用を受ける対象から協業組合を除くと解したことには相当の根拠が存した。

ウ 仮に,公法上の不当利得返還請求権について民法704条を準用ないし類推適用する余地があるとしても,同条所定の悪意の受益者とは,法律上の原因のないことを知りながら利得した者をいうところ,差戻審判決が確定するまで本件納付命令は有効に存在していたから,公正取引委員会は,同判決が確定するまで法律上の原因がないことを知っていたとはいえない。

したがって,同委員会が悪意の受益者となったのは早くとも平成15年9月27日であり,それ以前に本件還付金について利息が発生する余地はない。

(2) 利息の額

原告の主張は,争う。

第3争点に対する判断

1  主位的請求について

(1)  還付加算金請求権の存否

ア 独禁法には還付加算金の制度が存しないが,そのような制度を設けるか否かは立法政策の問題であって,後記のように国が国権に基づいて徴収する金銭給付という点では共通する独禁法上の課徴金と租税に関し,後者には国税通則法における還付加算金制度があり,前者には同制度がないことをもって,いわゆる法の欠缺であるなどとすることはできない。すなわち,独禁法は,昭和52年法律第63号による改正において同法7条の2,48条の2の規定を追加するなどして課徴金制度を設けたが,課徴金の納付を命ずる審決は行政処分であるから,審決取消訴訟において当該審決の全部又は一部が取り消された場合,納付済みの課徴金の当該全部又は一部を国が保有すべき法律上の原因が失われて国の不当利得となるのであり,国がこれを返還(還付)すべきは当然であって,同法が課徴金制度を設けるに当たってそれが返還される事態を想定していなかったなどとは考えられず,返還の範囲や返還に当たって加算金の付加について,特別の規定を設けなかった(すなわち,これらの処理を一般法理に委ねることとした。)のは立法政策によるものであることは明らかである。

このことは,①独禁法に課徴金制度が設けられるはるか以前から国税通則法には還付加算金制度が存在しており,改正法70条の10は同法における課徴金の還付について独自の加算金制度を新設したこと,②他の法令をみても,国民生活安定緊急措置法11条及び平成16年法律第97号による改正後の証券取引法第6章の2には課徴金の制度があるが,これらの法律はその課徴金を返還する場合の還付加算金の制度を設けていないこと,③一方,かつての失業保健法(昭和22年法律第146号)34条の3第1項,2項は,政府が事業主に対し納付すべき保険料額を超過する額を還付する場合においては,国税徴収法(明治30年法律第21号)31条の6の還付加算金の規定を準用する旨定めていたこと,④刑事補償法4条5項等は,課徴金や租税と同様に国が国権に基づいて徴収する罰金等の財産刑の執行を受けた者が後に無罪の裁判を受けた場合,徴収額に年5分の割合による金額を加算した額に等しい補償金を交付するとしていることなどからも裏付けられ,これに反する原告の主張は理由がない。

イ 原告は,国税通則法における還付加算金の制度が課徴金の返還についても類推適用されるべきであると主張する。

しかし,類推適用は,法の欠缺などの場合に,ある事項について規定された法規をこれと類似する他の事項に類推して適用することをいうが,独禁法に還付加算金についての規定がないことをもって法の欠缺とすることができないことは上述のとおりである。加えて,課徴金と租税とは,国が国権に基づいて徴収する金銭給付という点では共通する点がある(財政法2条,3条,会計法3条参照)ものの,以下のとおり,両者は制度の趣旨,目的及び賦課手続等を異にしており,国税通則法58条の還付加算金の規定を課徴金が返還される場合に類推適用すべき基礎を欠いており,上記主張を採用することはできない。

(ア) 独禁法における課徴金は,同法で禁じられたカルテル等の違法行為を行った事業者等の特定の者から当該行為による経済上の利益を剥奪するものである(これによって違反行為が抑止され,社会的公正が確保されることが期待される。)のに対し,租税は,国又は地方公共団体が,課税権に基づき,公共サービスを提供するための経費となる資金を調達する目的をもって一定の要件に該当する全ての者に対して賦課する金銭給付であり,その納付は憲法30条によって国民の一般的義務とされている。このように,両者の趣旨及び目的は大きく異なっている。

(イ) それぞれの賦課手続等をみても,課徴金については,賦課の前提となる独禁法違反行為について審判が開始された場合には当該審判手続の終了後でなければ課徴金の納付命令が発せられることはなく(独禁法7条の2第6項本文,48条の2第1項ただし書),かつ,いったん同命令が発せられた場合でも,これを不服とする被命令者の請求により課徴金に係る審判手続が開始したときは同命令が失効し(同法48条の2第5項,49条2項,3項),その後の審決において新たな課徴金納付命令がされて初めて課徴金納付義務が確定的に発生する(同法54条の2第1項)とされ,しかも課徴金に係る延滞金の納付義務は公正取引委員会による納付の督促を経なければ発生しない(同法64条の2第2項)とされているのに対し,租税については,課税処分に対する更正の請求や不服申立て(国税通則法23条,75条)をした場合であっても納税義務が失効することはなく,納期限の徒過という事実のみによって延滞税が発生し,課税処分を受けた者は本税に延滞税を加算して納付しなければならない(同法60条1項,2項)とされているのであって,課徴金における事業者等の権利の制約の程度は租税に比べて小さく,両者を同列に扱うことはできない。

(ウ) 独禁法64条の2は,課徴金の納付を督促された者がその指定する期限までに納付しなかった場合の徴収方法(同条4項)と消滅時効(同条5項後段)についてのみ国税の例によるとしており,督促,延滞金及び先取特権の順位については独自の規定(同条1項ないし3項,5項前段)を設けているほか,督促をするまでは課徴金に延滞金を付することができず(同条2項本文),課徴金に係る先取特権の順位は国税及び地方税に次ぐ(同条5項前段)とするなど,同法は国税の場合と異なる内容を規定しており,課徴金は租税と異なるものとして扱われている。

ウ 原告は,延滞金との関係及び改正法における還付加算金の制度の新設を挙げて,同制度が設けられる以前においては国税通則法の還付加算金に関する規定が類推適用されるべきであると主張する。

しかし,例えば,平成16年法律第97号による改正後の証券取引法185条の14は,課徴金に対する延滞金制度を設けているが,課徴金を返還する場合における加算金制度は設けておらず,延滞金と加算金について,前者がある場合には後者も必ずあるべきであるとすることはできない。

また,改正法が還付加算金の制度(同法70条の10第1項,2項,66条3項,82条2項等による納付命令が取り消された場合に,納付された金額について,納付の日の翌日からその還付のための支払決定をした日までの期間の日数に応じ,その金額に年7.25パーセントを超えない範囲内において政令で定める割合を乗じた金額を加算して遅滞なく還付するとする制度)を設けたのは,同法において課徴金額が全般的に大幅に引き上げられ(改正法7条の2第1項,2項),事業者等からの請求に基づいて審判手続の開始決定があった場合でも納付命令は失効せず,事業者等の納期限までに納付すべき義務は消滅しないこととされたうえ,違反行為について審判手続が開始された場合には同手続が終了した後でなければ課徴金の納付を命ずることができないとしていた独禁法48条の2第1項の規定が削除され,公正取引委員会は,課徴金を納期限までに納付しない者から納期限の翌日からその納付の日までの日数に応じ,当該課徴金の額につき年14.5パーセントの割合(当該課徴金に係る納付命令について審判手続開始の請求がされたときは,同請求に対する審決書の謄本の送達の日までは年7.25パーセントを超えない範囲内において政令で定める割合)で計算した延滞金を徴収することができるとされ(改正法70条の9第3項),改正前の独禁法に比べて事業者等に対する権利の制約の程度等が増大したことなどから,立法政策として同制度を新設導入することとしたものにすぎないのであって,改正法が同制度を設けたことは,独禁法の適用される課徴金の返還に関して国税通則法の還付加算金に関する規定が類推適用されるべき根拠とはならない。

なお,改正法は,納付命令が審決によって変更されずに後の審決取消訴訟における判決によって変更された場合,加算金は訴訟手続に要した期間を含めて付加するものとしているが,上記のとおり,改正法では納付命令とこれを争う手続が全面的に変更されているところ,還付加算金制度の導入に当たっていかなる期間をその付加の対象とするかは立法政策の問題であり,対象期間から訴訟手続に要した期間を除外することは立法技術的にも疑問の余地があるうえ,改正法のように還付加算金の付加対象期間を長くすることは事業者等の利益に適うものであって一定の合理性があり,改正法の加算金付加期間の定めは上記判断に消長を来すものではない。

(2)  以上のとおり,本件還付金につき国税通則法の還付加算金に関する規定を類推適用することはできず,原告はその還付加算金請求権を有しないから,原告の主位的請求はその余の点を論ずるまでもなく理由がない。

2  予備的請求について

(1)  利息請求権の存否

ア 独禁法には課徴金の返還(還付)等に関する規定が存在しないが,上記のとおり,公正取引委員会のした審決の取消訴訟において当該審決の全部又は一部が取り消された場合,納付済みの課徴金の当該全部又は一部を国が保有すべき法律上の原因が失われて不当利得となるのであるから,国は,不当利得の一般法理に従ってこれを返還しなければならない。

民法第3編第4章における不当利得の制度は,公平の観点から,これに反する法律上の原因がない財産的価値の移動(不当利得)がある場合に,受益者からその利得を取り戻して損失者との間に財産状態の調整を図ることを目的とする制度であるが,現行法において他に不当利得の一般法理を定めた規定は存しないから,上記のような課徴金の全部又は一部が不当利得となる場合についても,民法の不当利得制度が適用されるべきである。そして,同制度においては,受益者は受けた利益の存する限度でこれを返還し(民法703条),その受益者が悪意であるとき,すなわち受益者が法律上の原因のないことを知っているときは,受けた利益に利息を付してこれを返還しなければならない(同法704条本文)とされており,その利息の利率は年5分である(同法404条)。

以上に関し,被告は,公法上の不当利得返還請求権について利息の発生を認める規定はないから,原告は利息請求権を有しないと主張する。しかし,その公法上の不当利得という概念自体が明らかでないうえ,課徴金の全部又は一部の不当利得が公法上の不当利得であるとしても,独禁法は,立法政策として,その返還の範囲や返還に当たっての加算金の付加について特別の規定を設けず,これらの処理を一般法理に委ねることとしたのであるから,民法の規定以外に利息の発生を認める規定がないことによって,利息を付加しなくてもよいことにならないのは当然である。民法は,基本的に私人間の法律関係を規律するものであるが,上記のような財産状態の調整を図るための不当利得制度が適用される場面においては,私人対私人の場合と私人対国との場合とで別異に扱うべき理由はなく,被告の主張は公平に反するものであって,これを採用することはできない。

イ(ア) 不当利得を返還すべき場合に付加される利息は,法律上の原因がないことについて悪意である場合に発生する。

原告が納付した課徴金のうち,本件還付金相当額が不当利得となったのは,公正取引委員会が独禁法7条の2第1項所定の基本算定率に従って原告に対する課徴金を1934万円と算定したところ,原告の提起した審決取消訴訟における最高裁判決及びこれを受けた差戻審判決において,原告については同条2項1号に当たるものとして同項所定の軽減算定率が適用されるべきである(原告に対する課徴金は967万円と算定すべきである。)と判断されたことによるものである(甲7,8)。そして,これらの判決は,上記訴訟における同条2項の規定についての最終的な有権解釈を示すものであり,差戻審判決が確定している以上,原告に対する課徴金の算定に当たって軽減算定率が適用されるべきことを争うことはできない。もっとも,それは,同委員会が本件納付命令をする際,あるいは被告が原告から本件納付命令に従った課徴金1934万の納付を受ける際に悪意であったこと,すなわち,原告に対しては軽減算定率が適用されるべきであり,これにより算定される課徴金と基本算定率を適用した場合に算定される課徴金との差額について法律上の原因がないことを知っていたことを意味するものではなく,被告が上記課徴金の納付を受ける際に悪意であったことを認めるべき証拠はない。

(イ) 以上に関し,原告は,同委員会が独禁法7条の2第2項の解釈をねじ曲げたなどと主張する。

しかし,原告は協業組合であるところ,原告が原告に対する課徴金について軽減算定率が適用されるべきとする根拠として掲げていた同項1号は,「資本の額又は出資の総額が1億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人であって,工業,鉱業,運送業その他の業種(次号に掲げる業種及び第3号の政令で定める業種を除く。)に属する事業を主たる事業として営むもの」と規定しているのであって,原告が直ちに同号に定める会社及び個人に該当しないことはその文言上明らかであり,同委員会は,上記文言に基づく文理解釈によって本件審決をし,かつ,審決取消訴訟においても上記解釈に基づいて原告には軽減算定率の適用はなく,基本算定率が適用されるべき旨を主張していた(甲5ないし8,乙2の1ないし3)のであって,基本的に独禁法をその文言に従って忠実に解釈し,これを執行することを求められている行政機関である同委員会の上記のような解釈を,その権限に違反した不当なものということはできない(なお,独禁法の課徴金の制度は非裁量的なものであって,その納付を命ずる際の要件の拡張解釈等は基本的に許されないし,同委員会のした上記解釈は中団法など他の法律の規定及びその解釈とも整合性を有するものであった。)。このことは,同号について,原審判決が同委員会と同旨の解釈をしたこと,さらに最高裁判決においても,同号における会社及び個人には協業組合が直ちに含まれるとはいえないことを前提として,「…協業組合が,各組合員が営んでいた事業を基盤としているものであることからすれば,個人事業者を組合員とする協業組合にあっては,当該組合固有のものに各組合員固有のものを合わせた常時使用する従業員の総数が同項(注:独禁法7条の2第2項)の規定する「会社」及び「個人」に関する従業員数の要件に該当するときは,同項を類推して,当該組合には軽減算定率が適用されるものと解するのが相当である。」としていることからも明らかであり,原告の上記主張は根拠がない。

なお,原告は,同委員会が課徴金の納付を命じたものに交付している課徴金算定手続の概要(甲11)にも原告の主張する解釈と同様の説明が記載されていると主張する。しかし,同概要は,課徴金の算定方法につき,違反対象事業を大企業と中小企業に分けて異なる算定率を記載し,中小事業者に該当するかどうかは,小売業,卸売業,サービス業以外の事業の場合,資本の額又は出資の額が1億円以下であるか,又は,常時使用する従業員の数が300人以下であるとの基準によって判断されるなどと記載して,同項の適用がある一般的な場合について平易な説明をしたものにすぎず,これをもって協業組合にも軽減算定率が適用されるとしていたものではないから,上記主張も失当である。

ウ 本件納付命令は,本件審決という行政処分によるものであり,これはその一部を取り消す差戻審判決が平成15年9月26日の経過によって確定するまで有効に存在していた。したがって,これによって納付を命じられた課徴金のうち967万円(本件還付金相当額)について法律上の原因がなくなり,被告に同額の不当利得の返還義務が発生したのは同月27日以降であり,また,同日以降,被告は,悪意の受益者となったということができる(被告がそれ以前の時点で悪意の受益者となったとすべき根拠はない。)。

(2)  利息の額

上記のとおり,被告は,平成15年9月27日から悪意の受益者となったのであるから,同日以降,967万円を原告に返還するまでこれに対する利息の支払義務があるところ,原告がその返還を受けたのは同月30日であることは前提事実記載のとおりである。

したがって,原告は,被告に対し,967万円に対する同月27日から同月30日までの間の年5分の割合による利息5298円の利息請求権を有する[計算式:967万円×0.05×4日÷365=5298円(国等の債権債務等の金額の端数計算に関する法律2条1項により,1円未満の端数金額を切り捨て)]。

(3)  以上によれば,原告の予備的請求は,被告に対し,5298円の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。

3  よって,原告の主位的請求は理由がないからこれを棄却し,予備的請求は5298円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文を適用し,仮執行宣言は上記認容額等に照らし相当でないからこれを付さないこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井勝彦 裁判官 馬場純夫 裁判官 矢澤雅規)

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