札幌地方裁判所 平成17年(行ウ)20号 判決 2006年11月16日
主文
1 本件訴えのうち予定価格調書の公開決定の義務付けを求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 北広島市教育委員会が原告に対して平成17年3月4日付けでした別紙文書目録二記載の各公文書の一部公開決定処分のうち,同目録記載9(2)の予定価格調書を非公開とした部分を取り消す。
2 北広島市教育委員会は,原告に対し,平成17年3月4日付け別紙文書目録二記載の各公文書の一部公開決定処分のうち,非公開とした同目録記載9(2)の予定価格調書の公開決定をせよ。
第2事案の概要
原告は,北広島市教育委員会に対し,北広島市情報公開条例に基づき,北広島市芸術文化ホールの管理業務委託に係る別紙文書目録一記載の各公文書の公開請求及び任意的公開の申出をしたところ,同委員会は,対象文書を別紙文書目録二記載の各公文書として特定した上,このうち平成13年,16年度の入札(見積)状況調書中の代理人欄記載の氏名及び予定価格調書等についていずれも非公開とする旨の一部公開決定をした。そこで,原告は,非公開部分の公開を求めて異議申立てをしたが,同委員会は,上記代理人氏名については公開するとしたものの,予定価格調書については異議申立てを棄却した。本件は,原告が上記公開請求に係る一部公開決定のうち予定価格調書を非公開とした処分は違法であるとして,その取消しを求める(以下「本件取消請求」という)とともに,予定価格調書の公開決定の義務付けを求めた(以下「。本件義務付けの訴え」という。)事案である。
1 前提となる事実(証拠等により認定した事実は括弧内に掲記した。)
(1) 当事者等
ア 原告は,北海道北広島市内に住所を有する者である。
被告は,北広島市情報公開条例(平成11年3月24日条例第2号,以下「本件条例」という。)を制定・施行している普通地方公共団体であり,平成10年10月1日,北海道北広島市所在の北広島市芸術文化ホール(以下「本件文化施設」という。)の運営を開始した(甲16の3,16の5,18)。
イ 北広島市教育委員会(以下「本件委員会」という。)は,本件条例2条1号に規定された実施機関である(乙1)。
(2) 本件条例には,次の旨の規定がある(乙1)。
第1条(目的)
この条例は,公文書の公開に関し必要な事項を定めることにより,市政に関する情報についての市民の知る権利を保障し,市政の諸活動について説明する責任を全うするとともに,市民参加の促進とより公正で開かれた市政を実現し,市民の市政に対する理解と信頼を深め,もって地方自治の本旨に即した市民主体の市政の推進に寄与することを目的とする。
第3条(実施機関の責務)
実施機関は,市政に関する情報についての市民の知る権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し,運用するとともに,個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう最大限の配慮をしなければならない。
2 略
第5条(公開請求権者)
何人も,実施機関に対して,公文書の公開を請求することができる。
第6条(実施機関の公開義務)
実施機関は,公文書の公開の請求(以下「公開請求」という。)があったときは,公開請求に係る公文書に次の各号に掲げる情報(以下「非公開情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き,当該公文書に係る公文書の公開をしなければならない。
(1) 個人の思想,宗教,財産,所得,学歴,職歴,住所,所属団体,家族構成,健康状態,身体的特徴等に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,特定の個人が識別され得るもののうち,通常他人に知られたくないと認められるもの。ただし,次に掲げる情報は除く(1号,以下「個人情報」という。)。
ア 法令又は他の条例(以下「法令等」という。)の規定により,何人でも閲覧することができる情報
イ 公表することを目的として作成し,又は取得した情報
(2) 法人その他の団体(国,独立行政法人等(独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号)第2条第1項に規定する独立行政法人等をいう。以下同じ。),地方公共団体及び地方独立行政法人(地方独立行政法人法(平成15年法律第118号) 第2条第1項に規定する地方独立行政法人をいう。以下同じ。)を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,公開することにより,当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上若しくは事業運営上の地位又は社会的な地位,財産権その他正当な利益が不当に損なわれると認められるもの又は実施機関の要請を受けて,公にしないことを条件として,当該法人等又は当該事業を営む個人から任意に市に提供された情報であって,当該法人等又は当該事業を営む個人の承諾なく公開することによって,当該法人等又は当該事業を営む個人との協力関係若しくは信頼関係を著しく損なうと認められるもの(2号,以下「法人情報」という。)。
(3),(4) 略
(5) 試験の問題及び採点基準,検査,取締り等の計画及び実施要領,争訟の処理方針,入札の予定価格,交渉の方針,職員の身分取扱いその他の市又は国等が行う事務事業に関する情報であって,公開することにより,当該事務事業の目的を失わせ,又は将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると認められるもの(5号,以下「行政運営情報」という。)。
(6),(7) 略
第19条(公文書の任意的公開)
実施機関は,この条例の施行の日前に作成され,又は取得した公文書(永年保存文書として定められている公文書のうち,公文書の公開のための整理が終わったものとして実施機関が指定したものを除く。)について,公文書の公開の申出があったときは,これに応ずるよう努めるものとする。
2 前項の規定による公文書の公開に関する手続は,第6条から第15条までの規定を準用する。
附則
(施行期日)
1 この条例は,平成11年10月1日から施行する。
(適用区分)
2 この条例の規定(第19条の規定を除く)は,この条例の施。行の日(以下「施行日」という。)以後に作成し,又は取得した公文書について適用する。
(3) 本件訴訟に至る経緯
ア 原告は,平成17年2月18日,本件委員会に対し,本件条例9条の規定に基づき,本件文化施設の管理業務委託(以下「本件業務委託」という。)に係る別紙文書目録一記載の各公文書の公開請求(以下「本件公開請求」という。)をし(甲1),さらに,同月28日,本件委員会に対し,本件条例19条の規定に基づき,同文書の任意的公開の申出(以下「本件任意的公開申出」という。)をした(甲2,弁論の全趣旨)。
イ 本件委員会は,本件公開請求及び本件任意的公開申出の対象となった各公文書を別紙文書目録二記載の各公文書(以下「本件各公文書」という。)として特定した上,平成17年3月4日,本件各公文書のうち,同目録記載8(1)の「平成10年度の入札状況調書」及び(2)の「平成13年,16年度の入札(見積)状況調書」(甲8の1~8の3)中の「代理人」欄記載の氏名については,本件条例6条1項1号所定の個人情報に該当するとの理由で,同目録記載3の「業務完了届」(甲7の1~7の8)並びに同目録記載4(1)の「平成10年,11年度の文化施設総合管理業務委託契約書」及び(2)の「平成12年ないし16年度の委託契約書」(甲5の1~5の9)に押印されている受託業者であるA株式会社名下の印影については,本件条例6条1項2号所定の法人情報に該当するとの理由で,さらに,同目録記載9の「予定価格調書」については,同文書中の予定価格欄記載の金額(以下「本件各予定価格」という)が本件条例6。条1項5号所定の行政運営情報に該当するとの理由で,それぞれ非公開とする旨の一部公開決定(以下「本件処分」という。甲4)及び任意的一部公開の回答(甲3)をし,同月7日(甲11),原告にその旨通知した。
ウ そこで,原告は,平成17年4月13日,本件委員会に対し,行政不服審査法6条の規定に基づき,本件処分のうち,別紙文書目録二記載8(2)の「平成13年,16年度の入札(見積)状況調書」中の「代理人」欄記載の氏名(以下「本件代理人氏名」という。)及び同目録記載9(2)の「平成13年,16年度の予定価格調書」(以下「本件各予定価格調書」という。)を非公開とした部分の取消しを求め,異議申立てを行った(甲11)。これに対し,本件委員会は,北広島市情報公開審査会の審議,答申を経て(乙4~6),同年8月12日,本件処分の一部を取り消し,本件代理人氏名については公開するとしたものの,本件各予定価格調書については,本件条例6条1項5号所定の行政運営情報に該当するとして,当該部分に係る原告の異議申立てを棄却する旨の決定をし,原告にその旨通知した(甲10,12)。
エ 原告は,上記ウの決定を不服として,平成17年11月22日,本件訴訟を提起した。
2 争点
本件各予定価格が,本件条例6条1項5号所定の行政運営情報に該当するか,否か。
(被告の主張)
本件文化施設の管理委託業務は,毎年,反復継続して行われるものであり,当該施設,設備の内容に大きな変化がない限り,当該委託業務の内容にも大きな変更はないため,仮に本件各予定価格調書が公開された場合には,次年度以降の予定価格が容易に類推されることになる。そうすると,過去の予定価格が目安となって入札における競争が制限され,入札参加業者の見積り努力を損なわせること,契約金額が高止まりになること,談合を助長すること等の支障を生じさせるおそれがある。さらに,本件業務委託については,初年度のの翌年から一定期間は,初年度の落札者との間で,随意契約を締結することもあるため,契約金額が高止まりになるなど,その影響は大きい。
なお,原告が主張している札幌市の場合でも,予定価格及び積算内訳書を無制限に公開しているわけではなく,原則は非公開であり,他の入札に影響しないと判断される時点,具体的には,積算単価表を使用して調達する案件がなくなったと判断される時点以降に公開する運用をしているにすぎない。そして,被告においては,本件業務委託の積算単価等を公表しておらず,前記のとおり,初年度の指名競争入札の翌年から一定期間は,初年度の落札者との間で随意契約を締結することもあるため,予定価格を公開すると次年度以降の予定価格が容易に類推されることから,公開を控えているのであり,状況が異なる札幌市と同列に扱うことはできない。
したがって,本件各予定価格調書が公開されることにより,本件条例6条1項5号に規定した「当該事務事業の目的を失わせ,又は将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずる」と認められるから,これを非公開とした本件処分は,適法である。
(原告の主張)
入札価格等については北広島市議会で正規に議論されており,各年度の入札参加業者名及びその入札価格並びに落札業者名及びその落札価格についても新聞等で公表されている。そして,落札価格は,予定価格を下回る価格であるから,落札価格が公開されることにより,予定価格は既に類推されているといえる。また,札幌市は,本件と同種の業務委託に係る過年度分の予定価格についても公開している。
したがって,本件各予定価格調書が公開されたとしても,本件条例6条1項5号に規定した「当該事務事業の目的を失わせ,又は将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずる」とは認められないから,これを非公開とした本件処分は,違法である。
第3当裁判所の判断
1 証拠(括弧内に掲記)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 本件各予定価格調書の記載事項及び予定価格の意義
ア 本件各予定価格調書の記載事項
本件各予定価格調書は,本件業務委託を指名競争入札に付すに際し,発注者である被告によってあらかじめ作成された文書であり,件名,番号,本件各予定価格及び入札書・見積書比較価格が記載されている(乙7,8,16,17,20,21)。
イ 予定価格の意義
予定価格は,競争入札の落札金額等を決定するための基準となる価格である。普通地方公共団体は,競争入札に付する場合においては,予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもって申込みをした者を契約の相手方とする旨規定されているため(地方自治法234条3項),予定価格は,実質的には契約予定金額の上限としての性質を有しており,最低入札価格が予定価格を上回る場合には落札を許さないとすることにより,落札価格が契約予定金額を上回ることを防止し,もって税金で賄われる普通地方公共団体の予算の効率的な使用という観点から重要な機能を果たしている。なお,予定価格から消費税相当額を控除した金額が,入札書・見積書比較価格である(乙16,17,20,21,弁論の全趣旨)。
(2) 本件各予定価格の決定方法等
ア 関係規則等
被告は,その締結する契約に関する事務の取扱いについて,次の旨の規則等を定めている。
(ア) 北広島市財務規則(昭和46年3月30日規則第11号。なお,同財務規則は,後記(イ)の北広島市契約規則の施行に伴い,平成15年3月31日付けで廃止。乙17)
第117条(予定価格の設定)
契約担当者は,一般競争入札により契約を締結しようとするときは,入札に付する事項の価格を当該事項に関する仕様書,設計書等によって予定し,その予定価格を記載した書面を封書にし,開札の際これを開札場所に置かなければならない。
2 予定価格は,一般競争入札に付する事項の価格の総額について定めなければならない。ただし,一定期間継続して行う製造,修繕,加工,売買,供給,使用等の契約の場合においては,単価についてその予定価格を定めることができる。
3 予定価格は,契約の目的となる物件又は役務について取引の実例価格,需給の状況,履行の難易,数量の多寡,履行期間の長短等を考慮して適正に定めなければならない。
第127条(一般競争入札の規定の準用)
第113条から第123条までの規定は,指名競争入札の場合に準用する。
第128条の2(予定価格の決定)
契約担当者は,地方自治法施行令167条の2の規定により契約をしようとするときは,あらかじめ第117条の規定に準じ予定価格を定めなければならない。ただし,次の各号の一に該当する場合は,予定価格の作成を省略することができる。
(1)~(4) 略
(イ) 北広島市契約規則(平成15年3月28日規則第12号。乙16)
第9条(予定価格調書の作成)
契約担当者は,一般競争入札に付するときは,その事項の価格を当該事項に関する図面,仕様書,設計書等によって予定し,その予定価格を記載した予定価格調書を作成し,これを封かんして開札場所に置かなければならない。
2~4 略
第10条(予定価格の決定)
予定価格は,一般競争入札に付する事項の価格の総額について定めるものとする。ただし,一定期間継続して行う製造,修繕,加工,売買,供給,使用等の契約の場合にあっては,単価によってその予定価格を定めることができる。
2 予定価格は,契約の目的となる物件又は役務について,取引の実例価格,需給の状況,履行の難易,数量の多少,履行期間の長短等を考慮して適正に定めるものとする。
第25条(一般競争入札に関する規定の準用)
第6条から第20条までの規定は,指名競争入札について準用する。
第27条(予定価格の決定)
契約担当者は,地方自治法施行令167条の2第1項の規定により随意契約を締結しようとするときは,あらかじめ第10条の規定に準じて予定価格を定めなければならない。
第28条(予定価格調書の作成等)
契約担当者は,予定価格を定めたときは,予定価格調書を作成しなければならない。ただし,次の各号のいずれかに該当する場合は,この限りでない。
(1)~(5) 略
イ 本件各予定価格の決定方法
被告においては,保有する施設の管理業務を委託する場合,前記規則に基づき,競争入札を行うに先立って予定価格を決定しているところ,委託業務については,公共工事の歩掛に相当する積算基準が存在しないため,当該業務の概要等を記載した業務仕様書をあらかじめ作成し,類似業務について実績のある複数の業者から参考見積書を徴した上,同見積書を参考にして積算価格を算定し,それを基に予定価格を決定することになる。そして,翌年度以降の再度の競争入札又は随意契約における各予定価格は,業務仕様書の内容に変更がない限り,過年度の積算価格を基に,人件費や物価の経年変化を勘案して決定されている(甲15,18,乙4~6,16,17,弁論の全趣旨)。
(3) 本件業務委託に係る契約締結の経過
ア 平成10年ないし17年度まで
被告は,平成2年4月1日,委託業務契約に係る事務処理の要領として,広島町委託業務処理要領(以下「要領」という。乙20)を作成し,継続的な委託業務については,初年度に競争入札を行い,翌年度から2年間は,初年度における落札者との間で毎年随意契約を締結する運用をしてきた。本件文化施設完成後,被告は,要領に基づき,平成10年,13年及び16年度に本件業務委託をそれぞれ指名競争入札に付したところ,いずれもA株式会社が落札者となったため,同社との間で,本件業務委託に係る契約を締結し,また,平成11年,12年,14年,15年及び17年度には,同社との間で,それぞれ随意契約を締結した上,本件業務委託に係る契約を締結した(甲5の1~5の9,8の1~8の3)。
イ 平成18年度以降
被告は,平成18年2月27日付けで前記要領を廃止し,新たに北広島市委託契約事務取扱要綱(以下「要綱」という。乙21)を作成し,前記委託業務について原則として毎年競争入札を行うという運用に変更した。そして,被告は,平成18年度については,要綱に基づき,本件業務委託を4回目の指名競争入札に付したところ,再びA株式会社が落札者となったため,同社との間で,本件業務委託に係る契約を締結した(甲22~26,弁論の全趣旨)。
2 本件取消請求について
以上の認定事実を前提にして,争点(本件各予定価格が,本件条例6条1項5号所定の行政運営情報に該当するか否か)について検討する。
(1) 本件条例6条1項5号の趣旨は,市又は国等が行う事務事業に関する情報は,本来,公開が原則であるところ,事務事業の性質上,当該情報が公開されることにより,当該事業の目的を失わせ又は将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると認められる場合には,当該事業の目的を達成し又は公正若しくは円滑な執行を確保するため,これを公開しないことができるとしたものと解される。したがって,本件各予定価格が本件条例6条1項5号所定の行政運営情報に該当するか否かは,当該情報の内容,性質,事務事業の内容,性質等を勘案し,本件各予定価格調書が公開されることにより,被告の本件業務委託に係る入札事務事業の目的を失わせ又は将来の入札事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずると認められるか否かという観点から判断するのが相当である。
そして,委託業務契約に係る予定価格が競争入札の実施前に公開され(以下「事前公開」という。),入札参加業者の知るところとなった場合には,入札参加業者の真剣な見積り努力を阻害するとともに,他の入札参加業者との価格調整,すなわち談合を誘発し,ひいては,予定価格直下への入札価格の集中をもたらすことが予想されるから,当該予定価格の事前公開については,上記のようなおそれがないか,著しく小さい場合は格別,入札参加業者間の自由で公正な競争を通じて公共団体の予算の効率的な運用を図り,納税者の利益を最大限に実現するという入札事務事業の目的を失わせ又は将来の入札事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障を及ぼすものと認められる。
(2) そこで,これを本件業務委託に係る予定価格についてみると,前記認定のとおり,本件業務委託は,業務の性質上,基本的に同一の仕様で毎年反復継続して行われることが予定されており,初年度に競争入札を行った場合,翌年度以降の再度の競争入札又は随意契約における予定価格は,過去の積算価格を基に決定されるため,過去の予定価格と将来の予定価格との間に大幅な変動はないものと推認されること,さらに,本件業務委託には公共団体の発注する公共工事の歩掛に相当する積算基準が存在せず,上記積算価格について公表もされていないことにかんがみると,たとえ過去の予定価格であっても,本件業務委託に係る予定価格が公開された場合には,入札参加業者において,同価格を基に将来の予定価格を推測することが容易になることは否定できないというべきである。そうすると,仮に平成13年,16年度の本件各予定価格調書を事後公開するとした場合,再度の指名競争入札の実施前に当該入札の予定価格を事前公開して入札参加業者に知らせたのと同様に,入札参加業者の真剣な見積り努力を阻害するとともに,談合を誘発し,予定価格直下への入札価格の集中をもたらすおそれが生ずるといわざるを得ない。
なお,被告は,公共工事の場合,予定価格を公開する運用をしているが,これは,平成13年2月16日に「公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律」が施行され,地方公共団体等が行う公共工事の入札及び契約に関する情報の公表について規定されたことに加え,公共工事の場合,同種の工事であっても,施工技術の進歩や地域的諸条件等のため,各工事ごとに個別の特殊性があり,過去の予定価格を基に将来の予定価格を推測するには限界があること,他方,公共工事の積算基準に係る図書の公表が進んでいるため,既に予定価格をある程度まで推測することが可能であり,過去の予定価格の公開が,将来の予定価格の推測の精度をどの程度増すのかが不明であることから,公共工事に係る予定価格を公開したとしても,前記の弊害は生じないか,著しく小さいと判断したのがその理由と考えられる(乙5,10,弁論の全趣旨)。これに対し,本件業務委託については,前記認定及び判断のとおり,本件予定価格調書を事後公開することは,本件予定価格を事前公開した場合と同様の弊害が生じるというべきであるから,公共工事に関する予定価格の公開の場合と同列に扱うことはできない。
(3) 原告は,落札価格は予定価格を下回る価格であるから,本件業務委託に係る落札価格が新聞等で公表されたことにより,本件各予定価格は既に類推されているとして,仮に本件各予定価格調書が事後公開されたとしても,本件条例6条1項5号に規定した「当該事務事業の目的を失わせ,又は将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずる」とは認められないと主張する。しかしながら,競争入札を行った場合の落札率(予定価格に対する落札価格の割合)は,その都度個々の案件ごとに異なるものであり,前記認定の予定価格の意義や本件各予定価格の決定方法等に照らせば,本件業務委託に係る過去の落札価格が公開されたからといって,それにより直ちに将来の予定価格が推測されるとはいえないから,原告の上記主張は,採用できない。
また,原告は,札幌市においては,本件と同種の業務に係る過年度分の予定価格を公開しているのであるから,被告が本件予定価格の公開を拒む理由はないと主張する。しかしながら,札幌市においては,業務委託の競争入札に係る予定価格を積算価格に基づいて算定し,予定価格及びその基礎となる積算価格については原則として落札後であっても公開せず,公開請求があった場合,積算単価を使用して調達する案件がなくなったなど他の入札に影響しないと判断される時点以降に公開する取扱いとされていることが認められる(乙14,15)。そして,本件予定価格を公開した場合に予想される弊害は,前記説示のとおりであり,現時点において,本件予定価格を公開することにより他の入札に影響しないと判断することはできないというべきであるから,原告の主張する札幌市の予定価格に関する取扱いをもって,本件予定価格を公開するべきであると解するのは相当でない。したがって,原告の上記主張も,採用できない。
(4) 小活
以上によれば,本件各予定価格調書を事後公開すると,被告の本件業務委託に係る入札事務事業の目的を失わせ又は将来の入札事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障を及ぼすものと認められるから,本件各予定価格は,本件条例6条1項5号所定の行政運営情報に当たるものと解するのが相当である。したがって,本件処分のうち本件各予定価格調書を非公開とした部分の取消しを求める原告の請求は,理由がない。
3 本件義務付けの訴えについて
そうすると,本件訴えのうち本件各予定価格調書の公開決定の義務付けを求める部分は,行政事件訴訟法3条6項2号の義務付けの訴えの訴訟要件である「当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり,又は無効若しくは不存在であること」(行政事件訴訟法37条の3第1項2号)に該当しないことは明らかであるから,不適法な訴えとして却下を免れない。
第4結論
よって,本件訴えのうち本件各予定価格調書の公開決定の義務付けを求める部分は不適法であるから却下し,原告のその余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 坂本宗一 裁判官 宮島文邦 裁判官 藏本匡成)
別紙文書目録一
1 平成10年,13年及び16年度の文化施設設備管理業務委託仕様書
2 平成10年ないし16年度の文化施設設備管理業務計画書
3 平成10年ないし16年度の文化施設設備管理業務完了報告書
4 平成10年ないし16年度の文化施設設備管理業務委託契約書
5 平成10年,13年及び16年度の施設管理業務に関する一般競争入札登録業者名の記載された文書
6 平成10年,13年及び16年度の文化施設設備管理業務委託指名競争入札業者名の記載された文書
7 平成10年,13年及び16年度の上記6の指名入札業者の選考経過及び指名理由の記載された文書
8 平成10年,13年及び16年度の上記6の指名業者選考時の選定委員の氏名の記載された文書
9 平成10年,13年及び16年度の上記6の指名業者の入札価格,出席代理人氏名及び予定価格の記載された文書
以上
別紙文書目録二
1(1) 平成10年度の文化施設総合管理業務委託処理要領
(2) 平成13年度の文化施設設備管理業務仕様書
(3) 平成16年度の文化施設設備管理業務委託仕様書
2 平成10年ないし16年度の保守作業計画表
3 平成10年ないし16年度の業務完了届
4(1) 平成10年,11年度の文化施設総合管理業務委託契約書
(2) 平成12年ないし16年度の委託契約書
5 平成16年度競争入札参加資格者名簿
6 決定書
7 物品・委託委員会と題する文書
8(1) 平成10年度の入札状況調書
(2) 平成13年,16年度の入札(見積)状況調書
9(1) 平成10年度の予定価格調書
(2) 平成13年,16年度の予定価格調書
以上