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札幌地方裁判所 平成18年(わ)1414号 判決 2009年11月30日

主文

被告人を懲役17年に処する。

未決勾留日数中1000日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成18年8月11日から同年9月7日まで,札幌市白石区ab条c丁目d番e号fマンションg号室において,A,その長女B及び次女Cと同居し,同月8日から同月23日まで,同市中央区h条i丁目j番k号lm号室において,A及びBと同居していたものであるが,

第1  同月7日午後4時45分ころ,fマンションg号室において,C(当時3歳)に対し,その両足を両手でつかんで逆さ吊りにした上,その身体を前後に振る暴行を加え,よって,同日午後5時30分ころ,同所において,同児を(1)高位頸髄から脳幹にかけての損傷による意識障害と呼吸障害により,(2)同損傷による意識障害と呼吸障害に伴う舌根沈下若しくは異物による気道閉塞による窒息により,(3)頭部外傷に起因する(ア)全身痙攣に伴った嘔吐物の誤嚥若しくは舌根沈下による気道閉塞,(イ)意識喪失に伴った胃内容物の逆流による気道閉塞のいずれか若しくは(ウ)これらの競合による窒息により,又は,(4)頭部外傷に起因しない胃内容物の逆流若しくは意識喪失に伴った舌根沈下による気道閉塞による窒息のいずれかにより死亡させた

第2  Aと共謀の上,同日午後7時15分ころ,fマンションg号室において,Cの死体をバスタオルで包み,ボストンバッグに入れて同所のクローゼットに隠匿した後,同月8日午前10時25分ころ,この死体が入ったボストンバッグを同所から持ち出してタクシーのトランク内に積み込み,転居先のlm号室まで運搬した上,同日午前10時40分ころ,同所のクローゼットに隠匿し,さらに,同月13日ころ,同所において,このボストンバッグを布団用圧縮袋などに入れた上,ダンボール箱に入れて梱包した後,同所のクローゼットに再び隠匿し,もって死体を遺棄した

第3  同月16日ころ,lm号室において,A(当時24歳)に対し,その頭部及び背中を踏み付けるなどの暴行を加えた

第4  同月20日午後9時10分ころ,lm号室の浴室において,B(当時4歳)に対し,その顔面を右平手で殴打し,その身体を浴槽等に強打させて床に転倒させた上,立ち上がった同児の頭部を右手拳で殴打する暴行を加え,これらの一連の暴行により,同児に橋静脈破綻による左硬膜下血腫の傷害を負わせ,よって,同月21日午後6時ころ,同所において,同児を上記左硬膜下血腫により死亡するに至らせた(本位的訴因の殺人を認定せず,予備的訴因の傷害致死を認定した)

第5  Aと共謀の上,同日午後7時30分ころ,lm号室において,Bの死体をバスタオルで包み,布団用圧縮袋などに入れた上,ダンボール箱に入れて梱包した後,同所のクローゼットに隠匿し,もって死体を遺棄した

ものである。

(証拠の標目)

省略

(事実認定の補足説明)

第1事案の概要

1  関係証拠によれば,本件全体の概要は以下のとおりである。

被告人は,平成18年(以下,特に記載がない場合はいずれも平成18年のことである。)7月21日,風俗店でAから接客を受けたことから知り合った。被告人は,当時,婚姻して一女をもうけていたが,4月27日,いわゆるDV法に基づく保護命令を受け,妻子に対する接近を禁じられていた〔甲38(捜査報告書)〕。Aは,当時婚姻しており,夫Dとの間にB,Cの2女をもうけ,4人で同居して生活していたが,夫に対し,仕事が長続きしないことなどから,不満も抱いていた。

被告人は,Aに好意を抱き,Aが働く風俗店やその他の場所で何度も会い,さらに電話や携帯電話のメールで連絡を取り合うなどしていた。

Aは,8月9日,BとCを連れて被告人宅に行き,その日は4人でラブホテルに宿泊し,翌10日には一旦自宅に帰ったが,その後再び被告人のもとに戻り,その晩も4人で同じホテルに宿泊した。

そして,8月11日以降,Aは,B,Cと共に,被告人宅で生活することとなった。同居を開始して4週間後の9月7日にCの死亡にまつわる判示第1,第2の事件が起き,その9日後の9月16日にAに暴行をしたという判示第3の事件が起き,その4,5日後の9月20日から21日にかけてBの死亡にまつわる判示第4,第5の事件が起きた。

2  本件の争点

判示第1(Cに対する傷害致死事件)については,①被告人の暴行の態様及びCが意識を喪失した時期,②暴行とCの死亡との因果関係の有無が争点である。

判示第3(Aに対する暴行事件)については,③被告人の暴行の態様が争点である。

判示第4については,本位的訴因は,「被告人は,平成18年8月11日から同年9月7日までの間,札幌市白石区ab条c丁目d番e号fマンションg号室の当時の被告人方において,A,同人の長女B及び次女Cと,同月8日から同月23日までの間,同市中央区h条i丁目j番k号lm号室被告人方において,上記A及び上記Bといずれも同居していたものであるが,同月20日午後9時10分ころ,前記lm号室被告人方の浴室において,前記B(当時4歳)に対し,その顔面を右平手で殴打し,その身体を浴槽等に強打させて同児を床に転倒させた上,立ち上がった同児の頭部を右手拳で殴打する暴行を加え,上記一連の暴行により,同児に橋静脈破綻による左硬膜下血腫の傷害を負わせ,同児をして意識不明の状態に陥らせたところ,同児を最寄りの病院等に搬送し医師による医療行為を受けさせなければ同児が死亡するおそれがあることを知りながら,同児に対し保護責任を負う前記Aと保護責任者遺棄の限度で共謀の上,未必的な殺意をもって,そのころから同月21日午後6時ころまでの間,上記被告人方の居室において,上記Bを医師による医療行為を受けさせるなどその生存に必要な措置を何ら講じないまま放置し,よって,同日午後6時ころ,同所において,同児を上記左硬膜下血腫により死亡させて殺害した」という不作為の殺人であり,予備的訴因は,判示のとおり,被告人がBに対し,その顔面を殴打するなどの暴行を加え,死亡するに至らしめたという傷害致死である。そして,本位的訴因については,④直前の被告人の暴行の態様及びAの介在行為の有無,⑤Bの救命可能性の有無,⑥被告人の殺意の有無が争点である。また,予備的訴因については,④直前の被告人の暴行態様及びAの介在行為の有無,⑦被告人の暴行とBの死亡との因果関係の有無が争点である。

そこで,以下,争点ごとに当裁判所の判断を示す。

第2判示第1(Cに対する傷害致死事件)について

1  事実経過(証拠上明らかに認められる事実)

9月7日午後4時40分ころ,当時の被告人宅であるfマンションg号室において,被告人,A,B,Cの4人が弁当を食べ終えた後,被告人は,BとCに腹筋運動をさせることにした。

Bは,布団の上で被告人に両足を押さえられて,腹筋運動を5回やり,続いて,Cが腹筋運動をすることになった。Cは,うまく上体を起こすことができず,肘を布団の上についてしまった。被告人は,それでも腹筋運動をさせようとしたが,やはりCは肘をついてしまった。被告人は,Cに肘をつかないように注意したが,それでもCが肘をついたことから,怒りを覚えた。

午後4時45分ころ,被告人は,仰向けになっていたCの両足の足首をそれぞれ片手で掴んで立ち上がり,Cは逆さ吊りの状態になった。被告人は,そのままCの身体を前後に数回振った後Cを床に下ろした。その後,Cは,意識を喪失した(なお,振った回数と態様,Cが意識を喪失したのが,床に下ろされた直後であるか,あるいは,少し経ってからであるかについては争いがある。)。

Cが意識を喪失した後,被告人とAは,Cの意識を回復させるために,Cを風呂場に運んで1分くらいシャワーをかけたり,脱衣場に移してCの口にストローを差し込み,喉の辺りを突いて刺激したりしたが,Cの意識は戻らなかった。Aは,再びCの口にストローを差し込んで,ストローの反対側を自分の口で吸うなどしたところ,小さくなった米粒が5,6粒ストローの中に入り,さらに数回ストローを口に差し込んだところ,そのたびに米粒が5,6粒ずつストローの中に入ってきた。その後,別の部屋に移動し,Aは,さらにストローをCの口や鼻に差し込んで自分の口で吸うなどしたところ,そのたびにストローには米粒が入ってきた。さらに,被告人とAは,掃除機の先端をCの口に差し込んで異物を吸い出そうとしたが,Cの口が小さかったためうまく差し込むことができなかった。午後5時15分ころ,Cの心臓は動いていたものの,呼吸をしていなかったことから,Aが人工呼吸を行った。被告人も,「やばい,息してないよ」などと言いながら,心臓マッサージをするなどした。このようなことを2人で10分から15分くらい行ったが,Cの意識は全く戻らなかった。その間,Aは,被告人に救急車を呼ぶように頼んだが,被告人が救急車を呼ぶことはなかった。午後5時30分ころ,Cは死亡した。

2  争点①〔被告人の暴行の態様及びCが意識を喪失した時期〕について

(1) 検察官と弁護人の各主張

検察官は,立った状態の被告人がCの両足首を手で腰骨のあたりまで持ち上げて身体を逆さ吊りにした上,身体が床と平行になる程の高さまで前後に7,8回振り回す暴行を加えた,被告人がCを床に下ろした直後,Cの容態は急変して,手を拳にし,肘を曲げて身体をえび反りにさせた,と主張する。

一方,弁護人は,Cを逆さ吊りにして振ったこと自体は認められるが,その態様は,被告人がCを自分の身体の正面で逆さ吊りにして2往復させたというものであった,その後,Cを床に下ろして,再びCに腹筋運動をさせたところ,Cがまた肘をつき,それに対して被告人が怒ろうとした際にCは意識を喪失した,と主張する。

(2) Aの証言

この点について,Aは,以下のように証言する。

被告人が,Cの両足首をそれぞれ片手で持って立ち上がり,Cは逆さ吊りの状態になった。被告人は,そのような状態で,Cを自分の身体の右側で,合計7,8回(前に1回後ろに1回と数えて)振っていた。被告人が持っていたCの足首の高さは,被告人の腰骨くらいの高さであり,Cは,その身体が床と平行になるくらいまで振り上げられていた。

Cは,目を見開いて,口に力が入ったような表情であったが,泣いたり叫んだりすることはなく,振られる方向が変わるたびに頭ががくんとなっていた。被告人は,振る動作を終えた後,Cをそっと床に下ろした。

床に下ろされてすぐに,Cは上半身をえび反りのようにし,身体を左右に少しくねらせてもがき始めた。その時,両手は握って,それが耳の横辺りの位置に来るまで腕を曲げていた。呼吸は,途中で10秒くらい止まる不規則なもので,息を吐くときに,ガラガラと何か詰まっているような音がした。AがすぐにCに近寄って抱き抱えたところ,CはAにだらんと全体重をかけてきた。

(3) Aの証言の信用性

ア Aの証言の信用性を判断するに当たっての注意点

本件各争点にかかる事実を検討するに当たっては,被告人と同居していたAの証言の信用性判断が重要となる。特に,Aは,本件の判示第2,第5の各死体遺棄について被告人との共同正犯として,判示第4(本位的訴因の殺人)については,保護責任者遺棄致死の限度で被告人との共同正犯として,それぞれ起訴されており,本件で証言した当時は自己の公判が係属中であったことや,Aは判示第3の暴行の被害者ともされていること,そして,何よりも,死亡した2人の幼い子が自分の娘であること,被告人が同棲相手であることなどに照らせば,Aには,自己の刑事責任の軽減や被告人への報復心を含む複雑な心情等の理由から,虚偽の供述をするおそれがあることは否定できない。

そこで,Aの証言の信用性を判断するに当たっては,これらの点を踏まえて慎重に検討・吟味する必要がある。

イ 視認状況等

このA証言の信用性について検討するに,Aが終始Cと被告人のすぐそばにいたことからすれば,視認状況には特段問題がない上,被告人がCの身体を振った態様,その後の状況等についても,その供述内容に格別不自然な点は見当たらない。

ウ Aの証言する暴行態様と他の証拠との一致

A証言は,客観的状況及びCの死因について説明したE医師の証言内容とよく符合する。

すなわち,上記1の事実経過に記載のとおり,午後4時45分ころに被告人が何らかの暴行を加え,午後5時30分ころにはCが死亡したこと,暴行の直後であるか,その後腹筋運動をさせようとした後かには争いがあるものの,暴行と近接した時期に容態が急変したこと,急変後は意識を取り戻すことがなかったことが認められる。この間に他人の暴行が介在したといった事情も窺えない以上,被告人の暴行はCに重篤な障害を負わせるに足りるほど強度なものであったと考えるのが自然である。

また,Cの喉の辺りには,ある程度の量の米粒があったことが認められるところ,Cが弁当を食べ終わってから,腹筋運動をさせられるなどの間に多少の時間の経過があることからすれば,喉にあった米粒は被告人に逆さにされて振られた際に体内から逆流したものと考えるのが自然である。この事実も,被告人の暴行が米粒を体内から逆流させるほど強度のものであったことを推認させる。

E医師も,暴行の状況がいかなるものであったかは答える立場にないとした上で,「急変して短期間の間に亡くなったということですから,その間に何か重篤な障害が加わったというふうに考えるのが論理的」〔E証言28頁〕である旨証言しているところである。

以上のように,被告人の暴行は相当程度強いのものであったことが推認でき,A証言はこれと整合する。

エ Aの証言する意識喪失の時点と他の証拠との一致

関係証拠によれば,Cの喉辺りにはある程度の量の米粒があったこと,Cがむせかえるようなことはなかったことが認められるところ,米粒がそのまま喉に残っていることは,振られた直後に意識を喪失したことと整合する。仮に意識があったとすれば,米粒が逆流した際にむせかえるなどの反応があるはずだからである。この点については,E医師も,気道に異物が詰まった場合には,咳き込む,吐き出すなどの反射運動があるはずであるにもかかわらず,それがなかったことを,強い意識障害があったことの一つの根拠としている〔E証言6頁〕。

オ A証言とE医師の所見が整合することの意味

E医師の医学的知見,経験等は十分である。

弁護人は,E医師の証言は,Aの証言を前提としたものである以上,A証言を合理的に説明できるのは当然で,これをもってAの証言が信用できるとするのは循環論法であると主張する。

しかし,E医師は,遺体の状況等,客観的事実を基に,その医学的知見から推認できる事実を証言したものであり,これがAの証言と合致することは当然Aの証言の信用性を基礎づけるものであって,循環論法との非難は当たらない。

カ 弁護人の主張について

弁護人は,Aの証言について,被告人がCの身体を振ったのが,Aの右横か左横かという点や,Aがいた位置がCの左側か右側かという点について,捜査段階の供述と食い違っている点を指摘し,いずれもA証言の信用性を低める事情であると主張する。しかし,位置の左右の別について食い違いがあったり曖昧になっていること自体が不自然・不合理とまではいえない。また,弁護人は,振り回した時間も30秒くらいから20秒くらいと変遷しているというが,この程度の違いが証言の信用性に影響を与えるとは思われない。

さらに,弁護人は,被告人がAの証言どおりの暴行を行ったのであれば,Aが途中で暴行を制止しなかった点が不自然である旨主張する。しかし,Aは,暴行を制止しなかった理由について,これまでに暴行を止めに入ったことで更にCに対して暴行が悪化するようなことがあったので,止めに入ることができなかった旨証言し,被告人自身も,Cに対して,自分の記憶では10回から15回くらい,些細な理由から頬をつねる,尻を叩く,鼻をつまむ,げんこつをするなどといった暴力を振るっており,当初は躾ということであったが,9月に入ってからはエスカレートして躾と呼べるものではなかった〔第5回公判・被告人供述24頁ないし27頁,第6回公判・同4頁〕などと供述していることからすると,Aが被告人の更なる暴行を恐れて止めに入らなかったとしても不自然ではない。弁護人は,時系列でみても,暴行を黙認したり,制止したりと一貫性がないというが,その場の状況等に応じて異なった行動をとることは何ら不合理ではない。

結局のところ,いずれの主張も,前提となる事実やE証言とよく符合するA証言の信用性を揺るがすようなものではない。したがって,上記のA証言の信用性は高いものと評価できる。

(4) 被告人の供述の検討

一方,被告人は,公判廷で以下のとおり供述する。

ア 要旨

被告人は,Cの足首を持って立ち上がり,Cは,逆さ吊りで手も万歳の状態になった。被告人は,腕を少し曲げた状態で手首を胸くらいの高さにして,手首をスナップさせるようにしてCを2回振った。振られたときのCの頭の高さは,1回目はそれほどでもなかったが,2回目は自分の腹から胸板の近くまで上がった。振った際に,Cの身体が自分の身体に当たることはなかった。このとき,身体の横で振り上げる暴行をしたわけではない。そんなに振れなかったことや,何やってるんだろうとの思いから,2回で振るのを止めた。

その後,Cを仰向けの状態で布団に下ろし,もう一度腹筋運動をさせようとして,肘をつかないで腹筋してみろなどと言った。そのとき,Aが横の方で腹筋運動のお手本を見せた。Cは,腹筋運動をしようとしたが,また肘をついた。そこで,Cを怒ろうとしたときに,Cは,引きつけを起こして,腕をくの字にして身体の前の方に持ってきて,足を伸ばすという状態になった。Cを布団に下ろしてから引きつけを起こすまでの時間は2分くらいであった。

イ 信用性

被告人の述べる暴行の態様は,これ自体,当時3歳であったCに対する暴行として軽微なものとはいい難いが,米粒が逆流した事実,その後,Cに重篤な意識障害が生じて,死亡するに至った事実との整合性は,A証言のそれに比すれば低い(もっとも,被告人の供述によっても,2回目には130センチメートル以上もの高さまで振ったというのであるから,この点のみでは,被告人の供述は排斥できない。)。

また,被告人は,Cを身体の横で振り上げたのではなく,身体の正面で振り上げたというが,そのような態様であれば,通常,振り上げられたCの上体が下に降りて来た際に,被告人の足等に当たるはずと考えられるところ,被告人はこれを否定している。被告人は,身体のすぐそばで腕を支点にして振っているわけではない,思い切り引き寄せてるわけではなく,手首で押さえている〔第5回公判・被告人供述44,45頁〕として,Cが身体に当たらなかった理由を述べているが,これを踏まえても自然とはいい難い。

そして,何よりも,暴行から意識を喪失するまでのおよそ2分の間,Cにむせかえるなどの反応がなかったことの説明がつかない。すなわち,被告人の供述するように暴行後から意識を喪失するまで2分程度あったのであれば,Cの喉あたりにあった米粒によってむせかえるなどの反応があるはずであり,これがなかったことを合理的に説明することは困難である。この点についてE医師が同旨の証言をしていることは上記のとおりである〔E証言5頁,22頁〕。

よって,被告人の供述は信用できない。

(5) 小括

以上により,被告人の暴行の態様及びCが意識を喪失した時期については,上記(2)のAが証言するとおりの事実が認められる。

3  争点②〔暴行とCの死亡との因果関係の有無〕について

(1) 検察官,弁護人の各主張

検察官は,被告人の暴行により,判示第1記載の死因でCは死亡したと主張する。

一方,弁護人は,被告人の供述する暴行の態様を前提として,高位頸髄から脳幹にかけての損傷が認められないことや,Cの身体を振り回すことにより食べ物が詰まった可能性が低いこと,その程度の軽微な暴行によりびまん性脳損傷や脳挫傷などの頭部外傷が発生することが考えにくいことを主張するほか,仮に頭部外傷が起こったとしても,それが痙攣につながって死亡することについての疑問,精神的なストレスが原因で痙攣が重積して死亡した可能性を指摘している。

(2) 検討

ア そこで検討するに,E医師は,Cの死因について,判示第1記載のとおりの死因を証言しており,同医師の証言は,証拠上明らかに認められる事実,A証言により認められるCの容態,子供の頭部や頚部の特徴から死因を説明したもので,その所見の信頼性は高い。

イ 弁護人は,高位頸髄から脳幹にかけての損傷による死亡,被告人の暴行によって窒息したことによる死亡,頭部外傷に起因する死亡について,およそ考えられない,あるいは可能性が低いなどと主張するが,被告人の供述を前提にしても,当時3歳のCに対する暴行として軽微とはいい難い上,信用できるA証言を前提とすれば,上記死因についての証言はいずれも説得力がある。

また,仮に頭部外傷が起こっても,それが痙攣につながって死亡するのか疑問であるとも主張するが,E医師は,何らかの強い意識障害が起きた原因の一つとして,頭部外傷により例えば痙攣を起こし,その後に呼吸障害,窒息があったとの可能性を証言している〔E証言6頁〕ところ,この証言は反対尋問においても揺らいでおらず,疑問を差し挟む余地はない。

さらに,弁護人は,精神的なストレスが原因で痙攣が重積して死亡した可能性があると主張する。たしかに,E医師は,痙攣が重積した場合には,意識を喪失した状態が継続し,場合によっては死亡することがある旨を指摘している〔E証言27頁〕。しかし,これは痙攣重積の一般論について言及したものに過ぎない。本件で精神的なストレスが原因で痙攣が重積して死亡した可能性があるかにつき検討するに,弁護人の主張は,争点①の判断で排斥した被告人の供述を前提とするものであり,上記で認定した暴行態様や意識喪失の時期によれば,Cの意識喪失は,被告人の暴行によるものというほかなく,精神的な恐怖やストレスによるものとは考えられない。そして,精神的な原因による引きつけによって痙攣を起こして窒息死に至る可能性は高くなく〔E証言25頁〕,精神的な恐怖によって意識喪失が起きる可能性はあるものの,それで呼吸が止まって死亡することにはならない〔E証言31頁〕。そうすると,この弁護人の主張も採り得ない。

(3) 小括

以上によれば,Cは,被告人の暴行により,判示第1記載の死因で死亡したものと認められる。

4  まとめ

以上からすれば,判示第1の事件について,被告人は,Cに対して,その両足首を手で持ち上げて身体を逆さ吊りにした上,その身体が床と平行になる程の高さまで前後に7,8回振って往復させる暴行を加え,その結果,判示第1記載の死因で死亡させた事実が認められる。

第3判示第3(Aに対する暴行事件)について

この点については,③被告人の暴行の態様が争点である。

1  検察官と弁護人の各主張

検察官は,下記のA証言に沿って,被告人がAに対し頭部及び背中を踏み付けるなどの暴行を加えたと主張する。

これに対し,被告人は,暴行を加えたことは間違いないものの,右の掌で行ったものであり,踏み付けてはいない旨供述し,弁護人も,これに沿って,暴行罪の成立自体は争わないが,暴行の態様等が異なると主張する。

2  Aの証言

(1) この点について,Aは,以下のように証言する。

9月16日の午前2時半ころ,被告人がBを1メートルくらい持ち上げては布団の上に落とすということを何度か繰り返した。Bが怖そうな表情をしていたのを見て,Bの尻のほうに手を伸ばし,布団とBの身体との間に手を入れてクッションのようにしようとしたところ,被告人は「かばうな」といって,Bをラックの方に投げつけた。

床をはうようにしてBに近寄ったが,被告人は,Aの頭部や背中,Bの腹を交互に足で5,6回踏みつけた。

このような暴行を振るわれたことで左の眉尻から出血した〔第1回公判・A証言13,14頁〕。

(2) 信用性

これまでみてきたとおり,Aの証言は信用に足りるものである上,この点に関しても,Bが暴行を受けた際の表情等を含めて具体的に証言しており,9月24日に撮影されたAの負傷状況〔甲33(写真撮影報告書)〕等とも矛盾するところはない。

弁護人は,被告人がBを持ち上げては落とすということを何回繰り返したかにつき,Aが主尋問では4,5回〔第1回公判・A証言13頁〕と答えたのに対し,反対尋問では2,3回〔第2回公判・A証言44頁〕と答え,供述が変遷していると主張する。しかし,この点について,Aは,2,3回目で手を出して,その後2回ぐらいは暴行をしているので,合計が4,5回になる旨説明している〔第2回公判・A証言44頁〕上,さほど大きな変遷ともいい難い(変遷に関していえば,被告人も,Aの左後頭部を右の平手で1回叩いたところ額が床にぶつかり,直後に顔を上げさせると血が出ていた〔乙13〕とする一方で,公判廷では,左後頭部や背中あたりを合計5,6回叩いたが,それでも土下座をするので顔を上げさせたところ血が出ていたとも供述し〔第5回公判・被告人供述79頁〕,変遷がある。)。

また,弁護人は,Bの腹部には皮下出血がなく解剖所見と矛盾すると主張するが,腹部を踏みつけられた場合に必ず皮下出血が生じるとはいえない。鑑定書〔甲3〕によれば,右腸骨部に皮下出血が認められ,これがその際の暴行を示すものとも考え得る。そうすると,この点もA証言の信用性を否定するものではない。

3  被告人の供述

(1) 一方,被告人は,以下のように供述する。

9月中旬ころ,Cを死亡させてしまったことから精神的にかなり落ち込んでいたため,AやBとこのまま一緒に生活していくのは厳しいと思うようになり,9月16日午前2時30分ころ,Aに,Bを連れて出て行けといった。すると,Aは,ここを出て行ったら自分とBはもう行くところがない,ここにこのまま居させて欲しいなどと訴えて,居間の床の上で土下座をした。土下座を続けられたことが頭にきて,左後頭部や背中あたりを掌で合計5,6回叩いた。それでも土下座を続けたため顔を上げさせたところ,左のまゆの辺りに血が出ていたため暴行をやめた。

(2) 信用性

Cが死亡したのは9月7日であるところ,それから1週間以上経過した9月16日の深夜になって,一緒に生活をしていくのは厳しいなどと思ったために出て行けなどと言ったということ自体,やや唐突である。なお,Aは何度か出て行けと言われた旨を供述しており〔弁30(Aの警察官調書)〕,この供述を前提とすれば,9月16日に出て行けと言われたとしても唐突ではないが,Aは出て行こうとした際には暴力を振るわれた旨をも供述しているところ,被告人は,8月下旬以降9月16日までには暴力を振るっていない旨を供述しており〔第5回公判・被告人供述79頁〕,被告人供述を前提とする限りは,やはり唐突な感を否めない。

また,Aがここに居させて欲しいなどと訴えて土下座をしたというが,被告人の暴行によってCが死亡したという状況において,Aが土下座してまで同居を続けたいと願う理由は見出し難い。弁護人は,Aが被告人に対して家に居させて欲しい旨を頼んだことがあるというが,これは,被告人から暴行を受けることを恐れて土下座したというものであり,経緯等を異にしている。

さらに,被告人の供述するような姿勢や態様で左後頭部や背中あたりを叩いたということや,このような暴行によって,左眉の辺りから出血したということは,A証言に比すれば些か不自然なところがある。

以上によれば,A証言に反する被告人供述は信用できない。

4  まとめ

したがって,判示第3記載のとおりの態様の暴行が認められる。

第4判示第4(Bに対する殺人(予備的訴因は傷害致死)事件)について

1  事実経過(証拠上明らかに認められる事実)

(1) Bが意識を失うまでの経過

9月20日午後8時30分ころ,lm号室において,被告人,A,Bの3人で,リビングルームの中央に敷いた布団の上で夕食のカレーライスを食べ始めた。そして,3人が夕食を食べ終えた午後9時ころ,被告人は,Bの着ていたTシャツの左胸の下辺りに,カレーの染みが付いているのを発見した。被告人は,Bがこのことを被告人に隠そうとしていると考え,Bにただしたが,Bの態度に納得しなかったことから,被告人は,Bを風呂場に立たせた。

被告人は,風呂場で,Bに対して,「おしっこしたくなったらちゃんと呼ぶんだよ」と言い,Bを風呂場に残して,リビングルームに戻った。

その数分後,被告人は,再び風呂場に行き,脱衣場において,風呂場に立っているBの左頬を右掌で1回叩いた。その拍子にBは後方に倒れて,身体を背後の浴槽の壁にぶつけた。さらに,その反動で,前のめりに倒れ込み,床上の隅に置いてあったシャンプーラックにぶつかり,洗い場に倒れた。そして,被告人は,立ち上がったBの頭の上あたりを右手拳で1回殴打した。その後,程なくして,Bは意識を失った。

(2) Bが意識を失ってからの経過

意識を失ったBは,肘を曲げて手を握って,身体はえび反りないしまっすぐ伸ばす状態になった。

被告人は,「疲れる」などと言っていた。Aは,Bの身体をさすってやり,Bを落ち着かせようとした。被告人は,ストローをBの口に差し込もうとしたが,Bが歯を食いしばった状態だったことからこれができなかった。

午後9時30分ころ,Bは失禁するなどしており,被告人とAは,Bの服を着替えさせるなどした。それから10分くらい経ってから,Bは約10分間にわたりいびきをかいた。Aは,Bの身体をさするなどし,被告人は,その横でBがいびきをかく様子を見ていた。その後,Aは,Bの鼻を綿棒で掃除するなどしたが,Bには何の反応もなかった。被告人は,出産間近の飼い犬の容態を気にしていた(なお,被告人は,捜査段階ではいびきについて記憶がないとしていた〔乙5〕が,公判廷では,これを否定していない。Aは,いびきをかいたことから綿棒を使った旨具体的に証言しており,被告人も公判廷では被告人も綿棒を使ったことは認めている〔第5回公判・被告人供述70頁〕ことなどからすれば,午後9時40分ころから約10分間にわたってBがいびきをかいていた事実が認められる。)。

午後10時30分ころ,Bは再び失禁していた。被告人は,「足の方からビニール袋をはめれ」とAに言い,Aはそうしようとしたが,ビニール袋はBの尻辺りまで届かなかった。そこで,Aは,ペット用のおしっこ吸収シートをBの尿でぬれているバスタオルの上に敷き,その上にBを仰向けに寝かせ,下半身に膝掛けやバスタオルを掛けた。Aは,身体をさすったり「B,B」と呼びかけたりし続け,おしぼりでBの顔を拭くなどしたが,反応はなかった。被告人は,相変わらず飼い犬を気にし,ときどきBの様子を見るという状況であった。

翌21日午前4時ころまでの間,Aは,Bの様子を見続け,時々呼びかけたり身体をさすったりしていた。被告人も,その様子を見ていたが,相変わらず飼い犬の容態を見るほか,テレビを見たり漫画本を読んだりしていた。午前3時ころ,被告人は,Aに,「多分,明日くらいには目を覚ますと思うけど,目を覚まさなかったらどうするかな。今はまだ食べ物が身体に入っているからいいけど,それももっても1日だな」「そばに置いておいたら何日か後に死んじゃうかもしれないな」「このままBを自分のそばに置いておくか,それともどこかのホテルに連れて行ってお前の親に電話して迎えに来てもらうか,どっちか選べ」などと言った。Aが「親に迎えに来てもらいたい」旨言うと,被告人は「そんなことしたらお前Bに会えなくなるんだぞ」「お前の親にBを渡したからって,すぐに救急車を呼んだりはしないぞ」などと言い,その後「明日の朝までBがこのままだったらそうするか」などと言った。また,被告人は,Bの額に手を当てて「頭は熱くないし,腫れてないから脳は大丈夫だ。植物人間にはならないな。1日様子を見るか。心臓の音も安定しているから急変することはないよ」と言った。

その後,被告人とAは,仮眠を取り,午前7時に目を覚ました。そのころ,Bは再度失禁していた。Aは,「B」と呼びかけ,よだれをタオルやティッシュで拭くなどしたが,意識は戻らなかった。

被告人は,Bのことを気にする様子はなく,Bをホテルに移そうとか,病院に連れて行こうということも言わなかった。

午前9時ころ,被告人は,飼い犬のことで動物病院に電話をし,午前10時ころ,Aと一緒に動物病院に行った。被告人は,病院の待合室では漫画本を読むなどしていた。

動物病院から帰ってから,被告人とAは,付近のコンビニに犬用の体温計を買いに行き,その際,Aは,Bのために「熱さまシート」を買った。

午後0時ころ,買い物から帰った際のBの様子は,まだ呼吸もあり,心臓も動いていた。被告人は,「心臓が安定しているから大丈夫だ。飯を食ったら1時間くらいまた寝よう」などと言っていた。

午後1時から1時間程度,被告人とAは仮眠を取った。

被告人は,飼い犬のことが心配で,被告人とAの間に飼い犬を寝かせた。

午後2時ころ,目を覚ますと,飼い犬は子犬を2匹産んでいたものの,2匹とも死亡していた。被告人は,慌てて動物病院に電話するなどし,その後30分程度,仮眠したことを泣きながら後悔していた。その間,被告人は死んだ子犬を1匹持ち,もう1匹をAに持たせ,犬の心臓マッサージを行うなどしたが,子犬は生き返らなかった。

午後3時過ぎころ,被告人は,「Bには水だけやっていれば大丈夫だ。ストローで水を飲ませるか」と言いだし,被告人とAは,ストローでBの口に水を垂らした。Bは水をやるたびに喉を動かしていた。

午後4時から被告人とAは仮眠し,目を覚ました午後6時ころにBの様子を確認したところ,Bは既に死亡していた。

(なお,これらの正確な時刻についてはAと被告人との間に食い違いがあるが,Bの様子をよく観察していて信用できるAの証言によって認定した。)

2  争点④〔直前の被告人の暴行態様及びAの暴行の有無〕について

被告人がBに対して加えた暴行態様やAの暴行の有無は,直接には予備的訴因である傷害致死罪に関する争点である。しかし,この点は,作為義務を基礎づける先行行為として訴因となっているところであるし,救命可能性等について証言したF医師やG医師の所見の前提ともなっている。

そこで,この点につき,ここで検討しておくこととする。

(1) Aの証言

Aは,以下のとおり証言しており,自らの行為によりBが頭部をぶつけたことはない旨証言する。

被告人が再びBのいる風呂場に行った後,風呂場からは,被告人がBに対して「何でおしっこ言わないんだ」と言い,Bが「してない」と言ったのが聞こえた。その後すぐに,ガシャンガシャンという音とドンと何かぶつかったような音が聞こえた。2つの音は続けて聞こえたが,どっちが先だったかは分からない。音を聞いて心配したAがすぐに風呂場に行くと,右側では,シャンプーラックが倒れていて,左側では,Bがぺたんと座っていた。被告人は脱衣場にいた。それから,Aは,被告人に言われてシャンプーラックを片づけた。被告人はBを抱きかかえてリビングルームの方に連れて行ったが,その後,被告人が「B,B」と呼んでいる声が聞こえた。

(2) 被告人の公判供述

一方,被告人は,公判廷で以下のとおり供述する。

被告人が,再びBのいる風呂場に行くと,Bの足下の近くにおしっこらしきものの跡があった。被告人は,Bに「おしっこしたの」と聞いたが,Bは「してない」と答えた。被告人は,おしっこを指して「じゃあ,これ何」とBに聞き,そのようなやりとりを3,4回繰り返した。被告人は,Bも母親にであれば言えるのかなと思い,Aを風呂場に呼んだ。そして,被告人が脱衣場の風呂場に向かって左側に,Aが右側に位置し,Aが「これおしっこなの」と聞くと,Bは「違う」と言い,Aが「うそつかなかったら怒られないんだよ」と言うと,Bは黙っていた。Aがさらに「これ違うの」と聞いたが,Bは答えなかった。

被告人は,Bがうそをついていることに腹を立て,Bの左頬を叩いた。Bは浴槽から跳ね返って,前のめりに倒れ,シャンプーラックをぶちまけた。そのとき,Bは頭をぶつけていないと思う。Bが倒れてうつ伏せになったときに,Aは被告人に「やめて」と言った。

Bは,倒れた後すぐに,風呂場の中央より少し後ろ側に立ち上がったが,その次に,AがBのふくらはぎから足首の辺りを両手で引っ張り,Bは尻もちをついて,後ろの浴槽に頭をぶつけた。AはBを引き寄せようとしたようであるが,何をしようとしたのかは分からない。

被告人は,Aをどかせ,Bを立たせて,「だめだよ」と言って,右の拳でBの頭を軽く叩いた。その後,被告人は,Bの両脇を抱えて,脱衣場の方に下ろした。そして,そのときに「だめだよ」と言ったら,Bは「うんうん」と言った後に,力が抜け,気を失ったようになった。

(3) 両者の供述の信用性検討

ア まず,Aの証言の信用性について検討するに,既にみてきたとおりA証言は十分に信用できるものであるし,この点についても,捜査段階から一貫して,被告人が暴行を振るったときには風呂場におらず,その後もBをその場で倒したりしていない旨供述している。また,被告人の捜査段階の供述〔乙4〕とも概ね合致した内容となっている。

イ 一方,被告人は,捜査段階においては,Aを風呂場に呼んだことは供述しているが,AがBを引き寄せようとしてBが倒れたこと(以下,「Aの介在行為」ともいう。)については供述しておらず〔乙4〕,供述が変遷している。

そして,この供述変遷の理由としては,自分がAの子供を奪ったという負い目があったこと,捜査段階ではまだAのことが好きだったこと,自分が言うのは何か言い訳がましく,自分が言わなくてもAが正直にしゃべっていれば調書として出てくるだろうと思っていたことからしゃべらなかった〔第5回公判・被告人供述55頁〕,捜査機関におしっこのやりとりを何回も説明していたが,警察はそれさえも認めてくれず,おしっこのやり取りがないとその後にAを呼んだ呼ばないという話にならないので,認めてもらえないだろうということで言わなかったとも供述する〔第5回公判・被告人供述64頁〕。そして,その後,公判で供述した理由については,Aの調書をゆっくり見たところ,検事調べの最後の方に「母親として何もしてあげれなくてごめんね」「助けてあげれなくてごめんね」という調書が何枚もあり,そう思うのであれば,自分のしたこととか本当のことを言うべきじゃないのかとだんだん思ってきて,弁護人に話した〔第5回公判・被告人供述65頁〕などと供述する。

この点は,Bの死因にも関わり得る重要な事実であるところ,その変遷の理由として,Aを庇うために話さないようにした旨を供述する一方で,Aの介在行為を警察が何も認めないだろうということで言わなかったなどと,話そうとしたが話せなかったとも窺われる供述をしており,その一貫性には疑問がある。

また,被告人の公判供述によれば,AがBのふくらはぎから足首の辺りを両手で引っ張ったために,Bが浴槽に頭をぶつけたというのであるが,このような行為をすることが危険であることはAにも容易に認識できたであろうに,Aがなぜこのような行為をすることになったかは不明というほかない。また,Aや被告人に驚いた様子があったようなところも窺えず,かえって被告人は軽くとはいえ,さらに頭部を1回殴打したというのであるから,被告人の公判供述は脈略を欠く内容で不自然である。なお,Aの行動が虐待目的であったとすれば,不合理な行動ではないともいえようが,これまでAがそのような虐待をしていたとは考え難く〔甲11ないし13〕,Cが死亡した後であるといった精神状態等を考慮したとしても,被告人が供述するAの行動は不可解である。

そうすると,この被告人の供述変遷の点は不自然・不合理というほかない。

ウ 弁護人は,①Aは,「ガシャンガシャン」「ドン」という音を聞いてすぐに浴室にかけつけた際,Bがぺたんと座っていた旨を証言しているところ,Bは被告人が顔面を殴打する暴行を加えた直後に意識を失っていたのではなく,一度立ち上がり,被告人がさらに頭部を1回殴打した後に意識を失ったのであり,Aがすぐに浴室にかけつけたのであれば,Bがぺたんと座っているという状況は起こりえないこと,②Aにも,Bが本件の前日あるいは数日前に初めて意識を喪失した際の状況等(以下,「本件前の意識喪失」という。)について,当初は意識喪失の事実を話しておらず,供述を変遷させていることを指摘し,これらはAが自己の刑事責任を免れるために虚偽の供述をしたと考えれば合理的に説明できるなどと主張する。

しかし,①のAがかけつけた際のBの状況について虚偽の供述をすることとAの刑事責任とは必ずしも結びつかないところであるし,被告人の供述するAの介在行為の不自然さに照らすと,この点がA証言の核心部分の信用性を否定するような事情になるとは思われない。

また,②の本件前の意識喪失につき,Aは,当初はこれを供述していなかった理由として,Bが意識を失った後,被告人から耳に息を吹きかけられて意識を取り戻しているところ,このようなことを言っても信じてもらえないと思ったから〔弁29(Aの警察官調書),A証言(2)31,32頁〕などと述べており,そのような事実が捜査官に信じてもらえない,そして,そのために供述をしづらいといった心情は理解できないものではない。その内容も,被告人がBが霊に取り憑かれていると話したことなどの異常な言動を具体的かつ迫真的に述べている。

さらに,Bの遺体を解剖したH医師の検察官調書〔甲5〕によれば,Bの左硬膜下の橋静脈近辺に比較的古い(受傷から死亡までの期間が数日以上数週間以内)硬膜下血腫が付着していたことが認められるところ,弁護人は,被告人が両手をげんこつにしてBの頭を挟んで持ち上げた後に意識を失ったというA証言ではこれの説明がつかないと主張する。しかし,Aは,9月16日ころに被告人がBを持ち上げて布団に落とすということを4,5回繰り返し,最後にはラックの方に投げつけるなどという暴行に及んだ旨をも証言しており,橋静脈破綻の原因は,このような暴行自体,あるいは,暴行により橋静脈が弱っている状態でげんこつで挟んで持ち上げたことであるとも考えられるのであって,弁護人の指摘はA証言の信用性を決定的に否定する事情ではない。一方で,被告人は,公判廷において,9月18日ころ,わざとかどうか分からないが,AがBを落としたのではないかと思われる出来事があった旨供述するが,被告人は捜査段階ではこのような事実を供述しておらず,Aと同様に変遷が認められる上,AとBの様子を直接見ていなかったにせよ,間近にいたにもかかわらず,直前のAとBのやりとりについては一切供述していないことなどに照らすと,上記のようなA証言の信用性を左右するものではない。

結局のところ,いずれの点も,Aの介在行為がなかったというA証言の核心部分の信用性を否定するものではないといえる。

(4) まとめ

以上によれば,被告人が判示のとおりの暴行を加えたこと,そして,Aの介在行為はなかったことが認められる。

3  争点⑤〔Bの救命可能性の有無〕について

(1) 本位的訴因においては,不作為による殺人罪の成否が問題となるところ,不作為による殺人罪が成立するためには,特に,法的な作為義務,作為の可能性・容易性及び救命可能性が必要である。

ア 作為義務について

上記のとおり,被告人は,午後9時30分ころ,Bが意識を回復しないまま失禁したことを認識し,さらに,9時40分ころから,意識回復のないまま約10分間にわたっていびきをかくのを認識したことが認められる。

そして,被告人は,当時4歳であったBと同居し,母親であるAと共にBの生活を統御していたところ,自己の暴行という先行行為によって,Bの生命に具体的かつ重大な危険を生じさせたこと,Bの手当は被告人とAに全面的に委ねられた立場にあったことが認められる。

そうすると,救急車を呼ぶなどして病院に搬送して医師による医療行為を受けさせる作為義務があったものと認められる。

イ 作為の可能性・容易性について

当時,被告人らは札幌市中央区内に住んでいたところ,同区では,救急車を呼んでから現場に到着するまで平均約5分であり,救急車を呼んでから病院に到着するまでは平均約25分〔甲54,55,57(捜査報告書)〕である。119番通報して救急車を呼んで,病院に搬送してもらったり,自ら病院に連れて行くなどすることの障害となるような事情は全くなく,このような作為は可能かつ容易であったことも明らかである。

(2) 救命可能性についての検察官の主張

検察官は,Bの解剖所見,鑑定内容,Bの遺体を解剖したH医師の供述,A証言に加えて,F医師の証言及びG医師の証言からすれば,受傷から時間が経過して約10分にわたりいびきをかいた後の9月20日午後9時50分ころはもちろんのこと,受傷からかなり長時間,すなわち,10時間程度ないし20時間程度経過したときであっても,自発呼吸があり心臓が動いている状態のうちに病院に搬送され,かつ,専門医でなくても脳神経外科医による呼吸管理等の措置を受けられれば,容易に救命できたことが優に認められると主張する。そこで,以下,この点について検討する。

(3) 前提となる解剖所見

H医師は以下のとおりの所見を示している〔甲3(鑑定書),5(検察官調書),61(電話聴取書)〕。

ア 所見の要旨

死因は,左硬膜下血腫(外因死)と考えられる。これは左橋静脈の破綻による血腫である。受傷から死亡までは数時間以上2日以内と推定される。ほかに死因となり得る疾病は認められない。

脳表面には左右とも挫傷を窺わせる所見はなく,局所的にクモ膜下に強い出血を見る部分もない。

帯状回に特に強い突出はなく,脳を摘出する際に側頭葉の鉤部やテント下の小脳扁桃を観察するが,有意な脳ヘルニアを窺わせる所見は認められない。

左右の脳割面では,脳表面を含めて脳内に出血や挫滅を窺わせる所見は認められない。小脳割面についても,出血や損傷は見られない。脳幹部割面と脳幹部は,かなり軟化が著しいが延髄については形をとどめており,出血,挫滅,損傷等の所見は認められない。

左硬膜下血腫の影響により,右側の脳が腫れていたが,この右脳の腫れの症状は尋常ではなく,脳のシワが完全に伸びて平坦になっており,このように腫れた脳の影響によっても脳機能障害に陥り,死に至ったということも十分に考えられる。右側ほどではないが,血腫のある左側の脳もやや平坦に見える所見が認められた。

致死的なものとなったものとは別に,左硬膜下の橋静脈に近い部分に比較的古い血腫も付着していたが,線維形成されており器質化がある程度進行していることから,これは,直接的な死因とは考えられない。もっとも,この古い血腫を引き起こした橋静脈の箇所が正常な場合に比較して弱くなっており,その部分から再度出血したり,左硬膜下に付着していた古い血腫の影響で,新たな橋静脈の破綻につながったなど,古い血腫の影響自体は否定できない。

心肺及び腹部内臓には,損傷はなく骨折もない。

救命可能性については,Bが暴行を受けて硬直状態に陥ってから死亡するに至るまで,21時間ほども生存していたことにかんがみると,脳を圧迫している原因である血腫を取り除くなどの適切な処置をとれば,死に至らなかった可能性があったと考えられる。このような場合について何%というように具体的な数値で生存確率を表すことは不可能なので,あくまで可能性があるとしか表現することはできない。

イ H医師の経歴や死体解剖歴等に照らして,上記解剖所見は十分に信頼できるものである。弁護人も,救命可能性に関する部分は別として,鑑定書〔甲3〕自体の信用性は争っていない。そこで,このH医師の所見を前提として,救命可能性について検討する。

(4) 検察官の主張の論拠の検討

検察官の論拠とするF医師及びG医師の救命可能性についての証言は,要旨以下のとおりである。

ア F医師の所見

(ア) 死亡に至る機序等

血腫の量は少ないといえる。橋静脈の一方が破綻して出血したが,脳挫傷はなかったとの解剖所見から,硬膜下血腫そのものが急激な死の原因になるとは考えづらい。橋静脈破綻による脳の圧迫がじわじわと経時的に加わってきて死に至ったのではないかと考えられる。頭蓋内圧亢進はあったと考えられる。頭蓋内圧亢進は,致死的になることもあり得る。

Bのように21時間も放置されていれば,呼吸障害を起こした可能性もあり,脳損傷ではない二次的な損傷による呼吸障害による死亡も考えられ,また,21時間ずっと寝ていたので,誤嚥による死亡も考えられる。

頭部外傷から脳が腫れだすのは,かなり時間が経ってからである。脳挫傷があれば別だが,急速な腫れ方が起こるというのは普通はない。なお,手術をして脳の腫れが引いてくると,脳のしわが戻り萎縮してくることもある。

脳ヘルニアについては,解剖所見に記載がなく,中心性ヘルニアを含めて否定される。

受傷直後のBの状態については,現実に見たわけではないが,Aの観察が正しければ,除皮質肢位と教科書に記載されている形に近いと思われる。脳が圧迫されてそのような体位を取ったと考えられる。頭部外傷などで痙攣を起こす子供は多く,その場合には意識障害が続くことがあり得る。痙攣を起こすと長時間にわたって意識障害が持続することもあるので,本件でもその可能性が考えられる。

(イ) 救命可能性

硬膜下血腫の場合,血腫がたまると脳が圧迫され,脳の機能が障害されるので,いびきをかいて寝て,呼んでも答えなくなるということは考えられるが,脳挫傷がなければ,そのような状態の患者をたくさん手術して救命してきている。

解剖所見において脳の損傷がほとんどなかった脳が救えないなどということは考えられない。受傷の直後に救急車をすぐ呼ばなければ助からなかったとは,解剖所見からは考えづらい。

子供の場合は,成人に比べて救命可能性が高い。

Bについては,病院到着後,CTスキャンの撮影をして診断をした後,頭蓋骨を開けて血腫を除去し,出血があれば止血するなどの処置を行う開頭血腫除去術によれば救命できたと考えられる。開頭血腫除去術は,CTスキャンと手術道具があれば,若手の脳神経外科医でも実施することができる。

受傷後のBの姿勢が除皮質肢位という部類に入るとしても,除皮質肢位は非常に悪い状況を必ずしも示してはおらず,除脳硬直ではなかったということを逆に示しているから,その意味では,救命可能性は依然として高かったと思う。

脳挫傷がなかったこと,脳ヘルニアを起こしていなかったことから,少なくとも経過時間の半分ぐらいまでは,ほぼ間違いなく救命できたと考えられる。

GCS(グラスゴー・コーマ・スケール)は,Aの供述をそのまま医師の言い方に換えれば5点であって,一般的には重篤といえるが,頭部外傷の場合,最初の何分間には異常な肢位を取るということはあり得ることで,頭部外傷においてはそれ自体が非常な重篤さを表しているとは考えていない。また,5点くらいでも救命できると考えられる。

イ G医師の所見

(ア) 死亡に至る機序等

血腫等の占拠性病変や,広範な脳挫傷による脳浮腫で頭蓋内圧亢進が起こった場合に適切な治療が行われないと,脳かん流圧が低下して二次的な低酸素,脳虚血に陥り,その結果として脳腫脹が起こると考えられているところ,Bについても,左硬膜下血腫による頭蓋内圧亢進状態と意識障害に伴う呼吸障害によって低酸素と脳虚血状態が持続し,結果として二次性脳損傷に陥り,最終的には脳幹機能低下によって呼吸停止を来して死亡したと考えられる。

急激な意識障害を起こした初期の原因としては,左硬膜下血腫が発症したことによる痙攣が考えられる。さらに痙攣重積状態,左硬膜下血腫による頭蓋内圧亢進が相まって意識障害が遷延し,二次性脳損傷が始まったことで意識の回復がみられなかったと考えられる。

(イ) 救命可能性

頭部外傷の予後については,脳の実質損傷があるかどうかが一番大きな問題であり,次いで二次性脳損傷を予防できるかどうかが問題となる。脳挫傷がなければ予後が良いのは医学界の常識であるところ,Bには脳挫傷がなかった。また,Bの場合,二次性脳損傷は受傷から数時間以降に徐々に起きたと考えられる。

そして,4歳のBが,自発呼吸があり心臓が動いている状態であれば,医師による救命自体に大きな困難は伴わない。自発呼吸があるということは脳幹(延髄)が機能しているということであり,首から下に外傷がない4歳のBの場合,呼吸管理・循環管理をすれば死には至らない。

Bが病院に搬送された場合,その到着段階で,まず医師は呼吸の管理及び全身状態のチェックにとりかかるところ,医師は予め救急隊からの連絡を受けて準備をしているので,病院到着から呼吸管理までの時間は数分である。さらに,Bは当時4歳で一般の病院でも気管内挿管が困難ではない上,他の臓器に合併損傷がないので,若手の脳神経外科医であっても,指導医の指導の下,脳神経外科の基礎的な手技により救命できる。詳細な救命方法は,ガイドライン〔甲47〕に従う。

受傷後約21時間自発呼吸があり心臓が動いていたBについては,受傷後20時間程度後であっても,自発呼吸があり心臓が動いている状態で医師の下に搬送されれば,生命の維持は可能だったと考えられる。

ウ 小括

検察官は,これらのF証言及びG証言に依拠し,Bには,脳挫傷がないこと,4歳の幼児であり脳に可塑性があること,心肺や腹部内臓等の他の臓器に損傷がないこと,脳幹を含む脳実質に直接外傷がないこと,自発呼吸をしていて心臓が動いている状況にあったことなどを踏まえて,救命可能性が認められる旨を主張する。

(5) F証言及びG証言の評価

ア F医師の経歴や証言態度等

F医師は,I大学Jの教授であり,その経歴等〔F証言1頁〕に照らせば,医学的知見,経験は十分である。また,下記のとおり,H医師の解剖所見等を踏まえて医学的文献に沿った証言をしており,その検討姿勢や証言態度に何ら問題は窺われない。

弁護人は,以下の諸点を指摘してF医師の検討姿勢や証言態度等を論難するが,いずれも採り得ない。すなわち

(ア) 本件に関与することとなった経緯として,高度の救命可能性の立証という検察官の目標のために協力を求められた協力医であるといっても過言ではなく,そもそも中立的に専門的意見を述べることを期待するのは難しく,報道等から被告人に対し一定の悪いイメージを抱き,検察官に協力したいという意識があった可能性も高いと主張するが,F医師の証言内容や証言態度等に照らせば,この主張が到底採り得ないことは明らかである。

(イ) 捜査段階では「息のある間に手術を行うことができれば,後遺症はそれなりに残るにしても,ほぼ確実に救命できたと考えます」〔弁38(F医師の検察官調書)・6頁〕としていたにもかかわらず,公判廷では,「経過中の半分ぐらいまで」と供述を変遷させていることから,本件について責任をもって誠実に証言しているとは到底思えないというが,F医師は「少なくとも最初のこの経過中の半分くらいまでは,ほぼ間違いなく」救命できた〔F証言9頁〕旨証言しており,長時間にわたって救命可能性が認められることといった根幹的な部分において変遷がないことからして,この点がその所見の信頼性にさほど影響を与えるものとは考えられない。

(ウ) GCSについて,「途中でのレベルの判定,だれもしてないので,だれも分からないですよね」〔F証言26頁〕,「つまり,医者として分かるほどの記載がないという意味です」〔F証言27頁〕と証言したことにつき,Aや被告人が観察していたBの状態を基にF医師がGCSを判断すればよく,検討が不十分であるなどと主張する。しかし,下記のように信頼性の認められるG医師も,回答書〔甲46〕において,意識判定を行う場合には,大きな声で呼びかけたり刺激を与えたりして判断するため,訓練を受けていない一般人には困難であるとしている。文献においても,昏睡状態にある患者の検査として,「患者の意識レベル評価では,反応喚起に必要な刺激の強度と得られた反応の質を調べる必要がある。呼びかけても激しくゆすっても患者が反応しないときは,疼痛刺激を与えて患者の覚醒を試みる」〔弁40(医学文献)・3頁〕などと,単に声をかける,身体を揺するといったことにとどまらない刺激を与えて,反応の質を調べるとされている上,GCSが広く利用されていることやその有用性は認めつつも,「残念ながら,救急初療時に使用した場合の評価者間一致率はあまり高くない」〔弁40(医学文献)・4頁〕とされている。F医師の供述態度は慎重と評価されるべきであって,検討が不十分であるとはいえない。

(エ) 医学書〔弁18〕の執筆者欄に名前がないにもかかわらず,執筆者の一人である〔F証言31頁〕と証言したことについて,証言の信用性に一定程度の影響を与えうる事柄であると主張する。しかし,F医師がこのような証言をした趣旨,経緯等は必ずしも明らかではないが,このこと自体をもって所見の信頼性に直ちに影響を与えるとはいえない。

(オ) 弁護人との事前の面会に応じなかったことを真摯な姿勢が欠如しているとも指摘するが,証言を予定している医師に弁護人との面会の義務はなく,このことが所見の信頼性に影響を与えるものでないことはいうまでもない。

イ G医師の経歴や証言態度等

G医師は,K学会の専門医として,20年余りのキャリアを有し,小児脳神経外科学界やL医会の主導的な立場を担う者であり,小児脳神経外科や脳循環代謝をサブスペシャリティとして,脳神経外科専門医の中でも指導的立場に立つ上,現場の医師としても活動しているのであって,その経歴等に照らせば,小児脳神経外科及び脳循環代謝に関する医学的知見,経験は十分である。また,その証言内容等からすれば,Bの解剖所見やA証言等を吟味した上で,証言に臨んでいることは明らかであり〔甲49(捜査報告書)〕,その検討姿勢や証言態度は真摯である。

弁護人は,以下の諸点を指摘してG医師の検討姿勢や証言態度等を論難するが,いずれも採り得ない。すなわち

(ア) 専門研究領域に頭部外傷,小児頭部外傷が含まれていないことや,論文が脳循環障害に偏っていることから,主として慢性脳疾患を扱い,緊急性を要する頭部外傷の事案を専門として扱ってこなかったことが強く推認でき,本件事案の証人として適した人物ではないと主張する。しかし,上記の経歴等に加え,下記のとおり,その証言内容には文献と矛盾するところがなく,所見は説得力を有することにも照らせば,本件の証人としての適格性を有することは明らかである。

(イ) 総じて弁護人や裁判官の質問にストレートに答えておらず,検察側の主張との関係で不利な内容を答えなければならないような質問がなされたときは明らかに答えをはぐらかしているなどとも主張する。しかし,G医師は,動かし難い解剖所見を基に,その専門的知識に従って所見を示しており,素人的観察にとどまる点については伝聞だけで議論することはできないというその証言態度は,真摯かつ慎重というべきで,これを答えをはぐらかしているなどと評価することはできない。

(ウ) 「救急隊から連絡ある患者さんの意識状態というのは,まずあてにならない」〔G証言(2)10頁〕という証言が不自然かつ誤りであり,他方で救急隊の判断に従って病院側が受け入れ準備しているかのような証言をもしており矛盾するとし,これは結論先取りというG医師の証言態度を如実に表すものと主張する。しかし,この点は,意識状態の判断が難しく,最終的に医師によらなければ正確には判断できない旨を証言したにすぎないといえるし,正確な判断には医師の判断が必要としても第一次的には救急隊の情報を得た上で,救急体制を整えるのは当然と考えられ,G医師がこれを否定したものでないことは明らかであるから,何ら証言間に矛盾はない。

(エ) 意識障害が重篤だったか否かについて,証言と回答書〔甲46〕との間に供述の変遷があると主張する。しかし,この点について,G医師は,「中等度以上の意識障害であることは推測できますけども,重度の意識障害かどうかということは断言できない」〔G証言(2)11頁〕としており,軽度であったとか重度でないと断言できるというように証言しているわけではない。そして,回答書〔甲46〕と証言との間に,死亡に至る機序や救命可能性,そしてその論拠となるところに重大な食い違いがあるものではないから,指摘の点をもって,G医師の所見の信頼性に影響があるとは思われない。

(オ) GCSにつき,「今回のこの議論でGCSを議論するのは無理」〔G証言(2)19頁〕と証言しており,GCSが全く分からないかのような発言は,極端かつ極めて不自然などと主張する。しかし,上記F医師の項で検討したように,G医師はあくまでも解剖所見から所見を述べているもので,その検討姿勢は何ら批判されるべきところはないことなどに照らせば,極端かつ極めて不自然などとは到底いえない。

(カ) 「なんで意識レベルが頭部外傷の予後にそんなに結び付くのか,僕はそれが全然理解できないから答えないと言ってるわけですよ。意識レベルというのは何でも悪くなるんですよ」〔G証言(2)25頁〕という証言につき,医学界の常識に反する証言をしていると主張する。しかし,このG医師の証言は,頭部外傷の発生機序,種類,程度やその際に頭部で発生している症状等を切り離して,単に意識レベルの問題だけで生命予後が決まるわけではないことを証言したものと理解でき,この証言が医学界の常識に反するなどとは評価できない。

ウ 救命可能性の論拠とする点の検討

F医師及びG医師が救命可能性が認められることの論拠として指摘する点は,以下のとおり,いずれも首肯できる。

(ア) 脳挫傷がないこと

脳挫傷がないという点については,「急性硬膜下血腫には,橋静脈が断裂することによって起こる場合と,外傷によって生じた脳挫傷からの出血が硬膜下腔に広がってできる場合があり,橋静脈の断裂による場合は,静脈性の出血が主体であるために,数時間の比較的ゆるやかな経過をとることが多く,数日後に症状の増悪をみることもあるが,予後は比較的良い。一方,脳挫傷に伴う場合は減圧開頭を行っても高度の脳浮腫のために急速に重篤な経過をとることも多い」旨の文献〔甲40〕,「併存する脳挫傷の有無によって,対応や予後が異なる」旨の文献〔甲47〕,「急性硬膜下血腫の場合の死亡率範囲は50~90%であるが,これは,合併する脳挫傷によるものであり,急性硬膜下血腫そのものによるものではない」旨の文献〔甲53〕の記載に沿うものである。

(イ) 4歳の幼児であること

小児の場合,外傷後の回復は一般に成人より良好である旨の文献〔甲39・184頁,弁18・270頁〕の記載に沿うものである。

(ウ) 他の臓器に損傷がないこと

合併症がないという意味で,他の臓器に損傷がある場合と比べて救命可能性が高いことは明らかである。文献上も他臓器合併損傷の有無を評価するのが重要であるとされ〔甲48・922頁〕,これを裏付ける。

(エ) 以上にみてきたところによれば,F医師及びG医師が論拠として指摘した諸点は,一般的な文献の記載にも沿い,Bの救命可能性を推認させる事情として説得力がある。

F医師及びG医師の所見がそれぞれ説得力を有し,両医師の所見が脳挫傷が合併していないということは予後が良いと判断される点,受傷から数時間以上にわたって救命可能性があったと考えられる点,救命内容が基本的な事柄であり,高度の専門医でなくても救命が可能であるという点などの諸点において合致していること,そしてH医師も死に至らなかった可能性はあったと供述していることは,本件での救命可能性を相当程度強く推認させるものである。

エ 弁護人の主張

これに対し,弁護人は,上記で検討した点のほかにも,以下の諸点を主張・指摘するので,これを検討する。

(ア) 死亡に至る機序等

まず,弁護人は,Bの受傷直後の状態につき,痙攣重積状態ではないと主張する。

この点,小児頭部外傷の場合に痙攣が起きやすいこと,痙攣の管理が重要であることについては,嘔吐や痙攣をきたしやすいとの文献〔甲39〕や来院時の診察上の注意点として,幼児では痙攣,嘔吐,顔面蒼白などをチェックする旨〔甲47・73頁〕の記載とも合致するものであり,これ自体に疑問は窺えない。

その上で,弁護人は,痙攣重積状態では脳の低酸素状態が生じる〔弁48・129頁〕,痙攣は呼吸抑制を合併することが多い〔弁49・328頁〕との文献や,G医師も痙攣重積があれば呼吸障害や低酸素も合併する旨証言していること〔G証言(4)2頁〕などから,約20分間も呼吸が抑制された状態が続いたのであれば,痙攣重積が治まったときに,呼吸変化があるはずであるが,Aも被告人もそのような供述をしていないことを指摘する。

しかし,Aや被告人が明確に呼吸変化を否定しているわけでもない上,呼吸変化があったとしても素人目に明らかなほどのものでなかったとも考え得る。G医師は,痙攣の場合でも呼吸をしていることはある〔G証言(2)15頁〕,痙攣だけで呼吸は簡単には止まらない〔G証言(2)28,29頁〕旨証言しており,これをも踏まえれば,呼吸変化に関する明確な供述がないことをもって痙攣重積を否定することはできない(なお,下記のとおり除皮質硬直等と解しても呼吸変化に関する供述があってしかるべきと考えられる。)。

また,弁護人は,呼吸管理をしないで約20分も痙攣が続いた後に,寝たような状況が2時間半近くも続くことはあり得ないと主張し,痙攣が始まって30分間抗痙攣薬を投与せず様子をみている医者はいない,10分を超えると気管内挿管まで考慮するといった内容の文献〔弁47,48〕を引用するが,痙攣重積状態が楽観視できない状況であることはそのとおりであるにしても,これらの文献は痙攣重積状態の場合にどのように対応すべきかを記載したもので,直ちに上記主張を裏付けるものではない。痙攣重積の定義に痙攣が30分以上持続する場合とあり,医療機関による呼吸管理が行われていることが前提となっているとはいえないことからすれば,30分以上痙攣が持続しても必ずしも死亡等に至るわけではないものと解され,呼吸管理が全くなされていない状況で痙攣状態が20分以上続いたことはおよそ考えられないとまではいえない。

弁護人は,Bの死因について説明したM医師の証言〔M証言(1)7,8頁等〕に沿って,痙攣重積が続いたとすれば,皮膚,粘膜が青紫ないしは赤紫にみえる状態をさすチアノーゼ〔弁51(医学文献)・397頁〕が認められるはずであると主張する。この点につき,G医師は,子供の場合には,皮膚が薄いので,末梢の血管が締まって,むしろ顔面蒼白に見えると証言している〔G証言(5)3頁〕。確かに,痙攣重積の場合には,呼吸抑制からチアノーゼを呈する旨の文献〔弁51,53〕もある上,弁護人が指摘するように皮膚が薄いということは,かえってチアノーゼの症状が分かりやすいように考えられる。しかし,これらの文献によっても痙攣重積の場合に必ずチアノーゼが起こるとまでは読めないし,G医師は,ガイドライン〔甲47・73頁〕を踏まえ,上記のような証言をしており〔G証言(5)3頁〕,同ガイドラインは,小児頭部外傷の来院時の診察上の注意点として,幼児では痙攣,嘔吐,顔面蒼白などと記載されているものであり,直接に幼児の痙攣の場合に顔面蒼白となることを記載したものではないものの,幼児頭部外傷において顔面蒼白となるという点では裏付けられているといえる。そして,G医師は痙攣重積状態になっても呼吸をしていることがあることをも証言しているのだから,チアノーゼがないことをもって直ちに痙攣重積が否定されるとまではいえない。なお,弁護人は,G医師がチアノーゼにつき,「真っ黒というのは,どす黒い色になることはあります。赤ちゃんとかでもですね」と証言している〔G証言(2)28頁〕ことをもって,乳児であればどす黒くなり,幼児であれば白くなるというのも不思議であるというが,上記証言は,子供の場合に,乳児でも幼児でも,どす黒い色になることもあれば,真っ白に見えるようなこともあると証言したにすぎないことは明らかである。また,弁護人は,G医師が,頭部でチアノーゼがあまり起こらないかのような証言をしていることにつき,これは誤りであるというが,文献においても,中枢性チアノーゼについて,主に肺機能異常や先天性心疾患が考えられるなどとの記載があり〔弁51・397頁〕,「子供の場合は,チアノーゼというのはむしろ心臓疾患で呈する状態」〔G証言(5)3頁〕であるという証言は,これに沿うものである。そして,G医師は,頭部の場合のチアノーゼを否定しているわけでもないから,これらのG証言に誤りはない。

弁護人は,G医師が,本件前の意識喪失との関係につき,2日前にも,手は動かしたかもしれないが,足を突っ張るなどの姿勢をしたが,これが回復しており,本件受傷後のBの状況と似ていることから,両方とも痙攣と考えるのが自然である旨証言したことにつき,論理が破綻しているなどと主張する。しかし,このG医師の証言は,本件受傷後のBの状況が除皮質硬直や除脳硬直状態であったとすると,これと似た本件前のBの状態も除皮質硬直であったとも思われるが,本件前に死亡やこれに近いような事態は発生しておらず,少なくとも本件前の状況は,痙攣状態であったと考えられること,本件前の状態が痙攣状態であったということは,これと似た姿勢をとった本件も痙攣状態であったと考えられることを証言したものと解され,論理の破綻はない。

弁護人は,本件前の意識喪失について,Bが両腕を曲げた状態は証拠にないと指摘するが,Aの捜査段階の供述調書には,「Bは目を閉じて,両手をぎゅっと握りしめ,その両手を激しく身体の前や横で振り回し始めました。また,Bの足はピンと伸びきって,足の指はぎゅっと内側に握った状態になっていました」〔弁31・5頁〕とか「両手を握りしめた状態で,両手,両足をばたつかせて暴れ出した」〔弁29・3頁〕との記載があり,公判廷において,手や足の様子っていうのは,翌日のこのドンガシャンガシャンの出来事と違ったかな,似てたかなとの質問に対し,「似てた」〔第1回公判・A証言47頁〕などと証言していることに照らせば,両腕を曲げた状態は明確には出てこないにしても,本件前の意識喪失と本件の意識喪失の状態が似ていることを前提として,上記証言をしたことが不当とはいえず,無理な結論をとろうとするからこそ論理が破綻するとか,根拠なく強引に痙攣重積説を主張していることが如実に表れているとはいえない。

以上にみてきたとおり,死亡に至る機序において,G医師の所見に不合理とまでいえるところはない。なお,Aの証言や被告人の供述にBのチアノーゼに関する供述がないことなどは必ずしも整合的ではない事情といえようが,この点を検討・評価するに際しては,次のような点に留意する必要がある。すなわち,Aは,公判廷あるいは供述調書において,約20分間にわたる異常な姿勢などを供述しているが,約20分間続いたという意味やその間の呼吸変化の有無について十分に意識された上で取調べや尋問がなされたわけではなく,そのため約20分間続いたということが,ひとときの間もなくという趣旨とも,断続的にという趣旨とも解され得るなど,明確でない点がある。また,G医師が,「何分続いていたかというのは,僕らが見る何分というのと,一般の方が見る何分というのは全然状況が違うと思いますので」〔G証言(2)14頁〕と証言しており,この点のAの観察が必ずしも医学的な観点から見て正確なものともいい難い。約20分間,ひとときの間もなく痙攣重積状態であったとしても,上記のとおりG医師の所見が不合理とはいえないが,このような留意点を踏まえると,よりG医師の所見の合理性が裏付けられる。

(イ) 痙攣重積と救命可能性

弁護人は,痙攣重積は誤りとした上で,仮に痙攣重積であったとしても,20分以上も続く痙攣重積状態というのは,病院で呼吸管理がなされた状態で起こっているものであるところ,本件では,異常屈曲姿勢をとった時点ですぐに救急車が呼ばれても呼吸管理がなされずに痙攣重積状態が10分以上も続いてしまい,途中で窒息死するか,低酸素血症から心停止に至る可能性が高く,救命できない可能性が極めて高いなどとし,救命可能性があったとはいえないと主張する。

しかし,既にみたとおり,痙攣重積の定義として,医療機関が呼吸管理をしても,あるいは,抗痙攣薬を投与しても,痙攣が持続すること,といった記載をしている文献は見当たらず,痙攣重積状態を病院で呼吸管理がなされた状況で起こるとする点で,この主張は前提を欠く。

また,弁護人は,痙攣重積状態は,病院で呼吸管理をしても致死率が10%から20%もある危険な状態であるという〔弁47(医学文献)・199頁〕が,これには抗痙攣薬を投与しても痙攣が全く治まらないような場合も含まれていると考えられ,この文献によって本件の救命可能性が否定されるわけではないし,痙攣だけで呼吸はそんな簡単には止まらない〔G証言(2)28頁〕とし,これらを踏まえて救命できたとするG医師の所見を否定するものではない。

(ウ) 脳挫傷を伴わない硬膜下血腫と救命可能性

弁護人は,脳挫傷を伴わない単純硬膜下血腫の場合,脳挫傷を伴う場合と比べて予後が良いことは認めた上で,本件は重症例に属し,統計的に見ても致死的である〔弁1(医学文献)・186頁〕と主張する。

しかし,弁護人の引用する文献の「致死的」との記載が,軽症型の8%〔弁1・187頁〕より相当程度高いことは推測できるものの,具体的にどの程度のものかは必ずしも明らかではない。他の文献には,成人か小児かの区別がなく,かつ,脳挫傷を伴うか否かの区別がなく,急性硬膜下血腫におけるあるいは頭部外傷における入院時のGCSとの相関を見て死亡率が高いことを示すものもあり〔甲53・906頁,甲67・4頁〕,本件では,4歳の小児であること,脳挫傷を伴わないことなどからすれば,この統計上の数値よりも死亡率は相当程度低いと考えられること,そしてこれまで検討してきたF医師の所見,G医師の所見,そして両医師がその専門的経験を踏まえて救命可能であったこと証言していることを踏まえれば,これらの統計をもって,本件の救命可能性が否定されるものではない。G医師も,甲67の文献につき,「これ,本当に何もかにも分からない,全部ひっくるめてのデータです」〔G証言(2)9頁〕として本件に必ずしも当てはまらない旨を証言しており,これを裏付ける。

(エ) 4歳の小児の脳挫傷を伴わない硬膜下血腫であること

弁護人は,4歳の小児であることは高い確率で救命できることの根拠にならないと主張する。しかし,弁護人も認めるように,小児が成人より脳に可塑性があること,そして,このことが救命可能性の根拠の一つとなることは明らかである。弁護人は,「15とか16とか,そういうことじゃなくて,4歳の子供の場合は」〔G証言(2)32頁〕という証言につき,15歳よりも4歳の方が助かりやすいとの主張に根拠はないというが,急性硬膜下血腫について記載した文献には,年齢を1~2歳,3~5歳,6~15歳と分類しているもの,あるいは,0~4歳,5~10歳,11~15歳,16歳以上と分類しているものがある〔甲41・284頁〕こと,G医師は4歳であることを救命可能性の一つの根拠としたにすぎないことなどからすれば,G医師の所見に誤りはない。

(オ) 死の直前でも救命は困難ではないという証言

弁護人は,G医師が「自発呼吸があり心臓が動いている状態ならば救命自体には大きな困難は伴いません」〔甲46(捜査関係事項照会回答書)・5頁〕などとしていることについて,死の直前でも救命は困難でないとのG証言は,医学文献に照らして極めて突飛でありかつ非常識な結論であるなどと主張する。

そこで検討するに,まず弁護人は,びまん性脳腫脹を合併した場合には,予後が不良であること〔弁33(医学文献)・322頁〕や「大脳半球の病変によって意識障害に至った患者には,修復できないほど脳が損傷される前に治療を行うだけの時間がほどんどない」〔弁40・12頁〕といった文献があることから,死の直前でも容易に助けられたというのは医学文献と矛盾する,医学の常識に反すると主張する。しかし,G医師は,「脳ヘルニアに移行して脳幹が完全に損傷されると,なかなか救命は難しいです」〔G証言(2)18頁〕,「ある限度を超えたら大脳の二次性脳損傷は止められない」〔G証言(2)6頁〕,「ただ硬膜下血腫があるだけで病院に運ばれた場合,患者さんが呼吸してれば死ぬことはない」〔G証言(2)32頁〕,「呼吸が止まる前であって,脳ヘルニアが完成していない段階(であれば命だけは助けられる)」〔G証言(5)2頁〕とも証言しているところであり,これらを併せ考慮すれば,G医師は,脳ヘルニアに移行して脳幹が完全に損傷されるなどの状態に至っておらず,単純に硬膜下血腫があるのみで,呼吸をしているという状態であれば,死の直前であっても救命可能と考えられる旨を証言したものと解すべきである。弁護人指摘の文献等は,このような場合にまで救命が不可能である旨を記載したものとは解されず,G医師の所見が医学の常識に反するなどとはいえない。

(カ) 特殊な例との証言

弁護人は,G医師が,「特殊な場合は,脳挫傷がなくても脳のはれが急速に起こることがございます」〔G証言(2)17頁〕「脳挫傷がなければ生命予後がいいというのは飽くまで一般論です。それは一般論であって,さっきも申し上げたように,特殊な外傷の場合は当然当てはまりません」〔G証言(2)22頁〕などと証言したことについて,G医師が証言する「特殊」な例でないという根拠がなく,検察官も「特殊」な例に該当しないという主張・立証をしていないから,G証言によっても,救命可能性は立証されないと主張する。しかし,上記証言は,常に例外がないとはいえないことを証言したにすぎず,「本件の場合,特殊なことが起きたんじゃなくて」〔G証言(5)4頁〕という証言にあらわれているように,G医師は,一貫して救命可能であることを証言しており,この弁護人の主張は相当ではない。

(キ) F証言とG証言の食い違い

弁護人は,F証言とG証言との間には,除皮質硬直の有無,GCS,救命可能な時期,中心性ヘルニアの有無,止血までの時間について食い違いがあり,整合していないと主張する。

そこで,それぞれ検討するに,まず,弁護人は,除皮質硬直の有無について,F医師は明確に除皮質硬直であると供述しているのに対し,G医師は,痙攣重積説を仮説として主張し,この点で見解が異なっていると主張する。しかし,既にみてきたとおり,F医師は,「除皮質肢位というふうに教科書に記載されてる形に近いと思われます。まあ,正しければですね。現実に見たわけじゃないので」〔F証言7頁〕,「一体どういうものであったかは,もう想像の域を出ないと思います。強いて言えば,除皮質肢位という部類に入るかもしれません」〔F証言17頁〕などと証言しているのであり,捜査段階の供述を踏まえても,明確に除皮質硬直であると供述しているわけではない。むしろ,医師としてAらの証言をそのまま受け取って良いかについては,慎重な態度を示しているものといえ,G医師の検討姿勢と同様といえる。

GCSについて,弁護人は,F医師がG医師と異なり,GCSが誰にも分からないなどとは証言していないというが,「(A供述には)医者として分かるほどの記載がない」〔F証言27頁〕,「とにかく母親の記載しか見るところがないので,それをそのまま評価すると5点だと思います」〔F証言38頁〕と証言しており,意識状態について,伝聞をそのまま受け取ることには慎重な姿勢をとっているものといえ,G医師と整合する。

救命可能な時期につき,弁護人は,F医師が,経過時間の半分くらい,すなわち約10時間程度とするのに対し,G医師は,自発呼吸があり,心臓が動いている状態であれば,救命は困難でないとしており,かなりの食い違いがあると主張する。しかし,両医師の所見は,脳挫傷がない幼児の急性硬膜下血腫の場合には予後が良いことなどの理由から,長時間にわたって救命可能性が認められるといった根本的な部分において食い違いはない。

中心性ヘルニアについては,確かにF医師は,本件解剖所見から否定されるとの証言をするのに対し,G医師は,最終的な所見においては否定はしていない。しかし,両医師とも,当初からは中心性ヘルニアがないため,本件の救命可能性に影響がないという点においては合致していることにも留意しなければならない。

もっとも,弁護人の指摘するように,止血までの時間などにつき食い違いはあり,その信頼性を相互に補強する度合いとしては,完全に一致する場合と比すれば,これが劣ることは否定できない。しかし,両医師が実際にBの意識状態等を確認したわけではなく,解剖所見等から推測しなければならない部分は多いことなどから,その推論において,多少の食い違いが生じることはやむを得ないところであり,むしろ,上記のように脳挫傷が合併していないということは予後が良いと判断される点,受傷から数時間以上にわたって救命可能性があったと考えられる点,救命内容が基本的な事柄であり,高度の専門医でなくても救命が可能であるという点といった根本的な部分において一致をみることは,やはり両医師の所見の信頼性を高めるといえる。

(ク) 小括

以上にみてきたところによれば,F医師及びG医師の医学的知見の深さ,確かさや検討姿勢,証言態度の真摯さはもとより,その証言する死亡に至る機序,救命可能性の根拠として指摘した諸点には,解剖所見や医学的文献等と矛盾するようなところはない。F証言及びG証言について,弁護人の主張するところを十分に検討しても,両医師が解剖所見を前提として,Bが4歳児であり成人に比べ脳に可塑性があること,脳挫傷を伴わない硬膜下血腫は一般に予後が良いこと,他の臓器には損傷がないことといった救命可能性を肯定すべき事情を基に,その経験をも踏まえて救命可能性が認められるとする両医師の所見が否定されるものではない。

ところで,弁護人は,M医師の所見に沿って,以下のとおりの死亡に至る機序及び救命可能性についての主張をする。そこで,M医師の所見を踏まえてもなお救命可能性があったと認められるかについて検討していく。

(6) M医師の所見〔弁42(M医師の医学意見書),各M証言〕

ア 死亡に至る機序

後頭部を打撃したことにより橋静脈から出血し,途端に頭蓋内圧亢進が起こり,出血から数分以内に超急性期の脳腫脹を起こした。2日ほど前に外傷があったが,それもかなり影響している〔M証言(1)2頁,18頁〕(再打撃症候群(セカンドインパクトシンドローム))。

これにより中心性ヘルニアを起こし,脳幹が二次的に損傷された。脳幹に起こったヘルニアが進行し,最終的には呼吸停止を来たして死亡した〔M証言(1)2頁〕。

超急性期に脳腫脹が起こったと考えられる根拠は,受傷直後からBが除皮質硬直を起こしていることによる。除皮質硬直を起こしたということは,脳ヘルニアを表しており,脳ヘルニアを起こすほどの脳の腫れは,出血の量から考えると,脳腫脹なしには説明ができない〔M証言(1)8,9頁〕。

Bが受傷直後に示した姿勢について,Aと被告人の供述には多少食い違いがあるが,大筋においては除皮質硬直で間違いがなく,痙攣状態では説明がつかない〔M証言(1)6,7頁〕。脳挫傷がないのに除皮質硬直を受傷後数分後に起こしていることからすれば,急激な脳腫脹によって脳ヘルニアを起こしたこと以外に考えられない〔M証言(3)7頁〕。

イ 救命可能性

本件のように超急性に発症・進行した脳ヘルニアでは,救命の可能性は極めて少ない。本件のように急激に発症した意識障害では救命の可能性は極度に低い。極めておおざっぱに言えば50%から80%の死亡率とも言えるし,ほぼ100%に近いとも言える〔弁42(M医師の医学意見書)〕。

受傷後,1時間程度で病院に運ばれれば,植物状態のような超重症心身障害児と言われる状態で生存した可能性もあるが,その可能性も非常に少ない〔M証言(2)8頁〕。

ウ 検討

(ア) M医師の経歴や証言態度等

M医師は,K学会専門医として約40年のキャリアを有し,硬膜下血腫に関連したものだけでも多数の論文を発表しているなど,その経歴等に照らせば,頭部外傷に関する医学的知見,経験は十分である〔弁42(M医師の医学意見書),各M証言〕。

また,医学意見書や証言内容等に照らせば,解剖所見等の証拠を吟味していることはもとより,Aと被告人の供述に違いがあることをも踏まえた上で意見書を作成し,その後も論文を集めて統計的な分析をするなどして証言に臨むなど,その検討姿勢や証言態度は真摯である。

(イ) 死亡に至る機序

a 脳充血を根拠とする急性脳腫脹

解剖所見によれば,左硬膜下血腫の影響により,右側の脳が腫れていたこと,この右脳の腫れが尋常ではなく,脳のシワが完全に伸びて平坦になっており,腫れた脳の影響によって脳機能障害に陥って死に至ったとも十分考えられること,右側ほどではないが,血腫のある左側の脳もやや脳が平坦に見えたことが認められる〔甲3,5〕。したがって,最終的に脳が腫れていたことについては疑いがない。

そこで,M医師が証言するように超急性期の脳腫脹があったかについて検討するに,M医師は,受傷直後の状態として除皮質硬直を指摘するとともに,急性脳腫脹の機序として,主として脳充血が想定されるとする〔弁42(M医師の医学意見書)・7頁〕。文献には,最近の報告では急性期の充血はあまり起こらないといわれている,従来いわれていた重症例での充血は稀かもしれない〔甲47・79頁〕,最近では,充血による脳腫脹の典型例は少なく,むしろ血流量,血液量は低下している症例が多いと考えられている〔甲60・604頁〕,現在,重症例での脳充血説は否定的である〔弁32・323頁〕などとされる。G医師も,「実は虚血性の浮腫なんです」〔G証言(2)7頁〕とこの文献に沿った証言をしている。これは,そもそも脳充血が急性脳腫脹の根拠となりにくいという点で,M医師の所見の信頼性を否定する方向にはたらく証拠といえる。しかし,これらの文献自体,あまり起こらないなどとしているだけで,脳充血を機序とする脳腫脹を完全に否定するようなものではない。また,文献には,虚血だけで外傷性浮腫の特徴を説明することは困難である〔甲62・241頁〕,脳浮腫,脳充血,脳虚血などが複雑に関与している〔弁33・323頁〕,外傷性脳腫脹の過程の一つとして,脳血液量の増加があり,この充血はときに著しく急速に起こる〔弁55・855頁〕,特に若年小児では,高度の脳浮腫が急性に発症し,これはおそらく,充血による(これは以前考えられていたほどよくみられるものではない)〔弁55・926頁〕といったものがあるように,現代の研究においても,充血を機序とする脳腫脹をいうものがあり,少なくともなお未解明の状態であって,G証言を踏まえても,これが否定されているとまでは解されない。

b 急性脳腫脹という概念

G医師は,急性脳腫脹併発というのは,病態がよく分かっていない時代に主に用いられた言葉である〔G証言(1)18,19頁〕などと証言する。

しかし,受傷直後から意識障害を伴う症例で,頭部CTを撮ると広範な脳腫脹を認めることがある〔甲60(医学文献についての捜査報告書)・601頁〕,受傷後ヘリコプターで搬送されたところ,脳挫傷はないものの,脳腫脹が認められた〔弁46(医学文献)・413頁〕といった症例があること,硬膜下血腫に伴う急性脳腫脹〔甲60・604頁〕といった文献記載があること,M医師が,「脳腫脹と思ったら,実は内部に大出血があって,それを脳腫脹と勘違いしたこともございます。しかし,現実的に,やっぱり脳がはれて,脳細胞がはれて脳腫脹を起こす場合がある」〔M証言(1)3頁〕と証言し,従来急性脳腫脹といわれてきたもの全てが脳の腫れではないことを認めた上で,なお急性脳腫脹が存在する旨を証言していることに照らせば,急性脳腫脹という病態を否定することはできない。

c セカンドインパクトシンドロームと急性脳腫脹

M医師は,超急性の脳腫脹が起こった根拠として,「約2日前の頭部打撲による少量の急性硬膜下血腫が今回の出血を重症化させた因子とも考えられる」〔弁42(M医師の医学意見書)・0頁〕,「解剖所見から2度の急性硬膜下血腫を起こしている。1度目は出血量が少なく30分ほどの意識障害で収まっているが,これが次の急性硬膜下血腫を誘発・悪化させた可能性が高い」〔弁42(M医師の医学意見書)・5頁〕とし,セカンドインパクトシンドロームの可能性を指摘する〔M証言(1)18,19頁〕。

そして,古い血腫が本件の橋静脈破綻に影響を及ぼし得ることについては,H医師も,F医師も,これを認めているものと解される〔甲5(H医師の検察官調書),F証言35頁〕。

このセカンドインパクトシンドロームは稀な病状であるとされるものの,他方で,2回目の外傷の後,わずか1~5分以内に昏睡となり,その後,血管のうっ血によりヘルニアに進展する,十代や小児に多いとされ〔弁55(医学文献)・851頁〕,Bの受傷直後の意識状態はこれと整合しているといえる。

この点について,G医師は,M医師の根拠とする文献であるMori2006〔弁42(M医師の医学意見書)・5頁〕は,15歳以上の症例であるところ,4歳児等について報告がない理由は,子供は静脈還流が大人と違って良いという違いがあるためであり,この文献は根拠にはならない〔G証言(3)2,6頁〕,セカンドインパクトシンドロームであるとすれば,左の静脈が切れれば左の静脈がうっ滞し左側が循環不全になることから,左側が最初に腫れるはずであるところ,本件では左より右の腫れが強いことから根拠とはならない〔G証言(3)2頁,(4)3ないし5頁〕と指摘する。そこで,検討するに,M医師は,G医師の反論を踏まえた上で,上記Mori論文のほかにも,カントゥの論文によれば,脳の腫れは左右関係なく,全体に広がること,静脈うっ血のみでは説明できない事例があることを証言し〔M証言(3)3頁〕,具体的には「カントゥの発表した6例のうち,私がぱっと見た感じでは,五,六例は皆,2回目の打撲で,直後から2分から5分くらいの間に急速に意識が昏睡状態になって,両側の瞳孔が散大して,固定して,完全な除脳硬直状態,つまり両側の。(中略)要するに,片方だけの脳のはれではない」〔M証言(4)11頁〕などと証言する。

そもそもセカンドインパクトシンドロームが稀であるということ〔弁55・851頁〕,セカンドインパクトシンドロームの場合に,「血管のうっ血によりヘルニアに進展する」との記載があり,これはG証言に沿うとも考えられること,G医師はその専門分野の1つである脳循環代謝の観点から証言をしたもので,この点についても特段不自然なところが窺えないこと,M医師の引用するMori2006という文献は15歳以上のスポーツ外傷を扱ったものであり,弁55号証(医学文献)も,スポーツ関連脳振盪という項目にあるように,スポーツ時の受傷を扱ったもので,本件とは年齢や受傷機転を異にすることなどは,本件においてセカンドインパクトシンドロームでなかったことを推認させる方向にはたらく証拠となるものではある。しかし,M医師は,メカニズムから入っていくと,交通事故のように脳挫傷になるような外力を受けて死亡する場合と,脳挫傷が起こらないシンプルな損傷で死亡する場合とがあり,年齢や受傷機転は異なっても,後者に属するという意味でメカニズムが一緒である,乳児の場合はなかなか死亡しないが,3歳以上若しくは2歳以上は大人と同じメカニズムで死んでいくということが論文に明記されている〔M証言(2)9ないし11頁〕とも証言しており,これらを踏まえて上記証言をしていること,受傷後の意識状態もこれと整合するように思われることに照らせば,セカンドインパクトシンドロームを完全に否定することはできない。

d 中心性ヘルニア

M医師は,Bが受傷直後数分後には,中心性ヘルニアになったという。

ここで,前提となる解剖所見によれば,帯状回に特に強い突出はなく,脳を摘出する際に側頭葉の鉤部やテント下の小脳扁桃を観察するが,有意な脳ヘルニアを窺わせる所見は認められないとあり,F医師は中心性ヘルニアを否定している〔F証言9頁〕が,M医師は,中心性ヘルニアは解剖したときの所見では分かりにくい〔M証言(1)13頁〕と証言する。そして,G医師も,時期的な問題は別として,「当然脳ヘルニアになっておかしくないと思います」〔G証言(2)19頁〕,「十分脳ヘルニアを起こし得るはれなんだと思います」〔G証言(2)20頁〕としており,最終的な解剖所見とは矛盾しない旨を証言しているものと解される。そうすると,中心性ヘルニアがあったことは,少なくとも最終的な解剖所見とは矛盾しないといえる。

検察官は,受傷から1時間程度で救命可能性がなくなるような中心性ヘルニアが受傷から数分後に起こったとは考えられないと主張し,中心性ヘルニアは,病変塊が左右対称に拡大した状況で起こること,本件で鉤回ヘルニアや帯状回ヘルニアがないことを前提に,本件におけるBの血腫が,左側のみ,すなわち片側性の病変塊であった〔甲3(鑑定書),5(H医師の検察官調書)〕ことから,病変塊が左右対称に拡大した場合に起こりうる中心性ヘルニアがあったとするM医師の論理には飛躍があると主張する。しかし,M医師は,解剖所見を前提に,「これは,H先生の記載をよく見れば,右は脳回がぺしゃんこになる,左も,それよりは軽いけれどもはれている。なぜ違いがあるかというと,左には44グラムの脳外の血腫が乗っかっているわけですね。その分だけ縮められているわけですね。縮められた状態ではれてますから,脳回のぺしゃんこの度合いは少なく見えたんじゃないかと。つまり,両方ともはれているんじゃないかと。(中略)びまん性にはれていると理解しています」〔M証言(4)4,5頁〕として,解剖所見からしても中心性ヘルニアは病変塊が左右対称に拡大した状況で起こることと矛盾しない旨を証言しており,その論理に飛躍はなく,むしろ十分に説得力がある。G医師も,鉤回ヘルニアや帯状回ヘルニアがなかったことを急性期にヘルニアが起こったといえない根拠として証言しているとは解されない。

また,検察官は,脳挫傷がなかったことから脳が急性に腫れることはなく,このことから急性期中心性ヘルニアを否定するが,脳挫傷がないことをもって直ちに脳が急に腫れないといえないことは上記のとおりである。

さらに,検察官は,中心性ヘルニアにおいて,死後の脳幹偏位領域に認められる特徴的な細隙状出血をデュレー出血と呼ぶ〔弁40・26頁〕との文献記載があるところ,解剖所見によれば,Bの脳幹をできるだけ細かく,数ミリメートル程度で割面を切り出して,それぞれの全ての割面を目で見るという方法によって調べた結果,出血,挫滅,損傷等をうかがわせる所見がなかった〔甲3(鑑定書),63(捜査報告書)〕ことから,脳幹内部の出血が起こるほどには進行していなかったと考えられるとし,受傷から1時間で救命可能性が否定されてしまうほどの中心性ヘルニアが受傷から数分後に起きたとするM医師の見解は,脳幹の出血のなかった他の事案を参考にしているとしても,ことBの解剖所見を十分に踏まえた見解とはいえないとする。しかし,M医師は,医学意見書〔弁42〕で引用したNguyenらの論文に,脳ヘルニアで死亡した者を解剖した際,5例中2例は脳幹出血がなかったとし,死亡するほどに脳ヘルニアが進行した場合においてもデュレー出血を伴わない場合があることを具体的に証言〔M証言(1)12頁〕しており,これを否定するような証拠もないことからすれば,解剖所見において出血が認められないことは,M医師の所見の信頼性を否定するものではない。

e 急性脳腫脹と除皮質硬直

M医師は,受傷直後から除皮質硬直が起こっていることから超急性脳腫脹が起こり,脳ヘルニアになったとしか考えられないと証言する〔M証言(3)7頁〕。

このように,受傷直後から除皮質硬直が起こったかどうかは,M医師の証言において重要な前提となるところであり,この点が否定されれば,M医師の所見の評価に相当に影響するところと解されるから,受傷直後から除皮質硬直が起こっていたかについて詳細に検討する。

除皮質硬直とは,上肢が屈曲,肩は内転,肘・手首・手指は屈曲し,下肢は伸展,内転,内旋する状態をいう〔弁18(医学文献)・132頁〕ところ,本件で被告人がBに暴行を加えた後,居間の布団に仰向けに寝かせたところ,約20分間にわたり,身体をまっすぐぴんと伸ばして固くし,足の指を丸めて足に力を入れ,肘を曲げて顔の横当たりで手を握りしめるといった姿勢となった点は,これと整合するものといえる。この点については,F医師も,「母親の観察が正しければ(中略)除皮質肢位というふうに教科書に記載されてる形に近いと思われます。まあ,正しければですね。現実に見たわけじゃないので」〔F証言7頁〕「最初にお母さんが見た記載,腕をぐっと曲げて,足を伸ばしたというのは,一体どういうものであったかは,もう想像の域を出ないと思います。強いて言えば,除皮質肢位という部類に入るかもしれません」〔F証言17頁〕と証言している。この証言は,当時のBの状況を医師が診断したわけではないという点で,直ちに除皮質硬直であったことを認めるものではないが,除皮質硬直であったことと矛盾はせず,むしろ整合するといえる。H医師も,「正に,脳に障害を負っている人が示す一般的な症状であると理解されます」〔甲5(H医師の検察官調書)・14頁〕としており,これは直ちに痙攣重積を否定するものとまでは解せないが,少なくとも除皮質硬直であったことと矛盾しないといえる。

もっとも,Aは,Bの受傷直後の状況につき,「腕はばたばたって暴れてる感じでした」と証言しており〔第1回公判A証言18頁〕,M医師も,ばたばたと両手を振り回していたり,水泳で手をかいているような動きであれば,除皮質硬直ではないとも証言している〔M証言(4)3ないし8頁〕ことから,この点で除皮質硬直は否定されるとも考えられる。そして,このばたばたと暴れるという表現からすれば,手を振り回すような状態と考えるのが通常ではあろうが,AがBの状態の再現をした実況見分調書〔弁39・写真第25号ないし29号〕をみても,必ずしも明確ではない。Aの供述調書〔弁2〕には「両手,両足は力んで動かすような,言い方は悪いですが,手足の不自由な身体障害者がその手足を動かすような動作をしていました」などとあるが,この姿勢も必ずしも明瞭ではない(なお,リハビリに励んでいる人で腕を思うように伸ばすことができずに曲がった状態である場合の,腕の曲がりにつき,「あれが除皮質硬直です」〔G証言(5)5頁〕との証言があり,Aの上記供述がこれをいう趣旨に読むことも可能と思われる。)。

また,Aは,本件の状況は,本件前の意識喪失のときと似ていると証言し,本件前の意識喪失については,「両手を握りしめた状態で,両手,両足をばたつかせて暴れ出した」〔弁29(Aの警察官調書)・3頁〕,「両手をぎゅっと握りしめ,その両手を激しく身体の前や横で振り回し始めました。また,Bの足はピンと伸びきって,足の指はぎゅっと内側に握った状態になっていました」〔弁31(Aの検察官調書)・5頁〕としており,これをも踏まえれば,腕を振り回したと解するのが素直とも思われるものの,なお,どの動きがどのように似ていたのかは必ずしも判然としない。

そして,被告人は,腕をくの字にしたのははっきり覚えているとしつつ,ばたばたしたというのは,覚えていない,なかったと思う〔第5回公判被告人供述69頁〕としてこれを否定している。これまでみてきたとおり,被告人の供述は信用し難い点が多く,Bの意識状態にしても,AがBの状況を気にしてよく観察していたと考えられるのと異なり,被告人は,飼い犬の方が気になっているなど,観察の正確性,意識性等については疑問がある。もっとも,被告人は,Bが身体をえび反りにしたことなどは認めているのだから,腕をばたばたさせたかという点について殊更に虚偽の供述をする理由は想定しにくいところである。A証言のうち腕をばたばたさせたという点が上記のとおり必ずしも判然としないことや,A証言にはBが意識を失った時点という本来記憶に残りやすいと思われる事項について変遷がある(この変遷は時期の問題であり,なかったことをあったように述べたものではないことには留意が必要である。)ことなどを踏まえると,腕をばたばたさせたという行動を否定する被告人の供述を完全に排斥することはできない。

以上のように,A証言からしても,腕をばたばたさせたという行動が必ずしも判然としないこと,被告人の供述を完全に排斥することはできないことからすれば,受傷後にM医師が上記証言で除皮質硬直ではないとした動きがあったとまではいいきれず,本件受傷直後のBが除皮質硬直であったことを否定することはできない。

上記のとおりG医師が痙攣重積であるとの所見を示しており,Bの受傷直後の状況については,痙攣重積でも説明が可能であるも,他方で,除皮質硬直であるとの説明も解剖所見等から矛盾するものではない。また,Aや被告人は呼吸変化を否定はしていないものの,呼吸変化があったとも述べていないこと,チアノーゼが認められないことなどは,痙攣重積ではなかったことと整合し得る事実であるといえ,これらを踏まえれば,除皮質硬直であったことを否定することはできない。

なお,除皮質硬直や除脳硬直の場合にも呼吸抑制が生じるのであれば,チアノーゼがなかったこと,Aらの供述に呼吸変化に関するところが窺えないことは,除皮質硬直であることとも整合的な事実ではないこととなるが,この点についてM医師は,除脳硬直の時期は,むしろ呼吸はしっかりして,非常に息強く呼吸し,除脳硬直の時期は,すやすや寝たような状況である〔M証言(1)15頁,M証言(4)8頁〕と証言している。文献においては,中心性ヘルニアの初期には,不規則なチェーン・ストークス症候群(呼吸の振幅が徐々に大きくなり,そして徐々に小さくなり,その後休止し,そのパターンを繰り返す呼吸をチェーン・ストークス呼吸という〔弁55・209頁〕)が起こり,その後,過呼吸,橋期には,浅く早い呼吸が続く,延髄期には,呼吸は遅く不規則となり,無呼吸も出現する〔弁18・141頁〕との記載があり,除皮質硬直ないし除脳硬直状態になったとしても,呼吸変化に関する供述はあってしかるべきと考えられるから,Aらの供述に呼吸変化に関する供述がないことは,痙攣重積状態とみるか,除皮質硬直とみるかの決定的な事項ではないと解される。しかし,呼吸抑制を生じるとの記載はなく〔弁18,弁55参照〕,チアノーゼがなかったこととの関係では,やはり除皮質硬直と解することと整合的な事情といえる。

f 除脳硬直

M医師は,受傷後,除皮質硬直となった後に,除脳硬直に移行したという〔弁42(M医師の医学意見書)〕。この点,除脳硬直も異常肢位をいうものであるところ,A証言によれば,約20分間にわたる異常な姿勢をとった後,しばらくの間は,傍目には寝たような状態になったことが認められ,被告人も同旨の供述をしている。そこで,このような状態と除脳硬直状態が両立するかであるが,文献によれば,刺激に対しては手足が伸展し回内するとあるものの,通常時は不同とあり〔弁40・36頁〕,通常時に寝ているような状態になっていても,中心性ヘルニアが進行していたこと,除脳硬直状態になっていたこととは矛盾するものではないといえ,M医師も同旨に解している〔弁42(M医師の医学意見書),M証言(2)15,16頁〕。

g 以上にみてきたとおり,M医師の所見も解剖所見や医学文献等と矛盾するようなところはなく,不合理といえるところはない。

(ウ) 救命可能性

M医師は,受傷後1時間くらいまでに開頭手術を開始できれば,たとえ重大な後遺症が残っても救命できた可能性は皆無とは言い切れないものの,これだけ超急性に発症・進行した脳ヘルニアでは救命の可能性は極めて少ないとしている〔弁42(M医師の医学意見書)〕。

そして,この所見は,除脳姿勢を示す重症小児頭部外傷に関係した致死率は71%と報告されている〔弁55・925頁〕,脳ヘルニアでは,除脳硬直に至る前に減圧処置がとられなければ,死の転帰をとるか不可逆性の症状を残す〔弁52・1619頁〕といった文献記載とも整合する。他方で,M医師の証言する,死亡に至る機序が否定されなかった場合にもなお救命可能性を認めるような証拠は窺えない。

そうすると,M医師の証言する死亡に至る機序が排斥されない以上,本件において救命可能性があったというには,少なくとも合理的疑いが残る。

(7) 検察官の主張

検察官は,M医師の所見につき,H医師,F医師,G医師の所見とはただ一人大きく異なることのほか,種々の点から,Bの救命可能性を否定する根拠とはなり得ないと主張する。そこで,以下,これまで検討してきたところ以外の点について検討する。

ア 他の医師の見解と異なること

M医師の所見は,F医師,G医師の見解と大きく異なることは明らかである。しかし,H医師の見解と大きく異なるとはいえない。すなわち,H医師は,救命可能性があるとは述べており,これがF医師,G医師の見解を支える証拠になることは既にみてきたとおりであるが,他方で,救命可能性はあるとしか述べておらず,高度の救命可能性があるという趣旨かは明確ではない。その意味では,救命可能性を否定する証拠ともなり得るところであり,救命可能性を否定していないという点でM医師の見解とは異なるものの,大きく異なるという評価は適切とは思われない。また,除皮質硬直があったことについては,H医師とF医師は少なくとも否定していない。

イ 痙攣とチアノーゼ

検察官は,痙攣の原因はさまざまであり〔弁51(医学文献)・644頁〕,チアノーゼは低酸素症の診断で参考となる症状の一つではあるが,4歳のBの頭部外傷において,仮に痙攣があったとすれば,1分くらいで収まる,1分続いたならばチアノーゼは必ず起きていたはずだというのは,文献に裏付けられておらず,M医師の見解には飛躍があると主張する。確かに,痙攣が1分で収まることや1分すれば必ずチアノーゼが起こることを記載した文献はないものの,逆に小児においてはチアノーゼが起こりにくい,あるいは,分かりにくいといった文献も見当たらない。また,痙攣が起こると呼吸が抑制され,低酸素に陥りチアノーゼになるという機序に特段不自然な点は窺えない。そうすると,必ずという表現の問題は別にしても,M医師の論理に飛躍があるとはいえない。

ウ GCS

GCSの点について,M医師が「3つを見なくても,運動反応が一番重要だと考えられています。しゃべらなくて,目を開けなかったら,もう5しかないというのが,私のその時点での判断です」〔M証言(1)10,11頁〕としたことについて,検察官は,運動反応,眼反応,言語反応の優劣に関する記載は存在せず,むしろ,「眼運動神経回路網は覚醒系の大部分の周囲を包むように広がっているため,これを検査することで殊に有用な情報が得られる」〔弁40・1頁〕との文献の存在を指摘する。しかし,文献には,「肝心なのは転帰と関連する運動スコアの的確な評価である」〔甲48・921頁〕ともあり,運動反応等の優劣があるかは別にしても,運動反応を重用視することが誤っているとはいえない。

また,検察官は,Aの供述や証言を尊重しつつも,実際に医師が診たわけではないという事実関係を前提に返答した内容こそ,本件の証拠関係に沿った専門的見解であると主張する。F医師やG医師の所見が,医学的知識のない一般人による伝聞であることを踏まえた慎重な検討姿勢に基づく所見であり,その慎重な検討姿勢からしても信頼性が高いことは上にみてきたとおりである。もっとも,M医師も医学的知識のない一般人による伝聞であることを踏まえた上で所見を示していることはもとより,M医師の前提としたBの意識状態等については,必ずしも明確でないところがあるにしても,誤りがあるといえるところは窺えない(なお,M医師の所見には,被告人の供述を前提とした部分も少なくないが,本件において,Bの意識状態については,かえってAの供述や証言による方が重篤といえる点もあることなどに照らせば,被告人の供述を前提とした部分があることを踏まえても,これがM医師の所見を左右するとまではいえない。)。少なくとも立証責任を踏まえると,除皮質硬直がなかったとか,GCSが5点以上あったとまでは認められない以上,M医師の見解に飛躍があるとはいえない。

エ M医師作成の統計に関する書面〔弁44,45〕

検察官は,これらの統計にはボクシングやスノーボード,スポーツによる受傷事例が挙げられているが,本件とは年齢や受傷機転等が大きく異なり,本件と同列に論じることはできないなどと主張する。

しかし,年齢や受傷機転を異にする事例をどの程度参考にできるかについては,やや疑問も残るものの,成人でなく,脳挫傷がない橋静脈破綻による急性硬膜下血腫における症例という意味では,共通性を有しており,少なくともこれを一つの根拠としたこと自体をもって,M証言の信頼性が否定されるとは解されない。

オ 証言態度等

検察官は,M医師が,Bが脳死になって死亡した旨を証言した〔M証言(2)5頁〕ことにつき,甚だ不用意である上,本件においてBの救命可能性の有無を論ずるに相応しくない発言であると主張する。

しかし,我が国において6歳以下の脳死が認められていないという法律的な問題が,M医師の所見の信頼性に影響を与えるとは思われない。また,M医師が脳死につき「アメリカだと定義があるんですけど,日本で脳死,子供の場合,まとめているかどうかちょっと調べてなかったんですが,臨床的には,さっき申し上げたように,脳死になって死んだという状態です」〔M証言(2)9頁〕として,臨床的な意味で脳死と考えられる旨を証言していること,5歳以下の脳死判定についても文献記載が存在すること〔弁55・223頁〕などに照らせば,法的な脳死判定ができないことは検察官主張のとおりであるにしても,M医師の証言が誤っているとは解されない。

カ 小括

以上のように,M医師の見解に,医学的文献等と矛盾するなどといった不合理な点があるとはいえない。

(8) 救命可能性についてのまとめ

以上に検討してきたところを総合するに,本件において,Bが4歳の小児であり,脳挫傷を伴わない急性硬膜下血腫であること,そして,他の臓器には損傷がないといった良い条件が備わっていることからすれば,一般に予後は良いものと認められ,F医師とG医師がその経験をも踏まえて長時間にわたり救命可能性が認められる旨を証言していること,H医師も救命可能性があったと供述していることなどは,本件の救命可能性を相当程度強く推認させるものといえる。F医師とG医師は,解剖所見等の動かし難い事実を基に所見を述べたものであり,受傷直後の状況についても説得力に欠けるところはないものの,他方で,伝聞にわたる点が多いために,この部分についてはその所見の柱とはせずに検討を進めているものと考えられる。このような検討方法からしても,その所見の信頼性は高いものといえる。

しかしながら,他方,M医師は,救命可能性を否定しており,これまでにみてきたとおり,その論拠とする知見等に解剖所見や文献等と矛盾するような点は見当たらず,これを不合理ということはできない。M医師は,受傷直後からの意識喪失状態をも重視しているものと考えられるところ,受傷直後の意識状態等については,医師による正確な判断ではないこと,医学的に意識状態等を判断するために重要と考えられることについて,そのような事実があったにもかかわらず,素人的に重要な事実とは考えなかったために供述していないことも考えられることなどから,これをAらの供述にあるままに受け取ることには慎重であるべきにしても,M医師もそのような点を踏まえた上で所見を示したものといえること,そして,このような検討によっても,解剖所見等と矛盾する点は見当たらないこと,受傷後のBの状態については,除皮質硬直状態にあったということが素直とも思われることなどからすれば,既にみてきたとおり,M医師の所見の信頼性も否定し難いというべきである。

本件において,Bを救命できたというには,少なくとも合理的疑いが残るといわざるを得ない。

(9) 延命可能性について

そこで,救命可能性が肯認できないとしても,ある時点における死を遅らせるという意味での死の結果の回避可能性をいうところの,いわゆる延命可能性が認められないかという点につき検討する。

M医師は,受傷後1時間程度で病院に運ばれたとしても,「もしかしたら,数日間もつ」「数日間もつ可能性はある」「推定は困難ですけれども(中略)数時間よりは数日の単位ではないかと思いますが」〔M証言(4)1,2頁〕としており,短期間内に死亡する可能性も否定はしていない。これに加え,M医師が「亡Bの場合は受傷後30分~1時間以内(中略)に開頭血腫除去術をスタートすることが条件であろうか」「これ以上経過してからでは脳幹を含む脳全体の虚血性変化が非可逆的となりもはや絶望的であろうし,手術の適応自体に疑問が生じて見送られる公算大である」〔弁42(M医師の医学意見書)・7頁〕としていることをも考慮すれば,延命可能性についても,合理的な疑いを残すものといわざるを得ない。

(10) 殺人未遂罪の成否

以上に検討してきたところによれば,Bが意識を回復せず,失禁したりいびきをかくようになっていた9月20日午後9時50分ころの時点から救急車を呼ぶなどの行為をしたとしても,救命可能性や延命可能性があったとまでは認められない。そうすると,本件は,殺人罪の実行行為性を欠くものと解されるから,殺人未遂罪も成立しない。

したがって,争点⑥〔被告人の殺意の有無〕については検討するまでもなく,殺人罪,殺人未遂罪はいずれも成立しない。

4  傷害致死罪(予備的訴因)の成否について

(1) 争点⑦〔被告人の暴行とBの死亡との因果関係の有無〕について

これまで検討してきたところからすると,被告人がBに対し,顔面を右平手で殴打するなどの暴行を加えたこと,Aの介在行為等がなかったこと,その後Bが判示の死因で死亡したことが認められる。

そして,被告人の暴行は,その態様等からして当時4歳のBを死亡させるに足りるものであるとみて何ら不自然ではないこと,被告人の暴行のほかにBが死亡する原因となるような事実が窺えないこと,H医師も,判示と同様の被告人の暴行の態様を前提とし,「いずれの暴行態様であったとしても,Bさんの頭部が振盪する程度の強さで行われてさえいれば,暴行により橋静脈が破綻し,左硬膜下血腫が生じ得るものと考えられます」〔甲5(H医師の検察官調書)・10頁〕「また,被告人がBさんの左顔面を右平手で1回殴打した際,Bさんが風呂場で転倒して頭を打ったり…した可能性があるということですが,そのような場合であっても,頭部がそれ相応の強さで振盪すれば橋静脈が破綻し,硬膜下血腫が生じうると考えます」〔同10,11頁〕などと供述しており,被告人の暴行やそれにより浴槽等に頭をぶつけたことによって,Bが死亡したと考えて矛盾がない旨を述べていることなどにかんがみれば,被告人の暴行によってBが死亡したことが強く推認できる。

ア 弁護人の主張

(ア) H医師の供述調書〔甲5〕作成の経緯

弁護人は,H医師の供述調書が,①Aの行為によってBが後頭部をぶつけた可能性があるという事実が全く考慮されていないこと,②医学的論点について全く議論が深まっていない段階で作られた調書であること,③反対尋問を経ていないこと,④H医師は頭部外傷が専門ではなく,脳神経外科医ですらないことから,因果関係を立証するに足りる証明力はないと主張する。

しかし,Aの介在行為がないことは上記のとおりであり,被告人の暴行のみによってBの死亡が説明できる以上,①の点は上記推認を左右するものではない。また,H医師は脳神経外科医ではないが,その所見は,経歴,鑑定書〔甲3〕や供述調書〔甲5〕の内容等に照らして,十分に信頼できるものであり,②ないし④の点は,被告人の暴行によってBが死亡したと考えて矛盾しない旨の所見の評価を左右するものではない。

(イ) 暴行と死亡との因果関係

弁護人は,判示各暴行を個別に検討すると,いずれも橋静脈が破綻した原因にはならないとし,判示の暴行の態様によってはBの死亡との因果関係を認めることができないと主張する。

そこで検討するに,Bの顔面を右平手で殴打する暴行は,Bが後ろに倒れ,浴槽に身体をぶつけ,さらにその反動で,前のめりに倒れ込むほどの強さがあり,被告人自身,「かっとなって頭にきていたので,かなり強めに叩いてしまったと思います」〔乙4・9頁〕としているのであるから,相応の強さの暴行であったと認められ,Bの頭部が振盪する程度の強さであったとして何ら不自然ではない。そして,H医師は,暴行がそのような強さであれば橋静脈が破綻しうる〔甲5・10頁〕旨供述しており,この右平手で殴打する暴行は橋静脈破綻の原因となり得るものといえる。

また,この暴行により,Bは身体を浴槽等にぶつけているが,上記のように右平手で殴打する暴行自体が相応の強さであること,浴槽に身体をぶつけた後に,反動で前のめりに倒れ込んでいることなどに照らせば,Bが身体を浴槽にぶつけた際に頭部がそれ相応の強さで振盪したと考えられる。H医師が,この際にも硬膜下血腫が生じうるとしている〔甲5・11頁〕ことに照らせば,このことによってBの橋静脈が破綻したとも考えられる。

なお,弁護人は,立ち上がったBの頭部を右手拳で殴打する暴行については,皮下出血が存在するとはいえ,頭部が振盪するほどの強さではなく,橋静脈破綻とは無関係であると主張する。

しかし,上記のように,右平手で殴打する暴行は単独でも頭部を振盪させるに足りるような強さと考えられること,その後浴槽等に身体をぶつけた際に頭部が相応の強さで振盪したとも考えられること,これら相応の強さの暴行に引き続いて立ち上がったBの頭部を殴打したことが橋静脈の破綻に何らの影響を与えていないとまではいえないこと,に照らすと,①右平手で殴打する暴行,②その後の浴槽等に身体をぶつけた際,あるいは③判示一連の経過によって,橋静脈が破綻したというほかない。

弁護人は,橋静脈が破綻するには,前後方向の外力が加わる必要があるところ,判示の暴行にはこれがない旨を主張するが,H医師は,「橋静脈の破綻による硬膜下血腫は…頭部が振盪しさえすれば,橋静脈が破綻して発生する可能性があり,頭部のどこにどのような外力が生じたから橋静脈が破綻するという関係にはない」〔甲5・10頁〕とした上で,被告人の暴行によって橋静脈が破綻しうる旨を供述している。また,Bは右平手で殴打する暴行により身体を浴槽等にぶつけているところ,この際に頭をぶつけたとも考えられる(被告人も,捜査段階において,「Bは後ろに倒れて頭か胴体かは分かりませんが,とにかく身体をすぐ後ろの浴槽の壁にぶつけました」と述べている〔乙4・8頁〕。)。この点,弁護人は,Bの身長と浴室の高さからして頭部を浴槽にぶつけたとは考え難いというが,右平手で殴打した際にBが後ろに倒れたことに照らすと,頭部を浴槽にぶつけたとしてもさほど不自然とは思われない。

イ 以上によれば,判示のとおりの被告人の暴行によってBが死亡したものと認められ,弁護人が主張・指摘する諸点を関係証拠に照らして子細に検討してみても,この認定に合理的な疑いを容れる事情はない。

(2) したがって,判示のとおりの傷害致死罪が成立する。

第5訴訟手続の法令違反等を主張する点について

弁護人は,本件の審理の過程で当裁判所がした諸手続に関し,①平成19年10月10日の判決宣告期日に判決宣告をすることなく,審理を再開して続行することとし,双方に主張・立証を促したことが違法である〔第9回公判調書,弁護人ら作成の平成19年11月7日付異議申立書等〕,②訴因等変更命令及び訴因等変更許可決定は,公訴事実の同一性を欠く上,当事者主義に反する等の違法がある〔弁護人ら作成の平成21年3月25日付異議申立書,第15回公判調書等〕,③訴因等変更後,弁護人の証拠調べ請求を却下したことは違法である,④これらに関連し,審理の続行が違法である以上,再開以降の証拠調べは全て違法である,などと主張する。そこで,この点について説明する。

1  審理の経過等

本件の審理の経過は,各公判前整理手続調書,期日間整理手続調書及び公判調書に記載されたとおりであるが,その概要は以下のとおりである。

すなわち,平成18年10月20日,Bに対する死体遺棄(判示第5)につき起訴がされ,その後,同年11月14日には,Cに対する傷害致死(判示第1),死体遺棄(判示第2),Bに対する殺人(判示第4の本位的訴因)で追起訴が,さらに平成19年3月16日には,Aに対する暴行で追起訴がされた。

この間,平成18年12月26日に第1回公判前整理手続が行われ,平成19年5月16日の第6回公判前整理手続において,Bに対する殺人被告事件については,Bに対する暴行の程度(Aの介在行為の有無を含む)やBの救命可能性の有無等が争点となることが確認され,公判前整理手続が終了した。

同年6月4日に第1回公判期日が開かれた後,Bに対する殺人被告事件に関しては,被告人の暴行態様やAの介在行為の有無につき,Aの証人尋問や被告人質問のみならず,捜査段階の供述調書〔弁2,24ないし31等〕の取調べなどが行われた。

救命可能性について,公判前整理手続においては,Bの身体状況をGCSにあてはめた場合,その死亡率が低くなかった可能性があるとの主張にとどまっていたが,同年7月2日の第3回公判期日においてF医師の証人尋問が行われた際,弁護人は,反対尋問の中でびまん性軸索損傷についての質問をし,その後,これに関する文献が提出され,同年9月10日の第8回公判期日における弁論において,弁護人が指摘するびまん性軸索損傷についての位置づけが明確となった。裁判所としては,びまん性軸索損傷の有無ないし程度が救命可能性の判断に重要な点となり得ると認識するに至ったが,F医師による証言以外には医師等実務家の所見がなく,本件の審理の経過や証拠関係等に照らすと,当事者双方に更に主張・立証を尽くさせるのが相当と考え,同年10月10日と指定した判決宣告期日に直ちに判決を宣告しなかった(なお,弁論の再開請求自体は,同年9月26日に検察官から行われ,弁護人はこれに異議はないとし,むしろ弁護人も証拠請求のために再開を求めていた。)。

同年12月19日から平成20年9月29日まで,10回にわたり,期日間整理手続が行われ,救命可能性に関する双方の主張の確認,整理等が行われた。その間の平成20年6月20日,弁護人のびまん性軸索損傷に関する主張は撤回された。

同年10月8日からの公判期日において,救命可能性の解明を主眼点とするG医師,M医師の証人尋問や多数の医学文献の取調べが行われ,同年12月24日に再度結審し,判決宣告期日は平成21年3月25日となった。しかし,これまでの当事者の主張・立証を踏まえて合議をした結果,本件の審理経過や証拠関係等に照らすと,審理を再開した上で傷害致死罪の成否について検討するのが相当と考えるに至り,平成21年3月25日,職権で審理を再開した上,傷害致死罪について訴因等変更の勧告をしたところ,検察官は,その趣旨は理解したとしながらも,事案の重大性に照らして訴因等変更命令を求めたため,訴因等変更命令を行った。

同年3月31日に訴因等変更請求(予備的追加)がされたことを受けて,同年4月23日にこれを許可し,双方の主張・立証の検討期間を設けた。弁護人からは証拠調べ請求があったが,書証については,その必要性がないものとしてこれを却下し,M医師の証人尋問については,その必要性についての主張書面の提出させたが,同年6月29日付意見書を踏まえても,必要性がないものとしてこれを却下した。そして,論告,弁論がなされ,同年9月17日に結審した。

2  ①平成19年10月10日の判決宣告期日に判決を宣告することなく,審理を続行することとし,双方に主張・立証を促したことが違法である,という主張について

公判前整理手続では争点とされていなかったびまん性軸索損傷について,F医師の反対尋問で尋問がされ,多数の医学文献も提出されたが,弁論において初めて主張として明確化されたという本件の審理経過や,医師等実務家の所見がないという証拠関係,本件事案の重大性などに照らすと,医学的見地からの事案の解明を試み,医学的所見を踏まえて判断することが相当といえ,判決宣告期日に判決を宣告せず,双方に主張・立証を促したことなどに違法はない。

3  ②訴因等変更命令及び訴因等変更許可決定は,公訴事実の同一性を欠く上,当事者主義に反するなどの違法がある,という主張について

(1) 公訴事実の同一性

弁護人は,本位的訴因である殺人罪と予備的訴因である傷害致死罪との間には,公訴事実の同一性がない旨を主張するので,この点について検討する。

そもそも「公訴事実の同一性」(刑事訴訟法312条1項)が認められるか否かは,2つの訴因を比較検討し,構成要件,罪質,日時・場所の近接性,被害者の同一性等の観点から,犯罪を構成する事実関係の基本的部分が社会通念上同一と認められるか否かによって判断すべきものと解される。

そこで本件の本位的訴因と予備的訴因とを比較検討するに,殺人罪と傷害致死罪とは構成要件,罪質において重なり合うところが大きい上,日時・場所の近接性が極めて高く,被害者も同一であることはもとより,両訴因は,被告人がBに対して暴行を加え,放置し,死亡したという本件の一連の事実関係において,実行行為を,放置行為とみる(本位的訴因)のか,あるいは,先行行為である暴行とみる(予備的訴因)のかが違うにすぎない。

また,救命可能性が認められる場合には本位的訴因が成立し(殺意の点を除く。),救命可能性が認められない場合には予備的訴因が成立することに照らすと,両訴因は択一的関係に立つといえる。

以上によれば,両訴因は,犯罪を構成する事実関係の基本的部分が社会通念上同一と認められ,公訴事実の同一性の範囲内にあるといえる。

この点について,弁護人は,暴行罪と不作為の殺人罪などは理論的に併合罪の関係にあり,公訴事実の同一性がないなどと主張するが,被告人が先行行為たる暴行を加え,放置し,死亡したという一連の事実関係においては,先行行為を構成する暴行罪等は殺人罪に吸収される関係に立つものと考えられるから,この主張の前提を欠く。

(2) 当事者主義に反するなどの違法

訴因変更命令は,「審理の経過に鑑み適当と認めるとき」にこれを行うことが認められるところ,刑事訴訟法が当事者主義を採用していることに照らせば,これが例外的な措置であることはいうまでもなく,事案の重大性,新訴因についての証拠の明白性,被告人の防御や時期的な問題等をも考慮して,慎重に検討する必要がある。

そこで,上記の審理経過を前提に検討するに,Bに対する殺人の訴因(本位的訴因)について,救命可能性が否定された場合には,保護責任者遺棄罪の成立を認めるか,あるいは無罪となるが,これを傷害致死という相当重大な罪の訴因に変更した場合には,本件証拠上,有罪となる蓋然性が極めて高い。このような場合,訴因変更をせず,保護責任者遺棄という殺人に比して相当軽微な罪での有罪判決をし,あるいは無罪の判決をするのは,著しく正義に反するというべきである。

他方で被告人の防御についてみると,起訴状記載の殺人の公訴事実の要旨は,被告人が暴行を加え,放置した結果,Bを死亡させたというものであるのに対し,傷害致死の訴因は,被告人が暴行を加えた結果,Bを死亡させたというものであって,基本的事実関係を同一にするというのみならず,核心部分は概ね当初の公訴事実に記載されていた。そして,本件で不作為の殺人から傷害致死に訴因変更した場合に争点となり得るのは,被告人の暴行行為の態様や因果関係であり,実際に訴因変更後にはこれらの点が争点となっているところ,被告人の暴行の態様については,不作為の殺人における作為義務を基礎づける先行行為の有無の問題として,上記のとおり,Aの証人尋問,被告人質問や捜査段階の供述調書の取調べをするなどし,因果関係についても,Aの介在行為の有無の問題として主張・立証がなされており,攻撃・防御が尽くされてきた。そのため,訴因変更に伴って追加的に必要とされる証拠調べは,検察官立証についてはなく,弁護人の立証についても,被告人の防御の観点から検討の期間を設け,その後請求された証拠について立証の必要性について釈明し,その主張を慎重に検討したものの,特段さらなる立証を要すると考えられるところはなかった。

また,傷害致死の訴因の追加の時期的な問題等についてみると,理論的には,公判前整理手続の中で,また,第1回公判期日以降から一度目の再開に至るまで,さらには,一度目の再開以降から第13回公判期日の結審に至るまでの各期間にこれを行うことが考えられる。しかし,公判前整理手続の中であらゆる場合に備えて予備的訴因を追加しておくということは相当ではない。一度目の再開は,びまん性軸索損傷という公判前整理手続で主張のなかった点が公判で争点となり,弁論においてその位置づけが明確になったため,この点について審理を尽くすべくなされたものであり,単に検察官の救命可能性に関する立証が失敗に帰したことによるものではない以上,一度目の再開に至るまでに傷害致死の訴因を追加することは困難であった。一度目の再開以降については,検察官において傷害致死の訴因を追加し,あるいは,裁判所がこれを促すことは可能であったとはいえ,事案の重大性や,医学的な専門分野にわたる複雑な問題点を解明する必要があるということなどに照らすとやはり実際上の困難があった面がある。そうすると,当初の判決宣告期日であった平成19年10月10日から訴因変更命令に至るまでは約1年半,起訴からは約2年4か月が経過していることを考慮しても,訴因変更命令やこれを受けてなされた訴因変更請求は時期的限界を超えるものではない。なお,本件では公判前整理手続が行われている以上,この趣旨を没却するような訴因変更は許されないものと解されるが,ここまで検討してきた諸点に照らせば,公判前整理手続の趣旨を没却するものともいえない。

以上により,訴因等変更命令及び訴因等変更許可決定に訴訟手続の違法はないものと判断した。

なお,弁護人は,予備的訴因について冒頭陳述が行われていないという点で手続上違法があるとも主張する。しかしながら,冒頭陳述は,「証拠調のはじめに」なされるものであるところ,検察官は,あらたに証拠調べ請求をしていない。実質的にも,検察官の主張からすれば,放置行為によって死亡したのでなければ,論理的に被告人の暴行によって死亡したというほかないのであるから,予備的訴因はこれまで立証してきた証拠によって証明十分となり,検察官もそのように考えたものと解される。これらに照らせば,あらたに証拠調べ請求のなされていない本件予備的訴因について,冒頭陳述が行われていないことに違法はない(弁護人も,予備的訴因が追加された平成21年4月23日の第15回公判期日以降,弁論がなされた同年9月17日の第19回公判に至るまで,この点について特段異議を申し立てていない。)。

4  ③訴因等変更後,弁護人の証拠調べ請求を却下したことは違法である,という主張について

まず,捜査報告書〔弁57〕や証人尋問〔弁58〕については,Aの証言が信用できないことなどを立証趣旨としているところ,この点に関しては,公判前整理手続においても争われていたところである上,公判期日においてAの証人尋問や被告人質問,供述調書の取調べ等がなされていることなどに照らすと,「やむを得ない事由」(刑事訴訟法316条の32第1項)もないし,必要性もないといえる。

また,M医師の証人尋問〔弁56〕に関しては,因果関係に関する医学的所見が必要不可欠というが,この点に関しても医学的な所見〔甲5(H医師の検察官調書)〕を含めて証拠調べが行われており,証拠調べの必要性について疎明を求めた結果提出された意見書を踏まえて検討してみても,特段さらなる立証を要すると考えられるところはなく,証人尋問の必要性はないといえる。

以上によれば,弁護人の証拠調べ請求を却下したことに違法はない。

5  ④審理の続行が違法である以上,再開以降の証拠調べは全て違法である,という主張について

この主張は,①,②で指摘された諸点から手続が違法であることを前提とするものであり,①,②はいずれも手続上の違法はないから,その前提を欠く。

6  その他,本件の訴訟手続について弁護人が縷々違法を主張・指摘する諸点を検討してみても,訴訟手続の違法はない。

(法令の適用)

罰条

判示第1及び第4の行為  いずれも刑法205条

判示第2及び第5の行為  いずれも刑法60条,190条

判示第3の行為       刑法208条

刑種の選択

判示第3の行為        懲役刑を選択

併合罪の処理         刑法45条前段,47条本文,10条

(刑及び犯情の最も重い判示第4の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入     刑法21条

訴訟費用の不負担      刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

1  本件は,交際相手の女性の幼い娘二人に対するそれぞれの傷害致死と死体遺棄,そして交際相手に対する暴行からなる事案である。

2  本件の全容は,以下のとおりである。

被告人は,平成18年8月11日に交際相手のAとその二人の娘との同居を始めて以降,些細なことに怒っては,Aの娘らに暴力を振るい,ときにはあざを作らせたり意識を失わせたりすることもあった。

同居開始から1か月足らずの9月7日,二女・Cに腹筋運動をさせた際,肘が床についてしまったことで,ずるをしたなどと怒りを募らせたことから,Cの両足をつかんで逆さ吊りにした上,身体が床と平行になるくらいまで前後に何回も振るという暴行を加えた。そして,Cが意識を喪失するなどしたため,Aから救急車を呼ぶよう求められたにもかかわらず,Cの身体にあざがあり救急車を呼ぶと捕まるなどとの理由から,治療を受けさせることもせず,暴行から約45分後にCを死に至らしめた。Cが死亡すると,Aとともに,死体をタオルで包みテープでとめるなどしてボストンバッグに入れた上でクローゼットに隠匿し,翌日には,死体をタクシーで引っ越し先に運搬・移動した。Cの死体が異臭を放ち始めると,布団用圧縮袋に入れ,これをダンボール箱に入れるなどしてクローゼットに隠匿し,Cの死体を遺棄した(判示第1及び第2)。

その約2週間後である9月20日,今度は,食事の際に,長女・Bが服につけたカレーのシミを隠したことに怒り,風呂場に立たせたところ,Bが尿を漏らしたなどと疑い,Bがこれを否定したことから,顔面を平手で殴打するなどの暴行を加えた。被告人は,Bが身体をえび反りにしたり失禁したりするといった重篤な意識障害を呈しているにもかかわらず,またも捕まりたくないといった理由から,治療を受けさせることもせずに放置し,約21時間後に死に至らしめた。Bが死亡すると,Cの場合と同じように,Aとともに死体をタオルで包んで布団用圧縮袋に入れ,さらにダンボール箱に入れるなどしてクローゼットに隠匿し,Bの死体を遺棄した(判示第4及び第5)。

その間の9月16日ころには,Aに対し,頭部や背中を踏み付けるなどの暴行にも及んだ(判示第3)。

9月23日,Aが,被告人に対する恐怖心等から近くのホテルに駆け込んで保護を求めたことを契機として,本件が発覚した。被告人は,Aがいなくなったことから,警察に通報されるのを危惧して逃走したが,叔母や,Aから事情を聴いた警察官の説得等により,翌24日,二人の死体を携えて警察に出頭した。

3  まず,2件の傷害致死と死体遺棄の件についてみると,被告人は,腹筋運動をさせた際に肘をついたとか,服のシミを隠したり尿を漏らしたことについて嘘をついたりしたなどといった些細なことに怒りを募らせ,暴行を加えている。わずか3歳(C)あるいは4歳(B)の女児が,この程度のことで暴力を振るわれるような理由は全くなく,その甚だ身勝手な動機や経緯には,酌量の余地は全くない。被告人も自認しているとおり,このようなことがおよそ躾といえないことはいうまでもない。

犯行の態様についてみても,成人男性と幼児とでは圧倒的な体格差があるにもかかわらず,Cの場合には,逆さ吊りにして足首を軸に何回も身体を振るといったもの,Bの場合には,顔面を殴打して浴槽等に身体を強打させて床に転倒させるなどといったもので,いずれも危険というほかない。また暴行を加えた後,意識を喪失したり,身体をえび反りにする,失禁するといった重篤な意識障害を呈したりしたにもかかわらず,捕まりたくないといった極めて自己中心的な理由から,救急車を呼ぶなどして治療を受けさせることもなく,特にBの場合には,死亡するまでに約21時間もの時間があったが,その間,重篤な意識障害を呈しているのを傍目に,出産間近であった飼い犬の体調を気にしてばかりいるなど,常識では考えられない行動をとっており,この点も強く非難される(なお,弁護人は,本件で不作為の殺人と傷害致死との間に公訴事実の同一性を認める以上,Bの件で不保護行為を量刑上考慮することは許されないという。しかし,約21時間の間,治療を受けさせることもなく死に至らしめたという事実がなくなるわけではない以上,これを傷害致死の犯情として考慮すべきことは当然である。)。

被告人は,二人の死体をそれぞれ隠匿・遺棄しているが,いずれも捕まりたくないといった理由によるものであり,これについても,その動機に酌量の余地は全くない。態様も巧妙で,二人目のBの場合には,もはや躊躇もほとんど見受けられない。Cの死体は,約17日間も放置されており,あまりに無惨である。

そして何よりも,約2週間の間に二人の幼児を相次いで死亡させたという結果は,まことに重大である。上記のとおり,CやBに落ち度が全くないことはいうまでもない。二人とも,理不尽な暴力を受けて苦しんだ末,わずか3歳あるいは4歳で将来を奪われたのであって,その蒙った肉体的苦痛や恐怖心等の精神的苦痛は察するに余りあり,哀れというほかはない。遺族が受けた悲しみ,喪失感等の精神的衝撃も甚だしく,祖父母や父親の処罰感情が峻烈なのも至極当然である。

さらに,Aに対する暴行についてみると,その態様や身勝手な動機や経緯に照らすと軽視することができない。

そして本件の全体をみると,自分の意に沿わないことに立腹して暴力を振るうという粗暴で短絡的な性向が顕著である。被告人は,平成12年に,交際相手の女性に対する傷害,恐喝の罪で懲役2年・5年間執行猶予の判決を受けたにもかかわらず,本件に及んだことに照らすと,被告人の粗暴な性向は深化していると指摘せざるを得ない。

4  以上の諸事情,とりわけ二人の幼い子供をわずか2週間の間に相次いで死亡させたという本件の特異性などに照らすと,被告人の刑事責任はまことに重大である。

(なお,検察官は,類がない連続幼児虐待事件であるといった本件の特徴を踏まえてBの死亡の件について予備的訴因の傷害致死を前提としても本位的訴因の殺人が認定される場合と同じ懲役25年の求刑をしているが,殺人罪と傷害致死罪の法定刑には相応の差異があることなどに照らすと,傷害致死を認定する場合に殺人の場合と同等の刑罰が適正であるというのは困難である。)

5  他方で,2件の傷害致死は,いずれの暴行も幼児に対するものとしては危険というほかないものの,執拗に暴行を加え続けて死亡させたというような事案とは異なること,被告人は,不合理な供述をするところもあるものの,説得等により二人の死体を携えて警察に出頭し,自分のせいで二人を死亡させたこと自体は認めるなど,反省の態度,改悛の情を示していること,被告人自身も父親から虐待を受けていたといった生い立ちが本件の背景事情の一つとなっていることも否定できないことなど,被告人に有利又は酌むべき事情も認められる。

6  そこで,以上の諸般の情状を総合勘案した結果,主文の刑を量定した。

よって,主文のとおり判決する。

(出席検察官・橋本ひろみ 国選弁護人・田村智幸(主任),吉田康紀 求刑・懲役25年)

(裁判長裁判官 嶋原文雄 裁判官 今井学 裁判官 石渡圭)

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