札幌地方裁判所 平成18年(わ)1664号 判決 2007年11月02日
主文
被告人を懲役18年に処する。
未決勾留日数中200日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
被告人は,
第1 平成18年9月28日午後11時51分ころ,札幌市a区bc条d丁目e番f号付近歩道上において,一人で歩いて帰宅途中のA(当時23歳)を見つけるや,同人を殺害しようと決意し,同人の背後から自転車で近づき,同人に対し自転車ごと衝突して同人を路上に転倒させた上,所携の刃物でその後頭部及び背部等を多数回突き刺したが,同人に入院加療約12日間を要する後頭部刺創,背部刺創,血気胸及び右手指切創の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
第2 同年10月21日午前零時40分ころ,北海道石狩市gh条i丁目j番地B方付近において,一人で歩いて帰宅途中のC(当時26歳)を見つけるや,同人を殺害しようと決意し,同人の背後から近づき,上記B方敷地内において,所携の刃物でその後頭部等を多数回突き刺したが,同人に入院加療約6週間を要する後頭部刺創及び後頭骨陥没骨折等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
(証拠)
省略
(争点に対する判断)
第1本件の争点
本件の争点は,判示各犯行の犯人が被告人であるか否かである。
第2判示第1の事実についての裁判所の判断(以下,年の記載を省略した場合は平成18年を指すこととする。)
1 前提となる事実
Aは,9月28日,勤務先での仕事を終え,同僚の送別会に参加した後,同日午後11時40分ころ,k駅に到着し,自宅に向かって一人で歩いて帰宅途中,自宅前付近で,自転車に乗った犯人から自転車ごと衝突され,大声で悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。犯人は,Aの上に自転車ごとのし掛かって押さえつけ,Aの右後頭部付近に何度も所携の刃物を振り下ろした。Aは叫び声を上げ続けたが,犯人はさらにAの右後頭部や右肩付近を刃物で突き刺し続けた。Aが目を閉じて声を出すのをやめ,死んだふりをすると,犯人は,自転車を置いたまま,Aが歩いてきた方向に走り去った。
犯人が遺留した自転車は,9月27日午後2時30分ころから翌28日午前7時50分ころまでの間に,北海道石狩郡l町内で盗まれたものであった。
2 被告人と犯人の同一性について
(1) 被告人車両内から発見された血痕について
ア 被告人車両内から発見された血痕の採取及び鑑定の正確性
(ア) 被告人車両からの血痕の採取・保存状況について
警察官である証人D,同E及び同Fの証言並びに検証調書,捜査報告書によれば,途中夜間の中断を挟んで2度にわたり,被告人が使用する普通乗用自動車(以下「被告人車両」という。)につき検証を行ったところ,運転席側ドア内側部分のルミノール反応検査の結果,その部分から血痕様のものを2か所発見し,その後中断を挟んで,自然光の下,肉眼により,運転席シートベルトの受け座からも血痕様のものを発見したこと,その血痕をカタン糸により採取したこと,そして,採取後,カタン糸がついた台紙それぞれに,採取年月日,採取場所,採取者等を記載して採取者が署名押印した上,立会人としてそれぞれ被告人の実父Gの署名指印がなされていること,血痕を採取したカタン糸は台紙付きのまま,1点ずつチャック付きビニール袋に入れられ,科学捜査研究所での鑑定に付されたことなどが認められる。
これら血痕の採取・保存は,微量血液の採取方法として一般的な手順に従って実施されており,その採取・保存過程に不合理な点や過誤があるとは認められない上,本件検証は,被告人の叔父である雇用主(中断前)及び被告人の父親(中断後)という被告人と関係の深い人物を立会人にして行われており,夜間の検証中断中は被告人車両に施錠をし,当初の立会人であった被告人の叔父に鍵を預かってもらっていたというのであり,この点でも全く問題は認められない。
(イ) 上記血痕についてのDNA型鑑定の正確性について
次に,科学捜査研究所の技術職員であるHの証言及び同人作成の鑑定書,検査結果回答書によれば,採取された血痕3点のうちの1点から,AのDNA型と一致するDNA型が検出されたことが認められ,そのような一致は,学術誌に記載されたデータを用いて計算した場合,4兆7000億人に1人の割合でしか生じないことが認められる。
H証人は,科学警察研究所が認定するDNA型鑑定員という資格を有し,その鑑定方法は,DNAの短い塩基配列の繰り返しの回数を分類して型として判定する方法であり,FBIを始めとする欧米諸国でも広く一般に用いられているというのであるから,十分に信用できる。また,型式の判定は,専用の解析ソフトで機械的・自動的に行われるというのであるから,その判定過程に誤りが生じることは考え難い。
鑑定資料の取り違え等の可能性についてみても,H証人は,普段から鑑定資料の取り違え等については徹底的になくすよう心がけており,本件鑑定では自ら鑑定所見をノート等に取って鑑定していることから,本件鑑定資料を取り違えたことは考えられないと具体的根拠を示して証言している。また,本件鑑定資料は,前記のとおり,血痕が付着したカタン糸が台紙にくくりつけられ,その台紙には血痕の採取場所等が記載されたシールが貼り付けられているという外観を有し,資料番号が記載されたチャック付ビニール袋に入れられて管理されていたというのであるから,そのような鑑定資料につき取り違える可能性は具体的には想定し難く,取り違えは考えられないという上記H証言は十分に信用できる。
(ウ) 弁護人の主張
a これに対し,弁護人は,検証に立ち会った警察官らは,ルミノール試薬を噴霧してしまうと,採取された資料につきその後の検査に悪影響を及ぼすことがあると証言しているところ,被告人車両については一部分に対するルミノール反応検査で血痕様の物が発見された後,一旦翌朝まで検証を中断しておきながら,被告人使用のもう1台の軽トラックについては,夜明けを待つことなくそのまま車内全体にルミノール反応検査を行っていることと取扱いを異にしており,被告人車両に対する検証方法は不自然であると主張する。
しかし,この点は,上記警察官らは,「被告人車両については,懐中電灯で車内を肉眼で確認したが,血痕様の物は発見できなかったことから,ルミノール反応検査を実施したところ,血痕様のものの発見に至ったので,再度自然光の下で血痕の有無を検証するために一旦中断した。軽トラックについては,車内を肉眼で確認したが,血痕様の物が発見されなかったことから,順次ルミノール反応検査を実施したが,血痕様のものが発見されなかった。ルミノール反応検査を夜間に行わない場合は車全体をブルーシートで覆って車内を暗くして行わなければならないが,夜間に行えば,軽トラックの車内は狭いので,立会人に負担を掛けずに検証を終了できると考えた。軽トラックも血痕様の物が発見されれば中断の措置をとっていたと思う。」旨証言しているところ,その検証方法は,結果的には中断の有無で異なっているが,最初肉眼で車内を確認し,その後車内各部につき順次ルミノール反応検査を行い,血痕様の物が発見されれば検証を中断して自然光の下で血痕様の物を検証しようとしたという点では一致しており,その検証方法について殊更に異なる方法を用いていたとはいえない。昼間にルミノール反応検査を行う手間を考え,立会人に負担を掛けずに検証を終了することができると考えて夜間に検証を継続したというのも合理的である。
そうすると,本件検証の方法は不自然なものとはいえない。
b また,弁護人は,本件鑑定資料の運搬や鑑定の過程で,他の捜査資料と混同された可能性は捨てきれないと主張するが,これについては,前述のとおり,他の捜査資料等と取り違えることは具体的には考えられない。
c よって,弁護人の主張はいずれも採用できない。
イ 被告人車両から発見された血痕から認められる事実
以上の次第で,被告人車両から発見された血痕の採取及びDNA鑑定は適正かつ正確に行われたものと認められ,その血痕のDNA型は,AのDNA型と一致すると認められるところ,そのようなDNA型が一致する可能性は4兆7000億人に1人という極めて低い割合であることからすれば,被告人車両から発見された血痕は,Aの血痕であると認められる。
そして,Aは被告人と全く面識のない人物であると認められるから,被告人車両内にAの血痕が遺留されるのは,被告人が判示第1の犯行の犯人であり,その犯行時に被告人の身体等にAの血液が付着し,その血液が被告人車両内に遺留された場合しか考えられない。
被告人車両からAの血痕が発見された事実は,被告人が判示第1の犯行の犯人であることを非常に強く推認させる事実であるといえる。しかも,この推認を妨げる事情は存在しないから,被告人が判示第1の事件の犯人であると認められる。
(2) 被告人の捜査段階の自白について(以下,実質証拠として証拠請求されている供述調書のみを「自白」と記載し,その他の被告人の供述と区別して記載する。)
ア 自白の信用性について
上記のDNA型の一致に加えて,被告人は,捜査段階において,犯行に至った経緯や判示第1の犯行状況につき自白しているので,その信用性等について検討する。
(ア) 自白の概要
被告人は,約4年間交際した女性と別れてから,寂しさや孤独感を感じるようになり,周りの,幸せそうにしているカップルの姿を見ると,自分だけが孤独で不幸であると感じるようになった。腹立たしさや苛立ちも感じ,幸せそうな人を刺して,痛がる姿を見て気持ちを満足させ,心を晴らそうと考えた。自分が満足するには相手が大けがを負うか死んでしまうくらいがちょうどいいと思った。カップルを狙うことも考えたが,男性の方から抵抗されたり捕まえられてしまうかもしれず,一人で歩いている女性を狙うことにした。同世代で幸せそうにしている相手を困らせて苦しませることが目的だったので,年齢の高い人や子どもを狙うことは考えなかった。スーツを着ている人も普通の会社員をイメージするので襲うことは考えず,カジュアルな格好の女性を狙うことにした。
犯行の際の移動手段については,車を使って犯行を行うと,ナンバーを目撃されたら自分が犯人であることがばれてしまうことや,小回りがきかないことから,盗んだ自転車で犯行を行うことにした。犯行の1日か2日前,犯行に使用する自転車を北海道石狩郡l町で盗み,犯行当日,盗んだ自転車を被告人車両に乗せて,札幌市a区bに向かった。bは昔交際相手が住んでいたので土地勘があり,女性を探し回って犯行を行うのに都合が良いと考えた。車を止め,ナイフを持って,車に積んであった自転車に乗り換え,町中を走り回っていたところ,一人で歩いている女性を見つけた。その女性を刺すことに決め,歩いている女性の後ろから自転車に乗ったまま近づいたが,女性に近づきすぎて自転車ごと女性にぶつかった。女性がその場に倒れたので,女性の背中や肩,頭の辺りを狙って何度もナイフで刺した。刺している間,女性は叫び声を上げ,手でナイフを振り払って抵抗するような仕草をしていた。刺し続けているうちに段々と抵抗する仕草も無くなり,叫び声も小さくなっていった。何度も刺しているうちに自分の気持ちは満足し,刺すのを止めてその場から逃げた。
(イ) 自白についての評価
このように,被告人は,犯行に至る経緯や犯行当日の行動,犯行状況につき,それぞれの場面における自己の心情を交えて非常に具体的かつ詳細に供述しており,その犯行態様も,Aに自転車ごとぶつかり,その後頭部等を多数回刃物で突き刺し,Aが声を上げるのをやめて目を閉じていると犯行を止めたというAの供述する被害状況と一致しており,不自然な点はない。また,被告人は,逮捕前の,任意同行2日目の段階で早くも犯行を認め,逮捕後も,前記のように詳細な自白を繰り返し,検察官に対しても自白している。さらに,被告人は,逮捕後6日目,弁護人との初めての接見でも犯行を認める供述をしていたことを自認している。被告人は,判示第1の犯行について,当初認めていたものの勾留質問段階で一旦否認したが,その後再び自白に転じ,弁護人がその後何度も接見に訪れている間も,自白を維持していた。通常,夜間一人で歩いている女性を刃物で何度も突き刺して殺害しようとしたというような重大事件について,被告人が犯人ではないにもかかわらず前記のような詳細な自白を繰り返し行うことは考えられない。
以上からして,被告人の自白は十分に信用できる。
(ウ) 弁護人の主張について
これに対し,弁護人は,凶器のナイフが被告人の供述する場所から発見されていないこと,犯行現場に残されていた自転車から被告人の指紋が検出されていないこと,自白では,犯行後,犯行に使ったナイフを被告人車両の運転席と助手席の間に置いたとされているところ,当該場所から血痕が発見されていないこと,自白では犯行後ナイフをコートのポケットに入れたとされているが,血痕の付いたコートが証拠請求されていないことなどから,被告人の自白は客観的裏付けを欠き,又は当然存在すべき証拠が存在していないと主張する。
しかし,被告人が自白に至ったのは,判示第1の犯行から約1か月以上も後,判示第2の犯行からでも約20日以上も後のことであり,凶器が発見されないことは十分あり得るし,ナイフについては,被告人はケースに入れて車内に置いたと供述しており,血痕が車内に遺留しないことも十分あり得る。
また,被告人は,自分が犯人であることについて言い逃れができないと考えて不本意ながらも自白するに至った面があり,真摯な反省に基づいて真実を語ったような自白とは異なるところ,凶器や犯行時の衣服の投棄場所,被告人が手袋等をしていたかどうかという事実は,警察による事前の捜査が困難な事実であって,特に手袋をしていたかどうかについては被告人の供述も変遷しているのであって,被告人がこれらの事実について真実を語っていなかったとしても不自然ではない。そうすると,かかる事実について対応する客観証拠が存在していなくとも,被告人が犯人であるという自白の核心部分の信用性には影響を与えない。
その他,弁護人がるる主張するところを検討しても,被告人の捜査段階の自白の信用性に疑問を入れる余地はない。
以上のとおり,弁護人の主張はいずれも採用できない。
イ 自白の任意性について
被告人は,11月14日,I警察署に任意同行を求められ,同日午後1時過ぎころから翌15日午前1時40分ころまで警察で事情聴取され,翌15日にもI警察署へ任意同行の上,午前9時半過ぎから取調べを受けて,先に判示第2の事件で逮捕,勾留,起訴された後,判示第1の事件で逮捕,勾留,起訴されたものである。弁護人は,被告人の自白は,長時間の取調べとポリグラフ検査を用いた誘導・偽計,上記一連の取調べ中の取調官の脅迫的言辞により得られたものであって,判示各事件に関する被告人の捜査段階における自白には任意性がないと主張する。
しかし,取調べが長時間に及んだ11月14日から翌15日にかけての取調べでは,被告人の公判供述によっても,夕食のための休憩が取られ,午前零時ころには被告人が明示的に取調べの継続を承諾しており,結局犯行を否認したまま一旦帰宅して就寝しているし,犯行を認めるに至った翌15日の取調べは,日常生活が行われる時間帯に行われたものであり,昼食休憩もとられている上,取調官が交替した直後,「話しますので最初の人に代えてください。」などと,自ら取調官の交替を希望し,任意同行2日目(逮捕前)という比較的早い段階で犯行を認めていること,逮捕後のその他の取調べも,昼食及び夕食の時間帯には,例外なく取調べが中断され,被告人は一定時間留置場に戻されている上,最も遅い時間まで取調べがなされた日でも,午後10時7分には取調べは終了している。
そうすると,本件事案の重大性からして,その取調べ時間が不相当に長時間に及んでいるとは言えないし,被告人の取調べが,被告人の意思に反して犯行を認めさせるようなものではなかったと認められる。
次に,取調べ方法についてみると,被告人の公判供述によっても,ポリグラフ検査を受けることを自ら承諾の上で検査を受けたことを認めており,その検査結果を告げられたとしても取調べ方法に何ら問題はなく,また本件の重大性や本件と密接に関連する判示第2の犯行現場近くの自転車から被告人の指紋が付着した自転車が発見されていたという被告人の嫌疑の程度に加え,事件への関与について,単に自分は犯人ではないと繰り返し述べるだけであり,犯行当日の自分の行動についても具体的に述べることがなかったという被告人の供述状況にも照らすと,取調官が取調べの過程で多少追及的な言動をしたとしても,それだけで直ちに自白の任意性に疑いを生じさせるものではない。
加えて,被告人が,逮捕後の取調べにおいて,犯行を自白する複数の詳細な自白調書に署名・押印し,警察官だけでなく検察官に対しても自白していること,11月21日に弁護人2人と最初の接見をした際には,弁護人に対しても犯行を認めていたこと,12月6日の弁護人との接見の際に犯行を否認する供述をし,翌7日の裁判官に対する勾留質問の際に犯行を否認したが,その後行われた同月12日の取調べでも自白調書に署名・指印し,さらに同月13日,15日及び20日にも弁護人と接見をした上,同月21日の取調べでも自白調書に署名・指印していることに照らすと,被告人は,自分なりの意思決定に従って犯行を認めるに至ったものであると認められ,取調官が机を叩いたり,怒鳴ったりしたなどという被告人の供述を前提としても,被告人の自白の任意性に疑いを入れる余地はない。
以上のとおり,被告人の捜査段階における自白に任意性があることは優に認められ,弁護人の主張は採用できない。
(3) 結論
以上より,被告人車両内からAの血痕が採取されており,被告人の自白も信用できることから,被告人が判示第1の犯行の犯人であることが優に認定できる。
第3判示第2の事実についての裁判所の判断
1 前提となる事実
Cは,10月20日,仕事を終えて友人と飲食した後,バスで自宅に向かい,翌21日の午前零時38分ころ,北海道石狩市gm条n丁目のバス停(以下「gm条n丁目のバス停」という。)で降りて,1人で歩いて自宅へ向かった。同日午前零時40分ころ,Cが自宅敷地内に入った直後,犯人は後ろからCに走り寄り,「うおー。」などと叫びながら,Cの右後頭部辺りに刃物を突き刺した。Cは,刺されて「ギャー」などと悲鳴を上げ,その後も悲鳴を上げ続けたが,犯人はCに覆いかぶさり,Cの肩,背中,右胸を刃物で何回も刺した。Cの叫び声を聞いたCの母親が犯人に向かって「こらー,こらー」などと叫び声を上げると,Cが歩いてきた方向に逃げていった。
2 被告人と犯人の同一性について
(1) 犯行現場から約230メートル離れた路上で,被告人の指紋が付着した折りたたみ式自転車が発見されていること
ア 事実関係
判示第2の事件発生から約10時間後,犯行現場であるB方から,南東約230メートル地点にあり,同人方前を北西方向から南東方向へ向かう道路に面した空地において,前方を北西方向(B方)に向け,車体左側を接地させた横倒しの状態で,無施錠のまま草地に放置されていた折りたたみ式自転車1台が発見された。この自転車放置地点は,Cが降りたgm条n丁目のバス停から自宅までの帰宅経路上にある。
この自転車は,捜査の結果,北海道石狩郡l町で盗まれたものと判明した。
この自転車からは9つの指紋が採取され,そのうち8つは対照不能であったが,前輪ネック部分に付着した指紋が,被告人の右手中指の指紋と一致した。
イ 上記自転車と本件犯行の関連性
(ア) 自転車の放置状況からの推認
この自転車放置地点が,Cが降りたgm条n丁目のバス停から自宅までの帰宅経路上にあり,しかも,犯行現場から同一経路上で約230メートルの距離しかないこと,同自転車が,前方をCの進行方向である北西方面を向いて放置されていたことや,無施錠のまま横倒しの状態で放置されていた状況,同自転車の発見が犯行発生から約10時間後であること,Cは,バス停を降りて最初の交差点を過ぎた辺りで後ろから自転車が近づいて来る音を聞いていたり,男が乗った自転車を見ていることなどからすると,犯人が,同自転車を犯行の際に使用してその場に放置したと考えれば,その放置状況を自然かつ合理的に説明できる。もっとも,弁護人が指摘するとおり,この自転車がいつからこの場所に放置されていたかは明らかではない。したがって,判示第2の事件発生から約10時間後,前記草地に自転車が放置されていたという事実からは,この自転車が当該犯行に使用された可能性があるということしかいえないというべきである。
(イ) 前記自転車から被告人の指紋が検出されていることからの推認
a 前記のとおり,前記放置自転車からは,被告人の指紋が検出されているところ,被告人の公判供述によっても,被告人は,同自転車を10月5日か6日ころに盗み,少なくとも同月15日ころまで使用していたことは認めており,同自転車から被告人の指紋と一致する指紋が検出されていることから,被告人が同自転車を一度は占有下に置いたという限度までは認定できる。
b そして,被告人が犯人ではなく,犯行とは無関係に同所に自転車を置いたというのであれば,被告人から合理的な説明がなされるはずである。被告人から合理的な説明はなされておらず,犯行の数日前にゲームセンターで盗まれたなどとする供述も,後述のとおり,不自然不合理で採用できない。そうすると,被告人が一度占有下に置いた前記放置自転車の占有を本件犯行までの間に失ったような事情は存在しないから,本件犯行当時,前記自転車を使用していたのは被告人であると推認され,前記自転車を前記草地に放置したのも,被告人であると推認される。
c ところで,前記のとおり,被告人は判示第1の事件の犯人であると認められる。判示第1の犯行と判示第2の犯行は,夜間一人で歩いている女性に対し背後から近づき,刃物で複数回力任せに突き刺すという特殊な手口で共通し,3週間余りという比較的短い期間内に,北海道石狩市と札幌市a区という隣接した地域で起こっており,被告人も各犯行場所から近接した地域に居住していること,被告人は北海道石狩郡l町で盗まれた自転車を使用して判示第1の犯行に及んでいるところ,上記自転車も同じl町で盗まれた盗難自転車であることに加え,被告人が自己の指紋が付着した自転車が前記のとおり放置されていたことにつき合理的な説明ができないでいることも併せ考慮すれば,特段の事情のない限り,被告人が判示第2の犯行の際に前記放置自転車を利用した上で,放置した蓋然性は極めて高い。
(ウ) 弁護人の主張
これに対し,弁護人は,被告人は前記自転車を盗んで一旦その占有を取得したものの,10月15日にゲームセンターでこれを盗まれてしまったものであるから,本件犯行当時は同自転車を使用しておらず,仮にこの自転車が判示第2の犯行に使用されたものであったとしても,同自転車から被告人の指紋が検出されたことは,被告人が犯人であることの証拠にはならないと主張する。
しかし,被告人の公判供述は,同自転車を移動手段に使う目的で盗んだと供述しておきながら,上記ゲームセンターでは同自転車の施錠をしなかったと供述するなど,その内容は不合理である上,被告人は,当初警察官から任意同行された際,犯行現場に放置された自転車から被告人の指紋と一致する指紋が検出されたという話を聞き,その指紋が検出されたがゆえに自分が犯人であると疑われていることを明確に認識していたにもかかわらず,捜査段階では自転車を盗まれたという供述をしていない。被告人は,公判廷において,捜査段階でその旨の供述をしなかった理由につき,事件とは関係がないと思ったなどと極めて不合理な供述をし,最終的には答えに窮して沈黙している。被告人の前記公判供述は極めて不自然,不合理なものというほかなく,到底信用できない。
よって,弁護人の主張は採用できない。
(エ) 小括
以上からすると,判示第2の犯行から約10時間後に犯行現場から約230メートル離れた場所で折りたたみ式自転車が発見され,それに被告人の指紋が付着していたという事実は,同犯行の犯人が被告人であることを推認させるものといえる。
(2) 被告人の捜査段階の自白について(以下,実質証拠として証拠請求されている供述調書のみを「自白」と記載し,その他の被告人の供述と区別して記載する。)
ア 自白の信用性について
(ア) 自白の概要
被告人は,捜査段階において,概ね以下のとおり述べて,判示第2の犯行につき自白している。
判示第1の事件を起こした後は,幸せそうな相手を困らせてやることができたという満足感でいっぱいになり,不満な気持ちや寂しい気持ちは解消されたが,日が経つにつれ,また寂しい気持ちや不満な気持ちが再び膨らんでいった。10月に入り,交際相手とやり直したいという気持ちを抑えきれず,電話をかけたり,メールを送ったりしたが,結局やり直すことは無理だという返事が返ってきた。私は,寂しい気持ちや,なぜ自分だけが独りぼっちなのだろうという不満な気持ちが募り,またナイフで,幸せそうな人を刺して傷つけるしかないと思った。
その犯行に使う自転車を盗み,10月20日の夜,テレビを見ていたとき,他人をナイフで刺して困らせたいという気持ちを抑えきれなくなり,再び一人歩きの女性をナイフで刺すことを決めた。
盗んだ自転車を車に乗せ,家から比較的近い住宅街である北海道石狩市gに向かった。bは,既に同じような犯行を行っていたので,警察が警戒していると思った。
gに到着すると,車を止め,自転車を降ろし,その自転車に乗ってナイフで刺す相手の女性を探した。そして,日が変わった午前零時半過ぎころ,今回の被害者であるCを見つけた。
自転車でCの後をつけたが,自転車を漕ぐ音で気づかれてしまうかもしれないなどと考え,少し手前で自転車を降り,道端に倒して乗り捨てた。早歩きでCの後ろから近づき,ナイフを逆手に持って襲いかかり,その背中目がけてナイフを振り下ろした。Cは,大声で悲鳴を上げ,背を向けて逃げようとしたが,その背中目がけて何度もナイフを突き刺した。死のうが死ぬまいが抵抗できなくなるまで,私の気持ちが晴れるまで刺し続けるつもりで,ナイフを刺し続けた。Cが砂利引きの地面の上に倒れたところで,突然近くの家の中から怒鳴り声が聞こえてきたので,見つかってしまったと思い,その場から逃げ出した。
(イ) 自白についての評価
このように,被告人は本件についても,犯行に至る経緯や犯行当日の行動等につき,具体的かつ詳細に供述しており,その犯行態様もCの供述する被害状況と概ね一致しており不自然な点はない。また,被告人は,自転車に乗ってCの後をつけたが,途中で道端に自転車を倒して乗り捨てたと自白しているところ,Cの帰宅経路上に被告人の指紋が付着した自転車が放置されていたことは前記のとおりであり,被告人の自白は客観的事実とも符合している。さらに,判示第1と同様,逮捕前から早くも犯行を認め,逮捕後も繰り返し詳細な自白をしており,弁護人との接見の際や勾留質問における裁判官に対する陳述でも犯行を認めている。以上の事情などに照らすと,判示第1の自白同様,被告人の自白は十分に信用できる。
(ウ) 弁護人の主張について
弁護人は,判示第1の事実と同様に被告人の自白は信用できないと主張し,本件特有の問題としては,犯行当時に着用していた衣服についての変遷があることを指摘する。
しかし,弁護人の主張する点が被告人の自白の信用性に影響を及ぼさないことは前記のとおりであり,また,被告人の犯行当日の服装については,警察で証拠品を見せて貰ったときに記憶が喚起されたという具体的根拠を述べており,自白の信用性を左右するものではない。
よって,弁護人の主張は採用できない。
イ 自白の任意性について
弁護人は,被告人の自白の任意性はないと主張するが,判示第2の事実についての自白は,判示第1の事実と平行して録取されている上,前記の被告人の供述経過に照らし,判示第1の自白の任意性のところで検討したとおり,その自白の任意性に疑いは認められず,弁護人の主張は採用できない。
(3) 結論
以上より,犯行現場付近に被告人の指紋が付着した自転車が放置されていたという,被告人が判示第2の犯行を推認させる事実があることや被告人の自白も信用できることから,被告人が判示第2の犯行の犯人であることが優に認定できる。
第4被告人のアリバイ主張について
被告人は,公判廷において,本件犯行は自分が行ったものではなく,自分は犯行当日は自宅で過ごしていたと供述し,また,被告人の父親Gも,「9月28日の夜は私が好んで見ているテレビ番組の2時間放送があり,食事後被告人と2人で一緒に見ていた。被告人はドラマの途中で2階の自分の部屋に上がって行って,その後降りてきていない。ニュースをいつも見ているので,その日は午前零時くらいまで起きていたと思う。家が小さいので,階段を降りる音は響くし,ドアを開け閉めすると静かでも分かる。被告人が被告人車両で外出すれば,被告人車両はディーゼル車でエンジン音が大きいので分かると思う。被告人が家から出て行った気配はなかった。」と証言する。
しかし,被告人の公判供述や被告人の父親の証言は,被告人車両内からAの血痕が発見されていること(判示第1),犯行現場近くに遺留されていた自転車から被告人の指紋が検出されたこと(判示第2),被告人の捜査段階の自白(これらが信用できることは前記のとおりである)と決定的に食い違い,到底採用できない。
Gは,被告人の父親であり,被告人に有利に証言するおそれは否定できず,その供述内容も,被告人が犯行当日に間違いなく実家に居たことを確認した訳ではなく,単に,階段を降りる音やドアの開け閉めの音,被告人車両のエンジン音が自分には聞こえなかったので被告人は外出したのではないと思ったというものであり,屋外にある車のエンジン音という特異性のない音について聞こえなかったり,聞こえていても気に留めず記憶に残っていないことは経験則上頻繁に起こりうることであって,かかる証言をもってして,被告人が犯行当時自宅に居た可能性を認めることはできない。
また,被告人の公判供述は,犯行当日家にいたことの具体的根拠を挙げるものではなく,その供述は曖昧なものである上,前記のとおり,被告人は,判示第2に関する自転車の占有状況について極めて不自然,不合理な供述をしており,自白に関する部分も,自分は犯人ではないのに,逮捕から6日後,2人の弁護人と30分以上接見した際に,自分が犯人であることが言えなかったことについて何ら合理的な説明をしていない。被告人の公判供述は,信用できる前記自白から明らかに変遷していることや,公判廷での被告人の供述態度などにも照らし,到底信用できない。
第5結論
以上検討のとおり,被告人が各犯行の犯人であることが優に認定できる。
(法令の適用)
罰条
判示第1の所為
刑法203条,199条
判示第2の所為
刑法203条,199条
刑種の選択
判示第1,第2の各罪
有期懲役刑を選択
併合罪の処理
刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の重い判示第2の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数の算入
刑法21条
(量刑の理由)
1 本件は,交際相手と別れ,自分だけが独りで不幸であるなどと考えた被告人が,幸せそうに見える女性を刃物で突き刺して自分の寂しさ,不満や苛立ちを解消しようとし,約3週間の間に2度にわたり,深夜一人で歩いて帰宅途中の女性に背後から近づき,殺意を持って,刃物でその頭部や背部等を複数回突き刺したが,傷害を負わせるに止まり,殺害の目的を遂げなかったという殺人未遂2件の事案である。
2 被告人は,約4年間交際し,かつては結婚まで考えた交際相手と別れたことから寂しさを感じるようになり,周りの幸せそうなカップルを見て,自分だけが独りで不幸であるなどと考え,不満や苛立ちを募らせるようになっていた。被告人は,幸せそうに見える相手を刃物で突き刺して困らせれば,相手も不幸になり,自分の寂しさ,不満,苛立ちを解消できると考え,さらに,深夜一人で歩いている女性であれば,抵抗されず,警察に見つかることもなく犯行を行うことができると考え,そのためには女性を殺害することになってもやむを得ないと考えて犯行に及んだ。
本件犯行は,このように,何の面識もない被害者らを殺害することにより,自分の寂しさ,不満や苛立ちを解消しようとした通り魔的犯行であり,その動機は到底容認できない歪んだ思考に基づくものであって,余りにも身勝手かつ理不尽極まりないというほかなく,酌量の余地は全くない。
被告人は,犯行の発覚を防ぐために,深夜一人で歩く女性を狙うこととし,犯行に使用する自転車をわざわざ盗んで準備した上で犯行に及んでおり,その犯行は計画的である。また,被告人は,犯行の対象となりそうな女性を物色し,各被害者を発見するや,その背後から近づき,所携の刃物を各被害者の後頭部目がけて力任せに突き刺し,被害者の叫び声を意に介することもなく,さらにその頭部や背部等を執拗に突き刺し続け,判示第1の被害者には,その後頭部,背部や手指等に合計18か所の刺創又は切創を負わせ,判示第2の被害者にも,その後頭部や背部等に合計12か所の刺創又は切創を負わせており,その犯行態様は執拗かつ危険極まりなく,強固な殺意に基づいた犯行であったといえる。わずか3週間余りという短期間に,上記のような凶悪な犯行を繰り返した点でも犯情は極めて悪い。
各被害者は,上記多数の刺創又は切創により入院加療12日間ないし6週間を要する傷害を負わされたものであるが,判示第1の被害者の負った傷害のうち,右肩背部の刺創は,深さ約6センチメートルに達し,その第6肋骨を骨折させて肺に損傷を及ぼしており,少しでもその刺創がずれて肺に達していれば同人を死亡させていたものといえるし,また,判示第2の被害者の負った傷害のうち,後頭部の深さ約6センチメートルの刺創は,脊髄の直近にまで達しており,わずか数ミリメートルでも深く刺さっていれば同人を死亡させていたはずのものであった。いずれの被害者も,一命をとりとめたのは僥倖というほかはない。各被害者は,犯行後急性ストレス反応を発症したり,一人で外出もできない状態になるなどし,リハビリやカウンセリングが必要な状態になるなど,犯行後も被害を受け続けている。その被った身体的苦痛や恐怖感は極めて大きく,犯行の結果は誠に重大である。
そして,被告人は,公判廷において,自分は犯人ではないなどと明らかに虚偽の弁解に終始しており,反省の情も全く認められない。当然,被告人から各被害者に慰謝の措置も講じられておらず,かかる凶悪犯罪の被害に遭った各被害者の処罰感情も非常に厳しい。
さらに,被告人は,平成13年には強制わいせつの罪で懲役1年,執行猶予3年に処せられており,執行猶予期間経過からわずか2年余りで本件のような悪質な犯行を繰り返しており,その規範意識は欠如していると言わざるを得ない。
加えて,閑静な住宅街で全く落ち度のない被害者が被害に遭ったという,いわゆる通り魔による犯行という性質上,地域住民が受けた不安,衝撃や恐怖感も多大である。
これらの諸事情からすれば,被告人の刑事責任は誠に重大であり,応報的見地,同種事犯の抑止という一般予防の見地,さらには前記のような反省なき被告人の改善更生という特別予防の見地からみても,被告人を長期間矯正施設に収容することが必要といえる。
3 そうすると,各被害者が,犯行後間もなく適切な治療を受けたことにより一命を取りとめ,殺人が未遂に終わったこと,被告人が捜査段階では一時的にせよ犯行を認めていたことなど,被告人に有利な事情を考慮しても,被告人には主文の刑を科するのが相当である。
4 よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役18年)
(検察官伊瀬知陽平,私選弁護人【主任】堀江健太各出席)
(裁判長裁判官 井上豊 裁判官 中川綾子 裁判官 田中昭行)