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札幌地方裁判所 平成18年(わ)173号 判決 2007年1月12日

主文

被告人を懲役3年に処する。

未決勾留日数中80日をその刑に算入する。

この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は,A大学に勤務し,同大学大学院理学研究科附属地震火山研究観測センター長(教授)として,ノルウェー王国所在のB大学との間で海底地震に関する共同研究を行うに当たり,A大学が管理する国有財産である海底地震計等を同大学からノルウェー王国に搬送していたものである。

第1  被告人は,平成10年9月ころ,ノルウェー王国内において,B大学教授Cに対し,真実は前記海底地震計等を売却する意思も権限もないのに,それがあるかのように装い,かつ,売買代金名下に受領する金員については,A大学に納入する意思がなく,自己の用途に費消する意思であるのにその情を秘し,海底地震計4式及びその関連機器であるトランスポンダー親機1台をB大学に売却する旨言った上,同月25日ころ,札幌市内から同人に対して請求書を郵送して売買代金名下に金員の支払を請求し,同人に対してその旨思い込ませ,その結果,同年10月23日,B大学に,売買代金名下に1651万6238円を札幌市a区bc丁目d番地当時の株式会社D銀行E支店の被告人名義の普通預金口座に入金させ,人をだまして財物を交付させた。

第2  被告人は,平成11年5月ころ,ノルウェー王国内において,前記Cに対し,前同様に装って,海底地震計1式をB大学に売却する旨言った上,同年7月27日ころ,札幌市内から同人に対して請求書を郵送して売買代金名下に金員の支払を請求し,同人に対して前同様思い込ませ,その結果,同年8月30日,B大学に,売買代金名下に374万6027円を東京都e区fg丁目h番i号F銀行G支店の被告人名義のマルチマネー口座の円預金に入金させ,人をだまして財物を交付させた。

(証拠の標目)

省略

(争点に対する判断)

第1弁護人の主張

弁護人は,本件海底地震計5式及びトランスポンダー親機1台(以下,合わせて「本件海底地震計等」という。)はA大学が管理する国有財産ではない,また,被告人とB大学教授Cとの間の合意は,被告人が海底地震計10式程度を継続的にB大学に保管させ,必要に応じてこれを使用することを被告人が許諾するという有償無名契約であって,売買契約ではない,Cもこのことを認識していたから,被告人による欺罔行為もCの錯誤もなく,仮にCが本件合意を売買であると認識していたとしても,B大学には財産上の損害がなく,あるいはCには錯誤がないから詐欺罪は成立せず,被告人は無罪である旨主張するので検討する。

第2争いがないか証拠上容易に認められる事実

関係各証拠によれば,以下の各事実が認められる。

A大学とB大学は,昭和62年(1987年)ころから,海底地震の共同研究を始めた。当時のA大学の責任者は被告人であり,B大学の責任者はH教授であった。Cは,昭和63年(1988年)9月から,共同研究に参加し,平成4年(1992年)以降はB大学側の責任者であった。共同研究の際には,A大学大学院理学研究科附属地震火山研究観測センターの物品供用官であった被告人の指示によって,A大学で保管されている海底地震計及びその関連機器がノルウェーに搬送された。B大学側は,平成7年(1995年)ないし平成8年(1996年),被告人に対して,ノルウェーの石油会社やEUからの資金提供の獲得を有利に運ぶため,海底地震計を購入したい旨申し入れた。Cは,同年10月31日,ノルウェーの石油会社3社に対して,5式の海底地震計を購入する資金として150万クローネの提供を要請したところ,I社がこれに応じた。B大学は,I社に対して,同年12月10日に50万クローネのインボイスを,平成9年(1997年)12月2日に100万クローネのインボイスをそれぞれ作成して送付し,同社からB大学に合計150万クローネの入金があった。Cは,同月15日,被告人に対し,「あなたの海底地震計を5台購入するのに十分な資金になることを願っている」旨記載されたメールを送信した。平成10年(1998年)7月から8月末にかけて行われたA大学とB大学との共同観測の後,A大学から運ばれて観測に使用された海底地震計の部品のうち,ガラス球,DAT式レコーダー,地震計及び電池ボックス,トランスポンダー各4個がB大学に残置された。被告人は,同年9月25日ころ,Cに対し,「4 complete digital Ocean Bottom Seismographs」(デジタル海底地震計4式)という文言及びその価格が日本円で示されたインボイスとともにその価格の内訳表を送付した。その内訳表には,トランスポンダー親機を含む海底地震計を構成する部品名とそれぞれの単価,個数,各部品毎の小計金額及び合計金額が記載されている。B大学は,同年10月19日,被告人が指定したD銀行E支店の被告人名義の口座にインボイスに記載されていた金額である1652万4500円を振り込み,同月23日,同口座に1651万6238円が入金された。平成11年(1999年)4月末から5月末にかけて行われたA大学とB大学との共同観測の後,同観測のためA大学から運ばれ,観測に使用された海底地震計の部品及び前記B大学に残置された部品のうち,デジタルレコーダー8台と地震計,ガラス球及び電池ボックス,トランスポンダー各9個がB大学に残置された。被告人は,同年7月27日ころ,Cに対し,「1 complete digital Ocean Bottom Seismographs」(デジタル海底地震計1式)という文言及びその価格が日本円で示されたインボイスとともにその価格の内訳表を送付した。その内訳表の記載事項は平成10年に送付したものと同様である。B大学は,平成11年8月30日,被告人が指定したF銀行G支店の被告人名義の口座にインボイスに記載されていた金額である374万7900円を振り込み,同日,同口座に374万6027円が入金された。なお,被告人は,本件海底地震計等をB大学に売却する意思はなく,B大学から被告人の口座に振り込まれる金銭をA大学に納入する意思もなかった。

第3本件海底地震計等の所有権の帰属

1  各関係者の供述及びその信用性

本件当時前記地震火山研究観測センターの助手であって,現在も同様の立場にある証人Jは,要するに,「平成14年12月,被告人がB大学に海底地震計を売却したことを知り,売却した海底地震計がA大学のものか否かを確認するため,A大学が海底地震計の部品を購入している業者,具体的にはレコーダーを作っているK,ジンバル付きの地震計を作っているL,ビーコン,フラッシャーを納入しているM,トランスポンダーやガラス球等を納入しているN及び脚部を作っているOにそれぞれ電話等で確認したところ,各業者からA大学が国庫振込以外により海底地震計の部品を購入したことはない旨の回答を得た。」旨供述する。証人Jは,過去の資料をもとに各業者に問い合わせた結果を供述するもので,その供述内容は客観証拠と整合し,同人には何ら虚偽供述をする利益もうかがわれないのであるから,その供述は信用性が高い。

また,A大学に対し,平成6年(1994年)ころからDAT式レコーダーを納入している株式会社Kの従業員である証人P,ジンバルや電池ボックスを納入している株式会社Lの役員である証人Q及びトランスポンダー,トランスポンダー親機及びガラス球を納入しているN株式会社の役員である証人Rは,それぞれ,要するに,取扱いの部品についてA大学と取引があるが,その取引における相手方はあくまで大学であって,被告人を含め個人ではなく,代金の入金もA大学からのもので,被告人からの入金はなく,また,取扱いの部品についてA大学に無償で提供したことはない旨供述する。前記証人3名は,本件とは直接関係しない第三者であり,その供述内容は客観証拠と整合するから,その供述は十分に信用できる。

以上の証拠を含む関係各証拠によれば,本件合意の対象となった海底地震計の部品は,全てA大学の公金で購入されたことが合理的に推認できる。

2  被告人の供述及びその信用性

これに対して,被告人は,海底地震計の部品について,個人で購入した物や業者から無償で提供された物があるが,いつごろ何をどの業者から購入あるいは提供されたかについて全く記憶がない旨述べている。海底地震計が開発途上のものであったこと,開発の過程においては必ずしも既製品の部品だけで構成されていた訳ではなさそうなことなどからすると,その供述自体は一概に排斥できないが,本件合意の対象となった部品については,その購入状況等からすると,その供述をもってしても前記推認に合理的な疑いを生じさせない。

3  所有権の帰属

そうすると,本件の合意の対象となったトランスポンダー親機を含む海底地震計の部品は,全てA大学の公金で購入されたと認められる。したがって,これらのものは原則としてA大学の管理する国有財産となる。

これに対して,弁護人は,加工の規定(民法246条)により本件海底地震計5式は被告人の所有物になる旨主張するが,そもそも,この規定は公平の原理に基づくものであるところ,前記物品供用官としてA大学から適切に物を使用する事務を委任されている被告人が,A大学の公金で購入した部品を前記地震火山研究観測センターにおける研究に際して組み立て作成した物の所有権を取得するということ自体疑問がある上,仮に加工の規定の適用があるとしても,本件海底地震計5式はそれぞれ部品を組み合わせたものであり,また,それによって著しく価値が上がったともいえないから,いずれにしても,本件海底地震計5式が被告人の所有物とならないことは明白である。

以上によれば,本件海底地震計等はA大学が管理する国有財産であったと認められる。

第4被告人の売却権限

本件海底地震計等がA大学が管理する国有財産であった以上,本件当時,前記物品供用官であった被告人に本件海底地震計等を売却する権限がなかったことは,法令上明らかである。

第5被告人による欺罔行為とCの錯誤

1  証人Cの供述及びその信用性

証人Cは,要するに,「平成7年(1995年)ころ,それまでより柔軟に研究ができるようにと思い,また,B大学が海底地震計を保有していれば石油会社等からの資金提供を受けるのに有利であることから,被告人に海底地震計5台を購入し,さらに5台を借用したい旨申し入れたところ,被告人から,平成8年(1996年),売却できると言われた。そこで,海底地震計1台が約30万クローネであることは以前から知っており,5台分の海底地震計の資金集めに努力した結果,I社から150万クローネの資金提供を受けられることになり,被告人にその旨報告した。平成10年(1998年)のA大学との共同観測の終了後,B大学が海底地震計4台とトランスポンダー親機1台をA大学から購入することとしたので,被告人にB大学宛のインボイスを送付するよう依頼した。そうすると,被告人が,本件海底地震計4台及びトランスポンダー親機1台の金額を具体的に決めてインボイスを送付してきた。そこで,B大学が支払いをするのに必要な書類を作成して経理部に送付し,B大学が本件海底地震計4台及びトランスポンダー親機1台の代金として被告人の指定した口座に1652万4500円を振り込んだ。平成11年(1999年)のA大学との共同観測の終了後には,B大学が本件海底地震計1台をA大学から購入することとし,前年と同様の手続きを経て,B大学が本件海底地震計1台の代金を被告人の指定した口座に振り込んだ。これらの代金は,本件海底地震計等の代金として振り込んだものであって,被告人が自由に使用できる金銭として寄附したものではない。被告人が本件海底地震計等の売却権限を有していないことは知らなかったし,知っていたら本件海底地震計等を購入することはなかった。また,被告人がB大学が振り込んだ金銭をA大学に納入しないことは知らなかったし,知っていたら被告人が指定した口座に現金を振り込むための書類を作成し,B大学の経理部に送付することもなかった。」旨供述する。

証人Cの供述内容は,前記認定事実の流れによく整合し,インボイス等多数の客観証拠とも合致する上,海底地震計を購入しようと思った動機,被告人から売却できる旨告げられ,資金を集めた経緯,共同観測後に海底地震計の部品の一部がB大学に残置され,その後被告人の指示に従い代金を振り込んだ経緯等自然かつ合理的であって,一貫してもいる。また,証人Cの供述態度は,誠実で,真摯性も認められる。さらに,証人Cは,長年被告人と共に共同研究を行ってきた者であり,被告人との関係は良好であって,証人尋問の際には自ら発言の機会を求めて被告人をかばうような供述をしてもいる。そうすると,証人Cの供述の信用性は非常に高い。

2  被告人の供述及びその信用性

これに対して,被告人は,要するに,「本件海底地震計等については,B大学が石油会社から資金提供を受けるために売買の形を取ったが,実際上はB大学に売却したのではなく,10台の海底地震計をB大学に保管させ,被告人との共同研究を行う限りにおいて,必要に応じ,B大学の研究グループがこれを使用することを被告人が許諾するという契約であり,B大学から振り込まれた金銭は,売買代金ではなく,研究者としての被告人又は海底地震の研究グループ長としての被告人に対して振り込まれた金銭であった。そして,本件各契約当時,Cは,こうしたことを知っていたと思う。」旨供述する。

しかし,被告人のその供述内容は,被告人からB大学に対して前記インボイスとともに前記内訳表が送付され,実際にB大学から被告人の口座に振り込まれた金額がその内訳の合計額に等しいこと,本件海底地震計5式は4式と1式に分けて売却するという形式を取っており,さらに別の5式について借用の形を取っていることと整合せず,また,信用性が高い証人Cの供述にも反する。そうすると,その供述は到底信用できない。

3  欺罔行為,錯誤

以上によれば,被告人が本件海底地震計等を売却する権限がないのにこれを売却するとCに言ったこと,Cは,被告人に本件海底地震計等を売却する意思も権限もなく,かつ,B大学が被告人の口座に振り込む金銭を被告人がA大学に納入する意思もないのに,これらがあると信じたことが認められる。なお,本件合意の対象となった海底地震計等のうち,トランスポンダー親機以外の物の中には,その後,他の物と入れ替わっている物もあり,CらB大学側もこれを了承していた様子はあるが,このような事情も,それらの物の代替性や使途等からすると,Cの錯誤に合理的な疑いを抱かせるに足りない。そして,Cが,本件海底地震計等の売買代金として被告人の指定した口座に1652万4500円及び374万9000円を振り込むための書類を作成してB大学の経理部に送付し,その結果B大学が前記認定のとおりこれを振り込んだことが認められる。

第6結論

以上検討してきたところから,被告人に詐欺罪が成立することは明らかであり,本件各犯罪事実を優に認定できる。そして,他に本件各犯罪事実につき,合理的疑いを抱かせるような証拠はない。

よって,弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

省略

(量刑の理由)

本件は,A大学の教授であった被告人が,2回にわたり海底地震の共同研究相手であるB大学の教授に海底地震計等を売却すると言って,売買代金名下に金銭を詐取したという詐欺2件の事案である。

被告人は,B大学教授の被告人に対する信用を利用して,本件各犯行に及んだものであり,その犯行態様は大胆かつ悪質である。被害金額は合計2000万円余りと多額に上り,結果も重大である。さらに,被告人は,本件が発覚するや,B大学教授に口止め工作をして保身を図ろうとするなど,犯行後の情状も芳しくない。この種事犯に対する一般予防の見地をも併せ考えると被告人の刑事責任は重い。

しかしながら,B大学は,A大学が被告人による無権代理行為を追認したことにより,本件海底地震計等の所有権を確定的に取得し,現に研究に使用していること,被告人は,本件に関し,本件海底地震計等の所有権を失ったA大学に対して,和解金として1850万円を支払う旨の和解が成立し,同金員を支払ったこと,本件が発覚したことに伴い,公職を辞し,社会的制裁を受けていること,前科前歴がないこと,その他被告人の職歴,年齢,保釈までの身柄拘束期間等被告人のために酌むべき諸事情もあるから,主文掲記の刑を科した上,今回に限りその刑の執行を猶予するのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役4年)

(裁判長裁判官 井口実 裁判官 川田宏一 裁判官 清水光)

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