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札幌地方裁判所 平成18年(わ)8号 判決 2006年3月23日

主文

被告人を懲役5年に処する。

未決勾留日数中30日をその刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は,夫であるAが作った借金などのために前途を悲観して,同人と心中をすることを決意すると,同人と共謀の上,被告人の実母で被告人が介護していたB(当時91歳)を心中の道連れに殺害することを企て,平成17年12月7日午前8時ころ,札幌市a区b条c丁目d番e号fマンションg条h号室の被告人方において,ベッドに仰向けに寝ていた上記Bに対し,被告人がその両目を掌で覆い,もう一方の手でその両手を押さえた上,上記Aにおいて,その左前胸部を所携の包丁で数回突き刺し,よって,そのころ,同所において,上記Bを胸部刺創に基づく失血により死亡させて殺害したものである。

(証拠の標目)

省略

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法60条,199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役5年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中30日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1  本件は,夫と心中することを決意した被告人が,夫と共謀の上,介護していた同居の実母を,その道連れに殺害したという事案である。なお,被告人と夫は,本件犯行の少し後に包丁で胸などを刺して自殺を図り,夫は死亡している。

2  被告人は,昭和44年に夫と婚姻したが,昭和61年に夫が事業に失敗して生活が苦しくなったために離婚し,その後平成2年から夫と再び同居を始めて,平成7年に再婚した。被告人夫婦の家計は専ら被告人の夫が管理していたが,被告人夫婦は,平成12年以降,知人や親戚から460万円余りの借金を,金融機関から360万円余りの借金を重ねており,平成17年に入ると,家賃や公共料金も滞納するようになっていた。被告人の夫は,被害者の不動産の売却代金1000万円も密かに使い込んでおり,被告人は,平成17年3月ころ,そのことを知って愕然とした。同年11月末,夫は,被告人の弟に頼んで金を貸してもらうことになったが,被告人は,これ以上周囲の人に迷惑を掛けられないと考えて,その借入れを断った。夫は,なおも,借金のできる人はいないかと尋ねてきたが,被告人が借りる当てはないと答えていると,夫は,「もう,死ぬしかない。」などと言い,被告人もこれに同調して,本件犯行の3日前の平成17年12月4日ころ,被告人夫婦は心中することを決意した。本件被害者である被告人の母親は,左足を切断しており,認知症にもり患していて,常時介護が必要であり,週3回のデイケアサービスのほかは,被告人がその介護を引き受けており,他の親族は被害者の介護を引き受けられるような状況にはなかった。このため,心中を決意した被告人夫婦は,他の人には被害者の介護を任せられないと考え,被害者を道連れにすることを共謀し,判示のとおり,これを実行したものである。

3  被告人夫婦の借金の正確な金額やその原因は明らかではなく,被告人の夫が無計画な出費や借金を重ねたものと推認されるにとどまる。いずれにせよ,被告人は,何度も借金を求める夫に対し,その理由やどの位の借金があるのかを尋ねることもなく,また,周囲の人に事情を打ち明けて相談したり,破産の手続きを取ったりすることもなく,ほとんど無為に過ごしてきたものである。確かに,被告人の夫はこれまでにも何度か自殺をほのめかしており,被告人が,そのような夫との生活に疲れ,また数年間の介護生活にも疲れて,前途を悲観したことについては同情すべき点がある。また,妻は夫を立てなければならないという家庭環境の下で被告人が育ったという点にも留意する必要はある。しかし,被告人が心中を決意したばかりか,被害者をも道連れにすることを決意した経緯としてみると,それは誠に安易かつ軽率で,人の生命を軽んじたものと評価せざるを得ない。もとより,被害者には何らの落ち度もなく,人生の最後を実の娘らによって無残にも奪われたその無念さは察するに余りあるところであり,本件の結果は重大である。

そして,被告人は,被害者を道連れにすることについては,夫と対等に謀議をし,実行に当たっても,自ら直接手を下すことは躊躇したものの,夫とともに被害者の横に立って,その目を塞ぎ,両手を胸の上で押さえつけて,夫が被害者の胸を包丁で刺すのを助けているのであって,被害者の殺害について重要な役割を果たしている。

したがって,被告人の刑事責任は重いというべきである。

4  他方で,被告人は,平成12年ころ被害者が足の手術を受けたときは,その看病に努め,平成14年以降は,デイケアサービス以外の場面では被害者の世話をほぼ一手に引き受けて,きめ細やかで献身的な介護に努めてきた。夫の借金に振り回されて追い詰められた被告人が,そのように大切にしていた被害者を道連れにしてまで心中をするという心境に陥った点については,上記のとおり同情の余地がある。また,心中の決意から本件犯行に至る過程での被告人の立場は,基本的には夫に対して従属的であった。被告人は,犯行後,自首をした上で,反省,悔悟の日を過ごしており,前科前歴がなく,既に高齢でもある。被告人の兄弟ら遺族の処罰感情は強いものではない。これらの事情については被告人に有利に斟酌して,主文の刑を定めたものである。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役7年)

(裁判長裁判官 半田靖史 裁判官 多田裕一 裁判官 網田圭亮)

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