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札幌地方裁判所 平成18年(わ)879号 判決 2006年10月24日

主文

被告人を懲役1年2月に処する。

この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

第1  被告人は,平成18年1月22日午前零時25分ころ,札幌市<以下省略>所在のスナック○○店内において,B(当時55歳)に対し,その胸ぐらを手でつかんで引っ張った上,カウンター上にあったガラスコップを手に取り,その中に注がれていたビールを同人の顔面にかける暴行を加えた。

第2  被告人は,札幌簡易裁判所に暴行被告事件で起訴され,同事件の公判係属中の平成18年6月8日,札幌市<以下省略>所在のaビル1階札幌屯田四条郵便局から,前記暴行被告事件の証人であり,事件の審判に必要な知識を有するA(当時28歳)宛てに,「偽証罪で告訴するので其の心算で対處されるがよい。」「貴女が何時迄も謝罪も反省もなくば永遠に刑事告訴,民事裁判は続くと思います。」などと2枚にわたって記載した文書(平成18年押第42号の1)の写しを配達記録郵便で郵送し,同月9日,同区<以下省略>所在のb郵便局に到達させ,同所において,これを上記Aに閲読させて同人に不安,困惑の念を生じさせ,もって証人威迫の行為をした。

(証拠の標目) 省略

(補足説明)

1  判示第1の暴行が正当防衛に当たるか否かについて

(1)  弁護人は,被告人がBの胸ぐらをつかんで引っ張ったり,同人にコップに入っていたビールをかけたことは争わないものの,被告人がこのようなことをしたのは,Bから左脇腹を強く突き押されるという暴行を加えられた上,さらに暴行を加えられそうになったからであり,判示第1の被告人の行為は正当防衛に当たると主張する。

(2)  まず,関係証拠によれば,判示第1の暴行に至る経過について,以下の事実が認められる。

被告人は,Aがいわゆる雇われママとして勤務する本件スナックに行ってカウンター席に座ったが,被告人とAやAの父親との間にはかねてからもめ事があったため,Aは被告人のことを放っておいたところ,被告人は大声でAに話しかけるなどした。Bは,被告人から数席離れたカウンター席に座って酒を飲んでいたが,被告人がうるさいので注意をしたけれども,なおも被告人は,Aに向かって,「父親は元気か。」などと話しかけた。そこで,Bは,被告人に対し,「おれが父親だ,静かにしろ。」などと言ったところ,被告人は,席を立ってBに近づいて行った。

(3)  その後の被告人の行動について,B及びAは,「被告人は,Bに近づき,いすから立ち上がりかけたBに対し,その顔の辺りを腕を脇の方から回すようにして殴りかかったので,Bは後方に顔をそらしてこれをかわそうとしたが,被告人の手がBの顔をかすった。Bは,両手を下げてあえて抵抗しないでいると,被告人は,Bの胸ぐらを掴み,そのワイシャツのボタンを引きちぎった。さらに,被告人は,いったん自分が座っていた座席の方へ戻り,ビールの入ったコップを取ってからBの方へ戻り,同人の顔の辺りめがけてビールをかけた。」旨証言している。両名の証言は概ね符合しており,格別不自然な点もなく信用することができるから,上記証言に係る事実が認められ,同事実中,訴因として掲げられている判示第1の暴行の事実が認められることはもとより,その被告人の暴行が正当防衛ではないことも優に認められる。

(4)  これに対し,被告人は,公判廷において,「被告人がBに近づいたところ,Bは,いきなり目にも留まらぬ早さで右手拳をストレートに突き出して被告人の左脇腹に打ち当てたので,被告人は若干後ずさりしたが,さらにBが左手を肩の辺りに上げたので,被告人は,とっさに右手を身体の前で横に振り払う動作をしたところ,被告人の右手がBの顔の辺りに当たった。そこで,被告人は,Bからさらに殴打されるのを防ぐため,同人の襟首を何十秒か掴んでいたところ,Bがボタンが取れたなどと言い出したので,同人がひるんだと思い元の席に戻った。すると,Bは,ボタンが取れたなどと言いながら自分の方へ向かってきたので,被告人は,暴力を振るわれると思い,中腰になりながらBにビールをかけた。」旨供述する。

しかしながら,①被告人の公判供述によれば,Bは最初に被告人を手拳で殴打するという暴行を加えるなど,被告人を積極的に攻撃する態度を取っていたのにもかかわらず,被告人から殴られたり,胸ぐらを掴まれた後には,被告人の供述によってもBが全くこれに抵抗したり反撃したという形跡がないのは,不自然であり,むしろ,被告人の供述は,Bが被告人が高齢者であることや自分にボクシングの経験があり,攻撃をすれば非常に強力なものとなってしまうことを考え,あえて自重して被告人に反撃をしなかったというBやAの供述を裏付けるものといえる。②また,被告人の公判供述によれば,被告人は,Bから,目にも留まらぬ早さで手拳で脇腹を殴打され,その打撃によってこぶし大のはれができ,事件から11日たった2月2日になってもその腫れが残る程の強力な攻撃を受けたというのに,若干後ずさりした程度でBの方へ向かって行き,胸ぐらを掴んだなどというのも不自然である。③被告人は,Bから手拳で殴打された後,さらにBから暴力を振るわれると思った理由について,当初は,「Bが,自分とBの中間にまで手を出してきた。」旨供述していたのに,その後前記のように「Bが左手を肩の辺りに上げた。」旨に供述を変えたものであって,被告人の公判供述には一貫性がない。

以上の次第で,Bの胸ぐらを掴むに至るまでの状況に関する被告人の公判供述は,信用することができない。

さらに,被告人は,捜査段階において,Bから「手で押された。」と供述していた(乙3)のが,公判廷においては,前記のように同人に手拳で殴打されたと供述を変えたものであるから,Bから「手で押された。」という事実があったなどという捜査段階の供述も信用することができない。

次に,被告人は,捜査・公判を通じて,被告人の方へ向かってきたBから暴行を受けると思ったので同人にビールをかけた旨供述しているところ,前記のとおり,その直前にBから手拳で殴打される等の暴行を受けたという被告人の供述が信用することができないものであることに加え,被告人が元の座席に戻った後,Bが被告人の方へ来るときの状況についての被告人の公判供述は,それ自体に変遷や齟齬があって信用し難いものであることに照らすと,Bから暴行を受けると思ったので同人にビールをかけたという被告人の供述は信用することができない。

したがって,このような信用することのできない被告人の供述に立脚する弁護人の主張は採用することができない。

2  判示第2の証人威迫罪の成否について

弁護人は,証人威迫罪における「威迫」には手紙を送付するという間接的な方法による場合は含まれないから,被告人の行為は証人威迫罪の構成要件に該当しないと主張する。

しかし,「威迫」とは,言語又は動作をもって気勢を示し,相手に不安,困惑の念を抱かせる行為であるところ,そのような行為であれば,手紙等による間接的方法による場合もこれに含まれるというべきであり,刑法105条の2の文言上,間接的方法による場合も除外されていないといえる上,刑事司法の適正な運営や証人等の意思の自由の確保という証人威迫罪設定の目的に照らせば,手紙を送付するという間接的な方法による威迫行為も同罪によって処罰の対象とされているというべきである。

弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

罰条

判示第1の所為 刑法208条

判示第2の所為 刑法105条の2

刑種の選択 判示各罪につきいずれも懲役刑を選択

併合罪加重 刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の刑に法定の加重)

刑の執行猶予 刑法25条1項

訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

被告人は,Bの言動に腹を立てて判示第1の暴行に及んだものであって,これは短絡的で粗暴な犯行である。また,被告人は,この暴行被告事件で目撃者として証言をしたAの証言内容が意に沿わないものであったことから,判示第2の証人威迫の犯行に及んだものであるところ,このように証人を攻撃する行為は適正な刑事司法の運営を大きく阻害するものである。また,威迫されたAの受けた精神的衝撃は大きい。被告人の刑責は軽視し難いものである。

しかしながら,判示第1の暴行の程度は相手に傷害を負わせるような強力なものではなかったこと,判示第2の犯行については,被告人は反省の弁を述べ,今後,Aには手紙を出したり,会いに行ったりしない旨誓約していること,被告人には前科があるとはいえ50年以上前の古いものであること,高齢であること,判示第2の事実により4か月以上身柄を拘束されていることなどの事情を被告人のために十分斟酌すると,被告人を主文のとおりの刑に処した上,その刑の執行を猶予するのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。【求刑-懲役1年2月】

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