札幌地方裁判所 平成18年(ヨ)286号 決定 2006年12月13日
債権者
株式会社クオンツ
代表者代表取締役
A
債権者
株式会社クオンツ・キャピタル
代表者代表取締役
B
債権者ら代理人弁護士
牛島信
同
渡邉弘志
同
関口健一
債務者
株式会社オープンループ
代表者代表取締役
C
債務者代理人弁護士
金子稔
同
森脇啓太
主文
1 債務者が、平成18年11月29日の取締役会決議に基づき現に手続中の募集新株予約権200個の発行を仮に差し止める。
2 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は、債務者の株主である債権者らが、申立ての趣旨にかかる募集新株予約権の発行(以下「本件募集新株予約権」という。)について、①その払込金額が特に有利な金額による発行(以下「有利発行」という。)であるのに株主総会の特別決議を経ていないため、会社法240条1項、238条2項及び3項2号並びに309条2項6号の規定に違反していること、②著しく不公正な方法による発行(以下「不公正発行」という。)であることを理由として、その発行を仮に差し止めることを求めた事案である。
2 前提事実
(1) 債務者
債務者は、平成9年10月24日に設立され、コンピュータハードウェア・ソフトウェア及びコンピュータ周辺機器の企画開発及び保守等を主たる事業内容とする株式会社であり、平成18年11月30日現在の資本金は47億7099万2974円、発行可能株式総数は25万株、発行済株式総数は8万8321株であって(甲1)、その発行する普通株式は、大阪証券取引所ヘラクレス市場に上場している(争いがない)。
なお、債務者が、株式会社トラストワークを吸収合併した結果、当該合併等が、不適当な合併等(上場会社が非上場会社の吸収合併等を行った場合で、当該上場会社が実質的な存続会社でないと認められるものをいう。)に該当するとの大阪証券取引所の判断に基づき、平成15年3月1日から、債務者株式は新規上場審査に準じた審査に適合することを要件として継続上場が認められる「猶予期間」入り銘柄として取り扱われることとなった(甲8の1)。しかしながら、当該審査に適合する旨の認定を受けられないまま猶予期間の期限を迎えたため、債務者株式は、平成18年10月1日から監理ポストに割当てられている(甲8の2)。債務者株式の売買取引については、監理ポスト割当期間中も特別な制約はなく、従来どおりの取扱いとなっている。
(2) 債権者ら
債権者株式会社クオンツ(以下「債権者クオンツ」という。)は、昭和10年12月16日に設立され、電子機械器具等の企画、研究、開発等の事業並びに同事業を営む会社等の株式又は持分を取得・所有することにより、当該会社等の事業活動を支配・管理することを主たる事業内容とする株式会社であり(甲2)、平成18年12月1日現在、債務者の普通株式9203株を保有している(甲5の8)。債権者クオンツの債務者株式保有割合は、債務者の発行済株式総数の10.42パーセント(小数点以下3桁を四捨五入)に相当する。
債権者株式会社クオンツ・キャピタル(以下「債権者クオンツ・キャピタル」という。)は、債権者クオンツの完全子会社であり、平成12年12月7日に設立され、ドメインネーム(インターネット及び電子メールの宛先)の管理等を主たる事業内容とする株式会社であって(甲3)、平成18年12月1日現在、債務者の普通株式9067株を保有している(甲5の8)。債権者クオンツ・キャピタルの債務者株式保有割合は、債務者の発行済株式総数の10.27パーセント(小数点以下3桁を四捨五入)に相当し、債権者クオンツの債務者株式保有割合と合計すると、債権者らの債務者株式保有割合は、20.69パーセント(小数点以下3桁を四捨五入)に相当する。
(3) 本件募集新株予約権発行の決議に至る経緯
ア 債権者らによる債務者発行の普通株式の取得
債権者クオンツは、平成18年10月2日から同年12月1日までの間に、大阪証券取引所ヘラクレス市場において、債務者の普通株式を合計9203株取得し、債権者クオンツ・キャピタルは、同年10月18日から同年12月1日までの間に、同市場において、債務者の普通株式を合計9067株を取得した。債権者らの債務者株式の株券等保有割合は、以下のとおりであり、債権者クオンツは、債務者の筆頭株主である(甲5の1から5の8、9)。
提出書類
提出日
(平成18年)
株券等保有割合(パーセント)
クオンツ
クオンツ・キャピタル
債権者ら合計
大量保有報告書
10月20日
6.11
-
6.11
変更報告書(1)
10月24日
7.75
2.26
10.02
変更報告書(2)
10月25日
8.76
3.96
12.72
変更報告書(3)
10月25日
9.46
5.66
15.12
変更報告書(4)
11月7日
9.46
6.80
16.25
変更報告書(5)
11月7日
9.89
7.52
17.84
変更報告書(6)
11月22日
9.89
9.49
19.38
変更報告書(8)
12月7日
10.42
10.27
20.69
イ 債務者による買収防衛策の導入
債務者は、平成18年11月8日開催の取締役会において、企業価値向上のための買収防衛策としての情報開示ルール(以下「本件買収防衛策」という。)の導入を決議した(甲6)。
ウ 債務者によるストックオプション発行議案の公表
債務者は、平成18年11月21日開催の取締役会において、債務者株式5000株の潜在株式についての新株予約権を、債務者の取締役、監査役、従業員及び債務者子会社の取締役、従業員等にストックオプションとして発行することにつき承認を求める議案(以下「本件ストックオプション発行議案」という。)を同年12月21日開催予定の債務者の定時株主総会に付議することを決議した(甲10の1、10の2)。
本件ストックオプション発行議案により発行される新株予約権の行使期間は、平成19年1月1日からとされ、債務者は発行済株式総数の約14パーセントに相当するストックオプションを発行している。
エ 債務者による定款変更議案の公表
債務者は、平成18年11月21日開催の取締役会において、定款一部変更の件(第5号ないし第8号議案)を同年12月21日開催予定の債務者の定時株主総会に付議することを決議した(甲7)。
債務者の、同年11月21日付「定款一部変更に関するお知らせ」(甲7)によれば、上記各議案のうち、第7号議案(以下「本件定款変更議案」という。)は、本件買収防衛策の実効性を確保するため、発行可能株式総数を必要な範囲で拡大するとともに、安定的かつ機動的な資本政策の遂行を可能とするために、発行可能株式総数を25万株から35万株に拡大するものであるとされている。
オ 債務者による本件募集新株予約権の発行決議
債務者は、平成18年11月29日開催の取締役会において、本件募集新株予約権の発行を決議した(甲4の1から4の4)。
本件募集新株予約権の発行理由は、黒字体質への転換及び純粋持株会社の下で専門事業を担うグループ各社の成長と業容拡大を更に加速するため、主として今後必要と想定される具体的戦略(①純粋持株会社体制下におけるグループ各社の効率的、積極的運営、②グループ子会社に対しての資本強化、③投資専業子会社による投資事業の強化、④その他、グループ全体が安定的に事業展開を行うための運転資金)の遂行資金の追加的調達を企図して行うものとされている(甲4の1)。
なお、債務者は、平成18年3月27日開催の取締役会において、リーマン・ブラザーズ・コマーシャル・コーポレーション・アジア・リミテッド(Lehman Brothers Commercial Corporation Asia Limited。以下「リーマン・リミテッド」という。)を割当先とする新株発行及び新株予約権(以下「第8回新株予約権」という。)180個の発行を決議したが(甲12)、その際に発行された新株予約権(発行日及び払込期日は同年4月12日で、新株予約権の行使価額については当初1株あたり7万9000円とされていた。)のうち160個は未だ行使されておらず(行使請求期間は平成18年4月13日から平成20年4月11日まで)、資金調達額は4億円程度にとどまっている(甲4の3)。
(4) 本件募集新株予約権の内容
本件募集新株予約権の内容は、別紙「第三者割当による新株予約権の発行に関するお知らせ」の写しのとおりであり、その主な内容は以下のとおりである(甲4の1から4の4)。
① 発行する募集新株予約権の総数 200個
② 募集新株予約権の目的たる株式の種類
普通株式
③ 募集新株予約権の目的たる株式の数
行使請求にかかる募集新株予約権の数に1000万円を乗じ、これを行使価額で除した数とする。
④ 募集新株予約権の払込金額 募集新株予約権1個あたり5万円
⑤ 募集新株予約権の行使に際して払込みをなすべき1株あたりの金額(以下「行使価額」という。)は、当初11万2650とする。
⑥ 行使価額の修正
債務者が、募集新株予約権の保有者に対し、書面による事前通知を行うまでは当初行使価額から修正されない。なお、この事前通知には、通知をなし得る条件等は付されていない。
債務者が、募集新株予約権の保有者に対し、書面による事前通知を行った日において、行使価額は、かかる通知がなされた日の直前の週の最終取引日を最終日(当日を含む。)とする3連続取引日の大阪証券取引所における債務者普通株式の普通取引の毎日の終値の平均値の92パーセントに相当する金額に修正され、その後、毎週の最終取引日を最終日(当日を含む。)とする3連続取引日の大阪証券取引所における債務者普通株式の普通取引の毎日の終値の平均値の92パーセントに相当する金額に修正される。修正された行使価額の上限は当初行使価額とし、その下限は当初1万8775円とする。なお、連続した10取引日の大阪証券取引所における債務者普通株式の普通取引のブルームバーグサービスのエクイティーVAPページにおける、普通取引の売買高加重平均価額の(当該連続取引日の)単純平均値が、直近の下限価額を下回った場合、下限価額は、その翌取引日より、直近の下限価額の70パーセント又は9387円のいずれか高い方の額に再度設定される(以下「本件修正条項」という。)。
債務者が、取得条項に基づき、新株予約権を取得する旨の通知及び公告を行ったときは、通知及び公告を行った日の4営業日後において、又は債務者取締役会の承認なくして、リーマン・ブラザーズ・アジア・キャピタル・カンパニー(Lehman Brothers Asia Capital Company。以下「リーマン・キャピタル」という。)以外の者に新株予約権が譲渡されたときは、譲渡がなされた日において、行使価額は、当該日の前日までの3連続取引日の大阪証券取引所における債務者普通株式の終値の単純平均値の300パーセントで円位未満を切り捨てた金額に修正される。以降、毎週最終取引日(以下「通知・公告・譲渡後修正日」という。)の翌営業日以降、通知・公告・譲渡後修正日までの各3連続取引日の大阪証券取引所における債務者普通株式の終値の単純平均値の300パーセントで円位未満を切り捨てた金額に修正される。
⑦ 行使期間 平成18年12月15日から平成20年12月12日まで
なお、債務者が募集新株予約権者に対して別段の通知を行わない限り、平成19年4月13日において残存する募集新株予約権の行使は一時停止される。
⑧ 取得事由
債務者は、平成18年12月15日以降いつでも、本件募集新株予約権の取得を債務者取締役会が決議した場合は、債務者取締役会で定める取得日において残存する本件募集新株予約権の全部又は一部を、会社法273条2項、274条3項及び293条1項の規定に従って、当該取得の日の1か月前までに公告及び通知をした上で、払込金額と同額で取得することができる(以下「本件取得条項」という。)。
⑨ 譲渡制限
譲渡による募集新株予約権の取得については、債務者取締役会の承認を要するものとする。ただし、リーマン・リミテッドからリーマン・キャピタルへの譲渡については、あらかじめこれを承認する。
⑩ 割当日及び払込期日 平成18年12月15日
⑪ 割当先
リーマン・リミテッド
3 当事者の主張
(1) 債権者らの主張
債権者らの主張は、別紙「募集新株予約権発行差止仮処分命令申立書」及び平成18年12月6日付「準備書面(1)」の各写しのとおりである。
(2) 債務者の主張
債務者の主張は、別紙「答弁書」の写しのとおりである。
4 争点
(1) 本件募集新株予約権の発行が有利発行といえるか。
(2) 本件募集新株予約権の発行が不公正発行といえるか。
(3) 本件募集新株予約権の発行により既存株主が不利益を受けるおそれがあるか。
(4) 本件申立てに保全の必要性があるか。
第3当裁判所の判断
1 本件募集新株予約権の発行が有利発行といえるかどうかについて
(1) 当事者の主張の要旨
債権者らは、本件募集新株予約権に係るオプション価額は1億9000万円以上となり、債務者が設定した1個あたり5万円、合計1000万円という価額を大幅に上回る金額となるから、本件募集新株予約権の払込金額は、割当てを受ける第三者に特に有利な金額となり、有利発行にあたると主張する。
これに対し、債務者は、本件募集新株予約権の1個あたりの評価額については、第三者機関によって3万2933円であると評価されたことから、これを受けて、債務者は、この価額を下回ることのないように、本件募集新株予約権1個あたりの払込金額を5万円と設定したもので、本件募集新株予約権の発行は有利発行ではないと主張する。
(2) 有利発行となる場合
会社法238条3項2号にいう、「特に有利な金額」による募集新株予約権の発行とは、公正な払込金額よりも特に低い価格による発行をいうところ、募集新株予約権の公正な払込金額とは、現在の株価、行使価額、行使期間、金利、株価変動率等の要素をもとにオプション評価理論に基づき算出された募集新株予約権の発行時点における価額(以下「公正なオプション価格」という。)をいうと解されるから、公正なオプション価額と取締役会において決定された払込金額とを比較し、取締役会で決定された払込金額が公正なオプション価額を大きく下回るときは、原則として、募集新株予約権の有利発行に該当すると解すべきである。
(3) 本件募集新株予約権の払込金額に関する債務者の算定について
ア 債務者は、平成18年11月29日付の「第三者割当による新株予約権の発行に関するお知らせ」と題する書面(甲4の1)において、本件募集新株予約権の払込金額及びその行使に際して払い込むべき金額の算定理由について、一般的な価額算定モデルであるブラック・ショールズ・モデルによる算定結果を参考に、債務者取締役会が、発行日以降いつでも本件募集新株予約権の取得を決議することが可能であり、かつ取得される本件募集新株予約権は、取得日以降行使できないこと等を考慮して、本件募集新株予約権1個の払込金額を5万円としたと開示した(甲4の1)。
イ 公認会計士Dが作成した「第11回新株予約権の公正な評価額に関する意見書」(乙19。以下「本件意見書」という。)は、ブラック・ショールズ・モデルを採用し、①評価時点を平成18年11月29日、②評価時点株価を3万7550円、④権利行使価額を11万2650円、⑤株価変動性を93.70パーセント、④予想残存期間を0.37年、⑤予想配当なし、⑥無リスク利子率を0.481パーセントとして、本件募集新株予約権1個の価額を371円と算定している。
なお、本件意見書は、新株予約権1個あたり1株を引き受ける前提での評価となっていることから、債務者は、これを本件募集新株予約権1個あたりの金額に引き直すと、3万2933円となるとして、上記の評価を踏まえて、本件募集新株予約権1個あたりの払込金額を5万円と定めたことは有利発行にあたらない旨主張する。債務者の上記引き直し計算は、本件募集新株予約権の行使によって出資される価額の総額を20億円とし、これを当初行使価額の11万2650円で除した1万7754を発行株式総数とし、これをさらに本件募集新株予約権の総個数200で除した88.77が本件募集新株予約権1個あたりの発行株式数であるとし、上記371円に88.77を乗じた3万2933円が本件募集新株予約権1個あたりの価額であるというものである(乙79)。
(4) 債務者による本件募集新株予約権の評価方法の適否について
ア 本件意見書は、ブラック・ショールズ・モデルの算定式を用いて、本件募集新株予約権の価額を算定しているところ、ブラック・ショールズ・モデルは、株式オプション価額を評価するモデルとして実務において一般的に用いられているものであることから、この算定式を用いて算定した価額に修正を加えるという方法が、不合理な算定方法であるとは認められない。
イ 他方で、本件意見書は、行使価額を11万2650円として本件募集新株予約権の価額を算定しているところ、債務者は、本件修正条項に基づく通知は、債務者の有する現預金を超えるM&A案件等のための資金需要が発生した場合にされるものであり、債務者としては、既存株主に損害を与えないように、本件募集新株予約権の当初行使価額及び第8回新株予約権での資金調達を図ることが経営判断として合理的であるから、本件修正条項に基づく通知がなされる可能性が低く、当初行使価額を基準としてオプション価額を算定することが合理的であると主張している。
確かに、本件募集新株予約権の当初行使価額は11万2650円と定められており、本件修正条項に基づく通知がなされない可能性もあることからすると、これをオプション価額の算定の際に考慮することが直ちに不合理であるとまではいえない。
しかしながら、会社法240条1項、238条2項、309条2項6号において、第三者への新株の有利発行をする場合に株主総会の特別決議を必要としているのは、取締役会のみの判断で、既存の株主に損害を与えることを防止する趣旨であることからすると、有利発行性を判断する際には、取締役会が自由に決定できる裁量の範囲内の最も低い金額を基準とすべきである。そして、本件においては、上記のとおり、本件募集新株予約権の行使価額には修正条項が付されており、債務者取締役会が本件修正条項に基づく事前通知を行うか否かについては条件等が付されていないことから、債務者取締役会のみの判断で、通知がなされた日の直前の週の最終取引日を最終日とする3連続取引日の大阪証券取引所における債務者普通株式の普通取引の終値(なお、平成18年12月5日の終値は3万500円である(甲17))の平均値の92パーセントに相当する金額まで行使価額を修正できることが一応認められる。
さらに、債務者は、今後、M&A案件等に関して約60億円の資金が必要となる可能性があり、成否が不明なM&Aに要する資金を除いても、25億円程度の資金が必要であると主張しているところ、債務者の保有する現預金は22億5000万円程度(乙63)であるというのであるから、約2億5000万円から約37億5000万円ほど資金が不足していることとなる。
ところで、債務者の株価水準(甲17)からすると、新株予約権者によって、本件募集新株予約権が行使されることが経済合理的に見込まれるのは、本件修正条項に基づき行使価額が修正された場合に限られると考えられることから、本件募集新株予約権の発行が資金調達目的であるとすると、本件修正条項に基づく行使価額の修正がなされる可能性が高い。
債務者は、現在債務者株式が監理ポストに割当てられていることから株価が低下しているのであって、通常ポストへの復帰が認められた場合には、株価が11万2650円を回復することも十分に考えられる上、株価が第8回新株予約権の下限価額である3万9500円を超えた場合には、そちらの新株予約権による資金調達が可能であり、本件修正条項に基づく通知をする可能性は低いなどと主張しているが、債務者の主張するすべての資金需要を考慮すると、仮に債務者株価が3万9500円を超えたとしても、本件募集新株予約権が行使されなければならなくなることが見込まれる上、上記のとおり、債務者は平成15年3月1日からこれまで大阪証券取引所の審査に適合できておらず、近い将来通常ポストへ復帰することをうかがわせる客観的事情を一応認めるに足りる疎明もないことからすると、通常ポストへ復帰することを見込んだ株価の上昇を考慮することは相当ではなく、また、債務者の株価が平成18年11月初旬から下落しており、本件募集新株予約権の発行を公表してからはさらに大幅に下落している(甲17)状況下で、株価が上昇することを見込んで、当初行使価額を重視することは相当ではない。
なお、債務者が企画・交渉中であるとする複数のM&A案件については、その成否はもとより概要すら定かでなく(乙27ないし29号証は、いずれも仲介業者及び債務者間の文書にとどまり、M&Aの対象となっている相手方が作成した疎明資料はない。)、債務者に対する株式市場での評価が近日中に高まると客観的かつ合理的に予測することは困難である。
以上に加えて、債務者も、株価が上昇しない場合に備えて本件募集新株予約権を発行することを審尋期日において述べているところ、新株予約権者一般の通常の思考態度としては、現状の株価からすると、当初行使価額で新株予約権を行使することは経済的損失となるにもかかわらず、本件募集新株予約権の申込み及び払込みをする以上、本件修正条項による通知がなされることを見込んでいるものと考えるべきで、こうした一般的かつ通常の予測を覆すに足りる特別事情の疎明はない。
そうすると、本件においては、現実的にも債務者取締役会が本件修正条項に基づく通知を行うことが十分に見込まれるというべきである。
ウ 以上のことから、本件募集新株予約権の価額を算定するに際しては、修正後の価額を基準とするのが相当であるところ、債務者の本件募集新株予約権のオプション価額についての算定結果は、本件修正条項による通知がされる可能性が低いとして、当初行使価額を基準としており、相当でない。
(5) 債権者による本件募集新株予約権の評価方法の適否について
ア 株式会社プルータス・コンサルティングの作成した「新株予約権価値の評価報告書」(甲15。以下「本件報告書」という。)は、本件募集新株予約権が、株価の変化に応じて権利行使価額が修正される機能や発行会社がいつでも強制取得できる権利を内包しており、ブラック・ショールズ・モデルのみでは、このような価額の修正や強制取得の権利を反映することができないことから、行使価額の修正があった時点での将来の株価の見積もりにモンテカルロ・シュミレーションを採用した上で、①権利行使価額を11万2650円、②オプションの満期までの期間を平成18年12月15日から平成20年12月12日まで、③算定時点(平成18年11月24日)における株価を3万6800円(甲17)、④株価変動性(ボラティリティ)は対象期間を約2年間とした場合で86.49パーセント、約4か月とした場合で89.04パーセント、⑤予想残存期間等における配当額は、直近の配当実績がないことから0、⑥無リスクの利子率(割引率)を中期国債レートを用いて0.8パーセントと設定し、発行条件における、行使価額修正の通知、本件募集新株予約権の取得条項の通知、本件募集新株予約権の行使請求期間に対する別段の通知の有無によって場合分けをしてオプション価額を算定している。
イ そして、本件報告書によれば、算定時点における株価の92パーセントの価額である3万3856円を行使価額とした場合のオプション価額は、本件取得条項の通知をした場合は1億9370万367円、同通知をしない場合は2億6647万8303円とされている。
本件報告書は、本件意見書と基礎となる数値に若干の差異はあるものの、ブラック・ショールズ・モデルのみで算定した場合の問題点を指摘した上で、本件募集新株予約権のオプション価額を算定したものであり、株式会社日本中央会計事務所作成の新株予約権の評価報告書(甲18)における、二項格子モデルを用いて算定した本件募集新株予約権総額の公正な評価額1億8413万726円、債務者側がブラック・ショールズ・モデルを採用して算定した本件修正条項に基づく通知がなされた場合の本件募集新株予約権1個あたり101万7180円(乙21)とも近似した評価額であるのであって、格別不合理な点は見あたらない。
ウ 本件報告書によれば、仮に本件取得条項に基づく通知がなされたとしても、行使価額を株価の92パーセントとした場合の本件募集新株予約権のオプション価額の評価額は1億9000万円を超えることが一応認められる。そして、本件修正条項に基づく通知がなされることが十分に見込まれる本件においては、上記金額を大幅に下回る1000万円まで本件募集新株予約権の価額を下げる合理的理由は見あたらない。
(6) 以上のことから、1個あたり5万円を払込金額とした本件募集新株予約権の発行は、公正なオプション価額よりも特に低い払込金額によってされたということができ、有利発行に該当すると一応認めることができる。
2 本件募集新株予約権の発行により債権者らが受ける不利益及び保全の必要性について
本件募集新株予約権の発行は、上記のとおり、公正なオプション価額よりも著しく低い払込金額によって発行されるものであるから、これにより、既存の株主が不利益を受けるおそれがあると一応認められ、その結果、債権者らに著しい損害を生ずるおそれがあるということができるので、本件申立てには、保全の必要性があると一応認めることができる。
3 結論
以上から、本件募集新株予約権の発行が有利発行であり、これにより株主が不利益を受けるおそれがあるといえるので、不公正発行の点(なお、本件募集新株予約権の発行が債務者の平成18年12月21日開催予定の定時株主総会に近接した時点で事前に実施されることについては、債務者の資金需要の緊急性等についての客観的かつ合理的な疎明がないことに照らすと、本件募集新株予約権の発行目的や発行時期等の相当性についての疑念を払拭することは困難である。)について判断するまでもなく、被保全権利の疎明があるということができ、また、保全の必要性についても疎明がある。
よって、本件申立ては理由があるから、担保を立てさせないこととし、申立費用については民事保全法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 森邦明 裁判官 齋藤紀子 鈴木清志)
<以下省略>