札幌地方裁判所 平成18年(ワ)1096号 判決 2007年5月22日
主文
1 1096号事件原告の請求を棄却する。
2 1396号事件被告は、1396号事件原告に対し、1639万円及びこれに対する平成17年12月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、両事件を通じて1096号事件原告兼1396号事件被告の負担とする。
4 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1096号事件)
1096号事件被告は、1096号事件原告に対し、1700万円及びこれに対する平成18年6月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(1396号事件)
主文第2項と同旨
2 請求の趣旨に対する答弁
(1096号事件)
主文第1項と同旨
(1396号事件)
1396号事件原告の請求を棄却する。
第2事案の概要等
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
1096号事件原告兼1396号事件被告(以下、単に「原告」という。)は、昭和16年○月○日生まれの男性であり、化粧品製造販売等を業とする株式会社アプラスの代表取締役である。
1096号事件被告兼1396号事件原告(以下、単に「被告会社」という。)は、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所及び中部商品取引所の会員であり、商品取引員であって、委託者から各取引所に上場されている穀物、貴金属、石油等の商品の売買取引の委託を受け、当該売買取引を各取引所に取り次ぐこと等を業とする株式会社である。
(2) 商品先物取引委託契約の締結
原告と被告会社は、平成17年11月24日、商品取引所に上場されている商品に係る売買取引委託契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。
(3) 原告の売買取引及び決済
原告は、平成17年12月12日、東京工業品取引所における金の先物取引を被告会社に委託し、委託証拠金として預託する目的で、被告会社の口座に1500万円を送金した。被告会社は、原告の委託に基づき、この1500万円を委託証拠金として、合計200枚の金の買建玉を行った(以下「本件取引」という。)。
ところが、同月13日には、金の価格が急落してストップ安となり、同月14日、200枚の金の買建玉が決済されたが、結局、3139万円の売買差損金が生じた。
2 事案の概要
1096号事件は、原告が、被告会社に対し、被告会社の外務員が原告に対して、断定的判断を提供し、また、新規委託者保護義務に違反して、違法に大量の金の建玉を勧誘したことにより、委託証拠金相当額1500万円及び弁護士費用相当額200万円の損害を被ったとして、民法709条、715条の不法行為による損害賠償請求権に基づき、1700万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年6月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1396号事件は、被告会社が、原告に対し、原告が被告会社に商品先物取引の売買委託をし、上記の売買差損金3139万円が生じたにもかかわらず、上記委託証拠金1500万円を弁済充当した後の1639万円を支払わないため、被告会社が東京工業品取引所にこれを立替払いしているとして、売買差損金残金1639万円及びこれに対する弁済期である平成17年12月15日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
被告会社は、原告主張の新規委託者保護義務違反及び断定的判断の提供はないとして不法行為責任を争い、原告は、これがあったとして立替金の支払義務を争っている。
3 争点及びこれに関する当事者の主張の要旨
(1) 断定的判断の提供について
(原告の主張)
ア 原告は、従前、商品先物取引の経験がなかったが、平成17年7月ころから、被告会社の札幌支店の外務員から電話で勧誘を受けるようになり、同年10月中旬ころには、被告会社札幌支店の営業課長であるA(以下「A」という。)が原告の経営する会社を訪れて、商品先物取引の勧誘をするようになった。同年11月23日にも、Aらが原告方を訪問して、金の先物取引の勧誘をし、同月24日に、原告は、本件基本契約を締結するに至った。
イ Aは、平成17年12月7日、原告に対し、東京金の値動きを示した表に「一般的に・・・勝てば官軍負ければ賊軍ですが、現在の金相場は・・・買えば官軍売れば賊軍???買った者勝ちだと思います。年内2400円~2500円目標???」との文言を記載したファックスを送付した(甲1。以下「本件1ファックス」という。)。
また、Aは、同月10日、原告に対し、「外貨準備に占める割合、ロシア、金を倍増、中銀10%方針高値の一因にも」との見出しの日本経済新聞の記事をファックスで送付したが、そこには、Aの自書で「10%まで比率を高めた場合500tの新たな需要が見込めます。ロシアだけではなく他国も含めると3000t規模になります。原油は7倍になりましたが、金も7倍になりますと、1750ドル(6751円)です。ひじょうに夢とロマンがあります。」と記載されていた(甲2。以下「本件2ファックス」といい、本件1ファックスと併せて「本件各ファックス」ということがある。)。
ウ 原告は、本件各ファックスの内容やAの言動から、本当に金の価格が上昇するものと信じ込み、平成17年12月12日、本件取引を行うこととし、委託証拠金として1500万円をAの指定した被告会社の口座に振込入金した。
被告会社は、本件各ファックスには仮定的な記載があるにすぎない旨を主張するが、本件各ファックスの表現は、これを見た一般人に今金を買えば必ず利益が得られると誤解させるものであり、これを原告に送った行為は、商品取引所法が禁止する断定的判断の提供に当たるというべきである。なお、被告会社が主張する「証拠金預り証」(乙7)に付記されたAによる記載は、原告に1500万円もの証拠金を投資させた後のものであり、上記の判断を左右するものではない。
(被告会社の主張)
ア 断定的判断の提供による勧誘とは、典型的には、商品の価格が絶対に上がる、下がるなどといって勧誘するものであり、このような行為は商品取引所法において明示的に禁止されている。このような行為が禁止されているのは、商品相場は需要と供給によって決定されるところ、そのような商品相場の予想におよそ絶対ということはあり得ず、そうである以上、断定的判断を提供するということは、あり得ない虚偽の説明であって、これが禁止されていることは当然というべきである。
イ 原告は、本件各ファックスの記載により、金の価格が確実に上がるものと誤信した旨を主張する。しかし、本件1ファックスの表現は断定的なものではなく、Aが自己の相場観を示したものであることは明らかである。また、本件2ファックスの記載も、日本経済新聞の記事に記載されているように、ロシア中央銀行の外貨準備高に占める金の割合が「10%まで比率を高めた場合」についての金の需要見込みや、金も原油と同様に7倍になった場合の価格を示した上で、夢とロマンがあることを示しているにすぎない。これらの表現が断定的判断の提供であるなどとはいえない。さらに、平成17年12月12日付けの「証拠金預り証」(乙7)のファックスには、Aの自筆で「一生懸命知恵を絞り結果を出したいと思います。よろしくお願い致します。」との付記がされており、このような記載は、利益が出ることが確実であるとの断定的判断の提供とは相容れないものである。
ウ 原告は、被告会社の外務員の説明などから、商品先物取引の仕組みを理解しており、本件取引についてリスクがあることを当然承知していたのであって、金を買うタイミングを見計らい、相場の動向をみて自ら取引の時期を判断したものである。このことは、原告が本件取引を行う前にも、自らAに電話して相場の情報を入手していたことからも明らかである。
また、原告は、本件基本契約を締結するに当たって被告会社の管理担当者から電話で確認を受けた際(乙4)、断定的判断の提供の禁止に関する問い掛けに対し、「それは無いさ、分かってる。そんな事言ったらみんな買うべ。だってそんな事無いの知ってる。」と明確に答えており、断定的判断そのものがあり得ないことを熟知しているのである。さらに、この電話確認によれば、原告は商品先物取引にリスクがあること、追証があること、損失負担などがあるわけがないこと、取引が自己責任であること理解しているが、これは商品先物取引において損失が生ずる可能性があることを理解していることを前提とするものである。
(2) 新規委託者保護義務違反について
(原告の主張)
ア 商品取引員は、商品先物取引の複雑さと高度の危険性に鑑み、新規委託者と取引を行う際には、一定期間を習熟期間とし、その間の建玉を一定枚数以下に制限するなどして、この期間に取引や危険性を理解させ、新規委託者の保護育成を図る義務を負う。商品取引所法は、従前、新規委託者の保護のため、習熟期間3か月以内の取引枚数を20枚までと制限し、その後、商品取引員の自主規制に重点を置く方向となったが、これは新規委託者の保護を緩和するものとはいえない。
イ しかるに、Aは、平成17年12月12日、原告が過去に商品先物取引の経験がないことを十分に知悉していたにもかかわらず、原告に対し、初回の金の取引で200枚もの金の買建玉を勧めた。これを受けて、原告は、同日、1500万円を被告に送金し、Aは、原告から受領したかかる1500万円を委託証拠金として合計200枚の金の買建玉を行った。しかし、翌13日には、金の価格はストップ安となったため、原告の1500万円の証拠金はなくなった。Aの上記のような行為は、新規委託者である原告に対する過大な取引勧誘であり、新規委託者保護義務に違反する違法な行為である。
ウ 被告会社は、1500万円の委託証拠金は、原告が申告した投資可能資金額の3分の1以内であるから、新規委託者保護義務に違反しない旨を主張する。確かに、平成17年の商品取引所法の改正以降、習熟期間内の取引については、投資可能資金額の3分の1までとする規制がされるようになったが、初回から投資可能資金額の3分の1に近い金員を用いて新規委託者の取引を行うことは許されないというべきである。そのような取引をすれば、相場動向が思惑と異なり、損失を出す方に向かった場合、追証をするにも、両建等の対応をするにも、投資可能資金額の3分の1を超える金員を投資せざるを得なくなるからである。原告が投資可能資金額を6000万円と記載したからといって、初回の取引からその4分の1に当たる1500万円もの金員を投資させるならば、追証等が必要になった場合、その3分の1を超える金員が必要となることが明らかである。
(被告会社の主張)
ア 新規委託者保護については、各商品取引員の受託業務管理規則による自主的な規制がされているが、平成17年の商品取引所法の改正以降、新規委託者保護については、従前の建玉枚数制限や投資額制限から、当初3か月間のいわゆる習熟期間内にあっては委託者の申告した投資可能資金額の3分の1以内でしか投資することができないこととされた(なお、この3分の1は取引本証拠金の額である。)。このことは原告にも明示されているところ、原告は、本件基本契約締結の際には、自ら投資可能資金額を6000万円と申告しており、習熟期間内においてその本証拠金として用いることができるのは、その3分の1である2000万円である。本件取引は何らこれに違反するものではなく、被告会社がこれを拒絶すれば、逆に商品取引員の問屋としての義務に違反することになる。なお、原告の投資可能資金額の申告がAの誘導等によるものでないことは明らかであるし、原告は、本件取引後、光陽トラストに対して、1500万円の委託証拠金を送金しているのであり、原告の資産状況が申告どおりであったことをうかがわせるものである。
イ また、初回取引である本件取引において、金200枚の建玉がされたのは、原告の強い求めによるものであり、Aが具体的に200枚の建玉を勧めたものではない。
ウ したがって、本件取引はどのような点からみても、新規委託者保護義務に違反するものではなく、原告の主張するような違法性は認められない。
第3争点に対する判断
1 事実経過について
(1) 前記前提となる事実に加え、証拠(甲1ないし4、乙1ないし24、証人Aの証言、原告本人尋問の結果。ただし、後記認定に反する部分を除く。なお、書証番号は枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 原告は、化粧品製造販売等を業とする株式会社アプラスの代表取締役であり、株式の現物取引等の経験はあったが、本件取引を行うまで商品先物取引の経験はなかった。
イ 原告は、平成17年11月ころから、被告会社の札幌支店の外務員であるB(以下「B」という。)やAから、金の商品先物取引の勧誘を受けるようになった。
また、原告は、そのころ、光陽トラスト株式会社(現在の三貴商事株式会社。以下「光陽トラスト」という。)の外務員からも商品先物取引の勧誘を受けていた。
ウ 原告は、平成17年11月8日、光陽トラストの外務員から商品先物取引における損失の可能性について説明を受けた上で、商品先物取引は、その担保として預託する取引証拠金等の額に比べてその10倍から30倍程度にもなる過大な取引を行うものであること及び預託した取引証拠金等の額以上の損失が発生するおそれがあることにつき、説明を受けて内容を理解した旨が記載されている「商品先物取引の説明及び理解に関する確認書」(乙20)に署名押印して、光陽トラストの外務員に交付した。
そして、原告は、同月9日には、光陽トラストの外務員から取引証拠金の制度等について説明を受け、「受託契約準則」及び「商品先物取引-委託のガイド」を用いて取引証拠金等の制度、種類及びその発生の仕組み等に関する事項等の説明を受けてその内容を理解したこと等が記載された「商品先物取引理解度等確認書兼口座設定申込書」(乙21)に署名押印した。また、原告は、同書面の年収、取引経験等の回答欄に、年収が1500万円以上2000万円未満であること、株式の現物取引の経験があること、先物取引の経験がないこと、損失しても生活に支障のない投資可能資金額が6000万円であること、資産運用欄に預貯金8000万円、不動産貸付5000万円などと記載した。そして、原告は、同日、光陽トラストと商品先物取引の委託契約を締結し、「先物取引の危険性を了知した上で・・・私の判断と責任において取引を行うことを承諾した」との文言等が記載されている「約諾書」(乙19)に署名押印して、光陽トラストに交付した。
エ 平成17年11月23日、Aは、Bと共に原告方を訪問し、原告に対し、「委託のガイド」、「お取引の手引き(受託契約準則)」、「取引本証拠金額一覧表」、「委託手数料金額一覧表」を交付し、取引の仕組みやそのリスク等について説明をし、原告は、商品先物取引が、①レバレッジが高いこと、②商品市場における相場の変動により損失が生じるおそれがあること、③損失は取引証拠金等の額を上回ることとなるおそれがあることの3点につき、Bから事前説明書を使って説明を受けた旨が記載された「事前説明確認書」(乙2)、取引の仕組み及びリスクについては「理解しました」と付記されるなどした「受領書」(乙1)、「取引の仕組の理解について」の欄にある「①商品先物取引 委託のガイドの説明をうけましたか?」「②商品先物取引の仕組みを理解していますか?」「③損失を生じるリスクがある事をご承知ですか?」との問いに対し、いずれも「はい」の欄に丸印をつけるなどした「お客様カード」(乙3)に署名するなどして、交付した。なお、この「お客様カード」の資産状況欄には、原告の税込年収が1500万円であること、預貯金が5000万円あること、所有不動産として土地、マンションがあることなどが記載されており、投資可能資金額は、6000万円と記載されている。
また、被告会社においては、その受託業務管理規則により、本件取引当時、商品先物取引の新規委託者は、最初の3か月間の取引は投資可能資金額の3分の1の範囲に制限することとされ、そのような運用が行われていたところ、上記「お客様カード」には、商品取引経験がない場合については、当初取引予定資金は投資可能資金額の3分の1以内とさせていただく旨、この3分の1は取引本証拠金のみの金額であり追証拠金は含まれていない旨、追証拠金等他の証拠金が必要となった場合は投資可能資金額の3分の2から充当できるが本証拠金には充当できない旨、この期限は初回建玉日より3か月とする旨が記載されている。
オ AとBは、平成17年11月24日午前8時30分過ぎに、原告方を訪問した。同日午前8時40分ころ、被告会社の札幌支店の営業管理担当課長であるC(以下「C」という。)は、取引前の意思確認と商品先物取引に関する理解度の確認のため原告に電話をし、この電話確認(以下「本件電話確認」という。)の後に、本件基本契約が締結され、原告は、「先物取引の危険性を了知した上で・・・私の判断と責任において取引を行うことを承諾した」との文言が記載されている「約諾書及び通知書」(乙5)に必要事項を記入して、署名押印をして、交付した。
原告は、本件電話確認の際に、Cからの質問に対し、委託のガイド、事前説明書での説明を受けた旨、預託した金額を上回る損失が発生する可能性もあることも理解している旨、追証制度についても理解している旨、当初3か月は投資可能資金額6000万円の3分の1の範囲での取引となることは理解している旨等を回答し、断定的判断の提供の禁止に関しては、「それは無いさ、分かってる。そんな事言ったらみんな買うべ。だってそんな事無いの知ってる。」と回答している。
カ 原告は、本件基本契約締結後も、Aらを通じて、相場についての情報を得るなどしていたが、取引の開始については、もう少し考えてみるなどとして、取引を開始しなかった。
キ Aは、平成17年12月7日、原告に対し、東京金の値動きを示した表にAの自書で「一般的に・・・勝てば官軍負ければ賊軍ですが、現在の金相場は・・・買えば官軍売れば賊軍???買った者勝ちだと思います。年内2400円~2500円目標???」と記載した本件1ファックス(甲1)を送付した。
また、Aは、同月10日、原告に対し、「外貨準備に占める割合、ロシア、金を倍増、中銀10%方針高値の一因にも」との見出しの日本経済新聞の記事にAの自書で「10%まで比率を高めた場合500tの新たな需要が見込めます。ロシアだけではなく他国も含めると3000t規模になります。原油は7倍になりましたが、金も7倍になりますと、1750ドル(6751円)です。ひじょうに夢とロマンがあります。」と記載した本件2ファックス(甲2)を送付した。
ク 平成17年12月12日、Aは、電話で、原告に対し、金の値段がストップ高をつけているから取引を始めないかなどと伝えた。その後、しばらくして、原告が、Aに電話をして、1500万円を振り込んだから金を200枚買ってくれと伝えてきた。これに対し、Aが、振込みの確認がとれるまで注文を受注することができない旨伝えると、原告は振込用紙の控えをファックスすると答えた。しかし、このファックスが被告会社に届く前に、原告からの1500万円の入金を確認できたため、Aは、原告に対し、入金の確認ができたので、振込用紙のファックスは不要であることを伝えるなどしたところ、原告は「200枚とにかく買ってくれ。」といい、Aが「一番先限でいいですか。」と確認したところ、原告が了解したので、原告から10月限の金200枚の買建玉を受注した。なお、その後、原告からは、不要である旨を告げていた振込用紙のファックスが送られてきた。原告のこの注文は、同日午後3時30分、2155円で成立し、Aは、その旨を原告に報告した。なお、Aらが、初回の建玉枚数につき、原告に具体的に指示や勧誘をしたことはなかったが、原告は、従前のAらの勧誘が100枚、200枚という単位で例を挙げてされていたことから、自分の判断により、1500万円を送金して、200枚の建玉を委託することとした。また、Aは、同日付けの1500万円の「証拠金預り証」を原告にファックス送信する際、「一生懸命知恵を絞り結果を出したいと思います。よろしくお願い致します。」と付記している。
ケ 平成17年12月13日午前、金の相場がストップ安で寄り付くなどしたため、Aは、その市況を原告に逐次電話報告するなどしていたが、同日午後には、ストップ安となり、それが続いていたことから、原告に電話連絡し、その時点では追証が必要となることなどを伝えた。
同日夜、それまでも原告に対して商品先物取引の勧誘を行っていた光陽トラストの外務員と支店長が原告方を訪れた。原告は、光陽トラストの外務員らに被告会社に委託した取引により1500万円の損失が出ていることを相談するなどした。
コ 平成17年12月14日午前8時20分ころ、Aは、被告会社の札幌支店長と共に原告方を訪れ、対応を検討するなどした。結局、原告は、資金の余裕がないなどとして、金の買建玉200枚につき、手仕舞いすることとした。その結果、3139万円の売買差損金が生じ、委託証拠金1500万円を控除した後の差額1639万円については、被告会社が東京工業品取引所に立替払いをしている。
一方、原告は、同日から同月19日にかけて、光陽トラストに委託して、金及び白金の商品先物取引を行い、702万0440円の利益を上げている。光陽トラストに委託した取引は、同月14日の金40枚の売建玉から始まる取引であり、原告は、光陽トラストに対し、同日に1000万円の、翌15日に500万円の委託証拠金を預託している。
(2) 以上の事実が認められ、上記認定を覆すに足りる証拠はない。原告の陳述書(甲3、4)及び原告本人尋問の結果中には、上記認定に反する記載部分及び供述部分があるが、その内容は曖昧かつ不自然な部分が多く、これを信用することができない。
2 争点(1)(断定的判断の提供の有無)について
上記認定事実によれば、原告は、被告会社の外務員や光陽トラストの外務員から商品先物取引の仕組みや危険性について理解をした上で取引を行っていることが推認されるところ、被告会社の外務員が商品先物取引の勧誘を開始してから平成17年12月12日に金200枚の買建玉を行うまでの間、「絶対儲かる」とか「必ず利益がでる」というような断定的な表現を使って原告に取引を勧誘したことを認めるに足りる証拠はない。
原告は、本件各ファックスの記載が、断定的判断の提供に当たり、これによって確実に利益が上がると誤解した原告が本件取引を開始した旨を主張する。
しかしながら、上記認定事実のとおり、本件1ファックスは、東京金の相場の値動きを示す表に、「現在の金相場は・・・買えば官軍売れば賊軍???買った者勝ちだと思います。年内2400円~2500円目標???」といったAによる付記がされたものであるが、その表現からすれば、Aが、金相場の値動きからみて今後さらに金の値が上がると予想される旨の自己の相場観を述べて、取引を勧誘する趣旨のものであることは明らかであるし、本件2ファックスも、金の需要が増大する可能性を示す日本経済新聞の記事を根拠として、そのようになった場合の世界的な金需要の増大や金の相場が原油同様に7倍になった場合の値段を示した上で、金の商品先物取引に非常に夢とロマンがあるとして、取引を勧誘する趣旨のものであることは明らかである。本件各ファックスの表現それ自体が、一般的にみて、利益が生じることが確実であると誤解させるようなものとはいい難いし、上記のとおり、原告は、商品先物取引の仕組みや危険性を理解していたことが推認され、また、本件電話確認の際の回答からしても、原告が相場には絶対ということはないことを十分に理解していたとみられることからすれば、原告が本件各ファックスの内容が金の値上がりについての予測、期待及び抱負といった不確定な要素を含むものであることを理解した上で本件取引をするかどうかの判断をすることは十分可能であったのであり、本件各ファックスの送付をもって、利益が生じることが確実であると誤解させるような断定的な判断を提供したとまで認めることはできない。また、原告は、平成17年12月14日に金の200枚の建玉の手仕舞いをする際にも、Aが絶対儲かるとか確実に利益が生ずるといったという苦情を述べたような事実はうかがわれないのであって、他に、原告が利益が生ずることが確実であると誤解していたことをうかがわせるような証拠もない。
したがって、本件各ファックスの送付等による勧誘が、断定的な判断を提供し、原告に確実に利益が生ずると誤解させるものとして、違法であるとすることはできない。
3 争点(2)(新規委託者保護義務違反)について
商品先物取引の複雑さと高度の危険性にかんがみれば、商品取引員が新規委託者と取引を行う際には、一定期間を習熟期間とし、新規委託者の資力等を考慮した上で、その間の取引を相応の範囲に制限するなどして、この期間に取引や危険性を理解させ、新規委託者の保護育成を図るべきものといえるところ、金200枚の建玉は、初回取引としては、決して少ないものとはいえない。
しかしながら、上記のような新規委託者保護の趣旨にかんがみれば、こうした新規委託者保護義務に基づく取引制限は、新規委託者の余裕資金との関係をも考慮して行うのが合理的であるところ、上記認定のとおり、被告会社においては、本件取引当時、その受託業務管理規則において、新規委託者の習熟期間である3か月間の取引を投資可能資金額の3分の1(本証拠金による取引額であり、追証等を含まない。)以内でしかできないものと定めていることが認められ、こうした規制は合理的であるといえるし、原告もそうした規制を理解していたことが推認できるところである。
そして、原告は、被告会社に対して、自ら投資可能資金額を6000万円と申告しており(上記認定のとおり、原告が、本件基本契約に先立つ光陽トラストとの委託契約の際に、損失しても生活に支障のない投資可能資金額を6000万円と記載していることからすれば、被告会社に対する上記投資可能資金額の申告がAの誘導ないし強要によるものであるとは認め難い。)、本件取引は、その投資可能資金額の4分の1に当たる1500万円の証拠金の預託によるものであり、被告会社の受託業務管理規則における基準に反するものではないし、原告の申告に係る投資可能資金額に照らせば、金200枚の建玉が過大であるともいえない。また、上記認定事実によれば、Aは、原告に対して、先物取引の勧誘を行っているが、初回取引である本件取引における建玉枚数を具体的に指示、勧誘したことはなく、原告が、平成17年12月12日、被告会社に対し、委託証拠金として1500万円を送金し、金200枚の建玉を委託したのは、あくまでも大きく利益を上げようとした原告自らの判断で行ったものというべきである。
そして、他に、本件取引が原告にとっては過大な取引であり、被告会社において、原告の判断に基づく委託を拒絶すべき事情があったことを認めるに足りる証拠はない。
原告は、追証や両建等による対応の可能性を考慮すれば、初回から投資可能資金額の3分の1に近い金員を用いることは相当ではないなどと主張する。しかし、追証や両建等の対応に要する資金は必ずしも予測できるものではなく、これを想定した取引額を考慮することは容易とはいい難いし、上記の受託業務管理規則における規制が、習熟期間中の取引を本証拠金のみの額で投資可能資金額の3分の1の範囲内としていることは明らかであるところ、新規委託者保護の趣旨に照らせば、このような規制が不合理、不十分とはいい難い。この点に関する原告の主張は、採用することができない。
したがって、Aが、平成17年12月12日、原告から受領した1500万円を委託証拠金として合計200枚の金の買建玉を行った行為は新規委託者保護義務に違反するものとは認められない。
4 まとめ
以上によれば、被告会社の外務員による原告の勧誘及び原告の委託に基づく本件取引の過程において、不法行為を構成するような違法な行為があったとは認め難い。
そして、上記認定事実のとおり、原告の委託に基づく本件取引により、3139万円の売買差損金が生じているところ、上記差損金から委託証拠金1500万円を差し引いた残額1639万円については、被告会社がこれを立て替えていることが認められるから、原告にはこの立替金を被告会社に支払うべき義務があるというべきである。
第4結論
よって、被告会社に対して委託証拠金相当額1500万円及び弁護士費用相当額200万円の損害賠償を求める原告の1096号事件における請求は理由がないから、これを棄却することとし、原告に対して上記立替金1639万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める被告会社の1396号事件における請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 竹田光広)