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札幌地方裁判所 平成18年(ワ)2716号 判決 2011年3月24日

主文

1  被告は,各原告に対し,次の(1)ないし(8)の金員及びそれら金員に対する括弧内の日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

(1)  原告Aに対し1878万8049円(平成2年12月11日)

(2)  原告Bに対し1878万8049円(平成2年12月11日)

(3)  原告Cに対し2474万3027円(平成2年12月11日)

(4)  原告Dに対し2474万3027円(平成2年12月11日)

(5)  原告Eに対し600万円(平成6年2月21日)

(6)  原告Eに対し600万円(平成6年12月27日)

(7)  原告Eに対し91万2000円(平成2年12月11日)

(8)  原告Eに対し130万円(平成18年12月11日)

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その3を被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

4  この判決は,主文1項に限り,仮に執行することができる。

事実

第1原告の請求等

1  請求の趣旨

被告は,各原告に対し,下表の「請求金額」欄に記載の金員及びこれに対する下表「附帯請求起算日」欄に記載の日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

請求金額

附帯請求起算日

原告A

¥33,973,268

平成2年12月11日

原告B

¥33,973,268

平成2年12月11日

原告C

¥37,393,027

平成2年12月11日

原告D

¥37,393,027

平成2年12月11日

原告E

¥34,670,000

平成2年12月11日

原告E

¥1,457,634

平成10年12月25日

2  事案の概要

本件は,ガス湯沸器の不完全燃焼による一酸化炭素中毒で2名が死亡した事故に関し,被害者の遺族等が提訴した不法行為に基づく損害賠償請求訴訟である。附帯請求は,原告Eの145万7634円に関するものが損害額確定日以降の,それ以外の請求に関するものが事故発生日以降の民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払請求である。

第2争いのない事実

以下の事実は,争点摘示の前提となる事実関係であり,いずれも争いがないか,争うことが明らかにされない事実である。

1  パロマ及びパロマ工業による湯沸器の製造販売

被告(旧商号「パロマ工業株式会社」)は,「パロマ」のブランド名を付したガス器具を製造していたガス器具メーカーであり,その関連会社である株式会社パロマは,パロマ工業株式会社が製造したガス器具を全国に向けて販売する発売元会社であった。被告は,平成23年2月1日,株式会社パロマを合併し,かつ,その商号を「株式会社パロマ」に変更した(以下,合併前の株式会社パロマを「パロマ」といい,合併前の被告を「パロマ工業」という。)。

パロマは,全国に直営の営業所や出張所を設置するほか,全国各地のガス関連業者と契約を結んで製品の販売や修理を委託しており,契約を結んだ業者には「パロマサービスショップ」という名称の使用を認めていた(以下,それら業者を単に「サービスショップ」という。)。

パロマ工業は,昭和55年,室内に設置するガス湯沸器としてPH-81F,PH-101F,PH-131Fという3機種(以下これらを「本件3機種」という。)の製造を開始し,昭和57年以降,構造の類似したPH-82F,PH-102F,PH-132F,PH-161Fという後続4機種(これら4機種と本件3機種をあわせて「本件7機種」という。)の製造を開始した。

本件7機種は,いずれも,室内の空気を機器内に吸い込んでガスを燃焼し,燃焼によって汚れた空気を強制換気装置(電動の排気ファン)で屋外に排出するという仕組み(半密閉式)をとっている。

2  事故の発生

原告Eは,北海道帯広市a条b丁目c番地所在の「d」という名称の賃貸用共同住宅(以下「本件建物」という。)の所有者であり,本件建物でアパート経営をしていた。平成2年12月当時,本件建物1階3号室にはFが入居しており,その真上の2階8号室にはGが入居していた。

1階3号室には,パロマ工業が昭和56年に製造したPH-101F(本件3機種の一つ)という機種のガス湯沸器(以下「本件湯沸器」という。)が設置されていた。

F及びGは,平成2年12月11日,本件建物の居室において,一酸化炭素中毒により死亡した(以下「本件事故」という。)。

本件事故は,1階3号室に設置されていた本件湯沸器が,排気ファンが作動しない状態であるにもかかわらず燃焼を続けたため,不完全燃焼によって発生した一酸化炭素(空気よりも軽い気体である。)が大量に1階3号室とその真上の2階8号室に充満したことによって発生した。

3  本件7機種の燃焼の仕組み

(1)  PH-101Fの外観及びフロントカバーを外した状態の内部の状況は別紙1(添付省略)のとおりである。

本件7機種は,排気装置部,口火装置部,燃焼装置部(湯を沸かすメインバーナー)及び安全装置部に別れる。安全装置部は,コントロールボックス内の複雑な電気回路(以下「安全回路」という。)で構成されている。

安全回路は,約8センチメートル四方の回路基盤に集積して設置され,基盤ごと箱形のカバーに収められ,コントロールボックスと呼ばれるユニット部品となっている。コントロールボックスは,コネクターや端子台で外部の電気部品や回路と接続するようになっている。

(2)  ガスの供給は電気で作動する電磁弁によって行われ,通電すれば電磁弁が開いてガスが供給され,電気が遮断されれば電磁弁が閉じてガスの供給も止まる。電磁弁の配線は口火装置部の電気回路(以下「口火回路」という。)の一部にあるため,口火回路に通電している場合のみ,ガスが供給される仕組みになっている。

電磁弁が開くと口火には常にガスが供給されるが,水流が感知されない限りメインバーナーへのガス供給は開始されない。

(3)  口火回路と電磁弁は,別紙2(添付省略)の①の概念図のとおりとなっている。口火が点火していない状態(待機状態)では,PR接点(プラシールリレー接点)の部分と口火回路の熱ねつ電でん対ついの部分が開いて回路が遮断されているため,プラグが商用電源に差し込まれていても通電はせず,電磁弁は閉じたままであり,燃焼は起こらない。PR接点は,安全回路に通電している場合だけ閉じて電気回路を形成する。

ガス栓つまみを押し回すと,その物理的力により,メインスイッチが「ON」となり,PR接点が閉じて安全回路が通電状態となり,かつ,電磁弁が開いてガスが口火部分に供給される。同時に,圧電器から火花が飛んで口火が燃焼する。ガス栓つまみを数秒程度押したままにして口火燃焼状態を維持すると,口火の熱によって熱電対で電気(熱起電力)が発生し熱電対が閉じて口火回路が形成され,口火回路と安全回路が一体となって通電状態となり,電磁弁が開く(別紙2の②図)。メインスイッチが「ON」であるから排気ファンも作動し得る状態となる。

(4)  一旦通電状態となれば,口火の熱で熱起電力が発生し続けて熱電対が閉じたままとなるため,ガス栓つまみから手を離しても口火回路の通電状態が維持される(押し回し時間が足りないと,熱電対が閉じない段階で熱起電力がなくなるので口火回路は形成されず,手を離すと通電が解消され,電磁弁も閉じて口火が消える。)。

(5)  通電状態で水道栓を回して水流を加えると,水流を感知してメインバーナーに向かってガスが供給され,口火によってメインバーナーが燃焼を始める。燃焼によって発生した二酸化炭素と一酸化炭素(不完全燃焼によって不可避的に発生する。)を含む汚れた空気は,排気ファンによって屋外に排出される。

排気ファンは,水流を感知して(すなわち,メインバーナーの燃焼と連動して)自動的に作動する仕組みになっている。

(6)  燃焼中,停電が発生したり,ブレーカーが落ちたり,プラグが商用電源から外れると,排気ファンが作動しなくなるから,ガスの燃焼を止める必要がある。この場合,安全回路の通電が解消されると同時にPR接点が離れて口火回路が強制遮断され,電磁弁も閉じてガスの供給が止まり,燃焼が止まる。PR接点は安全回路に通電しているときだけ閉じているからである。この仕組みにより一酸化炭素が室内に充満するという危険が回避される。

また,安全装置部は,機器が異常に高温になる等の危険な状態を感知した場合も,コントロールボックス内の安全回路を強制遮断して通電状態を解消する安全装置である。この場合も安全回路の通電が解消されてPR接点が離れ,同時に口火回路が強制遮断され,電磁弁が閉じてガスの供給が止まり,燃焼が起きなくなる。この仕組みにより異常燃焼の危険が回避される(別紙2の③図)。

4  ハンダ割れと不正改造

(1)  コントロールボックス内の安全回路は複雑で,途中にハンダによって複数の部品が取り付けられている。ハンダが劣化してひびが入ると安全回路が切断された状態となるから,安全装置が働いた場合と同様に,PR接点が離れて口火回路が強制遮断され,電磁弁が閉じてガスの供給が止まり,燃焼が起きなくなる。

(2)  ハンダ割れが生じた場合には,安全装置が働いて一時的に通電が解消された場合と異なり,ハンダ割れの部分を修理するなどして安全回路を修復しない限り,安全回路に通電することがなく,停電が続いているのと同じ状態が続く。

この場合,ガス栓つまみを押し回しすると一時的に口火が点火して熱電対の部分は閉じるが,PR接点の部分は離れたままとなっているため口火回路は形成されず,ガス栓つまみから手を離すと,物理的な力で一時的に通電されていた電磁弁の通電が解消され,口火は消えてしまう。これがハンダ割れによる故障である。

(3)  ところで,ハンダ割れが生じた場合に電磁弁に通電しないのは,口火回路と安全回路が一体となっており,その中間にあるPR接点が,安全回路に通電している場合にだけ口火回路を閉じる仕組みとなっているからである。

しかし,口火回路は,商用電力などなくとも,熱起電力で通電を維持する機能を持っているから,仮に,PR接点を回避して(すなわち,PR接点の機能を無効化して)口火回路だけを独立の電気回路としてしまえば,安全回路に通電しなくとも口火回路は通電が維持され電磁弁が開いたままとなり,燃焼が可能な状態となる。

そうすると,ハンダ割れが生じて安全回路に通電しない故障が生じた場合,安全回路の修復という面倒なことをする代わりに,端子台の「file_2.jpg」と「file_3.jpg」をつなぐ配線(以下「短絡配線」という。)を加えて電気回路を改造し,口火回路を独立させると,ガス栓つまみを押し回す物理力によって発生する熱起電力で熱電対を閉じて口火回路を通電させ,電磁弁を開いて燃焼が可能な状態とすることができるのである(以下,短絡配線による改造を「不正改造」という。)。

(4)  商用電力が供給されている限り,排気ファンは燃焼と連動して自動作動するから,たとえ不正改造がされても,大抵の場合には支障なしに湯沸器が作動する。しかし,不正改造がされると,停電やプラグの差し忘れで商用電力が供給されず排気ファンが作動しない状態であってもメインバーナーが燃焼し,大量の一酸化炭素が室内に充満するという非常に危険な事態を発生させ得ることになる。

5  本件事故の原因

本件湯沸器には不正改造が施されていた。そして,本件湯沸器のプラグがコンセントに差し込まれず,排気ファンが作動しない状態で本件湯沸器が使用されたため,不完全燃焼で生じた一酸化炭素を含む排気が3号室と8号室に充満した。このことが原因で本件事故が発生した。

6  同種事故の存在

不正改造が原因で起きた一酸化炭素中毒死事故は,本件事故が初めてではない。昭和60年1月6日には,札幌市において,PH-101Fを使用する住宅で2名が死亡する一酸化炭素中毒死事故(以下「札幌事故」という。)が発生し,昭和62年1月9日には,北海道苫小牧市において,やはりPH-101Fを使用する住宅で2名が死亡する一酸化炭素中毒死事故(以下「苫小牧事故」という。)が発生している。

パロマ工業の調査では,札幌事故から平成17年11月28日に東京都で発生した一酸化炭素中毒死事故までの足かけ21年間で,本件7機種を使用する住宅で28件の一酸化炭素中毒死が発生したことが判明している。

7  死亡被害者の年齢及び相続関係

(1)  Fは,昭和45年11月22日生まれの女性であり,本件事故当時20歳であった。

Fの相続人は,両親であるH(本件提訴時の原告であった。)及びIであったが,Iは本件提訴以前に死亡し,Hも本件提訴後死亡したため,両名の子(Fのきょうだい)である原告A及び原告Bが,F及び両親の権利を2分の1ずつの割合で相続した。

(2)  Gは,昭和37年12月21日生まれの男性であり,本件事故当時27歳であった。

Gの相続人は父のJであったが,同人は本訴提起前に死亡し,同人の子(Gのきょうだい)である原告C及び原告Dが,G及びJの権利を2分の1ずつの割合で相続した。

第3争点及び争点に関する当事者の主張

【争点の摘示】

原告らは,パロマ及びパロマ工業に法人としての不法行為責任があると主張して損害賠償を求めており,パロマ及びパロマ工業には,ハンダ割れ故障の修理方法として危険を伴う不正改造をするよう関連業者を指導した過失,あるいは,不正改造を指導していないとしても,不正改造による修理が全国に蔓延していたことを知りながら,不正改造の危険を利用者に広く知らせ,可及的速やかに本件3機種を回収することを怠った過失を主張している。

本件の主たる争点は,パロマ及びパロマ工業に上記過失があったかどうかという点及び過失が肯定された場合に賠償すべき損害の額である。

【原告らの主張】

1  本件3機種では,昭和55年の発売当初より,ハンダ割れによるコントロールボックスの故障が多発していた。

本来,コントロールボックスの故障に対しては,コントロールボックスの交換により対応しなければならないが,コントロールボックスの在庫は常に不足していた。パロマがコントロールボックスの交換に代わる措置として提案したコントロールボックス修理要領(甲14)による方法も,作業があまりにも難しく,到底現場において行うことができないものであった。これに対し,端子台に短絡配線を加えるという不正改造は技術的に容易なものであった。

2  このような事情を背景に,パロマ及びパロマ工業は,昭和57年ころ以降,現場のサービスショップや修理業者に対し,本件3機種のハンダ割れ故障に対応するための応急的な修理として不正改造を指導していた。その結果,不正改造が全国に蔓延し,本件湯沸器にも不正改造が施され,本件事故が発生したのである。

3  パロマ及びパロマ工業が不正改造を指導していなかったとしても,少なくとも,不正改造を行った修理業者はパロマに不正改造を行ったことを伝えてコントロールボックスの早期の供給を求めていたから,パロマ及びパロマ工業は,昭和50年代には,各地で本件3機種について不正改造が行われていることを認識していた。

そして,昭和60年1月6日には札幌事故が発生したから,パロマ及びパロマ工業は,不正改造が死亡事故につながる現実的危険があることも認識するようになった。

したがって,パロマ及びパロマ工業には,遅くとも昭和60年1月の時点で,不正改造が行われている可能性があることを一般利用者に広く告知するとともに,本件3機種を回収,修理すべき義務があったところ,これに違反して,告知や回収,修理を行わなかったために,本件事故が発生したものである。

4  原告A及び原告Bの損害

Fの死亡に伴う人身損害は別表1のとおりである。

Fは,就労可能な67歳までの47年間,毎年,平成2年賃金センサス第1巻第1表産業計・企業規模計・学齢計の女性労働者全年齢平均の年間賃金(280万0300円)に相当する収入を得ることができたはずであるのに,本件事故によってこれを失ったものである。別表1のFの逸失利益は,収入からFの生活費相当額を控除し,ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除して本件事故当時における逸失利益の額を計算したものである。

5  原告C及び原告Dの損害

Gの死亡に伴う人身損害は別表2のとおりである。

Gは,就労可能な67歳までの40年間,毎年,平成2年賃金センサス第1巻第1表産業計・企業規模計・学齢計の男性労働者全年齢平均の年間賃金(506万8600円)に相当する収入を得ることができたはずであるのに,本件事故によってこれを失ったものである。別表2のGの逸失利益は,収入からGの生活費相当額を控除し,ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除して本件事故当時における逸失利益の額を計算したものである。

6  原告Eの損害

(1) 本件事故によって原告Eに生じた財産的損害は別表3のとおりである。

(2) 和解に伴う損害

本件事故の死亡被害者の遺族は,平成3年及び同4年,釧路地方裁判所帯広支部に対し,原告Eやパロマを相手方として損害賠償請求訴訟を提起した(同支部平成3年(ワ)第141号及び平成4年(ワ)第30号事件。以下「旧帯広訴訟」という。)。

本件事故はもっぱらパロマ及びパロマ工業の過失に起因して発生したが,平成6年当時,そのことは知られておらず,原告Eは,平成6年2月21日,Fの人身損害の賠償金の一部としてHに500万円を支払い,Gの人身損害の賠償金の一部としてJに700万円を支払うことにより,訴訟上の和解をして旧帯広訴訟を終了させた。

原告Eは,上記和解金を支払うため金融機関から1200万円を借り入れ,借入利息及び保証料(以下「金利等」という。)として,平成10年12月25日までに合計145万7634円を支払った(甲91)。

上記和解金並びに金利等の出捐は,パロマ及びパロマ工業の過失に起因して原告に生じた損害である。

(3) 本件建物に関する損害

本件建物は,原告Eが,昭和57年7月に2850万円をかけて新築した木・鉄筋コンクリート造住宅であったが,本件事故により,新たな借り手を見つけるのが困難となって収益物件として無価値となったため,原告Eは,本件事故当時の本件建物の資産価値(7年の減価償却をした後の本件事故当時の残存価値)1952万円を失った(主位的主張)。

仮にそうでないとしても,死亡被害者が居住していた2部屋は,少なくとも,本件事故から10年間は新しい入居者の獲得が不可能となったということができるので,原告Eには,10年分の賃料相当額912万円の損害が生じた(予備的主張)。

上記の本件建物の資産価値又は家賃の喪失は,パロマ及びパロマ工業の過失によって原告Eに生じた損害である。

【被告の主張】

1  本件3機種について,安全回路のハンダ割れに起因する故障が一定数あったことは事実であるが,パロマ及びパロマ工業は,ハンダ割れ故障に対しては,あくまでコントロールボックスを交換するようサービスショップや修理業者に指導していた。コントロールボックスの在庫が不足していた事実もなかった。

なお,原告ら指摘のコントロールボックス修理要領(甲14)は,故障が原因で回収したコントロールボックスを修理して再生部品を作る要領を示したものであって,現場での湯沸器の修理方法として示したのではない。

2  不正改造は,修理業者であれば容易に思いつくことであり,修理業者が正規の修理を省略する代替手段として独自に思いつき,行っていたものと考えられる。パロマ及びパロマ工業が不正改造を指導したことはなく,むしろ,パロマ及びパロマ工業は,昭和63年以降,不正改造をしないよう,サービスショップや修理業者に度々要請していたのである。

不正改造は,修理業者が,コントロールボックスを修理現場に持参するのを忘れたり,その在庫を持つ費用を負担したくないといった理由,又は,コントロールボックスの入手が困難になったという理由(平成元年に本件7機種の製造が終了し平成9年にはコントロールボックスの供給も停止された。)で行われたと考えられ,パロマ及びパロマ工業にとって,不正改造が全国的に行われていることは,札幌事故の発生やその後の事故発生に至っても,想像することさえ困難であった。

3  パロマ及びパロマ工業は,製品の欠陥に起因して事故が発生する危険がある場合にはこれを利用者に告知し,製品を回収すべき義務を負うが,本件3機種は,欠陥のない製品に不正改造がされた結果危険を生じたに過ぎず,この不正改造を行った修理業者は,パロマ及びパロマ工業の支配可能性の及ばない独自の事業主体である。このような場合,パロマ及びパロマ工業は,利用者に危険を告知したり製品を回収する法的義務は負わない。

加えて,パロマ及びパロマ工業は,昭和62年1月の苫小牧事故以降,不正改造防止のための活動を続けており,本件3機種の製造,販売者として条理上行うべきことは行っていた。

4  本件事故は,本件湯沸器に不正改造が施された上,プラグをコンセントに差し込まずに使用するということが重なって発生した異常な事故であり,仮にパロマ及びパロマ工業が利用者に対して不正改造の危険性を告知したり製品の点検回収を実施したとしても,本件事故を防ぐことができたかどうかは不明である。

したがって,原告ら主張のパロマ及びパロマ工業の過失と本件事故との間には因果関係がない。

5  パロマ及びパロマ工業は,不正改造による事故の危険性について利用者に告知するよりはガス事業者や修理業者に働きかけて点検をしてもらう方が効果的であると判断し,実際そのようにしていた。また,パロマ及びパロマ工業が,誤解や混乱を生じさせることなく,不正改造の事実を製品の危険性として利用者に告知することは不可能であった。

また,パロマ及びパロマ工業は,本件3機種の所在を把握しておらず,一斉点検や回収を行う人員とノウハウもなかった。さらに,パロマ及びパロマ工業が法的根拠もなく行う点検や回収を利用者に受け入れてもらうことも困難であった。

したがって,パロマ及びパロマ工業にとって,原告らが主張するような製品の回収修理をしなかったことに過失はない。

6  原告ら主張の損害について

F及びGの死亡に伴う人身損害の額については争い,原告E主張の財産的損害の賠償義務については否認する。

本件事故によって本件建物の財産的損害が発生することはないし,原告Eは,本件建物の賃貸人として本件湯沸器が正常に使用できるかどうかを確認する義務を負っていたから,原告Eが主張する和解金の出捐はその義務違反により同人の負うべき損害賠償の履行そのものであり,被告に負担を転嫁すべき損害ではない。

理由

第1事実関係について

争いのない事実,以下の文中に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

【本件7機種の構造と故障】

1  本件7機種については,昭和55年4月の製造開始から昭和58年までに19万台が生産された後,平成元年の製造終了までに延べ26万台が生産された(甲4)。

ところが,本件3機種については,昭和55年4月の製造販売開始から間もなくして,コントロールボックス内の安全回路でハンダ割れがかなりの頻度で発生した。パロマ及びパロマ工業は,コントロールボックスの故障があった場合にはコントロールボックスを交換するものとしていたから(甲12),コントロールボックスの交換修理が必要となる故障が多数発生したのである。

2  被告は,多発するハンダ割れ故障に対応するため,昭和57年及び昭和58年の二度にわたり,コントロールボックスの改良(リレー足曲げ部分及びコネクター部分の改良)を行った(甲4)。

【コントロールボックスの在庫不足】

3 ハンダ割れの故障が多発する中,コントロールボックスの在庫が不足し,サービスショップではコントロールボックスの補充に困難を来すようになった。

例えば,昭和43年ころから平成13年まで神奈川県内でサービスショップを経営していたKは,昭和50年代に,コントロールボックスの在庫が足りず,注文してから手に入るまで3日から5日かかることがあったので,パロマの担当者に頼んで在庫を取り寄せてもらったが,コントロールボックスの増産が追いつかず,新品の湯沸器からコントロールボックスだけを取り出してもらったことも経験した(甲52,甲57)。

また,昭和50年ころからサービスショップの株式会社愛進で技術指導・部品管理を担当していたLは,東京都内のパロマサービスセンターにコントロールボックスの供給を依頼しても入手まで数週間かかった経験があり,逆に,パロマサービスセンターからコントロールボックスの在庫がないか問い合わせを受けたことさえあった(甲54)。

こうしたコントロールボックスの在庫不足は北海道でも同様であった。苫小牧などを担当地区とするサービスショップを経営していたMも,必要がある都度,パロマの札幌営業所や苫小牧出張所に在庫を問い合わせていたが,どちらにも在庫がなく1週間から10日も待ったことがあった(甲56)。

4 パロマ工業は,安全回路の故障にはあくまでコントロールボックスの交換修理を行うとの方針を変えなかった。しかし,コントロールボックスの在庫が不足する中,交換修理ができない場合が想定された。そこで,パロマは,コントロールボックス修理要領(以下「修理要領」という。)を作成し,ハンダ割れ部分をハンダ付けしてコントロールボックスを再利用する方法をサービスショップ等に指導した(甲14)。

しかし,修理要領が示す方法は非常に難しく,修理現場で行うことは不可能であった。札幌市内でサービスショップを経営していたNは,この方法で修理を行っていたものの,現場で作業したことはなかった(甲22)。

【不正改造】

5 交換用コントロールボックスが不足し,代わりの修理方法もない状況では,しばらく湯沸器が使えないことになるが,それでは利用者に大きな不便を強いることになる。そこで,修理を担当する業者らによって,端子台に短絡配線を施して熱起電力だけで作動する口火回路を形成するという便宜的な修理(不正改造)が広く行われることになった(甲20,甲53,甲54,甲56)。本件7機種は,端子台がコントロールボックス外にあり,カバーで覆われてもいなかったため,短絡配線を簡単に行うことができる構造となっていた(甲34,甲35,甲36)。

【不正改造に対するパロマ及びパロマ工業の認識】

6 パロマに対しては,短絡配線をしたのでコントロールボックスの在庫を早く供給してほしい旨の連絡がされたことがあるため,パロマ及びパロマ工業は,かなり早い段階で,コントロールボックスの在庫不足が原因で不正改造が行われていることを認識していた(甲20,甲52,甲53,甲56)。

これに対し,パロマは,昭和58ないし59年ころ,サービスショップの会に対して,PR接点を回避(バイパス)する短絡配線をしないように注意しており,ほぼ月1回開かれていたサービスショップの会の研修会でも,同様の注意を繰り返しており(甲21,甲22,甲24),サービスショップの会の会長Oは,不正改造を発見したときはパロマに報告をしていた。札幌市内でサービスショップを経営していた前記Nも,不正改造を発見した時は,紙に書いて,月1回の会議でパロマに報告していた(甲21,甲22,甲29)。

7 函館市の株式会社池見石油(以下「池見石油」という。)は,昭和57年ころ,被告製のガス湯沸器を販売しており,販売した湯沸器に故障が生じた場合,Pら技術担当が現場に赴いて原因を調査し,簡単な修理なら修理も行っていた。

昭和57年から58年にかけて,本件3機種でコントロールボックス内のハンダ割れが原因の故障が頻発するようになった。コントロールボックスの交換を要する故障にはその場で対応することはできず,パロマ函館出張所に連絡して,新しいコントロールボックスを供給してもらう必要があった。しかし,コントロールボックスの在庫がない場合が多く,在庫が入るまでに長いときで約3週間かかるようになった。そのため,池見石油では,一時的に代わりの湯沸器を取り付けて急場をしのぐなどしていた。

Pが函館出張所にクレームを述べたところ,函館出張所の営業担当社員Qが池見石油を訪問し,修理要領(甲14)を見せ,ハンダ付けによる修理方法を指導した。しかし,その修理を故障現場で行うことは不可能と思われたので,Pがその旨をQに指摘したところ,Qは,修理要領にボールペンで書き込みをして,端子台で短絡配線するように示し,コントロールボックスが入荷するまで間に合わせるように示唆した。あわせて,この方法で対処する場合には排気ファンが回らなくても燃焼するので,利用者に対しては絶対にプラグを抜いてはならないと言うよう注意をした。

こうして,Pら池見石油の4人の技術担当従業員は,応急的な修理として不正改造を行うようになり,昭和57年から58年にかけて4人で約300件もの不正改造を行った。もっとも,交換用のコントロールボックスが手に入ったときは利用者宅を再訪問し,短絡配線を元に戻してコントロールボックスを交換するという正規の修理をした。不正改造した湯沸器のすべてについてコントロールボックスの交換が終了したのは平成元年になってからであった(甲64,甲81,証人P)。

【本件事故以前に発生した一酸化炭素事故】

8 昭和60年1月6日,本件湯沸器と同機種の湯沸器の不正改造が原因で2名が一酸化炭素中毒死するという札幌事故が起きた。昭和55年から平成元年までパロマ工業のお客様相談室長を務めていたRは,札幌事故の原因が不正改造であることを昭和60年4月には札幌営業所から報告を受けて知っていた。もっとも,捜査機関は,利用者が依頼した修理業者が不正改造を行ったもので,パロマやパロマ工業には刑事責任がないと判断しており,Rは,パロマ及びパロマ工業の代表取締役であったSにその旨を報告した(甲49,甲55,甲69,証人S)。

9 さらに,昭和62年1月9日,やはり本件湯沸器と同機種の湯沸器に起因する一酸化炭素中毒で2名が死亡,3名が軽傷を負う苫小牧事故が発生した。苫小牧事故は,プラグをコンセントから抜いた状態で不正改造した湯沸器を使用したために一酸化炭素中毒で2名が死亡,3名が軽傷を負う事故であった。

パロマ札幌営業所のTは,苫小牧事故の発生後すぐに,当該湯沸器がプラグをコンセントから抜いた状態でも燃焼することを把握するとともに,同じアパートの別室に設置された湯沸器2台にも不正改造が施されていることも確認し,昭和62年1月中旬には,このことを文書でRに報告した(乙23)。

10 パロマのサービス部お客様相談室は,昭和63年5月24日,全国の営業所,出張所,駐在所の各所長宛に「ガス器具の安全点検に関する注意」と題する書面(甲15)を送付し,これにより,サービスショップ等の関係者に対し,いかなる理由があっても,安全装置を殺す不正改造を絶対に行ってはならないこと,そのために,コントロールボックスの在庫を絶対に切らさないようにすること,修理に出向く際にはコントロールボックスを必ず持参することを指導するよう指示した。

11 もっとも,昭和62年の苫小牧事故の後は,交換用コントロールボックスの不足は次第に解消された。池見石油のPらが行った約300件の不正改造についてみると,苫小牧事故が起きた昭和62年の時期には100件程度しか正規の修理(短絡回線を除去してコントロールボックスを交換すること)がされていなかったが,平成元年には残りの200件程度についても正規の修理が終わっていた(甲4,証人P)。

【本件事故の発生と旧帯広訴訟】

12 原告Eは,平成2年10月,本件建物1階3号室の入居者が退去した際,空室になった時の習慣で本件湯沸器のプラグをコンセントから抜いておいた。原告Eは,プラグを抜いている限り湯沸器が作動することは当然ないものと思っていた。

Fは,平成2年12月9日,1階3号室に入居することになり,翌日,原告E立会のもと,帯広ガスの担当者にガスの元栓を開けてもらったが,原告Eも帯広ガスの担当者も本件湯沸器のプラグをコンセントに差し込むことはしなかった(甲63,原告E)。

Fは,平成2年12月11日,不正改造が施された本件湯沸器を,プラグをコンセントに差し込まないで(ファンが回らない状態で)使用したため,室内に充満した一酸化炭素により中毒死し,真上の2階8号室のGも階下から溢出した一酸化炭素により中毒死した。

13 原告Eは,本件事故に大きな衝撃を受けてアパート経営の意欲を喪失し,平成3年2月14日,本件建物と別のアパートを敷地とともに合計3600万円でUに売却した(甲43)。

平成3年の売却時には本件建物8室のうち5室に入居者があり,買主のUは,上記買受けの後,自らが賃貸人となって本件建物でのアパート経営を続けた(原告E)。

14 平成3年12月及び平成4年2月,本件事故の死亡被害者の遺族らは,パロマ,原告E,帯広ガス株式会社(以下「帯広ガス」という。)を相手に旧帯広訴訟を提起した。平成6年2月21日,旧帯広訴訟は,原告Eとの関係では訴訟上の和解により終了した。原告Eは,和解により,H(Fの父親)に500万円,J(Gの父親)に700万円の和解金を支払う義務を負担した。

旧帯広訴訟が行われていた時期には,不正改造を誘発したパロマ及びパロマ工業の法的責任を追及するに足る証拠がなかったため,本件事故の死亡被害者の遺族らは,パロマ及び帯広ガスとの関係では訴えの取下げにより訴訟を終了させた。

原告Eは,定期預金を担保に借入れをした上で,上記和解の席上,H(Fの父親)に250万円,J(Gの父親)に350万円を支払い,平成6年12月27日までに残りの和解金(Hに250万円,Jに350万円)を支払った(甲44,甲45)。

原告Eは,和解金の支払で事業資金が枯渇したため,平成6年12月29日,経営する会社(有限会社味の香味屋)名義で北洋銀行から1200万円を借り入れ,平成10年12月25日までに金利等として合計145万7634円を支払った(甲89,90,91)。

15 パロマも,訴訟外で,Hに150万円,Jに150万円を支払った。また,帯広ガスも,同様に,訴訟外で両名に150万円ずつを支払った(甲63,弁論の全趣旨)。

【本件事故以後のパロマ及びパロマ工業の対応等】

16 結局,本件7機種の不正改造に起因する一酸化炭素中毒事故は,被告が確認しているものだけで,以下のとおり15件発生した(甲4)。ただし,平成4年1月の奈良県での事故は,安全回路にハンダ割れがなかったのに不正改造が行われた事案である(証人V)。

なお,平成3年9月に発生した長野県軽井沢町の事故は,本件事故と同様,プラグがコンセントに入っていない状態で不正改造された湯沸器を作動させたため発生したものであるが,事故発生の約1か月前にパロマの社員(長野出張所所属)が修理を行っている(甲3,甲17)。

年月日

発生場所

機種(製造時期)

死亡

受傷

S60.1.6

札幌市

PH-101F(昭和56年10月)

2名

S62.1.9

北海道苫小牧市

PH-101F(昭和56年9月)

2名

3名

H2.12.11

北海道帯広市(本件)

PH-101F(昭和56年10月)

2名

H3.9.8

長野県軽井沢町

PH-131F(昭和56年5月)

1名

1名

H4.1.3

奈良県王寺町

PH-81F(昭和56年11月)

2名

2名

H4.1.7

神奈川県横須賀市

PH-101F(昭和57年1月)

2名

H4.3.22

北海道羽幌町

PH-101F(不明)

3名

H4.4.4

札幌市

PH-101F(昭和56年9月)

2名

H6.2.2

秋田市

PH-131F(不明)

2名

H7.1.11

北海道恵庭市

PH-81F(昭和56年)

1名

H7.11.19

長野県上田市

PH-81F(昭和57年1月)

2名

H8.3.18

東京都港区

PH-101F(昭和56年3月)

1名

H9.8.30

大阪市

PH-101F(昭和57年1月)

1名

H13.1.4

東京都新宿区

PH-131F(昭和57年4月)

2名

H17.11.28

東京都港区

PH-81F(昭和57年6月)

1名

1名

17 平成17年の東京都港区での事故については,警視庁が刑事事件として捜査を行い,平成18年7月6日,警視庁から経済産業省に対し本件7機種に関する照会があったことから,経済産業省は,同年7月14日,被告に対し,本件7機種の点検と必要な改修を行うこと,消費者からの問い合わせに対応すること等を指示し,同月19日には,パロマ工業のSに出頭を求め,事故原因について根本原因まで深めて調査し,消費者の安全に万全を期するよう確実な再発防止策を早急に立てることを指示した。

上記指示を受け,被告は,直ちに,全国のガス事業者等の関連業者の協力を得て全国規模で本件7機種の一斉点検を行うとともに,無償で回収(取替え)に応じるとの会社の方針を定め,その方針を実施した。

その結果,同年8月23日までには,パロマ,パロマ工業,ガス事業者及びLPガス事業者により,本件7機種及び類似のパロマ製湯沸器が設置されたことが記録されている全国4万戸余り戸別訪問による一斉点検が実施され,本件7機種については1万8211件の点検が実施された。その結果,平成18年8月の時期にもなお不正改造がされたまま使用されていた湯沸器が231件(100台に1台を超える割合)もあったこと,不正改造が発見された湯沸器は,北海道から沖縄県まで広く分布していたことが明らかとなった(甲2)。

本件7機種回収後の経済産業省の調査・分析により,不正改造がされた湯沸器の安全回路に高頻度でハンダ割れが確認されており,ハンダ割れが生じた湯沸器の大部分が昭和57年4月以前に製造されたものであることが明らかとなった。

18 経済産業省は,本件7機種には製品の欠陥があると認め,平成18年8月28日付けで消費生活用製品安全法82条に基づき,パロマ工業に対し,本件7機種の点検及び回収,消費者への注意喚起を行うこと,点検及び回収状況を報告することを命ずる緊急命令を発動した。この緊急命令は,本件7機種が購入後比較的早期に安全回路でハンダ割れを起こしやすいこと,不正改造が容易な構造となっており実際に不正改造が多数されたこと,不正改造により一酸化炭素中毒事故が発生する危険が生じること,パロマ工業はその危険を認識しながら事故を防止及び回避するための適切な情報を提供せず,一般消費者への警告を怠ったことを理由として発せられたものである(甲1)。

なお,緊急命令が発せられる前の段階で,パロマ工業は,経済産業省に対し,平成4年12月以降の交換用コントロールボックスの出荷個数を記録した社内データを提出し,交換用コントロールボックスの供給が不足したことはなかったと説明していたが,平成4年11月以前の出荷個数を記録した社内データを提出しないため(本件訴訟でも提出されていない。),経済産業省は,パロマ工業の説明を受け入れないで事実認定と判断を行い,上記緊急命令を発したものである(甲2)。

19 パロマ工業が平成19年8月29日までに回収した本件7機種は1万8621台であり(不正改造が発見されたものを除く),そのうち器体及びコントロールボックスの製造年月日が確認できるものが1万6243台であった。

1万6243台のうち昭和57年3月までに製造された3177台についてみると,実にその54.5パーセントに当たる1733台でコントロールボックスが交換されおり,その約半数は製造後5年未満でコントロールボックスの交換が行われていた。これに対し,1万6243台のうち昭和57年4月以降に製造された1万3066台についてみると,その9.5パーセントに当たる1236台でコントロールボックスが交換されていたにとどまっていた(甲46)。

第2不正改造がされた経緯について

1  前記第1の事実認定に照らせば,本件湯沸器の不正改造と同様の不正改造は,本件3機種の製造販売後,安全回路のハンダ割れによるコントロールボックスの故障が頻発したが,正規の修理(コントロールボックスの交換)を行おうにも,パロマ工業による交換用コントロールボックスの供給量が非常に少なく,サービスショップにもパロマの営業所・出張所にも交換用コントロールボックスの在庫が乏しかったため,ある場合には修理業者の発案により,ある場合にはパロマの社員の示唆により,交換用コントロールボックスが入手できるまでのやむを得ない応急的な修理方法として行われるようになり,在庫不足状況が一定の年月にわたって続いたため,不正改造による応急的な修理方法がすぐに下火になるということがなく,多数の修理業者によって行われる事態が継続したため,不正改造も全国的な広まりをみせたものと認めるのが相当である。

2  これに対し,被告は,交換用コントロールボックスの在庫不足はなかったと主張し,不正改造は,修理業者が,コントロールボックスを持参し忘れた,あるいはコントロールボックスの在庫を持ちたくないという理由で,独自に行ったものにすぎないと主張する。そこで,以下,被告の上記主張について検討する。

3  前記のとおり,パロマ及びパロマ工業は,昭和57年ころまでに,安全回路のハンダ割れが多いことを把握し,昭和57年4月以降の製品にはハンダ割れを少なくする改良を加えた事実,平成18年に回収された湯沸器の安全回路を実際に調査・分析してみても,やはり,昭和57年4月以前に製造された製品でハンダ割れが著しく多かった事実,平成18年に回収された昭和57年3月以前製造の本件7機種(3177台)の実に半分以上でコントロールボックスの交換がされていた事実,本件7機種の昭和55年から58年の製造台数は19万台にのぼる事実,函館市の池見石油の営業範囲だけでも不正改造せざるをえなかった湯沸器が300台ほどもある事実が認められるのである。

これら事実に照らせば,昭和58年ころまでに実際に購入され使用が開始された本件7機種については,購入後比較的早い段階でハンダ割れ故障が頻発したこと,ハンダ割れ故障を起こした湯沸器の台数は全国で数千あるいはそれ以上という膨大な数になっていたものと推認することができる。

4  安全回路にハンダ割れが起きてコントロールボックスが故障した場合の正規の修理方法はコントロールボックスの交換である。そこで,昭和57年ないし58年当時,その正規の修理が可能な状況であったかどうかについてみる。

前記のとおり,北海道内を含む複数のサービスショップでは,コントロールボックスの供給の停滞を経験している事実,パロマにおいても,在庫を切らしてパロマ工業に増産を要求するとともに,営業所同士でコントロールボックスを融通したり,販売前の湯沸器からコントロールボックスを取り外してサービスショップに提供するという対応までしていた事実,パロマは,昭和57年には,正規の修理方法とは異なる修理要領(甲14)なるものを作成して全国の営業所・出張所に配布していた事実,昭和58年ころ池見石油が不正改造した湯沸器約300台のコントロールボックスの交換が終了するまで5年以上もかかった事実が認められる。

これら事実に照らせば,昭和57年ころを中心に,交換用コントロールボックスは,修理のための需要に対し供給が大きく不足する状況が生じ,パロマの営業所・出張所及び各地のサービスショップがその調達に難渋していた事実があったものと認められ,この認定に反する証人Vの証言や乙第1号証におけるWの供述は採用できない。

5  上記3及び4に説示のとおりであって,安全回路のハンダ割れによるコントロールボックスの故障発生数に対し,交換用コントロールボックスの在庫が全国的に大きく不足していたことが明らかである。不正改造が全国規模で発生していることからみて,被告が主張するような理由により一部の修理業者が勝手な判断で不正改造を行ったとも考えにくい。しかも,平成3年9月発生の長野県軽井沢町の事故に係る湯沸器は,パロマ直営の出張所が修理を担当していたと考えられるのであって,この事実に照らしても,被告が主張するような理由で一部の修理業者が独自に不正改造を行ったと考えるには疑問がある。したがって,不正改造がされた経緯に関する上記2の被告の主張は採用できない。

6  原告らは,不正改造はパロマがサービスショップや修理業者を指導して行わせたものであると主張する。しかし,前記のとおり,パロマが,昭和58年から昭和59年ころ,サービスショップ向けの毎月の研修の中で,安全を守るために不正改造はせずに必ず所定の正規の修理方法をとるように再三指導している事実(ただし正規の修理が困難な状況が続いたことは前記のとおりである。),パロマが,昭和63年5月,いかなる理由があっても安全装置を殺す不正改造をしないように関係者に啓蒙するよう全国の営業所・出張所向けに注意文書を発出していることが認められるのであって,パロマが早い段階で不正改造の事実を把握していたことは事実であるとしても,会社として組織的に不正改造を積極的に指導していた事実までは肯定できない。

第3

被告の責任について

1  前記第2に説示のとおり,昭和58年前後の時期には,ハンダ割れによるコントロールボックスの故障が全国で多数発生していたのに交換用コントロールボックスの供給が追いつかず,不正改造が行われ易い状況が続いており,実際に不正改造が多数行われていたのであるが,前記のとおり,パロマは,昭和58年から昭和59年ころ,サービスショップ向けの毎月の研修の中で,不正改造はせずに必ず所定の正規の修理方法をとるように再三指導している事実が認められるから,パロマ及びパロマ工業は,その時期既に全国的な規模で不正改造がされていた事実を認識していたものと認めるのが相当である。

そのような状況下で,昭和60年1月6日に札幌事故が発生して二人が一酸化炭素中毒死し,パロマ工業の当時のお客様相談室長であったRは,事故の3か月後には,その原因が不正改造にあることを把握しS(パロマ及びパロマ工業の代表者を兼任)にも報告していたのである。したがって,パロマ及びパロマ工業は,昭和60年1月には,不正改造が実際に死亡事故を誘発することをも認識したのである。

2  さらに,昭和62年1月9日には,本件事故と非常に類似した苫小牧事故が発生して二人が一酸化炭素中毒死し,パロマ札幌営業所のTは,同月中に,苫小牧事故に係る湯沸器がプラグをコンセントから抜いた状態でも燃焼することを把握するとともに,同じアパートの別室に設置された本件3機種2台も不正改造されていたことを確認し,このことを文書でRに報告していたのである。パロマ工業のお客様相談室長であったRが,Tの報告を握りつぶして上層部に伝えなかったとは考えにくいから,Tの報告の内容は,パロマ及びパロマ工業の経営に携わる上層部にも伝わっていたものと推認すべきである。

3  汚れた空気を屋外に排出する仕組みの湯沸器により室内で一酸化炭素中毒が発生し,4人もの人命が失われたことは,極めて異常かつ重大な出来事である。しかも,パロマ及びパロマ工業は,事故の直接の原因となった不正改造が,札幌や苫小牧の一部の軽率な修理業者によってたまたま行われたのではなく,全国の広い範囲で多数行われていることも認識していたのである。しかも,本件7機種を利用する一般の消費者としては,利用する湯沸器が不正改造されたものかどうかはもちろん分からないし,屋外自動排気の湯沸器である以上,作動すれば屋外排気も当然にされると信じて疑わないであろうし,修理の仕方いかんでは湯沸器が作動するのに屋外排気がされない異常事態が発生し得ることなど想像もできないはずである。

自動車や医薬品が事故や副作用の危険と隣り合わせの製品であるのと同様に,ガス製品も火災や一酸化炭素中毒の危険と隣り合わせの製品であるから,ガス器具の製造メーカーや発売元は,利用者の身体生命が危険にさらされないよう企業活動すべき社会的責務を負う。したがって,全国の消費者向けに本件7機種を多数製造販売したパロマ及びパロマ工業としては,どんなに遅くとも,苫小牧事故が発生した直後の時期には,自社製品によって利用者の生命身体に危害が及ばないように可能な限りの安全対策を講じる義務を負うものと解するのが相当である。

4  パロマ及びパロマ工業がとるべき安全対策としては,経済産業省からの指示で平成18年7月以降に行ったのと同様のもの,すなわち,徹底した全国一斉点検と利用者に危険を知らせる広報活動(警告措置)を実施すべきであると解される。

平成18年7月以降の一斉点検は,全国の関連事業者を総動員する形で,本件7機種を購入した可能性のあるすべての世帯や事業所を戸別訪問して行った徹底的なものであるが,経済産業省の指示により,2か月にも満たない短期間でほぼ網羅的な一斉点検が実施されたのである。昭和62年当時の方が購入者の特定が容易であったはずであるから,その当時も,やろうと思えば平成18年当時と同様の形での本件7機種の購入者に対する徹底した一斉点検は可能であったはずである。

また,広報活動についてみると,甲第2号証(5頁)によれば,平成18年7月14日の経済産業省の対応開始から8月23日までの間,パロマ工業,ガス事業者及びLPガス事業者の関係団体の相談窓口や経済産業省の相談窓口に8万8000件以上の相談が寄せられ,そのうち本件7機種に関する相談が2万4000件にものぼっていることが認められるのであり,この事実は,平成18年7月の経済産業省の指示により,パロマ及びパロマ工業が速やかに行った広報活動が効果的であったことを推認させる事情である。同様の広報活動は,昭和62年の時期であっても,やろうと思えば可能であったはずである。

ところが,パロマ及びパロマ工業が上記説示のような徹底した全国一斉点検や広報活動を行っていないことは前記認定の事実経過から明らかである。

5  パロマ及びパロマ工業が,昭和62年の苫小牧事故が発生した直後に,上記の徹底した一斉点検と広報活動を行っていたなら,平成2年12月までに,本件建物1階3号室の本件湯沸器の不正改造が判明していた蓋然性は高いとみられるし,Fや原告Eが,プラグをコンセントから外して本件湯沸器を使用することの危険性は認識できた蓋然性も高いとみられるから,本件事故の発生は回避できた蓋然性は高かったものというべきである。

したがって,パロマ及びパロマ工業は,ガス器具を製造販売するメーカーとしての義務を怠って本件事故を発生させたものとして,民法709条に基づき,本件事故によって生じた後記第4及び第5の損害を賠償すべき責任を負っていた。そして,被告は,パロマの損害賠償債務を合併により承継し,単独で損害賠償債務を負担するに至ったということになる。

6  損害賠償債務が遅滞に陥る時期について

不法行為に基づく損害賠償債務は「損害の発生と同時」に当然に弁済期が到来し何らの催告を要することなく遅滞に陥ると解され,賠償義務者は,損害発生時以降,賠償債務(金銭債務)の履行遅滞によって生じた損害(遅延損害金)の支払義務を負う(最高裁判所昭和37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁)。ここでいう「損害の発生と同時」とは,不法行為によって人身損害(人の死傷に伴う損害)が発生した場合には,弁護士費用を含む人身損害全部について不法行為時となるが(最高裁判所昭和58年9月6日第三小法廷判決・民集37巻7号901頁),不法行為によって財産的損害が発生した場合には,当該財産的損害が発生した時点と解するほかない。

財産的損害の発生時期は,不法行為によって財産を失った場合には不法行為時となろうが,不法行為によって余分な費用の支出を余儀なくされた場合には,原則として,費用を支払った時期である。ただし,費用の支払が未了であっても,弁護士費用のように当該費用の支払債務の発生が具体的に確定している場合には,当該債務の発生時に財産的損害が発生したと認めて差支えがないものと解される。

第4

F及びGの死亡に伴う人身損害について

1  Fの死亡に伴う人身損害

Fの死亡に伴い,F,その両親であるH及びI並びに原告A及び原告Bに生じたと認められる人身損害の額,相続による損害賠償債権の承継額は別表4のとおりである。なお,パロマ及び帯広ガスからHへの合計300万円の支払は,その金額に照らせばFの人身損害をてん補するものと認めるのが相当である。

2  Gの死亡に伴う人身損害

Gの死亡に伴い,G,その父親であるJ並びに原告C及び原告Dに生じたと認められる人身損害の額,相続による損害賠償債権の承継額は別表5のとおりである。なお,パロマ及び帯広ガスからJへの合計300万円の支払は,その金額に照らせばGの人身損害をてん補するものと認めるのが相当である。

第5

原告Eの財産的損害について

1  和解金相当の損害

(1)  和解調書(甲44,甲45)の記載に照らせば,旧帯広訴訟において原告Eが本件建物の「所有者」としての責任(すなわち民法717条の工作物責任)が追及されていることが明らかである。そして,不正改造を誘発したパロマ及びパロマ工業の法的責任を明らかにする証拠(例えば平成18年になって入手可能となったとみられる甲第1号証ないし第4号証)の入手が不可能であった平成6年当時の状況に照らせば,原告Eが死亡被害者の遺族に1200万円を支払って和解により旧帯広訴訟を終了させる判断をしたことは,やむを得ない判断であったと解される。原告Eが何らの必然性・必要性もないのに不用意な判断で1200万円を支払ったわけでないことは明らかである。

そして,前記第3に説示のパロマ及びパロマ工業の義務違反(過失)がなければ,原告Eの上記和解金を支払う事態となっていなかったことも明らかであるから,原告Eの上記出捐とパロマ及びパロマ工業の義務違反との間には因果関係がある。

(2)  本件湯沸器は,プラグを抜いた状態では作動(点火)しないよう設計されており,通電しないで作動することなど予定しない製品であるから,プラグを抜いた状態でも作動する場合がある(排気ファンが作動しないのに燃焼することがある)などと購入者に注意喚起がされているはずもない。また,プラグ付きの湯沸器(すなわち電気を必要とする湯沸器)がプラグを抜いた状態で作動するなどという事態は,通常人にとって,およそ想像外のことである。したがって,前入居者が退去した後,本件湯沸器が作動しないよう電源プラグを抜いておいた原告Eの行動,プラグをコンセントに差し込まないでFに1階3号室を使用させた原告Eの行動は,本件事故の発生との関係で,何ら落ち度ではない。

そうすると,1200万円の出捐は,もっぱらパロマ及びパロマ工業の義務違反によって原告Eに発生した財産的損害と認めて差支えがなく,被告はこれを賠償すべき責任を負う。この賠償義務が遅滞に陥るのは,出捐がされた日であり,600万円については平成6年2月21日,600万円については平成6年12月27日である。

2  本件建物の資産価値の減少に伴う損害

原告Eは,主位的に,死亡事故の現場となったことにより本件建物が無価値となり,本件建物の交換価値相当額を失ったと主張するが,本件建物の買受人がここでアパート経営を続けていることは前記認定のとおりであって,本件建物の賃貸物件としての交換価値そのものが本件事故で失われたと認めることは困難である。

もっとも,本件事故のような死亡事故が発生した場合,死亡事故が生じた居室については,風評により1年位は借り手が現れないという悪影響が発生することは否定できないので,本件事故によりその程度の資産価値の減少が発生し,そのことを前提として本件建物の売買がされたと認めることは可能である。したがって,本件事故によって原告Eに生じた本件建物に関する財産的損害は2室の1年分の家賃に相当する91万2000円と認めるのが相当である。この賠償義務が遅滞に陥るのは価値の減少が発生した本件事故の日であると解される。

3  金利等相当の損害

金利等相当の損害に関する原告Eの主張は,当裁判所の示唆があって追加された主張であるものであるが,判決においては失当として排斥せざるをえない。その理由は次のとおりである。

仮に,パロマ及びパロマ工業が,和解金支払の都度これを原告Eに賠償していたなら,原告Eには金利等を支払う必要がなかったのであり,原告Eが金利等の出捐を余儀なくされたとすれば,それは和解金相当損害の賠償義務の履行が遅滞したからである。すなわち,金利等の出捐は,パロマ及びパロマ工業による賠償債務の履行遅滞によって生じた損害であり,上記1の和解金相当損害に対する遅延損害金と重複する。そうすると,話合いにより,和解金相当損害に対する遅延損害金を免除する代わりに金利等相当損害を支払うという解決を図ることはあり得ることとしても,判決において,和解金相当損害に対する遅延損害金と金利等相当損害の両方を認容することはできない。両方を認容すると一つの損害が重複しててん補されることになるからである。

4  弁護士費用について

原告Eは,上記1及び2の損害の賠償を求めるため,有償にて弁護士に訴訟委任し本件訴訟を提起し追行することを余儀なくされたことが明らかであり,パロマ及びパロマ工業の義務違反と相当因果関係に立つ弁護士費用は130万円と認めるのが相当である。その賠償義務が遅滞に陥るのは弁護士費用の支払債務が確定した時であり,訴訟委任の日(記録上平成18年12月11日であることが明らかである。)と解される。

第6

結論

以上の次第で,原告らの請求は主文1項の限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋詰均 裁判官 宮﨑謙 裁判官 木口麻衣)

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