札幌地方裁判所 平成18年(ワ)2803号 判決 2010年4月22日
主文
1 被告は,原告Aに対し2690万円を支払え。
2 被告は,原告Bに対し2680万円を支払え。
3 被告は,原告Cに対し3360万円を支払え。
4 被告は,原告Dに対し4740万円を支払え。
5 被告は,原告Eに対し2770万円を支払え。
6 被告は,原告Fに対し1914万円を支払え。
7 被告は,原告Gに対し1276万円を支払え。
8 被告は,原告Hに対し616万円を支払え。
9 被告は,原告Iに対し2464万円を支払え。
10 被告は,原告Jに対し3590万円を支払え。
11 被告は,原告Kに対し1675万円を支払え。
12 被告は,原告Lに対し1675万円を支払え。
13 被告は,原告Mに対し3780万円を支払え。
14 被告は,原告Nに対し3990万円を支払え。
15 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
16 訴訟費用は,これを11分し,その1を原告らの負担,その余を被告の負担とする。
17 この判決は,主文1ないし14項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,別表①欄記載の各原告に対し,次の金員を支払え。
(1) 別表⑤欄記載の金額及びこれに対する同②欄記載の日の翌日から完済まで年6分の割合による金員
(2) 別表⑥欄記載の金額及びこれに対する平成16年9月5日から完済まで年6分の割合による金員
(3) 別表⑦欄記載の金額及びこれに対する平成19年1月15日から完済まで年5分の割合による金員
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2事案の概要
1 原告らの請求の概要等
本件は,被告から新築マンションの分譲を受けた原告らが,被告に対し,マンションが耐震基準を満たしていないものであったとして,マンションの売買契約の錯誤無効及び消費者契約法4条1項1号による取消しを主張し,不当利得の返還として売買代金の返還及び利息(代金支払日の翌日以降の利息)の支払を求めるとともに,被告が,耐震性能を回復できる根拠を示さないまま補修による対応を主張し続けたことは不法行為に該当するとして,不法行為に基づく損害賠償請求として弁護士費用及び遅延損害金(本件訴状送達の日以降の遅延損害金)の支払を求めた事案である。
本件の争点は,マンションの売買契約が買主の意思表示の瑕疵によって無効となるかどうか(争点1),あるいは消費者契約法による取消しが可能かどうか(争点2),原告ら主張の上記不法行為の成否(争点3)である。
2 耐震基準について
(1) 建築基準法20条は,建物の構造耐力に関する総則規定というべき規定であるが,構造耐力に関する規制の具体化をほぼ全面的に政令(建築基準法施行令第3章の各規定)に委任している。本件で問題となる高さ60メートル以下の高層マンションについても,建築基準法は,その20条2号イにより「当該建築物の安全上必要な構造方法に関して政令で定める技術的基準に適合すること。この場合において,その構造方法は,地震力によつて建築物の地上部分の各階に生ずる水平方向の変形を把握することその他の政令で定める基準に従つた構造計算で,国土交通大臣が定めた方法によるもの又は国土交通大臣の認定を受けたプログラムによるものによつて確かめられる安全性を有すること」としているのみである(そのため,政令が改正されると法の規制が変更されることになる。本件記録中には,耐震基準との関係で,しばしば「昭和56年の法改正」とか「平成19年の法改正」という記述がされているのは,政令の改正による法の規制の変更に言及するものである。)。
(2) 本件では,地震力に対する構造耐力が問題となっているが,地震力は風圧力と同様,建築物に対して水平に加わる外力である。そして,建築基準法施行令82条以下の規定は,建築物が一定以上の水平耐力を保有することを要求している。
(3) 地震との関係での主な規定は,保有水平耐力について規定した建築基準法施行令82条の3と地震力の計算方法を定めた建築基準法施行令88条であるが,いずれの規定も,昭和55年政令第196号(昭和56年6月1日施行)によって大改正がされた。この大改正の後の建築基準法施行令所定の技術基準が「新耐震基準」と呼ばれるものであり,本判決において単に「耐震基準」という場合,これを指す。
なお,これら規定は,平成19年政令第49号(平成19年6月20日施行)によっても改正され(以下,同政令による改正前の建築基準法施行令を「旧施行令」といい,改正後のものを「現行施行令」という。),旧施行令82条の4は,現行施行令では82条の3となった。
(4) 旧施行令82条の4第1号と現行施行令82条の3第1号は,いずれも,建築物の保有水平耐力の計算に関する規定であるが,現行施行令82条の3第1号は,それまでとは異なり,保有水平耐力を「国土交通大臣が定める方法により」計算するものとし,計算方法を国土交通省の告示に委任している(そのため,告示が改正されると,政令の中身が変わる結果,法の規制が変更されることになる。)。
ここでいう告示は,平成19年度号外国土交通省告示第594号である(本件では甲第48号証として提出されている。)。
(5) 旧施行令82条の4は「特定建築物で高さが31mを超えるものについては…地上部分について,第1号の規定によって計算した各階の水平力に対する耐力(以下この条及び第82条の6において「保有水平耐力」という。)が,第2号の規定によつて計算した必要保有水平耐力以上であることを確かめなければならない」と規定している。
旧施行令82条の4第2号によって計算される必要保有水平耐力とは,旧施行令88条3項所定の地震力を前提として計算される理論値(必要保有水平耐力)である。すなわち,旧施行令82条の4の規定は,その理論値よりも,材料強度によって計算される保有水平耐力の方が上回ることを要求しているから(以下,保有水平耐力を必要保有水平耐力で除した比の値を「保有水平耐力指数」という。),結局,保有水平耐力指数が1.0以上でなければ,建築基準法20条が要求する安全性を具備しないということになる。
(6) 旧施行令88条3項は,旧施行令「82条の4第2号の規定により必要保有水平耐力を計算する場合においては,前項の規定にかかわらず,標準せん断力係数は,1.0以上としなければならない」と定め,必要保有水平耐力の計算に用いる地震力の強さを規定している(現行施行令88条3項,82条の3もこの点は同じ。)。
旧施行令88条2項本文所定の地震力(標準せん断力係数0.2以上)は,建物の使用期間中(約50年)に数度は遭遇するであろう中規模地震(震度5程度)を想定した数値で表されており,中規模地震で建築物が損傷しないよう水平耐力を計算する場合の地震力であるが,これに対し,旧施行令88条3項所定の地震力(標準せん断力係数1.0以上)は,極めて稀に遭遇するであろう大規模地震(震度6程度以上)を想定した数値で表されており,大規模地震で建築物が崩壊しないよう水平耐力を計算する場合の地震力である(現行施行令88条も同じ。)。
すなわち,旧施行令82条の4(現行施行令82条の3)所定の保有水平耐力は,大規模地震によって建築物が崩壊しないようにするための耐震基準を定める規定であるということができる(この点は甲第38号証の文献に解説されている。)。例えば,ある建築物のある階の保有水平耐力指数が1.0であるとの計算結果が得られた場合,大規模地震の際の計算上の地震力と当該建築物の当該階の計算上の保有水平耐力が釣り合っていることになる。耐震基準は,大規模地震の計算上の地震力と建築物の計算上の保有水平耐力が釣り合っているか後者が前者を上回ることを要求するものである。
3 新築住宅の売主の瑕疵修補義務について
住宅の品質確保の促進等に関する法律(平成12年4月1日施行。以下「品質確保法」という。)95条は,新築住宅の売主の瑕疵担保責任に関する民法570条の特例規定である。これにより,新築住宅の売主は,住宅の構造耐力上主要な部分等に隠れた瑕疵があった場合,住宅引渡時から10年間,損害賠償義務を負うだけでなく,当該瑕疵の修補義務(民法634条)をも負うものとされている。
4 争いのない事実
次の事実は,証拠番号を引用したものを含め,いずれも争いがない。
(1) 被告は,不動産の売買等を業とする株式会社であり,別紙物件目録記載1の一棟の建物(以下「本件マンション」という。)を建築し,原告らを含む多数の顧客にこれを分譲した(以下,本件マンションのうち顧客に分譲された個々の物件,すなわち区分所有の対象となる建物と共用部分の持分を「分譲物件」という。)。
(2) 本件マンションの設計者は,株式会社テクノ設計事務所であり,構造計算をしたのは,二級建築士であったOである。
Oは,平成14年2月5日,本件マンションの設計(以下「当初設計」という。)に基づくものとして構造計算書(以下「本件計算書」という。)を作成した。
本件計算書では,保有水平耐力指数,各階のX方向(建物の長い辺と平行の方向)及びY方向(建物の短い辺と平行の方向)とも1.0を超える数値が記載されていた。
(3) 被告は,平成15年3月4日,申請書に本件計算書を添付して,本件マンションの建築確認申請をし,指定確認検査機関である日本イーアールアイ株式会社(以下「日本ERI」という。)は,同月20日,当初設計が建築基準法に適合しているものとして本件マンションの確認済証を発行した。
(4) 日本ERIは,平成15年5月26日,品質確保法5条1項に基づき,設計住宅性能評価書を作成した(甲6)。
同評価書の最初の項目は耐震等級であり,この項目には本件計算書に基づく構造の安定の評点が記載されており,大規模地震の際の「構造躯体の倒壊等防止」の評点が「等級1」とされている。ここでいう「等級1」とは最も優れているということではなく,3段階の評点中では最も低いものであり,保有水平耐力指数が1.0以上1.25未満であることを意味するにとどまる。
(5) 原告らは,別表②欄記載の日に被告との間で,平成16年9月4日を引渡予定日として,同③欄記載の物件を同④欄記載の代金で買い受ける旨の売買契約(以下「本件各売買契約」という。)を締結し,その契約締結の際,被告から重要事項説明書に基づき重要事項の説明を受け(甲2,甲7),被告に対し,同⑤欄記載の手付金を支払った。その後,原告らは,平成16年9月4日,残代金を支払うとともに,被告から本件マンションの区分所有権及び敷地持分の引渡しを受け,これを取得した。
なお,原告Bについては,買主である妻のPが平成17年4月18日に死亡したため,買主たる地位及び区分所有権及び敷地持分を相続により承継取得した者である(以下,P死亡前の事実については原告Bに代えてPを含むものとして「原告ら」という。)。
(6) 被告は,平成18年2月17日,株式会社テクノ設計事務所から,本件計算書において偽装があったとの報告を受けた。
日本ERIは,札幌市に対し,構造計算に偽装があった旨報告し,札幌市は,同年5月12日,本件計算書の一部で偽装が行われたこと,保有水平耐力指数が1.0を下回っており,耐震基準を満たしていないことを明らかにした。本件マンションについて正しく構造計算をすると,1階Y方向の保有水平耐力指数が0.86となり,1.0を下回る。これに対し,1階のX方向並びに他の階のX方向及びY方向の数値は,1.0以上であり耐震基準を満たしていた。
5 争点1(錯誤の有無)についての主張
【原告らの主張】
(1) 原告らは,本件マンションのモデルルームを訪れた際,被告ないし被告の委託業者である住友不動産販売株式会社の販売担当者らから「新耐震基準に基づく安心設計」「当マンションでは新耐震基準に基づき,かつ阪神淡路大震災のデータなども考慮に入れた構造を採用」などと記載されたパンフレット(以下「本件パンフレット」という。)を交付され,「住友と大林組のマンションだから安心」であること,品質確保法に基づく性能評価を受ける物件であり,耐震設計に問題はなく,法令の基準よりも余裕を持たせた耐震性能を有するマンションである旨説明を受けたうえ,購入を勧められた。
こうして,原告らは,本件マンションが,確認済証の交付を受け,かつ,設計住宅性能評価を受けた,耐震基準を満たす設計であり,当初設計のとおりの施工がされ,約定の物件引渡予定日までに耐震基準を満たす物件の引渡しを受けるものであるという動機に基づき,当該動機を明示又は黙示に表示した上で,本件各売買契約に係る買受けの意思表示をした。
ところが,実際には,当初設計は耐震基準を満たさないものであったから,原告らの買受けの意思表示は,契約締結の動機を形成する重要な部分に関する錯誤に基づくものであり,民法95条所定の要素の錯誤があるものとして無効である。
(2) 本件マンションの保有水平耐力指数が1.0を下回っていた1階は,全世帯の避難経路である上,15階建ての上層階の全重量を負担している。また,本件マンションの1階はピロティ形式になっており,地震の力が集中して崩壊しやすくなっている。しかも,本件マンションについて実際に行われることが予定されている補強工事の案(乙第1号証のもの。以下「本件補強案」という。)による工事は,2か月に及び,原告ら区分所有者の生活に様々な制限を加える大規模な工事である。
このように,本件マンションの耐震強度の不足は,これが不足している場所からみても,補修に要する工事の規模からみても,極めて重大な瑕疵である。このような重大な瑕疵を補修したとしても,補修したマンションはいわば「きず物」であって,新築物件としての価値はないから,耐震強度が補修可能であったとしても,原告らの動機の錯誤が要素の錯誤によるものであることに変わりはない。
なお,本件補強案以外に被告が主張している別の補強工事の案(乙第7号証の1のもの。以下「第2補強案」という。)は,本件マンションの建築確認時に施行されていた旧施行令に適合させる補強案にすぎず,現行施行令に適合させる内容になっていない。
【被告の主張】
(1) 動機の錯誤が成立するためには,動機と,当該動機と食い違う客観的な事実とが,意思表示の時点において同時に存在していなければならない。
本件各売買契約の時点では,被告は,当初設計を変更して耐震基準を満たす物件を原告らに引き渡すことが可能であったし,被告は,設計を変更する可能性があることを売買契約書や重要事項説明書に記載して原告らに告知していたから,本件各売買契約が締結された時点において,約定の物件引渡予定日までに耐震基準を満たす分譲物件の引渡しを受けることができないという客観的な事実は存在しなかったというべきである。
したがって,結果的に,原告らが,耐震基準を満たす分譲物件の引渡しを受けることができなかったとしても,原告らの買受けの意思表示が動機の錯誤によるものとして無効となるわけではなく,ただ,売主である被告において耐震基準を満たすよう本件マンションを補修する瑕疵担保責任を負うのみである。
(2) そもそも,本件マンションの耐震強度は,わが国のマンションとして格別に高いものではなく,本件マンションは耐震強度の高さを特徴とするものではなかったのであって,本件パンフレットでも,耐震強度が66項目のうちの一つとして取り上げられていたに過ぎない。原告らは立地条件などの本件マンションの他の特徴に着目して購入したのであって,耐震強度に着目して本件マンションを購入したのではないから,この点においても,原告らの買受けの意思表示に動機の錯誤はないというべきである。
(3) 原告らは,耐震強度に関する動機を表示したと主張するが,本件各売買契約締結時,原告らのうち誰一人として,被告側担当者に耐震強度について明示的に述べた者はいなかった。また,被告は,耐震性について問題がない旨の説明はしていないし,本件パンフレットの交付は動機の表示とは関係がない。その上,本件各売買契約の当時,一般にマンションの買主が耐震強度に関心を持っているとはいえなかったのだから,黙示的にも原告らの動機は表示されていなかった。
(4) 売買の目的物の性状について,買主の認識と客観的な性状との間に齟齬があり,そのため売買契約が錯誤により無効というためには,客観的にみて,買主において売買の目的を達することができないほどに齟齬が重大で,公平の観点からして,そのまま売買契約を有効とすることが相当でないといえる程度のものであることが必要というべきである。
本件マンションの保有水平耐力指数は,唯一1階Y方向・負方向について耐震基準をわずかに満たしていないにとどまる。1階がピロティ形式になっているわけでもない。
また,本件補強案による工事によって,区分所有者らの生活に重大な影響が生じることはない。耐震基準を回復するためだけならば,第2補強案で足り,これによれば,さらに区分所有者の生活への影響は少なくて済む。もちろん,第2補強案は改正法による基準を満たしている。
このように,本件マンションの構造の瑕疵は,公平の観点からして,そのまま本件各売買契約を有効とすることが相当でないといえる程度の齟齬ではなく,原告らの錯誤無効の主張は失当である。
6 争点2(消費者契約法4条1項1号に基づく取消し)についての主張
【原告らの主張】
(1) 被告は,原告らに対し,実際には耐震基準を満たしていない設計であるにもかかわらず,本件マンションが新耐震基準に基づく旨の記載のある本件パンフレットを交付したり,モデルルーム等において設計が耐震基準を満たしている旨説明して,本件マンションの購入の勧誘をした。
このように,被告が,重要事項である耐震性能につき,耐震性能を備えた設計であると事実と異なることを告げたため,原告らは,その旨誤認して,本件各売買契約を締結したのである。
(2) したがって,被告の行為は,消費者契約法4条1項1号の不実告知に該当するので,原告らは,平成18年11月10日までに,本件各売買契約を取り消す旨の意思表示をした。
【被告の主張】
(1) 消費者契約法4条1項1号の「勧誘」とは,消費者の契約締結の意思の形成に影響を与える程度の勧め方をいい,個別の契約締結の意思の形成に直接に影響を与えているとは考えられない不特定多数向けの本件パンフレットの交付は,それだけでは「勧誘」と評価されるものではない。また,被告の担当者は,原告らに対し,耐震性について問題がない旨の説明はしていない。
(2) また,事業者の告知内容は過去又は現在の事実に関するものでなければならず,将来の出来事は除外される。本件マンションの竣工日である平成16年8月10日より前においては,本件マンションが耐震性を欠くかどうかは将来の出来事であり,不実告知の対象となるものではない。原告Aを除く原告らは,同日より前に被告から上記告知を受けたのであるから,不実告知による取消しを主張できない。
(3) そもそも本件マンションの構造瑕疵は,補強工事によって容易に修補が可能である以上,契約を維持しつつ瑕疵修補あるいは損害賠償の問題として法的処理を考えれば足りる事項であり,消費者契約法4条1項1号にいう「重要事項」には含まれない。
(4) 原告Aは,不動産賃貸という事業のために本件マンションを購入したものであるから,消費者契約法2条1項にいう消費者に該当せず,同法4条2項に基づく取消しをすることはできない。
7 争点3(不法行為の成否-弁護士費用の賠償義務)についての主張
【原告らの主張】
(1) 被告は,平成18年5月12日には,本件マンションが耐震性能を満たしていないことを知り,同月27日には原告らに対して被告の補強案によれば耐震性能を回復できると説明したにもかかわらず,同年12月25日まで,補強案についての構造計算書を示さないまま,一貫して補修以外の対応はしないとの態度をとり続けた。
被告は,補修義務履行の前提として,補強案の根拠となる構造計算書を原告らを含む区分所有者及び管理組合に示さなければならない義務があったのに,これを怠った。これら被告の行為は,不法行為を構成するものである。
(2) 被告の不法行為により,原告らは弁護士に委任して本件訴訟を提起・追行せざるを得なくなったから,被告は,原告らに生じた弁護士費用(売買代金額の1割の額)を賠償すべき義務を負う。
【被告の主張】
被告は,原告らを含む本件マンションの区分所有者に対して,説明会の段階から品質確保法に基づく補修を実施することを告げた上で,耐震基準を満たすことができる補強案を提示している。そして,その際に提示した補強案は,大手設計事務所である日建設計による検証を経たものであったのであるから,補強案の提示としては十分であり,被告は,これを超えて構造計算書まで提示する義務を負っていたものではない。
したがって,被告に原告ら主張のような不法行為が成立することはありえない。
第3当裁判所の判断
【認定事実】
争いのない事実,証拠(証拠番号は括弧内に掲記した。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
1 原告らは,被告が建設したモデルルームを訪れ,被告側担当者から本件パンフレットを交付された。本件パンフレットには,本件マンションの質の高い設備と性能の紹介として,66項目の記載があり,その中の直接基礎方式の採用をうたった部分には,「新耐震基準に基づく安心設計」「当マンションでは,新耐震基準に基づき,かつ阪神淡路大震災のデータなども考慮に入れた構造を採用」などと記載されていた(甲2)。
モデルルームには,本件パンフレットに記載した設備や仕様をパネル展示したコーナーが設けられていた。中には,直接基礎について説明するパネルもあり,販売員が原告らに説明した。もっとも,本件マンションの耐震強度は特筆すべきセールスポイントというほどのものではなかったので,販売員らが耐震強度を強調して説明することはなかった(証人Q,証人R)。
原告らは,本件各売買契約を締結した日に,設計住宅性能評価書及び重要事項説明書の交付を受け,住友不動産販売株式会社のS又はRから,それぞれ重要事項説明を受けた。S及びRは,原告らに対し,本件マンションが設計住宅性能評価を取得していることを説明した(甲1の1ないし1の11,証人R,原告A)。
2 原告らの分譲物件購入の経緯
(1) 原告Aは,相続した不動産を売却した上で,投資目的で本件マンションを購入することとした。購入に際しては,建設会社で設計業務を担当していた経験から,本件マンションのデベロッパーが被告であること,本件マンションの耐震性能,防音機能,立地に着目して,本件マンションの購入を決めた(乙6,原告A)。
(2) 原告BとPは,本件マンションを購入するに当たり,立地,防音機能等に加えて,耐震性能について検討した(甲21の1,原告B)。
(3) 原告Cは,職場で損害保険の営業を担当していた際,阪神淡路大震災が起こり,関西に応援に行った社員の話を聞いたことがあった。本件マンションの購入に当たっては,暖房設備,耐震性能,24時間ごみを捨てられること,ピッキング対策に着目していた。転勤族であったため,将来の賃貸や売却も視野に入れ,被告が販売し大林組が施工していることや立地の良さから資産価値を維持できると考えて,本件マンションを購入した(原告C)。
(4) 原告Dは,大学に通う娘を住まわせるために,防災,防犯関係に注意した上で,立地の良さや大手不動産会社が販売していることも考慮して,本件マンションを購入した。原告Dは和歌山県に住んでおり,阪神淡路大震災の際には物が落ちてくるなどの経験をし,夫が営む歯科医院の従業員がけがをしたこともあり,本件マンションを購入するにあたっても耐震基準を満たすことが一番の条件だった(原告D)。
(5) 原告Eは,夫を亡くし,子供も独立したので,一人暮らしをするために本件マンションを購入した。植物園に面しているという立地や眺望,ガスコージェネレーション方式の採用に加え,札幌市内のマンションに住む友人が地震の際に怖い思いをしたとの話を聞いて耐震性能にも注意した上で,被告が信頼できる会社だとの評判も念頭に置いて,本件マンションの購入を決めた(原告E)。
(6) 原告F及び同Gが本件マンションを購入するに当たっては,横幅に比べて奥行きが短いという本件マンションの形状から,耐震性に注意し,本件パンフレットに記載のあった,ガスコージェネレーションシステムの存在も重視した(原告F)。
(7) 原告Hは,日本の地震の多さに関心があり,壁面が湾曲している本件マンションの形状を気にして,モデルルームを訪れては耐震強度について質問を繰り返し,販売担当者では間に合わずに施工業者の担当者に説明を代わってもらったほどだった。耐震性のほか,暖房設備や断熱性能にも着目して本件マンションを選んだ(原告I)。
(8) 原告Jは,夫とともに本件マンションの購入を検討していたが,夫は,テレビで見た免震構造に関心を持ち,モデルルームを訪れた際,本件マンションが免震構造を採っているのかどうか質問していた。そのほかにも,本件マンションの立地条件や景観の良さ,収納設備,水回りの設備が気に入って,本件マンションを購入した(原告J)。
(9) 原告Kは,釧路在勤中に釧路沖地震を経験し,建物の耐震性には関心があったところ,本件マンションは被告が販売し大林組が施工するというので安心していた。その上で,本件パンフレットの記載があった住棟セントラルシステムとガスコージェネレーションシステムにも着目して本件マンションを購入した(原告K)。
(10) 原告Mは,友人から本件マンションの購入を勧められた。友人は,本件マンションが設計住宅性能評価を取得していることを特に重視しており,同人が耐震性能についていろいろ質問をしたのに対する販売員の対応を聞いて,購入を決めた(原告M)。
(11) 原告Nは,被告のブランドと本件マンションのデザインに惹かれて購入を決めた。その際,被告が販売している本件マンションが耐震基準を満たすことは,当然の前提であると考えていた(原告N)。
3 原告らに交付された売買契約書及び重要事項説明書には,施工上の都合や設計変更等により面積に変更が生じる場合があるとの記載があった。また,重要事項説明書には,特記事項として,間仕切り及び内装の仕上げ等につき売主が一部設計変更を行う場合があり,購入した住戸の上下・左右の隣接住戸の間取り・用途・居室の床仕上げ等がパンフレット記載の形状とは異なる場合があるとし,その場合には隣接住戸への音の伝わり方に違いがあるとの記載があった(甲1の1ないし1の11,甲7)。
4 本件マンションは平成16年8月10日に竣工し,同年9月4日に各専有部分が原告らに引き渡されたが,平成18年2月になって本件マンションの耐震強度に偽装の疑いがあることが発覚した。被告が日建設計に依頼して再計算したところ,1階Y方向の保有水平耐力指数が0.86と法定の基準を下回っていることが判明し,同年5月12日,札幌市によってもその事実が確認された(甲11,甲12)。
5 被告は,平成18年5月27日に区分所有者向け報告会,同年6月25日に説明会を開き,1階及び地下1階の柱各2本を補強することにより耐震基準を満たすことができると説明した(甲12,甲16)。
しかし,原告らは,被告の説明に納得せず,同年11月8日(原告Gは同月10日),弁護士を代理人として,消費者契約法に基づき本件各売買契約を取り消し,予備的に,錯誤無効の主張をした(甲3の1ないし11,甲4の1ないし11)。
他方,本件マンションの管理組合は,平成19年2月25日,被告に余裕を持った相当な内容の躯体の補強工事を求める旨の決議をし(証人Q,原告F,同K),被告は,これに応じることとした。
6 被告による補強案の提示
被告は,平成19年4月28日,同年5月15日及び翌16日,現地調査を実施した上で,同年9月,本件マンションの管理組合に対し,本件補強案を提示した(乙1,2,7の1)。
本件補強案によると,①1階に鉄骨柱1本を新設する,②1階に耐震壁1か所を新設する,③1階のそで壁3か所を補強する,④1階の構造スリット2か所を閉塞して耐震壁とする,⑤地下1階にそで壁1か所を新設する,⑥地下1階のそで壁2か所を補強するという工事が行われることとなっている。工期は2か月(実働40日)であり,壁の解体,アンカー打ち,コンクリート打設時(合計19日間)には,騒音,振動が大きくなることが見込まれる。
また,区分所有者は,工事期間中及び工事後,主として以下のような生活面での制限を受けることとなる(甲33,乙1)。
(1) 工事期間中を通じ,ごみ集積場に収集日当日しかごみを出せなくなる。もっとも,被告が屋外に仮設ごみ庫を設置する。
(2) 工事期間中を通じ,駐車場6台分が使用できなくなり,被告が近隣(a条b丁目)に代替駐車場を用意する。
(3) コンクリート打設の日(延べ2日)は,駐車場の入出庫時に担当者に連絡して工事車両を移動してもらわなければならない。
(4) 工事期間中を通じて,駐輪場から建物へ直接出入りすることができなくなる。また,駐輪スペースが23台分制限され,仮駐輪場(盗難防止用の仮設パイプあり)を利用することとなる。また,工事の結果,駐輪可能台数が3台分減る。
(5) 鉄骨を搬入する約3時間,エントランスを使用できず,西側メールコーナーあるいはサブエントランスから出入りすることとなる。
(6) 4回(c号室は2回)にわたり,午後1時から午後5時まで,各階2号室から5号室及びc号室の水の使用及び排水ができなくなる。該当者は,期間中は1階管理事務所もしくは工事用仮設トイレを使用することとなる。
7 本件補強案に基づく工事が施工されなかった経緯
本件補強案は,本件マンション共用部分の変更に該当するから,その工事を行うためには,区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数による集会の決議を要するところ,本件マンションの管理組合は,平成19年10月28日,全84戸の4分の3以上の多数をもって,本件補強案を承認した(甲35,証人Q)。
被告は,本件補強案に基づき,平成20年8月に区分所有者向け工事説明会を2度開催し,同月21日には札幌市から違反是正計画として適当と認める旨の通知を受け,同年9月11日の着工を予定していた。しかし,管理組合理事会は,説明会での区分所有者の質疑の状況から補強案には組合員の理解を得られていないと判断し,着工を延期した(甲35,乙5)。
その後,管理組合は,同年11月30日に臨時総会を開催し,本件補強案による工事を行うべきかどうか改めて採決をしたが,工事に賛成が61件,反対が8件,棄権(大半は原告らである。)が15件であった。そのため,本件補強案による修補工事の実施は可決されなかった(甲37)。
8 他のマンションの耐震偽装
被告が分譲を予定していたマンションで耐震偽装が発覚したのは,本件マンションだけではない。
被告は,完成間近になって構造計算書の偽装が発覚した「T」については,顧客への引渡期日が守れないことから,売買契約を解消して手付金を返還し,一部の顧客には多少の金額を上乗せした。その後,被告は,補強工事を行い,耐震補修工事をしたことを明示した上で再分譲した。
また,被告は,15階建てのうち5階くらいまで躯体を立ち上げた段階で構造計算書の偽装が発覚した「U」についても,顧客に迷惑をかけないために売買契約を解消した。その後,被告は問題部分を撤去して再度工事をした。
なお,この二つのマンションでは,構造計算書の偽装が行われてはいたものの,売買契約解消後に行われた札幌市の検査により,当初の設計に基づき構造計算し直してみたところ,耐震基準は満たしていた(証人Q)。
【争点1に対する判断】
1 本件各売買契約は,いずれも建築確認の後に締結されたものであるから,これにより,原告らと被告は,建築確認に従って施工される(原告Aについては施工された)分譲物件を売買することを合意したものと認められる。前記認定事実3のとおり,施工上の都合や設計・仕様の変更により,間取りや面積が建築確認と異なる場合があることは留保されているものの,共用部分となる躯体の構造に関してまで建築確認と大きく異なる物件の引渡しがされることは予定されていない。
したがって,本件各売買契約の目的物は,客観的には,耐震偽装がされた建物であったということができる。
2 ところで,マンションの販売においては,立地条件,外観,設備の充実度などがセールスポイントとして宣伝されることが多く,それとの比較でいうと,比較的地味な住宅の基本的性能(防火・耐火性能,防音・遮音性能,耐水性能,耐震強度など)がセールスポイントとして強調されたり宣伝されたりすることは少ない(例えば,雨漏りしないことをセールスポイントとして新築マンションの販売活動がされることは,やはり想像しにくい。)。
しかし,そのことは,マンションの住宅の売買において,立地条件等が買受けの動機付けとして重要であり,基本的性能が重要ではないことを意味しない。ことは逆であり,基本的性能の方が重要であるが故に建築基準法令により最低限の性能の具備が義務付けられており,そのことを大前提として売買がされるが故に,立地条件等の方こそが住宅の個性化・差別化を図る要因として宣伝される現象が生じるにすぎないのである。
したがって,本件各売買契約においては,売主である被告は,建築基準法令所定の基本的性能が具備された建物である事実を当然の大前提として販売価格を決定し,販売活動を行い,原告らもその事実を当然の大前提として販売価格の妥当性を吟味し分譲物件を買い受けたことに疑いはない。
そうすると,本件各売買契約においては,客観的には耐震偽装がされた建物の引渡しが予定されていたのに,売主も買主も,これが建築基準法令所定の基本的性能が具備された建物であるとの誤解に基づき売買を合意したことになり,売買目的物の性状に関する錯誤(いわゆる動機に関する錯誤)があったことになる。
3 ところで,わが国の国土は地震が多い。人々にとって,多数の建築物が倒壊,崩壊し,数千人という死者が出た平成7年の阪神大震災の記憶は風化していないし,北海道では,阪神大震災に前後して奥尻沖や道東地方で大規模地震が発生しており,普段口にすることはなくとも,わが国に住む大多数の人は大規模地震に対する恐怖心を抱いている。それが,建築物の崩壊や避難できないうちに生じる火災によって生命の危険をもたらすからである。
耐震強度の不足が恐怖心と直結するが故に,本件各売買契約締結の当時,新築されるマンションの耐震強度が相当程度不足している(1階の保有水平耐力指数1.0以上が必要なところこれが0.86しかない。)ことが分かっていたならば,いくら立地条件が良かったとしても,殆どの人は本件マンションの分譲を受けようとは思わないはずである。
4 耐震強度の不足が恐怖心と直結するが故に,分譲業者から,竣工後に行う一定の補強工事によって安全性が確保されると説明されても容易に納得できない人が多いと思われ,そのこととマンションの特質とが相まって,マンションの耐震強度の不足は,補強工事の必要性が自明であるのに工事の施工ができないという深刻な状況を出現させることになる。
すなわち,マンションは,空間的には大部分が専用部分であるが,構造的には大部分が共用部分であり,共用部分の変更を伴う大規模修繕には区分所有者及び議決権の4分の3以上の賛成が必要となるため(建物の区分所有に関する法律17条),ある耐震補強工事をすれば安全性が確保できるのかに不安を持つ人が相当数おれば,その工事の実施ができないのであり,前記認定のとおり,この現象は本件マンションにあっても発生している(耐震偽装発覚から4年が経過しようとしているのに補強工事が実施されていない。)。
被告は,「T」及び「U」(結果的には耐震基準を満たしていた物件)について,偽装が発覚した後,耐震基準を満たすかどうか未だ不明な段階で,売買契約を解消して顧客に手付金を返還し,後に補修工事をして再分譲するという対応をしており,それは分譲後の大規模修繕の困難さを勘案すれば極めて賢明な対応であるが,逆に,そうせざるをえないことは,耐震強度の不足が深刻な状況をもたらすことの裏返しなのである。
5 1階の保有水平耐力指数1.0以上が必要なところこれが0.86しかないという耐震強度の不足は,決して軽微な瑕疵ではない。大規模地震の際に高層マンションの1階が崩壊することは避難を困難にすることであるから,その補強工事は万全を期して行われるべきであり,本件マンションの管理組合の意向を踏まえて被告が提案した本件補強案も前記のとおり大規模なものであり,共用部分が少なからず変更されるのである。
被告は,上記耐震強度の不足を解消するだけなら比較的小規模な工事(第2補強案)で足りるとして乙第7号証を提出するが,耐震強度の不足が恐怖心と直結していることは致し方ないところであって,耐震強度の不足を解消することは,ある程度までは居住者の恐怖心を取り除くというものでなければならないことは社会通念が要求するところである。換言すれば,耐震強度の不足という瑕疵の大きさ・重大性は,ある程度までは社会通念によって測る必要があるといわざるをえない。したがって,構造計算の理論上は最低限この程度の補強工事で足りるという,理論上最低限必要となる補強工事の規模から,直ちに,耐震強度に関する本件マンションの瑕疵が重大ではないとはいい難い。
6 上記3及び5の説示から明らかなとおり,新築マンションにあっては,耐震強度に関する錯誤は,錯誤を主張する者に契約関係から離脱することを許容すべき程度に重大なものというべきであり,民法95条の錯誤に該当するものと認めるのが相当である。したがって,本件各売買契約に係る原告らの買受けの意思表示は無効であり,被告は,原告らに対し,売買代金を返還する責任を負う。
もっとも,代金支払日以降の利息請求については,売買契約が無効である場合に返還すべき代金に対する利息が,目的物の返還があって初めて発生するものであると解すべきところ(民法575条2項本文類推),原告らが売買目的物を被告に返還したと認めるに足りる証拠はない。したがって,原告らの利息請求は理由がない。
7 被告は,原告らは立地条件などの本件マンションの他の特徴に着目して購入したのであって,耐震強度に着目して本件マンションを購入したのではないとか,本件各売買契約の当時,一般にマンションの買主が耐震強度に関心を持っているとはいえなかったと主張し,耐震強度の不足が要素の錯誤でないと主張するようであるが,その主張は,マンションの販売活動においてセールスポイントとして宣伝される事柄よりも,宣伝がされない重要な大前提(基本的性能)こそが顧客が当該マンションを買い受ける動機付けの第一歩となっていることを無視する主張であって,採用することができない。
また,被告は,原告らが,本件各売買契約の際,耐震強度に関する動機を表示していないから,動機の錯誤の主張ができないと主張するが,当事者双方が契約の大前提として了解している性状(本件では法令が要求する耐震強度の具備)に錯誤があった場合,予想外の錯誤の主張によって売主が困惑するという事態は発生しないものとみられるから,「当該性状があるから買い受ける」という動機の表示がされたがその性状がなかった場合と同視すべきである。
したがって,原告らが明示的に「法令が要求する耐震強度を満たしているから買い受ける」という動機を明示しないで本件各売買契約を締結したことは,耐震強度に関する錯誤の主張を禁じる理由にはならないと解される。
8 被告は,本件マンションにおける耐震強度の不足は,瑕疵担保責任(品質確保法によって拡張された瑕疵担保責任)の履行によって解消されるが故に,契約関係からの離脱を許す程度に重大な錯誤に該当しないと主張するようである。
確かに,品質確保法の施行後,新築住宅の売主の責任は,請負人と同様に完全履行債務(修補債務)を負うことになっているが,品質確保法は,完全履行債務があるが故に錯誤の問題が生じないという帰結(請負契約であれば正にそうである。)を特定物売買にも持ち込んだとまで解釈することはできない。そう解釈した場合,欠陥住宅たる新築住宅の買主に対する法的救済を狭める結果となるが,品質確保法がそのような結果を意図して新築住宅の売主の修補債務を規定したとまでは解されない。
【争点3に対する判断】
原告らは,被告が平成18年5月27日の説明会以降,構造計算書を示さないまま補修以外の対応はしないとの態度をとったことが,不法行為を構成すると主張する。
しかし,証拠(甲12,16,乙1,2)によれば,同日の説明は,本件マンションについて行われた耐震偽装の内容とともに被告の対応方針を説明したにとどまり,実際に施工しようとする具体的補強案を示したわけではなかったことが認められる。また,前記認定によれば,被告が示した方針に対しては,管理組合が平成19年2月25日により手厚い補修を求める決議をしているところであり,それ以前の,管理組合において補修の方針が定まっていない段階において,被告が構造計算書を伴った具体的補強案を提示すべき義務を負っていたということはできない。
したがって,原告の請求には理由がない。
【結論】
以上の次第で,原告らの請求は,別表④欄記載の金額の各支払を求める限度で理由があるものとして認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋詰均 裁判官 宮崎謙 裁判官 木口麻衣)
file_2.jpg別紙