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札幌地方裁判所 平成18年(ワ)300号 判決 2007年3月15日

主文

一  被告は、原告に対し、四一〇万九五四一円及び内三一八万五一九八円に対する平成一七年四月一九日から、内一二万円に対する平成一八年四月一八日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、五二四万二八二〇円並びに内三三二万三一四九円に対する平成一七年四月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員及び内九〇万円に対する平成一八年四月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、貸金業者である被告から、継続的な金銭消費貸借取引をしていた原告が、返済金について、利息制限法に基づいて充当計算を行うと過払金が発生しているとして、被告に対して不当利得に基づいて不当利得金三三二万三一四九円、確定利息一〇一万九六七一円及び上記不当利得金に対する最終取引日の翌日である平成一七年四月一九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による利息の支払並びに取引履歴の不開示を理由とする不法行為に基づく慰謝料として三〇万円、及び弁護士費用五万円、過払金返還請求の弁護士費用として三五万円、債権消滅後に取立を行ったことを理由とする不法行為に基づく慰謝料として一五万円及び弁護士費用五万円及びこれらに対する請求の趣旨の変更申立書(平成一八年四月一〇日付け)送達の日の翌日である平成一八年四月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

一  請求の原因

(1)  不当利得

ア 原告は、昭和六三年四月二日(ただし、原告と被告との実際の取引開始日はこれ以前に遡る。)から平成一七年四月一八日まで、貸金業を営む被告との間で、別紙原告計算書記載のとおり継続的に金銭消費貸借取引を行った。

イ 原告が、被告にした弁済金について、利息制限法の制限に基づいて利息計算をして、元本充当をすると(但し、過払金について、民法七〇四条に基づき、過払発生時から、商事法定利率年六分の割合による利息を発生するものとして計算した。)、別紙原告計算書記載のとおり、三三二万三一四九円の過払金と、一〇一万九六七一円の確定利息が発生する。

ウ なお、別紙原告計算書は、開示のされた取引の当初の日である昭和六三年四月二日の取引残高をゼロとして計算している。

(2)  不法行為

ア 取引履歴不開示に基づく慰謝料請求及び弁護士費用

(A) 被告は、原告に対し、昭和六三年四月二日以降の取引履歴を開示するが、原告と被告との取引は同日以前に遡るものであり、にもかかわらず、被告は原告に対し取引当初からの取引履歴を開示しない。被告は、貸金業者として、債務者である原告から取引の開示を求められた場合には、貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として、信義則上、保存している業務帳簿に基づいて、取引履歴を開示すべき義務を負う。

(B) 原告は、被告による取引履歴の不開示により、適時に債務整理をする機会を失い、被告との間の取引にかかる過払金について、弁護士に依頼して本訴を提起せざるを得なくなった。このことにより原告が受けた精神的苦痛は三〇万円を下らない。また、弁護士費用として五万円が損害として相当因果関係を有する。

イ 過払金返還請求についての弁護士費用

(A) 被告は、「悪意」の受益者であり、利得の全額及び利息のほかに損害がある場合には、これを賠償する義務を負うところ(民法七〇四条後段)、原告が過払金返還請求に伴う弁護士費用は、この損害に該当する。

(B) この弁護士費用としては、三五万円が相当である。

ウ 債権消滅後に取立を行ったことに基づく慰謝料請求及び弁護士費用

(A) 被告は、利息制限法に基づく充当計算を行わなければならないことを知りながら、約定金利に基づく充当計算を行い、虚偽の残存債務額に基づいて、原告に対して支払を請求して回収行為を行っていたものであり、これは、原告に対して債務が存しないのに、存するように誤信させ、金員を請求する違法な行為であり、不法行為を構成する。

(B) 原告はこれにより、経済的に苦しい生活を継続させられるなどし、精神的苦痛を受け、これを金銭的に評価すると、一五万円を下らない。さらに弁護士費用として五万円が相当因果関係を有する損害として認められるべきである。

二  被告の請求原因に対する主張(本件の争点)

(1)  請求原因のうち、原告と被告が、別紙原告計算書に記載のとおり継続的に金銭消費貸借取引を行ったことは認めるが、①被告は、悪意の不当利得者と評価し得ず、②また、仮に悪意の不当利得者であるとしても、利息の利率は民法所定の年五分の割合によるべきである、③昭和六三年四月以前の取引履歴を開示していないのは事実であるが、被告は昭和六三年四月以前の取引履歴を所持していないのであるから、開示を拒否したわけではなく、そもそも不可能であるため、不開示が不法行為を構成することはない、④過払金返還請求についての弁護士費用は損害賠償として認められない、⑤債権消滅後に取立を行ったことに基づく慰謝料請求及び弁護士費用の請求も認められないと主張している。

(2)  なお、原告との取引の開始日は昭和六〇年一二月九日であり、昭和六三年四月二日時点での取引残高は、元金四九万九四一二円、未収利息が一〇円であると主張している。

第三争点に対する判断

一  被告は悪意の受益者といえるか

本件においては、被告は悪意の受益者ではないと主張しているが、被告は貸金業の登録をして、全国的に営業を展開している貸金業者である。したがって、利息について利息制限法の制限があること、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業規制法」という。)四三条の要件を備えることにより例外的に利息制限法の制限を超過する利息を受領することが許されることなどの法的知識は当然に有しているというべきである。本件において、被告は貸金業規制法四三条の要件を具備していたことについては、抽象的に主張をするのみで、本件の原告との取引につき具体的な主張立証を何らしない。これによれば、被告は本件については、利息制限法の制限を超過する利息について、これが不当利得を構成することを知りつつ受領をしたと認定せざるを得ないというべきである。

以上によれば、被告は不当利得が生じた日から原告に対して利息を支払う義務を負うというべきである。

二  利息の利率

なお、原告は、悪意の受益者の支払うべき利息の利率については、受益者が商人である場合には、収益を悪意の受益者に残さない趣旨から、商事法定利率年六分の割合によるべきであるとするが、原告と被告との間で生じる不当利得金請求権は、民法上のものであり、商行為により生じたものということはできない。したがって、利息の利率については、民法所定の年五分の割合によるべきである。

三  不法行為について

ア  取引履歴不開示に基づく慰謝料請求及び弁護士費用

(A) 本件において、原告と被告との取引が昭和六三年四月二日以前に遡ること、被告が開示している取引履歴は、昭和六三年四月二日以降のものであることは、当事者間に争いがない。被告は、昭和六三年四月二日以前の取引履歴は、被告においても所持していない旨を主張するのであるが、その理由とするところは、昭和六三年四月から九月までの間にコンピューターシステムの入れ替えを行い、同年一〇月から「第三次オンラインシステム」を稼働させた。その際に、六か月間だけ遡ってデータを移行したものであり、それ以前のデータは、可視的な状態にするための環境がなく、提出できないというものである。

(B) しかし、昭和六三年一〇月の時点で六か月間だけ遡ってデータを移行したことについては、当時において、それ以前から取引を継続していた顧客が多数いたことが容易に推認できるのであるから、顧客管理の観点から見て、六か月間だけ遡ってデータを移行する合理性が認められない。また、仮に上記のような取扱をしたとしても、当時においては、六か月を遡るデータを検索・表示するシステムが存したはずであり、これを廃棄したのであれば、その廃棄の事実を具体的に主張立証するべきであり、また、過去のデータを可視的に表示できないという点についても具体的な立証がなされるべきである。以上のように解しないと、貸金業者は、信義則上、取引履歴の開示義務を負うところ、その開示の開始時期を恣意的に選択できることになり妥当でないというべきである。

(C) したがって、被告は開示義務に応じていないものと評価できる。これにより、原告においては、債務整理に不都合を来したことで精神的苦痛を受けたと認められるが、本件においては、昭和六三年という時期からは開示がなされていることからすると、その損害は大きいものとはいえない。以上によれば、慰謝料としては、一〇万円が相当であり弁護士費用としては二万円が相当因果関係を有する損害となる。

イ  過払金返還請求についての弁護士費用

(A) 原告は、過払金返還請求訴訟を提起する弁護士費用自体が、民法七〇四条後段の損害となり、損害賠償が認められるべきであると主張する。その理由としては、①弁護士に訴訟委任をしなければ、十分に訴訟活動を尽くすことが困難であり、これは、不法行為訴訟に限らず、不当利得返還請求訴訟においても同様であること、被告は自ら過払金を返還しようとせず、弁護士を選任して訴訟提起をしなければ過払金の回収が困難であること、②不当利得返還請求は一般の債務不履行よりも違法性が強度であること、③不法行為や不当利得の場合は、被害者ないし損失者が自らの意思に基づかない法律関係によって債権を取得した場合であり、任意の履行が期待できず、回収措置を講じることも不可能であり、債権額が不明確になりやすいために裁判所の介在が必要とせざるを得ないこと、④悪意の受益者は、利得を保持する権原がないことを認識しているのであるから、自ら過払金を返還しない場合に訴訟を提起され、その弁護士費用を求められても酷ではないこと、⑤この賠償責任は不当利得の制度を支える公平の原理を貫くために認められるものであるから、不法行為の要件を必要としないというものである。

(B) しかし、不法行為訴訟において、弁護士費用の請求が認められるのは、加害者が故意ないし過失によって被害者の損害を与えて不法行為が成立する場合に、弁護士費用も相当因果関係に立つ損害として評価できるからである。本件では、原告は、被告において不法行為が成立する場合には、これと相当因果関係に立つと認められるべき弁護士費用を請求しており、上記の弁護士費用は、不当利得請求に伴って当然に認められるべきものとして請求していると解される。原告は、訴訟委任をしなければ、十分に訴訟活動を尽くすことが困難であると主張するが、このような根拠からは、直ちに弁護士費用の請求が認められるものではなく、また、一般的に、不当利得の場合が債務不履行の場合より、違法性が高いとはいうことはできない。確かに、本件においては、被告は悪意の受益者であると認められるが、これは被告が貸金業規制法四三条の要件について主張立証を行わないことを考慮したものであり、原告によって、被告の違法性が高いことが積極的に立証されているものではない。さらに、悪意の受益者は訴訟を提起され弁護士費用を請求されても酷ではないと主張するが、このような考え方は債務が存在するにもかかわらず任意に履行をしないという意味では、一般の債務不履行の場合も同様である。結局のところ、原告の主張を突き詰めれば、債務者が債務を履行せずに訴訟提起に至った場合には弁護士費用の請求が認められるべきということとなり、一般的には訴訟費用に弁護士費用が含まれないと解されている現行法全体の建前と合致しない主張と評価すべきであり、このような請求は認めることはできない。

ウ  債権消滅後に取立を行ったことに基づく慰謝料請求及び弁護士費用

(A) 原告は、被告が過払金が発生し、貸金債権が消滅した後も、取立を行ったことが違法であり不法行為が成立すると主張する。原告が債権消滅後に取立を行ったことが不法行為となるというのは、被告が、債権が既に消滅しているにもかかわらず、存在するかのように原告を誤信させて支払わせたと主張しており、故意による不法行為を主張していると解される。

(B) しかしながら、既に債権が消滅しているにもかかわらず存在するかのように原告を誤信させたという、被告の具体的な行為については、原告は何ら立証を行っていない。前述したように、被告は悪意の受益者と認められるが、これは被告が貸金業規制法四三条の要件について主張立証を行わないことを考慮したものであるが、このことから、さらに進んで、被告が上記のような違法行為を行ったことを推定することはできない。よって、債権消滅後に取立を行ったことに基づく慰謝料請求及び弁護士費用の請求は認めることはできない。

(C) なお、原告が過失による不法行為を主張しているとしても、同様に、被告の過失を具体的に立証していないというべきであり、このような主張と解したとしても、この点に関する原告の慰謝料請求は認められない。

四  原告に認められる不当利得返還請求額

以上によれば、原告に認められる不当利得返還請求額は別紙裁判所計算書の末尾の平成一七年四月一九日の残元金欄に記載のとおり三一八万五一九八円、確定利息八〇万四三四三円となる。

なお、上記のように、被告の取引履歴の不開示には理由がないことを考慮すると、開示された取引の当初の日である昭和六三年四月二日時点においての取引残高はゼロとして計算するのが相当である。

五  結論

よって、原告の請求は、不当利得返還請求権に基づき三一八万五一九八円、確定利息八〇万四三四三円、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき一二万円及び内三一八万五一九八円に対する平成一七年四月一九日から、内一二万円に対する平成一八年四月一八日から、それぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息及び遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、これを認容し、その余の請求は理由がないのでいずれも棄却し、訴訟費用について民事訴訟法六四条本文、六一条、仮執行宣言について同法二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。

別紙 原告計算書<省略>

別紙 裁判所計算書<省略>

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