札幌地方裁判所 平成19年(わ)1454号 判決 2008年3月19日
主文
被告人を懲役4年に処する。
未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,北海道苫小牧市a町b丁目c番d号に本店を置き,畜産食肉卸売業等を目的とするA株式会社の代表取締役として同社の業務全般を統括していたものであるが,同社従業員Bらと共謀の上,
第1 同社の業務に関し,不正の目的をもって,平成18年5月29日ころから平成19年6月18日ころまでの間,前後327回にわたり,同市e町f丁目g番h号所在の同社e工場において,牛肉に,豚肉,鶏肉,羊肉又は鴨肉等の牛肉以外の畜肉を加えるなどして製造した挽肉及びカット肉(合計約13万8044キログラム)を梱包した段ボール箱に,「十勝産牛バラ挽肉6mm挽」,「牛フォア&ハインド6mmオーストラリア産」,「牛肉ダイヤカットオーストラリア産10mm」等と印刷されたシールを貼付して,これらの商品が牛肉のみを原料とする挽肉等であるかのように表記し,商品の品質及び内容について誤認させるような表示をした上,その表示をした挽肉等を,平成18年5月30日ころから平成19年6月19日ころまでの間,前後331回にわたり,北海道赤平市字ij番地所在の株式会社Cほか15か所に発送して引き渡し,もって不正競争を行った
第2 牛肉,豚肉,鶏肉,羊肉又は鴨肉等を原料とする挽肉及びカット肉を牛肉のみを原料とする挽肉等と偽って販売し,その代金名下に金員を詐取しようと企て,平成18年6月5日ころから平成19年5月上旬ころまでの間,前後14回にわたり,株式会社Cほか2社の代金支払決定権者である同社総務課主任(平成18年8月から同社総務課長)Dほか3名に対し,真実は,牛肉に,豚肉,鶏肉,羊肉又は鴨肉等の牛肉以外の畜肉を加え,豚の血液製剤で赤みを付けるなどして挽肉やカット肉を製造した上,これらの挽肉等が牛肉のみを原料とするものであるかのように表記して引き渡したにもかかわらず,その事情を秘し,各社からの注文どおり牛肉のみを原料とする挽肉等を引き渡したかのように装って,その販売代金として合計3926万9453円を請求し,同人らをしてその旨誤信させ,よって,平成18年6月30日ころから平成19年5月31日ころまでの間,前後14回にわたり,同人らの指示を受けた株式会社Cほか2社の従業員から,苫小牧市k町l丁目m番n号所在の株式会社E銀行F支店ほか1か所に開設したA株式会社名義の当座預金口座に合計3926万9453円の振込入金を受け,もってそれぞれ人を欺いて財物を交付させた
ものである。
(法令の適用)
罰条
判示第1の行為
包括して,刑法60条,不正競争防止法22条1項,21条2項1号,2条1項13号
判示第2の各行為
いずれも刑法60条,246条1項
刑種の選択
判示第1の罪
所定刑中,懲役刑を選択
併合罪の処理
刑法45条前段,47条本文,10条
未決勾留日数の算入
刑法21条
(量刑の理由)
本件は,食肉の加工や卸売等を行うA株式会社の代表取締役であった被告人が,従業員らと共謀の上,牛肉に豚肉等の他の畜肉を加えるなどして製造した挽肉等を梱包した段ボール箱に,牛肉のみを原料とするかのようなシールを貼付するなどして,商品の品質及び内容を誤認させるような表示をし,これを取引業者に引き渡したという不正競争防止法違反(判示第1)と,取引業者に対し,同様の偽装牛挽肉等を引き渡したにもかかわらず,この事情を秘して代金請求をし,販売代金合計3926万円余りを詐取したという詐欺(判示第2)の事案である。
被告人は,Aを設立した当初,焼肉店等を主な取引先としており,肉の加工の際,焼肉用にできない端材が多く生じていたため,くず肉などと呼ばれるこれらの端材を処理しかねていたところ,見た目だけでは何の挽肉かわからないなどと考え,同社設立の数年後には,挽肉の材料の中に,牛肉のほか豚肉や羊肉等のくず肉も含めて混ぜた牛挽肉等の製造を始めた。そして,小口の焼肉店を中心としていた取引先を,大量の牛挽肉等を使用する食品加工会社等に変えていき,さらには,大手の会社にまで拡大させていく中で,Aの売上げや利益を上げるべく,他の畜肉を混ぜた牛挽肉等を大量に製造し販売するようになっていった。本件各犯行は,かねてからAにおいて行われてきた,このような牛挽肉等の偽装行為の一環である。
被告人は,取引業者や最終的に食品を口にする一般消費者などを何ら顧慮することなく,偽装が容易な挽肉等を利用し,安価な原材料費で多額の売上げを得て,会社及び自己の利益を図ろうとしたものであり,結局のところ,その動機は極めて利欲的かつ自己中心的というほかなく,厳しい非難を免れない。この点につき,被告人は,取引業者が求める安い単価に応えるためには,牛挽肉等に他の畜肉を混ぜるほかなく,その要望を断り難かったなどと供述するが,価格交渉を尽くすなど他の適法な手段を採り得たのはいうまでもなく,この点は特に酌量すべき事情とはいえない。また,弁護人は,被告人は安価で美味しい製品を工夫して供給しようという考えから牛肉以外の畜肉を混ぜたもので,暴利を得ようとか,不正な利益で会社を維持していこうなどとは考えていなかった旨指摘するが,本件各犯行に至る経緯,犯行態様等にかんがみれば,利欲目的の犯行であることは明らかである。
犯行態様をみても,牛肉に,豚肉,鶏肉,羊肉や鴨肉といった他の畜肉を加えるということ自体,その大胆さ,悪質さは際立っており,昨今みられる食品偽装の中でも,原産地偽装等の事案とは一線を画すものというべきである。また,赤身と脂身を混ぜたり血液製剤を用いたりして色の調整をし,「二度挽き」と称する手法を用いるなどして挽肉に偽装を加え,取引業者による抜き打ち検査の際には,従業員に隠蔽を指示している。手口は極めて巧妙である。
しかも,本件偽装表示は1年余りの間に合計300回以上,本件詐取行為も1年近くの間に合計14回と,いずれも長期間・多数回にわたって繰り返されたものである。
犯行の結果をみると,偽装表示をした牛肉の総量は合計約13万8044キログラム,騙し取った金員は3926万円余りと多量・多額である。そればかりか,本件の発覚を契機として,取引業者にあっては,信用が傷つけられ,商品の回収等で多額の損失を被っている。また,偽装表示をした牛挽肉等の量,取引先に大手食品加工会社を含んでいたというAの食肉業界における地位や立場等からすれば,本件各犯行は,食品業界での公正な競争を害したのみならず,一般消費者に食品の表示に対する不安を抱かせるとともに,食の安全への信頼を根幹から揺るがしたことは明らかである。本件は,表示を信頼した多数の関係者や一般消費者を裏切る著しく背信的な犯罪というべきである。取引業者が,金銭的な損害のみならず,長年の努力によって獲得したブランドに対する信頼が一瞬のうちに崩れ去ってしまったといっても過言ではないなどとして,厳罰を望んでいるのも当然である。
本件の犯情は非常に悪い。
とりわけ,本件各犯行は,会社ぐるみで敢行された大規模かつ組織的犯行であるところ,代表取締役である被告人が,長年の経験により培った専門的知識を悪用し,率先して偽装方法を発案し,従業員に具体的に指示するなど,自らが中心となって主導したものである。
さらに,被告人は,新聞報道により犯行が発覚した後,偽装に使用していた豚の心臓等を工場外に運び出して処分し,罪証隠滅を図るなどしており,犯行後の情状も芳しくない。
被告人は,食品の製造・加工に携わる者として食の安全に関する規範意識が強く求められる立場にありながら,本件各犯行を行っていたばかりか,当公判廷において,取引業者の要望を断り難かった,工場間取引には表示義務がなかったなどと述べており,自らの行為,その結果や及ぼした社会的影響を真摯に省みて悔悟する姿勢はあまりみられず,罪障感に乏しいと指摘されてもやむを得ない。
以上からすれば,被告人の刑事責任は相当重い。
他方で,本件の不正競争防止法違反と詐欺とは,罪数評価としては併合罪の関係にあるものの,偽装食品の製造・表示・販売という流れの中で行われ,関連していること,Aは偽装牛挽肉等の取引による利益のみに依存していた会社ではないこと,被告人は,上記のように未だ罪障感に乏しい面があるものの,捜査・公判を通じて事実を全て認めた上で,反省の弁を述べていること,誠に自業自得とはいえ,本件の発覚により,新聞等で大きく報道されたばかりか,被告人とAがともに破産宣告を受けるなど,一定の社会的制裁を受けていること,破産手続により今後一定の被害填補がなされる可能性もあること,40年以上前の業務上過失傷害による罰金前科1犯のほかは前科がないこと,妻が情状証人として当公判廷に出廷し,今後は被告人とともに静かに暮らしていく旨を証言していること,その他被告人の年齢など,被告人のために酌むべき事情も認められる。
そこで,以上の諸事情を総合勘案した結果,主文の刑を量定した。
よって,主文のとおり判決する。
(出席検察官橋本ひろみ,私選弁護人岡田秀樹 求刑・懲役6年)
(裁判長裁判官 嶋原文雄 裁判官 坂田威一郎 裁判官 石渡圭)