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札幌地方裁判所 平成19年(わ)730号 判決 2007年9月10日

主文

被告人を懲役2年及び罰金150万円に処する。

その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から4年間その懲役刑の執行を猶予する。

被告人から金5407万0100円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成17年7月7日ころ,その発行する株券を東京証券取引所市場第1部に上場していたA株式会社(以下「A」という。)の代表取締役Bから,同人がその職務に関して知った,Aの業務執行決定機関が株式会社C及びD株式会社と共同持株会社を設立するため株式移転を行うことについての決定をした旨の重要事実の伝達を受け,あらかじめAの株券を買い付け同重要事実の公表後に同株券を売り抜けて利益を得ようと企て,法定の除外事由がないのに,同重要事実の公表前である同月8日から同月11日までの間,E株式会社を介し,東京都中央区日本橋兜町2番1号所在の東京証券取引所において,Aの株券合計3万5000株を代金合計4024万5700円で買い付けたものである。

(証拠の標目)

省略

(法令の適用)

省略

(量刑の理由)

本件は,判示のとおりのいわゆるインサイダー取引による証券取引法違反の事案である。

被告人は,A店舗内に携帯電話販売店を出店するなどしていたF株式会社の代表取締役を務めていたが,同社の今後の経営方針につき,知人のA代表取締役(Fの取締役を兼任)のもとに報告に行った際,たまたま同人から,判示の重要事実を聞くに及び,それを奇貨として,重要事実が公表されればAの株価の値上がりが見込まれることから,あらかじめ株券を購入して利益を得ようと考えて犯行に及んだものである。一般投資家の犠牲の上に自己の利益を図ろうとした実に身勝手かつ利欲的な犯行動機に酌量の余地はない。被告人は,上記重要事実を聞き自社に戻ってからすぐに,1度A株の注文を行い(ただし,約定の前に取消し),その翌日,本格的にA株の買付けを開始した。そして,出張の合間を縫うなどしながらパソコンで株取引を繰り返し,自己の保有していた他社株を信用返済に回したり現物売りしたりすることで信用取引の注文枠や口座内の資金を増やすなどし,わずか2営業日の間に,4000万円余りを投じて3万5000株のA株を買い付けている。その犯行態様は大胆かつ悪質である。重要事実の公表後,株価が値上がりしてから同株券を順次売却し,その売却価格は合計5407万0100円にも上るのであり,買付金額との差額をみても,得た利益は大きい。本件犯行により,証券市場の公正性と健全性が損なわれ,一般投資家の証券市場に対する信頼を傷つけたという点も看過できない。また,インサイダー取引は誘惑的で模倣性が強い犯罪であることを考えると,一般予防の見地も無視できない。

以上によれば,被告人の刑事責任は重い。

しかしながら,他方,被告人は,インサイダー取引に利用するために自身が積極的に重要事実に関する情報を入手しようとしていたわけではないこと,被告人は,本件について事実を素直に認め,反省の態度,改悛の情を示していること,本件を機に4社の代表取締役を辞任ないし退任し,その供述によれば退職金を受け取っていないなど,既に一定の社会的制裁を受けていること,交通違反以外に前科前歴がないこと,妻が当公判廷において被告人の今後の指導監督を誓約していることなどの諸事情も認められる。

そこで,これら諸般の情状を総合勘案した結果,懲役刑及び罰金刑を選択し,主文の刑を量定した上,懲役刑についてはその執行を猶予することとした。

なお,追徴については,必要的没収・追徴を規定した平成17年法律第87号による改正前の証券取引法198条の2第1項本文,2項は,犯人が得た利益のみならず,インサイダー取引によって取得した不正財産を原則としてすべて没収・追徴することにより,不公正な取引を防止して健全な証券取引市場の確立を図ったものと解され,同条第1項ただし書,2項により,その取得の状況,損害賠償の履行の状況その他の事情に照らし,その全部又は一部を没収・追徴することが相当でないときは,これを没収・追徴しないことができるとされているところ,判示のとおり株券合計3万5000株を買い付け,これを順次売却して得た売却価格が合計5407万0100円である本件においては,同条1項本文,2項により,上記売却価格の全額を追徴するのが相当であると判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(出席検察官橋本ひろみ,本田裕一朗

私選弁護人大川哲也(主任),末長宏章,鈴木健司

求刑 懲役2年及び罰金150万円,追徴金5407万0100円)

(裁判長裁判官 嶋原文雄 裁判官 坂田威一郎 裁判官 網田圭亮)

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