札幌地方裁判所 平成19年(ワ)3111号 判決 2009年3月26日
住所<省略>
原告
X
上記訴訟代理人弁護士
青野渉
大阪市<以下省略>
被告
大阪岡安商事株式会社
〔平成21年3月2日,「岡安商事株式会社」から商号変更〕
上記代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
太田博之
同
後藤昭樹
同
立岡亘
同
中村勝己
同
服部千鶴
同
吉野彩子
同
太田成
同
水野吉博
主文
1 被告は,原告に対し,6399万8917円及びこれに対する平成19年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その3を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,9144万1310円及びこれに対する平成19年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が被告に対し,原告が被告との間で締結した商品先物取引委託契約に基づく取引において損失を被ったことにつき,不法行為(民法715条)又は債務不履行に基づき,損害賠償を請求した事案である。
原告は,被告には,適合性原則違反,新規委託者保護義務違反,説明義務違反,助言義務違反,無断売買,実質一任売買,過当取引や無意味な両建など,多数の違法行為があると主張している。これに対し,被告は,原告のこれらの主張を争っている。
なお,原告の請求の遅延損害金の起算日(平成19年8月14日)は,原告が被告から最後に返金を受けた日であり,原告が主張する不法行為の終期である。
第3争いのない事実
1 原告は,●●●市在住の男性であり,平成16年当時,●●●という中古車販売の会社を経営していた。
2 被告は,商品取引所法上の商品取引員である株式会社である。
3 原告について,平成16年3月9日から平成19年8月13日までの間,別紙1「建玉分析表」記載のとおり,被告において商品先物取引が行われた(以下「本件取引」という。)。本件取引の商品の銘柄は,灯油(東工-灯油),ガソリン(東工-ガソリン),金(東工-金),とうもろこし(東穀-コーン),ゴム(東工-ゴム),一般大豆(東穀-大豆),小豆(東穀-小豆),NON-GM大豆(東穀N大豆)の8品目であった。
4 原告は,本件取引のため,被告に対し,別紙2「入出金経過一覧表」記載のとおり入金し,あるいは被告から返金を受けた(入出金欄記載の金額のうち,マイナスとなっている欄が,返金である。)。
5 本件取引によって原告に生じた損失は,合計8314万1310円であった。そのうち,原告が被告に支払った手数料は,合計4147万5210円であった。
6 被告における本件取引の担当者は,B(以下「B」という。),C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という。)の3名であった。Bは,主に,原告への商品先物取引の勧誘,契約締結段階で,Cは,原告との契約締結段階及び平成16年3月9日の取引開始時から平成18年4月24日ころまでの取引を担当し,Dは,平成18年4月24日ころから平成19年8月の取引終了時までの取引を担当した。
第4争点及びそれについての当事者の主張
1 争点
(1) 争点1 不法行為又は債務不履行の成否について
ア 争点1の1 適合性原則違反・新規委託者保護義務違反の有無
イ 争点1の2 説明義務違反・助言義務違反の有無
ウ 争点1の3 無断売買及び実質一任売買の有無
エ 争点1の4 過当取引や無意味な両建など取引内容の合理性の有無
(2) 争点2 損害額について
(3) 争点3 過失相殺(職権)について
2 争点1の1(適合性原則違反・新規委託者保護義務違反の有無)についての当事者の主張
(1) 原告の主張
商品取引員は,委託者の資産や収入,投資目的を聴取し,それに適合する取引を勧誘すべき義務がある。平成10年の商品取引所法改正以前においては,取引開始から3か月以内の新規委託者については,建玉を20枚に制限するという自主規制が行われていた。
また,原告は,被告に対し,当初,預貯金額を500万円未満である旨申告していた。
それにもかかわらず,本件取引では,被告は,原告に対し,取引開始からわずか1か月で1000万円を超える入金をさせており,取引枚数も,当初3か月以内でみても,最大93枚という多量の建玉を行わせている。そして,最終的には,原告の入金は,8300万円以上となっている。
このような取引を勧誘することは,明らかに,新規委託者保護義務に違反し,適合性原則に違反するものである。
(2) 被告の主張
原告の主張のうち,商品取引員は,委託者の資産や収入に適合するような取引を勧めるべきであること,平成11年4月以前においては,取引開始から3か月以内の新規委託者については建玉を20枚に制限するという規制があったこと,原告は,当初,預貯金額を500万円未満である旨申告していたこと,原告は,取引開始から1か月で1000万円ほどの入金をしていること,取引枚数が3か月以内で93枚になったことがあること,原告が8300万円以上の入金をしたことは認め,その余は争う。
平成10年以前には,新規委託者保護として習熟期間における取引枚数の制限があったが,その後,自由化に伴い,新規委託者保護については自主規制に委ねられるようになった。被告は,新規委託者保護のための自主的基準を設け,原告についても取引基準枠を設定し,原告は,取引基準枠の範囲内で取引を行っていた。
したがって,被告に新規委託者保護義務違反はないし,原告の資力,知識面からも,何ら適合性原則違反もない。
3 争点1の2(説明義務違反・助言義務違反の有無)についての当事者の主張
(1) 原告の主張
商品取引員は,顧客に対して,商品先物取引の仕組みやリスクを説明する義務があり,この点は,法律でも明記されているところである。特に,もともと興味のなかった顧客を取引に勧誘し,顧客が外務員の提供する情報に依存しているような場合には,単なる説明義務にとどまらず,当該顧客が万が一にも多額の損失を蒙らないように,適切な助言をすべき注意義務がある。
ところが,被告の外務員であるB及びCは,平成16年3月初めころ,原告の自宅を訪問した際,「商品先物取引委託のガイド」と題する書面(以下,単に「委託のガイド」という。)は交付したが,灯油やガソリンの取引で儲かるということを強調して「任せてください。」などと言うだけで,商品先物取引の仕組みやリスクを何ら説明しなかった。
被告の外務員らは,商品先物取引の仕組みやリスクを何ら説明しないまま,原告に取引を開始させ,むしろ,そのような原告の知識不足や無思慮の状態を利用し,「儲けさせるから任せてください。」などと述べて,あたかも外務員が運用する取引であるかのように述べて勧誘し,一任をとりつけたうえで,無定見な頻繁売買を行ったものである。
このような被告の外務員らの行為は,誠実公正義務に著しく反し,社会的相当性を逸脱した勧誘行為として,私法上も違法なものである。
(2) 被告の主張
原告の主張のうち,商品取引員は顧客に対し商品先物取引の仕組みやリスクを説明する義務があること,商品取引員は顧客に対しできる限り適切な助言をすべき注意義務があることは認め,その余は否認する。
B及びCによる原告に対する説明は,以下のとおりである。
Bは,平成16年3月2日,原告が経営する●●●に電話をし,被告が商品先物取引の会社であることを伝え,商品先物取引の概略を説明した。その際,原告から一度検討したいので資料を送付してほしいと言われ,Bは,商品先物取引に関する資料を原告に送付した。
Bは,平成16年3月5日,原告に対し,送付した資料を見てもらえたか確認のため電話連絡をしたところ,原告から資料は見たが理解できないところがあるので説明しに来て欲しいと言われ,同日午後6時,原告の自宅を訪問した。原告の自宅を訪問したBは,被告の会社の概要を説明した後,商品先物取引の説明をした。Bは,原告に対し,日経新聞やチャートを利用して商品先物取引の仕組みの概略を説明し,さらに詳しく説明をするため,「委託のガイド」を原告に交付して商品先物取引の仕組みを説明した。さらに,Bは,交付した委託のガイドと「リスク・マネージメント(予想が外れた場合の売買対処説明書)」と題する書面(以下「リスク対処説明書」という。)を利用して,商品先物取引のリスクについても説明した。Bは,一通り商品先物取引の仕組み及びリスクを説明したところで,原告に対し商品先物取引の仕組みとリスクにつき理解できたかどうか確認したところ,原告は理解できたとのことであった。そこで,Bは,原告に対し,商品先物取引を行う意思があるか確認したところ,原告は取引をやってみたいとのことであったので,原告に口座設定申込書の必要事項を記入し,最後に署名・押印してもらい,また,Bは原告に対し「商品先物取引の留意点」と題する書面(以下「留意点説明書」という。)及びリスク対処説明書について説明の上,原告に押印してもらった。上記のBの説明は,約2時間半かけて行われた。
Bは,平成16年3月8日,原告に対し,電話連絡をし,再度商品先物取引の説明をしたい旨述べたところ,原告から,自宅に来て欲しいと言われ,同日午後6時,上司であるCとともに,原告の自宅を訪問した。Cは,原告に対し,商品先物取引の仕組み,リスクにつき,再度確認のため説明を行った。Cは,特に,リスクについて丁寧に説明を行い,顧客にさらなる負担となる追加証拠金についてはできるだけ原告が理解できるよう丁寧に説明を行った。その際,原告から臨時増証拠金についての質問があったため,Cは,臨時増証拠金につき説明を行い,原告の理解を得た。そして,最後に,Cは,原告に対し,約諾書を交付し,約諾書等に署名・押印してもらった。
以上のとおり,B及びCは,商品先物取引の仕組みやリスクについて,丁寧に説明し,原告の理解を得た上で,原告からの注文に従い取引を行ったのであるから,被告には何ら説明義務違反はない。
4 争点1の3(無断売買及び実質一任売買の有無)についての当事者の主張
(1) 原告の主張
商品先物取引は,本来,顧客が,個々の取引について,商品,枚数,場節,値段等を指示して注文をすべきものである。ところが,次のとおり,本件取引は,すべて被告の外務員の判断で行われた。
原告は,商品先物取引の知識や相場に関する知識が一切ないので,被告の外務員に,すべて取引を一任していた。原告は,BやCから,「必ず儲かるので,任せてください。」,「絶対に損はさせない。」などと言われていたので,商品先物取引が自己責任に基づいて個別に注文する取引であるという意識が全くなく,商品先物取引は外務員が責任をもって行うものであるという理解をしていた。実際には,原告から,被告に対し,具体的な取引の注文をすることは一切なく,被告外務員から事後報告を受ける程度であった。特に,平成16年4月下旬から同年6月中旬ころまで,原告は長期間不在にしており,電話連絡もつかない状態であったが,この間も,毎日のように膨大な件数の取引が行われている。さらに,平成19年に入ってからは,同年1月中旬ころに,被告外務員から取引の経過報告があったが,それ以後は,同年8月9日に電話をするまで,約8か月にわたって全く連絡がなかった。それにもかかわらず,平成19年1月から取引終了までの8か月間において,約140件の新規建玉がなされている。
そして,原告は,入金する際には,Cから,当初は「もう少し追加してくれれば楽に儲かる。」などと言われて入金を重ね,その後も,「かなりまずい。今までのお金を無駄にしないためにも,大至急お金が必要。」,「全部お金がなくなるのでお金が必要。」,「今がつっぱり時です。」などと言われ,入金を重ねてきた。そして,平成18年4月24日以降,担当者がDに変わった後も,Dから,「年内に2000万円をお返しできる。最終的にはすべて取り戻す。」,「750万円あれば年内に返金が可能です。」,「あと300万円追加入金してくれたら全く問題なく年内には2000万円を返金できるし,追加入金も絶対に必要ない。」などと言われ,入金を重ねてきた。
(2) 被告の主張
原告の主張のうち,商品先物取引は,顧客が個々の取引について,商品,枚数,場節,値段等を指示して注文をすべきものであることは認め,その余は否認する。
被告の担当者は,原告に電話連絡をして,市況の報告をし,また,原告に対し相場表やチャートをFAX送信し,さらに原告自身もインターネットで情報を得ており,原告は,原告自身の相場観をもって積極的に注文を出していた。被告担当者は,原告からの注文に従い取引を行っていたのであるから,無断売買や一任売買ではない。
Cは,原告と携帯電話がつながらないときもあったが,その際は,原告の妻と連絡をとっていた。原告の妻によれば,原告は携帯電話がつながりにくいところにいるが,原告の妻とは連絡ができるので,原告の妻の携帯電話か原告の自宅に連絡して欲しいとのことであった。そこで,Cは,原告と携帯電話がつながらないときは,原告の妻の携帯又は自宅に連絡をして,原告の妻に原告と連絡を取ってもらい,取引を行っていた。また,Cは,取引内容を確認してもらうために,原告の自宅に赴き,残高照合通知書で取引内容を確認してもらい,相違ないことの確認をもらっていた。
また,原告が指摘する平成19年1月から同年8月までの間についても,Dは,原告と連絡を取りつつ,原告からの注文に従って取引を行っていたのであり,原告とDとの連絡が一切なかったことなどあり得ない。
5 争点1の4(過当取引や無意味な両建など取引内容の合理性の有無)についての当事者の主張
(1) 原告の主張
本件取引においては,以下のとおり,過当取引,不合理な取引が行われ,その結果として,手数料化率(損失に占める手数料の割合)が非常に高くなっている。
外務員を通じた商品先物取引の場合,取引の手数料は,証拠金の10パーセント前後であり,非常に高額である。従って,頻繁に売買を行うことは,顧客の損失の累積に直結し,反面で商品取引員の利益となる。商品先物取引業者が,顧客に対し,頻繁,大量に売買を行わせて,手数料を累積化させ,結果として顧客の資産を商品先物取引業者の資産に転化させることは,顧客の犠牲の上に利益をあげることを意図していることが強く推認されるところ,このような行為は,法の定める誠実公正義務に違反するものである。そして,取引の過当性については,月間売買回転率と証拠金稼働率がその指標となる。
月間売買回転率とは,一人の顧客につき,1か月間に平均何回の売買が行われたか計算するものであり,総仕切件数を取引日数で除し,それに30(便宜上,1か月を30日と考える。)を乗して算出したものである。本件の場合,平成16年3月9日の取引開始から平成19年8月13日の取引終了まで(1253日間)に,1423件の仕切件数があるので,月間売買回転率は34.1となる。これは,平均すると,1日1回以上の仕切取引をしているということであり,非常に頻繁な取引が行われたというべきである。
証拠金稼働率とは,委託者が預託している資金を分母とし,そのうち,建玉を維持するために必要な証拠金(本証拠金,臨時増証拠金,追証拠金,定時増証拠金)の総合計を分子とする比率であり,マージンレシオとも呼ばれ,必要な証拠金の総額を預託している資金で除したものに100を乗じて算出される。証拠金稼働率は,取引開始時点においては10パーセント以下,最大でも30パーセント程度であることが正常な状態であるといえる。しかし,原告が行った取引では,全取引日における平均の証拠金稼働率が94.6パーセントであり,異常な過当取引が行われているというべきである。
さらに,本件取引は,取引内容の質に着目しても,極めて不合理である。取引内容の不合理性については,両建率と特定売買比率がその指標となる。
特定売買とは,「直し」,「途転」,「日計り」,「両建」,「手数料不抜け」を指す。それぞれの特定売買の定義は,次のとおりである。
「直し」とは,既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に売直し又は買直しを行っているものをいう(限月の異なるものも含む。)。例えば,買い玉を保有して利益が出ている場合,これ以上値上がりをしないと考えれば仕切ることになるが,そのような判断をしておきながら,同じ日に同一の新規建玉をし直すことは,相場観としては明らかに矛盾し,手数料がかかる以外,何の意味もないのが通常である。したがって,「直し」は,よほど特殊な事情がない限り,手数料稼ぎの明白な徴表である。
「途転」とは,既存建玉を仕切るとともに,同一日内で新規に反対の建玉を行っているものをいう(限月が異なるものも含む。)。このような取引は無定見な売買の典型であり,頻繁に繰り返される場合には手数料稼ぎの徴表である。
「日計り」とは,新規に建玉し,同一日内に手仕舞いを行っているものをいう。商品先物取引の外務員取引の手数料は高額であることから,頻繁売買は手数料稼ぎの顕著な徴表であり,「日計り」が頻繁に認められる場合には,手数料稼ぎが推認される。
「両建」とは,既存建玉に対応させて,反対建玉を行っているものをいう(ただし,売り買い対応の建玉が同一枚数の場合を指すが,対応する建玉が不一致の場合には順次建玉を増加させたときは同枚数及び同枚数を超えることとなるまでその都度両建玉として取り扱い,同枚数を超えたとき及び逆に分割落としによって建玉を減じたときは両建玉から除く。)。「両建」は,売買両方の玉を保有するので,相場が上昇しても下落しても損益は発生せず,損切と全く同じ効果しかない一方,両建をするために反対の玉を建てなければならず,手数料がかさむなど有害なものであり,不合理な取引である。
「手数料不抜け」とは,売買取引により利益が発生したものの,当該利益が委託手数料より少なく,差引損となっているものをいう。商品先物取引は利益をあげるため行われるものであり,利益が出ているが手数料幅を超える利益が出ていないのに玉を仕切るということは,よほど特別な状況でなければありえない。このような取引は,通常は,顧客にとっては無意味な取引となる。
両建率とは,建玉をしていた期間(日数)を分母とし,そのうち両建状態であった期間(日数)を分子として,100分率で表すものである。
本件取引のうち,石油関係(灯油及びガソリン)については,合計614日間の取引が行われているところ,両建状態であった日は合計390日であり,石油関係の両建率は,63.5パーセントである。
本件取引のうち,大豆関係(一般大豆及びNON-GM大豆)については,合計774日間の取引が行われているところ,両建状態であった日は合計722日であり,大豆関係の両建率は93.3パーセントである。
本件取引のうち,金については,360日間の取引が行われているところ,両建がなされている日は,217日であり,金の両建率は60.3パーセントである。
本件取引のうち,ゴムについては,189日間の取引が行われているところ,両建がなされている日は,149日であり,ゴムの両建率は,78.8パーセントである。
本件取引のうち,とうもろこしについては,200日間の取引が行われているところ,両建がなされている日は119日である。したがって,とうもろこしの両建率は,59.5パーセントである。
以上のとおり,本件取引においては,両建率が非常に高く,極めて不合理な取引が行われていたというべきである。
また,上記のとおり,特定売買は不合理な取引であるところ,取引全体のうち特定売買がどの程度の割合で含まれているかを判断する指標が特定売買比率である。特定売買比率の算出方法には複数の方法があり得るが,新規建玉をしてから仕切るまでを一つの玉ととらえて個々の玉について特定売買の該当性を判定する方式をとり,かつ,一つの玉が複数の特定売買に該当しても1件とカウントする方式を採用した場合,本件取引の特定売買の件数は1204件,特定売買比率は84.6パーセントに上り,極めて不合理な取引が行われていたというべきである。
以上のとおり,本件取引においては,量的にも異常な過当取引が行われ,質的にも極めて不合理な取引が行われた。その結果,原告が被った8314万1310円の損失の内,手数料は4147万5210円であり,手数料化率は49.89パーセントと非常に高い。このように不合理な取引を商品先物取引の仕組みやリスクを理解していた者が行うはずがないのであるから,本件取引の内容自体から,原告が商品先物取引の仕組みやリスクを理解していなかったこと,被告外務員らが手数料稼ぎを目的として,原告を操縦し,あるいは原告に無断で,無意味な取引を繰り返していたことが推認できる。
(2) 被告の主張
原告の主張のうち,各特定売買の定義,手数料の合計が4147万5210円であること,手数料と取引損を含めた損金の合計が8314万1310円であることは認め,その余は争う。
原告は月間売買回転率なる基準を用いて本件取引が過当取引であるなどと主張しているが,原告のように取引の仕組みやリスクを十分理解した上で自ら積極的に取引を行った者については,月間売買回転率が高いから過当取引であり不当な取引であるということにはならない。
原告は,証拠金稼働率なる基準を用いて本件取引が過当取引であるなどと主張しているが,証拠金稼働率について適正な基準など存在しない。また,顧客が預託した資金には利息などはつかないのであり,その資金を利用せずに遊ばせておくことを顧客は望まない。資金的な余裕をもって取引すべきことを指摘する書籍は存在するが,それは,必ずしも,預託した資金の中で余裕をもって取引すべきことを意味するものではない。要するに,余裕資金を有しているのであれば,預託した資金をすべて利用して取引を行うことは何ら問題ない。原告は,本件取引内容からすると,かなりの資金を保有しており,借入れをした形跡もないのであって,原告が余裕資金を保有しながら,そのうちの一部の資金を利用して取引を行っていたことは明らかである。
原告は,「直し」はよほど特殊な事情がない限り手数料稼ぎの明白な徴表であると主張するが,1日の中でも値動きは短期間で絶えず変動するため,「直し」も相場の動向によっては合理的な取引である。原告のように自ら積極的に取引に関与し,自らの相場観で取引を行った場合には,「直し」を違法,不当な取引ということはできない。
原告は,「途転」が頻繁に繰り返される場合には手数料稼ぎの徴表であると主張するが,「途転」も相場の動向によっては合理的な取引である。原告は,自ら積極的に相場を予想して取引を行っており,しかも,本件取引における「途転」自体に十分合理性があることから,「途転」が違法,不当な取引ということはできない。
原告は,「日計り」が頻繁に認められる場合には,手数料稼ぎが推認されると主張するが,「日計り」は委託手数料がそもそも半額である上,相場の動向が不透明な場合には,翌日まで玉を残しておくと大きく値が動いてしまい損失が大きくなる危険性があるので,合理性のある取引である。また,原告は,自らの相場観に基づき取引を行っていたのであり,委託者である原告の意思に基づき行われた取引であれば,「日計り」を違法,不当な取引ということはできない。
原告は,「両建」について,不合理な取引であると主張するが,「両建」も一定の合理性を有する取引である。また,被告担当者らは,原告に対し,事前に「両建」の仕組みやリスクを説明しており,原告もそれを理解した上で取引を行っている。また,被告担当者らは,取引期間中においても,原告に取引状況等を説明し,様々な対処方法を説明した上で原告が「両建」を選択したのであって,「両建」を違法,不当な取引ということはできない。
原告は,「手数料不抜け」について,通常無意味な取引であると主張するが,相場の動向によっては合理的な取引である。
以上のとおり,各特定売買は,それぞれ合理性を有する取引であり,特定売買の回数や比率によって,取引が違法,不当かどうかを判断することはできない。また,原告は,異なる商品である灯油とガソリン,NON-GM大豆と一般大豆とを含めて,特定売買の回数を算出しており,原告が主張する特定売買の回数,比率は正しいものではない。
原告は,手数料化率が非常に高いとして,本件取引が違法,不当であると主張するが,手数料化率は,何ら違法性の判断基準となるものではない。例えば,手数料が100万円で手数料を含めた損失が1000万円であった場合には手数料化率は10パーセントであるのに対し,手数料が同じく100万円で手数料を含めた損失も100万円(取引損が0)であった場合には手数料化率は100パーセントとなる。このように顧客にとって損失が小さい方が有利であるにもかかわらず,損失が小さければ手数料化率が高くなってしまう。このように,手数料化率は,違法性の判断基準としては全く不合理である。
6 争点2(損害額)についての当事者の主張
(1) 原告の主張
原告は,被告の不法行為(民法715条)又は債務不履行により,次の損害を被った。
取引損及び手数料による損失 8314万1310円
弁護士費用 830万円
合計 9144万1310円
(2) 被告の主張
争う。
7 争点3(過失相殺)についての原告の意見
被告は,C及びDらによる故意の不法行為(常時両建や業務日誌及び電話記録簿のねつ造等)により,原告に損害を被らせた。これに対し,原告の落ち度は,仮に存在するとしても,過失に過ぎない。
また,本件では,一任売買が行われているところ,C及びDらは,原告から高度の信頼を寄せられていたにもかかわらず,その信頼を裏切って,原告の不利益となるような取引を主導しており,原告の落ち度を探し出して過失相殺をするのは公平とはいえない。また,一任売買が行われていたことから,原告には,損害拡大を阻止する可能性が欠如している上,原告に自己責任を問うこともできない。また,一任売買をしたこと自体を過失ということもできない。
また,原告は,長期間取引を行っているが,これは,取引の継続を勧めるC及びDらの助言を信頼した結果であり,取引を継続したことを過失と捉えるのは誤りである。
また,商品先物取引の顧客の社会経験の豊富さを理由に過失相殺をすることも,過失相殺の本来の趣旨からすれば,誤りである。
以上の諸点を考慮すれば,本件では過失相殺をすべきではない。
第5当裁判所の判断
1 認定事実
証拠(甲14の1ないし5,甲29の1ないし5,甲36(ただし,後記信用できない部分を除く。),甲37,甲42,甲43,甲44の1及び2,甲53,乙4,乙5,乙7ないし9,乙12ないし14,乙16,乙17,乙18の1,乙22の1,乙23,乙27の1ないし42,乙28の1ないし14,乙30の1ないし15,乙52の1及び2,乙55(ただし,後記信用できない部分を除く。),乙60,証人B(ただし,後記信用できない部分を除く。),証人D(ただし,後記信用できない部分を除く。),原告本人(ただし,後記信用できない部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(なお,括弧内に,認定の根拠となる主な証拠を挙示した。)。
(1) 原告は,昭和44年生まれであり,最終学歴は中学校卒業である。原告は,平成16年当時,●●●という中古車販売の会社を経営していたが,●●●は,業として,中古車をロシアへ輸出していた。(甲36,原告本人)
原告は,盗品等有償譲受けの罪により,平成16年○月○日に逮捕され,同月30日に勾留された。原告について,同日,接見禁止決定があり,接見禁止は,公訴提起の日である同年○月○日まで継続した。原告は,同年6月8日,保釈された。(甲42,甲53)
原告の容疑は,窃盗グループから盗難車を買い取り,ロシア人ブローカーに転売したというものであった。(乙60)
原告は,その後,執行猶予付きの有罪判決を受けた。(原告本人)
原告は,平成5年に,自宅の土地建物を取得し,住宅金融公庫を抵当権者とする1番抵当権及び北海道労働金庫を抵当権者とする2番抵当権を設定したが,いずれも,平成19年5月に弁済を終え,抵当権設定登記は抹消されている。(乙52の1及び2)
(2) 被告において新規顧客の開拓を担当していたBは,平成16年3月2日,自動車関連の名簿を利用して,電話で,商品先物取引の新規顧客の勧誘をし,●●●に電話をした。そして,原告に商品先物取引の勧誘をし,その後,原告の自宅に,商品先物取引の資料を送付した。(乙55,証人B)
(3) Bは,平成16年3月5日午前,原告の携帯電話に電話をかけ,商品先物取引の勧誘をし,同日午後6時ころ,原告の自宅を訪問した。
Bは,原告に対し,同日,午後6時ころから午後8時30分ころまで,商品先物取引について説明を行った。
その際,Bは,原告に対し,委託のガイド,リスク対処説明書,留意点説明書を交付し,これらについて,説明を行った。
委託のガイドには,商品先物取引の仕組み,委託契約の手順と取引の流れなどが記載されており,商品先物取引の危険性についても説明が記載されていた。すなわち,商品先物取引が利益や元金の保証されたものではないこと,預託した証拠金以上の多額の損失が生じる危険性もあること,相場の変動に応じ当初預託した委託証拠金では足りなくなり,取引を続けるには追加の証拠金を預けなければならなくなることがあること,証拠金を追加したとしても,さらに損失が増え,預託した証拠金全額が戻らなくなったり,それ以上の損失が生じることもあること,商品取引所の市場管理措置により,値幅制限や建玉制限があり,指示に基づく取引の執行ができないことがあることなどが,記載されていた。また,売買報告書及び売買計算書など,被告から原告に送付される書類の見方についても,説明が記載されていた。
リスク対処説明書には,商品先物取引は,予想したとおりに値段が動けば大きな利益を生むこと,逆の場合は損失が発生することなどが記載され,予想が外れた場合の一般的な対処の仕方として,決済,追い証,難平,両建,途転についての説明が記載されていた。
留意点説明書には,商品先物取引のリスクについて,説明が記載されていた。すなわち,商品先物取引は,利益や元金の保証されているものではないこと,預けた証拠金以上の損失となる危険性もあること,相場の変動により,当初預けた証拠金では足りなくなり,取引を続けるには追加の証拠金を預けなければならなくなることがあること,また証拠金を追加したとしても,さらに損失が増え,預けた証拠金全額が戻らなくなったり,それ以上の損失が生じることもあること,商品取引所の市場管理措置により値幅制限や建玉制限があるので,顧客の指示に基づく取引の執行ができない場合もあることが記載されていた。また,取引の注文は,顧客自身の判断により明確に指示すること,注文の際には,顧客が,①商品取引所名,商品名,②何月限の取引か,③売付けか,買付けか,④新規に建玉するのか,すでにある建玉を仕切るのか,⑤何枚の取引か,⑥取引する価格をあらかじめ指定(指値)するのか,しない(成行)のか,⑦指値なら価格はいくらで期限がいつまでの注文なのか,成行なら何日のいつの場節で取引を行うのかを,指示すべきこと,取引を担当者に任せることは禁止されていることが記載されていた。
Bは,原告に対し,委託のガイド,リスク対処説明書,留意点説明書に基づき,口頭で,商品先物取引が利益や元本の保証されたものではないことや,預けた証拠金以上の損失が生じることがあることなどを説明した。
原告は,Bの説明を聞いた後,口座設定申込書に,署名押印した。口座設定申込書には,原告自身が記入する欄があり,原告自身が,平成16年3月5日に説明を受けた旨,説明を受けた時間が午後6時ころから午後8時30分ころである旨,説明をした者がBである旨,説明を受けた場所が原告の自宅である旨を記入し,「商品先物取引委託のガイドの交付・説明を受け理解しました。」,「商品先物取引のリスクマネージメントについて充分説明を受け理解しました。」,「商品先物取引の留意点について充分説明を受け理解しました。」の各欄に,原告自らチェックを入れた。また,原告は,口座設定申込書の「収入・資産状況」の欄に,年収が500万円以上1000万円未満である旨,預貯金・有価証券等の資産が500万円未満である旨,不動産・その他の資産として土地と家を有する旨記入したが,これは過少申告であった。(甲36,乙4,乙5,乙7,乙8,乙9,乙55,証人B,原告本人)
(4) Bは,平成16年3月8日午前,原告に電話連絡をして,上司とともに面談したい旨申し入れた。そして,BとCは,同日午後6時20分ころ,原告の自宅を訪問した。
Cは,原告に対し,受託契約準則を交付して,読んでおくよう伝えた。そして,原告は,約諾書に,署名押印した。約諾書には,原告が商品先物取引の危険性を了知した上で,原告の判断と責任において取引を行うことを承諾した旨記載されていた。
さらに,Cは,原告が商品先物取引の未経験者であったことから,原告に対し,「お取引の基準枠について」と題する書面を交付し,取引開始から3か月の間は原則として必要本証拠金額が500万円以内で取引を行うこと,それ以上の取引を行うには書面による取引基準枠の変更の申出が必要であることを説明した。(乙5,乙12,乙13,乙14,乙55)
(5) 原告は,平成16年3月9日,157万5000円を入金して,商品先物取引を開始した。(争いがない。)
(6) 原告は,被告に対し,平成16年3月29日,1000万円までの取引枠拡大の申出を書面で行った。この申出を受け,被告は,原告の取引枠を,1000万円に拡大した。(乙16,乙17,乙18の1)
また,原告は,平成16年3月29日,被告のアンケートに記入して,Cに提出した。そのアンケートには,「商品先物取引は元金や利益が保証されたものではありません。お取引で多額の利益・損失が生じる場合もあることをご存じですか?」という問いがあったところ,原告は,「(イ)はい,(ロ)いいえ」のうち,「(イ)はい」に丸印をつけるなどしていた。(乙22の1)
(7) 原告は,上記(1)のとおり,盗品等有償譲受けの罪により,平成16年4月28日から同年6月8日まで,身柄を拘束されていた。さらに,同年4月30日から同年5月18日までは接見が禁止され,外部との連絡が全く付かない状況にあった。
それにもかかわらず,Cは,平成16年4月28日から同年6月8日までの間,原告に全く無断で,別紙1「建玉分析表」記載のとおり,商品先物取引を行った。
そして,Cは,原告と全く連絡を取っていないにもかかわらず,被告の電話記録簿(乙36の2及び3)に,原告から電話で注文を受けた旨や,取引が成立したことを原告に電話で報告した旨を記載し,虚偽の記録を作成し続けた。
Cは,原告の取引を担当していた間,原告から個別具体的な注文を受けないまま,商品先物取引を行い,原告には事後報告をするのみであった。(甲36,甲37,甲43,原告本人)
(8) 原告は,平成18年4月上旬ころ,被告本社に電話をし,担当者の交代を申し入れた。この申し入れを受けて,被告は,原告の担当者をCからDに交代させた。この担当者変更の際,原告は,被告に対し,「前担当者との取引期間中については自己責任において取引しており,今後も自己資金・自己判断で取引を行う事を申し入れます。」と記載された書面に住所と氏名を記載して差し入れた。(甲36,乙23,原告本人)
(9) Dは,平成18年4月24日ころから平成19年8月の取引終了時まで,原告の取引を担当していたところ,Dが担当した取引は,ほとんど常時両建の状態となっており,かつ,非常に頻繁な売買が行われていた。(甲14の2,証人D)
Dは,原告から,個別具体的な注文を受けないまま,商品先物取引を行っていた。(甲36,原告本人)
(10) 原告は,平成19年8月9日午後2時30分ころ,Dと電話で会話し,その会話を録音した。
この電話の際,Dは,原告に対し,「ご無沙汰してます。一生懸命まかしてがんばってますけども」などと発言した。そして,原告が「とりあえず去年からさ,12月くらいからもうほとんど連絡なかったからさ,ちょっと心配になって今あれ」と発言したのに対し,Dは「いや12,いや12月,いや1月も電話して」などと発言した。(甲44の1及び2)
(11) 被告は,原告に対し,取引が成立する都度,売買報告書及び売買計算書を,原告に送付していた。また,被告は,原告に対し,定期的に,建玉の状況等を報告する残高照合通知書を送付していた。(乙27の1ないし42,乙28の1ないし14,乙30の1ないし15)
(12) 本件取引においては,取引期間全体にわたり,ほぼ常時,両建の状態になっていた。また,本件取引においては,特定売買の数が非常に多い。(甲14の1ないし5,甲29の1ないし5)
2 事実認定の補足説明
(1) 上記1(3)の認定について
原告は,上記1(3)の認定と異なり,Bは先物取引の仕組みやリスクを何ら説明しなかったと主張し,それに沿う証拠(甲36,原告本人)もある。
しかしながら,原告は,自ら,口座設定申込書に,説明を受けて理解した旨のチェックを入れたり,2時間30分程度説明を受けた旨の記入をしており,かつ,原告は,中古車販売の会社を経営していたのであり,契約書面の重要性を認識していたことは明らかであるから,上記証拠(甲36,原告本人)のうち,上記1(3)の認定に反する部分は,信用できない。
一方,被告提出の証拠(乙55,証人B)中には,Bが原告に対し委託のガイドにアンダーラインを引きながら説明した旨の記載及び証言が存するが,反対趣旨の証拠(甲45)に照らし,にわかに信用できない。
なお,上記第3の5のとおり,原告は,本件取引により,合計8314万1310円もの損失を被っているにもかかわらず,上記1(1)のとおり,本件取引の期間中に住宅ローンの返済を終えている。原告には,原告が口座設定申込書に記載した以上に,収入又は資産があったことは,明らかである。
(2) 上記1(7)及び(9)の認定について
被告は,上記1(7)及び(9)の認定と異なり,C及びDは,原告から,個々の取引について,具体的に注文を受けて取引を行ったと主張し,それに沿う証拠(乙32の1ないし6,乙33,乙34の1ないし5,乙35の1及び2,乙36の1ないし14,乙37の1ないし5,乙56,乙57,証人C,証人D)を提出する。
しかしながら,上記1(7)に認定のとおり,原告が捜査当局に身柄拘束され,Cと全く連絡が取れない状況にある期間においても,Cは,取引を行い,原告と連絡を取っていた旨の虚偽の記録(乙36の2及び3)を作成していた。このように,被告は,明白な虚偽の記録を作成し,証拠として提出しているのであり,上記各証拠のうち,上記1(7)及び(9)の認定に反する部分は,信用することができない。
また,Dは,上記1(10)のとおり,原告と会話しているところ,上記第3の3のとおり平成19年7月及び8月にも取引が行われているのであり,これらの取引の際にDが原告と連絡を取っていたのであれば,上記1(10)のような「12月,いや1月も電話して」などという発言をするはずがない。Dについても,原告から具体的な注文を受けずに取引を行っていたことは,明らかである。
3 争点1(不法行為又は債務不履行の成否)について
(1) 争点1の3(無断売買及び実質一任売買の有無)について
上記1(7)及び(9)に認定のとおり,C及びDは,原告から具体的な注文を受けることなく取引を行っており,これらが無断売買又は実質一任売買に当たることは明白である。
そして,商品先物取引においては,顧客が個々の取引について,商品,枚数,場節,値段等を指示して注文をすべきものであるから,争点1のその余の争点(争点1の1,1の2,1の4)について判断するまでもなく,C及びDの行為が不法行為に該当し,被告が使用者責任を負うことも,明白である。
(2) 争点1のその余の争点について
事案にかんがみ,争点1のその余の争点について,付言する。
ア 争点1の1(適合性原則違反・新規委託者保護義務違反の有無)について
原告は,原告が預貯金額を500万円未満であると申告していたのに,取引開始からわずか1か月で1000万円を超える入金をさせるなどしたから,新規委託者保護義務違反や適合性原則違反があるなどと主張する。
しかしながら,上記1(1)及び(3)に認定のとおり,原告による資産及び収入の申告は過少申告であり,原告には,本件取引により合計8314万1310円もの損失を被っても,住宅ローンの返済に支障を来さないだけの潤沢な資金があった。
さらに,原告は,商品先物取引の経験自体は初めてであるとしても,上記1(1)に認定のとおり,盗難車を買い取って転売するという犯罪を行っていたのであり,これは,いわば,究極のハイリスク・ハイリターン取引ともいえる。
これらの事実によれば,被告に新規委託者保護義務違反や適合性原則違反があるとはいえない。
イ 争点1の2(説明義務違反・助言義務違反の有無)について
上記1(3)に認定のとおり,Bは,原告に対し,2時間30分程度の時間をかけて,商品先物取引の仕組みやリスクについて説明を行っている。したがって,原告の主張のうち,被告の外務員が,商品先物取引の仕組みやリスクを何ら説明しなかったとの点は,採用することができない。
しかしながら,上記1(7)及び(9)に認定のとおり,C及びDは,実質一任売買を行っていたのであり,原告に対する説明を担当したB及びCには,一任売買が許されないことを原告が理解できるように説明することを怠っていたといわざるを得ない。
この点で,B及びCには,説明義務違反・助言義務違反がある。
ウ 争点1の4(過当取引や無意味な両建など取引内容の合理性の有無)について
上記1(12)に認定のとおり,本件取引は,ほぼ常時,両建の状態になっていた上,特定売買の数が非常に多い。これらの取引内容について,被告は,要するに,「原告が自らの相場観に基づいて積極的に取引を行っていたのであるから,違法,不当とはいえない。」などと主張するのであるが,上記(1)のとおり,実際には,無断売買又は実質一任売買が行われていたのであり,被告の主張は採用できない。本件取引の内容は,合理性を有するものとは到底いえず,この点からも,本件取引は,違法なものである。
4 争点3(過失相殺)について
上記1(1)及び(3)に認定のとおり,原告は中古車販売の会社を経営していたところ,このように会社経営の経験を有する原告が,Bから,商品先物取引の仕組みやリスクの説明を受け,それに関する書類の交付も受けていたことが認められるのであるから,原告は,商品先物取引が,大きな損失を被るリスクのある取引であることは,理解していたというべきである。
さらに,本件取引は,平成16年3月9日から平成19年8月13日まで約3年5か月もの長期間にわたって行われており,その間,上記1(11)に認定のとおり,被告は原告に対し,取引状況を報告する書面を送り続けていたのであるから,原告は,本件取引により損失が拡大し続けていることについて,容易に認識できる状況にあり,かつ,認識していたというべきである。
それにもかかわらず,原告は,本件取引を継続し続けていたのであるから,損害が拡大したことについては,原告にも相応の過失があったものというべきである。
上記の諸事情や,その他の本件に現れた一切の事情を考慮すると,原告の過失割合を3割として過失相殺するのが相当である。
なお,原告は,上記第4の7のとおり,本件では過失相殺をすべきでないと意見を述べるが,当裁判所の見解は上記のとおりであり,原告の意見とは異なる。
5 争点2(損害額)について
上記第3の5のとおり,原告は,本件取引によって,合計8314万1310円の損失を被っているところ,その損失は,上記3(1)の不法行為に基づく損害にあたるというべきである。
そして,上記4のとおり,3割の過失相殺により,原告が被告に損害賠償請求できる金額は,5819万8917円となる。
また,原告が要した弁護士費用のうち,不法行為と相当因果関係のある部分として被告に請求できる金額は,580万円とするのが相当である。
したがって,原告が被告に対し請求できる金額は,上記の合計額である6399万8917円及びこれに対する不法行為後の日である平成19年8月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金となる。
第6結論
以上によれば,原告の請求は,6399万8917円及びこれに対する不法行為後の日である平成19年8月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を(ただし,訴訟費用についての仮執行宣言の申立てについては,相当でないので,これを却下する。),それぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中野琢郎)
<以下省略>