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札幌地方裁判所 平成19年(ワ)512号 判決 2009年3月26日

札幌市<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

荻野一郎

東京都千代田区<以下省略>

日本ファースト証券株式会社破産管財人

被告

同訴訟代理人弁護士

野本彰

中村繁史

主文

1  原告が,破産者日本ファースト証券株式会社に対し,東京地方裁判所平成20年(フ)第4650号事件につき,712万3647円の破産債権を有することを確定する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,原告が日本ファースト証券株式会社(以下「破産会社」という。)の外務員から,不適格者であるのに外国為替証拠金取引と称する「NFS FX」を執拗に勧誘され,十分な説明を受けることなく,一任取引により原告に多額の損害が生じたとして,破産会社に対し,使用者責任に基づき,損害の賠償として664万5040円及びこれに対する不法行為後の取引終了日である平成18年10月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めて訴えを提起したところ,破産会社が破産手続開始決定を受け,その破産管財人に選任された被告が,原告が破産債権として届け出た上記債権全額を認めない旨認否して訴訟手続を受継したために,原告が,被告に対し,上記損害賠償金664万5040円及びこれに対する平成18年10月12日から破産手続開始決定の前日である平成20年3月20日まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金47万8607円の合計712万3647円の破産債権(以下「本件破産債権」という。)を有することの確定を求める訴えに変更した事案である。

1  前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア 原告は,平成16年当時,北海道●●●に居住していたが,平成18年3月に原告肩書住所地に転居した(原告本人)。

イ 破産会社は,有価証券の売買,先物取引,通貨の売買取引業務等を業とする会社であった。破産会社は,平成20年3月21日,東京地方裁判所において破産手続開始決定を受け(東京地方裁判所平成20年(フ)第4650号),被告が破産会社の破産管財人に選任された。

(2)  外国為替証拠金取引について

外国為替証拠金取引は,顧客が取引業者に対し一定の証拠金を預託し,レバレッジを利用して,差金決済による外国通貨の売買を行う取引である。

破産会社が行っていた「NFS FX」という外国為替証拠金取引(以下「本件取引」という。)は,概ね次のような内容のものであった。(甲7)

ア 取引形態 相対取引

イ 取引通貨 米ドル/日本円,ユーロ/日本円,オーストラリアドル/日本円,英ポンド/日本円,スイスフラン/日本円

ウ 売買単位 最低取引単位は1万通貨単位(1売買取引単位を「1枚」という。)

エ 倍率 1万倍(1通貨単位につき1円の値動きで1万円の損益)

オ 取引証拠金 新規の売り又は買い注文に必要な証拠金。

1枚当たりの証拠金は,8万円ないし14万円(100円未満から140円以上の為替レートによって異なる。)

カ 取引手数料 片道1枚当たり2000円ないし2500円(100円未満から140円以上の為替レートによって異なる。)

キ 決済期限 最長6か月

ク スワップポイント(売買を行う2種類の通貨の金利差相当額)

高金利通貨の買いの場合はポイントを受け取り,逆に,売りの場合はポイントを支払う。

(3)  本件一連の取引の経過

原告は,平成16年11月4日,破産会社に口座を開設して本件取引を開始した。原告と破産会社との間の取引内容は,別紙建玉分析表①ないし⑦のとおりであり,その結果をまとめたものが別紙差金・手数料一覧表のとおりである(以下,これら一連の取引を「本件一連の取引」という。)。本件一連の取引における破産会社に対する入出金経過は,別紙入出金経過表のとおりである。

なお,破産会社(札幌支店)の外務員が原告を担当した期間は,A(以下「A」という。)につき平成16年11月4日から平成17年4月12日まで,B(以下「B」という。)につき同日から平成18年5月まで,Cにつき平成18年5月,Dにつき同年8月から取引終了までであった。

(4)  破産債権の届出

原告は,同年4月16日,東京地方裁判所に対し,本件破産債権を破産債権として届け出たが,被告は,同年11月5日の債権調査期日において,本件破産債権について,証拠不十分を理由として異議を述べた。

2  争点

(1)  不法行為責任の成否

(原告の主張)

破産会社の外務員らによる,次のとおり一連の行為は,社会的相当性を逸脱した不法行為である。

ア 執拗な勧誘行為

外国為替証拠金取引は,その本質が射倖性の高い賭博行為であり,一般消費者には複雑かつ高度の危険性を有する取引である。現在では,顧客から要請のない勧誘一般が禁止されている。

原告は,平成16年8月ころから,破産会社から4,5回された勧誘を断っているのに,執拗に勧誘を継続し,本件契約を締結させた。このような執拗な勧誘は社会的相当性を逸脱し,私法上も違法となる。

イ 不適格者勧誘

外国為替証拠金取引は,商品先物取引以上に複雑かつ危険性が高く,一般消費者に不適格な取引であるから,勧誘・取引を業とする破産会社としては,信義則上,取引に参加する余裕資金を有し,経歴,社会的経験,能力等に照らして,取引を理解して,自ら注文指示を行えるに相応しいもののみ勧誘すべき注意義務を負うことは当然である。

ところが,原告は,為替取引の知識もないばかりか,先物取引・株取引等の投資取引の経験がなく,昭和60年に婚姻後は専業主婦であり,社会的経験にも乏しい。また,収入もなく,預金も200万円程度しかないから,為替相場を指標とし,仕組みが複雑であり,かつ,元本全損ばかりか不足金さえ生じ得る高度の危険性を伴う本件取引には全く不適格であり,実際,原告は自ら取引の指示注文を出したことは一度もない。

破産会社外務員らは,原告が全くの不適格者であることを知りつつ,本件取引を勧誘し,多額の金員を支払わせて,多額の損害を被らせた。このような勧誘は,社会的相当性を逸脱した不法行為である。

ウ 説明義務違反

外国為替証拠金取引は,元本が全額なくなるだけでなく,場合によってはそれ以上の損害が生じる危険性もある上,その仕組みも複雑であるから,取引をするためには,最低限,損益計算,手数料計算は自ら行えなければならないのであり,この取引への参加を勧誘することを業とするものとしては,本件取引の仕組みや危険性などを十分説明し,理解させた上で,参加させる信義則上の義務を負っている。

ところが,破産会社外務員は,原告に対し,本件取引が破産会社との相対取引で,想定元本の一部の証拠金を差し入れ,為替を指標とした差金決済を目的とする取引であること,その本質が射倖性の高い賭博行為であること,追証拠金の意味・発生要件,高額の手数料,売取引のスワップポイントなどについて説明をしなかった。

エ 一任売買

本件一連の取引は,原告が,時々,電話などで売買報告を受ける程度であり,破産会社外務員に売買を一任されていた(特に,本件一連の取引中には,原告に無断でされたものもあり,これは一任売買であることを裏付ける事情である。)。

本件取引の本質は,射倖性の高い私的賭博であり,公設の市場を有しない相対取引であって,顧客である原告と破産会社との利益は相反し,本件取引による原告の損失は破産会社の利益になる。しかも,本件取引においては,破産会社が本件取引を行う都度,顧客から高額の手数料を取得する仕組みになっており,破産会社への一任売買を認めると,顧客である原告の利益を犠牲にして売買を繰り返すことにより多額の手数料収入を取得することになる。現に,破産会社は,頻繁に売買を繰り返した結果,542万7000円(預託金残金651万7300円の約83%)もの手数料を取得した。

したがって,一任売買は,破産会社が原告の利益を犠牲にして自己に有利な取引を行う要素を多数備えているから,本件取引における一任売買の合意は社会的相当性を欠く違法行為である。

(被告の主張)

破産会社の外務員は,何ら不法行為を行っていない。

ア 執拗な勧誘について

破産会社は執拗な勧誘を行っていない。

イ 適合性原則違反について

本件取引は,商品先物取引よりもレバレッジ度が低く,損の危険性は小さいから,本件取引における適合性の基準は,商品先物取引のそれよりも緩和されるべきであり,破産会社では,内部で,顧客の適合性の基準を設けていた。

原告の申告内容に照らすと,原告は不適格者には当たらない。

原告の年齢,職歴,社会経験などから,仮に,適合性原則を適用されたとしても,原告は,本件取引を行うための基準を十分満たしている。

ウ 説明義務違反について

本件取引の仕組み,ルール,危険性等について説明しており,原告の理解を得た。すなわち,リスク説明においては,預託証拠金以上の損が生じることもあること,損が必要証拠金の60%を超えた場合,追加の証拠金を支払うか損を覚悟で建玉の全部又は一部を決済するかしなければならないことを説明している。また,リスク回避の方法として,3通貨の取引をすることにより,ある通貨変動による損を他の通貨でカバーする手法やその他予想が外れた場合の対処方法も説明して原告の理解を得た。

エ 一任売買について

本件一連の取引は,一任売買ではなく,原告の意思と判断によるものである。

仮に,一任売買であったとしても,一任売買を禁止する規定はなく,その合意自体違法ではない。

なお,原告は相対取引であることを強調するが,破産会社が顧客との間で本件取引を行った場合,同時にその反対売買をSAXO銀行(本店所在地デンマーク)などのカバー先との間で行っていたから,相場がどのように変動しても,中間に入っている破産会社には損得が生じず,顧客の損失が破産会社の利益になるという関係にはない。

(2)  損害額

(原告の主張)

ア 財産的損害

原告は,破産会社外務員の不法行為により取引を開始した結果,別紙入出金経過表の差引損害額欄記載の604万5040円の損害を被った。

イ 弁護士費用 60万円

(被告の主張)

争う。

(3)  過失相殺の有無

(被告の主張)

原告には重大な過失があるから,原告の請求は全額について過失相殺されるべきである。

原告は,取引ガイドの交付を受けて説明を受け,外国為替取引口座開設申込書には取引ガイドの交付,説明を受けて取引の仕組みについて理解したことなどを明記した上で署名捺印し,さらに「重要事項説明書」の交付,説明を受けている。そして,本件取引につき元本保証されるものではないことなど取引内容の重要部分については,原告としても理解していた。

仮に原告が,商品の仕組みや内容について理解できない部分があるなどすれば,破産会社に対し,説明を求めるなどし,破産会社の勧誘に従わず,取引を拒否することも可能であったにもかかわらず,原告は,平成16年11月から平成18年8月という長期にわたり,継続的に取引を行い,毎月,残高照合通知書による取引結果の報告を受けていた。

そもそも投資商品の取引は本来自己の責任と判断に基づいて行うべきであり,仮に破産会社の何らかの不法行為が介在したとしても,破産会社を盲信し軽々に取引を実施していたことは軽率であるというほかない。

原告は,取引開始当時48歳という思慮分別のある年齢であり,また高等学校卒業後,2年間保育専門学院に通うなど学歴を有し,取引開始当時から北海道新聞を定期購読するほかテレビニュースなどによって日々情報に接していたのである。また,学校卒業後,10年間保母を勤め一定の社会経験を有することなどに照らしても,原告の過失は明らかである。

(原告の主張)

もともと本件取引は極めて射倖性の高い取引である。

しかも,原告は投資経験のない無収入の専業主婦であり,「証拠金取引」という言葉自体理解が困難であるところ,原告を信頼させて勧誘されたという経過の下で,投資経験や投資知識のない原告に,交付された取引ガイド,口座開設申込書,重要事項確認書を読んで質問すべきというのは不可能を強いるものである。

さらに,本件では,原告に自己責任原則の基礎となる本件取引の仕組みについての正しい情報提供が行われていないのである。そして,原告の属性に照らして,破産会社外務員の説明を全面的に信用しても無理からぬところである。

仮に,本件で過失相殺するということは,本件が相対取引であり,本件取引の内容として原告の損害の大部分は手数料であることから,原告の損失の下に破産会社に利益を残すことになるが,このような結果は過失相殺の理念である損害の公平な分担に反することは明らかであるから,過失相殺すべきでない。

また,仮に,原告に多少の落ち度が認められるとしても,破産会社外務員らの不法行為の態様は原告の落ち度をはるかに凌ぐことは明らかであって,このような観点からも過失相殺は不適当な事案である。

第3当裁判所の判断

1  前提事実に証拠(後掲括弧内のもののほか,甲20,原告本人。ただし,後記に認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められ,その認定を左右するに足りる証拠はない。

(1)  原告

原告(昭和30年○月生)は,昭和50年に保育専門学院を卒業し,養護施設の保母などの仕事をしていたが,昭和60年に結婚してからは専業主婦となった。原告には株取引その他投資経験は全くなかった。原告の資産は,平成16年11月当時,300万円程度の貯金しかなかった。なお,原告は,その当時,原告の介護を受けるために原告方の近くに転居してきた原告の母から,介護等必要な場合に備えて300万円を預かっていた。(甲31,34ないし39)

(2)  取引経過

ア 破産会社の外務員は,平成16年8月6日,原告に対し,電話で勧誘した。Aは,同月18日ころ,原告に対し,電話で本件取引を勧誘した。(乙11,証人A)

その後,Aは,同年10月19日,原告に対し,再び電話で本件取引を勧誘し,資料を送付した。上記資料には,本件取引において,米ドル,オーストラリアドル,ユーロを各10枚買うと(取引証拠金は,順に100万円,80万円,120万円),取引開始時と取引終了時の為替レートに変動がない場合には,6か月間にスワップポイントが発生するために,手数料を差し引いても合計25万8500円の利益を上げることができるとの想定が示されるのに対し,同額を同期間運用した場合,円定期預金では4650円の利益,外貨定期預金では68万8500円の損失が発生するとされている。(甲28ないし30,乙11,証人A)

イ Aは,同年11月2日,原告に対し,電話で,上記資料を踏まえて,3通貨買って上がるところもあれば,下がるところもある,調整していくのでリスクについて心配はいらない,半年で終わる,スワップポイントがつくなどと言って本件取引を勧誘し,その結果,原告は,本件取引を開始することを決意した。

ウ 原告は,同月4日午前11時に,Aと帯広市役所の喫茶店で面談した。Aは,取引ガイドに沿って本件取引の仕組みなどについて約1時間かけて説明した。そして,原告は,Aから,外国為替取引口座開設申込書,重要事項確認書に必要事項の記入を求められた際,申込書の「職業」欄に主婦でも良いかと尋ねたところ,Aは,無職では取引できない,農業と書いてくださいと言ったので,原告は,職業欄に「農業」,勤続年数欄に「1年」と記入し,同様にAの指示に従って,年収欄の「300万円以上」,預貯金欄の「3000万円以上」に丸を付け,投資取引の経験が全くない旨,投資可能額欄には「1500万円」と記入し,また,「アンケート」欄には,「取引の仕組みについては理解されましたか。」などの問いに対し,「理解した」に丸を付した。(甲7ないし9,証人A)

その後,破産会社の本社営業考査部では,ファクシミリ送信された上記書面を審査し,同日午後0時35分,電話による原告からの聴取を踏まえて,原告には適合性があると判断した。(乙15ないし17)

そこで,原告は,約諾書に署名押印して破産会社に差し入れ,証拠金として,母から預かっていた300万円に自分の貯金を下ろした20万円を加えた320万円を交付した。(甲10,34,35)

なお,破産会社の受託管理業務規則(当時のもの)では,無職の者(パート・アルバイトを含む。)は,取引不適格者として勧誘及び受託を行わないこととされ(3条6号),また,取引開始基準の一つとして,取引資金が自己資金であり,資産総額(預貯金,有価証券)300万円以上有し,かつ年収が300万円以上あることとされていた(2条2項4号)。なお,平成16年10月1日改正前のものでは,無職の者であっても,預貯金が3000万円以上あれば,取引を行うことが可能とされていた。(乙9,証人A)

エ その後,Aら破産会社の外務員は,原告が携帯電話を保有していないため原告方の固定電話に連絡して,為替に関する情報を示して,原告の了解を求めて本件一連の取引を行っていたが,中には,原告の了解を得ないでされた取引もあった。破産会社は,原告に対し,毎月,残高照合通知書を送付し,その記載内容を確認して残高照合回答書の返送を受けているが,原告は特に異議を述べていない。(甲11)

Bは,平成17年12月20日,原告に対し,取引継続確認書の見本を送付してその作成を依頼したため,原告は,その見本のとおりに,平成17年12月22日付けで取引継続確認書を作成した。同書面には,原告が本件取引の仕組み,リスク,損益が発生する取引であることを十分理解した上で,自己責任のもと取引を行っていること,それまでの実入金額640万円,取引資金については自己資金であり借入等は一切ないこと,Bから口座内訳の説明を受け,相違ないことを確認し,現在までの取引について異議申立ては一切ない旨手書きで記載されている。(甲18,乙19)

オ 破産会社札幌支店のE支店長とコンプライアンス統括部の管理責任者であるFは,平成18年5月31日,クレームを受けたため,原告宅を訪問し,上記Fは,原告が農業に従事しておらず主婦であることに気付いた。しかし,破産会社の内部基準で不適格者とされる者の取引を行うに至ったことについて何ら調査をせず,その後も本件取引を続けていた。(証人F)

カ 原告は,平成18年10月12日に本件一連の取引を終了した。

原告は,原告の預貯金のほか原告の夫の金員の中から,破産会社に対し,平成16年12月7日に100万円,平成17年1月17日に60万円,同年4月22日に90万円をそれぞれ新たな取引の証拠金として交付し,また,同年11月8日に70万円,平成18年3月28日に32万5000円,同年5月9日に28万4000円,同月16日に21万円をそれぞれ追証拠金として交付した一方で,破産会社から,スワップポイントその他の精算として合計117万3960円の交付を受けたから,本件一連の取引による原告の損失は合計604万5040円となった(甲12ないし14,34ないし36,38,39)。

(3)  事実認定の補足説明

ア 平成16年11月4日の面談状況について

証人Aの証言及び陳述書(乙11)中には,Aが原告に対し,リスクについては心配いらないとか,農業に従事していることにするように述べたことはない旨述べる部分がある。

しかしながら,市街地である帯広市役所の近くに居住する原告が農業を営んでいるというのは不自然であるのに,この点について何ら確認した形跡がないし,また,破産会社札幌支店のコンプライアンス統括部の管理責任者が平成18年5月31日の時点で,原告が申告内容と異なり農業を営んでおらず内部基準に違反する事実を知ったにもかかわらず,何ら具体的に調査することをせず,その後新たに本件取引を行っていることに照らすと,少なくとも破産会社札幌支店の体質として顧客の属性に留意していなかったことがうかがわれる。また,原告は,介護を要する状態の母親から預かっていた300万円を証拠金として交付していることに照らすと,リスクについては心配いらない旨の説明がされた結果として,Aを信頼して交付したと考えるのが自然である。これらからすると,証人Aの上記供述内容は信用することができない。

イ 原告の了解を得ていない売買について

証人Bの証言及び陳述書(乙12)中には,Bは,すべて原告に電話して本件取引を行っていた旨述べる部分がある。

しかしながら,原告は携帯電話を保有しておらず,自宅の固定電話で連絡を取っていたところ,平成18年3月2日は,原告が,母の転居先の札幌市内の老人ホームの入居契約のために早朝から帯広市内の自宅を不在にしていたのに,カナダドルの取引がされていること(甲24,原告本人),Bからの連絡が少なくなったので,Bからの電話連絡を受けるとメモを残すようにしていたが,本件取引がされても電話連絡がなかったことがある旨述べていること(原告本人)からすると,証人Bの上記供述部分は採用することができない。

2  争点(1)(不法行為責任の成否)について

(1)  執拗な勧誘行為について

上記1の認定事実によれば,破産会社の外務員は,原告に対し,平成16年8月に電話で勧誘し,その後同年10月に再び電話で勧誘して,それが本件一連の取引の開始に結びついたものと認められるが,上記認定の勧誘の頻度等に照らすと,違法と評価できる程度に執拗な勧誘があったとまではいえない。

(2)  不適格者勧誘(適合性原則違反)について

外国為替証拠金取引は,一定の証拠金を預託して,差金決済による外国通貨の売買を行うものであるところ,レバレッジを利用するために少ない証拠金で大きな金額の取引が行われ,為替相場は短期間に激しく上下することもあるから,短期間に予期せぬ大きな損害が発生することもある危険性の高い取引であるということができる。しかも,本件取引は,破産会社との相対取引であり,顧客の利益と破産会社の利益が相反することになるから,顧客は,取引の相手方である破産会社の外務員の助言について十分吟味した上で自らの判断で取引を行う必要がある(なお,被告は,本件取引ではカバー取引を行っていた旨主張するが,これを裏付ける証拠は全くなく,上記主張は採用することができない。)。

したがって,外国為替証拠金取引を勧誘する者としては,顧客の知識,経験,財産状態等に照らして,取引を行うのに不適当と認められる者を勧誘してはならない注意義務を負うものというべきである。

これを本件についてみるに,上記1の認定事実によれば,原告は,本件取引開始当時49歳の専業主婦で,昭和50年に保育専門学校を卒業してしばらく保母として働いた経験はあるものの,社会経験は比較的乏しいものといえる上,投資取引の経験は皆無で,為替取引の知識はなく,収入もなく,預金も約300万円しかなく,十分な余裕資金があるとはいえない状況にある(破産会社の内部基準でも,取引不適格者として勧誘を行わない者に該当する。)。そして,Aは,原告が専業主婦であり,預貯金がそれほどないことを知っていた。

それにもかかわらず,そのような原告に対し,320万円もの証拠金を預託させて本件一連の取引を開始させたAの行為は,適合性原則に違反するものである。

(3)  説明義務違反について

外国為替証拠金取引は,上記のとおりの危険の高い取引であるから,これを勧誘する者は,本件取引の仕組み及びその危険性について十分に理解することができる程度に説明すべき注意義務を負うものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに,破産会社の外務員は,原告に対し,取引ガイド等を交付し,約1時間かけて本件取引の仕組みなどについての説明をしたと認められるから,一応の説明義務を尽くしたものといえる。

しかしながら,本件取引が顧客の利益と破産会社の利益が相反することになる相対取引であるという点については明確に説明すべきであるところ,上記取引ガイドには,取引形態が「相対取引」と明記されているものの,その内容について具体的に記載された部分はなく,原告の投資経験や社会経験等に照らし「相対取引」という用語のみで利益相反関係にあると理解することは困難であるといえ,むしろ,破産会社が原告に送付した「取引の仕組み」と題する書面(甲26)では,「お客様→破産会社→インターバンク市場」と矢印で結びつけられており,あたかも市場での取引であるかのような印象を与える記載もある。これらからすると,Aは,原告に対し,少なくとも本件取引では相対取引で利益相反関係に立つことについて明確に説明すべきであるのに,これをしていないから(これに反する証人Aの供述部分は採用できない。),この点について,Aには説明義務違反があるといわざるを得ない。

(4)  一任売買について

本件取引は,相対取引であり,顧客の利益と破産会社の利益が相反することになり,破産会社が原告の利益を犠牲にして自己に有利な取引を行う要素を多数備えているから,本件取引における一任売買の合意は社会的相当性を欠く違法行為となる。

これを本件についてみるに,上記1の認定事実によれば,原告は為替取引に関する十分な知識や能力を有しているとはいえない上,Aは原告の了解を取り付けないで本件取引を行ったことがあったから,原告は,破産会社の外務員の言うがままに,事実上一任売買に近い形態で本件取引を行っていたものということができる。

(5)  まとめ

これらからすると,本件一連の取引については,破産会社の外務員によって適合性原則や説明義務に違反して開始されたものである上,その経過においても,事実上の一任売買に近い形態で行われていたから,全体として不法行為法上の違法性を有するものというべきである。そうすると,その使用者である破産会社は,原告に対して,民法715条に基づく損害賠償責任を負うものというべきである。

3  争点(2)(損害額)について

前提事実によれば,原告は,本件一連の取引の結果として,604万5040円の損害を被った。また,原告が本件訴訟を追行するに本件一連の取引と相当因果関係のある弁護士費用としては60万円とするのが相当である。

したがって,原告が被った損害額は合計664万5040円となり,これに対する本件一連の取引の終了日である平成18年10月12日から破産手続開始決定の前日である平成20年3月20日まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金は47万8607円となる。

4  争点(3)(過失相殺の有無)について

被告は,過失相殺を主張するが,原告はそれまで投資経験が全くなかった上,十分な余裕資金もない状態で,破産会社の外務員に勧誘されて本件一連の取引に引き込まれたものというべきであるから,被告主張の点を十分に考慮してみても,過失相殺をすべき事情があるとは言い難い。

したがって,本件においては過失相殺をすべきではない。

5  結論

以上によれば,原告の請求は理由がある。

(裁判官 橋本修)

<以下省略>

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