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札幌地方裁判所 平成19年(行ウ)33号 判決 2009年1月19日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  北海道知事及び北海道社会保険事務局長が,原告に対して,平成19年8月29日付けでした受領委任の取扱規程に基づく柔道整復師施術療養費の受領委任不承諾処分を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告らの負担とする。

2  被告らの答弁

(1)  本案前の答弁

ア 本件訴えを却下する。

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

(2)  請求の趣旨に対する本案の答弁

ア 原告の請求を棄却する。

イ 訴訟費用は原告の負担とする。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,柔道整復師として柔道整復業を営む原告が,平成19年3月7日付けで柔道整復施術療養費の受領委任の取扱いの申出(以下「本件申出」という。)をしたところ,北海道知事及び北海道社会保険事務局長から同年8月29日付けで柔道整復施術療養費の受領委任の取扱いを不承諾とする旨の通知(以下「本件不承諾」という。)を受けたため,本件不承諾は行政裁量を逸脱した違法があると主張して,本件不承諾の取消しを求めた事案である。なお,上記受領委任の取扱いの不承諾に関する事務(契約及び協定の締結に関する事務)については,平成20年10月1日以降は,北海道厚生局長が実施することとなった。

2  前提となる事実(争いのない事実に加え,各項末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)

(1)  原告

原告は,平成2年5月14日,柔道整復師免許を取得し,「a整骨院」の名称で柔道整復業を営む者である。

(2)  健康保険法及び国民健康保険法等における療養の給付及び療養費の支給方法

ア 健康保険法及び国民健康保険法は,疾病又は負傷を負った被保険者に関しては,被保険者は厚生労働省令で定めるところにより指定を受けた病院若しくは診療所又は薬局(以下「保険医療機関等」という。)において療養の給付を受けるものとし,療養の給付は原則として現物給付によることとしている(健康保険法63条,国民健康保険法36条)。被保険者が療養の給付を受けた場合,被保険者は,当該保険医療機関等に対し,一部負担金(当該療養の給付に要する額の1ないし3割)のみを支払えばよいこととされている(健康保険法74条1項,国民健康保険法42条1項)。その後当該保険医療機関等は,療養の給付に要する費用から一部負担金を控除した額(当該療養の給付に要する額の7ないし9割)を保険者に請求し,保険者がこれを支払うこととされている(健康保険法76条1項,国民健康保険法45条1項)。

イ もっとも,健康保険法及び国民健康保険法は,保険者は,療養の給付等を行うことが困難であると認めるとき,又は被保険者が保険医療機関等以外の病院等(柔道整復師もこれに当たる。)から診療,薬剤の支給若しくは手当を受けた場合において保険者がやむを得ないと認めるときは,療養の給付等に代えて療養費(療養に要する費用の7ないし9割)を被保険者に支給することができるとしている(健康保険法87条,国民健康保険法54条)。

ウ すなわち,被保険者は,保険医療機関等において療養の給付を受ける上記アの場合であれば,一部負担金(当該療養の給付に要する額の1ないし3割)のみの支払で診療,手当等を受けることができるのに対し,上記イの場合のように保険医療機関等以外の病院等で診療,手当等を受けるとき,例えば,柔道整復師の施術を受ける場合であれば,当該療養に要する費用の全額を一時負担し,その後,保険者に療養費の請求をすることで,その療養に要する費用の7ないし9割の支給を受けて,その返還を受けることになる。

(3)  柔道整復師についての運用

ア しかしながら,健康保険法及び国民健康保険法の保険者が各都道府県所在の社団法人b会(以下「b会」という。)との間で協定を締結し又は同会に所属していない柔道整復師との間で個別に契約を締結した上であれば,被保険者は,あらかじめ柔道整復師に療養費の受領について委任することにより,上記(2)アの一部負担金相当額(療養に要する費用の1ないし3割。甲2(枝番を含む。),乙1,弁論の全趣旨)を支払うことで柔道整復師の施術を受けることができ,柔道整復師は,上記の一部負担金を除いた療養費を被保険者に代わって保険者から受領し,これと被保険者に対する療養費の請求権を相殺することになる(以下「受領委任の取扱い」という。)。

イ かかる受領委任の取扱いは,厚生省老人保健福祉局長・厚生省保険局長連名通知(平成11年10月20日付け老発第682号・保発第144号,乙1。以下「局長通知」という。)に従ったものである。

(4)  局長通知の内容

局長通知は,保険者が,平成12年4月1日以降に,個別の柔道整復師と契約を結ぶ場合は受領委任の取扱規程(局長通知別添3。以下,単に「取扱規程」という。)に定めるように取り扱うよう,b会と協定を結ぶ場合は柔道整復療養費の受領委任の取扱いに係る協定(局長通知別添1別紙2。以下「本件協定」という。)に定めるように取り扱うように,定めている。取扱規程及び本件協定の概要等は,以下のとおりである。(甲2の2,乙1)

ア 確約(第2章6)

受領委任の取扱いを希望する施術管理者である柔道整復師は,本規程に定める事項を遵守することについて,施術所の所在地の地方社会保険事務局長(以下,単に「事務局長」という。なお,上記のとおり,平成20年10月1日以降は地方厚生局長とされている。)と都道府県知事(本件協定においては,さらにb会長)に確約しなければならない。

イ 受領委任の承諾又は登録(第2章8)

事務局長と都道府県知事は,受領委任の申出又は届出を行った柔道整復師について,次の事項に該当する場合を除き,受領委任の取扱いを承諾又は登録する。その場合は,当該柔道整復師に承諾又は登録された旨を通知する。

(ア) 施術管理者である柔道整復師又は勤務する柔道整復師が受領委任の取扱いの中止を受け,原則として中止後5年を経過しないとき(なお,平成11年10月20日付け保険発第138号厚生省保険局医療課長通知(甲2の3。以下「課長通知」という。)は,この原則の例外として,不正若しくは不当な請求の金額又はその金額及び件数の割合が軽微であると認められる柔道整復師については,受領委任の取扱いの中止後,2年以上5年未満で受領委任の取扱いを再登録又は再承諾することができるとする。)

(イ) その他,受領委任の取扱いを認めることが不適当と認められるとき

ウ 受領委任の取扱いの中止(第2章12)

事務局長と都道府県知事は,柔道整復師又は勤務する柔道整復師が次の事項に該当する場合は,受領委任の取扱いを中止する。

(ア) 取扱規程又は本件協定に定める事項を遵守しなかったとき

(イ) 療養費の請求内容に不正又は著しい不当の事実が認められたとき

(ウ) その他,受領委任の取扱いを認めることが不適当と認められるとき

エ 療養費の算定,一部負担金の受領等(第3章15)

柔道整復師は,原則として,施術に要する費用について,厚生省保険局長が定める「柔道整復師の施術に係る療養費の算定基準」(以下「算定基準」という。)により算定した額を保険者等に請求するとともに,患者から健康保険法,国民健康保険法等に定める一部負担金に相当する金額の支払を受けるものとし,これを減免又は超過して徴収しない。

オ 施術録の記載(第3章17)

柔道整復師は,受領委任に係る施術に関する施術録をその他の施術録と区別して作成し,必要な事項を記載した上で,施術が完結した日から5年間保存する。(なお,施術録に記載すべき必要な事項は,別紙2施術録の記載・整備事項(以下,単に「記載・整備事項」という。)のとおりである。)

カ 指導・監査(第8章35)

柔道整復師は,事務局長と都道府県知事が必要があると認めて施術に関して指導又は監査を行い,帳簿及び書類を検査し,説明を求め,又は報告を徴する場合は,これに応じる。

(5)  本件不承諾に至る経緯

ア 北海道社会保険事務局長は健康保険組合連合会会長から,北海道知事は国民健康保険中央会理事長(国民健康保険にかかる保険者又は市町村からの委任を受けたもの)から,いずれも受領委任の取扱いに関する権限委任を受けたものであり,両者は,受領委任の取扱いに基づく協定又は契約の締結,不承認の決定,取扱いの中止等を,共同で行っている。

イ 原告は,平成13年11月22日,北海道社会保険事務局長,北海道知事及びc会会長に対し,本件協定に定める事項を遵守することを確約し,北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,原告について,受領委任の届出に係る登録をした。

ウ 北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,平成16年11月19日,施術に関して帳簿及び書類を検査し,説明を求め,又は報告する必要があるとして,原告に対する個別指導を共同で実施した。(乙4)

エ 北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,平成17年2月18日,原告に対する監査を実施した。(乙6)

オ 北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,上記監査の結果,原告が,本件協定に定める事項を遵守しなかったとき(上記(4)ウ(ア))に該当するとして,平成17年3月1日,柔道整復施術療養費の受領委任の取扱いを中止することとし,その旨の通知をした。(甲6)

カ 原告は,北海道社会保険事務局長及び北海道知事に対し,平成19年3月7日付けで「確約書」及び「柔道整復施術療養費の受領委任の取扱いに係る申出(施術所の申出)」を提出し,原告による受領委任の取扱いを再開するよう申し出た(本件申出)。(乙7)

キ 北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,原告に対し,原告が,受領委任の取扱いの中止を受け,原則として中止後5年を経過しないとき(上記(4)イ(ア))に該当するとして,平成19年8月29日付けで本件不承諾をし,これを通知した。(甲7)

3  争点

(1)  本案前の争点

本件不承諾が行政処分に当たるか否か

(2)  本案の争点

本件不承諾は行政裁量を逸脱した違法なものか

4  本案前の争点に対する当事者の主張

(原告の主張)

(1) 行政庁による申請に対する認諾・拒否処分は,申請に対する応答義務が法令上行政庁に課されている場合,又は行政に対して諾否の応答を求める権利や申請の権利が法令上国民に与えられている場合には,行政庁の諾否の決定には処分性が肯定される。また,通達に基づく労災就学援護費の給付を拒否する決定につき,通達等の仕組み全体の解釈をした上で処分性を認めた最高裁判決(最高裁第一小法廷平成15年9月4日判決・判例タイムズ1138号61頁)のように,法令に根拠を有しない要綱等に基づく申出に対する諾否の処分についても処分性が肯定される。

(2) 取扱規程によると,受領委任の取扱いについては,柔道整復師からの申出があった場合には,原則として,「受領委任の取扱いを承諾すること」とされ,その場合には,「承諾された当該柔道整復師に承諾した旨を通知すること」とされており,行政庁に対して,申請に対する応諾義務を課している。取扱規程によって,柔道整復師が受領委任の取扱いの申出をする権利が付与されたということができる。

そうすると,行政庁に課された応諾義務と申請人の申請権の両面から,受領委任の取扱いの申出に対する承諾及び不承諾の決定には処分性が認められる。

(3)ア 被告らは,本件不承諾の対象となる受領委任の取扱いは,行政庁と柔道整復師との間で協定ないし契約を締結することによって行われるものであることを理由に,その処分性を否定する。

しかしながら,処分性の有無は,根拠法令や制度全体の仕組み全体を解釈して判断すべきものであって,「協定ないし契約に基づく」ことのみから直ちに処分性が否定されるものではない。

イ 柔道整復師の施術は,戦前において整形外科担当の医療機関や医師が不足していたこと及び骨折等の場合にも医師の診療を受けるより柔道整復師の施術を受ける患者が多かったことなどから認められたものであり,この結果,被保険者が緊急に治療を受ける機会が確保された経緯がある。また,柔道整復師は,骨折,脱きゅうの応急手当の場合,医師の同意なく施術できるため,その限りで医師の代替的な機能も有している。

このような柔道整復師の役割に鑑み,保険医療機関等による療養を受けた場合と同程度に,被保険者の負担を軽減しようとするのが,局長通知や取扱規程であると考えられる。

そして,受領委任の取扱いについては,柔道整復師からの申出があった場合には,原則として,受領委任の取扱いを承諾することとされているのも,受領委任の取扱いには,柔道整復師の便宜を図るというよりも,被保険者が適正に柔道整復師による施術を受けられるようにするという公益的側面があるからにほかならない。

他方で,受領委任の制度を悪用して,不正受給等の手段とするなど,当該柔道整復師との間で受領委任の取扱いを承諾することが不適当な場合もあるため,局長通知や取扱規程により,北海道社会保険事務局長及び北海道知事に受領委任の取扱いを承諾しない場合に該当するか否かの判断権限が与えられているのである。

健康保健法150条の2は「保険者は,被保険者等の療養のために必要な費用に係る資金若しくは用具の貸付けその他の被保険者等の療養若しくは療養環境の向上又は被保険者等の出産のために必要な費用に係る資金の貸付けその他の被保険者等の福祉の増進のために必要な事業を行うことができる」と定め,国民健康保険法82条2項にも同趣旨の定めがあることところ,その趣旨が被保険者に対する平等で公平な保険給付の実現にあると解されるところからすれば,受領委任の取扱いについて定めた局長通知自体が,かかる法の趣旨をふまえてされたものであり,法の保険事業・福祉事業の具体化ないし補完といえるものである。

ウ 以上によれば,受領委任の取扱いの申出に対する承諾・不承諾の決定は,北海道社会保険事務局長及び北海道知事が,行政機関としての立場から,局長通知,取扱規程に定められた要件の下に行う行為であって,契約申込みに対する任意の締結拒否といえないことは明らかである。また,それによって,柔道整復師の,保険給付を保険者から直接受け取ることができるか否かという法律上の地位に直接影響を及ぼすことも明らかである。

(被告らの主張)

(1) 行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条2項の処分の取消しの訴えの対象となる「処分」とは,行政庁の行為すべてを意味するものではなく,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められるものをいう。

受領委任の取扱いは,行政庁の内部通知である局長通知により保険者とb会ないし柔道整復師との間で協定ないし契約を締結することによって行われるものであって,法律に基づき行われるものではない。

したがって,本件不承諾は,原告の北海道社会保険事務局長及び北海道知事に対する受領委任の取扱いについての契約の申込みに対し,北海道社会保険事務局長及び北海道知事が承諾しなかったにすぎないから,本件不承諾は,行訴法3条2項にいう「処分」に当たらない。

(2) 健康保険法及び国民健康保険法は,療養の給付等については前記前提となる事実(2)ア及びイの諸規定をおいているものの,これらの規定以外に,被保険者が保険医療機関等以外の者から診療等を受けた場合における療養費の支払について定めた規定はなく,受領委任の取扱いを前提とする規定も,受領委任の取扱いを定めるように通達に委任する規定も存在しない。

また,健康保険法及び国民健康保険法には,保険給付に関する処分等に対する不服申立てに関する規定が置かれている(健康保険法189条ないし192条,国民健康保険法91条ないし103条)が,受領委任の取扱いを求める申出が不承諾となった場合の不服申立てに関する規定は存在しない。

さらに,健康保険法施行令,健康保険法施行規則,国民健康保険法施行令及び国民健康保険法施行規則にも,受領委任の取扱いに関する規定は存在しない。

健康保険法及び国民健康保険法等関連法令の規定は上記のとおりであり,これらの法令が,柔道整復師等の「保険医療機関等以外の病院等」による診療等が行われた場合における療養費の支給方法として,受領委任の取扱いを予定していないことは明らかである。

よって,本件不承諾は,法令に根拠を置くものではなく,専ら局長通知に根拠があるにすぎない。

(3) 原告は,受領委任の取扱いは,健康保険法150条2項及び国民健康保険法82条2項の定める事業を補完するものであるから,本件不承諾は処分に当たると主張する。

しかしながら,健康保険法150条2項にいう「福祉の増進のために必要な事業」とは,「福祉の増進のため」とされていること,「被保険者等の療養のために必要な費用に係る資金若しくは用具の貸付け」等が例示されていること,章題が「保険事業及び福祉事業」とされていることから明らかなとおり,介護保険施設の運営等の福祉事業をいう。また,国民健康保険法82条2項にいう「必要な事業」とは,「被保険者の療養のために必要な用具の貸付けその他の被保険者の療養環境の向上のために必要な事業」等が例示されていること,章題が「保険事業」とされていることから明らかなとおり,病院,診療所等の直営診療施設の設置運営等に類する保険事業をいう。

したがって,受領委任の取扱いは,健康保険法150条2項及び国民健康保険法82条2項に規定する事業を補完するものではない。

5  本案の争点に対する当事者の主張

(被告らの主張)

北海道社会保険事務局長及び北海道知事が,原告による受領委任の取扱いの申出に対して,本件不承諾をした経緯は以下のとおりであり,その裁量権を逸脱・濫用した事実はない。

(1) 平成16年11月19日,北海道社会保険事務局長及び北海道知事が,原告に対する個別指導を共同で実施したところ,原告が,以下のとおり,本件協定に違反する行為をしていたことが判明した。

ア 申請書の作成に関する不備

柔道整復施術療養費支給申請書の「受取代理人の欄」には,被保険者の署名がされることが必要であり,被保険者が署名できない場合には,柔道整復師は,被保険者の氏名等を被保険者に代理して記入した上で,被保険者の印を押印しなければならないこととされているが,原告は,被保険者が署名できない場合において,被保険者の押印を得ていなかった。

イ 療養費の算定,一部負担金の受領等に関する誤り

柔道整復師は,保険者等に対し,厚生省保険局長が定める基準により算定した施術に要した費用を請求し,患者からは,同費用のうち,健康保険法及び国民健康保険法等に定める一部負担金に相当する額(施術に要した費用の1ないし3割)の支払を受けるものとし,この額を減免又は超過して徴収してはならないこととされているが,原告は,患者から,施術に要した費用の額にかかわらず,独自に設定した定額を受領していた。

ウ 施術録の記載に関する不備

柔道整復師は,受領委任に係る施術に関する施術録に,平成9年4月17日付け保険発第57号通知「柔道整復師の施術に係る療養費の算定基準の実施上の留意事項等について」(以下「留意事項」という。)第6の1別添「施術録の記載・整備事項」で定められている必要な事項を記載しなければならない。

しかしながら,原告は,施術録に記載すべき被保険者の健康保険等の被保険者番号,負傷名及び負傷年月日並びに負傷原因及び初検時の所見等について,診療録の一部につき,かかる記載を遺漏し,また,施術内容及び経過所見等については,その記載をせず,施術録とは別の用紙にメモ書きしていたのみであった上,同メモ書きを施術録とは別に保管していた。

(2) 原告の作成した施術録には,上記不備があったため,北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,原告の行った施術内容の妥当性,骨折・脱きゅうの施術についての医師の同意の有無,その他施術担当上不正・不当と認められる事項の有無及び不正・不当な請求の有無について確認することができなかった。

そこで,北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,原告に対する個別指導を中止し,期間を置いた上で改めて原告に対する監査を行うこととした。

(3)ア 平成17年2月18日,北海道社会保険事務局長及び北海道知事が,原告に対する監査を実施したところ,原告が,上記(1)イ及びウの本件協定に違反する行為をしていることを確認した。

イ また,原告が,個別指導後,監査までの間に,現在治療を続けている患者以外の者のメモ書きをすべて廃棄してしまったと説明したため,北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,原告が従前作成していたメモ書きを正確に施術録に書き写したかどうかについて確認することができなかった。さらに,北海道社会保険事務局長及び北海道知事が,個別指導時にコピーを作成していた2,3名分のメモ書きと原告がメモ書きに記載されていた事項を書き写したという施術録とを照合したところ,1名の患者の施術録について,メモ書きに記載されていなかった所見が記載されていた。

そのため,北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,原告の作成した施術録の内容の妥当性を確認することができず,原告による療養費の請求が不正・不当であった可能性を否定することができなかった。

(4) 北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,原告が,上記のとおり本件協定に定める事項を遵守していなかったため,平成17年3月1日付けで原告による受領委任の取扱いを中止することとし,原告に対してその旨通知した。

(5) 原告は,平成19年3月7日,北海道社会保険事務局長及び北海道知事に対し,原告による受領委任の取扱いを再開するよう申し出た。

しかしながら,原告は,受領委任の取扱いの中止後2年を経過したのみであり,かつ,原告による療養費の請求は,不正・不当であった可能性を否定できず,その金額及び件数の割合は不明であったため,北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,受領委任の取扱いの中止後5年を経過していなくとも受領委任の申出を再承諾できる場合に該当するとは認めなかった。

そのため,北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,平成19年8月29日付けで,原告に対し,本件不承諾をした。

(原告の主張)

(1) 取扱規程第2章8(上記2(4)イ(ア))によれば,柔道整復師が受領委任の取扱いの中止を受け,原則として,中止後5年を経過しない場合が,当該柔道整復師からの受領委任の申出に対する承諾の除外事由とされている。

しかしながら,課長通知によれば,「柔道整復師が受領委任の取扱いを届け出又は申し出た場合は,受領委任の取扱いの中止が行われた場合には,原則として中止後5年間は再登録又は再承諾をしないが,不正若しくは不当な請求の金額又はその金額及び件数の割合が軽微であると認められる柔道整復師については,受領委任の取扱いの中止後,2年以上5年未満で受領委任の取扱いを再登録又は再承諾することができる」とされており,違反の程度が軽微であれば,中止後2年の経過によって,再承諾が許されることになっている。

(2)ア 原告が,留意事項に違反していたのは,本来は1枚に記載して作成すべきであった施術録を,別葉にして作成・保管していたという点である。しかしながら,原告は,この点を改善し,留意事項のとおりの施術録を作成して北海道社会保険事務局に提出しているし,この違反によって,誤受給が生じたなどの具体的な不正や過誤が生じたわけではない。

したがって,この点に関する違反は,非常に軽微なものである。

イ また,以下のとおり,原告が,施術録を作成し直した後,その基となったメモ書きを破棄したことをもって,施術録を5年間保管することと定める留意事項,あるいは本件協定第3章17(上記2(4)オ)に違反したということはできない。

まず,メモ書きは,留意事項で定められた方法による記載ではないから,施術録とはいえない。メモ書きに記載された情報は,すべて作成し直した施術録に記載されており,作成し直した施術録が留意事項にいう施術録であるから,本件においては,施術録を破棄したことにはならない。

仮に,メモ書きが施術録に該当するとしても,メモ書きに記載されていた情報はすべて作成し直した施術録に記載されていたのであるから,メモ書きは不要となっていたもので,破棄したことによっていかなる不都合も生じていない。施術録を5年間保存することとされている趣旨は,施術内容・施術費用・保険受給の適法性・妥当性等を遡って精査する必要が生じた場合に重要な資料となるためであるが,本件においては,この趣旨に反していないのであるから,この点を留意事項ないし本件協定違反と捉えたとしても,非常に軽微なものである。

なお,被告らが主張している,原告が被保険者番号等の記載を遺漏したという事実はない。

ウ また,被告らは,原告の療養費の算定,一部負担金の受領等に関して誤りがあった旨の主張をしているところ,これは,原告が,c会保険部が作成した「料金に関するQ&A」の定額料金を受領する場合には届出が必要である旨の記載を見落としたことによるものである。

(3) 課長通知が発付された趣旨は,受領委任の取扱いを認めないことが,柔道整復師の業務に与える不利益が大きいため,不正が軽微な場合にも一律5年間の承諾除外という制約を課すことが酷であるという点にある。

したがって,上記のとおり,違反が非常に軽微であるにもかかわらず,原告からの受領委任の取扱いの申出を承諾しなかった北海道社会保険事務局長及び北海道知事の本件不承諾は,明らかに行政裁量を逸脱している。

第3本案前の争点に対する当裁判所の判断

1  行訴法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは,公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいい,具体的には,①法を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行う公権力の行使であるか否か,②対象者の権利等に直接影響を及ぼす法的効果を有するか否かにより判断すべきである。

2  前記前提となる事実記載のとおり,受領委任の取扱いは,被保険者が施術者に対して一部負担金のみを支払い,施術者が被保険者に代わって療養費を保険者から受領するというものであり,療養費の支給がされる場合についても,療養の給付(現物給付)がされる場合と実質的に同様の仕組みにするものであるということができる。

柔道整復師は,応急手当の場合には,医師の同意なく脱臼又は骨折の患部の施術ができるものとされており(柔道整復師法17条ただし書),このことからすれば,同法は,柔道整復師が特に緊急性を要する応急手当等のような一定の場合において医師の代替を勤めることを予定しているものと考えられる。そして,そのような緊急の場合にこそ,利用者にとって軽い負担で速やかな診療を受けられることが必要であることからすれば,国民の生活の安定及び福祉の向上(健康保険法1条),社会保障及び国民保健の向上(国民健康保険法1条)に寄与することを目的とする両法は,被保険者が保険医療機関等以外である柔道整復師の施術を受ける際,保健医療機関等と同様に一部の負担金のみを支払うことによって施術を受けることを否定しているとはいえず,むしろこうした取扱いをも想定しているものとみることができるというべきであり,それを具体化し補完するものとして,局長通知等の通達により受領委任の取扱いが定められ,その支給要件が厳格かつ具体的に定められたというべきである。

そして,このように,被保険者の療養に要する費用の負担を一部の負担金でよいとすることは,「療養のために必要な費用にかかる資金」を貸し付けること以上に,被保険者の福祉の増進のために効果があると考えられるから,健康保険法150条,国民健康保険法82条2項の「必要な事業」の一環としてなされているものとみることができるというべきである。

3  また,受領委任の取扱いは,保険者と柔道整復師との間の契約・協定という形式を採ってはいるものの,国民皆保険制度が採用されている我が国においては,患者が保険診療できるものに対しては保険診療を期待して診療を受けることは公知の事実であるから,事実上,柔道整復師が受領委任の取扱いを申し出ないことはほとんどないことが推認される。そして,受領委任の取扱いを受けようとするb会に所属していない柔道整復師は,事務局長及び都道府県知事に,受領委任の申出をしなければならず,事務局長及び都道府県知事は,申出を受けたときは,一定の除外事由がない限り,その申出を承諾し,その旨を当該柔道整復師に通知することとされている(上記第2の2(4)イ)。

そうであるとすれば,かかる受領委任の取扱いを受けられないことは,柔道整復師にとってその施術所を維持することが困難になるおそれすら生じ得るものということができるのであり,仮に,その除外事由がないにもかかわらず,恣意的に受領委任の取扱いが拒絶されたような場合においては,そのような行為が違法であるとして単に金銭的な賠償を認めるだけではこれを実質的に救済することは困難というべきであり,受領委任の取扱いの拒絶(不承諾)自体の取消しといったより適切な救済手段が認められてしかるべきと考えられる。

4  これらの事情を考慮すると,受領委任の取扱いは,局長通知等の通達によってその具体的な要件が定められたことにより,健康保険法及び国民健康保険法上の制度を補完する具体的な仕組み,すなわち法令に基づく制度として構築されたものというべきである。そうすると,受領委任の申出に対する不承諾は,単なる私法上の行為であるということはできず,法を根拠とする優越的地位に基づいて一方的に行う公権力の行使であるというべきであり,かつ,本件不承諾は,柔道整復師が,保険者から療養費を受領できるという地位に直接影響を及ぼすものであるから,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるものと解するのが相当である。

5  以上によれば,本件不承諾は,行訴法3条2項の「処分」に当たるものと解するのが相当であるから,この点に関する被告らの主張は採用することができない。

第4本案の争点について

1  前記前提となる事実及び当事者間に争いのない事実に加え,各項末尾記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告らが本件不承諾をするに至った経緯について,以下の事実が認められる。

(1)ア  北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,平成16年11月19日,原告に対する個別指導を共同で実施し,本件協定に違反する行為として以下の点を確認した。(乙4)

(ア) 申請書の作成について

原告は,被保険者が柔道整復施術療養費支給申請書の「受取代理人の欄」に署名できない場合に,被保険者の押印を得ていなかった。

(イ) 療養費の算定,一部負担金の受領等について

原告は,施術に要した費用の額にかかわらず,独自に設定した定額を受領していた。

(ウ) 施術録の記載及び整備状況について

負傷名及び負傷年月日等並びに負傷原因及び初検時の所見等について,診療録の一部につき,かかる記載を遺漏していたものがあり,施術録の記載に不備があるものがあった。

また,施術内容及び経過所見等について,施術録にその記載をせず,施術録とは別の用紙にメモ書きしていた。なお,原告は,同メモ書きを施術録とは別に保管していた。

イ  北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,施術録が整備されていないため,施術内容の妥当性,不正・不当な請求の有無等の確認ができないとして個別指導を中止し,メモ書きの内容を施術録に転記して整理するよう指示した上で,後日,改めて原告に対する監査を行うこととした。(乙4,8)

(2)ア  北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,平成17年2月18日,原告に対する監査を実施し,本件協定に違反する行為として以下の点を確認した。(乙6)

(ア) 療養費の算定,一部負担金の受領等について

施術録の一部負担金欄は「3割」と表示されていたが,実際には一部負担金を定額で受領していた。

(イ) 施術録の記載及び整備状況について

本件協定において定められた様式には,被保険者の氏名等しか記載されておらず,基本的な事項(傷病名,原因,症状経過,施術処置等)については,独自の資料を添付代用し,パソコンに入力したデータで管理していた。

なお,個別指導後に原告が整理した施術録の記載は,施術の内容,経過等につき,一部記載不備があったが,概ね適正であった。

イ  なお,原告は,個別指導後,監査までの間に,上記メモ書きのうち,その当時治療を続けていた患者以外の者のものをすべて廃棄した。

そのため,同メモ書きの内容と施術録の記載とを照合することはできなかったが,北海道社会保険事務局長及び北海道知事が,個別指導時にコピーを作成していた患者のメモ書きの内容と原告が整理した施術録の記載とを照合したところ,1名の患者の施術録について,メモ書きに記載されていなかった所見が記載されていた。(乙6)

ウ  監査あるいはそれ以前に実施した患者に対する調査において,原告による不正・不当な請求の存在は確認するには至らなかった。(乙6)

(3)  北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,監査の結果,原告について,以下の事情を考慮して,平成17年3月1日付けで柔道整復施術療養費の受領委任の取扱いを中止することとした。(乙6)

ア 本件協定第3章15(療養費の算定,一部負担金の受領等。上記第2の2(4)エ)に違反する。

イ 本件協定第3章17(施術録の記載。上記第2の2(4)オ)に違反する。

ウ 上記イの施術録の記載について,施術録に代わるメモ書きは不十分ながら作成していたものの,施術録作成後にメモ書きを廃棄するなど,説明責任を果たす姿勢が見られなかった。

エ 上記ウの結果,施術内容と請求内容の整合性を確認できなかった。

オ 原告は,本件協定に定める事項を遵守する姿勢が薄く,自らの恣意的な発想で事務を取り扱い,施術内容の確たる記録がないまま長期間(平成14年3月から)にわたり施術料を請求していた事実は,本件協定に定める事項を遵守しなかったとき(上記第2の2(4)ウ(ア))に該当する。

(4)  原告は,平成19年3月7日付けで,北海道社会保険事務局長及び北海道知事に対し,本件申出をしたが,北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,原告が,受領委任の取扱いの中止後2年を経過したのみであり,かつ,原告による療養費の請求が不正・不当であった可能性を否定できず,その金額及び件数の割合は不明であったとして,受領委任の申出を再承諾できる場合に該当するとは認めず,平成19年8月29日付けで本件不承諾をした。(甲7,乙7)

2(1)  原告による本件申出は,受領委任の取扱いが中止されてから2年以上5年未満になされていることから,北海道社会保険事務局長及び北海道知事は,不正若しくは不当な請求の金額又はその金額及び件数の割合が軽微であると認められる場合には,原告の受領委任の取扱いを再承諾することができるところ,上記認定事実記載のとおり,原告による不正・不当な請求の存在自体は確認するに至っていない。そうすると,原告の本件申出が,直ちに再承諾できる場合に該当しないとまでいうことはできないが,再承諾するか否かは,北海道社会保険事務局長及び北海道知事の裁量にゆだねられているものと解され,北海道社会保険事務局長及び北海道知事が,その裁量を逸脱又は濫用して本件不承諾をした場合に限り,違法となるというべきである。

(2)  前記前提となる事実記載のとおり,本件協定においては,一部負担金を減免又は超過して徴収しないこと,受領委任に係る施術に関し,別紙2記載・整備事項の必要な事項を記載した施術録を作成し,5年間保存することとされているが,上記認定事実によれば,原告は,一部負担金について,施術に要した費用の額にかかわらず,独自に設定した定額を受領していた上,診療録の一部につき,負傷名及び負傷年月日等並びに負傷原因及び初検時の所見等についての記載が遺漏しているなど,施術録に記載しておらず,また,施術内容及び経過所見等については,施術録にその記載をせず,施術録とは別の用紙にメモ書きしていたことが認められ,さらに,原告が,個別指導後,監査前に,その当時治療を続けていた患者以外の者のメモ書きを廃棄したこと,個別指導後に原告が整理した施術録には,北海道社会保険事務局長及び北海道知事がコピーしたメモ書きに記載されていなかった所見が記載されていたことも認められる。

(3)ア  受領委任の取扱いがなされている場合には,保険者が,施術の内容や額等につき被保険者から確認することができないまま施術者より療養費の請求がなされることから,被保険者からの請求による後払いの場合よりも,不正請求や業務範囲を逸脱した施術を見逃す危険性が高いということができる。そのため,本件協定においては,受領委任に係る施術に関し,別紙2記載・整備事項に定める必要な事項を記載した施術録の作成及びその保管を求め,事後的に施術内容や療養費の請求の妥当性等を確認できるようにしたものと解される。

したがって,施術に関して独自に作成したメモ書きを保管するのみで,必要な事項を記載した施術録を作成していなかったという原告の行為は,施術内容や療養費の請求の妥当性等の確認を困難にする行為であるということができる。この点に関し,原告は,個別指導後に上記メモ書きの記載を転記したという施術録を作成しているものの,原告が個別指導後に上記メモ書きを廃棄したために,同施術録の内容が施術当時作成したというメモ書きの内容を正確に転記したものか確認することはできず,また,同施術録には,メモ書きにない所見が記載されていたことなどからすると,原告による施術内容や療養費の請求の妥当性等は確認されていないものといわざるを得ない。

以上のとおり,原告は,本件協定において求められている施術録を作成しておらず,かつ,結果的にも,施術内容や療養費の請求の妥当性等の確認ができなかったことなどからすると,施術録の記載等に関する原告の違反が,程度の軽微なものであるなどとはいえない。

イ  また,本件協定には,一部負担金の金額を減免又は超過して徴収しない旨が明示されており,かつ,施術に関して定額料金を設定することができるというのは,長期・多部位の施術の場合に適用される制度であって(乙6),一部負担金について定額料金を設定できるというものではないにもかかわらず,原告は一部負担金を定額で受領していたのであって,この点の違反行為についても軽視することはできない。

(4)  上記記載の原告による本件協定違反の内容や程度等からすると,原告による不正・不当な請求の存在自体が確認されていないことを考慮しても,北海道社会保険事務局長及び北海道知事による本件不承諾が,その裁量を逸脱又は濫用したものということはできない。

第5結論

以上によれば,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田光広 裁判官 中野智昭 裁判官 鈴木清志)

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