札幌地方裁判所 平成20年(わ)207号 判決 2008年6月25日
主文
被告人Aを懲役13年に,被告人Bを懲役8年に処する。
被告人らに対し,未決勾留日数中各150日を,それぞれその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
第1被告人両名は,平成18年3月以降,障害年金及び児童手当以外に収入がない世帯としてC市から生活保護法に基づく生活保護開始決定を受け,生活扶助費等(生活扶助費,住宅扶助費,教育扶助費,医療扶助費,一時扶助費及び冬季薪炭費をいう。)及び通院移送費を受給していたものであるが,実際には,平成18年10月については被告人Aの,その後は被告人両名の通院移送費として,被告人らがD市内の病院に通院する際にその移送に当たっていた有限会社Eに支払われた金銭の一部を同会社の従業員らを通じて受け取っていたため,被告人らの世帯には,平成18年10月以降,別紙収入表の「収入額」記載のとおり,毎月240万円ないし917万円(合計8478万円)の収入があった。しかし,被告人両名は,これを秘してC市から生活扶助費等及び通院移送費名下に金員を詐取しようと企てた。
1 被告人両名は,共謀の上,生活保護を受けている者として,収入の変動があった場合には同市福祉事務所長等にすみやかに収入の届出をなすべき義務があるのに,前記のような収入があった旨を同市福祉事務所長等に届け出ず,別紙一覧表1の「支給月」欄記載の13か月分の生活扶助費等につき,同市福祉事務所職員らをして被告人両名の世帯に対する生活扶助費等の支出命令書等を作成させて同市会計課長Fほか2名に提出させ,同人らをして,被告人らの世帯の収入に変動がない旨誤信させて前記支出を決定させ,よって別紙一覧表1の「振込入金日」欄記載のとおり,平成18年11月1日から平成19年11月1日までの間,同課事務担当者らをして,被告人両名の世帯に対する生活扶助費等名下に札幌市a区b町c条d丁目e番f号所在の株式会社G銀行H支店に開設された被告人A名義の普通預金口座に,現金合計388万5835円を振込入金等させ,人を欺いて財物を交付させた。
2 被告人両名は,別紙一覧表2の全部につき両名共謀の上,真実は前記のとおり収入を得ていたのにC市福祉事務所長等に届け出ずにこれを秘して,かつ,同表番号73ないし107については,更に被告人両名の移送を行うことにより同市から通院移送費の支払を受けていた有限会社Eの実質的経営者であるI及び同社従業員Jとも共謀の上,通院移送費請求書記載のとおりに同表「被移送者」欄記載の被告人両名を移送した事実がないのにあるかのようにも装った上,同表「請求日」欄記載のとおり,平成18年10月30日ころから平成19年11月9日ころまでの間,前後107回にわたり,前記Jをして,D市内から前記C市福祉事務所に請求書及び医療扶助通院移送費支給申請書を郵送等により提出させて通院移送費の支給を求め,いずれも同市福祉事務所職員らをして被告人両名の世帯に対する通院移送費の支出命令書等を作成させて同市会計課長Fらに提出させ,それぞれ同表「支出決定者」欄記載の同人ほか2名をして,被告人らの世帯の収入に変動がなく,かつ,同表番号73ないし107記載の事実については実際に請求書どおりの移送が行われた旨誤信させて,前記支出を決定させ,よって,同表「振込入金日」欄記載のとおり,平成18年11月6日から平成19年11月16日までの間,前後59回にわたり,同課事務担当者らをして,被告人両名の世帯に対する通院移送費名下に前記Iが管理する北海道石狩市gh条i丁目j番地所在の株式会社K銀行L支店に開設されたM名義の普通預金口座に,合計2億215万円を振込入金させ,もってそれぞれ人を欺いて財物を交付させた。
第2被告人Aは,法定の除外事由がないのに,平成19年11月18日ころ,札幌市k区l条m丁目n番地op号室において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射し,もって覚せい剤を使用した。
第3被告人Bは,法定の除外事由がないのに,平成19年11月18日ころ,前記p号室において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射し,もって覚せい剤を使用した。
(法令の適用)
被告人両名についてそれぞれ以下のとおり法令を適用する。
罰条
判示第1の1の所為
包括して刑法60条,246条1項
判示第1の2の各所為
別紙一覧表2の番号ごとにそれぞれ刑法60条,246条1項
判示第2の所為(被告人Aのみ)
覚せい剤取締法41条の3第1項1号,19条
判示第3の所為(被告人Bのみ)
覚せい剤取締法41条の3第1項1号,19条
科刑上一罪の処理
判示第1の2の別紙一覧表2のうち,複数回分の通院交通費の請求について一個の支出命令及び支給がなされた別紙罪数一覧表「別紙一覧表2番号欄記載の番号」欄記載のものにつき
刑法54条1項前段,10条(別紙罪数一覧表の番号欄①ないし・※ごとにそれぞれ一罪として同表の「犯情の重いもの」欄記載の番号の罪の刑で処断)
併合罪加重
刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の最も重い判示第1の2の別紙罪数一覧表番号・※の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数の算入
刑法21条
(量刑の理由)
1 被告人らは,C市内に在住し,生活保護を受けていた者であるが,その生活保護給付の一部として,被告人らが自宅からD市内の病院へ通院する際の費用(通院移送費)が被告人らの運送に当たる介護タクシー会社に支払われていた。ところが,被告人らは,同会社に支払われた通院移送費の一部に当たる金銭を同会社からもらっていた(環流金)ため,被告人らの世帯では平成18年10月以降の13か月で合計8478万円に達する多額の収入があった。にもかかわらず,被告人らは,共謀の上,収入のあったことを届け出ずに,C市から13か月分の生活扶助費等合計388万5835円を詐取し(判示第1の1),また,収入があったことを届け出ずにこれを秘して通院移送費を請求するとともに,その一部については前記介護タクシー会社の者とも共謀して,実際には被告人らがD市内に借りたマンションやホテルから通院したのに,あたかもC市内の被告人両名方からD市内の病院までという正規のルートを往復したかのようにも装って(架空移送),C市から通院移送費として合計2億215万円を騙し取った(判示第1の2)。さらに,被告人両名は,それぞれ覚せい剤を使用した(判示第2,第3)。
2 被告人らは1年以上にわたって毎月生活扶助費等を不正受給し続けたり,多数回にわたって通院移送費の不正請求を繰り返していたものであって,本件詐欺は常習的な犯行である。被告人Aと介護タクシー会社との間で作り上げられた通院移送費の環流システムは第三者には容易に把握し難いものであっただけでなく,架空移送分に係る通院移送費詐欺の犯行では,介護タクシー会社の者において運行表に虚偽の行程を記入してその体裁を整えるなどして,犯行の発覚を免れるための周到な手段を講じていたもので,本件詐欺の犯行手口は巧妙なものである。
被害額は,2億円余りにのぼる。平成18年・19年度のC市の生活保護費予算は12億円余りであるから,本件は,一地方都市の生活保護予算のかなりの部分を食い物にした,未曾有の巨額公金詐欺事案といえる。被告人らは,一切被害弁償をしておらず,被告人Aは被害弁償したいとは述べているもののその見込みは全くたっていない。
また,このような犯行は,国民の生活保護制度の在り方に対する信頼を大きく揺るがせたものであり,その社会的影響の大きさも看過することはできない。
なお,弁護人は,市の不適切な対応によって被害が拡大したということを被告人らに有利な事情として考慮すべきであると主張するところ,確かに,C市生活保護費詐欺事件検証第三者委員会報告書によれば,被告人両名に対する通院移送費の支給の必要性について,もっと調査を尽くし,慎重に判断すべきであったと指摘されているが,市の対応に不適切な点があったとしても,一般市民はさておき,それにつけこんで不正な利益をむさぼっていた被告人らに市の対応の是非を論ずる資格などないというべきであるから,弁護人の主張は採用することができない。
3(1) 被告人Aは,平成17年8月ころ,介護タクシー会社の者に通院移送費の1割を自己に支払うよう要求し,その後平成18年7月下旬ころから1回の通院移送のたびに10万円を要求し,本件犯行に至るころには,C市からD市まで往復した場合には10万円を受領し,さらに実際にはC市の自宅からD市の病院までの通院移送がなかった場合にも通院したように装うように同会社の者に要求し,その際の通院移送費の自己に対する支払いは折半を求め,かつ1万円未満の端数は切り上げて自己に渡すように求めるなどし,C市から同会社に支払われる通院移送費を環流させるシステムを作り上げるとともに,被告人Bにも介護タクシーを利用するように仕向けたものであって,本件詐欺の首謀者である。被告人Aは,被告人Bの通院移送費分に係る環流金の一部を同被告人に渡していたほかは,環流金の大部分を自分のものにしていたと認められ,前記被告人A及びBの世帯の収入のうちの大部分を利得し,次々と自動車を購入したり,女性との交際費や飲食店での飲食代等の遊興費にあてるなどして贅沢三昧の生活を送っていたものであり,結局のところ,遊興費等欲しさから詐欺の犯行に及んだもので,動機に酌量の余地は全くない。
(2) また,被告人Aは,懲役刑に処せられて服役した前科が2犯あるほか,平成15年7月に覚せい剤使用の罪により懲役1年6月,執行猶予4年の判決を受けたにもかかわらず,その執行猶予期間中に本件詐欺の犯行に及んだものである上,その執行猶予期間が経過してから約4か月で,またしても判示第2の覚せい剤使用の犯行に及んでいることからすると,その規範意識は甚だしく鈍麻しているといえる。
4(1) 被告人Bの犯行動機も,自らの生活費,遊興費等にあてたいという利欲的なもので酌量の余地はない。被告人Bは,被告人Aから介護タクシーを利用すれば金をもらえると聞くや,自ら運転する車での通院も可能であったにもかかわらず,通院移送費の支払を受けるため介護タクシーを利用するようになり,被告人Aから,自己の通院分に係る環流金の一部を受け取っていた。その金額は,少なくとも平成19年3月以降は1か月につき150万円前後という巨額なものになっていた。このように,被告人Bは,通院すれば,通院移送費の一部が自分にも環流されることを知りながら,介護タクシーによる通院を続け,多額の環流金を受け取り,また,そのような収入を秘して生活扶助費等を不正にもらい続けていたものであって,判示第1の犯行で被告人Bの果たした役割も大きい。
(2) また,被告人Bには覚せい剤使用の罪による前科があり,その執行猶予期間が経過してから2年も経たないうちに判示第3の覚せい剤使用の犯行に及んでおり,覚せい剤に対する親和性が抜け切れていないものといえる。
5 以上の次第で,被告人両名の刑責はいずれも非常に重く,特に本件詐欺の犯行の首謀者である被告人Aの刑責は,被告人Bのそれと対比しても際だって重いというべきである。
6 もっとも,被告人Aについては,公判廷で反省の弁を述べていること,身体障害1級であるなどの事情が存在する。
7 また,被告人Bも反省の弁を述べている上,同被告人については,判示第1の犯行の首謀者といえないばかりか,その犯行による実際の利得も被告人Aのそれと比べるとかなり少ない。
8 そこで,これら一切の事情を総合的に考慮すると,被告人両名にはそれぞれ主文の刑を科するのが相当である。
9 よって,主文のとおり判決する。
(求刑 被告人Aにつき懲役15年,被告人Bにつき懲役10年)
(検察官小西威夫,私選弁護人多田絵理子【主任,被告人両名】,私選弁護人野田信彦【被告人両名】各出席)
(裁判長裁判官 井上豊 裁判官 中川綾子 裁判官 田中結花)
<編注:『※』部分は原文のとおり。>
各別紙省略