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札幌地方裁判所 平成20年(ワ)112号 判決 2008年12月17日

札幌市<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

松下孝広

東京都品川区<以下省略>

被告

CFJ株式会社

同代表者代表取締役

主文

1  被告は,原告に対し,176万1742円及びうち126万4399円に対する平成17年6月1日から,うち15万円に対する平成20年2月2日から各支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告は,原告に対し,181万1742円及びうち126万4399円に対する平成17年6月1日から,うち20万円に対する平成20年2月2日から,各支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は,被告の負担とする。

(3)  仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁等

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

なお,被告は,訴状に対して上記(1)及び(2)の答弁をしたが,平成20年10月7日付訴えの変更申立書(被告に平成20年10月14日送達された。)の請求の趣旨に対しては答弁せず,請求の原因について認否を行わない。

第2事案の概要

本件は,原告が,被告に対し,被告との間で,平成2年5月1日から平成17年5月31日までの間,継続的な金銭消費貸借取引を行っていたところ,同取引を利息制限法の定める制限利率によって引き直した結果,別紙利息制限法に基づく法定金利計算書(以下「別紙計算書」という。)記載のとおり,過払金が発生したと主張して,不当利得返還請求として,上記過払金元本126万4399円,確定利息金34万7343円及び弁護士費用20万円の合計181万1742円並びにうち過払金元本126万4399円に対する最終取引日の翌日である平成17年6月1日から,弁護士費用20万円に対する本訴状送達の日の翌日である平成20年2月2日から各支払済みに至るまで,民法所定の年5分の割合による法定利息金の支払を求めた事案である。これに対し被告は,(1)過払利息を借入金額の弁済に充当して過払金額を算出する計算方法,(2)被告の悪意の受益者該当性について争うとともに,抗弁として,(3)原告が,被告が取得した利息138万2053円を超えて過払金の返還を請求することは,権利の濫用により許されない旨主張するとともに,(4)消滅時効を援用し,原告は,被告の消滅時効の援用は,信義則違反に当たる旨主張している。また,(5)被告は,原告の弁護士費用の請求についても争っている。

1  前提事実(争いのない事実)

(1)  被告は,貸金業の規制等に関する法律(平成18年法律第115号により法律の題名が貸金業法となった。以下「貸金業法」という。)による登録をうけた貸金業者である。

(2)  原告は,被告から,別紙計算書の年月日欄記載の各日に,同借入金額欄記載のとおり,金員を借り入れ,また,被告に対し,同支払金額欄記載のとおり,その返済をして,借入れと返済を繰り返した(以下「本件取引」という。)(甲1の2)。

2  争点及びこれに対する当事者の主張の要旨

(1)  過払金額を算出する計算方法について

(原告の主張)

過払金の発生は,まず,充当により差引き計算を行い,債務を減少させた上で,充当する債務もなくなった場合に初めて,不当利得返還請求権により救済するという計算方法がとられるものであるから,過払金債権に基づく利息債権が発生する都度,当該過払利息を借入金額の弁済に充当して過払金額を算出する計算方法は合理的である。

(被告の主張)

悪意の受益者であるために過払金債権に付される過払利息を後に発生する借入金額の弁済に当然充当するのを相当とする法的根拠はなく,過払金債権とは別個独立して支払請求の対象となるというべきである。

(2)  被告の悪意の受益者性について

(原告の主張)

被告は,貸金業の登録業者であり,利息制限法を超える金利で貸付をしていることを知りながら,原告から返済を受けていたのであり,悪意の受益者に当たる。

(被告の主張)

争う。

(3)  被告からの権利の濫用の主張について

(被告の主張)

被告が原告との金融取引によって取得した利息は138万2053円であった。被告は,利息収益から資金調達コスト,本支店運営費,人件費,貸倒費用その他の費用を賄わなければならないのであって,それを全額返還することは,当然に大きな赤字である。したがって,原告が,被告が取得した利息138万2053円を超えて過払金の返還を請求することは,権利の濫用により許されない。

(原告の主張)

原告が被告に対して過払金の返還を求めているのは,被告が利息制限法を守らず違法な営業を行ってきたからであり,原告は,利息制限法の範囲内の正当な営業活動により生じる利益をはき出させようとしているものではないから,権利濫用には当たらない。

(4)  消滅時効の援用について

(被告の主張)

ア 過払金返還請求権は,過払金の発生ごとに存在し,かつ,それぞれの発生の時期から個別に消滅時効が進行する。したがって,本件取引のうち,本件訴訟が提起された平成20年1月21日の10年前である平成10年1月21日以前の取引において発生した不当利得返還請求権については,時効が完成しているから,被告はこれを援用する。

イ 消滅時効の主張が信義則違反に当たるという原告の主張は争う。

(原告の主張)

ア 本件は,同一の貸主と借主の間で基本契約に基づき継続的に貸付けとその返済が繰り返される金銭消費貸借であり,一つの継続的金銭消費貸借として一連一体のものとして充当処理がなされるべきであり,取引係属中は,債務者は,債権者から貸付けを受ける可能性があるから,債務者が,継続的取引を終了させない限り,過払金の弁済期は到来しない。本件取引が終了したのは,平成17年5月31日であるから,未だ時効は完成していない。

イ 原告からの信義則違反の主張

被告は,従前,取引履歴の開示に非協力的であり,被告は,取引履歴の開示を拒むことで,債務者の正当な権利行使である過払金返還請求の行使を妨害してきたのであるから,そのような被告が,平成10年当時原告が取引履歴開示を求めて,過払金返還請求権を行使できたなどと主張することは,信義則に反して許されない。

(5)  弁護士費用について

(原告の主張)

民法704条後段の損害の範囲については,民法416条が準用されるから責任原因たる不当利得と相当因果関係にあるすべての損害が賠償対象になる。貸金業者は,過払金返還には極めて消極的であり,弁護士に委任して訴えを提起しなければ過払金の回収は極めて困難である。したがって弁護士に訴訟提起やその遂行を依頼することは通常生じる事態であるから,原告が本訴追行に要した弁護士費用は民法704条後段所定の損害に当たる。

(被告の主張)

民法704条後段の損害賠償義務は,不当利得者に不法行為責任が認められることが前提となると解釈するのが妥当であり,被告はいかなる不法行為も行っていないから,原告の民法704条後段に基づく弁護士費用の請求には理由がない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)過払金の計算方法について

同一の貸主と借主との間で基本契約に基づき継続的に貸付けと弁済が繰り返されていく継続的取引においては,当事者双方は,その一連の取引の中に複数の権利関係が発生するような事態が生じることは望んでおらず,既存の過払金については,その後の貸付けに係る債務に充当する意思を有しているとみるのが,当事者の合理的意思に合致するというべきであるから,基本契約に基づき借入金債務に対する弁済金のうち制限超過部分を元本に充当した結果,過払金が発生した場合には,その過払金及びその過払金から発生する過払利息分については,その後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意をも含んでいるものと解するのが相当である。

そこで,本件原告と被告間の金銭消費貸借についてみるに,前記前提事実のとおり,被告は貸金業者であり,原告は,被告との間で,別紙計算書のとおり,借入れと返済を繰り返していること,被告においては,原告につき同一の会員番号で取引を管理していると認められること(甲1の2)からすれば,原告と被告との間では,基本契約に基づき継続的に貸付けと返済が繰り返されていくことが予定されていたことが推認でき,これを覆すに足りる証拠はない。そうすると,別紙計算書記載の各取引に基づいて発生した過払金返還請求権(過払利息も含む)はその後の貸付けに係る債務に充当されるものというべきであるから,これを充当されるものとした原告の計算方法は相当である。よって,この点に関する被告の主張は採用できない。

2  争点(2)被告の悪意の受益者該当性について

貸金業者が利息制限法の制限利率を超過する利息を受領したときには,貸金業法43条1項の適用の要件を充足していたことはもとより,同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるときでない限り,民法704条の「悪意の受益者」であると推定されるというべきである。

そして,本件において,貸金業者である被告は,本件各取引に貸金業法43条1項の適用があること,又は本件各取引時に同項の適用あるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情の存在について主張立証しない。そうすると,本件においては,利息制限法の制限利率を超える利息の受領に基づいて発生する不当利得については,その不当利得が発生した時点から被告は悪意の受益者であったというべきである。よって,この点に関する被告の主張は採用できない。

3  争点(3)本件請求が権利濫用となるかについて

原告の請求は,利息制限法を超えた部分について,悪意の不当利得者として利息を含めて請求しているものにすぎない。被告の過払金返還額が,被告が取得した利息138万2053円を超える額になったとしても,それは,被告が制限超過利息分を長期間にわたり受け取ってきた結果であって,原告の請求は,正当な権利の行使であるから,権利の濫用には当たらないというべきである。よって,この点に関する被告の主張は採用できない。

4  争点(4)消滅時効について

被告は,過払金返還請求権は,過払金の発生ごとに存在し,かつ,それぞれの発生の時期から個別に消滅時効が進行するから,消滅時効の起算点は個々の過払金の発生時期である旨主張する。

しかしながら,上記1で検討したとおり,原告と被告との間の別紙計算書記載の各取引は,一連のものとして充当計算すべきものであり,これに基づいて発生した過払金請求権は,その後の貸付けに係る債務に充当されて消滅したり,その後の弁済により,再度新たな過払金が発生することを繰り返すことが予定されている。したがって,借主の貸主に対する不当利得返還請求権は,その間の継続的な取引が終了した時点で確定的に発生し,その時点から時効の進行が開始すると解するのが相当である。そして,本件における一連の取引の最終取引日は,原告が被告に最後に返済した平成17年5月31日であるから,本件取引によって生じた過払金返還請求権の消滅時効期間は未だ経過していない。よって,この点に関する被告の主張は採用できない。

なお,消滅時効の援用が権利濫用に当たるかについては,消滅時効が成立していないため,この点については判断しない。

5  争点(5)弁護士費用について

(1)  前記前提となる事実及び上記1ないし4によれば,被告は,原告に対し,別紙計算書残元金欄記載のとおり過払金元本126万4399円及び確定利息金34万7343円の請求権を有するところ,本件訴訟の経過等からすれば,被告が,原告に対し,発生した過払金等の返還に容易に応じなかったことは明らかであり,原告としては,弁護士に委任して本件訴訟を提起,追行するのでなければ,不当利得の返還請求が困難であったと認めることができる。したがって,相応な弁護士費用は,民法704条前段の利息の付加のみではまかなえない損害に該当するというべきである。この点に関する被告の主張は採用できない。

(2)  そして,原告が,弁護士に委任して本訴を提起したことは,当裁判所に顕著であるところ,本件の認容額,本件の経過等を総合考慮すると,不当利得返還請求と相当因果関係のある弁護士費用としては,15万円を認めるのが相当である。

6  結論

以上によれば,被告は,利息制限法所定の利率を超える部分につき,法律上の原因なく利得していたことになるから,別紙計算書のとおり充当計算し,過払金元本として126万4399円,確定利息金として34万7343円,弁護士費用として15万円の合計176万1742円及び過払金元本126万4399円については最終取引日の翌日である平成17年6月1日から,弁護士費用15万円については本訴状送達の日の翌日である平成20年2月2日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うことになる。

よって,原告の請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないのでこれを棄却し,主文のとおり判決する。

(裁判官 田口紀子)

<以下省略>

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