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札幌地方裁判所 平成20年(ワ)2775号 判決 2011年5月16日

主文

1  (甲事件)

(1) 原告国とY1との間において,Y1とY2がした平成19年4月17日付け財産分与のうち別紙物件目録<省略>記載5,7ないし8の各土地並びに同6及び9の各建物に係る部分を取り消す。

(2) Y1は,次の各登記の各抹消登記手続をせよ。

ア  別紙物件目録<省略>記載5の土地及び同6の建物につき札幌法務局西出張所平成19年4月18日受付第<省略>号所有権移転登記

イ  同7の土地につき札幌法務局平成19年4月18日受付第<省略>号所有権移転登記

ウ  同8の土地につき札幌法務局南出張所平成19年4月18日受付第<省略>号所有権移転登記

(3) Y1は,Y2に対し,別紙物件目録<省略>記載9の建物につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2  (乙事件)

(1) Y2は,X1に対し,1億0370万3650円及びこれに対する平成19年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2) X1とY1との間において,Y1とY2がした平成19年4月17日付け財産分与のうち別紙物件目録<省略>記載5及び8の各土地並びに同6の建物に係る部分を取り消す。

(3) Y1は,次の各登記の各抹消登記手続をせよ。

ア  別紙物件目録<省略>記載5の土地及び同6の建物につき札幌法務局西出張所平成19年4月18日受付第<省略>号所有権移転登記

イ  同8の土地につき札幌法務局南出張所平成19年4月18日受付第<省略>号所有権移転登記

(4) X1のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,甲事件及び乙事件を通じて,すべてY1及びY2の負担とする。

4  この判決は,第2項(1)に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  甲事件

主文第1項(1)ないし(3)と同じ

2  乙事件

(1) Y2は,X1に対し,1億3643万6983円及びこれに対する平成19年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2) X1とY1との間において,Y1とY2がした平成19年4月17日付け財産分与のうち別紙物件目録<省略>記載1ないし3,5及び8の各土地並びに同6の建物に係る部分を取り消す。

(3) Y1は,次の各登記の各抹消登記手続をせよ。

ア 別紙物件目録<省略>記載1ないし3の各土地につき札幌法務局平成19年4月18日受付第<省略>号所有権移転登記

イ 主文第2項(3)ア及びイと同じ

第2当事者の主張

1  甲事件

(1) 請求原因(原告国)

ア 原告国は,Y2に対し,平成19年4月17日当時,別紙租税債権目録<省略>記載のとおり,納期限を経過した租税債権合計1億0173万0700円を有しており,これは現在も未納である(以下「本件租税債権」という。)。

イ(ア) Y2は,平成19年4月17日当時,別紙物件目録<省略>記載1ないし9の土地及び建物(以下,別紙物件目録<省略>記載1の土地を「本件不動産1」といい,その余についても同様に表記する。)を所有していた。

(イ) Y2は,同日,妻であったY1との間で,Y2とY1とが離婚すること(以下「本件離婚」という。),Y2からY1に対し,離婚に伴う財産分与として本件不動産1ないし9を譲渡すること(以下「本件財産分与」という。)などを内容とする調停を成立させた。

(ウ) Y2は,同月18日,本件財産分与に基づき,本件不動産1ないし8について,Y1への所有権移転登記手続をした(以下,本件不動産1についての所有権移転登記を「本件登記1」といい,その余についても同様に表記する。)。

なお,本件財産分与当時,本件不動産9(建物)は未登記であり,本件財産分与に際しても建物の表題登記及び所有権保存登記はされなかった。

(エ) 本件不動産1ないし9の本件財産分与当時における固定資産評価額は,別紙固定資産評価額目録<省略>記載のとおりであり,合計8924万1600円であった。

ウ(ア) 本件財産分与は,次のとおり,民法768条3項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり,財産分与に仮託してされた財産処分である。

a Y2は,本件財産分与によって自己の全財産である本件不動産1ないし9をすべてY1に譲渡した。しかし,本件不動産8はY2がY1と婚姻する昭和50年3月より前に取得したものであり,本件不動産9は,Y2の父である亡Aが居住用として本件不動産8の上に建築した建物であり,Y2が相続により取得したものである。したがって,本件不動産8及び9は,Y2とY1が協力して取得したものとはいえず,財産分与の対象から除外されるべきものである。

b Y1は,本件財産分与により,本件不動産1ないし7及び同9について,合計月額60万円もの賃料収入を得ることとなった。Y1が本件離婚前には月額約30万円で生活していたことからすると,本件財産分与後の同人の収入は約2倍に増加したことになる。

また,Y2とY1の子のうち養育費を要する子は19歳の次女1名にすぎないし,仮に次女の学費として年額120万円を要するとしても,上記のとおり,本件財産分与後のY1の年収は,それをはるかに超えて年額約360万円も増加している。

したがって,本件財産分与はY1に対する扶養料及び子に対する養育費としては著しく多額であるといえる。

c 本件不動産1ないし9には,いずれにも抵当権が設定されるなどしていないから,本件財産分与を金額で評価すると,少なくとも8924万1600円もの額となる。なお,本件離婚の原因の1つは,Y2の女性問題にあったようであるが,Y1も自認するとおり,本件離婚の原因は,性格の問題等,複数あったのであるから,Y2のみに一方的に責任があったわけではなかったことがうかがわれる。したがって,本件財産分与は,被告に対する慰謝料としても著しく過大であるといえる。

d 札幌南税務署長は,Y2の本件租税債権に係る調査を実施し,調査結果の説明と納税申告書の提出をしょうようするため,平成19年2月9日にY2宅へ臨場したが,不在であったため,調査結果を記載した書類と,申告書の提出及び納付をするよう記載したメモを差し置きした。そして,同署長は,Y2に対し,同年3月1日付けで所得税の決定及び加算税の賦課決定を通知し,同月2日付けで相続税の決定及び加算税の賦課決定を通知した。

ところが,Y2は,同年2月22日,急きょ離婚調停を申し立て,同年4月17日に本件財産分与を行って無資力となったため,原告国による本件租税債権の徴収が不可能になった。また,Y2は,Y1が平成15年7月11日に離婚調停を申し立てた際,離婚に応じず,同調停の第3回期日以降は出頭すらしなかった。しかし,Y2は,平成19年2月22日に至り,特段の状況の変化が見当たらないにもかかわらず,本件離婚に係る調停を自ら申し立て,全財産である本件不動産1ないし9をY1に財産分与したのである。このように,本件離婚及び本件財産分与の時期及び経緯は極めて不自然である。

e また,Y2は,本件離婚後もY1に対して本件財産分与した本件不動産8及び9をY1から賃借し,居住している。しかも,Y2の住民票上の住所は,本件離婚後も1年3か月にもわたって異動がなく,Y1と同一の住所であった。その上,Y2は,郵便物を受け取るためにY1宅を訪れることがあり,Y1も,Y2の住居の施錠を開錠して自由に出入りしている。さらに,Y2は,子らに離婚の事実を知らせていない。これらのことからすれば,Y2とY1との関係は,本件離婚の前と後とで全く変化がないといえる。

f さらに,Y2の弟であるX1は,同じくY2の弟であるBが提起した相続財産に関する訴訟において,Y2が税金を払いたくないと日ごろから発言していたのを聞いたと証言している。

また,Bは,Y2に対して相続税及び所得税の申告書の提出をしょうようした直後の平成19年2月13日,Y2が相続税及び所得税を一切払う気はなく,妻と離婚して自分名義の財産を妻名義に変えると言っていたのを聞いたと述べている。

そして,Y2に対する滞納処分を担当する国税局徴収職員は,平成21年1月23日,Y2の親戚と称する者から,Y2が,Y1との離婚は偽装離婚であり,かつ,偽装離婚により不動産の名義を変えたと言っていたとの通報を受けた。

(イ) 本件財産分与のうち不相当に過大な部分については,その限度において取り消されるべきであるところ,(ア)のとおり,Y2とY1が,その婚姻中に夫婦で協力して取得したのは本件不動産1ないし7(固定資産評価額合計5714万2500円)であり,その2分の1が財産分与として相当であると思われる(財産分与相当額2857万1250円)。そして,Y1が,本件不動産1ないし4に婚姻中から居住していること,これらの不動産の固定資産評価額は合計3523万8300円であり,また,これらの不動産からの賃料収入は年額約300万円に上ることなどを踏まえると,本件財産分与のうち,本件不動産1ないし4を超える部分,すなわち本件不動産5ないし9に係る部分は不相当に過大であるから取り消されるべきである。

エ Y2は,本件財産分与をする前は,本件不動産1ないし7の賃料収入によって生計を維持していたが,本件不動産1ないし9を本件財産分与したことによって無資力となった。

オ Y2は,本件財産分与の当時,本件租税債権の存在を知っており,本件財産分与によって原告国などの債権者が害されることを認識していた。

カ よって,原告国は,Y1に対し,詐害行為取消権に基づき,本件財産分与のうち本件不動産5ないし9についてされた部分の取消しを求めるとともに,本件登記5ないし8について各抹消登記手続をし,また,本件不動産9につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をするよう求める。

(2) 請求原因に対する認否等(Y1)

ア 請求原因アは不知であるが,租税債権の存在自体は争わない。

イ 同イ(ア)ないし(エ)はいずれも認める。

ウ(ア) 同ウ(ア)柱書きは否認ないし争う。

a 本件不動産8及び9の取得経緯等については不知,その余は否認ないし争う。

Y1とY2は,昭和50年3月24日に婚姻したが,その婚姻中,本件不動産1ないし7をいずれもY2名義で取得した。すなわち,昭和51年に亡A(Y1の義父であり不動産業を営んでいた。)の勧めで本件不動産5及び6を取得したのを始めとして,昭和55年に借地上に本件不動産4を建築し,その後平成6年12月に本件不動産1ないし3(本件不動産4の底地を含む。)を買い受け,さらに昭和61年に本件不動産7を購入したものである。これらの購入においては,Y1の寄与したところがY2に比してはるかに大きく(Y2の当時の月収は10万円から10数万円程度にすぎなかった。),これらの修繕・維持・管理はすべてY1が行ってきた。

他方,本件不動産8及び9については,亡Aにおいて,賃借していた本件不動産8上に賃貸用アパートである本件不動産9を建て,その賃料収入をもって本件不動産8の所有者であったBから売買で買い受け,その後,Y2に所有権移転登記がされたと聞いているが,Y1はこれに携わっていないため詳細は知らない。

b 同ウ(ア)bは否認ないし争う。

Y1は,本件離婚前から,本件不動産1ないし7に係る賃料収入月額約60万円を自ら収受して管理しており,この中から建物修繕費や固定資産税等の必要経費を支出し,その残りを自らの生活費や子供の養育費に充てていたものであり,上記賃料収入をY2に渡していたことはないし,Y2から賃料収入の中から月30万円を受け取っていたこともない。

c 同ウ(ア)cのうち,本件不動産1ないし9いずれにも抵当権が設定されておらず,これらの固定資産評価額合計が8924万1600円であったことは認め,その余は否認する。

本件離婚の決定的な原因は,Y2が平成6年から何度も不貞行為を重ねたことであり,Y1には落ち度らしい落ち度はない。Y1は,Y2と平成12年1月1日から別居しており,その間,Y2はY1にまったく生活費を渡さず,Y1は,本件不動産1ないし7に係る賃料収入で子供3人を一人で養育してきた。本件離婚に当たり,Y1は,Y2に対し,財産分与のほかに慰謝料及び養育費も請求したが,Y2は現金では支払えないとして本件不動産8及び9を含めた本件不動産1ないし9を本件財産分与としてY1に譲渡したものである。このように,本件財産分与には慰謝料及び養育費支払の要素も含まれており,Y1とY2が昭和50年3月24日に婚姻して3人の子をもうけた夫婦であって,その婚姻期間は32年もの長期に及んでいたことなども踏まえると,本件財産分与が不相当に過大ということはない。

d 同ウ(ア)dのうち,第1段落は不知。第2段落のうち平成15年7月11日にY1が離婚調停を申し立て,離婚及び財産分与のほか,慰謝料及び養育費の支払も求めたが,途中からY2が出頭しなくなったためやむなく取り下げたこと,平成19年2月ころになってY2の側から離婚調停を求めてきたことは認め,その余は否認ないし争う。

Y1は,長年求めてきた離婚にY2がようやく応じる意思を固めたものと認識したのであり,不自然とは考えなかった。

e 同ウ(ア)eのうち,本件離婚後,Y2がY1から本件不動産9を賃借していること,Y2が郵便物を受け取るためにY1宅を訪れることがあることは認め,Y2につき本件離婚後約1年3か月にわたって住民票上の住所の異動がなかったことは不知,その余は否認ないし争う。

Y1は,本件離婚後,Y2からすぐには引っ越しするところがないので貸して欲しいと言われたため,本件不動産9を賃料月額8万円で賃貸しているにすぎない。

f 同ウ(ア)fはいずれも不知。

(イ) 同ウ(イ)は否認ないし争う。

エ 同エは否認する。なお,Y1は,Y2は資産家であった亡Aの長男であったから,平成○年○月○日に死亡した亡Aから相応の財産を相続していると思っていた。

オ 同オは不知。

(3) 抗弁-Y1の善意(Y1)

Y1は,本件財産分与当時,本件租税債権に係る債務が未納であるとは知らず,本件財産分与によって原告国などのY2の債権者を害するとの認識はなかった。

(4) 抗弁に対する認否等(原告国)

否認する。Y1は,札幌南税務署長が本件租税債権に係る税務調査(以下「本件税務調査」という。)に着手した平成17年12月以降,Y2に対して本件税務調査が行われていることを認識しており,平成19年3月1日には,Y2に対して「平成15年分所得税の決定通知書・加算税の賦課決定通知書1通」が送達されたことも認識していた。また,Y1は,Y2に相続税がかかるのは知っていた上,平成19年2月ころにはBから相続税額も聞いていた。

2  乙事件

(1) 請求原因(X1)

ア Y2に対する預け金返還請求

(ア) 亡Aは,Y2に対し,別紙預け金一覧表<省略>記載のとおり,平成11年7月12日から平成13年6月29日までの間に,14回にわたって合計4億0931万0950円の金銭を預け,同額の預け金返還請求権を取得した。

(イ) 亡Aは,平成○年○月○日に死亡し,その子であるY2(長男),X1(次男)及びB(三男)が相続した。

(ウ) X1は,平成19年6月16日,Y2に対し,上記預け金返還請求権のうち自らが相続した部分1億3643万6983円を1週間以内に支払うよう催告した。

(エ) よって,X1は,Y2に対し,預け金返還請求権に基づき,1億3643万6983円及びこれに対する支払期限の翌日である平成19年6月24日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ Y1に対する詐害行為取消等請求

(ア) X1は,アのとおり,Y2に対して預け金返還請求権として1億3643万6983円を有している。

(イ) 1(1)イないしオと同じ。

(ウ) (イ)で述べたところによれば,Y2とY1の本件離婚自体が財産隠匿を目的とした偽装離婚であり,本件財産分与全体が詐害行為として取り消されるべきものであるし,少なくとも本件財産分与が不相当に過大なもので財産分与に仮託してされた財産処分であることが明らかである。

(エ) よって,X1は,Y1に対し,詐害行為取消権に基づき,本件財産分与のうち本件不動産1ないし3,5,6及び8についてされた部分の取消しを求めるとともに,本件登記1ないし3,5,6及び8について各抹消登記手続をするよう求める。

(2) 請求原因に対する認否等

ア 請求原因アに対する認否等(Y2)

すべて否認する。亡Aから合計4億0931万0950円を預かったとされるが,まったく心当たりがない。この金額については,X1が勝手に申告した金額にすぎない。

イ 請求原因イに対する認否等(Y1)

(ア) 請求原因イ(ア)は不知。

(イ) 同イ(イ)については,1(2)イないしエと同じ。

(ウ) 同イ(ウ)はいずれも否認ないし争う。

(3) 抗弁(請求原因イに対して)-Y1の善意(Y1)

1(3)と同じ。

(4) 抗弁に対する認否等(X1)

1(4)と同じ。Y1はY2が多額の相続税を負担していたことなどを認識していた。

第3当裁判所の判断

1  甲事件について

(1) 請求原因について

ア 証拠<省略>によれば,請求原因アの事実(本件租税債権の存在)が認められる。

イ 請求原因イ(ア)ないし(エ)の各事実(本件財産分与等)については原告国及びY1の間に争いがない。

ウ 請求原因ウ(本件財産分与が不相当に過大であり,財産分与に仮託してされた財産処分か)について

(ア) 争いのない事実のほか,証拠(各認定事実の後に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

a Y2とY1との婚姻等

Y2とY1は,昭和50年3月24日に婚姻し,子供3人(長女D・昭和○年○月○日生,長男E・昭和○年○月○日生及び二女F・昭和○年○月○日生。以下「D」のように名前で表記する。)をもうけた。なお,Y2は,上記婚姻当時はa株式会社に勤務していたが,昭和63年4月にb株式会社,昭和63年9月に有限会社c,平成3年6月にd株式会社北海道支店など,勤務先を変えてきた(証拠<省略>)。

b 本件不動産1ないし9の各取得経緯等

(a) 本件不動産1ないし4の取得経緯

Y2は,昭和55年4月29日,Gに対し,Hほかが当時所有(共有)していた本件不動産1ないし3の上に本件不動産4の建物を代金2360万円で建築するよう発注する旨の請負契約を締結し,同年10月28日には本件不動産4の所有権保存登記を得た。また,Y2は,同年8月22日,株式会社eから住宅ローンとして1700万円を借り入れ,本件不動産4に抵当権の設定を受けた。なお,Y2は昭和60年9月7日までかかるローンの返済を行い,上記抵当権は抹消された。その後,Y2は,平成6年12月20日,Iから,本件不動産1ないし3を代金4360万円で購入する旨の売買契約を締結し,同日,所有権移転登記を得た。なお,売買代金や仲介手数料等の支払は,Y2名義の預金等を原資としてY2名義で行われたが,手続自体はY1が行った(証拠<省略>)。

(b) 本件不動産5及び6の取得経緯

Y2は,昭和51年5月25日,f株式会社に対し,亡Aの妹でありY2の叔母であるBが当時所有していた本件不動産5の土地等の上に,本件不動産6の建物を代金2200万円で建築するよう発注する旨の請負契約を締結し,後に同請負代金を支払った。Y2は,同年10月5日には本件不動産6の所有権保存登記を得た。また,Y2は,同月28日にJから400万円を,昭和51年10月28日にKから300万円をそれぞれ借り入れたが,この際,Cとともに本件不動産5及び6に抵当権設定を受けた。その後,Y2は,昭和52年1月1日売買(昭和51年12月22日売買予約あり)に基づき,Cから本件不動産5の所有権を取得し,平成元年9月19日に所有権移転登記を得た(証拠<省略>)。

(c) 本件不動産7の取得経緯Y2は,Y1と婚姻する前の昭和47年5月29日,Lから,本件不動産7の土地上にあった建物及び本件不動産7に係る借地権を代金270万円で購入する旨の売買契約を締結し,同年8月5日,本件不動産7の管理人であったMから本件不動産7を1か月4020円で賃借する旨の賃貸借契約を締結し,昭和48年3月20日,上記建物に係る所有権移転登記を得た。その後,Y2は,昭和61年12月18日,Mから本件不動産7を代金661万2000円で購入する旨の売買契約を締結し,同月24日,所有権移転登記を得た(証拠<省略>)。

(d) 本件不動産8及び9の取得経緯

Cは,昭和38年7月18日,売買により本件不動産8の所有権を取得し,Y2は,昭和50年12月19日贈与予約契約を原因として同月20日,本件不動産8につき所有権移転請求権仮登記を得た。その後,上記仮登記は平成元年9月18日解除を原因として同月20日に抹消されたが,同日,Y2は,真正な登記名義の回復を原因として本件不動産8につき所有権移転登記を得た。なお,本件不動産8の上には未登記の本件不動産9が建築されていた(証拠<省略>)。

(e) 本件不動産1ないし7からの賃料収入等

Y2は,平成13年から平成18年の各所得税申告において,本件不動産1ないし7から得られた賃料収入につき,いずれもY2に帰属するものとして申告の手続を行っていた。なお,平成19年当時における本件不動産1ないし4から得られる賃料収入は年300万円余りであった(証拠<省略>)。

c Y1による調停申立て

Y2は,不貞行為を行うようになっていたことから,Y2とY1は,平成12年ころには別居するようになった(証拠<省略>)。Y1は,平成15年7月11日,札幌家庭裁判所にY2を相手方として夫婦関係解消のため調停申立てを行い(同裁判所平成15年(家イ)第<省略>号),Y2とY1は離婚し,両名の未成年の子であったFの親権者をY1と定め,Y2がY1に対し,Fの養育費として毎月10万円,財産分与として5000万円,慰謝料として2億円を支払い,本件不動産1ないし4,8及び9を譲渡する旨の内容の調停成立を求めた。Y2は,平成15年8月14日の第1回期日及び同年9月18日の第2回期日には出頭したが,同年10月30日の第3回期日から出頭しなくなったことなどから,Y1は,平成16年3月25日の第5回期日において上記調停申立てを取り下げた(証拠<省略>)。

d Y2による調停申立て,本件離婚及び本件財産分与

Y2は,平成19年2月22日,札幌家庭裁判所にY1を相手方として夫婦関係解消のため調停申立てを行い(同裁判所平成19年(家イ)第<省略>号),Y2とY1は離婚し,Fの親権者をY1と定め,Y2がY1に対しFの養育費として毎月相当額を支払うとの内容の調停成立を求めた。Y2とY1は,平成19年4月17日,調停により離婚した(本件離婚)。この調停においては,Fの親権者をY1と定めること,Y2は,財産分与として本件不動産1ないし9をY1に譲渡し(本件財産分与),ただちに本件財産分与を原因とする所有権移転登記手続をY2の費用負担で行うことなどが定められ,翌18日,本件登記1ないし8の手続がされた。また,Y2は,平成19年4月18日,Y1から本件不動産9を1か月8万円で賃借し,同所を住居として使用することとした(証拠<省略>)。

e 本件税務調査等

札幌南税務署財務事務官Nは,平成19年2月9日午前10時ころ,札幌市<省略>の当時のY2の住居(本件不動産4の一部に相当する。以下「本件住居」という。)を訪れたが不在であったため,本件税務調査結果を記載した書類や納付書を同封した封書(以下「本件封書」という。)を玄関の新聞受け口から投函しておいた。また,N財務事務官は,同年3月1日午前11時30分にも本件住居を訪れたが,Y2が不在だったため,Y1に対し,Y2に対する平成15年分所得税の決定通知書・加算税の賦課決定通知書1通を交付した(証拠<省略>)。

(イ)a (ア)の認定事実によれば,①本件財産分与(平成19年4月17日)当時,Y2が有していた主要な財産は本件不動産1ないし9ですべてであること(この点,Y1も,自分の認識しているY2の所有不動産は本件財産分与ですべてもらったとの認識を示しているし証拠<省略>,Y2も,平成19年10月12日付け質問てん末書において,今現在はどういう財産を有しているかとの問いに対して全部Y1にやったので何もない旨を回答している(証拠<省略>)。),②このうちY2とY1との婚姻中にY2名義で取得したものであり,本件財産分与の対象たり得る共同財産は本件不動産1ないし7のみであること(本件不動産8及び9については,その具体的な取得経緯は不明であるものの,平成19年10月12日付け質問てん末書において,Y2自身が本件不動産8及び9は結婚前に取得した土地に亡Aの資金で建物を建てたものであると述べていること(証拠<省略>)をも併せ考えると,本件財産分与の対象財産に含めないのが相当である。),にもかかわらず,③本件財産分与においては,本件不動産1ないし9のすべてがY2からY1へと譲渡される内容となっていることが認められる。また,④Y2においては,平成19年2月9日にN財務事務官が本件住居に残していった本件封書を見るなどして,本件税務調査が行われ,本件租税債権に係る申告や納税等を求められていることを認識していたことが推認されるところ,その直後である同月22日,唐突に札幌家庭裁判所に本件離婚に係る調停申し立てを行ったものと認められるところである。

【判示事項】これらの事情のほか,1(1)イによれば,本件不動産1ないし9の固定資産税評価額の合計額は8924万1600円である一方,本件財産分与の対象(共同財産)たり得る本件不動産1ないし7の固定資産税評価額の合計額(5714万2500円)を2分の1とした額は2857万1250円にとどまり,上記本件不動産1ないし9の固定資産税評価額合計額との差額は6067万0350円もの金額となることをも併せ考えると,本件財産分与が不相当に過大であることは明らかであって,Y2において財産分与に仮託してその有する財産を処分するためにしたものであることが強く推認されるといわなければならない。

b(a) Y1は,本件不動産1ないし7の修繕・維持・管理はすべてY1が行ってきたものであり,Y1の寄与したところがY2に比してはるかに大きい旨を主張し,同旨の供述をする(証拠<省略>)。

しかし,(ア)bの認定事実のとおり,本件不動産1ないし7については,いずれもY2の名義で取得され,これらを取得するための借入れ等についてもすべてY2名義で行われているものと認められるし,所得税の申告に際しても,これらから得られる賃料収入はY2に帰属する前提で手続が行われていたものと認められ,これらの事情に照らすと,本件不動産1ないし7の取得等について,少なくとも対外的にはすべてY2の責任で行われていたということができ,かかる事情を軽視することは相当とはいえない。

そうすると,Y1の供述するように,本件不動産1ないし7の修繕・維持・管理にY1が寄与してきたのだとしても,その寄与の度合いがY2のそれとは大きく異なるとまではいい難い。

(b) また,Y1は,Y2においては,不貞行為を繰り返して32年にもわたるY1との夫婦生活を一方的に破綻させて別居に至り,Y1が一人で3人の子供を養育してきたことなどからすると,本件財産分与には慰謝料や養育費の要素も含まれており,不相当に過大であるとはいえない旨を主張する。

確かに,(ア)cの認定事実のとおり,Y2は不貞行為を行うようになって平成12年ころにはY1と別居するに至っていたこと,平成15年にはY1の側から離婚のほか慰謝料や養育費の支払を求めて調停申立てをしていたものと認められ,かかる事実に照らすと,本件財産分与においては,慰謝料及び養育費の要素が含まれているとしても不自然ではない。

しかし,本件離婚及び本件財産分与当時,Y2とY1との間の未成年の子はFのみであり,同人も当時すでに19歳であったものと認められるから,同人についての養育費が多額となるとは考えにくい。

また,財産分与においては,共同財産の清算分与の要素や離婚による損害賠償の要素のほか,一方配偶者の扶養の要素が含まれることもあると解されるものの,上記で述べたところのほか,(ア)b(e)のとおり,本件不動産1ないし7については賃料収入があり,このうち本件不動産1ないし4のみでも年300万円余りの賃料収入を得ることができることなども考慮すると,本件財産分与に,共同財産の清算分与の要素のみならず,Fについての養育費の要素,Y1に対する本件離婚による損害賠償の要素,Y1の扶養の要素が含まれると解したとしても,aで述べたように,共同財産を2分の1ずつ清算分与した場合の額を6000万円以上も上回る財産をY1に取得させることを合理的に説明することはできない。

c なお,Y2は,医療法人社団Uに合計9000万円の貸金返還請求権を有しているなどと記載した各陳述書(証拠<省略>)を提出するものの,これを裏付ける客観的な証拠は見当たらないし,むしろかかる陳述は上記平成19年10月12日付け質問てん末書における財産は何もない旨のY2の回答(証拠<省略>)と矛盾する。

したがって,この点のY2の陳述は採用できない。

(ウ) そこで,さらに進んで本件財産分与のうち不相当に過大な部分として取り消されるべき範囲について検討すると,上記で検討したところのほか,Y1が現在も本件住居に住所を置いていることなどを併せ考えると,本件財産分与のうち,本件不動産1ないし4に係る部分(固定資産評価額合計3523万8300円。なお,本件不動産1ないし4は本件住居を含んでいるほか,年約300万円余の賃料収入を得ることが期待できる物件である。)を除き,本件不動産5ないし9に係る部分を不相当に過大な部分として取り消すのが相当である。

エ ウで検討したところによれば,請求原因エ(Y2の無資力)及び同オ(Y2の悪意)の各事実がいずれも認められる。

オ 以上によれば,請求原因はすべて理由がある。

(2) 抗弁(Y1の善意)について

ア Y1は,本件財産分与当時,本件租税債権に係る債務が未納であるとは知らず,本件財産分与によって原告国などのY2の債権者を害するとの認識はなかった旨を主張し,同旨の供述をする(証拠<省略>)。

しかし,(1)ウ(ア)eで認定したとおり,Y1は,平成19年3月1日には,N財務事務官から,Y2に対する平成15年分所得税の決定通知書・加算税の賦課決定通知書1通の交付を受けていることが認められる。そして,平成19年9月27日付け質問てん末書において,Y1は,亡Aが亡くなって相続税がかかるのは知っていたことや同年2月ころにBと会ったときに同人が求められている相続税の額について聞いた旨を述べていること(証拠<省略>)をも併せ考えると,Y1においては,少なくともY2において所得税や相続税が未納であることは認識していたことが推認されるところである。

イ なお,Y1は,Y2においては,本件不動産1ないし9以外にも,亡Aから何らかの財産を相続していたと考えていた旨も供述する(証拠<省略>)。

しかし,Y1は,その一方で,Y2が本件不動産1ないし9以外に,具体的にどのような財産を持っていたかを知っているわけではないとも供述するところである(証拠<省略>)。そうすると,Y1は,Y2の財産のうち,Y1が認識しているものすべてを本件財産分与によって取得したということができる。かかる事情に,(1)ウで述べたとおり,かかる本件財産分与が固定資産税評価額にして8924万1600円もの高額のものであることなどを併せ考えると,Y1において,本件財産分与の結果,Y2の財産が大幅に減少し,これによって原告国などのY2の債権者を害することになることを全く認識していなかったとは考えにくいものといわなければならない。

ウ 以上のとおり,Y1において,本件財産分与によってY2の債権者を害するとの認識がなかったとは認められない。

したがって,抗弁は理由がない。

2  乙事件について

(1) 請求原因ア(Y2に対する預け金返還請求)について

ア 請求原因ア(ア)(亡AのY2に対する預け金の有無及び額)について

(ア) 証拠<省略>によれば,Y2は,別紙預け金一覧表<省略>のうち番号2ないし14記載のとおり,平成11年8月6日から平成13年6月29日までの間に,13回にわたって,亡Aの金員合計3億1111万0950円を亡Aに無断で流用していたものと認められ,かかる事情に照らすと,亡Aは,Y2に対し,上記合計3億1111万0950円の返還請求権(不当利得返還請求権)を有していたものと認めるのが相当である。

(イ) なお,X1は,亡Aは,上記のほか,別紙預け金一覧表<省略>のうち番号1記載の平成11年7月12日預入れに係る預け金返還請求権9820万円も有している(すなわち,預け金返還請求権合計額は4億0931万0950円となる。)旨を主張するところ,確かに,X1が札幌南税務署の担当者から交付されたという相続税の修正申告書記載例(証拠<省略>)の5枚目には,亡AのY2に対する預け金が合計4億0931万0950円を有していた旨が記載されている。しかし,かかる記載のみを根拠として,亡AがY2に対し平成11年7月12日預入れに係る預け金返還請求権9820万円を有していたとまでは認めるに足りないし,ほかにかかる請求権が存在することをうかがわせる証拠も見当たらない。

したがって,X1のこの点の主張は採用できない。

(ウ) 他方,Y2は,亡Aは生前財産を使い切っており相続税は発生していないし,X1の主張する預け金など存在しないなどと記載した各陳述書(証拠<省略>)を提出するものの,これらの陳述を裏付ける客観的な証拠は見当たらないから,(ア)の結論を左右するとはいえない。

イ 証拠<省略>によれば,請求原因ア(イ)(亡Aの死亡と相続)の事実が認められる。また,証拠<省略>によれば,同ア(ウ)(催告)の事実が認められる。

ウ 以上によれば,請求原因アは,X1がY2に対し,預け金返還請求権(不当利得返還請求権)に基づき1億0370万3650円(3億1111万0950円の3分の1)及びこれに対する支払期限の翌日である平成19年6月24日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(2) 請求原因イ(Y1に対する詐害行為取消等請求)について

ア (1)で検討したところによれば,X1は,Y2に対し,預け金返還請求権(不当利得返還請求権)として1億0370万3650円を有しているものと認められ,かかる限度で請求原因イ(ア)が認められる。

イ(ア) 1(1)イないしエで検討したところによれば,本件財産分与のうち本件不動産5ないし9に係る部分については,不相当に過大なものであり,財産分与に仮託してされた財産処分であるから,X1とY1との間においても詐害行為として取消しを免れないこと(ただし,X1が取消しを求めるのはこのうち本件不動産5,6及び8であるから,かかる範囲で取消しを認めるのが相当である。),Y2は本件財産分与によって無資力となり,自己の債権者を害する結果となることを認識していたことが認められる。

(イ) なお,X1は,上記にとどまらず,Y2とY1の本件離婚自体が財産隠匿を目的とした偽装離婚であり,本件財産分与全体が詐害行為として取り消されるべきであるとも主張する。

しかし,1(1)ウ(ア)cの認定事実のとおり,Y2は不貞行為を行うようになって平成12年ころにはY1と別居するに至っていたこと,Y1は平成15年にはY2との離婚等を求めて調停申立てを行っていたことなどに照らすと,Y2の主観ないし目的においてはともかく,Y1においては,もともとY2との離婚意思を有していたものということができ,本件離婚そのものが偽装であるとまではいえない。

(ウ) 以上の限度で,請求原因イ(イ)及び(ウ)が認められる。

ウ そうすると,請求原因イは,X1がY1に対し,詐害行為取消権に基づき,本件財産分与のうち本件不動産5,6及び8についてされた部分の取消しを求めるとともに,本件登記5,6及び8について各抹消登記手続をするよう求める限度で理由がある。

(3) 抗弁(Y1の善意・請求原因イに対して)について

1(2)で検討したとおり,Y1において,本件財産分与によってY2の債権者を害するとの認識がなかったとは認められず,抗弁は理由がない。

3  結論

よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 大嶺 崇)

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