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札幌地方裁判所 平成20年(ワ)3529号 判決 2009年10月29日

原告

住友不動産株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

伊藤茂昭

井手慶祐

近藤祐史

被告

株式会社 Y事務所

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

猪股貞雄

主文

一  被告は、原告に対し、五億円及びこれに対する平成二〇年一二月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨(附帯請求の起算日は訴状送達の日)

二  請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

【請求の原因】

一  当事者

(1) 原告は、マンションの開発・分譲等を目的とする不動産業者である。

(2) 被告は、建築の設計及び工事監理業務等を目的とする設計事務所である。かつては一級建築士事務所であったが、平成一八年九月に一級建築士事務所としての登録を取り消されている。

二  耐震強度の偽装

原告は、平成一四年六月一〇日、被告との間で、札幌市<以下省略>所在のマンション建物「aハウス」(以下「本件物件」という。)の新築工事について設計監理委託契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

本件契約による委託業務には、構造計算及び構造計算書の作成が含まれていたが、被告は、これを二級建築士のC(以下「C」という。)に委託した。被告がCに交付した設計は、建築基準法及びその関連法規の定める耐震基準を満たさない設計であったが、Cは、必要保有水平耐力の改ざんの方法により、同基準を満たしているかのような構造計算書を作成した。その結果、被告は、耐震基準を満たさない設計(以下「本件設計」という。)が記載された設計図書を原告に交付した。

原告は、被告から交付された設計図書に基づいて本件物件を建築し、二九戸全ての区分所有権を分譲販売した。ところが、平成一八年に構造計算書の改ざんが発覚し、本件物件が建築基準法の定める耐震基準を満たしていないことが判明した。

三  損害の発生

本件物件を耐震基準を満たすよう補修すると、外観や居住空間が著しく損なわれ、住民は本件物件の区分所有権を購入した目的を達することができない。そのため、原告は、住民との間で売買契約の合意解除に応じざるを得なくなった。さらに、一部の住民からは瑕疵担保責任を追及する訴訟を提起され、訴訟上の和解による解決を図ることとなった。合意解除及び和解により、原告は住民らに対し区分所有権の売買代金等として合計八億二〇〇〇万円を支払った。

他方で、原告は住民らから本件物件の区分所有権の返還を受けたが、前述のような補修をおこなったとしても、本件物件に分譲マンションや賃貸マンションとしての価値はない。また、原告は、建築基準法上の耐震基準を満たしていない本件物件の解体のため、三七九〇万円の費用を負担しなければならない。したがって、原告には、区分所有権の返還によって取得した一億一六三〇万円相当の底地の価格を差し引いても、七億四一六〇万円の損害が発生している。

四  被告の責任

(1) 被告は、本件契約上も、建築士法(同法三条一項四号)上も、二級建築士に構造計算を再委託しない義務を負っていた。また、本件契約に基づき、建築基準法の定める耐震基準を満たす設計を行う義務及び構造計算書を十分に確認し構造計算書の偽装に気づくべき注意義務をも負っていた。

ところが、被告は、これらの義務に違反して、本件物件に係る設計のうち、構造計算を二級建築士のCに委託した上、Cによる偽装を看過して、耐震基準を満たさない設計図書を原告に交付したから、債務不履行又は不法行為に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

(2) また、Cは被告から委託を受け、被告の補助者として本件物件の構造計算を行ったところ、Cは構造計算書を故意に偽装したから、被告は、履行補助者の故意・過失の法理により、債務不履行責任を負う。同時に、Cは、被告の被用者として、被告の事業の執行につき不法行為を行っているので、被告は、民法七一五条に基づく使用者責任を負う。

五  催告

原告は、被告に対し、平成二〇年七月一七日ころ、上記三の損害のうち五億円の支払を求めたが、被告は支払を拒んでいる。

六  まとめ

よって、原告は、被告に対し、本件契約上の債務の不完全履行又は不法行為(民法七〇九条もしくは七一五条)に基づく損害賠償として、七億四一六〇万円の一部である五億円及びこれに対する催告の日の翌日又は不法行為の日よりも後である平成二〇年一二月一二日(訴状送達の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

【請求の原因に対する認否】

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三の事実のうち、合意解除及び和解による八億二〇〇〇万円の支払は知らず、その余は否認する。

本件物件と同様にCが構造計算書を偽装した他の物件ではすべて補修による修復が行われているから、本件物件も耐震壁を設置すること等による補修は可能である。したがって、被告やCの行為によって原告が売買代金の返還を余儀なくされた事実はない。

三  同四(1)の事実のうち、被告が建築基準法の定める耐震基準を満たす設計をする義務及び構造計算書の偽装に気付くべき注意義務に違反して、偽装を看過し、本件設計が記載された設計図書を原告に交付した事実、被告が二級建築士の資格しか有さないCに構造計算を委託した事実は認め、二級建築士に構造計算を委託しない義務を負っていたとの主張は争う。

構造計算を二級建築士に委託することは本件契約上も法令上も禁止されていない。

四  同四(2)の事実は認める。

五  同五の事実は認める。

六  同六は争う。

【抗弁―請求の原因四(1)について、被告に帰責性がないこと】

Cによる偽装は巧妙で、札幌市の建築確認申請審査においても発見することができなかった。このような偽装を看過したからといって、被告の責めに帰すべき事由があるとはいえない。

【抗弁に対する認否】

抗弁の事実は否認し、主張は争う。

Cの改ざんは比較的単純な手口であり、容易に見抜くことができた。

理由

第一被告の責任について

一  請求原因一、二、四(2)及び五の事実は当事者間に争いがない。

二  したがって、被告の履行補助者であったCは、故意に、建築基準法に違反する構造計算を行い、その結果、被告は、債務の本旨に反する設計行為をしたものとして、民法四一五条により、その設計行為によって生じた後記損害を賠償する責任を負う。

第二原告の損害について

一  争いのない事実、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(1)  耐震基準上、本件物件では地上の各階につき保有水平耐力指標(保有水平耐力Qu(kN)/必要保有水平耐力Qun(kN))が一・〇以上となることが必要とされている。これに対し、本件物件の保有水平耐力指標は次のとおりである。

X方向

Qu/Qun

10

〇・八七

9

〇・七五

8

〇・七五

7

〇・七五

6

〇・七五

5

〇・七五

4

〇・七五

3

〇・七五

2

〇・七五

1

〇・七五

B1

〇・七五

Y方向

Qu/Qun

10

〇・九一

9

〇・八〇

8

〇・八〇

7

〇・八〇

6

〇・八〇

5

〇・八〇

4

〇・八〇

3

〇・八〇

2

〇・八〇

1

〇・八〇

B1

〇・八〇

(2)  D建築士の耐震強度偽装問題により、耐震強度に対する社会的関心が高まった。こうした中、本件物件が耐震基準を満たしていないことが判明し、一部住民は売主である原告に対して瑕疵担保責任に基づき売買契約を解除して損害賠償を請求する訴訟を提起した。

(3)  原告は、株式会社北海道日建設計に本件物件の補修案作成を委託した。補修案は、外部にブレース(建物の制震のための構造物)を組む等の方法により地上の各階の保有水平耐力指標を一・〇以上にするものであったが、工事は数か月かかり、住民の一部退去を必要とした。また、補修案は、窓からの視界をブレースが阻害し、建物の外観も著しく変更されるものであった。

(4)  原告は、建物内部に耐震壁を設置する補強方法も検討したが、同方法による場合、部屋の壁厚が倍になったり、窓などの開口部が狭くなったりするうえ、風呂やトイレなど水廻りの位置変更を要する部屋も出てくる。

(5)  すべての区分所有権を買い戻して本件物件に補修工事を行った上で再分譲や賃貸をする場合には、補修工事を行った理由が耐震性を回復するためであることを説明しなければならず、分譲マンションないし賃貸マンションとしての商品価値はほとんどなく、補修費用及び未売却部分の維持管理費用の回収は容易でない。

(6)  原告は、二八戸の区分所有権の売買契約の合意解除及び瑕疵担保責任による解除により、区分所有権の買戻し費用等として、合計八億二〇〇〇万円以上を住民らに支払った。

(7)  本件物件の土地の価値は、路線価に対して一億一六三〇万円である。

(8)  本件物件の解体費用としては、三七九〇万円の支出が見込まれる。

二  以上の事実によると、本件物件の保有水平耐力は地上の全ての階で不足しており、耐震強度に対する意識が全国的に高まる中、住民らが本件物件に住み続けることに大きな不安を覚えたであろうことは想像に難くない。このような住民らが、建物の外観や住民の居住空間に大きな変更を加える補修案を受け容れるとは到底考えられず、実際にもほぼ全員の住民が解除による解決に応じているのであるから、Cの行為と原告が区分所有権売買契約の解除に応じざるを得なかったこととの間には、相当因果関係があると認めることができる。

三  解除によって原告が取得した建物について、前述のような補修を施した上で再分譲や賃貸をするとしても、費用の回収すら容易でない以上、本件物件は実質的に無価値となったということができる。

そうすると、解除により原告は住民らに合計約八億二〇〇〇万円以上を支払い、約一億一六三〇万円相当の土地と商品価値のない建物を取得し、建物解体費用として三七九〇万円の支出が見込まれているのであるから、被告の設計行為により、原告には七億四一六〇万円を下らない損害が生じたということができる。

第三結論

以上のとおり、原告の請求には理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋詰均 裁判官 宮﨑謙 木口麻衣)

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