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札幌地方裁判所 平成20年(ワ)3589号 判決 2010年10月28日

住所<省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

青野渉

住所<省略>

被告

カネツ商事株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

佐久間洋一

山岸潤子

前田千春

同訴訟復代理人弁護士

大橋健一

主文

1  被告は,原告に対し,441万3387円及びこれに対する平成20年2月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを10分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,633万3410円及びこれに対する平成20年2月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,原告が,金及び白金の商品先物取引に関する被告従業員の勧誘等の一連の行為が不法行為(使用者責任)又は債務不履行に当たるとして,被告に対し,損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提事実(証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

原告は昭和18年生まれの男性であり,被告は商品先物取引業等を営む株式会社である。なお,原告は,被告との取引に先立って,オリオン交易株式会社(以下「オリオン交易」という。)を通じて商品先物取引を行った経験があった。

(2)  証拠金,手数料及び値幅制限

平成20年1月当時(以下,平成20年については年の表記を省略することがある。),東京工業品取引所における金の商品先物取引については,手数料1枚6190円(消費税含む。),本証拠金1枚当たり10万5000円,値幅制限120円であり,同取引所における白金の商品先物取引については,手数料1枚4830円(消費税含む。),本証拠金1枚当たり9万円,値幅制限120円であった。

(3)  契約成立に至る経緯

ア 1月8日

被告札幌支店の外務員であったB(以下「B外務員」という。)は,原告の妻であるC(以下「C」という。)に対し,商品先物取引を勧誘する電話をした。

イ 1月10日

被告札幌支店の営業部主任であったD(以下「D主任」という。)は,B外務員とともに原告宅を訪問し,Cに対して金の商品先物取引の勧誘を行った。

ウ 1月11日

Cは,午前,被告に電話をしてD主任と話をし,同人が再び原告宅を訪問することとなった。D主任は,午後,原告宅を訪問し,原告及びCに対して,金の商品先物取引の勧誘を行った。原告は,被告を通じて商品先物取引を行うこととし,D主任の求めに応じて,口座設定申込書(乙A6),商品先物取引の理解確認書1及び2(乙A7の1及び7の2),取引計算例(東京金)(乙A8)並びに申出書(乙A9)の各書面を作成した。

エ 1月12日

原告及びCは,被告札幌支店を訪問し,被告の管理部顧客サービス課課長代理であったE(以下「E課長代理」という。)と面談し,同人の求めに応じて,お客様アンケート(乙A10)を作成した。

オ 1月15日

原告及びCは,被告札幌支店を訪問し,D主任及びB外務員と面談して,約諾書(乙A13)を作成し,原告・被告間に委託契約が成立した(以下「本件委託契約」という。)。また,原告は,この際,D主任及びB外務員に対し,預託金として現金210万円を交付した。

(4)  取引経緯

原告は,別紙1・建玉分析表記載のとおり,1月16日から2月1日までの17日間にわたって,本件委託契約に基づき,被告を通じて東京工業品取引所の金及び白金について商品先物取引を行った(以下,これら取引を「本件取引」という。)。なお,原告は,(3)オの210万円のほか,1月18日に40万円,同月21日に2万円,同月22日に100万円,同月23日に100万円,同月25日に315万円,合計767万円を被告に預託し,本件取引によって委託手数料合計139万3690円(税込みで146万3410円)を要し,差引損益額はマイナス573万3410円であった(以下,マイナスを「△」と表記する。)。

(5)  原告は,2月4日,被告から,預託金残金193万6590円の振込送金を受けた。

3  争点

(1)  被告従業員らに注意義務違反があったか

(原告の主張)

以下のとおり,被告従業員らの一連の行為は,顧客の利益に反して商品取引員の利益を追求する行為であって,商品取引所法に定める顧客に対する誠実公正義務(受託契約上の付随義務)に違反し,社会的相当性を逸脱するものである。

ア 適合性原則違反

(ア) 原告は,昭和18年生まれの男性であり,a大学事務職を定年退職した後,無職で年金収入により生活していたものであり,その資産も,預貯金と投資信託を併せて700万円程度しかない(原告は,口座設定申込書(乙A6)にはCとの資産の合計として「預貯金1,000万円」「有価証券等1,000万円」「投資可能資金額1,000万円」と記載したものであり,このことはD主任も了解していた。)。本件における投資の目的としても,ハイリスクの取引を希望していたものではなく,当初から投資額は200万円の範囲内を希望していた。

(イ) しかるに,取引開始からわずか17日間で,初回10枚(証拠金105万円)で開始した取引が,累計144枚という膨大な枚数となっている(金71枚,白金73枚)。71枚の金とは,71キログラム,総額2億2000万円程度の金塊を購入するという投機行為を意味するのであり,その投機額に見合ったリスクが発生する。特に東京工業品取引所の金は,上場商品の中でも1枚当たりの商品価格及び手数料が最も高額の商品であり,レバレッジ率も30倍を超えており,極めて高い。しかも,ここ数年は乱高下が激しく,本件取引当時は,制限値幅が120円と広いレンジとなっており,1日で1枚当たり12万円の損益が生じることになっていた(すなわち,1日で証拠金10万5000円をはるかに超える損益が生じる状況であった。)。

このような市場の状況の中で,満玉(証拠金に余裕をもたせずに最大限の建玉をすること)をすれば,1日で証拠金以上の損失が生じる可能性が高い。本件取引では金で最大46枚の取引をしているが,この枚数では,1日に生じる最大損失は552万円(手数料56万9480円を加算すると608万9480円)にもなるのである。

(ウ) (ア)で述べた原告の資産・収入・投資目的に照らすと,かかる原告に(イ)で述べた本件取引を勧誘することは,適合しない取引を勧誘するものであって,適合性原則に著しく反するものである。

イ 過当取引

本件取引では,期間全体を通じてほぼ満玉の取引が行われているところ,このような建玉をすれば1日で証拠金が全損に至ることが容易に予想されるのであり,少なくとも素人顧客にすすめるべき取引ではない。また,被告従業員らは,原告に対し,17日間という極めて短期間に合計144枚という莫大な取引をさせ,手数料だけでも146万3410円を支払わせている。これは,上記ア(ア)の原告の属性や投資目的からして,明らかに過大なものであって,このような取引を勧誘したことは,社会的相当性を逸脱する違法なものである。

ウ 断定的判断の提供

D主任は,「このチャンスを逃がすと大変です。まず,話を聞いてください。」「金は今,値上がりしているので,買えば儲かる。」「すごく利益が出ている人もいる。」「間違いなく儲かりますよ。」「何百万も儲かります。」などと,金の値上がりが確実であり,利益を得ることができる旨を繰り返し述べて勧誘を行った。

エ 無意味な反復売買の勧誘

本件取引においては,無意味・不合理な反復売買が続けられており,悪質である。すなわち,新規15件のうち,直しが1件,途転が2件,両建てが2件となっており,仕切取引18件のうち3件が特定売買(日計り)に当たる。全体の特定売買比率は,重複を除外しても38.89パーセントとなり,かなり高率なものである。上記イのとおり,本件取引が過当に行われていることと併せて考えると,手数料稼ぎを目的として無意味かつ過大な建玉を勧誘したものといわざるを得ない。

(被告の主張)

原告の主張は否認ないし争う。

ア 適合性原則違反について

原告は,取引開始当時64歳,大学卒業後a大学の事務職として長く勤務し,自宅は自己所有で住宅ローンを完済しており,流動資産は2000万円,1年近い商品先物取引及び3年近い株式・投資信託の経験があり,積極的に資産運用に取り組んでいた。D主任は,本件委託契約締結に際して,原告が一定の収入(年収500万円以上)を有しない者に該当することから,被告における受託業務管理規則(乙A5)に基づいて,適合性原則に照らして不適当と認められる勧誘の対象者であることを原告自身が理解していること,原告が申告した投資可能資金額1000万円の裏付けとなる資産があり,その旨の書面を被告に差し入れる必要があること,同書面にはこれらを了知した上で取引に参加したい旨を記入する必要があることを説明したところ,原告はこれを了解した上で自筆にて1月11日に申出書(乙A9)を作成し,被告に提出した。

被告は,原告が商品先物取引の仕組み,ルール及び危険性の説明を受け,これを理解していること,投資可能資金額が余裕資金であり,その裏付けがあることなどを確認し,適格性を審査し,その結果原告に適合性ありと判断し,投資可能資金額を1000万円から750万円に減額した上で,取引への参加を許可している。

以上のとおり,原告は,その年齢,社会経験及び投資経験からして商品先物取引の仕組み,ルール及び危険性を十分に理解していたのであり,同取引をするための資産もあり,適格性に何ら問題がなかった。

イ 過当取引について

過当取引か否かの判断は,委託者の資産,収入,投資経験及び取引に投入した資金などを比較考量すべきであり,具体的には,主務省が制定したガイドラインにある投資可能資金額の範囲内か否かを基準とすべきである。被告は,投資可能資金額の意味をガイドラインに沿って説明し,原告の理解を得ており,原告は,その上で自ら投資可能資金額を申告したものである。原告の申告した投資可能資金額が疑わしいと考えられる事情はなかったし,原告は,商品先物取引の経験者であり,同取引のリスクを十分に体験していたものである。実際,本件取引における原告の投下資金額(損失額)573万3410円は,上記アの流動資産の約28パーセントにとどまる。

なお,満玉については,原告の主張するように1日で証拠金が全損に至ることもあり得るが,その逆もあるのであり,これがまさに相場の醍醐味といえる。委託者が投資予定資金の範囲内で取引を行っていれば,満玉であったとしても原告の主張する事態を回避することができるのであるから,満玉を無条件に否定する原告の主張は誤りである。

ウ 断定的判断の提供について

商品取引所法は,顧客に対し,不確実な事項について断定的判断を提供し,又は確実であると誤認させるおそれのあることを告げてその委託を勧誘することを禁止しているところ(同法214条1号),勧誘を受ける委託者の受け止め方がどうであったのか,すなわち外務員の判断の提供によって委託者の自主的判断の余地がほとんどなくなってしまうような状況にあったか否かが断定的判断の提供か否かを区分するものと解される(なお,仮に断定的判断の提供に当たるとしても,かかる禁止規定は行政上の訓示規定にすぎないから,直ちに私法上も違法となるわけではない。)。

この点,被告従業員らは,自己の相場観を原告に述べる場合,「自分はこう思う」という表現を使用し,原告が被告従業員らの相場観どおりに将来の相場が変動するものと誤解しないように注意を払っているし,相場価格を決定する要因が海外市場の価格,国内外の為替,政治及び経済等々であることを説明し,同従業員らの相場観が一つの見方であり,相場が同従業員らの考えたとおりあるいは述べたとおりになるものではないことを説明した。また,被告従業員らは,金や白金などのこれまでの価格変動をグラフ等で示し,買いを建てて価格が下落した場合につき損の発生とその損益計算を示している。

そして,原告は,その年齢,学歴,職業,社会経験並びに商品先物取引,株取引及び投資信託の経験からして,市場価格の変動予測の困難性,商品先物取引の危険性及び営業マンのセールストークの意味を十分理解していたはずであり,被告従業員らの勧誘によって誤解や誤認をしたとは考えられない。

よって,本件は断定的判断の提供に当たらない。

エ 無意味な反復売買の勧誘について

特定売買(直し,途転,両建及び日計り)は,それ以外の手法,すなわち手仕舞(仕切り),難平,追証の支払による取引継続と何ら変わりがない。特定売買は,商品先物取引の戦略上しばしば用いられる手法である。いずれの手法も相場動向を考慮しない場合には損ないし大損となるが,適切になされれば利益ないし巨額の利益となる。つまり,特定売買自体が危険な取引なのではないし,決して手数料稼ぎに悪用される有害な取引ではない(仮に特定売買が問題のあるものならば,監督官庁がこれを全面禁止にするはずであるが,そうはなっていないし,日計り売買については手数料が割り引かれて優遇されている。)。本件においても,原告は自らの判断に基づいてこれら特定売買を選択しており,被告が非難される理由はないし,この中には利益を生じさせている取引もある。

(2)  損害

(原告の主張)

ア(ア) 本件取引によって被った損失 573万3410円

(イ) 弁護士費用相当額 60万0000円

(ウ) 合計 633万3410円

イ なお,本件取引のように,手数料取得のために委託者保護を無視した勧誘が行われ,その結果,わずか2週間あまりの取引で600万円近い損失が発生したという事案では,過失相殺は認められるべきではない。

(被告の主張)

ア 本件取引における差引損害額が573万3410円であることは認め,その余は否認ないし争う。

イ 仮に不法行為が成立すると判断されたとしても,被告に故意はなく過失によるものであるし,さらに仮に故意の可能性があると判断されたとしても反倫理性は高くはなく違法性の程度は弱い。したがって,本件では相応の過失相殺が認められるべきである。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前提事実のほか,証拠(各認定事実の後に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)ア  原告は,昭和18年○月○日生まれの男性であり,本件取引開始時には64歳であった。原告は,●●●を卒業した後,a大学の事務職(経理・用度担当)として勤務していたが,平成17年3月に定年退職してからは無職で,本件取引開始時には年約270万円の年金収入を得ていた。原告肩書地にある住居(土地・建物)はいずれも原告の所有であり,本件取引開始時には妻であるCと2人暮らしであった(甲45,原告本人)。

イ  原告は,平成15年10月ころから投資信託を行い,本件取引開始時においては,野村證券株式会社(以下「野村證券」という。)で購入した投資信託約320万円(甲25の1,25の2,乙A41の1ないし41の17),株式会社北海道銀行(以下「北海道銀行」という。)で購入した投資信託約84万円(甲24)を有していた。このほかに,原告は,b銀行●●●支店及び同銀行●●●支店の各普通預金口座に預金合計約300万円(甲22,23,乙A42の1ないし42の4)を有していた(甲45,原告本人。なお,D主任は,これら以外にも原告が投資信託を有していたかのように証言するが(乙A62,証人D主任),かかる証言を裏付ける客観的な証拠はなく,同証言は採用できない。)。

ウ  また,原告は,平成18年11月15日,オリオン交易に対して口座開設の申込みを行い,同月17日に取引許可を受けて同社と委託契約を締結し,同日,200万円を預託した上で,別紙2・建玉分析表記載のとおり,同月20日から平成19年7月20日までの約8か月にわたって,オリオン交易を通じて,中部商品取引所(平成19年1月1日以降は中部大阪商品取引所。以下,単に「中部商品取引所」という。)の灯油及びガソリンについて商品先物取引を行った。なお,オリオン交易においては,かかる取引開始当時,原告について,63歳で無職(年金受給),税込年収は250万円くらい,住居は持家(資産価値は3000万円くらい),金融資産は800万円くらい,投資可能資金額は400万円,b銀行●●●支店で100万円ほどの資金を用いて3年くらい投資信託を行った経験があるものとの申告を受けていた。原告は,少ない枚数で取引したい旨を申告した上でオリオン交易の担当者の助言に従って商品先物取引を行い,オリオン交易の札幌支店閉鎖に伴って商品先物取引を終了させるまでの間,当初の200万円を預託したのみで,追加の預託が必要となったことはなかった(甲15の1,15の2,45,乙A40の1ないし40の6,原告本人)。

(2)  本件委託契約締結に至る経緯

ア 1月8日

B外務員は,午後0時50分ころ,Cに対し,商品先物取引を勧誘する電話をし,資料を送付することとなった(乙A35の2)。

イ 1月10日

D主任は,午前9時ころ,B外務員とともに原告宅を訪問し,Cに対して金の商品先物取引の勧誘を行ったが,その際,夫である原告がオリオン交易での商品先物取引経験があるなどと聞き,原告を見込客として扱うこととした。Cは,原告に相談したところ,原告は取引はやめた方がよい旨を述べた(甲45,46,乙A35の3,36の2)。

ウ 1月11日

(ア) Cは,前日,原告が取引はやめた方がよい旨を述べたことから,午前9時ころ,被告に電話をしてD主任と話をした。Cは,取引を行うことを断ろうとしたが,D主任は今は金が上がっているから損はしないし,このチャンスを逃さない方がよい旨を述べて面談を申し入れ,Cは,午後2時ころにD主任が再び原告宅を訪問することを承諾した(甲46,乙A35の4,36の3)。

(イ) D主任は,午後2時ころ,B外務員とともに原告宅を訪問し,原告及びCと面談して,同人らに対し,商品先物取引委託のガイド(乙A1の1,1の2),商品先物取引入門のしおり(乙A4)などを示し,金の商品先物取引を行えば大きく儲けることができる旨を述べて勧誘を行った。なお,D主任及びB外務員は,原告及びCに対して,この日までに新聞記事等を抜粋した書面(甲61の1ないし61の7)を勧誘のための資料として交付していたが,上記書面のうち東京金の週足チャートに「金相場を狙え!!!」との表題を付した書面(甲61の4。以下「金相場を狙えと題する書面」という。)には,次のような記載がされている(甲45,46,乙A35の4,36の3,36の4)。

「金相場を狙え!!!

なぜこれだけ上がっているのか

1  インフレ懸念-原油高,財政赤字

2  有事の金買い-イラク,イラン,パレスチナ

3  ドル離れ-米国経済の双子の赤字に不安

4  中国,インドの台頭

5  オイルマネー

6  年金基金の金市場参入-FTFを通じて

7  ロシア,中国などの公的金買いの動き

8  金生産の頭打ち傾向

これらが引き続き金相場の強材料になっており長期上昇トレンドは変わらず続いている。」

(ウ) 原告は,Cの資金をもとに原告自身の名義で被告を通じて商品先物取引を行うこととし,D主任の求めに応じて,口座設定申込書(乙A6),商品先物取引の理解確認書1及び2(乙A7の1,7の2),取引計算例(東京金)(乙A8),申出書(乙A9)の各書面を作成した。原告は,この際,D主任に対し,200万円を預託するのでその範囲内で取引を行いたい,オリオン交易との取引では少ない枚数で余裕をもった取引をしていたので今回もそうしたい旨を伝えたところ,D主任は,ちょうど金20枚分に相当する210万円を預託金とすることを提案し,原告はこの提案を受け入れて210万円を被告に預託することとした(甲45,乙A35の4,36の3,36の4,原告本人。なお,D主任は,初回取引枚数につき原告が5枚を,Cが15枚をそれぞれ主張し,妥協した結果10枚となり,これを基準に追証が生じた場合を考慮して210万円を預託することとなったなどと,原告及びCが上記認定とは異なって積極的に取引を行おうとしていた旨を証言するが(乙A62,証人D主任),上記のとおり,原告は前日である1月10日には取引を行うこと自体に消極的であり,Cは1月11日午前9時ころにD主任への電話で取引を行うことを断ろうとしていたこと,原告がオリオン交易を通じて行っていた商品先物取引においては,初回に中部商品取引所の灯油8枚買い新規を建てるにとどまる(必要な本証拠金は32万円(1枚当たり4万円)にとどまる。)など慎重な取引を行っていたと認められることに照らして,採用できない。)。

(エ) 原告は,上記口座設定申込書(乙A6)に,次のとおりの記載をしたが,実際にはCが資金を出すことを予定していたこともあり,流動資産額(e)や投資可能資金額(f)については,原告及びCの資産を合計したものを基礎として記載した。このことはD主任も認識していた(原告本人。なお,D主任は,Cが資金を出すとは聞いていないし,流動資金額等にCの資産が含まれているとは認識していなかった旨を証言する(乙A62,証人D主任)。しかし,上記(1)イのとおり,当時原告の有していた流動資産は700万円余りであり,また,原告がオリオン交易に対して平成18年11月15日当時,金融資産約800万円,投資可能資金額400万円と申告していたことなどに照らすと,流動資産額合計2000万円,投資可能資金額1000万円という金額に原告のみならずCの資産額が含まれていたことは明らかであるところ,原告が,自らの判断で流動資産額等につきCの資産を含めたより多額となる記載をするとは考えにくい。そして,後記認定事実のとおり,D主任において,原告に対し,預け金のほとんどを本証拠金として必要とするような取引を次々と勧めていることに照らすと,D主任の了解ないし指示のもとで上記のとおり流動資産額等を多額とする記載がされたものと解するのが自然である。D主任のこの点の証言は採用できない。)。

a  住まい 自己の持家

b  職業 無職

c  契約締結目的 資産の分散投資,利潤追求

d  年収 0円

e  流動資産額 預貯金1000万,有価証券等1000万円

f  投資可能資金額 1000万円

g  投資経験

(a) 商品先物取引

① 社名 オリオン交易

② 銘柄 中部大阪ガソリン

③ 取引期間 平成18年10月から平成19年7月まで

④ 投資資金額 50万円

(b) 証券取引(投信)

① 社名 野村證券,北海道銀行

② 銘柄 マイストーリー

③ 取引期間 平成17年4月から(取引中)

④ 投資資金額 1000万円

(オ) また,原告は,申出書(乙A9)については,実際には対応する投資信託等があったわけではないものの,D主任の指示のもと,「私は現在無職で適合性の原則に照らして不適当と認められる勧誘の対象者である事は説明を受けて理解しています。又,b銀行●●●支店五百万円,野村證券五百万円の投資信託,及びb銀行●●●支店に壱千万円預金もあり,仕組み,内容も説明を受けて理解しています。私の判断のもと無理のない取引を考えていますので,よろしくお願い致します。」と自筆で記載して作成した。

エ 1月12日

原告は,午前11時40分ころ,Cとともに被告札幌支店を訪問し,午後0時30分ころまで,E課長代理と面談し,同人の求めに応じて,お客様アンケート(乙A10)を作成した。同アンケートには「取引計算例」の記載項目があり,原告は,かっこ内に数字を書き入れるなどして,金10枚買いを建て(必要本証拠金=1,050,000円),53円下げた時点で決済した場合には,損金は,(10)枚×(53)円×(1,000)倍=(-530,000)円と計算されるほか,新規手数料(6,190)円及び仕切手数料(6,190)円が(10)枚分かかるため,合計(-653,800)円の損となる旨の計算例を完成させた(乙A11,61,証人E課長代理)。

オ 1月15日

(ア) 被告札幌支店の支店長であったF(以下「F支店長」という。)は,被告内部の手続として,原告につき,投資可能資金額1000万円の申出に基づいて勧誘及び受託の許可申請書を提出したが,被告管理部門の総括責任者G(以下「G」という。)は,原告につき投資可能資金額を750万円までとして許可をした(乙A12の1,12の2)。

(イ) 原告及びCは,午後0時ころ,被告札幌支店を訪問し,D主任及びB外務員と面談して,約諾書(乙A13)を作成し,原告・被告間に本件委託契約が成立した。また,原告は,この際,1月11日にD主任から提案のあったとおり,現金210万円を持参して同人に交付して被告に預託した(乙A35の5,36の5,44の1)。

(3) 本件取引の経緯(別紙1・建玉分析表参照)

ア 1月16日

(ア) 原告は,午前8時50分ころ,D主任から電話を受け,金の市況について説明を受けるとともに,金10枚買い新規の取引を勧められた。原告は,余裕をもって2ないし3枚程度の取引を行うことを希望していたため,その旨をD主任に伝えたが,D主任は金が下がっておりこれから上がる旨や2ないし3枚の取引では話にならない旨を述べて原告に対して10枚での取引を強く勧め,原告は,結局,D主任の勧めを断ることができず,その勧めに従って,金10枚の買い新規(約定値段3107円)を建てた(甲45,乙A35の6,36の6,44の2,原告本人)。

(イ) 原告は,午後4時30分ころ,D主任から電話を受け,金の値段が下がったのでこれから上がると考えられる旨の説明を受け,D主任に勧められたとおりに追加で金3枚の買い新規(約定値段3047円)を建てた(甲45,乙A36の6,44の2)。

(ウ) F支店長は,午後6時ころ,原告宅を訪問して原告と面談し,お客様アンケート(乙A14)に回答してもらうとともに,委託者口座状況表(乙A15)を示すなどした上で,原告に同表に「委託のガイドと入門のしおりについて,F様より,再度説明を受け理解を深めました。口座内容も確認しました。」と自署してもらった(甲45,乙A38の2)。

イ 1月17日

原告は,午前9時ころ,D主任から電話を受け,D主任の勧めるとおりに金2枚買い新規(約定値段3065円)を建てた。この段階では,預託金210万円,本証拠金157万5000円であった(甲45,乙A36の7,44の3)。

ウ 1月18日

(ア) D主任は,午前9時30分ころ,B外務員とともに原告宅を訪問し,原告及びCと面談した。D主任は,原告に対し,当時の上限である投資可能資金額の3分の1に相当する250万円まで取引額を増額して取引をすることを勧め,原告は,D主任の勧めに応じて,40万円を被告に追加して預託することとした(甲45,乙A35の7,36の8)。

(イ) また,D主任は,原告がオリオン交易における取引経験者であったことから,本件取引への投資額を投資可能資金額の3分の1を超えた投資可能資金額まで増やし,また,取引成立の翌営業日正午まで証拠金の預託猶予の特例を受けることができるものと考え,原告に対してかかる手続をするよう話した。原告は,D主任の勧めるとおりにかかる手続を行うこととし,「私はオリオン交易株式会社にて平成18年11月20日から平成19年7月20日まで取引をしておりました。従いまして受託契約準則第11条第二項の但書の規程による取扱いでお願いします。」と自署した上で申出書(乙A16)を作成してD主任に交付した(乙A35の7,36の8)。

(ウ) F支店長は,上記申出書(乙A16)を受けて,被告内部の手続として,取引本証拠金の預託の猶予に関する申請書を提出し,Gはこれを承認した(乙A17の1,17の2)。

(エ) 原告は,午後0時ころ,原告宅を再訪問したB外務員に対して,(ア)でD主任に勧められたところに従って,現金40万円を追加交付して被告に預託した(乙A35の7,44の4)。

(オ) 原告は,午後5時10分ころ,D主任から電話を受け,D主任の勧めるとおりに金5枚買い新規(約定値段3047円)を建てた。この段階では,預託金250万円,本証拠金210万円であった(甲45,乙A36の8,44の4)。

エ 1月21日

(ア) 原告は,午前9時ころ,D主任から電話を受け,金の価格がこれから上がる旨の説明を受け,さらに金3枚買い新規(約定値段3048円)を建てた。この段階では,預託金250万円,本証拠金241万5000円であった(甲45,乙A36の9,44の5)。

(イ) 原告は,午後5時ころ,D主任から電話を受け,1月16日午前に建てた買い10枚のうち5枚を仕切った(差引損益(委託手数料を含めての計算。以下同様。)△57万0900円)(乙A36の9,44の5)。

(ウ) 原告は,午後5時40分ころ,原告宅を訪問した被告従業員であるHに対し,現金2万円を追加交付して被告に預託したが,同日中の入金の会計処理は間に合わなかった。この段階では,預託金192万9100円,本証拠金189万円であり,追証拠金額は105万9000円であった。なお,上記現金2万円については翌1月22日付けでの入金となった(乙A39の2,44の5,44の6)。

オ 1月22日

被告札幌支店の営業部課長代理であったI(以下「I課長代理」という。)は,原告宅を訪問して原告及びCと面談し,原告は,I課長代理に対して現金100万円を交付して被告に預託した。また,I課長代理は,原告宅訪問中に金が下落したが,ここから回復する見込みなので,さらに追証100万円を入れて待てば挽回可能である旨を説明し,原告は,かかる100万円については翌1月23日に被告札幌支店に持参することを約束した。この段階では,預託金294万9100円,本証拠金189万円であり,追証拠金額は201万3000円であった(甲45,乙A37の2,44の6,60,原告本人)。

カ 1月23日

原告は,午後2時40分ころ,被告札幌支店を訪問し,D主任に対し,現金100万円を交付して被告に預託した。なお,この日は,前日I課長代理が予測したとおり,金の値段が上昇していた。この段階では,預託金394万9100円,本証拠金189万円であった(甲45,乙A36の10,44の7)。

キ 1月24日

(ア) 原告は,午前9時ころ,D主任から電話を受け,白金の日計り(デイトレード)を行うことを勧められた。D主任は,白金は値動きが激しいのでデイトレードで利益を上げやすい,デイトレードは当日に決済するのでリスクが少ない,自分が白金の値段を見ながら判断して取引していく旨を述べて勧誘し,原告は,前日,I課長代理の予測が的中していたこともあり,専門家の言うことは確かなのだと考えて,D主任の勧めるとおりに,午前9時20分ころに白金5枚の売り新規(約定値段5241円)を建てた。原告は,その後しばらくして再びD主任から電話を受け,上記の建玉を午前9時25分ころに仕切ったことで利益が出た旨(差引損益1万3350円)の報告を受けた(甲45,乙A36の11,44の8,原告本人)。

(イ) 原告は,午前10時09分ころ,D主任から電話を受け,さらに白金23枚売り新規を建てるよう勧められた。原告は,D主任の勧めるとおり,白金23枚売り新規(約定値段は11枚が5234円,12枚が5233円)を建てた。原告は,当日に決済をするのだと考えていたが,夕刻,D主任から電話を受け,もう少し持っていた方がよいと言われたため,このアドバイスに従うこととした。この段階では,預託金396万2450円,本証拠金396万円であった(甲45,乙A36の11,44の8,原告本人)。

(ウ) なお,原告は,取引計算例(東京白金)の交付を受けて,これに署名押印してB外務員に交付した(乙A18)。

ク 1月25日

(ア) D主任は,午前10時30分ころ,原告宅を訪問し,原告及びCと面談して,金が上がっているので大きな利益が出る旨を述べ,さらに金の取引を行うために追加して預託をするよう勧めた。原告は,もうこれ以上は追加の預託はしたくない旨を述べたが,D主任の説明を聞いてCは乗り気になり,最終的には原告も追加の預託をして金の取引を行うことを了解した(甲45,乙A36の12,原告本人)。

(イ) 原告及びCは,午後1時ころ,被告札幌支店を訪問し,D主任及びB外務員と面談し,現金315万円を交付して被告に預託するとともに,金28枚買い新規(約定値段3157円)を建てた。この際,原告は,D主任に対し,この金額は自分が投資できる限度額であることや,今後は追証が発生しないよう余裕をもった取引がしたいことなどを述べた。この段階では,預託金711万2450円,本証拠金690万円であった(甲45,乙A35の8,36の12,44の9)。

ケ 1月28日

原告は,午後1時ころ,この日からD主任に代わって担当となったI課長代理から電話を受け,その勧めに従って,1月25日に建てた金28枚買いを仕切った(差引損益21万3360円)。また,原告は,白金売り10枚新規(約定値段5459円),さらに白金売り10枚新規(約定値段5439円)をそれぞれ建て,その後白金売り10枚を仕切った(差引損益2万6700円)。この段階では,預託金735万2510円,本証拠金486万円であった(甲45,乙A37の3,44の10,44の11,原告本人)。

コ 1月29日

(ア) 原告は,午前,I課長代理から電話を受け,白金取引がさらにマイナスとなるので,いままでの売りに対応する買いを建てること(両建)でバランスをとるしかない旨を説明され,これに従い,白金10枚買い新規(約定値段5555円)を建て,また,金10枚買い新規(約定値段3223円)を建てた。この段階では,預託金735万2510円,本証拠金681万円であった(甲45,乙A37の5,44の12,44の13,原告本人)。

(イ) なお,E課長代理は,原告の両建の理解に関して確認をしてこれを記録に残した(乙A19)。

(ウ) また,このころ,原告は,Cから被告従業員らの言うままに取引をしていて大丈夫なのかと問われたが,もうプロに任せるしかないし,初めての客だから損をさせるようなことはしないだろうなどと述べた(甲45,原告本人)。

サ 1月30日

(ア) 原告は,I課長代理から電話を受け,金も白金も下がっている旨の話を聞き,同人の勧めに従って,金10枚買いを仕切る(差引損益8万6200円)とともに金10枚売り新規(約定値段3186円)を建て,また,白金5枚売り新規(約定値段5506円)を建てた。この段階では,預託金743万8710円,本証拠金726万円であった(甲45,乙A37の6,44の14,44の15,原告本人)。

(イ) なお,原告は,被告札幌支店を訪れた際,B外務員の求めるとおり,「私は現在,貴社にて商品先物取引を行っておりますが,相場の変動に対応する為の両建という手法については,充分説明も受けて理解しています。平成20年1月29日,東京白金12月限10枚の買玉は,私の判断で行いました。すべて自己責任であることも充分認識しておりますので,よろしくお願い致します。」との申出書(乙A20)を自署してB外務員に提出した(甲45)。

シ 1月31日

(ア) 原告は,午前9時ころ,I課長代理から電話を受け,その勧めに従って,金8枚買いを仕切り(差引損益6万0960円),白金10枚買いを仕切り(同△38万1600円),白金10枚売り新規を建てた(甲45,乙A37の7,44の16)。

(イ) また,原告は,午後には,やはりI課長代理の勧めに従って,白金10枚売りを仕切り(差引損益△24万5300円),さらに白金1枚売りを仕切った(同△16万6160円)。この段階では,預託金670万6610円,本証拠金543万円であった(甲45,乙A37の7,44の16)。

(ウ) なお,E課長代理は,この日,原告宅を訪問し,原告及びCと面談してアンケートを作成してもらった(乙A21,22,証人E課長代理)。

ス 2月1日

原告は,午前9時ころ,I課長代理から電話を受け,白金取引のマイナスが止まらない旨の説明を受け,これ以上追加で預託をすることもできない状態であったことから,白金売玉すべてを仕切り(差引損益△587万3420円),その後,金の建玉すべてを仕切った(同110万3400円)。以上の結果,預託金193万6590円が残った(甲45,乙A37の8,44の17)。

(4) 原告は,2月4日,被告から,預託金残金193万6590円の振込送金を受けた(甲45,乙A42の2,44の18)。

2 争点(1)(被告従業員らに注意義務違反があったか)について

(1) 商品先物取引は,商品の取引価値に比して少額の証拠金で差損金決済をすることにより多額の取引ができる極めて投機性の高い取引であり,商品の単価がわずかに変動しただけで莫大な差損金を生じる危険を伴うものである(公知の事実)。それゆえに,商品先物取引に係る専門的知識や十分な取引経験を必ずしも有しているわけではない委託者においては,商品取引員ないしその従業員は上記の専門的知識に通じ,十分な取引経験を有しているものと考え,また商品取引員に対して一定の委託手数料を支払っていることも踏まえて,商品取引員ないしその従業員からの情報提供や助言に重きを置くこともあると解され,かかる委託者の判断過程ないし思考過程には一定の合理性を認めることができる。

したがって,商品取引員ないしその従業員において,商品先物取引の委託を受け,あるいは個別の取引の勧誘を行うに当たっては,委託者たる顧客の経歴,能力,商品先物取引に係る投資経験,同取引の知識,当該顧客の資産状況及び投資可能資金額,さらにはその投資方針ないし投資意向などを考慮して,顧客に対して的確な情報提供や助言を行い,当該顧客が上記危険の有無及び程度につき判断を誤らせないよう配慮すべき信義則上の注意義務を負っているというべきであって,商品取引員ないしその従業員がかかる注意義務に反し,顧客において的確な投資判断を行うことを困難とするような態様ないし方法により取引の勧誘を行った場合には,かかる行為については,社会的相当性を著しく逸脱するものとして不法行為を構成するものと解される。

(2)ア これを本件取引について見ると,まず,1(1)の認定事実のとおり,原告は,本件取引開始当時64歳と高齢ではあったものの,●●●を卒業した後,平成17年3月に定年退職するまでa大学の事務職(経理・用度担当)として相当長期間にわたって社会人として勤務した経歴を持ち,また,本件取引に先立って投資信託経験を有していたほか,オリオン交易を通じて約8か月にわたって商品先物取引を行った経験を有していたことが認められる。また,原告は,本件取引開始当時には年約270万円の年金収入しかない状態ではあったものの,自宅の土地建物を所有していたほか,投資信託や預金として700万円余りの流動資産を有していたことも認められるところである。

以上によれば,原告は,高齢の年金生活者ではあるものの相応の社会経験とそれに伴う判断能力を有しているほか,相応の資産と投資意欲を有する者であるということができ,これに反する証拠はない。そうすると,原告につき,商品先物取引を行うにふさわしくない者とまでは認めるに足りず,D主任において,かかる原告に対して,被告を通じて商品先物取引を開始するよう勧誘したことそれ自体は,いわゆる適合性の原則に反して許されないものであったということはできない。

イ また,1(2)の認定事実のとおり,D主任は,商品先物取引を開始するよう勧誘した際に,金相場を狙えと題する書面を交付したり,金の商品先物取引を行えば大きく儲けることができる旨を述べて,強く勧誘を求めたことが認められ,これらの事実からは,D主任における勧誘文言の中には,本来不確定であるはずの金の将来価格について,これが上昇することが確定的であるかのように述べるものが含まれていた可能性も否定できないところである。

しかし,上記のとおり,原告は,相応の社会経験と投資ないし商品先物取引経験を有しているものであるから,金の将来価格が不確定であることは当然に理解しているものと解されるし,仮にD主任の勧誘文言が金の将来価格が上昇することが確定的であることを示す内容のものであったとしても,これらがいわゆる営業のための一種誇張を含んだものにすぎず,真に金の将来価格の上昇が確定的であることを示すものではないことは,十分に理解していたものと解される。

これらの事情によれば,D主任において断定的判断の提供を行い,原告がこれを信じて本件取引を開始したものとは認められない。

ウ なお,1(3)の認定事実によれば,本件取引においては,直しや途転,両建,日計りといったいわゆる特定売買が一定数行われていることは認められるものの,このこと自体は,D主任あるいはI課長代理において,原告に少しでも多くの手数料を支払わせようと意味のない取引を勧誘したことを直ちに示すものとまではいい難い。

(3)ア ところで,1(2)の認定事実のとおり,原告は,被告と本件取引開始に先立つ1月11日に,D主任に対し,200万円を預託するのでその範囲内で取引を行いたい,オリオン交易との取引では少ない枚数で余裕をもった取引をしていたので今回もそうしたいとして,その投資意向を明確に伝えていることが認められ,かかる原告の投資意向は,D主任の提案を受け入れて預託金が210万円とされた点を除いて,同月15日に本件委託契約を締結して本件取引を開始するに当たっても基本的に維持されていたことが明らかである。

イ しかるに,1(3)ア(ア)の認定事実のとおり,D主任は,翌16日午前8時50分ころに原告に電話をし,最初にいきなり預託金の半額105万円の本証拠金を必要とする金10枚買い新規の取引を行うよう勧誘しているものと認められるところ,かかる取引は,上記の預託金210万円の範囲内で余裕をもった取引をしたいとの原告の意向と明らかに食い違う内容といわなければならない。実際にも,原告は,この勧誘に対し,余裕をもって2ないし3枚程度の取引を希望する旨を述べたが,D主任は,金が下がっておりこれから上がる旨や2ないし3枚の取引では話にならない旨を述べて,原告に対して,その投資意向とは異なる取引を強く勧めたものと認められるところである(1(3)ア(ア))。

また,1(3)アないしエの認定事実によれば,かかる当初の取引の後も,D主任は,原告に対し,同じ1月16日のうちに金3枚の買い新規,翌17日に金2枚の買い新規,同月18日に金5枚の買い新規をそれぞれ建てるよう次々に勧誘しているほか,同日には40万円を追加で預託するよう勧めた上,さらに投資額を投資可能資金額の3分の1を超えた投資可能資金額まで増やすための手続を行うよう勧誘していることなども認められ,これらの結果,同月21日には,一時的には預託金250万円のうち本証拠金241万5000円を必要とする状態となり,さらに,同日には追証拠金が必要な状態となったことも認められる。

以上のとおり,原告においては,本件取引開始に当たり,200ないし210万円の預託金の範囲内で少ない枚数で余裕をもった取引をしていきたいとの投資意向を明示していたにもかかわらず,D主任はかかる原告の投資意向とは異なり,預託金の多くを本証拠金として必要とする頻回かつ多数枚の取引(原告の主張する満玉あるいはこれに近い状態での取引)を行うよう次々と勧誘を重ね,原告においては,当初の投資意向とは異なるにもかかわらず,D主任の勧めを断ることができず(原告自身はD主任に「押し切られた」と表現している。),勧められるままに取引を重ねたものと認められる。

なお,被告は,原告は自らが取得した情報をもとに自らの判断で取引していた旨を主張する。しかし,1(3)キの認定事実のとおり,原告は,1月24日には白金の日計り(デイトレード)を開始しているところ,原告が金以外に,白金の,それも日計りによる取引を行おうとして積極的に情報収集していたことは何らうかがわれない。加えて,原告は,同日午前9時20分ころに白金5枚の売り新規を建てた後,わずか5分後の午前9時25分ころにはこれを仕切っているところ,原告自身の判断でかかる仕切りを行ったとは到底考えられない。これらの事情は,原告において,実際のところ,D主任の勧めるがままに取引を行っていたにすぎないことを推認させるものということができる。

ウ そして,1(3)の認定事実のとおり,本件取引においては,わずか17日間の取引で,新規建玉15回,取引枚数144枚(金71枚,白金73枚),預託金767万円(初回の210万円のほか,追加で557万円を要した。),委託手数料合計139万3690円(税込みで146万3410円)を要する取引を行ったことが認められる。

この点,本件取引に先立ち原告がオリオン交易を通じて行っていた商品先物取引においては,1(1)ウの認定事実のとおり,約8か月間の取引で,新規建玉16回,取引枚数59枚,預託金200万円(初回のみ),委託手数料8万9000円(税込みで9万3450円)にとどまることが認められる。本件取引と上記オリオン交易を通じての取引とは,時期も対象商品も異なるのであるから,これらを単純に比較することには慎重でなければならないものの,上記アのとおり,本件取引を開始するに当たって,オリオン交易との取引のように少ない枚数で余裕をもった取引をしたいとしていた原告の投資意向が大きく裏切られる結果となったことは明らかであり,本件取引は,原告にとって極めて頻回かつ多数枚の取引であるものと認めるのが相当である。そして,上記イで述べたところによれば,かかる結果は,もっぱらD主任が原告の投資意向と異なる勧誘をあえて行ったことによるものといわなければならない。

エ 以上の事情を総合考慮すると,D主任においては,原告の投資意向とは異なる勧誘をあえて行い,わずか17日間の取引で,当初の預託金210万円の範囲内どころか557万円を追加して預託せざるを得ないような頻回かつ多数枚の取引を行わせたものであるから,その勧誘行為は社会的相当性を著しく逸脱するものとして不法行為を構成するものと認めるのが相当である。

(4) これに対し,被告は,本件取引においては,原告が申告し,被告が許可した投資可能資金額750万円の範囲内で取引が行われていること,本件における原告の投下資金額(損失額)573万3410円は,原告が申告した流動資産額2000万円の約28パーセントにとどまることなどを挙げて,D主任らの行為が不法行為に当たることはない旨を主張する。

確かに,1(2)ウ(エ),オの認定事実によれば,原告は,口座設定申込書に流動資産額合計2000万円,投資可能資金額1000万円と記載して被告に提出し,被告においては原告につき投資可能資金額を750万円までとしたことが認められるものの,同じく1(2)ウ(エ)の認定事実によれば,D主任は,上記の各申告額がいずれも原告のみならずCの資産を合計したものを基礎として記載したものであることを認識していたことも認められるところである。なお,経済産業省及び農林水産省作成の商品先物取引の委託者の保護に関するガイドライン(甲9)においては,適合性原則に照らして不適当と認められないための例外の要件として,年金等で生計をたてている者などに対する勧誘については顧客が申告した投資可能資金額の裏付けとなる資産を有していることなどを満たす必要があるとされているところ,D主任においては,上記の原告の申告した投資可能資金額を裏付ける客観的な資料(預金通帳等)の確認は行っていないものと認められる(証人D主任)。

このような事情に照らすと,上記の投資可能資金額1000万円という金額や,流動資産額合計2000万円などとの原告の申告に基づいて被告が許可した投資可能資金額750万円という金額をもって,本件取引が社会的相当性を逸脱するものか否か等の判断を行う際の基準ないし参考とすることは相当とはいい難い。

また,投資可能資金額とは,損失を被っても生活に支障のない範囲で取引証拠金等として差入可能な資金総額(上限額)を指すところ(甲9参照),商品取引員においては,顧客に対し,必ずしもかかる範囲内で最大限の取引を勧誘しなければならないわけではないし,その反面,かかる範囲内であればいかなる取引を勧誘してもよいともいえないのであって,結局のところ,顧客に対していかなる取引を勧誘するのが相当かは顧客の投資意向によって大きく左右されるというべきである。

しかるに,既に述べたとおり,原告は,本件取引開始に当たって,D主任に対し,200ないし210万円の預託金の範囲内で少ない枚数で余裕をもった取引をしていきたいとの投資意向を明示していたものと認められ,かつ,かかる投資意向に沿った取引を行うことを困難とする事情があったとも解されないから,D主任においては,投資可能資金額の範囲内で,かかる原告の投資意向を基準ないし参考として,これにできる限り沿うように取引の勧誘を行うのが相当であったというべきである。しかるに,D主任においては,原告の投資意向とは異なる勧誘をあえて行い,わずか17日間の取引で当初の預託金210万円の範囲内どころか557万円を追加して預託せざるを得ないような頻回かつ多数枚の取引を行わせたものであるから(なお,本件全証拠によっても,D主任において,原告に対し,その投資意向とは異なる取引をあえて勧誘する理由等を十分に説明し,原告の同意を得たとも認められない。),D主任の勧誘行為は社会的相当性を著しく逸脱するものといわなければならず,このことは,たとえ本件取引に要した預託金ないし証拠金が投資可能資金額の範囲内にとどまり,あるいは原告が被った差引損益額がその有する流動資産額のうちの一部にとどまるものであるとしても左右されるものとはいい難い。

以上のとおり,この点の被告の主張は採用できない。

(5) したがって,D主任の原告に対する1月16日以降の勧誘行為は,いずれも社会的相当性を著しく逸脱するものとして不法行為に該当するものと認められる。

3 争点(2)(損害)について

(1) 2で述べたとおり,D主任の原告に対する1月16日以降の勧誘行為はいずれも不法行為に該当するものと認められるところ,これらの行為がなければ,原告は1(3)の認定事実のとおりに本件取引を行うこともなく,本件取引に係る差引損益として573万3410円の損失を被ることもなかったものということができるから,この損失が原告の損害と認められる。

(2) 他方,原告は,上記のD主任からの勧誘行為が自己の投資意向と異なっていることを認識していたのであるから,勧誘された取引を行うことを拒否することなどもできたものと解されるところであって,商品先物取引に関する専門的知識や経験を十分に有しているとまではいい難い原告において,商品取引員たる被告の従業員であり,上記知識に通じ相応の経験を有しているD主任に対して,かかる態度をとることには実際上困難な面があることを考慮しても,かかる毅然とした態度をとらなかった点につき,原告には一定の落ち度があったものといわざるを得ない。

かかる事情を考慮すると,公平の観点から,(1)の573万3410円の損害から3割を過失相殺して控除するのが相当である(控除後の損害額は401万3387円)。

(3) なお,本件の事案に鑑みると,原告の負担する弁護士費用相当額のうち40万円の限度でD主任の不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(4) 以上によれば,原告の損害額は合計441万3387円と認められる。

4 結論

したがって,原告の請求は,不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として441万3387円及びこれに対する不法行為の後の日である平成20年2月4日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却する。

(裁判官 大嶺崇)

<以下省略>

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