札幌地方裁判所 平成20年(ワ)7号 判決 2009年10月30日
住所<省略>
原告
X1
住所<省略>
原告兼反訴被告
X2
上記2名訴訟代理人弁護士
青野渉
同訴訟復代理人弁護士
荻野一郎
東京都中央区<以下省略>
被告兼反訴原告
カネツ商事株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
佐久間洋一
同
山岸潤子
同
前田千春
主文
1 被告は,原告X1に対し,520万5900円及びこれに対する平成19年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X2に対し,238万円及びこれに対する平成19年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 反訴原告の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,本訴反訴とも,被告兼反訴原告の負担とする。
5 この判決は,第1,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実
第1当事者の求めた裁判
(本訴)
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告X1(以下「原告X1」という。)に対し,520万5900円及びこれに対する平成19年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は,原告X2(以下「原告X2」という。)に対し,238万円及びこれに対する平成19年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は被告の負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(反訴)
3 反訴請求の趣旨
(1) 反訴被告(兼原告X2,以下「原告X2」という。)は,反訴原告(兼被告,以下「被告」という。)に対し,76万5120円及びこれに対する平成19年11月17日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は原告X2の負担とする。
(3) 仮執行宣言
4 反訴請求の趣旨に対する答弁
(1) 被告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
第2当事者の主張
1 事案の概要
本訴は,商品取引員である被告の従業員らが顧客に対する誠実公正義務に違反して原告らを勧誘し20日間で合計700万円以上の損害を原告らに発生させたと主張する原告らが,被告に対し,消費者契約法の取消しによる不当利得返還請求権,選択的に,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき,原告X1が520万5900円,原告X2が238万円及びこれらに対する取引を終了した日である平成19年11月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息又は遅延損害金の支払を求めた事案である。
反訴は,被告が,原告X2に対し,商品先物取引委託契約に基づき,最終仕切差損金76万5120円及びこれに対する弁済期である平成19年11月17日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
(本訴)
2 請求原因
(1) 原告ら
原告X1は,昭和30年生まれの女性であり,●●●市内の高校を卒業した。被告と取引をしていた当時は,夫との2人暮らしであり,主婦であった。先物取引の経験はもちろん,株取引の経験もない。
原告X2は,昭和51年生まれで,平成14年に大学を卒業した。被告と取引をしていた当時は,妻と2人暮らしであり,●●●に勤務していた。先物取引の経験も,株取引の経験もない。
(2) 取引(原告X1)
ア 契約の締結
被告外務員のB(以下「B外務員」という。)は,平成19年8月から10月ころにかけて,原告X1に対して先物取引の勧誘を行った。最初は電話勧誘をし,同年8月中に,一度,原告X1方を訪問して勧誘している。その中で,B外務員は,サブプライム問題や株式の暴落などの話をして,今後は金の価格が上昇していくことを述べ,金の取引を強く勧誘した。原告X1は,「そういうものはできない。」と断り,訪問されたときも「来てもらっても,ガソリン代が無駄になりますよ。」などと述べていた。しかしながら,B外務員は,その後も執ように電話勧誘を繰り返し,1週間に2,3回電話をかけてきたが,原告X1は電話に出ないようにしていた。
B外務員は,同年10月24日,突然,連絡もないのに原告X1方に訪問してきた。原告X1は,仕方なく,B外務員の話を聞くことにした。B外務員は,金の価格が上がると強調し,金の価格のチャートを示したりして,熱心に説明したため,原告X1は,次第に,少しの金額であれば取引をしてみてもよいという考えになり,当時,自由に動かせる普通預金は150万円程度であったので,とりあえず,108万円(12枚分)を購入することとなった。
原告X1は,リスクのことが気になって,B外務員に対して,リスクについて,「例えば,これは,金が下がったときはどうなるんですか,最大損失はいくらで考えればいいの」と質問したところ,B外務員は,「値段が下がったときには,半分のところで,追証拠金を入れるか,取引を続けるかを決めてもらいます。」「46円値段が下がったときには連絡します。誰よりも最優先で,連絡しますから。」「そこでワンクッションおけるので大丈夫です。」「そこでやめれば半分の54万円ですから。」「最大でも54万円と考えてください。」「最優先で,僕が責任をもって連絡しますので大丈夫です。最大で半分と考えてください。」と強調した。原告X1としては,最大損失が54万円までに限定されているということを確認し,取引をすることを決めた。
原告X1は,B外務員に指示されて,口座開設申込書に記入している。その内容のうち,「年収」欄については,収入がゼロであると話したにもかかわらず,B外務員が「600万円と書いてください。」と指示したため,原告X1は,その金額を記載した。「流動資産額」欄については,保険などを全部入れたら4000万円くらいになると話したところ,4000万円と記入するよう指示されたのでその金額を記載した。「投資可能資金額」については,B外務員が1500万円といったのでその金額を記載した。B外務員は,「投資可能資金額」の意味について,「この金額が少ないと,後になって,もっと買いたくなっても買えなくなりますから」と説明していた。
なお,B外務員からは,金の値段が上がるという勧誘を受けているだけであり,委託のガイドなどを使った先物取引の仕組みやリスクに関する説明はなく,リスク説明としては,上記に述べた最大損失54万円という話以外には一切なかった。
その後,原告X1は,●●●銀行に行き,現金を引き出して,手元にあった現金とあわせて,現金108万円をB外務員に交付した。B外務員は,「管理の者が来ているので面談してもらいます。」と言い出した。原告X1は,驚いて「なんで,私は,そういう約束はしていないでしょう。」といった。しかし,既に自宅前で待機しているということであったので,会うことになった。その際に,B外務員は,「余計なことをいうと審査が通らなくなるので,とにかく,はいはいと答えてハンコを押してください。」と述べた。最初に,札幌支店長のC(以下「C支店長」という。)と面談した。C支店長は,パンフレットのようなものを使って説明していたが,B外務員にいわれたとおり,はいはいと答えた。C支店長の説明が終わると今度はD(以下「D」という。)と交替し,収入や資産の額について確認された。ここでも,原告X1は,はいとだけ答えた。
イ 取引額(いずれも平成19年の取引である。)
10月25日,12枚の金の買玉を建てた。
10月26日,6枚の金の建買玉を承諾し,54万円を送金した。
10月29日,270万円をB外務員に交付した。
10月30日,30枚の金の買玉を建てた。
11月5日,63万円をB外務員に交付したが,それ以前に7枚の金の買玉を建てた。
(3) 取引(原告X2)
ア 契約の締結
原告X1は,平成19年11月12日,原告X2ともに,被告方を訪問したところ,B外務員は,原告X2に対し,チャートを示して「これからはうなぎのぼりに上がる。」「この需要期に下がることはない。」などと述べて勧誘した。原告X2がリスクについて質問すると,B外務員は,「万一,下がったとしても,追証が発生します。そこで決済すると,54万円と手数料をたしますと約70万円です。そこでワンクッションありますので,追証を54万円払うか,70万円の損失かを選べます。最大でも70万円の損失と考えてください。」などと説明した。
B外務員は,原告X2に対し,口座設定申込書を示し,計算機を叩いて「年収550万円,流動資産2500万円,投資可能資金額800万円と記入してください。」と述べた。さらに,「後日,管理部門が聞きますので,そのときは,貯蓄が1100万円,親からもらった資産1400万円と伝えてください。」などと具体的に指示した。原告X2は,B外務員の指示するままに,口座設定申込書に記載した。
B外務員は,同月13日,原告X2の自宅を訪問した。原告X2の妻も同席して,B外務員の説明を受けた。B外務員は,「下がった場合,追証拠金が発生します。そのときに,54万円を払って続けるか,決済をして54万円と手数料で70万円の損失を出すかですね。」などと説明した。原告X2の妻は「それでは,最大のリスク額は,いくらですか。」と聞くと「追証54万円か決済のときの70万円です。」と答えていた。原告X2の妻は,再度,「もし,追証が発生しそうだと必ず,そのワンクッションの連絡をしてくれるのですね。」と尋ねるとB外務員は「はい」と肯定し,さらに,最終確認のようにして,原告X2の妻が「最終確認ですけど,下がったときは,追証54万円払うか,70万円を捨てるか考えればいいのですね。」と聞くとB外務員は「はい」と答えた。
原告X2は,再度,口座設定申込書を作成した上,B外務員に対し,108万円を交付した。その後,B外務員は,被告の管理部門の者を連れてきて交替したが,原告X2は,B外務員の指示どおり,年収550万円,流動資産2500万円,投資可能資金額800万円と答えた上,その他の質問に対しても「はい」と回答した。
イ 取引額
原告X2は,平成19年11月13日及び同月15日,それぞれ金12枚を購入し,それぞれ108万円をB外務員に交付した。ただし,同月15日の購入は,原告X2に無断で購入したものである。
(4) 取引の終了
原告らは,平成19年11月16日,金の価格が大幅に下がったため,被告とのすべての取引を決済した。
原告X1の取引は,472万5900円の損失で終了し,残金22万4100円が返金された。
原告X2の取引は,292万5120円の損失を計上して終了し,証拠金を上回る損失が発生した。被告は,原告X2に対し,差損金76万5120円を請求している(反訴請求)。
(5) 不当利得返還請求
ア 消費者契約法に基づく取消し
消費者である原告らは,事業者である被告のB外務員から金の価格が上昇する旨の断定的判断の提供を受ける一方で,リスクについては,最大でも預けた金額の半分の損害にとどまるとの誤った説明を受けて取引を開始している。したがって,原告らの受託契約締結の意思表示及び個々の注文の意思表示は,いずれも事業者である被告の不実の告知(消費者契約法4条1項1号)又は断定的判断の提供(同法4条1項2号)を伴う勧誘によってされたものであり,原告らは,本件の先物取引受託契約の意思表示及びすべての注文の意思表示を,消費者契約法に基づき取り消す。
したがって,被告に預託した金員は,すべて不当利得として返還されるべきである。
イ 不当利得
原告らは,本件の先物取引受託契約の意思表示及びすべての注文の意思表示を,消費者契約法に基づき取り消した。したがって,被告には,原告X1が交付した495万円のうち未返却の472万5900円,原告X2が交付した216万円の金員を保持している法律上の原因がない。
よって,これは不当利得であり,即時に返還すべき義務がある。そして,断定的判断の提供は,商品取引所法において禁止されているのであり,また,勧誘に際して不実の告知をしてはならないことは当然である。したがって,被告の利得は悪意の不当利得であると考えられ,利得時から年5分の利息を請求することができる。
ウ 弁護士費用
原告らは,本件訴訟を原告代理人に委任した。その報酬としては原告X1について48万円,原告X2について22万円が相当である。これらの支出は,悪意の不当利得の返還を求めるために支出したものであるから,原告らは,被告に対し,民法704条により,損害の賠償を請求することができる。
エ 小括
以上のとおり,原告らは,被告に対して,悪意の不当利得返還請求権に基づき,原告X1が不当利得472万5900円に弁護士費用48万円を加えた520万5900円,原告X2が不当利得216万円に弁護士費用22万円を加えた238万円及びこれらに対する取引を終了した日である平成19年11月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求めることができるというべきである。
(6) 商品先物取引の特色
ア 取引の複雑性,難解性
商品先物取引は,仕組みが極めて複雑であり,初めて取引をする委託者が取引の仕組みや注文方法を簡単に理解できるものではない。取引所の仕組み(板寄やザラバの取引,また,市場規模が株式市場よりはるかに小さいため,ストップ安が生じやすく,注文が執行できないことも多い。)からして一般人にはなじみのないものである。「呼値」と「証拠金」の関係,委託ガイドに記載されている「倍率」と実際の「レバレッジ率」との関係,証拠金,追証拠金,臨時増証拠金,定時増証拠金,制限値幅等の仕組みも難解であり,本証拠金や制限値幅自体がしばしば変更になることなど,この取引の「ルール」自体を理解することからして容易ではない。
高度な危険性のため,損失を限定するために,プロは,様々なリスク管理の方法をとっており,注文方法をとってみても,通常の成行注文のほか,指値注文,指成注文,逆指値注文,ストップ注文,ストップリミット注文,FOK注文,建落同時注文,イフダン注文,OCO注文,イフダンOCO注文などがあり,基本的に「損失を限定する仕法」が発達している。
いずれにせよ,こうした複雑・難解な取引の仕組みを理解するためには,専門家の説明や助言が不可欠である。
イ 取引の危険性
先物取引は,短期間のうちに投入した資金を超える損失が生じるおそれがある危険な取引であり,具体的な注文内容や相場状況によっては,1日で全財産を失うことも十分にありうる。いわゆるストップ安,ストップ高の状態になった場合には,仕切りたくても,仕切ることができない状態になるので,損失は預託した証拠金の額をはるかに超えて膨らむことがありうる。値幅制限は,取引所において決定するものであり,相場状況に応じて適宜変更され,市場の状況によっては,1日で証拠金が全損になるような値幅に設定されていることもありうる。取引中に,臨時増証拠金が設定されるとともに,制限値幅が変更になった場合,通常,相場は大きく変動する。
そもそも,建玉した当日に追証拠金がかかることも珍しくないし,また,取引所が臨時増証拠金を決定することもある。特に,満玉で取引をしている場合には,取引翌日に,臨時増証拠金と追証拠金で,当初の入金額以上の入金が必要となる場合もありうる。
満玉のような賭博的な建玉方法をとった場合に,委託者が負うリスクは,およそ,一般人の想像を絶するものなのであり,取引手法によっては一夜にして全財産を失うという表現も誇張ではない。また,実際の統計データでも,一般委託者の約80%が損失を被っていることが判明している。しかも,このデータは,取引継続中の顧客に限定した調査である。一般に,利益をあげたままで取引から離脱しようとすれば,外務員が引き止めるのが通常であるから,取引を終了した者を調査すれば,ほとんどの顧客が損失を被って終了していることが推測できる。
ウ 情報格差と情報依存性
取引を自己責任で判断するためには,相場を予測することが大前提となるが,相場は,商品の需給バランス,世界各国の政治・経済・軍事の動向,為替相場,世界中の天候・天災等,様々な要因によって変動するので,これらの情報を収集し,分析して,自己責任で判断することは素人顧客には著しく困難である。商品取引員は,ロイターやブルームバーグ等の通信社と契約し,さらに独自の情報網を作って様々な情報を入手し,会員となっている商品取引所から送付される毎日のデータにより,他の会員の自己玉の動向なども逐次把握している。他方で,一般の委託者が入手可能な情報は,せいぜい日本経済新聞(以下「日経」又は「日経新聞」という。)程度である。したがって,素人顧客は,商品取引員がもたらす情報に大きく依存せざるを得ないのが実態である。
また,もともとマネーゲームに強い興味をもって商品取引員の門を叩いた者であれば,自分なりの取引の判断が可能であるといえるが,他方で,先物取引に全く興味がなかった人間を,「ぼくらがアドバイスしますから安心してください。」などの文言で勧誘した場合には,上記の依存性は一層顕著なものになる。莫大な手数料を収受することで成り立っている商品取引員が,極めて危険な市場に,もともと興味のなかった委託者を,突然の電話・訪問勧誘によって参加させる以上は,高度の説明・助言義務を負担することはやむを得ないと考えられる。
エ 高額の手数料と義務の高度化
商品取引員は,顧客から極めて高額な手数料を得る以上,その対価に見合った,高度な説明・助言をすべきであるといえる。
商品取引員は,商品の注文を取り次ぐという,機械的で,ごく簡単な事務処理だけで,極めて多額の手数料を得ることができる。商品取引員の経営は,手数料収入で成り立っているから,より多額の証拠金を預かって,より多数枚の建玉をさせることに対する強い動機が存在することになる。現に,先物取引被害の多くは,過当・過大な売買により,預託した証拠金の大半が手数料に消えている。
最近,先物取引においてもインターネットによる取引(以下「ネット取引」という。)が行われるようになっている。ネット取引は外務員のわずらわしい勧誘とは無関係に自分の責任で情報を収集し,インターネットの画面上で注文を行うという取引であり,ネット専業の商品取引員を中心に既に1万口座以上が開設されている。金の取引を例にとると,外務員取引の1枚当たりの手数料は片道6190円であるが,他方,ネット取引の場合の手数料は,商品に関係なく,1枚当たり片道300円から500円程度である。
外務員取引とネット取引のサービスの違いは,取引手法や相場情報に関して外務員の指導・助言が得られるという点に尽きる。外務員取引の顧客が支払う高額手数料は,経済的な観点からみれば,大半が外務員の説明や助言に対する対価なのである。そうだとすると,外務員は,顧客に対して,そのような高額の対価に見合った適切な指導・助言をする義務があることは,むしろ当然のことである。
オ まとめ
商品取引員としては,委託者に対しては,取引開始時における徹底的かつ具体的な危険開示は当然として,終始,委託者の利益に貢献し,かつ,損失を回避するよう,さらにその時々において過大な危険を生じさせることのないよう助言指導すべき誠実公正義務を負っており,常に委託者の利益のために配慮すべき信義則上の付随義務を負担しているというべきである。具体的には,取引の仕組みについて,新規委託者が理解するまで,丁寧に説明し,助言すべき義務があると考えることは社会通念上も当然のことであろうし,少なくとも,外務員が取引を勧誘する場合には,現に行おうとする具体的取引を前提にした場合,1日でいくらの損失が生ずる可能性があるか,また,制限値幅が変更になったり,ストップ安が連続した場合には,1日で最大いくら,2日で最大いくらの損失になるのか,という点を数字を示して,十分に説明し,理解を得ることも当然であろう。まして,断定的判断を提供して,顧客に過大な取引をさせることなど論外といえる。
加えて,そのようなリスクの存在を十分に説明した上,リスクがあるがゆえにリスクに耐えられる資産を保有していることを確認することが法的に義務付けられているという法の趣旨も説明し,顧客の理解を得て,投資可能資金額を聴取するなどの適切な調査をし,顧客の知識,経験,資産,収入,投資目的を前提にした適切な取引を助言すべきである(適合性原則)。特に先物取引未経験の顧客については,不測の莫大な損害を被ることが絶対にないように,とりわけ丁寧に指導・助言し,場合によって適切な枚数に取引を制限する必要がある(新規委託者保護義務)。さらに,手数料収入を得ることを優先して,外務員の情報に依存している顧客に対して,過大な売買,無意味な売買,頻繁な売買を勧めるようなことは,論外である(過当取引の禁止,無意味な反復売買の禁止)。
(7) 外務員らの義務違反
ア 適合性原則違反・新規委託者保護義務違反
商品取引員は,委託者の資産や収入,投資目的を聴取し,それに適合する取引を勧誘すべき義務がある(商品取引所法215条)。特に,取引開始後3か月以内の新規委託者については,取引に習熟するための保護育成期間として,建玉の枚数を一定数に制限するなどして,不測の損害を被らないようにとりわけ丁寧な指導助言をする義務がある。
原告X1は,収入が全くなく,動かせる普通預金は150万円程度であり,株取引をした経験もなく,ハイリスクの投資に多額の資金を投入する考えは全くなかったし,そのことをB外務員にも再三告げていた。ところが,取引開始からわずか10日間で,当初12枚で開始した取引が55枚という枚数になっている。55枚の金というのは,55キログラム・総額1億6000万円程度の金塊を購入するという投機行為を意味するのであり,その投機額に見合ったリスクが発生する。そして,満玉をすれば,1日で証拠金以上の損失が生じる可能性が高い。しかも,入金した資金のうち,平成19年10月29日の270万円,同年11月5日の63万円はいずれも借入れによるものであり,そのことは,B外務員自身も熟知していた。先物取引は,余裕資金で行うことが基本であり,借り入れた資金で先物取引を勧めることが適合性原則・新規委託者保護義務に違反することは論を待たない。
原告X1のように,収入もなく,株取引の経験もない主婦に対し,借入れをさせてまで495万円もの証拠金を入金させ,取引開始からわずか10日間で,1日に728万円,2日で1388万円の損失が生じうる莫大な取引をさせることは適合性原則・新規委託者保護義務に著しく違反することは明らかである。
原告X2は,31歳と年齢も若く,結婚したばかりで,実際の年収は380万円程度であり,普通預金もほとんどなく,株取引をした経験もなかった。したがって,そもそも先物取引に適合するかどうか極めて疑わしい状況であったが,B外務員は,前記のとおり,取引をさせた。合計24枚の建玉というのは,24キログラムの金塊,約7000万円分を購入していることを意味するのであり,1日で最大288万円の損失が生じる取引である。原告X2の知識,経験,収入,資産,投資目的などからして,このような勧誘は,適合性原則・新規委託者保護義務に著しく反することは明らかである。
イ 過当取引(満玉の勧誘,無敷取引)
本件では,すべて満玉(証拠金で建てられる最大限の建玉をする取引)の取引が行われている。このような建玉をすれば,1日で証拠金が全損に至ることが容易に予想されるのであり,少なくとも,素人顧客にすすめるべき取引ではない。また,原告X1の平成19年11月5日の取引,原告X2の同月15日の取引は,証拠金の預託を受ける前に建玉を行っており,明らかに無敷の取引である。
取引をする際に,必要な額の取引本証拠金を事前に預託することは,先物取引の鉄則である(商品取引所法103条1項2号,179条)。このように取引の際に必ず証拠金を事前に入金させる趣旨は,第1に取引の担保であることから必然的に必要とされるものであるが,第2に過当取引の抑制や市場の公正を確保するという意味もあり,第3に委託者保護の観点からは資力に見合わない取引を防止するという意味である。このような観点からすれば,証拠金の預託を受けないまま,新たな建玉をしている点は,適合性原則や新規委託者保護義務に違反するものと考えられる。また,顧客にしてみれば,証拠金を預託するまでは,正式な建玉はされていないものと考えるのが通常である。先に建玉をしてしまい,「もう取り消せない。」などと称して,取引を勧誘するのも悪質外務員の常套手段であり,このような観点からも,証拠金預託前の取引は,私法上も違法性を有するというべきである。現に,本件では,平成19年11月15日の取引については,まさしく原告X2の同意を得ずに無断で建玉をしておきながら,最後は,B外務員が泣き出して「取り消したら自分がクビになる。」などと述べて,建玉をむりやり事後承諾させており,違法性は著しい。
ウ 説明義務違反
商品取引員は,顧客に対して,先物取引の仕組みやリスクを説明する義務があり,この点は商品取引所法でも明記されているところである(同法218条)。特に,もともと興味のなかった顧客を取引に勧誘し,顧客が外務員の提供する情報に依存しているような場合には,単なる説明義務にとどまらず,当該顧客が万が一にも多額の損失を被らないように,適切な助言をすべき注意義務があるといえる。
ところが,被告の外務員らは,先物取引の仕組みやリスクを何ら説明しないままに取引を開始させ,逆に,「最大損失が(証拠金の半額である)54万円」などという,極めて欺瞞的な説明をしたものである。このような被告の外務員らの行為は,説明・助言義務に積極的に違反するものであり,誠実公正義務に著しく反し,社会的相当性を逸脱して勧誘行為として,私法上も違法なものといえる。
エ 無断売買
原告X1の平成19年11月5日の取引,原告X2の同月15日の取引は,証拠金の預託を受ける前に建玉を行っており,無断売買であって,これが違法であることは論をまたない。
オ 断定的判断の提供
B外務員は,上記のとおり,原告X1及び原告X2に対し,金の価格は上がる等と説明しており,これは,断定的判断の提供にあたる。これは,違法であり,不法行為を構成するというべきである。
カ 責任原因
被告の外務員らの行為は,明らかに顧客の利益に反して商品取引員の利益を追求する行為であって,商品取引法に定める顧客に対する誠実公正義務(受託契約上の付随義務)に著しく違反するので,被告は債務不履行責任を負う。
また,被告の外務員らの違法行為は,社会的相当性を逸脱した勧誘行為であって,かつ,被告の業務執行につき行われたことは明らかであるから,被告は,民法709条,715条に基づき,使用者として不法行為責任を負う。
(8) 損害
ア 原告X1
損失 472万5900円
弁護士費用 48万円
合計 520万5900円
イ 原告X2
損失 216万円
弁護士費用 22万円
合計 238万円
ウ 以上のとおり,原告らは,被告に対して,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として,原告X1が520万5900円,原告X2が238万円及びこれらに対する取引の終了した日で,不法行為の後の日である平成19年11月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべきである。
(9) まとめ
よって,原告らは,被告に対し,消費者契約法の取消しによる不当利得返還請求権,選択的に,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき,原告X1が520万5900円,原告X2が238万円及びこれらに対する取引を終了した日である平成19年11月16日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息又は遅延損害金の支払を求める。
3 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)のうち,原告X1が昭和30年生まれの女性であること,当時夫と2人暮らしであったこと,原告X2が昭和51年生まれで大学を卒業したこと,当時妻と2人暮らしであり,●●●に勤務していたことは認め,原告らが先物取引,株取引の経験がないことは不知,その余は否認ないし争う。なお,原告X1は専業主婦ではない。
(2) 請求原因(2)アのうち,B外務員が平成19年8月から10月ころにかけて,原告X1に対して先物取引の勧誘を行ったこと,最初は電話勧誘をし同年8月中に原告X1方を訪問して勧誘していること,B外務員がサブプライム問題や株式の暴落などの話をして金の取引を勧誘したこと,勧誘のための電話を何回かしたこと,同年10月24日原告X1方に訪問したこと,金の価格のチャートを示して説明したこと,原告X1が108万円(12枚分)を購入することとなったこと,原告X1がリスクを気にしてその旨の質問をしたこと,B外務員が「46円値段が下がったときには連絡します。」旨述べたこと,原告X1が口座開設申込書に記入したこと,保険などを全部入れたら4000万円くらいになると話したこと,●●●銀行に行き現金を引き出して現金108万円をB外務員に交付したことは認め,その余は不知ないし否認する。
イは認める。
(3) 請求原因(3)アのうち,原告らが平成19年11月12日に被告方を訪問したこと,B外務員が原告X2に対応してチャートを示して「下がった場合,追証が発生する。そこで決済すると損と手数料で約70万円になる。」と説明したこと,原告X2が口座設定申込書を記載したこと,B外務員が同月13日に原告X2の自宅を訪問したこと,原告X2の妻も同席していたこと,原告X2が108万円を交付したこと,B外務員が追証が発生しそうなときに連絡する旨述べたこと,原告X2が口座設定申込書を書き換えたことは認め,その余は不知ないし否認する。
イのうち,最後の12枚が無断売買であることは否認し,その余は認める。
(4) 請求原因(4)は認める。
(5) 請求原因(5)アのうち,被告が事業者であること,原告らが消費者であることは認め,その余は否認ないし争う。イ,ウは争う。
(6) 請求原因(6)アのうち,本証,制限値幅自体がしばしば変更になること,プロが高度な危険性から損を限定するためにさまざまなリスク管理の手法をとっていること,その中で原告らが主張する注文方法があることは認め,その余は争う。
イのうち,臨時証拠金の設定と制限値幅の変更は同時に実施されることが多いこと,満玉が賭博的方法であることは争い,一般委託者の大半が損で取引を終了していること,一般に利益を上げたまま離脱しようとすると外務員が引き止めることが通常であること,取引終了した者を調査すればほとんどの顧客が損で終了していることが推測できることは否認し,その余は認める。
ウのうち,素人顧客が商品先物取引に関する情報を収集し,分析して自己責任で判断するのは著しく困難であること,原告ら指摘の情報源しかないために素人顧客が商品取引員のもたらす情報に大きく依存せざるを得ないのが実態であること,商品先物取引に興味がなかった者の依存性が一層顕著であること,莫大な手数料を収受することで成り立っている商品取引員が取引に興味のなかった委託者を突然の勧誘によって参加させた場合,高度の説明・助言義務を負担することは争い,その余は認める。
エのうち,商品取引員が手数料を委託者から得ていること,ネット取引が外務員と無関係に情報を収集し,インターネットの画面上で注文を行うという取引であり,ネット取引の手数料額が原告の主張どおりであることは認め,その余は否認又は争う。
オのうち,取引の危険性の存在が商品取引員に委託者保護のための注意義務を負わせる根拠であること,商品取引員が取引の仕組みについて新規委託者の理解するまで説明する義務があり,またリスクに耐えられるような資産の保有を確認すべきであること,取引未経験者に対して不測の損害を被ることのないように適切な枚数に取引を制限する必要があること,手数料収入を得ることを優先して過大な売買,無意味な売買を勧めるようなことは論外であることは認め,その余は争う。
(7) 請求原因(7)アのうち,商品取引員は,委託者の資産や収入,投資目的を聴取し,それに適合する取引を勧誘すべき義務がある(商品取引所法215条)こと,取引開始後3か月以内の新規委託者について取引習熟のための保護育成期間として建玉枚数を一定数に制限する措置を取らなければならないこと,原告X1の取引が開始から10日間で当初12枚で開始した取引が55枚という枚数になったこと,55枚の金というのは,55キログラム・総額1億6000万円程度の金塊を購入するという投機行為を意味すること,満玉をすれば,1日で証拠金以上の損失が生じる可能性が高いこと,原告X1が主婦であること,原告X2が31歳で結婚したばかりであること,合計24枚の建玉が24キログラムの金塊約7000万円分を購入していることを意味すること,1日で最大288万円の損失が生じる取引であることは認め,原告X1が商品先物取引の未経験者であることは不知,その余は否認ないし争う。
イのうち,本件取引がすべて満玉であること,本証の預託時期(ただし例外がある。),預託の趣旨,建玉の成立時間,本証預託の時間及び方法は認め,その余は否認ないし争う。
ウのうち,商品取引員が商品先物取引の仕組み,ルール,危険性を説明する義務のあること,この義務が商品取引所法218条に明記されていることは認め,その余は否認ないし争う。
エは否認する。
オは否認し,被告が使用者責任を負うとの主張は争う。
(8) 請求原因(8)は争う。
(9) 被告の主張
ア 原告らの適格者であり,適合性原則違反はないこと
(ア) 原告X1は,取引開始当時52歳で,栄養補助食品の訪問及び通信による販売業を営み,年収600万円,預貯金4000万円,自己所有の不動産があり,取引開始の4年ほど前から国債,外貨建ての投資信託に2000万円程度投下しており,リスクのある投資取引の経験のある,資産を増やすことに積極的な者である。したがって,原告X1は,その年齢,投資経験,社会経験からして,商品先物取引の仕組み,ルール,危険性を十分に理解していたのであり,先物取引をするための資産もあり,適格性に何ら問題がなかった。しかも,被告は,営業部門とは別のコンプライアンス等を業務とする本店管理部が,原告X1の適格性を客観的に審査し,適合性ありと判断している。
(イ) 原告X2は,取引開始当時31歳で,大学卒業後●●●に勤務し,年収500万円,預貯金2500万円の成人である。また,既に楽天証券において●●●銘柄の株式投資をしており,原告X1から投資について指導を受けていた。したがって,原告X2は,その年齢,投資経験,社会経験からして,商品先物取引の仕組み,ルール,危険性を十分に理解していたのであり,先物取引をするための資産もあり,適格性に何ら問題がなかった。しかも,被告は,営業部門とは別のコンプライアンス等を業務とする本店管理部が,原告X2の適格性を客観的に審査し,適合性ありと判断している。
(ウ) なお,適合性について,法の趣旨はあるかないかを判断し,ない場合に勧誘や受託契約の禁止が問題となり,ある場合にその程度が違法要素の判断に影響を与えるということである。また,適合性の調査は,特別の事情がない限り,委託者による申告で足りるというべきである。
イ 新規委託者保護義務違反はないこと
商品取引所法には,新規委託者保護に関する明文の規定はなく,商品取引員の自主規制に委ねられている。このように,新規委託者の保護を各商品取引員の社内規定に委ねられた趣旨は,商品取引員自ら柔軟に対応させることで規制緩和の推進をはかったものである。
被告は,内部規則である「受託業務管理規則」を設けている。この規則は,数回にわたって改定されており,取引開始当時の新規委託者保護に関する規定は,「直近3年間で3か月以上の商品先物取引の経験を有しない者を未経験者とし,取引開始から3か月を経過するまでの間,取引本証拠金必要額の目安を投資可能資金額の3分の1まで」に制限し,また,委託者がこの制限を超える取引を希望する場合,所定の手続と要件を踏むことを条件に認めている。
原告X1について,同人の預貯金額は4000万円,投資可能資金額は1500万円であり,投下した本証拠金が495万円であるから,投資可能資金額の3分の1の範囲に納まっている。原告X2について,同人の預貯金額は2500万円,投資可能資金額は800万円であり,投下した本証拠金は216万円であるから,投資可能資金額の3分の1の範囲に納まっている。したがって,被告には,受託業務管理規則違反はない。そして,新規委託者保護の法規制が上記のような趣旨であることと規制が設けられた経緯からして,被告に受託業務管理規則違反がないということは新規委託者保護義務違反もないということになる。
ウ 無敷は違法ではなく,過当売買はないこと
(ア) 無敷について
受託契約準則は,証拠金について「取引員の委託者に対する委託契約上の取引員の委託者に対する債権を担保するためのものであり,取引員がこれを徴収しなかった場合の委託契約及びこれに基づく法律関係の効力に影響を及ぼさない」との判断は確定した判例となっている。
ところで,商品先物取引には場勘定というものがあって,商品取引員は全委託者の値洗損金がある場合,その合計額をそれが発生した日の翌日の午前10時までに,主務大臣から許可を受けた株式会社日本商品清算機構へ納付する義務がある。場勘定を支払うことができない場合は違約として取引停止となり,事実上廃業となる。そこで,商品取引員である被告が取りあえず,原告らを含む全委託者の値洗損金を立て替えて株式会社日本商品清算機構に納付しているのである。委託者が委託証拠金不足であるにもかかわらず取引を継続させていると,最終的にその委託者が損勘定となり,いわゆる「足」になった場合,その足を商品取引員がかぶらねばならなくなって経済的基盤を危うくし,ひいては他の善良な委託者に損害を被らせかねない結果となるため,行政取締上の監視対象となっいるのである。足は純資産額から差し引かれて,一定基準を下回ると会員資格を失うこともある。これを他の例でいうと,銀行が担保不十分のまま顧客に貸付を継続し,その借主が倒産した場合,銀行がその不良債権をかぶることになり,ひいては他の善良な預金者に迷惑を及ぼす危険があるため,これを所轄官庁が監視しているのと同様である。したがって,この事例の担保不足の借り主が「銀行が担保不十分で貸し付けたのだから,この貸借は無効である」とか「銀行の不法行為である」と主張することが明らかに不合理であるのと同様に,商品先物取引における委託者が「証拠金不足」を理由として商品取引員の不法行為を主張すること自体,全くの誤りであるといわなければならない。
本件において,原告らについて証拠金の預託が遅れてしまったが,B外務員は,原告らがこれまで約束を履行していたこと,預託時期を具体的に説明していたこと,原告らが本証拠金の法的性格,上記のような趣旨,薄敷・無敷に関する裁判例があることを知っていたことから,原告らの預託猶予を認めたものであり,このような措置は非難されるべきものではない。したがって,無敷が違法であるとする原告らの主張は誤りである。
(イ) 過当売買について
過当売買か否かの判断は,委託者の資産,収入,投資経験,取引に投入した資金などを比較考量すべきである。というのは,委託者の属性を抜きに過大か否か判断できないからである。
原告X1の投下資金額は495万円であり,これは同人の預貯金額4000万円の12.3%,投資可能資金額1500万円の33%である。原告X2の投下資金額は216万円であり,これは同人の預貯金額2500万円の8.6%,投資可能資金額800万円の27%である。したがって,原告らの預貯金額,年収,資産及び投資可能資金額と実際に投下した資金額とを比較すれば,決して過大な取引とはいえない。
エ 説明義務違反,助言義務違反はないこと
(ア) 商品取引員に課せられた説明すべき内容は,商品取引所法214条,214条の9,215条,218条,217条1項4号,同法施行規則103条,104条にそれぞれ定める事項であるが,これらは委託のガイドに記載されている。ただし,委託者が商品市場における取引に関する専門的知識及び経験を有する者として同法施行規則で定める者である場合は,商品取引員は同法218条1項に定める説明義務を免れる。
このような説明すべき内容は,主として商品先物取引の仕組み,ルール,危険性に関することであるが,主な項目は,商品先物取引が証拠金取引で,ハイリスク,ハイリターンであること(損失が証拠金額を上回るおそれがあること),断定的判断の提供の禁止,損失補償,利益保証を約した勧誘の禁止,一任売買,無断売買の禁止,迷惑,再勧誘の禁止,勧誘に際して事前に商品先物取引の勧誘であることの告知等,完全両建の勧誘禁止等,仕切拒否,回避の禁止,適合性原則の遵守,向玉禁止等である。したがって,取引手法を説明すべき義務や個々の注文について指示・説明すべき義務はない。B外務員が原告らに対して委託のガイドの記載事項を説明すれば,商品取引員の説明義務を履行したことになるのである。B外務員は,原告らに対して取引に関する手法まで説明する義務はないが,原告らの利益に配慮して,原告らの予測に反した場合の対処方法,個々の取引における考えられる処方についての説明を取引開始時はもちろん,その後もその都度行っている。
本件において,B外務員は,商品先物取引の仕組み,ルール,危険性に関する説明を行っている。
原告X1は,B外務員から9月11日,同月21日,10月24日と,勧誘時を含めて10時間近い説明を受けている。この説明時間は,法定する説明事項の説明と理解には十分である。また,原告X2は,B外務員から11月12日,13日,勧誘時を含めて約5ないし6時間の説明を受けている。この説明時間は,法定する説明事項の説明と理解には十分である。
そして,原告らがB外務員の説明を理解したことは,原告らの年齢,社会経験からしていうまでもない。原告らの取引した金の総約定代金が原告ら主張のとおりであることを原告らが理解していた。したがって,被告は,商品取引員に課せられた説明義務を履行しており,被告に説明義務違反はない。
(イ) 助言義務違反について
原告らは,商品取引員の受け取る手数料が高額であることを理由に,取引手法,相場情報等に関する商品取引員の適切な指導,助言義務を導き出している。しかし,手数料自体が高額か妥当かの判断は個人差があり,高額と断言できない。すなわち,1回の取引で数十万円から数百万円という高額の利益を得ることができる事実を考えれば,その手数料が高額と判断することはできないからである。インターネット取引と比較すれば,外務員を通した取引の手数料が高額であることは認める。ただし,その差は,原告らの主張するサービスの違い,助言,指導義務に基づくものではない。つまり,外務員らの人件費や店舗維持費などのコストの差である。このことは,商品先物取引に限らず,他の企業,取引においても,インターネットを通じて行う場合の手数料が,そうでない場合の手数料より安いことからも明らかである。
のみならず,原告らの主張する適切な指導,助言義務こそ疑問である。すなわち,外務員による指導や助言が適切か否か,その判断基準があいまいであり,事情は委託者ごとに異なる。委託者は,自らの方針,投資意欲を明確にしない者も多く,外務員の委託者への助言,指導について適否を判断することは極めて困難である。したがって,外務員に指導,助言を要求することは酷である。また,商品取引所法等で断定的判断の提供,一任売買が禁止されていることにかんがみれば,外務員に助言,指導義務を求めることはそれらの法規範に抵触するおそれがある。
オ 無断売買について
無断売買について,少なくとも原告X2は11月15日の取引を追認しているというべきである。
カ 断定的判断の提供はないこと
断定的判断提供禁止の理由は,断定的判断の提供によって委託者が提供されたその判断が根拠のあるものと誤解し,委託者の自主的判断の余地がほとんどなくなってしまうからである。規制の趣旨が,上記のとおりであるから,相当の根拠を持って情報を提供する場合,すなわち,相場観測や需給見通しについて一定の資料に基づいた合理的判断をしてこれを示した場合,断定的判断の提供に当たらない。つまり,勧誘を受ける委託者の受け止め方がどうであったのか,すなわち,外務員の判断の提供によって委託者の自主的判断の余地がほとんどなくなってしまうような,いい換えれば,委託者の自己責任原則の基盤をなくしてしまうような状況にあったか,あるいは委託者は外務員の発言を一つの判断(見方)と受け止めて自己の判断形成の一材料としたに過ぎないかが,違法か否かを区別するのである。この違法性を問うにあたっては,商品先物取引の種類,委託者の商品先物取引における経験や知識,職業,資力が考慮されるべきである。ちなみに,仮に断定的判断の提供に当たるとしても,断定的判断を規制する商品取引所法が行政上の訓示規定に過ぎないのであるから,直ちに私法上の違法となるわけではない。
外務員らは,自己の相場観を原告らに述べる場合,「自分はこう思う」という表現を使用し,原告らが外務員らの相場観どおりに将来の相場が変動するものと誤解しないように注意を払っている。つまり,外務員らは,相場価格を決定する要因が,海外市場の価格,国内外の為替,政治,経済等々であることを説明し,外務員らの考えたとおり,あるいは述べたとおりになるものではないことを説明した。また,外務員らが原告らに述べた相場観は,客観的根拠に基づくものである。原告らの経歴,投資経験からして,原告らは市場価格の変動予測の困難性,取引の危険性のみならず,外務員の相場観が単に一つの見方に過ぎないものであることなどを認識しており,その経験が当然商品先物取引にも生かされている。したがって,外務員らは,原告らに対して断定的判断の提供をしていない。
4 抗弁-過失相殺
本件取引による損金の発生及び拡大は,原告ら自身の行為によるものであり,過失相殺は免れない。
5 抗弁に対する認否
本件のように,明白な適合性原則違反,新規委託者保護義務違反,説明義務違反,断定的判断の提供が認められ,しかも,取引開始から短期間で終了している事案の場合には,過失相殺をすべきではない。
特に,新規委託者保護期間は,顧客が自己責任で十分に取引ができるようにするための習熟期間なのであって,過失相殺の基礎にある自己責任原則を適用する前提を欠く。新規委託者保護期間中における外務員は,いわば,顧客によっては教師なのであって,その教師が,欺瞞的な説明を行い,断定的判断の提供を行って,顧客に過大な取引をさせ,損失を生じさせた場合に,教師の側が私を安易に信頼したお前にも過失があるなとどと主張するのは背理である。本件では,取引期間が極端に短く,原告らはだまされたと気付いた時点で,直ちに取引を終了している。外務員の説明が虚偽であるとわかってもなお,ずるずると取引を継続して損害が拡大したという事実もなく,原告らの過失が損失の拡大に寄与したとみる余地もない。また,本件における外務員の違法行為は,極めて強度であって,商品取引所法の勧誘規制,委託者保護の趣旨をことごとく踏みにじるものである。原告らに,多少の軽率さが認められるとしても,被告側の明白かつ強度の違法行為と対当すべき過失とは到底いえない。
(反訴)
6 反訴請求原因
(1) 当事者
ア 被告は,商品取引所法に基づく商品取引員であって,全国各地に所在する各種商品取引所に加入し,本店を肩書地に,支店を全国各地に設け,顧客から各取引市場に上場されている商品の先物の委託注文を受託すること等を業とする株式会社である。
イ 原告X2は,会社員であり,株式投資の経験を有する者である。
(2) 商品先物取引委託契約の成立
被告は,平成19年11月13日,原告X2との間で,受託契約準則に基づき,委託,受託及びその決済をすることを合意した。そして,委託注文者(原告X2)は,受託者(被告)に対し,売付,買付注文のそれぞれについて,被告が定めるところの委託手数料を支払う義務がある。また,この委託手数料に対し,5%の消費税が課せられる。
(3) 取引内容
被告は,前項の合意に基づき,平成19年11月14日から同月16日までの間,原告X2から委託注文を受け,東京工業品取引所市場において上場されている金について売付,買付をした。
(4) 支払義務
原告X2は,前項の取引の結果,被告に対し,最終仕切差損金等76万5120円の支払義務を負担としている。
(5) まとめ
よって,被告は,原告X2に対し,商品先物委託契約に基づき,最終仕切差損金として,76万5120円及びこれに対する弁済期の翌日である平成19年11月17日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
7 反訴請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)のうちアは認め,イは否認する。原告X2には株式取引はない。
(2) 請求原因(2)は認める。
(3) 請求原因(3)のうち1回目の取引は認め,2回目の取引は否認する。2回目の取引は,原告X2が注文したものではなく,無断売買である。
(4) 請求原因(4)は否認する。被告と原告X2間の取引結果は,売買差損102万円,委託手数料14万1480円,消費税7080円,差引損金116万8560円となり,委託証拠金は216万円であるから,振替充当すると,原告X2は,被告に対し,99万1440円を預託していることになる。
8 反訴抗弁
(1) 消費者契約法による取消し
原告X2は,本訴における訴状において,本件の受託契約及びこれに基づく取引注文のすべてについて,消費者契約法4条に基づき取り消す。
(2) 信義則違反
被告の外務員らによる勧誘行為については,多数の違法行為が認められる。仮に,消費者契約法による取消しが認められないとしても,被告の外務員らによる不法行為が認められる場合には,被告の請求は信義則違反により棄却されるべきである。
9 反訴抗弁に対する認否
いずれも争う。
第3証拠
証拠関係は,本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。
理由
1 争いのない事実
次の事実は,当事者間に争いがない。
(1) 請求原因(1)のうち,原告X1が昭和30年生まれの女性であること,当時夫と2人暮らしであったこと,原告X2が昭和51年生まれで大学を卒業したこと,当時妻と2人暮らしであり,●●●に勤務していたこと
(2) 請求原因(2)アのうち,B外務員が平成19年8月から10月ころにかけて,原告X1に対して先物取引の勧誘を行ったこと,最初は電話勧誘をし同年8月中に原告X1方を訪問して勧誘していること,B外務員がサブプライム問題や株式の暴落などの話をして金の取引を勧誘したこと,勧誘のための電話を何回かしたこと,同年10月24日原告X1方に訪問したこと,金の価格のチャートを示して説明したこと,原告X1が108万円(12枚分)を購入することとなったこと,原告X1がリスクを気にしてその旨の質問をしたこと,B外務員が「46円値段が下がったときには連絡します。」旨述べたこと,原告X1が口座開設申込書に記入したこと,保険などを全部入れたら4000万円くらいになると話したこと,●●●銀行に行き現金を引き出して現金108万円をB外務員に交付したこと及び請求原因(2)イの事実
(3) 請求原因(3)イのうち,最後の12枚が無断売買であることは除くその余の事実
(4) 請求原因(4)の事実
(5) 請求原因(5)アのうち,被告が事業者であること,原告らが消費者であること
(6) 請求原因(6)アのうち,本証,制限値幅自体がしばしば変更になること,プロが高度な危険性から損を限定するためにさまざまなリスク管理の手法をとっていること,その中で原告らが主張する注文方法があること,請求原因(6)イのうち,臨時証拠金の設定と制限値幅の変更は同時に実施されることが多いこと,一般委託者の大半が損で取引を終了していること,一般に利益を上げたまま離脱しようとすると外務員が引き止めることが通常であること,取引終了した者を調査すればほとんどの顧客が損で終了していることが推測できることを除く部分,請求原因(6)ウのうち,素人顧客が商品先物取引に関する情報を収集し,分析して自己責任で判断するのは著しく困難であること,原告ら指摘の情報源しかないために素人顧客が商品取引員のもたらす情報に大きく依存せざるを得ないのが実態であること,商品先物取引に興味がなかった者の依存性が一層顕著であること,莫大な手数料を収受することで成り立っている商品取引員が取引に興味のなかった委託者を突然の勧誘によって参加させた場合高度の説明・助言義務を負担することを除く部分,請求原因(6)エのうち,商品取引員が手数料を委託者から得ていること,ネット取引が外務員と無関係に情報を収集し,インターネットの画面上で注文を行うという取引であり,ネット取引の手数料額が原告の主張どおりであること,請求原因(6)オのうち,取引の危険性の存在が商品取引員に委託者保護のための注意義務を負わせる根拠であること,商品取引員が取引の仕組みについて新規委託者の理解するまで説明する義務があり,またリスクに耐えられるような資産の保有を確認すべきであること,取引未経験者に対して不測の損害を被ることのないように適切な枚数に取引を制限する必要があること,手数料収入を得ることを優先して過大な売買,無意味な売買を勧めるようなことは論外であること
(7) 請求原因(7)アのうち,商品取引員は,委託者の資産や収入,投資目的を聴取し,それに適合する取引を勧誘すべき義務があること,取引開始後3か月以内の新規委託者について取引習熟のための保護育成期間として建玉枚数を一定数に制限する措置を取らなければならないこと,原告X1の取引が開始から10日間で当初12枚で開始した取引が55枚という枚数になったこと,55枚の金というのは,55キログラム・総額1億6000万円程度の金塊を購入するという投機行為を意味すること,満玉をすれば,1日で証拠金以上の損失が生じる可能性が高いこと,原告X1が主婦であること,原告X2が31歳で結婚したばかりであること,合計24枚の建玉が24キログラムの金塊約7000万円分を購入していることを意味すること,1日で最大288万円の損失が生じる取引であること,請求原因(7)イのうち,本件取引がすべて満玉であること,本証の預託時期(ただし例外がある。),預託の趣旨,建玉の成立時間,本証預託の時間及び方法,請求原因(7)ウのうち,商品取引員が商品先物取引の仕組み,ルール,危険性を説明する義務のあること,この義務が商品取引所法218条に明記されていること
2 事実認定
1の当事者間に争いがない事実に加え,証拠(甲13の1,2,14の1,2,15の1ないし3,16,17,36の1,2,37,38,39の1,2,40,41の1,2,42ないし45,46の1,2,47,48,49の1,2,50,51,59,60,64の1ないし3,65の1,2,66の1,2,67の1,2,69,乙A1の1,1の2,2ないし12,13の1,2,14ないし16,17の1,2,18ないし35,36の1,2,37の1,2,38,39の1,2,49ないし52,55の1ないし19,56の1ないし4,57,58,59の1,2,60の1,2,62ないし64,65の1,2,67ないし70,証人B及び証人Dの各証言,原告X1及び原告X2の本人尋問の各結果。ただし,乙A58及び証人Bの証言中,認定事実に反する部分は除く。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,この認定事実に反する証拠は採用しない。なお,事実認定に供した主な証拠は再掲する。
(1) 当事者
ア 原告X1
(ア) 原告X1は,昭和30年生まれの女性で,夫と2人暮らしの主婦であった。(争いがない)
原告X1は,昭和49年3月に●●●市内の高校を卒業した後,アルバイト等した後,昭和51年に結婚し,2人の子供を育て,子供の学費のため,生命保険外交員を5年間(この間の年間収入は250万円から300万円)や住宅展示場のモデルハウスで接客等の仕事を3年間(この間の年間収入は約180万円)していた。(甲59,原告X1)
(イ) 原告X1は,●●●という会社のサプリメントを販売するという仕事を4年間していたが,平成19年10月当時の収入は0円であった。(甲37,41の1,59,乙A6,原告X1)
原告X1の平成19年10月当時の資産は,投資可能な預貯金は150万円,その他,保険,年金,投資信託を併せると約4000万円あった。(甲59,原告X1)
資産の内訳は,次のとおりである。(甲59)
① ●●●(甲46)
●●●銀行の窓口で扱う投資信託で,外国の電力会社やガス会社,電話会社等の公益株式に投資して,定期的に配当があるというもので,2080万円を入金していた。毎月4,5万円の配当があり,年に数回特別配当があるものの,平成19年10月当時は,株価が下がっていたため,解約すれば,大きな赤字になる状態であったから,原告X1としては,解約する予定はなかった。
② ●●●
●●●銀行の窓口で扱う投資信託で,外国の国債や公益株式に投資するというもので,100万円を入金していた。
③ ●●●の個人年金保険「●●●」
原告X1が,平成11年に契約したもので,55歳(平成22年)になった年から年額60万円の年金が5年間支払われるものである。年金保険であるから満期前に解約すると大幅に減額される。
④ ●●●の据置定期年金保険(甲43)
原告X1が,平成17年5月30日に契約したもので,60歳(平成27年)から10年間72万円の年金が支払われるというものである。払い込んだ保険料は627万5076円で,年金が合計720万円支払われるものである。年金保険であるから満期前に解約すると大幅に減額される。
⑤ ●●●の30年満期養老保険(甲44)
昭和57年1月7日に契約した養老保険で,30年間保険料を支払い,昭和87年(平成24年)に満期になると400万円が支払われるというものである。保険料は既に前納しているが,途中解約すれば大幅に減額される。
⑥ ●●●の養老保険(甲45)
平成4年に契約した養老保険で,平成24年の満期になれば300万円の支払が予定されているものである。保険料は既に前納しているが,中途解約すれば,大きく減額される。
⑦ 預貯金
●●●銀行の普通預金約25万円,貯蓄預金約128万円,定期預金約50万円の合計約203万円を保有していた。ただし,原告X1は,生活費や●●●への支払があるため,投資可能な預貯金は150万円程度と考えていた。
(ウ) 原告X1の夫は,平成21年2月6日,死亡した。(原告X1)
イ 原告X2
(ア) 原告X2は,昭和51年生まれの男性で大学を卒業したのち,●●●に勤務して,妻と2人暮らしである。(争いがない)
(イ) 原告X2は,平成14年に大学を卒業し,平成19年10月に妻と婚姻した。投資経験はなく,株取引も先物取引も経験がない。年収は約383万円で,平成19年当時の預金は約200万円であった。原告X2は,自動車販売に従事しており,平日は午前8時30分から深夜まで働いている。店舗にいるときは,目の前に上司がいて,客からの電話や来店者への接客があり,時間的余裕はない。そして,商談中,又は客先への移動中すなわち自動車運転中は携帯電話には出られない。(甲38,59,60)
ウ 被告
(ア) 被告は,商品先物取引の受託業務を目的として設立された株式会社で,東京工業品取引所の会員であって,商品取引員である。(弁論の全趣旨)
(イ) B外務員は,平成15年5月,被告札幌支店に入社し,平成17年7月から営業部副主任,平成18年10月から営業部主任を務め,主に新規顧客の開拓業務を担当していた。(乙A58)
(ウ) Dは,昭和50年3月,被告に入社し,平成3年宇都宮支店の支店長,平成19年管理部顧客サービス課課長(札幌支店担当)を務め,委託契約前後に新規委託者と面談し,営業社員から説明を受けた商品先物取引の仕組み,ルール,危険性を理解しているのか,口座開設申込書の記載内容,特に資産,収入,職業に間違いがないかどうか,投資可能資金額を理解し,無理のない金額かどうかを確認する業務を担当していた。(乙A57)
(2) 勧誘(以下,平成19年の出来事については月日のみで表示する。)
ア B外務員は,8月6日午前9時ころ,原告X1方に電話を掛け,金の商品ファンド(商品先物取引の投資信託版)及び商品先物取引の勧誘であることを告げた上で,30年に1度のオイルショック以来の,金価格が上昇する時期が来た等と説明して勧誘を行ったところ,原告X1が勧誘に応じたので,資料を送付して,訪問勧誘を行うことを検討した。(乙A58,証人B,原告X1)
B外務員は,同月27日午前8時50分ころ,再度,原告X1方に電話を掛け,金価格が上昇していることを話した上,近々訪問したいと申し出た。(乙A58,証人B)
B外務員は,同月29日午後0時30分ころ,原告X1方を訪問したところ,原告X1は,留守であったので,名詞と商品ファンドと商品先物の資料を置いてきた。(乙A58)
イ B外務員は,9月3日午前9時30分ころ,原告X1方に電話をしたところ,当日は体調が悪いということで具体的な話をしないまま,電話を終了した。そのころ,原告X1は,突発性難聴という病気になり,自宅療養していて,被告からの電話があっても,ナンバーディスプレイから電話が被告からであると分かる場合には,電話に出ないこともあった。(甲40,59,乙A58,原告X1)
ウ B外務員は,9月11日,原告X1方に訪問し,まず,金の商品ファンドについて,日本経済新聞,日経マネー,チャート等の資料を使用して説明したところ,原告X1は,商品ファンドにはあまり興味を示さなかった。そこで,商品先物取引について,「商品先物取引 入門のしおり」(乙A4,以下「入門のしおり」という。),「商品先物取引 委託のガイド(乙A1,以下「委託のガイド」という。),チャート,日経マネー,日本経済新聞等の資料を使用して説明した。その説明内容は,商品先物取引が証拠金取引であること,取引の危険性,ルール,仕組みについて,売りからも買いからもできること,取引の倍率があり,出した金額の20倍から30倍の取引ができること,決済方法,手数料等についてであった。(乙A38,58,61,証人B)
B外務員は,原告X1に対し,取引を開始するのには,最低100万円からであり,金を12枚建てると108万円になると説明した。その際,満玉の危険性について抽象的な説明はしたものの,12枚108万円が満玉であることの説明はしなかった。(証人B)
B外務員は,原告X1に対し,紙(甲15の2,15の3),書類(甲64の1ないし3)を示して説明したが,この書類には金の価格が上昇するという内容であった。そして,原告X1との間で,いくら下がったら損切りするという具体的な価格の合意をしていなかった。(証人B)
B外務員は,同月26日,原告X1方に電話し,金の市況等について話をし,10月11日,原告X1方に金のチャート等の資料を送付した。(乙A58)
(3) 契約
ア B外務員は,10月24日午後1時ころ,別の用事で●●●市内に出掛けたことから,事前の了解を取らないで原告X1方を訪問した。B外務員は,委託のガイドや入門のしおり等を見せて,商品先物取引が証拠金取引であること,取引の危険性,ルール,仕組みについて,売りからも買いからもできること,取引の倍率があり,出した金額の20倍から30倍の取引ができること,決済方法,手数料等について説明した。さらに,持参したチャートに基づいて,「ここからは必ず上がる,間違いなく上がる,サブプライム問題で下がったので,これからは一気に上がる,3000円になる,30年に一度のチャンスです」などと発言し,金価格が上昇を続け下落する可能性がほとんどないとして,被告を通じて商品先物取引をするよう勧めた。(乙A58,証人B,原告X1)
イ B外務員は,原告X1の取引リスクについての質問に対して,46円の値幅があったときに最大損失は半分の54万円であること,46円の値幅があり損失が54万円になったときには原告X1に連絡して取引を止めるか決済するかの判断を仰ぐこと,そのときにワンクッションがあり考える余地があるのでそれ以上の損失は出ないと説明した。
原告X1は,B外務員があまりにも熱心に勧誘し,過去のデータによればなどと専門家としての意見を述べるので,次第に,少しの金額であれば取引をしてもよいと思い始めた。そして,仮に損失が生じても最大損失が54万円であることをB外務員に確認した上で,被告との間で金の先物取引を開始することとした。原告X1は,当時,自由に動かせる預貯金が150万円程度であったところ,B外務員の説明では,金の取引は1枚9円で被告では100万円以上でないと取引ができず108万円からしか取引を始めることができないとの説明を受けたので,最初の取引を108万円とすることとしたが,原告X1としては,108万円以上の取引をするつもりはなかった。(甲59,原告X1)
ウ 原告X1は,B外務員の指示に従い,年収600万円,夫は別に流動資産として預貯金4000万円以上保有,投資可能資金額1500万円と記載した。原告X1が事実と異なる記載をすることに疑問を感じ,大丈夫なのかと質問したところ,B外務員は,この記載事項は管理上の問題であり,審査が通らなかったり,買いたいときに買えなくなるのでとりあえず指示どおり,多めの数字を記載してほしいと要請した。(甲59,乙A7,原告X1)
原告X1は,同日,●●●銀行に行き,現金を引き出し,手元にあった現金と合わせて,現金108万円をB外務員に交付した。B外務員は,同月25日,12枚の金の買玉を建てた。(争いがない)
なお,被告顧客サービス課のEは,同月24日,原告X1方に電話をかけ,資産内容を確認した。(乙A57)
原告X1は,その後,毎日のように,B外務員からさらに買い増しするよう勧誘を受けた。(原告X1)
エ 原告X1は,10月26日,B外務員からの要請により,6枚の金の買建玉を承諾し,被告に対し,54万円を送金した。(争いがない)
オ Dは,10月27日,C支店長とともに,原告X1方を訪問し,新規契約のあいさつをした。その後,原告X1との面談を開始し,まず,開設口座設定申込書の内容,特に年収,流動資産,投資可能金額について,自らの意思で記載したのかについて確認した。次に,「お客様アンケート<商品先物取引の危険性について>」(乙A20)を手渡し,Dが1から7までの質問項目を読み上げながら,原告X1に回答してもらうことによって,取引の仕組み,ルール,危険性について,理解しているかについて確認した。最後に,何か分からないことや聞きたいことはないか問い掛けた。(乙A19,57,証人D)
C支店長は,原告X1に対し,委託ガイドや入門のしおりを使って,改めて,取引の仕組み,ルール,危険性などについて説明した後,「委託者口座状況表」(乙A18)を使って,当日現在の取引状況,預かり金額とその内訳,本証拠金の基準額,必要証拠金額,値洗損益額,投資可能資金額,余剰額,手仕舞いした場合の返還金額,建玉内容等を説明した後,上記書面に署名・捺印をもらった。
カ 原告X1は,10月29日,270万円をB外務員に交付した(争いがない)。この現金は,B外務員が原告X1方まで来て,勧誘を受けた原告X1が●●●の簡易保険から6%の利息で借り入れたものであった。(甲16,44,原告X1)
原告X1は,10月30日,30枚の金の買玉を建てた。(争いがない)
原告X1は,11月5日,63万円をB外務員に交付したが,B外務員は,原告X1から現金を受け取る前に,7枚の金の買玉を建てた(争いがない)。この現金は,原告X1が●●●の簡易保険から借り入れたものであった。(甲17,45,原告X1)
キ Dは,11月8日,原告X1方を訪問し,同日現在の委託者口座状況表(乙A22)を使って,預り金額とその内訳,本証拠金の基準額,必要証拠金額,値洗損益額,投資可能資金額,余剰額,手仕舞いした場合の返還金額,建玉内容等を説明した後,改めてアンケート(乙A23)に回答してもらい,原告X1の理解度を確認した。(乙A57,証人D)
(4) 原告X2との取引
ア 原告X1は,11月12日,原告X2を連れて,結婚祝のお礼をするために●●●市内在住の叔母方を訪問した後,一度も被告を訪問したことがなかったので,同日午後5時ころ,B外務員に連絡した上,被告札幌支店を訪問した。B外務員は,このとき,原告X2に対し,原告X1に対するのと同様の勧誘をし始めた。(甲59,60,原告X1)
イ 原告X2は,それほどたくさんの資産があるわけではなく,失敗したときのことが心配だったので,リスクについてB外務員に説明を求めた。B外務員は,原告X2に対し,「これからはうなぎのぼりに上がる。この需要期に下がることはない。」「万一,下がったとしても,追証が発生します。そこで決済すると,54万円と手数料をたしますと約70万円です。そこで,ワンクッションありますので,追証を54万円払うか,70万円の損失かを選べます。最大でも70万円の損失と考えてください。」と説明した。原告X2は,B外務員の説明のうち,「54万円」と「ワンクッション」という言葉が印象に残り,最大でも54万円の損失が発生した段階で,止めるか続けるかを判断できるものと理解した。(甲60)
原告X2は,その場で,B外務員の指示に従い,口座設定申込書に,年収550万円,流動資産2500万円,投資可能資金額800万円と記入した。原告X2は,B外務員の指示に対し,実際の数字と異なる記載をしていいのか疑問に感じて問い合わせたところ,年齢が若いので,審査を通すために必要であること,取引を始めるために必要であり,ここを通さないと始まらないから,と回答した。原告X2は,自動車ローンの場合と同じであると考え,深くは考えないで記載した。(甲60)
ウ B外務員は,11月13日午前11時,原告X2方を訪問し,原告X2と同席している妻に対し,下がった場合に追証拠金54万円が発生します,そのときに,54万円を支払って続けるか,決済をして54万円と手数料で70万円の損失を出すかの選択になる旨の説明をした。原告X2の妻が,B外務員に対し,最大のリスク額はいくらになるのかと質問すると,B外務員は,追証拠金54万円が発生してたときに,ワンクッションの連絡を入れること,そのときに,取引を中止するかの判断をして,中止すれば70万円で,続けるときは追加で54万円を入金する必要がある旨の説明をした。原告X2と妻は,B外務員に対し,再度,最大リスクが手数料を含め70万円であることを確認した上で,108万円を手渡した。(甲60)
B外務員は,原告X2に対し,管理部門の担当者を連れてくるが,質問に「はい」と答えてほしい旨要請した。原告X2は,取引を開始するための仕組みであると理解して同意した。
エ Dは,11月13日午後2時過ぎころ,B外務員に同行して,原告X2方を訪問し,原告X2に対し,先物取引の仕組み,ルール,危険性を説明し,追証拠金制度と禁止行為についても説明し理解度を確認した。Dは,原告X2の理解は早いと感じた。次に,原告X2が記載していた「口座設定申込書」(乙A27)の記載内容について,特に,年収,流動資産,投資可能資金額について,自らの意思に基づいて記入したかを確認するとともに,流動資産の内訳を確認したところ,原告X2は2500万円と返答した。そして,「お客様アンケート<商品先物取引の危険性について>」(乙A36)を手渡し,Dが1から7までの質問項目を読み上げながら,原告X2に回答してもらうことによって,取引の仕組み,ルール,危険性について,理解しているかについて確認した。その際,金を10枚買って45円下がった場合を想定して実際に計算してもらった。さらに,月末には口座残高照合通知書が自宅に届くこと,内容の見方は売買報告書及び売買計算書と同様であることを説明した上,最後に,何か分からないことや聞きたいことはないか問い掛けた。(乙A57,証人D)
オ B外務員は,11月14日にも原告X2に対し,追加で金を購入するように勧誘したが,原告X2は,妻に相談しないと決められないとして,翌日返事をすると回答した。
原告X2は,11月15日午前8時30分ころ,B外務員に対し,妻と話ができなかったので,今日は購入できない旨の回答をした。ところが,B外務員は,同日,金12枚を購入し,同日午前11時30分ころ,原告X2に電話連絡し,108万円を入金するよう要請した。これに対し,原告X2は,B外務員が承諾もないのに購入したとして抗議し,原告X1方で話し合うこととした。B外務員は,原告X1方において,今回の取引はなかったことにしてくれとする原告X2に対し,泣き出した上,決済するけれどもすこし待ってほしい,それで,会社から処分され,営業停止になるか,解職になるかもしれないが,自己責任であるから等といいはじめた。原告X2は,自らもサラリーマンである上,営業の仕事をしていることから,B外務員が営業停止や解職されるのはかわいそうだと思い,取引を承諾することとして,原告X1方にあった結婚祝金50万円と原告X2の妻がその妹であるFから借りた100万円のうち,58万円を合わせて被告に交付した。(甲60)
(5) 決済
11月16日,金の価格がどんどん下がっていった。B外務員は,C支店長とともに,原告X1及び原告X2との善後策を協議するために原告らが居住する●●●市に向かった。
原告X1は,B外務員及びC支店長に対し,全部決済することを要請し,被告は,原告X1の取引を決済して,残金22万4100円を原告X1の銀行口座に振り込んだ。(甲59)
原告X2は,同日午前8時30分ころ,B外務員から電話を受け,金相場が安値をつけていること,今後の対処法をアドバイスするので午前10時30分ころに電話をする旨の告知があった。その後,同日午前11時54分ころ,原告X2の携帯電話にC支店長から,本日は迷惑をかけて申し訳ない旨の留守番電話があった。原告X2が,同日12時20分ころ,被告札幌支店に電話すると,B外務員とは別の職員が対応し,金相場はストップ安の状況ですがどうするかとの問い合わせがあった。原告X2が,当該職員に対し,プロとしてのアドバイスをしてほしいと要請したところ,決済したほうがいいと助言されたので,助言に従い,決済の依頼をした。その結果,原告X2には,被告に対する76万5120円の仕切差損金が残った。(甲60)
原告らと被告との間の取引は,原告X1が472万5900円の損失で終了し,残金22万4100円が返金され,原告X2が292万5120円の損失で終了し,証拠金を上回る損失が生じ,その差損金は76万5120円である。(争いがない)
3 事実認定の補足説明
(1) 被告は,B外務員が原告らに対し,勧誘の際,金の取引価格が「46円値段が下がったところでワンクッションがあり,そこで取引を続けるかやめるかの判断ができる」「最大損失は54万円及び手数料の合計70万円である」旨の発言をしたことはないと主張し,証拠(乙A58,67)及び証人Bの証言中にもその主張に沿う部分がある。
しかし,取引未経験者である原告らがそのような言葉を自ら使用したり想像したりすることはおよそ想定できない上,証人Bは,自ら「ワンクッション」という言葉を使用した事実を取引終了後に自認している(甲65の1,2,66の1,2)から,被告の主張は採用できない。なお,乙A67が採用できないことはいうまでもない。
(2) 被告は,原告らが自ら年収,流動資産額,投資可能資金額を記載したもので,B外務員から指示されたものではないと主張し,証拠(乙A58)及び証人Bの証言中にもその主張に沿う部分がある。
しかし,原告らは,B外務員から強引に勧誘されて被告との取引を開始したものであり,本件では,ことさら虚偽の申告をして資産以上の取引をする必要性が認められない。また,証人Bは,虚偽の記載を指示したことをうかがわせる発言をしている(甲65の1,2)。したがって,被告の主張は採用できない。
4 適合性原則について
(1) 商品取引員は,委託者の資産や収入,投資目的を聴取し,それに適合する取引を勧誘すべき義務がある(商品取引所法215条)。したがって,商品取引員が商品先物取引の不適格者を商品先物取引に勧誘した場合には,違法と評価すべきである。
(2) 原告X1は,前認定のとおり,定期的な収入はなく,自由に利用できる預貯金は150万円程度であり,株取引をした経験もない。そうすると,ハイリスクハイリターンの危険な商品先物取引を行う者としての適合性を有していないと解するのが相当である。したがって,B外務員が,勧誘した結果,被告との取引を開始させたのは,適合性原則に違反するというべきである。
被告は,適合性の調査について,特段の事情がない限り,委託者による申告で足りると主張する。しかし,B外務員は,原告X1から定期的な収入はなく,自由に利用できる預貯金は150万円程度であり,株取引をした経験もないことの申告を受けていながら,虚偽の申告をさせているから,被告の主張はその前提を欠くというべきである。
(3) 原告X2は,前認定のとおり,被告との取引直前に結婚した31歳の●●●に勤務する会社員で,年収は約380万円,預金は約200万円,投資経験はなく,株取引の経験も先物取引の経験もない。そうすると,ハイリスクハイリターンの危険な商品先物取引を行う者としての適合性を有していないと解するのが相当である。したがって,B外務員が,勧誘した結果,被告との取引を開始させたのは,適合性原則に違反するというべきである。
被告は,適合性の調査について,特段の事情がない限り,委託者による申告で足りると主張する。しかし,B外務員は,原告X2から年収は約380万円,預金は約200万円,投資経験はなく,株取引の経験も先物取引の経験もないことの申告を受けていながら,虚偽の申告をさせているから,被告の主張はその前提を欠くというべきである。
5 新規委託者保護義務(過当売買-満玉を含む。)について
(1) 商品先物取引は,投機性が高く,しかも仕組みが複雑であって,未経験者によって自主的に判断するのが困難であるから,未経験者に取引開始直後から大量の取引をさせ万一損失が生じた場合には,損失額が多額になり,未経験者にあってはこれを取り戻そうと焦るあまり,損失の深みに陥る事例が多発したことから,こうした事態を回避し,商品先物取引の投機性,危険性を理解させ,自己責任の原則が適用できる基盤を確保するために,商品取引員は,取引開始後3か月以内の新規委託者については,取引に習熟するための保護育成期間として,建玉の枚数を一定数に制限するなどして,不測の損害を被らないようにする新規委託者保護義務が課せられている。この義務に反した場合には,違法と評価すべきである。
また,本証拠金で建てられる最大限の建玉をする取引,いわゆる満玉をすると,1日で証拠金が全損に至ることが容易に予想され,極めて危険な取引であり,このような取引は,少なくとも,商品取引員が取引未経験者に取引開始直後から勧めるべきではなく,これを勧めた場合には,新規委託者保護義務に反し,違法と評価すべきである。
(2) 原告X1は,前認定のとおり,定期的な収入はなく,自由に利用できる預貯金は150万円程度であり,株取引をした経験もなく,ハイリスクの投資に多額の資金を投入する考えは全くなかったし,そのことをB外務員にも再三告げていたところ,B外務員の勧誘により,取引開始から約10日間で金55枚を購入している。とりわけ,平成19年10月29日の270万円,同年11月5日の63万円はいずれも借入れによるものであり,そのことは,B外務員も知っていた。さらに,原告X1の取引は,自ら希望したものではなく,B外務員の勧誘によるものであって,いずれも満玉である。先物取引は,余裕資金で行うべきであり,借入金で先物取引を勧めること及び取引未経験者に満玉の取引を勧めることは,いずれも新規委託者保護義務に違反するというべきである。
被告は,原告X1の預貯金額は4000万円,投資可能資金額は1500万円であり,投下した本証拠金が495万円であるから,投資可能資金額の3分の1の範囲に納まっているとして,新規委託者保護義務違反には当たらないと主張する。しかし,原告X1の申告内容が虚偽であることはB外務員が熟知しているところであり,被告の主張はその前提を欠くというべきである。
(3) 原告X2は,前認定のとおり,被告との取引直前に結婚した31歳の●●●に勤務する会社員で,年収は約380万円,預金は約200万円,投資経験はなく,株取引の経験も先物取引の経験もないのに,B外務員の勧誘により,取引開始から4日間で金24枚を購入している。また,原告X2の取引は,自ら希望したものではなく,B外務員の勧誘によるものであって,いずれも満玉である。したがって,原告X2の知識,経験,収入,資産,投資目的などからして,このような勧誘は,新規委託者保護義務に反するというべきである。
被告は,原告X2の預貯金額は2500万円,投資可能資金額は800万円であり,投下した本証拠金は216万円であるから,投資可能資金額の3分の1の範囲に納まっているとして,新規委託者保護義務違反には当たらないと主張する。しかし,原告X2の申告内容が虚偽であることはB外務員が熟知しているところであり,被告の主張はその前提を欠くというべきである。
6 無敷,無断売買について
(1) 商品取引員は,商品先物取引をする際に,当該取引に必要な額の本証拠金を事前に預託することは,先物取引の原則であり(商品取引所法103条2号,179条参照),この原則に反した場合には,原則として,違法と評価すべきである。ただし,その後,委託者が事後的に承諾し,当該本証拠金を預託した場合には,その違法性は解消されると解するのが相当である。
(2) 原告X1の平成19年11月5日の取引,原告X2の同月15日の取引は,証拠金の預託を受ける前に建玉を行っており,いずれも無敷の取引であり,原則として違法というべきである。また,これらの取引は,原告らの同意が得られていない段階でB外務員が見込みで取引を成立させており,原則として違法というべきである。
しかし,原告らは,前認定のとおり,いずれも,B外務員の無敷及び無断売買を追認し,当該本証拠金を委託しているので,無敷及び無断売買の違法性は解消されたものと解するのが相当である。
7 説明義務(助言義務を含む。)について
(1) 商品取引員は,顧客に対して,商品先物取引の仕組みやリスクを説明する義務があり(商品取引所法218条),取引未経験者に商品取引員の方から商品先物取引を勧誘した場合には,単なる説明義務にとどまらず,当該顧客が万が一にも多額の損失を被らないように適切な助言をすべき注意義務があると解するのが相当である。
(2) B外務員及びDは,前認定のとおり,原告らを商品先物取引に勧誘したり,取引開始後に確認をしたりする際に,入門のしおり,委託のガイド等の書面を手交したり,実際に計算してもらったりして,金の先物取引の仕組み,ルール等について説明しているものの,ハイリスクハイリターンの取引であり,利益が大きい反面,損失も多額になる等の高度の危険性について十分に説明したとは認められない。とりわけ,B外務員は,金が上昇することのみを強調し,下落した場合の損失額や損失回避の手法等について全く説明していない。したがって,被告は,原告らに対する説明義務を果たしているとは到底いい難い。
(3) 被告は,原告らの年齢,社会経験からしてB外務員の説明を理解していることはいうまでもないと主張する。しかし,商品先物取引という高度の危険性を有する取引については,単に仕組みやルールを説明し理解させるだけでは足りないのであって,危険性について説明や助言を十分にする必要があるというべきである。また,原告らは,自ら進んで商品先物取引に参加した者ではなく,B外務員の強引な勧誘によって参加したものであるから,B外務員ひいてはその使用者である被告には,ハイリターンだけの説明だけで足りるものではなく,ハイリスクについても十分に説明し,損失を最小限度に止めるような手法についても説明し,理解させる必要があるというべきである。
被告は,自らの方針,投資意欲を明確にしない委託者が多く,外務員の委託者への助言,指導について適否を判断することは極めて困難であって,外務員に指導,助言を要求することは酷である上,商品取引所法等で断定的判断の提供,一任売買が禁止されていることにかんがみれば,外務員に助言,指導義務を求めることはそれらの法規範に抵触するおそれがあると主張する。しかし,原告らは,投資経験も株取引の経験もなく,自ら進んで商品先物取引に参加した者ではないから,自らの方針,投資意欲を明確にしないのは当然であって,被告の主張はその前提を欠くものである。
8 断定的判断の提供について
(1) B外務員は,上記のとおり,原告X1に対し,「ここからは必ず上がる,間違いなく上がる,サブプライム問題で下がったので,これからは一気に上がる,3000円になる,30年に一度のチャンスです」などと発言し,金の価格が上昇を続け下落する可能性がほとんどないとして,被告を通じて商品先物取引をするよう勧めた。また,B外務員は,原告X2に対し,「これからはうなぎのぼりに上がる。この需要期に下がることはない。」「万一,下がったとしても,追証が発生します。そこで決済すると,54万円と手数料をたしますと約70万円です。そこで,ワンクッションありますので,追証を54万円払うか,70万円の損失かを選べます。最大でも70万円の損失と考えてください。」等と説明している。その結果,原告らは,金の価格は上がるものと考えて被告の取引を開始しているが,B外務員のこの発言は断定的判断の提供にあたるというべきである。
そして,B外務員の原告らに対する断定的判断の提供をしながらの勧誘行為は,違法というべきである。
(2) 被告は,商品先物取引の種類,委託者の商品先物取引における経験や知識,職業,資力が考慮されるべきであり,本件では,委託者の自主的判断の余地をなくしてしまうような状況になかったと主張する。しかし,本件では,金の先物取引であり,原告らは先物取引も未経験であるばかりか,株取引も未経験な者であるから,B外務員が上記のような発言をすれば,自主的判断の余地がなくなってしまうと解されるから,被告の主張は採用できない。
被告は,仮に断定的判断の提供に当たるとしても,断定的判断を規制する商品取引所法が行政上の訓示規定に過ぎないのであるから,直ちに私法上の違法となるわけではないと主張する。しかし,商品取引員が断定的判断をしてしまうと取引未経験者は,危険性を十分に認識しないで取引を開始し,その結果多額の損害を被る蓋然性が高いことから,私法上も違法となると解するのが相当であって,被告の主張は採用できない。
9 責任原因及び損害について
(1) 以上のとおり,被告及びB外務員には,原告らに対する適合性原則違反,新規委託者保護義務違反,説明義務違反,断定的判断の提供が認められ,これらは社会的相当性を逸脱した勧誘行為というべきであって,違法といえる。そして,B外務員の勧誘行為は被告の業務執行について行われたものであるから,被告は,原告らに対して,民法709条,715条に基づいて損害を賠償する責を負うものと解するのが相当である。
(2) 損害について検討する。
原告X1は,被告との取引によって,本証拠金及び追証拠金を合わせて495万円を支払っているが,これらは,B外務員の勧誘行為がなければ支払う必要がないものといえるから,すべてが損害というべきである。そして,原告X1は,取引終了後に被告から22万4100円の返還を受けているから,その差額である472万5900円が本件において請求できる損害金である。また,弁護士費用のうち,48万円が被告の不法行為と相当因果関係にある損害だということができる。したがって,原告X1が被告に請求できる損害賠償額は520万5900円である。
原告X2は,被告との取引によって,本証拠金を216万円を支払っているが,これらは,B外務員の勧誘行為がなければ支払う必要がないものといえるから,すべてが損害というべきである。また,弁護士費用のうち,22万円が被告の不法行為と相当因果関係にある損害だということができる。したがって,原告X2が被告に請求できる損害賠償額は238万円である。
(3) 過失相殺について検討する。被告は,原告らが被ったと主張する損金の発生及び拡大は,原告ら自身の行為によるものであり,過失相殺は免れないと主張する。
しかし,B外務員は,原告らに対し,前判示のとおり,適合性原則違反,新規委託者保護義務違反,説明義務違反及び断定的判断の提供等の義務違反が認められる上,取引開始から極めて短期間で取引終了に至っているのであるから,原告らに落ち度があるとはいえない。したがって,本件において原告らに過失相殺を認めるのは相当でなく,被告の主張は採用できない。
(4) 原告らは,消費者契約法の取消しによる不当利得返還請求及び債務不履行に基づく損害賠償請求も選択的に主張するが,これらの請求についての判断をするまでもなく,原告らの本訴請求はいずれも理由がある。
10 反訴請求について
被告は,反訴請求において,原告X2に対し,商品先物委託契約に基づいて最終仕切差損金として76万5120円の支払を求めている。
しかし,本件においてB外務員の原告X2に対する勧誘,誘導,受託等の一連の行為は,前判示のとおり,全体として不法行為を構成するというべきであり,このような場合に,被告が商品先物取引委託契約に基づいて仕切差損金を請求することは信義則に反し許されないというべきであるから,反訴請求は理由がないと解するのが相当である。
11 よって,本訴請求は理由があるからこれを認容し,反訴請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を,仮執行宣言について同法259条1項を適用して(ただし,訴訟費用についての仮執行宣言は相当でないから付さない。),主文のとおり判決する。
(裁判官 杉浦徳宏)