札幌地方裁判所 平成20年(行ウ)17号 判決 2013年3月27日
主文
1 被告は,X1に対し,6735万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。
2 被告は,X1に対し,3050万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を滝川市に支払うよう請求せよ。
3 被告は,X2に対し,375万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。
4 被告は,X2に対し,1480万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を滝川市に支払うよう請求せよ。
5 本件訴えのうち,X3に対し2億3886万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を滝川市に支払うよう請求することを求める部分を却下する。
6 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は,これを10分し,その7を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1請求
1 被告は,X4に対し,2億3886万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を滝川市に支払うよう請求せよ。
2 被告は,X3に対し,2億3886万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を滝川市に支払うよう請求せよ。
3 被告は,X1に対し,1億9566万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。
4 被告は,X1に対し,4320万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を滝川市に支払うよう請求せよ。
5 被告は,X2に対し,1645万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。
6 被告は,X2に対し,1億4311万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を滝川市に支払うよう請求せよ。
7 被告は,X5に対し,2675万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員の賠償の命令をせよ。
8 被告は,X5に対し,5250万円及びこれに対する平成20年8月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を滝川市に支払うよう請求せよ。
第2事案の概要
本件は,北海道滝川市の住民である原告らが,滝川市において,平成18年3月頃から平成19年11月頃までにかけて,Z1及びその妻である Z2(以下Z1及び Z2を併せて「Z1夫婦」という。)に対し,生活保護法19条1項の規定に基づく生活保護の支給決定を行ったことについて,同決定は同法8条2項の規定に違反するものであるなどと主張して,被告に対し,地方自治法242条の2第1項4号の規定に基づき,上記支出に関与した滝川市の市長の職にあった者らに対して支払額相当の損害賠償請求又は当該賠償の命令をすることを求める事案である。
1 関係法令の定め
(1) 生活保護法
ア 8条1項
保護は,厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし,そのうち,その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。
イ 8条2項
前項の基準は,要保護者の年齢別,性別,世帯構成別,所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて,且つ,これをこえないものでなければならない。
ウ 15条
医療扶助は,困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して,左に掲げる事項の範囲内において行われる。
(中略)
六 移送
エ 19条1項
都道府県知事,市長及び社会福祉法(昭和26年法律第45号)に規定する福祉に関する事務所(以下「福祉事務所」という。)を管理する町村長は,次に掲げる者に対して,この法律の定めるところにより,保護を決定し,かつ,実施しなければならない。
一 その管理に属する福祉事務所の所管区域内に居住地を有する要保護者
二 居住地がないか,又は明らかでない要保護者であって,その管理に属する福祉事務所の所管区域内に現在地を有するもの
オ 19条4項
前3項の規定により保護を行うべき者(以下「保護の実施機関」という。)は,保護の決定及び実施に関する事務の全部又は一部を,その管理に属する行政庁に限り,委任することができる。
カ 28条1項
保護の実施機関は,保護の決定又は実施のため必要があるときは,要保護者の資産状況,健康状態その他の事項を調査するために,要保護者について,当該職員に,その居住の場所に立ち入り,これらの事項を調査させ,又は当該要保護者に対して,保護の実施機関の指定する医師若しくは歯科医師の検診を受けるべき旨を命ずることができる。
(2) 社会福祉法
ア 14条1項
都道府県及び市(特別区を含む。以下同じ。)は,条例で,福祉に関する事務所を設置しなければならない。
イ 15条1項
福祉に関する事務所には,長及び少なくとも次の所員を置かなければならない。(ただし書略)
一 指導監督を行う所員
二 現業を行う所員
(以下略)
ウ 15条2項
所の長は,都道府県知事又は市町村長(特別区の区長を含む。以下同じ。)の指揮監督を受けて,所務を掌理する。
エ 15条3項
指導監督を行う所員は,所の長の指揮監督を受けて,現業事務の指導監督をつかさどる。
オ 15条4項
現業を行う所員は,所の長の指揮監督を受けて,援護,育成又は更生の措置を要する者等の家庭を訪問し,又は訪問しないで,これらの者に面接し,本人の資産,環境等を調査し,保護その他の措置の必要の有無及びその種類を判断し,本人に対し生活指導を行う等の事務をつかさどる。
(3) 滝川市福祉事務所設置条例(乙12)
ア 1条
社会福祉法(昭和26年法律第45号)第14項第1項の福祉に関する事務所として,滝川市福祉事務所(以下「福祉事務所」という。)を市役所内に設置する。
イ 2条
福祉事務所は,生活保護法(昭和25年法律第144号)(中略)に定める援護,育成又は更生の措置に関する事務のほか,次に掲げる事務を行う。
(以下略)
(4) 滝川市福祉事務所設置条例施行規則(乙13)
ア 2条
条例第2条に規定する福祉に関する事務は,滝川市部設置条例(昭和46年滝川市条例第16号)第2条に規定する保健福祉部が所掌する。
イ 3条
社会福祉法(昭和26年法律第45号)第15条の規定による福祉に関する事務所の長は,福祉事務所長とし,保健福祉部長がこれを兼ねるものとする。
(5) 滝川市福祉事務所長事務委任規則(乙14)
2条
市長は,生活保護法(昭和25年法律第144号)第19条第4項(中略)の規定に基づき,次に掲げる事務を福祉事務所長に委任する。
(1) 生活保護法の規定による保護の決定及び実施に関する事務の全部((2)以下略)
(6) 滝川市事務決裁規程(乙15)
ア 2条
この規程において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。
(1) 「決裁」とは,決裁責任者(市長又は専決権者(専決する権限を有する者をいう。以下同じ。)をいう。以下同じ。)が,その権限に属する事務の処理について最終的に意思決定を行うことをいう。
(2) 「専決」とは,あらかじめ認められた範囲内で,自らの判断で常時市長に代わって決裁することをいう。
(3) 「代決」とは,決裁責任者が不在のとき当該決裁責任者に代わって決裁することをいう。
(以下略)
イ 5条1項
部長及び課長は,分掌する事務について別表第1及び別表第4に掲げる事項を専決することができる。(以下略)
ウ 8条
決裁責任者が不在の場合は,次に定めるところにより,その事務を代決することができる。(後段略)
(1),(2) (略)
(3) 部長専決事項については,所管部長相当職者,所管課長,所管課長相当職者,所管副主幹の順による。
(以下略)
エ 別表第1,1(共通決裁事項)(4)(財務関係)(支出負担行為の承認等)1(次に揚げるもの)
file_2.jpg1002 前提事実(証拠等を掲記しない事実は,争いのない事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告らは,いずれも滝川市の住民である。
イ(ア) X4は,平成15年5月1日から平成23年4月29日までの間,滝川市の市長の職にあった者である。
(イ) X3は,平成18年4月1日から平成23年4月27日までの間,滝川市の副市長(平成19年3月31日までの官職名は助役)の職にあった者である。
(ウ) X1は,平成18年4月1月から平成20年3月31日までの間,滝川市保健福祉部長兼滝川市福祉事務所長の職にあった者である。
(エ) X2は,平成18年4月1日から平成19年6月30日までの間,滝川市保健福祉部福祉課長の職にあった者である。
(オ) X5は,平成19年7月1日から平成20年3月31日までの間,滝川市保健福祉部福祉課長の職にあった者である。
(2) Z1夫婦に対する通院移送費の支給の経緯
ア Z1夫婦は,平成18年3月12日,札幌市から滝川市に転居した。
イ Z1は,平成18年3月13日,滝川市福祉事務所長に対し,生活保護支給開始の申立てをした。
当時の滝川市福祉事務所長は,同月22日,Z1に対し,生活保護法19条1項の規定に基づき,申請日に遡って生活扶助費等を支給する旨の決定をした。
ウ 滝川市福祉事務所長は,平成18年3月31日,所内会議において,Z1がストレッチャー対応型タクシーで北海道大学病院(以下「北大病院」という。)に通院することにつき,通院移送費を支給する旨の決定をした。
エ Z1は,平成18年10月26日,滝川市福祉事務所に対し,Z2についても北大病院への通院移送費を支給するよう求めた。
これを受けて,X1は,Z2に対し,Z1と同額の通院移送費を支給する旨の決定をした。
(3) Z1夫婦に対する通院移送費の支給決定の日時,金額,決裁者等
ア 別紙1(添付省略)記載の滝川市福祉事務所の職員らは,Z1夫婦に対し,別紙2(添付省略)及び3(添付省略)記載の通院について,別紙1のとおり,通院移送費(以下,単に「通院移送費」ということがある。)の支給決定(以下,全ての支給決定を併せて「本件各支給決定」ということがある。)をした(別紙1において,「夫」は Z1を,「妻」は Z2を,「所長(部長)」は X1を,「課長」は X2を,「参事」は X5をそれぞれ表す。なお,別紙2の平成18年3月15日,同月18日,同年4月3日,同月4日,同月5日及び同月18日の滝川市立病院への通院については,本件において問題とされていない。)。
なお,滝川市福祉事務所長は,Z1夫婦に対する通院移送費につき,Z1が立替払をした340万円については Z1に直接支給する方法で,それ以外の金員については札幌介護福祉交通(有限会社高寿福祉興産。以下同じ。)の代表者名義の銀行預金口座に振り込む方法でそれぞれ支給した。
イ X1,X2及び X5(以下「X1ら」ということがある。)による Z1夫婦に対する通院移送費の支給に係る決裁の状況は,次のとおりである。
(ア) 平成18年4月1日から平成19年6月30日まで
X1が1億4311万円分の支給決定をし,X2が専決又は代決により1645万円分の支給決定をした。
(イ) 平成19年7月1日から平成19年11月16日まで
X1が5255万円分の支給決定をし,X5が代決により2675万円分の支給決定をした。
(4) Z1夫婦への通院移送費の還流
札幌介護福祉交通は,平成18年5月12日から平成19年11月16日にかけて,Z1夫婦に対し,別紙4(添付省略)のとおり,Z1夫婦に関して X1,X2又は X5の支給決定により支給された通院移送費の一部に相当する金員を交付し続け,その額は,合計1億1123万円に上った。
(5) 住民監査請求等
原告らは,滝川市監査委員に対し,平成20年4月15日,上記(3)の支給決定が違法であるとして,X4,X3,X1,X2及び X5に対して損害賠償請求をすべき旨の住民監査請求をしたところ,同監査委員は,同年6月13日,これを却下する旨の決定をし,同決定は,同日頃,原告らに通知された。
原告らは,同年7月11日,本件訴えを提起した。
(6) 刑事事件
なお,札幌地方裁判所は,平成20年6月25日,Z1に対する詐欺被告事件について,同人を懲役13年に処する旨の判決を宣告し,Z2に対する詐欺被告事件について,同人を懲役8年に処する旨の判決を宣告した。
3 争点
(1) X1,X2及び X5の支給決定の違法及び同人らの故意又は重過失(争点1。請求3,5及び7関係)
(2) X4の財務会計上の違法行為の有無(争点2。請求1関係)
(3) X3の財務会計上の違法行為の有無(争点3。請求2関係)
(4) X1の財務会計上の違法行為の有無(争点4。請求4関係)
(5) X2の財務会計上の違法行為の有無(争点5。請求6関係)
(6) X5の財務会計上の違法行為の有無(争点6。請求8関係)
(7) 損害額(争点7)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(X1,X2及び X5の支給決定の違法及び同人らの故意又は重過失)について
(原告らの主張)
生活保護法8条2項によると,生活保護は,要保護者の年齢別等の必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を超えないものでなければならない。
しかしながら,以下のア及びイからすると,X1らが Z1夫婦に対して行った通院移送費の支給決定は,いずれも最低限度の生活の需要を超える生活保護に係るものということができるから,明らかに裁量を逸脱し,又は濫用したものというべきであり,また,X1らは,このことを容易に認識し得たから,X1らは,故意又は重過失によって,財務会計法規である生活保護法8条に違反する行為をしたというべきであり,地方自治法243条の2第1項前段の規定に基づき,賠償命令に係る責任を負う。
ア 本件各支給決定に係る通院移送費が最低限度の生活の需要を超えるものであったこと
以下の(ア)ないし(オ)からすると,本件各支給決定に係る通院移送費が生活保護法8条2項に規定する最低限度の生活の需要を超えるものであったことは明らかである。
(ア) 本件各支給決定は,Z1夫婦が札幌の病院へ通院する際の移送費についてされたものである。
しかしながら,滝川市及びその近郊には多数の医療機関があり,高度な医療を受けることができる態勢にあったから,Z1夫婦の札幌への通院はいずれも必要がないものであった。
また,Z1夫婦の通院が多数の診療科に及んでいること,Z1は,平成18年4月以降,毎月20回以上通院していたこと,Z2は,同年11月以降,毎月15回以上通院していたことからすると,Z1夫婦の通院に必要性のないものが含まれていたことは明らかである。
(イ) 本件各支給決定は20万円以上の金員を支給するものであったが,この金額は,高規格ストレッチャー対応型タクシーの利用を前提とするものであった。
しかしながら,Z1夫婦が通常の逮捕及び勾留に耐えていることからも明らかであるように,Z1夫婦は,札幌への通院に当たって高規格ストレッチャー対応型タクシーを利用しなければならないような病状にはなかった。
また,Z1夫婦は,札幌に向かう際,常に高規格ストレッチャー対応型タクシーを利用していたわけではなく,自ら自動車を運転して行くこともあった。
さらに,Z1は,平成18年8月以前,高規格ストレッチャー対応型タクシーを利用しておらず,緊急用の機材が装備されていない介護福祉タクシーを利用していたほか,Z2の病名は,「めまい」ないし「メニエール病」であり,高規格ストレッチャー対応型タクシーを利用する必要のある状態ではなかった。
以上のとおり,Z1夫婦について,高規格ストレッチャー対応型タクシーを利用する必要性はなかった。
(ウ) 仮に,Z1夫婦について高規格ストレッチャー対応型タクシーが必要であったとしても,上記(ア)のとおり,Z1夫婦は頻回に札幌の病院に通院していたのであるから,移送費の単価が下がることは当然であって,本件各支給決定に係る通院移送費が最低限度の生活の需要を超えることは明らかである。
(エ) 札幌介護福祉交通の料金体系によれば,高規格ストレッチャー対応型タクシーを8時間借り切った場合の費用は,10万9056円であって,その付加料金を合わせても11万円を超えることはなく,また,12時間借り切った場合であっても,16万8000円を超えることはなかった。
(オ) Z1夫婦は,札幌介護福祉交通に対し,通院移送費の一部を現金として交付するよう要求し,当初は通院移送費の1割,平成18年8月25日以降はほぼ半額が Z1に交付された。
Z1夫婦は,これによって,平成19年11月までに総額1億1123万円の収入を得ていた。
イ 本件各支給決定に係る通院移送費が最低限度の生活の需要を超えるものであることを容易に認識し得たこと
以下の(ア)ないし(オ)からすると,滝川市福祉事務所長であった X1並びに同市保健福祉部福祉課長であった X2及び X5は,本件各支給決定に係る通院移送費が最低限度の生活の需要を超えるものであり,生活保護法8条の規定に違反するものであることを知り,又は容易にこれを認識し得たというべきである。
(ア) Z1夫婦の住居前には,大型乗用車等が駐車されており,それらの乗用車のうちの複数のナンバープレートの番号が「●●●●」とされていたところ,これは,Z1の養親であり,Z1が尊敬しているといってはばからない暴力団員である Z3を暗示するものであった。
そして,Z1は,元暴力団員であり,本件各支給決定がされた時点においても,周囲から暴力団員にしか見えないと言われていた程の容貌・雰囲気を持つ者であったことをも併せ考慮すると,上記のナンバープレートから,Z1夫婦が上記の自動車を使用していることを推測することは容易であった。
さらに,Z1夫婦は,滝川と札幌との間を移動するに際し,トヨタ自動車株式会社製の高級セダンであるセルシオ及びアリストを利用していたのであるから,滝川市福祉事務所職員において,Z1夫婦が札幌に通院する前に見回り調査に行くなどしていれば,Z1夫婦が車両を所有していたこと及び同人らが高規格ストレッチャー対応型タクシーを利用する必要性がなかったことは容易に判明し得た。
(イ) X1らを含む滝川市福祉事務所職員は,本件各支給決定をするに当たり,Z1夫婦の資産状況を確認すべきところ,Z1は,平成18年6月30日,同年11月22日及び平成19年1月30日,第三者に対し,それぞれ10万円,5万円及び19万円を送金していたのであって,これらの事実は,調査をすれば容易に判明し得たものである。
また,Z1は,平成18年10月3日,「日本小型船舶検査」名義の銀行預金口座に対し,7300円を振込送金しているところ,この事実も,調査をすれば容易に判明し得たものである。
さらに,Z1夫婦の養子であり,同人らと世帯を同一にする Z4の銀行預金口座に対しても,Z5 と称する人物から,同年12月29日,平成19年3月29日及び同年6月1日,それぞれ15万円,3万円及び30万円の各振込送金がされており,これらの事実についても,調査をすれば容易に判明し得たものである。
(ウ) Z1夫婦は,いわゆるブランド物の腕時計,バッグ,高価な貴金属等を購入しているところ,これらは普段身に着けるものであるから,滝川市福祉事務所職員が実際に Z1夫婦に面談をすれば,同人らがこれらを所持していることは容易に判明し得たところ,滝川市福祉事務所職員は,Z1夫婦に対し,面談等を行わなかった。
(エ) 滝川市福祉事務所職員は,Z1が朝8時頃には札幌に向けて出発することを知りながら,その前の時間帯に面談するなどせず,ことさら調査を避けていたが,Z1夫婦と面談して調査をすれば,本件各支給決定が最低限度の生活の需要を超えるものであることは,直ちに判明したはずである。
(オ) 滝川市監査委員は,平成19年5月22日,X3に対し,Z1夫婦に対して生活保護費の還流がされている可能性がある旨の指摘をした。
(被告の主張)
ア X1は,平成18年4月1日前に行われた Z1夫婦に対する通院移送費の支給決定には関与していない。
イ 以下の(ア)ないし(キ)からすると,X1が,故意又は重過失によって,財務会計法規である生活保護法8条に違反する行為をしたということはできない。
(ア) 滝川市福祉事務所長は,平成18年3月22日のケース診断会議において,Z1に対し,同月13日付けで保護を開始する旨決定するとともに,車椅子対応タクシーを利用して滝川市立病院に通院することを認めたが,高規格ストレッチャー対応型タクシーを利用して北大病院に通院することについては,同月30日の同病院における病状把握の結果を待って判断することとした。
そして,滝川市福祉事務所長は,北大病院の Y1医師及び Y2医師の同日付け意見を受けて,同月31日,Z1が高規格ストレッチャー対応型タクシーを利用して北大病院へ通院するに当たり,通院移送費を支給する旨決定したところ,両医師は,北海道における中核病院として機能している北大病院の医師であり,同決定以前から Z1の治療に当たっている者であった上,その意見の内容に特に不合理な点はなかった。また,同事務所長が同決定をするに当たり,滝川市立病院の Y3医師の意見も参考にしたが,同意見も Y1医師及び Y2医師の意見と符合するものであった。
また,滝川市福祉事務所長(X1)は,Z2についても,北大病院の Y4医師が作成した給付要否意見書並びに北大病院の Y5医師及び Y1医師の意見書に基づいて通院移送費の支給を決定したところ,これらの意見書においても,特に矛盾のある記載はみられなかった。
さらに,滝川市福祉事務所職員は,平成19年7月から同年8月にかけて,医師の診断書について状況把握を行ったところ,この時点においても,医師から,Z1夫婦の症状に格別の変更がないことが表明された。
(イ) 滝川市福祉事務所職員は,Z1に係る北大病院への通院移送費の支給について検討する際,同事務所を指導する北海道に相談したが,「医師の診断で認められればやむを得ない。」旨の回答を得ていた。
また,滝川市福祉事務所職員は,平成19年1月に北海道による生活保護法施行事務監査を受けた際,北海道に対し,Z1夫婦に対する通院移送費の支給について相談をしたが,このときにも,「事務処理上問題はなく,生活保護制度上も法律上も問題はない。」旨の回答を得ていた。
(ウ) 滝川市福祉事務所職員は,平成18年5月,札幌介護福祉交通以外の会社から通院移送費に関する見積りを徴求したところ,札幌介護福祉交通の通院移送費の方が低額であった。
(エ) 滝川市福祉事務所長(X1)は,平成18年8月17日,同年9月6日,同月12日,平成19年7月11日,同月27日及び同年8月8日,同事務所職員を札幌市に派遣し,札幌市内の病院において Z1の病状把握を行った。
また,X1は,平成19年7月11日,同月27日,同年8月8日及び同月21日,同事務所職員を札幌市に派遣し,札幌市内の病院においてZ2の病状把握を行った。
(オ) 滝川市福祉事務所職員は,本件各支給決定がされた期間中,Z1夫婦に対して月1回以上の居宅訪問を実施し,同人らの生活状況の把握に努めていた。
(カ) 滝川市福祉事務所職員は,平成19年5月22日に滝川市監査委員から Z1夫婦の通院移送費に関する勧告を受けた後,札幌介護福祉交通に対し,請求明細の提出を強く求めた。また,同事務所職員は,同年6月,Z1夫婦に対する移送費の支給について警察に相談した。さらに,同事務所職員は,複数の移送会社から見積りを徴求し,移送会社の変更を検討した。
(キ) Z1は,平成17年10月から平成18年3月にかけ,札幌市α区において,札幌市と滝川市立病院とをタクシーで往復するに当たり,通院移送費の支給を受けていた。
ウ 以下の(ア)ないし(ク)からすると,原告らの主張は理由がない。
(ア) 滝川市にも内科及び神経科を有する医療機関はあるが,どの医療機関への通院を認めるかは,病状や治療継続の必要性といった観点から決定する必要があり,何よりも患者の状況を最もよく知る医師の判断に重きが置かれるべきである。
そして,北大病院神経科への通院が許容される以上,同じ札幌市内の他の病院を選定することはかえって効率的である。
(イ) 高規格ストレッチャー対応型タクシーを貸切りとした場合に,(原告らの主張)ア(エ)記載の金額になることは認めるが,以下のaないしdからすると,滝川市が札幌介護福祉交通に支払った金額は,高規格ストレッチャー対応型タクシーの運行料金として適切なものであった。
a 札幌介護福祉交通の料金体系として,札幌市から滝川市まで片道5万円とされている。
b 札幌市に所在する札幌介護福祉交通としては,1回の通院に当たって札幌市と滝川市との間を2往復せざるを得ず,それに介護員等の料金が加算されることを考えると,20万円及び25万円という金額は合理性を有する。
c 他社からの見積書に基づく算出金額は,28万1000円というものであり,札幌介護福祉交通に対する支払額を上回っていた。
d 札幌市α区は,Z1に対し,通院移送費として,20万3170円ないし28万1000円を支給していた。
(ウ) 滝川市福祉事務所職員は,Z1夫婦の居宅周辺に路上駐車されていた自動車について,陸運局に所有者等の確認を行った。
そして,滝川市福祉事務所職員は,Z1が元暴力団員であったものの現役の暴力団員としては登録されていないことを確認していた。
また,滝川市福祉事務所職員が,Z1の養親である Z3について暴力団員としての登録がされているか否かを知る方法はなかった。
(エ) 滝川市福祉事務所職員は,Z1に対する通院移送費の支給決定を開始する際,同人の預金について調査を行った。
(オ) Z4は,Z1夫婦と世帯を同一にする者でないから,Z4の銀行預金口座へ振込送金がされたか否かは,Z1夫婦に対する生活保護費の支給と関わりがない。
(カ) 滝川市福祉事務所職員が Z1夫婦と面談した際,同人らが高級品を身に着けていたことはなかった。
(キ) 滝川市福祉事務所職員は,Z1については平成19年7月9日まで,Z2については同年6月21日まで,面談及び資産調査を行っていた。
(ク) 札幌介護福祉交通から Z1に対しては,収入があることが発覚しないように,預貯金口座への振込送金ではなく,現金の交付がされていたのであって,滝川市福祉事務所職員が同交付を把握することは困難であった。
(2) 争点2(X4の財務会計上の違法行為の有無)について
(原告らの主張)
普通地方公共団体の長は,吏員が財務会計上の行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失により同吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときは,自らも財務会計上の違法行為を行ったものとされる。
そして,以下のアないしオからすると,X4は,X1らが財務会計上の行為である生活保護の支給決定をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失により同決定を阻止しなかったというべきであるから,地方自治法242条の2第1項4号本文の規定に基づき,損害賠償責任を負う。
ア Z1は,平成9年8月29日から平成17年5月2日までの間,滝川市から生活保護を受給していたところ,その当時から不当要求を繰り返していたため,平成18年3月当時,滝川市の全職員は,Z1が極めて強度の不当要求者であることを認識していた。
そして,Z1に対しては,平成18年4月3日付けで120万円,同月21日付けで220万円,同月30日付けで120万円の各通院移送費の支給決定がされたところ,滝川市の会計課長,収入役又は監査事務局長は,X4に対し,このことを報告した。
したがって,X4は,平成18年4月の時点で,Z1に対して異常な額の通院移送費の支給決定がされていることを認識していた。
イ 平成18年4月の時点で滝川市の監査事務局長であった X6は,同年7月1日,X4を直接の上司とし,同市の会計の全てを管理する同市の収入役職務代理に就任したところ,同年4月の時点で,Z1に対する異常な額の通院移送費の支給決定がされていることを認識していた。そして,X6は,遅くともこの就任の時点で,X4に対し,同支給決定について報告した。
ウ X4は,平成18年9月,滝川市監査委員から,Z1に対する通院移送費の支給決定がおかしい旨の警告を受けていたのであるから,遅くともこの時点で,Z1に対して異常な額の通院移送費の支給決定がされていることを認識していた。
エ X4は,平成19年2月,滝川市監査委員から,Z1夫婦に対する通院移送費の支給決定について必要な調査を行う旨伝えられ,これを受けて滝川市福祉事務所職員に確認を行ったのであり,遅くともこの時点で,Z1夫婦に対する通院移送費の支給月額が1000万円を超え,平成18年3月からの支給総額が1億円近くに上っていたことを認識していた。
オ 滝川市監査委員は,平成19年5月22日,X3に対し,Z1夫婦に対する通院移送費の支給決定に関する「医療扶助通院移送費の検証について」と題する書面を手交したところ,同書面においては同支給決定についての疑問点が指摘されていたのであるから,X4は,この指摘を受け,同疑問点につき詳細な調査をして疑問点がないかを確認する義務があったにもかかわらず,これを一切果たさなかった。
(被告の主張)
ア 前記(1)(被告の主張)イ及びウのとおりであるから,X1らは,本件各支給決定について十分な調査を行っていたというべきであり,X4が故意又は過失により X1らを指揮監督すべき義務を怠ったということはできない。
イ X3は,(原告らの主張)オの滝川市監査委員による勧告を受けて,滝川市福祉事務所職員に対し,調査権の行使,訪問の徹底,弁護士への相談,北海道との協議及び供託の可能性についての検討を行い,同事務所としての調査に限界がある場合には警察への協力依頼を行うよう指示し,同勧告の数日後には,そのように指示したことについて X4に報告した。
したがって,この点からも,X4が故意又は過失により X1らを指揮監督すべき義務を怠ったということはできない。
(3) 争点3(X3の財務会計上の違法行為の有無)について
(原告らの主張)
普通地方公共団体の副市町村長は,長を補佐し,職員の担任する事務を監督する責任を負う(地方自治法167条1項)のであり,X3は,市長から生活保護の支給決定に関する権限を委任された職員である X1らが財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務を負っていたところ,同義務に違反し,故意又は過失により X1らが財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったというべきであるから,地方自治法242条の2第1項4号本文の規定に基づき,損害賠償責任を負う。
(被告の主張)
普通地方公共団体の副市町村長は,長を補佐し,長の命を受け政策及び企画をつかさどり,職員の担任する事務を監督する(地方自治法167条1項)ものであるが,予算執行権は長に専属し(同法149条2号),現金の出納保管等の会計事務は会計管理者の権限とされている(同法170条1項及び同条2項)のであるから,副市長村長は,予算執行に関する事務や会計事務を行う権限を有しない。
また,滝川市事務決裁規程等においても,市長の有する予算執行に関する権限が副市長に委任されていたとみるべき根拠はない。
以上のとおり,副市長であった X3が,滝川市における生活保護の支給決定に関し,財務会計上の行為を行う権限を有していたと認めるべき規定や慣行は存在しないから,同人が本件各支給決定を行う権限を有していたとは認められない。
したがって,X3は,地方自治法242条の2第1項4号本文にいう当該職員に該当しない。
(4) 争点4(X1の財務会計上の違法行為の有無)について
(原告らの主張)
X1は,滝川市長から生活保護の支給決定を行う権限を委任されていたのであるから,X2及び X5が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務を負っていたところ,同義務に違反して故意又は過失により X2及び X5が前記(1)(原告らの主張)のとおり財務会計上の違法行為である支給決定をすることを阻止せず,滝川市に損害を与えたのであるから,地方自治法242条の2第1項4号本文の規定に基づき,損害賠償責任を負う。
(被告の主張)
前記(1)(被告の主張)イ及びウのとおりであるから,X1が故意又は過失により財務会計法規である生活保護法8条に違反する行為をしたということはできない。
(5) 争点5(X2の財務会計上の違法行為の有無)について
(原告らの主張)
X2は,X1の部下として,生活保護費を支給する業務に従事していたのであるから,同業務に従事するに当たり,滝川市に損害を与えないよう誠実に職務を行うべき義務を負っていたところ,前記(1)(原告らの主張)ア及びイのとおりであるから,X2は,同義務に違反して,故意又は過失により滝川市に損害を与えたというべきであり,地方自治法242条の2第1項4号本文の規定に基づき,損害賠償責任を負う。
(被告の主張)
ア X2は,平成18年4月1日前にされた Z1夫婦に対する通院移送費の支給決定には関与していない。
イ X2は,本件各支給決定のうち X1が支給決定をした部分について,同人の部下としての一般的な責任(補佐責任又は補助責任と呼ぶべきもの)を負うにすぎず,極めて限られた場合においてのみその責任が肯定されるというべきところ,前記(1)(被告の主張)イ及びウのとおりであるから,X1には故意又は過失がなかったのであり,したがって,これを補佐して所掌事務を行う立場の部下職員である X2にも,故意又は過失はない。
(6) 争点6(X5の財務会計上の違法行為の有無)について
(原告らの主張)
X5は,X1の部下として,生活保護費を支給する業務に従事していたのであるから,同業務に従事するに当たり,滝川市に損害を与えないよう誠実に職務を行うべき義務を負っていたところ,前記(1)(原告らの主張)ア及びイのとおりであるから,X5は,同義務に違反して,故意又は過失により滝川市に損害を与えたというべきであり,地方自治法242条の2第1項4号本文の規定に基づき,損害賠償責任を負う。
(被告の主張)
X5は,本件各支給決定のうち X1が支給決定をした部分について,同人の部下としての一般的な責任(補佐責任又は補助責任と呼ぶべきもの)を負うにすぎず,極めて限られた場合においてのみその責任が肯定されるというべきところ,前記(1)(被告の主張)イ及びウのとおりであるから,X1には故意又は過失がなかったのであり,したがって,これを補佐して所掌事務を行う立場の部下職員であった X5にも,故意又は過失はない。
(7) 争点7(損害額)について
(原告らの主張)
ア X1の争点1の違法行為によって,滝川市には1億9566万円の損害が発生した。
X2の争点1の違法行為によって,滝川市には1645万円の損害が発生した。
X5の争点1の違法行為によって,滝川市には2675万円の損害が発生した。
イ X4の争点2の違法行為によって,滝川市には2億3886万円の損害が発生した。
ウ X3の争点3の違法行為によって,滝川市には2億3886万円の損害が発生した。
エ X1の争点4の違法行為によって,滝川市には4320万円の損害が発生した。
オ X2の争点5の違法行為によって,滝川市には1億4311万円の損害が発生した。
カ X5の争点6の違法行為によって,滝川市には5250万円の損害が発生した。
(被告の主張)
原告らの主張は争う。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
(1) 滝川市における生活保護の支給の仕組み等
ア 生活保護事務に関する職員の事務分掌(甲1・8,10,11頁,甲46・2,3頁)
(ア) 福祉事務所長は,保健福祉部長を兼ねており,生活保護法19条4項の規定による委任を受けて,生活保護の決定及び実施に関する事務の全部(ケース診断会議の総括管理,100万円を超える扶助費の支出負担行為の承認等)を行う。
(イ) 生活保護に関する事務は,保健福祉部に設置された福祉課の保護グループが取り扱っている。福祉課には,福祉課長,副主幹,主査及び主事が配置されている。
福祉課長は,保護業務の監督指導,100万円以下の扶助費の支出負担行為の承認等を行う。
福祉課の主査は,社会福祉法15条3項に規定する指導監督を行う所員(以下「査察指導員」ということがある。)を兼ねており,現業を行う所員の指揮監督,医療扶助の把握と問題点の分析,指定医療機関,関係機関等との連絡調整等を行う。
福祉課の主事は,社会福祉法15条4項に規定する現業を行う所員(以下,同課保護グループの主事を「ケースワーカー」ということがある。)を兼ねており,被保護世帯への対応(訪問,調査,相談,助言,ケース記録作成等),主治医及び嘱託医との医療扶助の検討等を行う。
(ウ) 嘱託医は,指定医療機関と福祉事務所との橋渡し,査察指導員及びケースワーカーからの問題提起に応え必要な指導・助言を行うこと,医療要否意見書,給付要否意見書等の検討を通じ気付いた点をケースワーカーに知らせ決定実施を誤りなく行わせること等の業務を行う。
イ 医療扶助の支出の仕組み
(ア) 医療の要否に関する意見聴取
被保護世帯は,医療扶助を申請し,ケースワーカーから医療券の交付を受けた上で,医療機関(主治医)を受診する。ケースワーカーは,主治医から申請者の所見を聴取することによって,病状把握を行う。ケースワーカーは,主治医の所見を基に,嘱託医から医療の要否に関する意見を聴取する。
医療要否意見書(Z1につき乙4,Z2につき乙5)は,治療の要否を確認するための書面であり,医療扶助開始時及び継続時(3ないし6か月ごと)に徴取する。通常は,ケースワーカー及び査察指導員が確認を行うが,医療扶助に変更が生じる場合等には,ケース台帳に記載されて福祉課長の決裁を経る。
医療扶助検討票(Z1につき乙6,Z2につき乙7)は,ケースワーカーが主治医と面談し,病状,治療方針,就労の可否等を確認して報告するための書面である。
(甲1・15頁,甲46・5頁,乙4ないし7)
(イ) 医療扶助の給付の要否に関する意見聴取等
ケースワーカーは,被保護世帯を通じて,主治医の給付要否意見書及び取扱業者の見積書を取得する。ケースワーカーは,給付要否意見書及び取扱業者の見積書を基に,嘱託医から医療扶助の給付の要否に関する意見を聴取する。
給付要否意見書は,治療材料,移送の要否及び所要経費の見積りを主治医及び取扱業者に確認するための書面であり,必要がある都度発行される。
(甲1・16頁,甲46・5頁)
(ウ) 経理事務関係業務
ケースワーカーは,世帯ごとの扶助費の計算票である保護決定調書を作成し,査察指導員に提出する。査察指導員は,経理事務を行う権限を有する庶務担当に対し,保護決定調書を交付する。庶務担当は,支出負担行為に係る伺書及び支出命令書を作成した上,これらを保護決定調書と共に副主幹に交付する。副主幹は,これらの書面を福祉課長に提出する。100万円以下の扶助費の支出については,福祉課長の専決によって処理されるが,100万円を超える扶助費又は保護の停廃止に係るものについては,福祉事務所長の決裁を経ることになる。(甲1・14頁,証人 X1・22,23頁)
(2) 高規格ストレッチャー対応型タクシー
高規格ストレッチャー対応型タクシーとは,主に寝たままの状態で移動しなければならない場合に利用されるタクシーである(国土交通省の免許等を要する。)。原則として,少なくとも運転を担当する乗務員1名と患者の介護及び観察を担当する乗務員1名とが乗務する。搭載資器材は多種にわたり,酸素供給装置,吸引装置,点滴管理資器材,各種モニター等,救急車に劣らない装備が備えられている。(甲1・19頁)
(3) Z1に対する通院移送費の支給の経緯
ア Z1夫婦は,平成9年,滝川市福祉事務所長に対して生活保護の支給を申請し,平成17年5月に札幌市α区に転出するまで,一時的に辞退した期間を除いて生活保護の支給を受けていた(甲1・17頁,甲46・3頁)。
イ Z1夫婦は,平成17年5月,札幌市α区に転出し,同区においても生活保護の支給を受けた。
α区福祉事務所は,Z1が滝川市立病院に通院する際,平成17年10月27日分の通院移送費として20万3170円を,平成18年2月24日分の通院移送費として20万円をそれぞれ支給した。
札幌介護福祉交通がα区福祉事務所に提出した請求書(以下「α区に提出された請求書」という。)には,平成18年5月1日以降に滝川市福祉事務所に提出した同年4月30日付け以降の請求書(乙1の1及び2)と異なり,金額等が印字され,法人(札幌介護福祉交通)名義の振込先口座が記載されていた。
(甲1・41頁,甲46,乙26,証人 X7・39頁)
ウ Z1夫婦は,平成18年3月13日,滝川市へ転入し,同日,Z1は,滝川市福祉事務所長に対して生活保護の支給を申請した。
Z1は,上記申請の際,北大病院第一内科の Y2医師の診断書(「C型肝硬変に伴う肝肺症候群,慢性呼吸不全(重症)」によって,「在宅酸素療法を施行中。最低月1回の通院診察,週1回のリハビリ治療を要す」,「移送に関しては民間救急車等の設備が充実したものが望ましい。(札幌介護福祉交通など)」と記載されたもの)を持参し,高規格ストレッチャー対応型タクシーを利用して札幌市に所在する北大病院に通院したいなどと述べた。
そこで,滝川市福祉事務所の担当者は,Y2医師に対して面会を申し入れ,平成18年3月30日に同医師と面会することとしたほか,北大病院精神神経科の Y1医師及び同病院耳鼻咽喉科の Y6 医師に対し,医療扶助検討票の用紙を送付して,必要事項を記載した上で返信するよう依頼した。
(甲1・17頁,甲47・2ないし5,13頁,乙6)
エ 滝川市福祉事務所の担当者は,平成18年3月16日,Z1の主治医であった滝川市立病院の Y3医師から,Z1に関する医療の要否等の意見を聴取した(甲1・18頁,乙6)。
(ア) Y3医師の所見を記載した医療扶助検討票(乙6)には,次のとおりの記載がある。
北大病院第三内科(Y7医師)で肝硬変の治療を受けていたが,主治医の治療方針と Z1の意見とが合わず,転院となった。Z1は,北大病院で強力ミノファーゲン(以下「強ミノ」という。)を毎日注射するよう希望していたが,主治医の診断によると,肝機能の数値は正常値で安定していて毎日注射をする必要はなく,状況を見ながら回数等を減らしたいとのことであった。しかしながら,Z1から,体調の維持向上には毎日注射をすることが必要であり,精神的な安心感にもつながっているとの申立てがあった。なお,現在 Z1の体調がよくないのは主として肝肺症候群によるものであり,症状としてもかなり重度であるが,酸素による対症療法しかない。
Z1の状態は非常に悪く,いつ急変してもおかしくない状態ではある。現状,日常的に妻等の付き添いを必要とする。滝川市立病院の通院に関し,病状が重く歩行困難で車椅子を常時使用していることから車椅子のまま乗れるタクシーの利用についてはやむを得ないが,札幌で利用していたストレッチャーで利用するタクシーについては,通院時間が10分程度であり,病院到着後は車椅子に座ったままであることを考えても現時点では必要がない。
(乙6)
(イ) Y3医師が作成した平成18年3月16日付け給付要否意見書には,移送の給付を要するが,滝川市立病院まで10分程度のためストレッチャー寝台車までは必要がない旨の記載がある(乙8)。
オ Z1は,平成18年3月17日,生活保護の支給決定がいまだされていない時点で,札幌介護福祉交通の高規格ストレッチャー対応型タクシーを利用して,北大病院への通院を開始した(甲1・18頁)。
カ(ア) 滝川市福祉事務所は,平成18年3月22日に開催されたケース診断会議において,Z1に対して生活保護の支給を開始するか否かを検討し,その結果,同事務所長は,Z1に対し,「最低生活維持困難,医療費支払い困難」との理由で,申請時である同月13日に遡って生活保護を支給する旨の決定をした(甲1・17,18頁,甲47・5頁)。
上記ケース診断会議においては,高規格ストレッチャー対応型タクシーによる札幌市内への通院移送費の支給を認めるべきか否かも問題になったが,主治医(北大病院第一内科の Y2医師)に確認してからでなければ判断できないとされ,結論には達しなかった(甲47・5,6頁)。
(イ) 滝川市福祉事務所は,平成18年3月,滝川警察署に対し,Z1が暴力団員であるか否かについて確認したところ,この時点では暴力団員でないとの回答を得た。滝川市福祉事務所は,Z1が元暴力団員であったことを把握していたことから,平成18年度,Z1の保護案件を暴力団関係ケースに分類した。
また,滝川市福祉事務所は,Z1の保護案件を居宅訪問の必要回数が最も多いA格付け(月に1回以上の居宅訪問を要する世帯をいう。)とした。(甲1・17頁,証人 X8・7,8,11頁,証人 X7・7ないし9頁,証人 X1・15,26頁)
(ウ) 滝川市福祉事務所は,Z1に対する生活保護の支給決定に当たり,預貯金の調査を行ったが,高額の預貯金は確認されなかった(証人 X8・8頁)。
キ 滝川市福祉事務所の担当者は,平成18年3月30日,北大病院第一内科の Y2医師を訪問し,Z1の病状,北大病院への通院の必要性,高規格ストレッチャー対応型タクシーの利用の必要性等について確認した。
Y2医師の所見を記載した医療扶助検討票には,次のとおりの記載がある。
Z1の傷病名は,肝肺症候群及び重度慢性呼吸不全である。
ここ1年間はかなり悪い状態で横ばい状態である。通常,血中酸素は95%あるが,Z1の場合は83%と非常に低い。Z1としてはかなり辛い状態だと思うし,軽い肺炎でも致命傷になる可能性がある。北大病院以外での治療についても可能だとは思うが,現在,精神力で辛い状況を乗り切っている状態であり,週1回の通院は,Z1の精神の安定を考えると必要だと思う(通常は月1回の通院でよいが,ストレスを与えることは非常に良くない。)。現在使用しているストレッチャー対応型のタクシーは,Z1の血中酸素量を考えると必要である。今後,Z1との話合いの上で通院回数を減らす方向で検討していくことも考えている。
(甲47・4頁,乙6)
ク(ア) 滝川市福祉事務所長は,平成18年3月31日,Z1に対し,同月17日に遡り,高規格ストレッチャー対応型タクシーによる北大病院への通院移送費(1回20万円)を支給する旨の決定をした(甲1・18,19頁)。
(イ) 滝川市福祉事務所の担当者は,上記(ア)の決定に当たり,札幌介護福祉交通のホームページ(「民間救急車 札幌介護福祉交通」と題するもの)を閲覧して確認した。
当該ホームページには,「札幌発地←→道内主要都市 料金表(目安)」として「滝川 約50,000円位」との記載があるほか,「(A メーター運賃)+(B ケアサポート介助員派遣,その他)=(利用料金)」として,「【A】運賃」につき「貸切30分毎 4,430円」,「ストレッチャー使用 運賃の2割増」,「【B】ケアサポート介助員派遣料」につき「市外・貸切(1名 30分毎) 1,500円」との記載がある。(甲47・11頁,乙26,証人 X7・17ないし21頁)
(ウ) 滝川市福祉事務所の担当者は,上記(ア)の決定前に,α区福祉事務所から「要保護者の転出について」と題する書類を受領していたところ,当該書類にはα区に提出された請求書(前記イ参照)が含まれていた(甲47・3ないし5,14頁)。
ケ(ア) 北大病院精神神経科の Y1医師の所見を記載した平成18年3月30日付け医療扶助検討票には,次のとおりの記載がある。
肝肺症候群,重度慢性呼吸不全,C型肝硬変等の重篤な内科疾患を抱えており,そのことへの不安,焦燥があり,今後も精神科的加療の継続が必要であり,1か月に2回程度の通院が必要である。
北大病院内科での加療が継続されていることや,通院の利便性を向上させ,患者への負担を減らす目的でも同一施設での総合的加療が望ましいことから,北大病院での受診・治療が必要である,C型肝炎後の肝硬変に基づく重症慢性呼吸不全により体力低下が著しいため,車椅子対応型タクシーによる通院が必要である。
(乙6)
(イ) 北大病院耳鼻咽喉科の Y6 医師の所見を記載した平成18年3月31日付け医療扶助検討票には,乾燥性鼻炎によって定期的に鼻内痂疲の除去を要する(自己にては不可)ため,1か月に三,四回程度の通院が必要である,肝肺症候群及び慢性呼吸不全に対しては北大病院内科で治療されており,内科との併科治療,経過観察が望ましいと考えられるため,北大病院での受診・治療が必要である,ストレッチャー対応型タクシー通院については,耳鼻咽喉科のみでは不要であり,内科疾患による必要性があるとの記載がある(乙6)。
コ 平成18年4月1日,滝川市福祉事務所の職員が交代し,X1が福祉事務所長に,X2が福祉課長に,X7 が査察指導員に,X8が Z1を担当するケースワーカーにそれぞれ就任した(甲46・2頁,甲49・1,2頁,証人 X2・3頁,証人 X1・10頁)。
X8は,前任者から,Z1について,他の保護案件の40倍くらい苦労する旨告げられた(甲49,証人 X8・9ないし11頁)。
サ Z1は,平成18年4月3日,札幌介護福祉交通に対してタクシー代を立替払いしたとして,滝川市福祉事務所に120万円分の領収証を持参し,通院移送費の支給を求めた。
X8は,Z1に対する通院移送費については支給する方向で決まっているものであると考えて,特別な調査をすることなく支給の手続をとった。X2は,自ら着任する前の福祉事務所としての決定の範囲であると考えて,医療扶助検討票等について検討することなく決裁をした。また,X1は,担当者から,3月に決定をしていることなので支出をしなければならないなどと説明を受け,120万円を支給する旨の決定をした。
(甲1・21,22頁,甲49・2,3頁,甲51・2,3頁,乙1の1,証人 X8・12ないし14頁,証人 X7・22,23頁,証人 X2・3,6ないし8頁,証人 X1・10,11頁)
シ X8は,平成18年4月4日,Z1の主治医であった滝川市立病院の Y3医師を訪問した(乙6)。
(ア) Y3医師の所見を記載した医療扶助検討票には,次のとおりの記載がある。
強ミノは現在週3回注射している。回数は,肝機能の数値が安定していることから,十分すぎる。本人が毎日を希望しているのは精神的な安心感が欲しいからであろう。無駄に注射することで効き目が悪くなることも考えられることなどから,毎日注射する必要はない。ペグインターフェロンは,病状及び数値が安定している現状では必ずしも投与する必要性はない。また,肝硬変については保険対象外となっている。
(乙6)
(イ) Y3医師が作成した医療要否意見書には,Z1について,C型肝硬変,肝肺症候群及び食道静脈瘤によって入院外医療を要すると認める旨の記載がある。
(乙4)
ス(ア) Z1は,平成18年4月24日,札幌介護福祉交通に対してタクシー代を立替払いしたとして,滝川市福祉事務所に220万円分の領収証を持参し,通院移送費の支給を求めた。
滝川市福祉事務所は,Z1に対し,立替払いに係る原資について確認したところ,Z1は,知人から金を借りて支払った旨の回答をした。滝川市福祉事務所長(X1)は,それ以上の確認をすることなく,220万円を支給する旨の決定をした。
ただし,滝川市福祉事務所は,Z1に対し,以後は札幌介護福祉交通に直接支払う形式で通院移送費を支給するため,立替払いをしないよう指示した。
(乙1の1,証人 X8・14ないし16頁,証人 X7・23,24頁,証人X2・13頁,証人 X1・18頁)
(イ) 上記(ア)を受けて,平成18年5月1日以降に札幌市介護福祉交通が滝川市福祉事務所に提出した同年4月30日付け以降の請求書(乙1の1及び2)には,振込先口座が記載されておらず,その代わりに,札幌介護福祉交通は,滝川市福祉事務所に対し,代表者の個人名義の銀行預金口座を振込先口座とする書面を提出した。
滝川市福祉事務所は,同年5月頃,会計課の担当者による依頼を受け,札幌介護福祉交通に対し,法人名義の銀行預金口座がないのかについて確認したところ,同社の担当者は,法人名義の銀行預金口座はない旨の回答をした。
(甲1・22頁,乙1の1及び2,弁論の全趣旨)
セ(ア) X8は,平成18年5月頃,X7 の指示を受け,Z1に対して他の業者による見積書を提出するよう促したところ,Z1は,6時間30分で18万9400円(高速料金,介助員派遣料を除く。)とする他の業者の見積書を提出した。
滝川市福祉事務所は,上記見積書について,8時間換算にすると23万3107円となること,介助員派遣料を含んでいないことから,介助員派遣料を含めて8時間で20万円とする札幌介護福祉交通の料金の方が安価であると判断した。
(甲1・20頁,甲49・4,5頁)
(イ) X8は,平成18年5月頃,Z1に対し,札幌介護福祉交通の見積書も提出するよう促したところ,札幌介護福祉交通は,滝川市福祉事務所に対し,同年6月18日付けの見積書(介助員派遣料を含めて8時間で20万円)を提出した。
札幌介護福祉交通は,平成18年5月下旬頃からは,滝川市立病院を経由する場合には2万円を加算し,同年6月上旬からは,KKR札幌医療センターを経由する場合には5万円を加算して請求するようになった。
札幌介護福祉交通は,その後も,通院先の病院が1つ増えるごとに,5万円を加算した金額を請求するようになった。
(甲1・20頁,甲49・4,5頁)
ソ(ア) Z1は,平成18年6月以降,滝川市立病院の Y3医師と治療方針が合わないことを理由に,KKR札幌医療センターにおいて強ミノの注射を受けることとした(甲1・23頁,乙4,乙6)。
(イ) 滝川市福祉事務所の嘱託医であった滝川市立病院の Y8医師は,平成18年6月1日,滝川市福祉事務所長の求めを受け,同日以降の Z1に対する医療の要否に関する医療要否意見書を作成した。
当該意見書には,Z1について,「傷病名又は部位」として,C型肝硬変及びこれによる肝肺症候群,「主要症状及び今後の診療見込」として,「在宅酸素施行中であるが,今回患者の希望で,札幌市の病院で治療を受けており,病状から,重複的な治療を行うことには責任が持てない。救急的な医療には対応するが,その他については,主治医に対応してもらいたい」,入院外医療を要すると認める旨の記載がある。
(乙4)
(ウ)a 北大病院第一内科の Y2医師は,平成18年6月7日,滝川市福祉事務所長の求めを受け,同月1日以降の Z1に対する医療の要否に関する医療要否意見書を作成した。
当該意見書には,Z1について,「傷病名又は部位」として,肝肺症候群,肝硬変症及び慢性呼吸不全,「主要症状及び今後の診療見込」として,月1回の通院(近医又は当科)を要する,入院外医療を要すると認める旨の記載がある。
(乙4)
b Y2医師が作成した平成18年6月9日付け給付要否意見書(所要経費概算見積書)には,Z1について移送の給付を要する,座位では呼吸苦が増悪してしまうためストレッチャー寝台車が必須である旨の記載がある。
(乙8)
タ X8は,平成18年夏頃から Z1がほとんど毎日KKR札幌医療センターに通院するようになり,同人に支給した通院移送費が高額になっていたことから,常識的に考えておかしいのではないかと思うようになり,同人の主治医からその病状等を聴き取ることとした(甲49・7ないし9頁)。
(ア) X8は,平成18年8月17日,KKR札幌医療センター内科の Y9医師を訪問し,Z1の病状について確認した。
a Y9医師の所見を記載した医療扶助検討票には,次のとおりの記載がある。
傷病名は慢性肝硬変である。
上記傷病により現在服薬治療と注射(強ミノ)による治療を行っている。強ミノについては本人の希望により毎日注射している。医学的にいえば毎日の注射は必要ないが,肝硬変に打って悪いものではないし,毎日打つことによって本人が安心するというのであれば,病院として拒むことはできないし,断る理由もない。現在病状は安定しているが,もしかしたら毎日注射を打っていることによって正常なのかもしれず,病院で制限はできない。本人には副作用が出れば注射をやめると言ってある。病状的に入院の必要はなく通うのが大変であれば地元の病院で治療すればよい話である。別に当院でなければ治療できないわけではない。また,生活保護制度上,毎日の通院が頻回受診に当たるかといえば,それは頻回になると思う。
(乙6)
b Y9医師は,平成18年9月29日,滝川市福祉事務所長の求めを受け,同月1日以降の Z1に対する医療の要否に関する医療要否意見書を作成した。
当該意見書には,Z1について,傷病名をC型肝硬変,肝肺症候群及び慢性呼吸不全とし,「主要症状及び今後の診療見込」として,「上記病名にて通院中症状は比較的安定しているが今後も治療が必要である」,入院外医療を要すると認める旨の記載がある。
(乙4)
(イ) X8は,平成18年9月6日,北大病院精神神経科の Y1医師を訪問し,Z1の病状について確認した。
Y1医師の所見を記載した医療扶助検討票には,次のとおりの記載がある。
傷病名は,心因反応(適応障害)である。
病気としては,心因反応(適応障害)ということになる。
治療としては主にカウンセリングで,薬は鬱をとるのに安定剤を出している程度である。病状的にいえば月3回ほどの通院が目安だが,本人が自分で持たないと思えば来るのであって,来るなとは言えないし,現在の通院で心の健康のバランスがとれているなら滝川に病院を変えろとも言えない。通院に関しては奥さんとうまくいっていないようで,家から逃げたいという要素もあるのだろう。現実から逃れることでバランスをとっているのだと思う。性格的に最初に縛りをかけておいて少しずつ取り除くのなら良いのだが,最初に与えておいて後からいろいろ縛りをかけるとトラブルになるのは目に見えており,今現在の通院でトラブルになっていないなら現状を維持した方がよいと思う。
(乙6)
(ウ) X8は,平成18年9月12日,北大病院第一内科の Y2医師を訪問し,Z1の病状について確認した。
Y2医師の所見を記載した医療扶助検討票には,次のとおりの記載がある。
現在,肝肺症候群(在宅酸素)の関係はKKR札幌医療センターで行っており,北大病院ではタッチしていない。現在,第一内科では医療的に何もしておらず,食事の上での注意点やアレルギーや風邪の薬を出しているくらいである。医学的には通院の必要はなく,大学病院でする治療もないのだが,本人は話をするだけで楽になるようで,来るのが生き甲斐という面があるため,来るなとも言えない。
肝肺症候群は治療方法がなく,酸素を吸入するしかない。本人の肺の状態からいえば,あの血中酸素量では寝たきりでもおかしくはなく,出歩くのはリスクがある。あの状態で出歩いているのが信じられないくらいで,気持ちががっくり来れば動けなくなることも考えられる。
(乙6)
(エ) 滝川市福祉事務所は,前記(ア)ないし(ウ)の医師の意見等を受け,Z1に対する通院移送費の支給を継続することとした(甲1・23頁,甲49・9頁)。
(4) Z2に対する通院移送費の支給の経緯
ア Z1は,平成18年10月頃,めまいの症状で北大病院へ通院していた Z2についても,高規格ストレッチャー対応型タクシーを利用したいと申し出た(甲1・24,25頁,乙5,乙7)。
イ(ア)a 北大病院耳鼻咽喉科の Y5医師が作成した平成18年11月24日受付の意見書には,次のとおりの記載がある。
2年前からめまいがあり,投薬及び注射による治療を行っている。
頻度は毎週一,二度の受診をしている。北大病院以外の滝川市近郊の病院での受診・治療の可否については,滝川市の状況が把握できないので不詳である。北大病院の他科にも受診しているため,常識的には同病院の耳鼻咽喉科を受診するのが便利であると考える。めまい症状があるため,普通乗用車型のタクシーを要する。
(乙7)
b Y5医師が作成した平成18年12月1日付け給付要否意見書(所要経費概算見積書)には,傷病名をめまいとして,2年前からめまい症状がある,当科にて精査加療をすすめる,「タクシー(ストレッチャー)」について,1か月に16日の移送の給付を要する旨の記載がある(乙9)。
(イ) 北大病院精神神経科の Y1医師が作成した平成18年11月24日受付の意見書には,次のとおりの記載がある。
傷病名は身体表現性障害である。
家庭内でのストレス等により自律神経失調状態となり,めまい,耳鳴り等の症状が出現し,抗不安薬中心の薬物療法及び精神療法を要する。
北大病院以外の滝川市近郊の病院での受診・治療の可否については,条件付きではあるが可能である。Z1ともども滝川市内の病院に対する不信感が強い。Z1は内科疾患加療の現状からみると,札幌での加療継続をせざるを得ないと考えられるが,Z2の病状からすると,当科での加療によりある程度症状が落ち着けば,滝川市近郊での加療に切り換えていくことは可能と考える。
タクシー通院は,条件付きであるが不要である。本人自身の通院のためにタクシー利用は不要と考えるが,夫の札幌通院の際に同車という形での移動ということであれば。夫の頻度より少ない形で可とするのが現実的のように思われる(本人については2週に1回程度の通院でよいと考える。)。
Z2については,たとえ当科を希望したとしても,2週に1回の通院で十分と考える。将来は,滝川市近郊のクリニック等へ移っていただくのが適当と考える。
(乙7)
(ウ) 北大病院第三内科の Y7医師が作成した平成18年11月24日受付の意見書には,次のとおりの記載がある。
傷病名はC型肝炎である。
肝機能障害があり,C型肝炎と診断し,IFN治療を含めた加療が必要である。
北大病院以外の滝川市近郊の病院での受診・治療の可否については,可能であるが,Z2が滝川市立病院に対して強い不信感がある。
タクシー通院は不要である。
(乙7)
(エ) 北大病院耳鼻咽喉科の Y10医師が作成した平成18年10月27日付け給付要否意見書(所要経費概算見積書)には,Z2について,2年前からのめまい症状があり,当科にて精査加療を要するとして,「タクシー(ストレッチャー)」について1か月に4日の移送の給付を要する旨の記載がある。
また,Y10医師が作成した平成18年11月10日付け給付要否意見書(所要経費概算見積書)には,おおむね上記意見書と同様の記載があるが,こちらの意見書においては,1か月に8日の移送の給付を要する旨の記載がされている。
(乙9)
(オ) 北大病院精神神経科の Y1医師が作成した平成18年11月9日付け給付要否意見書(所要経費概算見積書)には,傷病名を身体表現性障害として,ストレスによりめまい,頭痛等の激しい症状が出現する,長期加療を必要とする,治療に必要な通院頻度としては1か月に2ないし4日,タクシーによる移送の給付を要する旨の記載がある(乙9)。
ウ 滝川市福祉事務所長(X1)は,平成18年10月27日,Z2についても高規格ストレッチャー対応型タクシーによる通院移送費(1回20万円)を支給する旨の決定をした(甲1・25,26頁)。
(5) 通院移送費の値上げ
札幌介護福祉交通は,平成18年10月,Z1及び Z2の高規格ストレッチャー対応型タクシーの料金を1回25万円(救急ストレッチャー仕様往復移送費(8時間貸切)2万7500円×8時間,介助・ドライバー派遣料(乗降・見守介助等)3750円×8時間×2名,値引き3万円)に値上げしたいと申し出,福祉事務所は,同年11月分から,1回25万円に値上げすることを認めた(甲1・24,26頁,乙26)。
(6) 通院移送費の架空請求
Z1夫婦は,前提事実(4)の還流により取得した金員を用いて,札幌市に所在するマンションを賃借したり,札幌市内のホテルに宿泊したりするなどしていたところ,これらのマンションやホテルから直接札幌市内の病院に通院した場合にも,通院移送費の支給を受けていた(甲66,甲67,甲75ないし77)。
(7) Z1夫婦による通院移送費の詐取の発覚の経緯
ア X2は,平成18年12月,滝川市会計管理者であった X6から,Z1夫婦の保護案件について問い合わせを受けた(証人 X2・20頁)。
イ X4は,この頃,X9監査委員から,Z1夫婦の保護案件について注意を喚起された(証人 X1・30頁,弁論の全趣旨)。
ウ 滝川市福祉事務所は,平成19年1月16日,北海道による事務監査を受けた際,Z1夫婦の保護案件について相談したところ,北海道は,問題がない旨の回答をした(甲1・43頁,証人 X8・2,3頁,証人 X7・4,5頁,証人 X2・4,5,21頁,証人 X1・5,6,29,30頁)。
エ 滝川市の X10監査委員は,平成19年2月,Z1夫婦の保護案件について調査を開始した(甲1・43頁,証人 X2・22頁,証人 X1・31,35頁,証人 X4・12,13頁)。
オ X10監査委員は,平成19年5月,X3に対し,Z1夫婦の保護案件について問題点を指摘した。
X3は,平成19年5月22日,X1に対し,下記(ア)及び(イ)の書面を含む資料一式(乙26)を交付し,対応を指示したほか,その二,三日後,X4に対し,その指示内容等について報告した。
(甲1・43頁,乙26,証人 X8・3ないし5頁,証人 X7・5,6頁,証人 X2・5,23,24頁,証人 X1・6,31,32頁,証人 X4・22ないし24頁)。
(ア) 「医療扶助通院移送費の検証について」と題する書面
a 医療扶助通院移送についての疑義
(a) 移送費の請求が過大ではないか
平成18年度の Z1の通院日数は291日,移送費請求金額は8701万円であり,Z2の通院日数は84日,移送費請求金額は2200万円であって,合計1億0901万円が支給されている。
一般的な個人が支払う移送費としては考えられない。
請求金額と見積金額との整合性がない。
(b) 医師の診断書が妥当か
紹介病院,投薬日数,移送方法及び Z2と Z1の見積金額が同じことに疑義がある。
(c) 移送費支払方法の疑問
移送費の業者払いが会社の代表者の個人名の口座となっている(札幌市在住時の移送会社への振込口座と異なる。)。
請求書が手書きであり,持参されている(札幌市在住時はパソコン処理の請求書であった。)。
(d) 以上からすると,移送費が移送会社の売上計上になっていないのではないか。移送費が利用者である Z1に還流しているのではないか。
b 道の見解
1月の道の監査時に個別案件として相談をしたが,医師の診断による措置であり問題はないとされた。
c 担当課の意見等
移送費も多額であり,札幌の通院に関し問題意識はある。
移送費の請求内訳(移動時間等)を求めているが,提出されていない。
Z2の移送方法等については何とかしたい。
d 調査,確認等が考えられる事項
移送会社に請求明細の提出を強く求める。
国,道への対応協議を行う(通常の移送費としては現実離れしていることによる指導を強化する。)。
医師の診断書について状況把握をする(近郊病院,入院等による治療の可否を検討する。適切な移送方法を検討する。)。
移送会社の変更の可否を検討する。
運輸局から情報を入手する。
税務署等の調査を依頼する。
(イ) 「料金の算出(8時間利用)」と題する書面
当該書面には,次のとおりの記載がある。
「貸切 30分毎 4,430円×2×8H=70,880円
ストレッチャ利用 70,880円×1.2=85,056円 ①
介護有資格者運転手派遣料 4000円 ②
30分毎の介護料 1,500円×2×8H=24,000円 ③
酸素吸入利用 ? ④
① +②+③=113,056円+④=?
1か所 250,000円
2か所 300,000円→2時間超過分
3か所 350,000円→4時間 〃
5か所 450,000円→8時間 〃
1日16H 朝7時出発~夜11時まで
受診できる?」
カ 滝川市福祉事務所は,平成19年5月22日,Z1夫婦の保護案件について,滝川市の顧問弁護士に相談した(甲1・43頁,証人 X2・24頁,証人 X1・32頁)。
また,滝川市福祉事務所は,平成19年5月31日,Z1夫婦の保護案件について所内協議を行った上,同年6月1日,滝川警察署に相談した(甲1・41,43頁,証人 X2・25頁,証人 X1・32頁)。
キ 滝川市福祉事務所は,平成19年6月8日,札幌介護福祉交通に対し,請求書に運行表を添付するよう求めたほか,振込先口座を法人名義の口座に変更するよう再度求めるなどした(甲1・29,43頁,甲46,甲83)。
ク X8は,平成19年7月から同年8月にかけて,円山リラクリニック,ていね耳鼻咽喉科クリニック,KKR札幌医療センター,北大病院精神神経科及び耳鼻咽喉科等の医師から,医療の要否,通院移送費の給付の要否等に関する意見を聴取するなどした(甲1・43頁,乙7)。
ケ 滝川市福祉事務所は,平成19年11月16日,滝川警察署に対し,Z1夫婦による通院移送費の詐取に係る詐欺の疑いで被害届を提出した(甲1・44頁)。
コ 滝川警察署の警察官は,平成19年11月19日,通院移送費の詐取に係る詐欺被疑事件について,Z2を逮捕した。滝川市福祉事務所は,同日,Z2に対する生活保護の支給を停止した。(甲1・17,44頁)
サ 滝川警察署の警察官は,平成19年11月21日,通院移送費の詐取に係る詐欺被疑事件について,Z1を逮捕した。滝川市福祉事務所は,同日,Z1に対する生活保護の支給を停止した。(甲1・17,44頁)
シ 滝川市福祉事務所長(X1)は,平成19年12月29日,Z1夫婦に対する生活保護の支給を廃止する旨の決定をした(甲1・44頁)。
2 争点1(X1,X2及び X5の支給決定の違法及び同人らの故意又は重過失)について
(1) X1及び X2について
ア 前記前提事実(3)アのとおり,Z1に対しては,平成18年4月に340万円の,同年5月に320万円の,同年6月に563万円の,同年7月に657万円の,同年8月に590万円の,同年9月に564万円の,同年10月に637万円(7か月で合計3671万円)の各通院移送費が支給されていたところ,これらの支給額は,他の生活保護受給者の場合と比較しても突出して高額のものであって(証人 X1・12,29頁),Z1に対する平成18年10月までの通院移送費の支給は,これらの支給額自体からみて,極めて異常なものというほかない。
イ また,前記認定のとおり,Z1は,平成18年4月3日,札幌介護福祉交通に対して120万円分ものタクシー代を立替払いしたとして,その領収証を滝川市福祉事務所に持参し(前記認定事実(3)サ),同月24日にも,同社に対して220万円分ものタクシー代を立替払いしたとして,その領収証を持参した(前記認定事実(3)ス(ア))というのであるところ,生活保護の支給を受ける者が1か月に340万円もの現金を支払う資力を有していたというのも,極めて異常な事態であるというべきである。
ウ さらに,Z1の通院の頻度については,前記認定のとおり,医師の意見をみても,①調査年月日を平成18年3月16日とする医療扶助検討票には「主治医の判断によると,肝機能の数値は正常値で安定していて毎日注射をする必要はなく」との記載(前記認定事実(3)エ(ア))が,②調査年月日を同月30日とする医療扶助検討票には「週1回の通院は,Z1の精神の安定を考えると通院は必要だと思う」,「今後,Z1との話合いの上で通院回数を減らす方向で検討していくことも考えている」との記載(前記認定事実(3)キ)が,③調査年月日を同日とする医療扶助検討票には「1か月に2回程度の通院が必要である」との記載(前記認定事実(3)ケ(ア))が,④調査年月日を同年4月4日とする医療扶助検討票には「毎日注射する必要はない」との記載(前記認定事実(3)シ(ア))が,⑤Y2医師作成の同年6月7日付け意見書には「月1回の通院(近医又は当院)を要する」との記載(前記認定事実(3)ソ(ウ)a)が,⑥調査年月日を同年8月17日とする医療扶助検討票には「医学的にいえば毎日の注射は必要ない」,「生活保護制度上,毎日の通院が頻回受診に当たるかといえば,それは頻回になると思う」との記載(前記認定事実(3)タ(ア)a)が,⑦調査年月日を同年9月6日とする医療扶助検討票には「病状的にいえば月3回ほどの通院が目安だ」との記載(前記認定事実(3)タ(イ))が,⑧調査年月日を同月12日とする医療扶助検討票には「医学的には通院の必要はなく,大学病院でする治療もない」との記載((前記認定事実(3)タ(ウ))がそれぞれされていたことからすると,Z1については,多くとも週1回程度の通院が必要とされていたにすぎないことが容易に判明したといえるところ,前記前提事実(3)アのとおり,Z1は,平成18年4月には20日の,同年5月には18日の,同年6月には22日の,同年7月には29日の,同年8月には25日の,同年9月には19日の,同年10月には25日の各通院をしていたものであり,X1及び X2においては,同年10月の時点で,Z1が明らかに極めて過剰といえる程度の頻回の通院をしていたことを容易に認識し得たというべきである(現に,X8は,Z1が平成18年夏頃からほとんど毎日KKR札幌医療センターに通院することにつき常識的に考えておかしいと思っていた(前記認定事実(3)タ)ものである。)。
エ 他方,前記認定のとおり,α区福祉事務所に提出された Z1の通院移送費に係る請求書には,法人(札幌介護福祉交通)名義の振込先口座が記載されていたところ(前記認定事実(3)イ),滝川市福祉事務所は,Z1に対する通院移送費の支給決定(平成18年3月31日付け)がされる前に当該請求書を入手していた(前記認定事実(3)ク(ウ))のであるから,X1及び X2は,札幌介護福祉交通が法人名義の銀行預金口座を有していることを容易に認識することができ,そうすると,X1及び X2において,平成18年5月1日以降に札幌介護福祉交通が滝川市福祉事務所に提出した請求書に振込先口座が記載されておらず,その代わりに,札幌介護福祉交通が滝川市福祉事務所に対して同社の代表者の個人名義の銀行預金口座を振込先口座とする書面を提出していたこと(前記認定事実(3)ス(イ))に疑問を抱き,同月頃にされた法人名義の銀行預金口座がない旨の札幌介護福祉交通の回答(前記認定事実(3)ス(イ))が虚偽であることを認識することは,極めて容易であったというべきである。
オ また,滝川市福祉事務所は,Z1に対する通院移送費の支給決定(平成18年3月31日付け)がされるに当たり,札幌介護福祉交通のホームページを閲覧して確認していたところ(前記認定事実(3)ク(イ)),当該ホームページに記載された計算式によると,高規格ストレッチャー対応型タクシーを8時間借り切った場合の利用料金について,ケアサポート介助員派遣料を含めて11万3056円と考えることも可能であったのであるから(前記認定事実(7)オ(イ)参照),この点からしても,X1及び X2において,Z1に係る通院移送費(1回20万円)が高額に過ぎ,これに疑問を抱くことは,極めて容易であったということができる。
カ さらに,Z1は,平成18年10月頃,Z2についても高規格ストレッチャー対応型タクシーによる通院移送費の支給(1回20万円)を申し出たところ(前記認定事実(4)ア),Z2については,前記認定のとおり,ストレッチャー対応型タクシーの利用の必要性を肯定する医師の意見書もみられたものの,Z2の傷病名はストレスによるめまいなどとされ,高規格ストレッチャー対応型タクシーの利用を要するものとはおよそ考え難いものであった上,タクシーによる通院を不要とする医師の意見(平成18年11月24日受付)や,北大病院以外の滝川市近郊の病院での治療が可能であるとする医師の意見(同日受付)すらあったのであるから(前記認定事実(4)イ),X1及び X2において,平成18年11月頃,Z2の札幌への通院の必要性に疑問を抱き,ひいては,Z1夫婦による通院移送費の給付の申請が不正なものではないかと疑うことは,極めて容易であったというべきである。
キ 以上説示したところに照らすと,X1及び X2には,遅くとも平成18年11月末日の時点において,Z1夫婦が不正に通院移送費の支給を受けているのではないかと疑い,Z1夫婦に対する居宅訪問や預金調査,札幌介護福祉交通及びその代表者個人の口座の確認等の調査を徹底して行い,必要があれば警察署に相談するなどの対応をとるべき義務があったものということができ,そのような対応をとっていれば,滝川市福祉事務所による調査,警察による捜査等に一定の期間を要するとしても,遅くとも平成19年5月末日の時点では,前記前提事実(4)の還流の事実が判明し,Z1夫婦に対する通院移送費の支給を停止することが可能であったものと認めるのが相当である(なお,前記認定事実(7)カ,ケ,コ及びサのとおり,滝川市福祉事務所が Z1夫婦の保護案件について滝川警察署に相談してから5か月と19日又は21日で生活保護の支給が停止されている。)。
そうすると,X1及び X2が平成19年6月1日以降に Z1夫婦に対して行った通院移送費の支給は違法であるとともに,当該支給を行ったことについて,X1及び X2には重大な過失があったものといわざるを得ない。
ク 他方,前記前提事実及び前記認定事実によっても,X1及び X2が平成19年6月1日前に Z1夫婦に対して行った通院移送費の支給につき,同人らに重大な過失があったものと評価することはできず,その他,同人らに当該重大な過失があったものと評価すべき事実を認めるに足りる証拠はない。
(2) X5について
X5については,平成19年7月1日に滝川市保健福祉部福祉課長に就任しているところ(前記前提事実(1)イ(オ)),この時点においては,既に,Z1夫婦の保護案件につき滝川市福祉事務所から滝川警察署に対して相談がされており(前記認定事実(7)カ),X5において,この時点から何らかの対応をとれば,実際に Z1夫婦に対する通院移送費の支給が停止された平成19年11月以前に同通院移送費の支給を停止することができたものと認めるに足りる証拠はない。
そうすると,Z1夫婦に対する通院移送費の支給についての X5の故意又は重大な過失をいう原告らの主張は理由がない。
3 争点2(X4の財務会計上の違法行為の有無)について
(1) 原告らは,滝川市の全職員が,平成18年3月当時,Z1が極めて強度の不当要求者であると認識していたこと,X4が,同年4月の時点で,Z1に対する異常な額の通院移送費の支給決定がされていることについて報告を受けていたことからすると,X4は同月の時点で Z1に対する異常な額の通院移送費の支給決定がされていることを認識していたと主張する。
この点に関し,証拠によると,X4は,滝川市の助役であった平成13年6月当時,公営住宅の駐車場に停めていた車両に子供が乗って遊んだことによって損害が発生したため滝川市に補償してほしいとする Z1の不当要求に対応していたことが認められるほか(証人 X4・2ないし5頁),平成18年3月当時,生活保護に関する業務を担当しておらず,Z1と直接の面識のなかった X8においても,Z1が口うるさい人物であると認識していたことが認められるが(甲49,証人 X8・8,9頁),これらの事実によっても,滝川市の全職員が,平成18年3月当時,Z1が極めて強度の不当要求者であると認識していたものと認めることはできず,その他,滝川市の全職員において同月当時に Z1が極めて強度の不当要求者であると認識していたものと認めるに足りる証拠はないし,仮に,滝川市の全職員が同月当時にそのように認識していたとしても,そのことから直ちに,同年4月の時点で Z1に対する異常な額の通院移送費の支給決定がされたことにつき X4に対する報告がされたものと認めることはできず,その他,X4に対してそのような報告がされたものと認めるに足りる証拠はないから,X4において同月の時点で Z1に対する異常な額の通院移送費の支給決定がされているものと認識していたことをいう原告らの主張は理由がない。
(2) 原告らは,X6が,平成18年7月1日に滝川市の収入役職務代理に就任した時点で,X4に対し,Z1に対する異常な額の通院移送費の支給決定について報告していたと主張する。
しかしながら,そのような事実を認めるに足りる証拠はなく,かえって,X6の司法警察員に対する供述調書(甲53)に,Z1に通院移送費が支給されていたことについては,会計課長の専決事項であったため,平成18年7月1日の時点では認識しておらず,同年12月中旬に「異例かつ重要に属し,上司の意思決定が必要と判断するもの」(当時の滝川市収入役の補助組織設置及び事務分掌等に関する規則6条4号)に該当するものとして決裁が上がってきた時点で初めて認識した旨の記載があることからすると,X6が X4に対し平成18年7月1日の時点で Z1に対する異常な額の通院移送費の支給決定について報告していたことをいう原告らの主張を採用することはできない。
(3) 原告らは,X4が平成18年9月に X9監査委員から Z1に対する通院移送費の支給決定がおかしい旨の警告を受けていたのであるから,遅くともこの時点で Z1に対して異常な通院移送費の支給決定がされていることを認識していたと主張する。
この点に関し,平成20年1月26日の朝日新聞の記事(甲15)には,X9監査委員が,平成18年9月の市議会終了後の懇談会の席上で,X4らに対し,「数百万円もタクシー代を支給するのはおかしい。注意するように」と求めた旨の記載があるが,他方で,X4が「平成18年9月又は同年12月に同監査委員からタクシーで札幌の病院にかかっている人物がいるから気を付けた方がいいと言われた。金額についての指摘は全くなかった」旨証言していることからすると(証人 X4・8ないし11頁),X9監査委員が X4に対し通院移送費の支給について注意すべき保護案件があるとの指摘をしたことは認められるものの,数百万円という具体的な金額についての言及があったとまでは認めることができない。そして,当該指摘が酒席でされたものであること(甲15,証人 X4・8ないし11頁)をも併せ考慮すると,当該指摘がされたからといって直ちに,X4について,X1らが Z1ないし Z1夫婦に対する通院移送費の支給決定をすることを阻止すべき指揮監督上の義務が生じていたとまでいうことはできない。
したがって,X4が平成18年9月に X9監査委員から警告を受けていたとして X4の X1らに対する指揮監督上の義務違反をいう原告らの主張は理由がない。
(4) 原告らは,滝川市監査委員が平成19年2月の時点で X4に対して必要な調査を行う旨伝えた時点で,X4は Z1夫婦に対する通院移送費が異常な金額になっていたことを認識していたと主張する。
この点に関し,平成19年2月に Z1夫婦の保護案件について X10監査委員による調査が開始されたことは,前記認定(前記認定事実(7)エ)のとおりであり,X4が X9監査委員から平成18年中に通院移送費の支給に注意すべき保護案件があるとの指摘を受けていたことは,前記(3)のとおりである。
しかしながら,証拠(証人 X4・14ないし16頁)によると,X4は,X10監査委員から調査を行う旨の連絡を受けた際,秘書課長に状況を把握するよう指示した上,その余は X10監査委員による調査に委ねることとしたものと認められるところ,監査委員による調査は,第三者的な立場から中立的に行われるものであり,かつ,実効性を有する調査方法であるということができるから(現に,X10監査委員の調査により詳細な検討がされ,Z1夫婦に対する通院移送費の Z1への還流の可能性が指摘されている。乙26参照),X4がZ1夫婦の保護案件について監査委員による調査に委ねたことが不適切であったとまでいうことはできない。
そうすると,X4が平成19年2月の時点において Z1夫婦に対する通院移送費の支給額が多額に上っていたものと認識していたとして X4の X1らに対する指揮監督上の義務違反をいう原告らの主張を採用することはできないというべきである。
(5) 原告らは,X4が,X10監査委員による調査結果を伝えられた平成19年5月22日以降も詳細な調査をして疑問点がないかを確認すべき義務を怠ったと主張する。
しかしながら,証拠(甲1・43頁,証人 X4・23ないし28頁)によると,X4は,同月下旬頃,X3から,調査権の行使,訪問の徹底,弁護士への相談,北海道との協議及び供託の可能性についての検討を行い,滝川市福祉事務所としての調査に限界がある場合には警察への協力依頼を行うよう指示した旨を報告されていたものと認めるのが相当であるところ,平成19年5月22日の時点において,X3によるこれらの指示が不十分であったということはできない。
そうすると,平成19年5月22日以降における X4の X1らに対する指揮監督上の義務違反をいう原告らの主張は理由がないというべきである。
4 争点3(X3の財務会計上の違法行為の有無)について
地方自治法242条の2第1項4号にいう「当該職員」とは,当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして上記権限を有するに至った者を広く意味するものであり,およそ上記のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者を被告として提起された同号所定の「当該職員」に対する損害賠償請求に係る訴えは,法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして,不適法と解するのが相当である(最高裁昭和55年(行ツ)第157号同62年4月10日第二小法廷判決・民集41巻3号239頁,最高裁平成2年(行ツ)第138号同3年12月20日第二小法廷判決・民集45巻9号1503頁参照)。
これを本件についてみると,法令上,滝川市の副市長に生活保護の決定を行う本来的権限があるものとは認められず,また,滝川市の副市長が権限の委任を受けるなどして,生活保護の決定を行う権限を有するに至ったものと認めることもできないから,滝川市の副市長であった X3は,同号にいう当該職員に該当しないというべきである。
したがって,本件訴えのうち,X3に対する損害賠償の請求を求める部分は不適法なものというべきである。
5 争点4(X1の財務会計上の違法行為の有無)について
前記2(1)において説示したところによると,X1は,平成19年6月1日以降に X2又は X5が Z1夫婦に対する通院移送費の支給決定を行うに当たり,これを阻止すべき指揮監督上の義務に違反して,過失により当該支給決定を阻止しなかったというべきである。
他方,前記2(1)において説示したところによると,X1に,同日前に X2又はX5が Z1夫婦に対する通院移送費の支給決定を行うに当たり,これを阻止すべき指揮監督上の義務違反があったということはできない。
6 争点5(X2の財務会計上の違法行為の有無)について
前記2(1)において説示したところによると,X2は,平成19年6月1日以降に X1が行った Z1夫婦に対する通院移送費の支給決定について,X1を補助すべき義務に違反して,過失により滝川市に損害を与えたというべきである。
他方,前記2(1)において説示したところによると,X2に,同日前に X1が行った Z1夫婦に対する通院移送費の支給決定について,X1を補助すべき義務の違反があったということはできない。
7 争点6(X5の財務会計上の違法行為の有無)について
前記2(2)において説示したとおりであるから,X5に,X1が行った Z1夫婦に対する通院移送費の支給決定について,X1を補助すべき義務の違反があったということはできない。
8 争点7(損害額)について
(1) X1について
前記前提事実(3)及び前記2(1)によると,滝川市には,X1の争点1の行為によって6735万円(平成19年6月30日以前について1480万円,同年7月1日以降について5255万円)の損害が発生したものと認められ,また,前記前提事実(3)及び前記5によると,滝川市には,同人の争点4の行為によって3050万円の損害が発生したものと認められる。
(2) X2について
前記前提事実(3)及び前記2(1)によると,滝川市には,X2の争点1の行為によって375万円の損害が発生したものと認められ,また,前記前提事実(3)及び前記6によると,滝川市には,同人の争点5の違法行為によって1480万円の損害が発生したものと認められる。
9 結論
以上のとおりであるから,本件訴えのうち,X3に対する損害賠償の請求を求める部分は不適法であり,原告らのその余の請求は,主文1項ないし4項の限度で理由があって,その余は理由がない。
(裁判長裁判官 浅井憲 裁判官 南宏幸 裁判官 金崎祐太)
file_3.jpg別紙