札幌地方裁判所 平成21年(ワ)1061号 判決 2011年2月25日
原告
X1株式会社
同代表者代表取締役
X2<他1名>
原告ら訴訟代理人弁護士
伊東秀子
同
淺野高宏
同
多田絵理子
同
鈴木一嗣
被告
Y放送株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
馬場正昭
同
田口了敏
同訴訟復代理人弁護士
大嶋一生
主文
一 被告は、原告X2に対し、八〇万円及びこれに対する平成二〇年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告X2のその余の請求及び原告X1株式会社の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告X2と被告との間に生じたものはこれを一〇分し、その九を同原告の、その一を被告の各負担とし、原告X1株式会社と被告との間に生じたものは同原告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、各一一〇〇万円及びこれに対する平成二〇年一〇月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告らが被告に対し、原告X2(以下「原告X2」という。)が詐欺の容疑で逮捕されたことなどを報じた被告のテレビジョン放送により、原告X2及び原告X2が代表取締役を務める原告X1株式会社(以下「原告会社」という。)の名誉が毀損されたと主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ、慰謝料及び弁護士費用合計一一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成二〇年一〇月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提となる事実(争いのない事実及び後掲証拠等により認められる事実である。)
(1) 当事者
ア 原告会社は、飲食店業等を目的とする株式会社であり、札幌市中央区すすきの地区に所在する新ラーメン横丁にあるラーメン店「a屋」を経営している。
原告X2は、原告会社の代表取締役であり、また、他の建設会社の代表取締役も務めている。
イ 被告は、テレビジョン放送等を行う放送事業者である。
(2) 原告X2は、平成二〇年一〇月二五日、自らが経営する建設会社の常務と共謀の上、冬期の到来に伴い離職させた季節労働者を冬期の一定期間就労させて賃金を支払うなどした場合に支給される冬期雇用安定奨励金を騙し取ろうと企て、実際には同建設会社で通年雇用の労働者を季節労働者であるとした虚偽の書類を職業安定所に提出するなどし、北海道労働局長から冬期雇用安定奨励金約七一〇万円の支給を受けたという詐欺の被疑事実(以下「本件被疑事実」という。)により、北海道札幌方面中央警察署(以下「中央警察署」という。)に逮捕され、本件被疑事実を否認したものの、同月二七日から同年一一月一四日まで勾留された。
(3) 中央警察署は、平成二〇年一〇月二五日、原告X2を逮捕した後、被告を含む道警記者クラブに加盟する報道機関に対し、本件被疑事実の内容とこれにより原告X2と原告X2経営の建設会社の常務を逮捕した旨を記載した「報道メモ」と題する書面をFAX送信した(以下「本件公式発表」という。)。
(4) 被告は、平成二〇年一〇月二七日午後六時二〇分から二二分までの間、報道番組「○○ニュース」(以下「本件番組」という。)において、概要、以下の内容のテレビジョン放送を行った(以下「本件報道」という。)。
ア 画面中央下部に「雇用保険制度を悪用 人気ラーメン店経営の“裏の顔”」との文字を表示した上、「雇用保険制度を悪用し、国から七〇〇万円を騙し取ったとして逮捕された建設会社の元社長、もう一つの顔は札幌で人気のラーメン店経営者でした。常連客や観光客も驚きの不正受給、その実態は。」と述べる男性キャスターの姿を映した。
イ 原告X2の任意同行の様子等を映す中、画面右上隅に「人気ラーメン店を経営裏の顔で“詐欺”」との文字を、画面中央下部に「逮捕 X2容疑者(62)」、次いで「X2容疑者 雇用保険制度を悪用し約七〇〇万円をだまし取った疑い」との文字を表示した上、「一昨日詐欺の容疑で逮捕された札幌の建設会社元社長X2容疑者です。札幌中央署などによりますとX2容疑者は三年前から一昨年にかけ、実際には従業員を雇用しているにもかかわらず、冬に解雇して新たに雇い直したように偽装。失業者、季節労働者を雇い入れる会社に支給される国からの奨励金、およそ七〇〇万円を騙し取った疑いが持たれています。」とのナレーションを流した。なお、「人気ラーメン店を経営 裏の顔で“詐欺”」との文字は、以降、本件報道中、画面右上隅に継続して表示された。
ウ 札幌市中央区すすきの地区所在の新ラーメン横丁入口を映す中、画面中央に「X2容疑者の表の顔」との文字を表示した上、「X2容疑者の表の顔、それはススキノの新ラーメン横丁にある人気店a屋の経営者でした。」とのナレーションを流した。
エ 画面左端に「a屋の客は」との文字を表示した上、前記の新ラーメン横丁入口とおぼしき場所で、記者から「a屋」のラーメンの味を尋ねられた男女が美味しかったと答え、また、記者が「今人気メニューの味噌ラーメンを頂いてきました。濃厚なスープと麺が絶妙にマッチしています。ラーメンの味に偽りはありませんね。」と述べる姿などを映した。
オ 「a屋」の暖簾とその脇にラーメンが置かれた静止画像を映す中、画面中央下部に「X2容疑者 虚偽の賃金台帳・出勤簿を提出 不正受給を繰り返す」との文字を表示した上、「ラーメンに偽りはなくても、国を騙していた疑いのX2容疑者。虚偽の賃金台帳や出勤簿を職業安定所に提出し、不正受給を繰り返していたということです。」とのナレーションを流した。
カ 原告X2の任意同行の様子等を映す中、「道内では雇用保険制度の悪用が後を絶たない」との文字を表示した上、「X2容疑者が悪用したこの制度は、一昨年分の支給を最後に廃止になりましたが、道内ではこれらの雇用保険制度を悪用するケースが後を絶ちません。」とナレーションを流し、次いで、職業安定所の様子を映す中、画面中央下部に「雇用保険の特例一時金冬場に仕事がない積雪寒冷地の季節労働者に国が支給」、「平均支給額(一人当たり)は約二〇万円 道内では昨年度約一一万人に二三七億円を支給」との文字を表示した上、「中でも狙われているのが雇用保険の特例一時金制度。これは冬場に仕事がなくなる積雪寒冷地の季節労働者に国が支給するもの。北海道労働局によりますと一人当たりの平均支給額は二〇万円程。道内では昨年度およそ一一万人の季節労働者に合計二三七億円が支給されました。」とのナレーションを流した。
キ 北海道労働局所属の課長補佐B(以下「B課長補佐」という。)に対するインタビューの様子を映す中、画面中央下部に「北海道労働局 昨年度一三七件の違反者に計三、二〇〇万円の返還命令」との文字を表示した上、「しかし、不正受給は後を絶たず、道労働局は昨年度一三七件の違反者に合わせて三二〇〇万円の返還命令を出しています。」とのナレーションを流し、次いで、画面左端に「北海道労働局 B課長補佐」及び画面中央下部に「会社ぐるみによる不正受給ということになる 悪質・巧妙なケース」との文字を表示した上、「会社ぐるみでやってることになりますので、悪質巧妙というようなケースになるかと思います。」と述べるB課長補佐の姿を映した。
ク 原告X2の任意同行の様子を映す中、「全て部下がやったことで自分は知らない。X2容疑者は容疑を否認していますが、警察は会社ぐるみで不正受給を繰り返していたとみて調べを進めています。」とのナレーションを流した。
(5) 札幌地方検察庁検察官は、平成二〇年一一月一四日、原告X2に対する詐欺被疑事件につき、不起訴処分をした。
(6) 被告は、平成二〇年一二月一〇日、本件番組において、男性キャスターが、「雇用保険制度にある国の奨励金を騙し取ったとして今年一〇月詐欺の疑いで警察に逮捕された札幌の建設会社社長が不起訴処分になっていたことが分かりました。これは今年五月に経営が破綻した札幌白石区の建設会社の役員が三年前から一昨年にかけ、通年で雇用していた従業員を冬期の季節労働者であるかのように見せかけ、国から冬期雇用安定奨励金およそ七〇〇万円を騙し取ったという疑いでした。札幌中央署はこの会社の社長のX2さんら二人を今年一〇月、詐欺の疑いで逮捕しました。しかし、札幌地検はX2さんを嫌疑不十分で不起訴処分とし、当時の役員を起訴猶予処分としました。X2さんは札幌ススキノの有名ラーメン店「a屋」を経営しています。」と述べる内容のテレビジョン放送を行った(以下「本件事後報道」という。)。
二 争点及び当事者の主張
(1) 本件報道による原告X2の名誉毀損の有無
(原告X2の主張)
本件報道は、原告X2が会社ぐるみの詐欺行為を行ったとする犯人視報道であり、一般視聴者に対し、原告X2が詐欺の犯人であるとの印象を与えるものであるから、原告X2の名誉を侵害する。
(被告の主張)
被告は、本件報道において、ナレーション等で「容疑者」という言葉を七回、「容疑」又は「疑い」という言葉を五回、合計一二回使用しており、また、文字表示においても、「容疑者」という表示を五回、「容疑」、「逮捕」、「疑い」との容疑、逮捕の段階であることを明らかにする表示を四回、それぞれ画面上に表現し伝えている。この音声及び文字による表現は合計すると二一回に上っており、容疑、逮捕の段階であることを明示する放送内容であった。さらに、本件報道においては、原告X2が容疑を否認している事実も明確にしている。
したがって、被告の本件報道は、原告X2を犯人と断定したり犯人視したりするものではなく、原告X2が本件被疑事実により逮捕されたという事実を摘示したにすぎず、一般視聴者においても、原告X2が詐欺の犯人であると印象を持つことはない。
(2) 本件報道による原告会社の名誉毀損の有無
(原告会社の主張)
原告会社は、本件被疑事実と何らの関係もなく、原告X2経営の建設会社とは業態が異なる全く別の法人であるから、被告は、原告X2が原告会社の代表者であることを報道する必要性は全くなかったにもかかわらず、もっぱら視聴者の興味関心を引きたいという意図動機から「a屋」の名前を出して、その代表者が詐欺を行ったという印象を視聴者に与えることにより、衝撃的なニュースとして伝えようとしたものであるから、許容される報道の範囲を明らかに逸脱する。
また、被告は、本件報道において、「a屋」と不正受給が関連性を有しているかのような印象を視聴者に植え付けた。そして、冬期雇用安定奨励金を原告X2が不正受給していたかのような犯人視報道と相まって、そのような経営者が営む「a屋」の社会的名誉も虚名であるかのような印象を視聴者に与えたものである。したがって、本件報道が「a屋」を経営する原告会社の社会的信用を低下させたことは疑うべくもない。
よって、本件報道は、原告会社の名誉を毀損する。
(被告の主張)
被告が本件報道において詐欺の被疑事実で逮捕された建設会社を経営する原告X2が、有名ラーメン店の経営者でもあるとの事実を報道したのは、逮捕された被疑者がどのような社会的立場の人間であるのかを端的に明らかにするためであり、犯罪報道において、被疑者がいかなる職業に就き、又は、いかなる団体・組織に属するかを伝えるのは、社会の関心や要請に応えるものとして通例的に行われているものであるから、その限度においては、社会的存在たる企業・団体の受忍限度の範囲内として、名誉毀損には当たらないというべきである。
また、原告会社が経営するラーメン店は、世間から高い評価を受けている有名店であり、その経営トップたる代表取締役が逮捕されたとの事実は、そのこと自体が公共性を帯びるニュースである。
したがって、原告X2が有名ラーメン店の経営者でもあるといった事実を併せて報道することは、犯罪行為につき一定の嫌疑がかかりその結果逮捕された者に関するテレビ報道の許容された範囲を逸脱するものではなく、名誉毀損の不法行為は成立しない。
(3) 本件報道に違法性がなく、又は被告に故意も過失もないといえる事由の有無
(被告の主張)
ア 原告会社及び建設会社を経営する原告X2が、本件被疑事実により逮捕されたという事実は、社会の正当な関心事であって公共の利害に関する事実であり、かつ、本件報道は専ら公益を図る目的でなされたものである。
イ 被告が、本件報道において摘示した主要な事実は、原告X2が本件被疑事実により逮捕されたという事実であるところ、この事実が真実であることは、中央警察署が本件公式発表を行っていること等から明らかである。
また、被告は、上記に併せて、原告X2が有名ラーメン店の経営者である旨も報道しているが、原告X2が有名ラーメン店を経営する原告会社の代表取締役たる経営者であるという事実も真実である。
ウ 仮に本件報道が本件被疑事実を事実として摘示するものであるとしても、被告は、公的機関である警察の本件公式発表及びその直後の中央警察署の捜査担当幹部に対する取材結果に基づき、本件被疑事実が真実であると信じて本件報道を行ったものであり、その信じるについて相当な理由があるというべきである。
(原告らの主張)
本件報道は、専ら視聴者の興味関心を引きたいという意図動機から、本件被疑事実とは全く無関係なことが明らかな「a屋」というラーメン店の名前を出して、その代表者が詐欺を行ったという印象を視聴者に与えて衝撃的なニュースとして伝えようとしたものにすぎないから、本件報道には、報道の必要性は全くなく、公共性及び公益を図る目的は認められない。
また、本件報道について、真実性の証明はない。警察発表は、捜査報道を利用した捜査機関による情報操作につながる危険もはらんでいるから、それを鵜呑みにしてはならないところ、本件報道のもととなったものは本件公式発表以外になく、他に被告が犯罪行為の構成要件の裏付けとなる情報を収集した形跡はないのであるから、被告は、本件被疑事実が真実であると信ずるについて相当な理由があったとはいえない。
(4) 原告らの損害
(原告らの主張)
ア 慰謝料 各一〇〇〇万円
原告X2は、本件報道により、不特定多数人である視聴者から、詐欺犯であるかのような印象を持たれ、これまで築いてきた会社経営者としての社会的信用等や個人としての名誉と信用が著しく損なわれた。これらの精神的損害を慰謝するには、一〇〇〇万円が相当である。
また、被告は、原告会社が本件被疑事実と無関係であるにもかかわらず、本件報道により、不特定多数人の視聴者に対し、雇用保険制度を悪用して保険金を騙し取った詐欺犯が経営するラーメン店であるかのような印象を強く与え、原告会社に対して、これまで築いてきたラーメンの味に関する評判や実績・テレビCM等を通じて築いてきたブランドイメージを大きく損なわせ、店の信用喪失による顧客離れなどの損害を被らせている。この原告会社の名誉を回復するには、一〇〇〇万円が相当である。
イ 弁護士費用 各一〇〇万円
原告らは、原告代理人らに本件訴訟を委任しており、上記慰謝料額の一割相当額は、上記名誉毀損と相当因果関係にある損害となる。
(被告の主張)
否認ないし争う。
原告X2が平成二〇年一〇月二五日に本件被疑事実により逮捕されたことは、同月二七日の本件報道に先立ち、同月二六日に発行された同日付けの朝刊に原告X2の実名入りで報道されており、既に原告X2の社会的評価は相当程度低下していた。したがって、本件報道により原告らの社会的評価が低下したとしても、その程度及び範囲はごく小さいものである。
また、被告は、平成二〇年一二月一〇日、原告X2が本件被疑事実に関して不起訴処分になったことを事後報道しており(本件事後報道)、これにより、原告らの社会的評価の低下は回復している。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(本件報道による原告X2の名誉毀損の有無)について
(1) テレビジョン放送をされた報道番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かは、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断すべきである。そして、テレビジョン放送をされた報道番組において摘示された事実がどのようなものであるかについては、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準とし、当該報道番組の全体的な構成、これに登場した者の発言の内容や、画面に表示された文字情報の内容を重視すべきことはもとより、映像の内容、効果音、ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して、判断すべきである。
(2) これを本件報道についてみるに、前記前提となる事実(4)に認定した本件報道は、おおよそ、導入部(同ア)、詐欺の容疑により逮捕された原告X2には本件被疑事実の疑いが持たれている旨を指摘する部分(同イ)、原告X2が「a屋」の経営者であることを指摘する部分(同ウ)、「a屋」に関係する部分(同エ)、本件被疑事実に係る詐欺の手法を指摘する部分(同オ)、北海道における特例一時金の支給状況を指摘する部分(同カ)、北海道における雇用保険に係る不正受給の実態等を指摘する部分(同キ)及び、原告X2が本件被疑事実を否認していること等を指摘するまとめ部分(同ク)によって構成されているところ、一般の視聴者が普通の注意と視聴の仕方によって本件報道を視聴した場合、導入部を除くその余の部分で一貫して画面右上隅に表示される「人気ラーメン店を経営 裏の顔で“詐欺”」との文字(同イ)によって、「詐欺」との断定的な表現が殊更に印象付けられるというべきである上に、詐欺の容疑により逮捕された原告X2には本件被疑事実の疑いが持たれている旨の指摘(同イ)に加えて、本件被疑事実に係る詐欺の手法の指摘(同オ)によって、原告X2が本件被疑事実に及んだという疑いは、詐欺の手法が明らかとされる程度に具体的、確定的なものとの印象を受けるということができる。
(3) ところで、本件報道のうちの北海道における雇用保険に係る不正受給の実態等を指摘する部分(前記前提となる事実(4)キ)における「会社ぐるみでやってることになりますので、悪質巧妙というようなケースになるかと思います。」とのB課長補佐の発言は、北海道における特例一時金の支給状況の指摘(同カ)の後に流されたものであり、かつ、「会社ぐるみ」という表現は、労働者が会社の関与の下に特例一時金の不正支給を受けた場合にこそ当てはまるものの、本件被疑事実のように会社それ自体が冬期雇用安定奨励金の不正支給を受けた場合の表現としてはいささか不自然というべきであることに照らすと、特例一時金と冬期雇用安定奨励金の違いを知っている者が上記のB課長補佐の発言を注意深く聞いたときには、これは、特例一時金の不正受給というのが、会社ぐるみで行われることから、雇用保険制度に関係する給付金の不正受給の中でも、より悪質巧妙であるという旨を述べるものであると理解する可能性がないではない。この点、本件報道当時本件番組の編集長であったという証人Cも、B課長補佐の発言は、個別の案件に関するものではなく、北海道で起きている一般的な状況についてのものであると供述している。
しかしながら、本件報道におけるB課長補佐の発言のうちに、これが個別の案件に関するものではないことを示唆する部分は存在せず、かえってその発言中に画面に「北海道労働局 B課長補佐」及び「会社ぐるみによる不正受給ということになる 悪質・巧妙なケース」との文字が表示され、さらに続くまとめ部分(同ク)において、「警察は会社ぐるみで不正受給を繰り返していたとみて調べを進めています。」とのナレーションが流れ、あたかも本件被疑事実が会社ぐるみの不正受給であるかのような指摘がなされていることから、本件報道のうちB課長補佐の発言に関係する部分は、一般の視聴者が普通の注意と視聴の仕方でこれを視聴した場合、北海道労働局のしかるべき地位にある者が原告X2による本件被疑事実の実態を認識した上でこれを「悪質巧妙というようなケースになるかと思います」と評したものであるとの印象を抱くといわざるを得ない。
(4) 以上に加えて、前記前提となる事実(4)に認定した本件報道の内容を総合勘案すると、本件報道は、文字表示及びナレーション等で「容疑者」、「容疑」又は「疑い」という言葉が多数回使用され、また、まとめ部分(同ク)において原告X2が容疑を否認している事実を指摘していることを考慮しても、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準にみた場合には、原告X2が本件被疑事実により逮捕された旨の事実の摘示に止まらず、原告X2が「a屋」という人気ラーメン店を経営する一方で、これとは別の建設会社の元社長として、「雇用保険制度を悪用」した「悪質巧妙」な「詐欺」である「奨励金」の「不正受給を繰り返していた」との事実(以下「本件摘示事実」という。)を摘示するものといわなければならない。
そして、本件摘示事実が原告X2の社会的評価を低下させる内容のものであることは明らかであるから、本件報道は、原告X2の名誉を毀損するということができる。
二 争点(2)(本件報道による原告会社の名誉毀損の有無)について
前記前提となる事実(4)に認定した本件報道において、原告会社の名は何ら指摘されていない。むしろ、本件報道においては、実際にラーメン店「a屋」を経営しているのは原告会社である(前記前提となる事実(1))にもかかわらず、原告X2が「a屋」を経営しているとの指摘がなされているのであり(本件摘示事実)、本件報道上、原告会社は、その存在を窺い知ることすらができない。
仮に、原告会社が「a屋」を経営していることを知る者が本件報道を視聴したとしても、本件報道のうち「a屋」に関係する部分(前記前提となる事実(4)エ)は、記者から「a屋」のラーメンの味を尋ねられた男女が美味しかったと答え、また、記者が「ラーメンの味に偽りはありませんね。」などと述べるというものであるから、これにより、原告会社が「a屋」を経営していることを知る者の立場からみて、「a屋」ないしは原告会社の評価が直ちに低下するということはできない。
したがって、本件報道において、原告会社の社会的評価を低下させるような事実の摘示がなされたとは認められない。
三 争点(3)(本件報道に違法性がなく、又は被告に故意も過失もないといえる事由の有無)について
本件摘示事実は、公訴提起前の犯罪行為に関するものであるから、公共の利害に関する事実に当たり、また、専ら公益を図る目的で報道されたものと推認することができる。
しかし、被告は、本件摘示事実が真実であることを証明していない。また、被告は、公的機関である警察の本件公式発表及びその直後の中央警察署の捜査担当幹部に対する取材結果に基づいて本件被疑事実が真実であると信じて本件報道を行ったと主張するものの、前記一(4)のとおり、本件報道は、原告が本件被疑事実により逮捕された旨の事実の摘示に止まらず、本件摘示事実、すなわち、原告X2が雇用保険制度を悪用した悪質巧妙な詐欺である奨励金の不正受給を繰り返していたとの事実を摘示するものであるのに、被告は、本件摘示事実が真実であると信じたとは主張していない。仮に、被告としては、本件摘示事実が真実であると信じたのだとしても、その信じるについて相当な理由があるという根拠となるような事情を認めるべき証拠は存在しない。
したがって、本件報道に違法性がなく、又は被告に故意も過失もないといえる事由があるとは認められない。
四 争点(4)(原告らの損害)について
本件報道がテレビジョン放送によって広く社会に向けて発信されたものであること、他方で、前記前提となる事実(2)に認定したとおり、本件報道のうち、原告X2が本件被疑事実により逮捕された旨の事実の摘示は真実であり、かつ、《証拠省略》によれば、その逮捕の旨は、本件報道がなされるよりも前の平成二〇年一〇月二五日に既に報道されていることが認められること、さらには、被告が本件事後報道により原告X2が嫌疑不十分により不起訴処分となった旨を報じていること(前記前提となる事実(6))、その他本件記録に顕れた一切の諸事情にかんがみれば、本件報道により原告X2が受けた名誉毀損についての慰謝料は七〇万円とするのが相当であると判断される。
また、弁護士費用については、一〇万円の限度で、本件報道による原告X2の名誉毀損との間の相当因果関係があると認められる。
第四結語
よって、原告X2の請求は上記の限度で理由があるからこれを一部認容し、他方、原告会社の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石橋俊一 裁判官 田辺麻里子 鷺坂計知)