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札幌地方裁判所 平成21年(ワ)2177号 判決 2014年9月17日

原告

X1<他2名>

原告ら訴訟代理人弁護士

髙橋智

齋藤健太郎

同訴訟復代理人弁護士

竹信航介

被告

一般社団法人Y1会<他1名>

同代表者理事

被告ら訴訟代理人弁護士

佐々木泉顕

下矢洋貴

同訴訟復代理人弁護士

福田友洋

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告一般社団法人Y1会及び被告Y2は、各自、原告X1に対し、五八一〇万四七五二円、原告X2及び原告X3に対し、それぞれ二八七五万二三七六円並びにこれらに対する平成二〇年三月一六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、腹痛等を訴えて、被告一般社団法人Y1会(以下「被告Y1会」という。)が開設するaセンター(以下「aセンター」という。)及び被告Y2(以下「被告Y2医師」という。)が開設する、b医院(以下「b医院」という。)を受診したB(以下「B」という。)が、大動脈解離を発症して死亡したことについて、同人の相続人である原告らが、担当医師らに過失があったなどと主張して、被告らに対し、不法行為又は診療契約上の債務不履行に基づいて損害賠償及びこれに対するBが死亡した日である平成二〇年三月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提事実(争いのない事実及び証拠又は弁論の全趣旨により容易に認定することのできる事実)

(1)  当事者等

ア 原告X1(以下「原告X1」という。)は、Bの妻であり、原告X2(以下「原告X2」という。)及び原告X3(以下「原告X3」という。)は、Bの子である。

イ 被告Y1会は、札幌市において、aセンターを開設する社団法人である。C医師(以下「C医師」という。)は、aセンターに勤務する医師である。

ウ 被告Y2医師は、札幌市において、b医院を開設する医師である。

(2)  aセンターでの診療経過

ア Bは、平成二〇年三月一五日(以下、平成二〇年については年の記載を省略することがある。)午後七時二四分頃、腹痛等を訴えて、救急車でaセンターに搬送され、被告Y1会と診療契約を締結した。

イ C医師は、Bに対し、同日午後七時五〇分頃、ブスコパン一A(二〇mg)を、午後八時三〇分頃、ソセゴン三〇mgを筋肉注射した。また、C医師は、腹部レントゲン撮影を実施した上で、Bの症状を急性腸炎ないし急性胃腸炎と診断した。

ウ C医師は、状態が改善しないようであれば翌日に病院へ行くよう指示して帰宅を許可し、Bは、午後一〇時一〇分頃、aセンターを出て帰宅した。

(3)  b医院での診療経過

ア Bは、三月一六日午前八時三三分頃、b医院を受診し、b医院と診療契約を締結した。

イ 被告Y2医師は、Bに対し、ボルタレン坐薬二個(五〇mg)及びセルシン二A(二〇mg)を投与するとともに、腹部エコー検査、心電図検査及び大腸内視鏡検査を実施し、虚血性大腸炎であると診断した。

ウ Bは、ソルデム三A(一五〇〇ml)の点滴を受けて、同日午後二時頃、帰宅した。

(4)  死亡の経緯

Bは、三月一六日午後四時一〇分頃、自宅で意識を失って倒れており、病院に搬送されたものの、同日午後五時一〇分、解離性大動脈瘤破裂による心タンポナーデにより死亡した。

三  本件における争点

(1)  C医師の過失の有無

ア 胸部レントゲン検査、心電図検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認をすべきだったか(争点一)

イ 十分な問診をすべきだったか(争点二)

ウ 腹部エコー検査及びCT検査を行うべきだったか(争点三)

エ 第二次救急病院に転送すべきだったか(争点四)

(2)  被告Y2医師の過失の有無

ア 腹部エコー検査による大動脈の確認、胸腹部レントゲン検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認をすべきだったか(争点五)

イ 十分な問診をすべきだったか(争点六)

ウ 第二次救急病院に転送すべきだったか(争点七)

(3)  C医師の各検査義務違反と死亡との間の因果関係の有無

ア C医師の前記(1)アの過失と死亡との間の因果関係の有無(争点八)

イ C医師の前記(1)ウの過失と死亡との間の因果関係の有無(争点九)

(4)  被告Y2医師の各過失と死亡との間の因果関係の有無

ア 被告Y2医師の前記(2)アの過失と死亡との間の因果関係の有無(争点一〇)

イ 被告Y2医師の前記(2)ウの過失と死亡との間の因果関係の有無(Bの救命可能性)(争点一一)

(なお、C医師の前記(1)エの過失と結果との間の因果関係の存否については争われておらず、被告らの問診義務違反の過失(前記(1)イ及び前記(2)イ)については、行うべき検査義務と結果との間の因果関係の存否に収斂されるため、独立した争点としては位置付けていない。)

(5)  損害額(争点一二)

四  争点に対する当事者の主張

(1)  争点一(C医師において、胸部レントゲン検査、心電図検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認をすべきだったか)について

(原告らの主張)

ア Bの症状等

(ア) Bは、高血圧の既往があり、降圧治療を受けていた。

(イ) Bは、居酒屋において、胸にぐっとくる感じを覚えて意識を失い、意識回復後、急激な腹痛及び便意を訴えて、救急車でaセンターに搬送された。

(ウ) 救急車内での血圧は一八三/七一mmHgであり、aセンターにおける診察時の血圧は一二〇/五〇mmHg、体温は三五℃であった。

(エ) Bは、搬送時に嘔吐し、持続する激しい腹痛を訴えており、会話もままならない状態であった。

イ C医師は、Bを診察した際、上記ア(ア)ないし(エ)の各事情を認識していたのであるから((イ)及び(エ)の各事情を認識しておらず、後記(2)(原告らの主張)①及び②の各事情を認識していただけであっても同様である。)、高血圧の既往、突然の腹痛発症、胸部症状等から血管性失神の可能性を考慮し、大動脈解離を含む循環器系疾患の可能性を疑って、胸部レントゲン検査、心電図検査、心音の聴診を行い、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認を行うべき義務があったにもかかわらず、その義務を怠った。

(被告Y1会の主張)

ア 以下のとおり、Bには大動脈解離ないしそれに準じる重篤な循環器系疾患を疑わせる症状は認められない。

(ア) 失神の事実は伝えられていないこと

Bが失神したという事実は、救急隊員やC医師に伝えられていない。C医師は、Bから「居酒屋でビールを飲んでいて、胸悪くなった。玄関のほうに歩いていき、風にあたっていたが、段々と意識が遠くなった。」ということは聞いているが、失神の事実は聞かされていない。また、意識が遠くなったというのも飲酒を契機とするものであり、何もない状態から急性失神状態が生じたわけではない。

(イ) 心臓にぐっときたという事実は伝えられていないこと

心臓にぐっときたという事実も救急隊員やC医師に伝えられていない。また、Bは、問診の際、胸痛を訴えていなかった。

(ウ) 強い腹痛ではなかったこと

通常、激烈で引き裂かれるような痛みがあれば、冷や汗、顔色の変色、呼吸苦が認められ、満足に受け答えができない状態となるが、Bにはかかる症状は見られず、重篤感はなかった。

著しく強い痛みに対しては、初めからブスコパンではなくソセゴンが投与されるものであるが、Bにはまずブスコパンが投与されていることから見て、腹痛の程度は強度ではなかったといえる。腹痛を訴える患者に対し、より早く痛みを緩和させるためにブスコパンを筋肉注射することは至極一般的な対応である。

また、ブスコパンは主に内臓痛に対して効果のある薬であり、ソセゴンは主に体性痛に対して効果のある薬であって、両者の作用機序は全く異なる。Bの腹痛はおそらく体性痛であったためソセゴンが奏功したのであり、二種類の薬剤を投与したからといって、腹痛の程度が強かったということにはならない。

さらに、ソセゴンは鎮痛効果が高く、体性痛に対しては第一に非ステロイド性消炎鎮痛薬を投与し、効果がなければ第二に麻薬性鎮痛薬であるソセゴンを投与するのが通常であるが、非ステロイド性消炎鎮痛薬は消化性潰瘍には禁忌であるところ、Bは消化性潰瘍を完全には否定できない状況であったためソセゴンを投与したのであり、腹痛の程度が強かったからソセゴンを投与したわけではない。ソセゴン三〇mgが比較的多量であることは事実だが、逆にいえば、Bの腹痛は、三月一五日午後九時五分には軽減し、午後九時三〇分ころには治まっているとおり、ソセゴン三〇mgの投与で治まる程度の痛みだったのである。

(エ) Bの搬送中の血圧は一八三/七一mmHgと高値だが、痛みによるストレス等で血圧が上がるのは不自然ではない上、Bには高血圧の既往もあったのだから、上記数値を異常値と判断することはできない。また、aセンター受診時の血圧は一二〇/五〇mmHgと正常値だった。

(オ) Bの下痢、嘔吐、腹痛、意識が遠のくといった症状は、腸炎(腸管の蠕動)あるいは飲酒に起因して生じたものと考えられ、C医師は、Bの症状、所見から重篤な循環器系疾患までは疑われないと結論付けた。

イ 胸部レントゲン検査について

上記アのとおり、Bには大動脈解離ないしそれに準じる重篤な循環器系疾患を疑わせる症状は認められない。

そもそも、腹痛を訴える患者に対して、腹痛が胸部疾患に起因することを疑わせる事情もないのに胸部レントゲン検査をする必要はない。

ウ 心電図検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認について

Bが訴えていたのは一貫して腹部痛であり、胸部疾患に由来する所見はないから、心電図検査及び心音聴診を行う必要はなかった。

また、センター受診時には血圧は安定していたのだから、それ以上に血圧の推移を監視する必要はないし、呼吸状態は一貫して正常であった。したがって、C医師には、バイタルの変化を逐次確認しなければならない義務はない。

(2)  争点二(C医師において、十分な問診をすべきだったか)

(原告らの主張)

C医師が、Bを診察した際、前記(1)(原告らの主張)ア(イ)及び(エ)の各事情を認識していなかったとしても、同(ア)及び(ウ)の各事情に加え、①Bは、居酒屋において、胸が悪くなって意識が遠のき、急激な腹痛及び便意を訴えて救急車でaセンターに搬送されたこと及び②Bは、搬送時に嘔吐し、持続する腹痛を訴えていたことを認識していたのであるから、C医師には、Bが救急車で搬送された経緯及び意識が遠のいた経緯等について十分に問診すべき義務があったにもかかわらず、その義務を怠った。

(被告Y1会の主張)

Bには、大動脈解離に見られる胸背部痛は認められていないほか、前記(1)(被告Y1会の主張)アのとおり、大動脈解離を疑わせる症状はなかったのであるから、大動脈解離を疑うべき所見があることを前提にした問診義務は認められない。

(3)  争点三(C医師において、腹部エコー検査及びCT検査を行うべきだったか)

(原告らの主張)

ア Bの症状等

(ア) C医師は、Bに対してブスコパン一Aを投与したが、痛みが治まらず、セソゴン三〇mgを投与した。(ブスコパンの筋肉注射は、強い腹痛に対して採用される処置であること、それでも腹痛が治まらず、鎮痛効果の高いソセゴンを通常量(一五mg)の二倍も筋肉注射されていることから、Bの腹痛が極めて強度だったことが裏付けられる。なお、被告Y1会は、Bは消化性潰瘍を否定できない状況だったため非ステロイド性消炎鎮痛薬を投与できず、ソセゴンを投与したと主張するが、ブスコパンの効果がなかったことからすれば消化性潰瘍は否定できる状況であり、また、非ステロイド性消炎鎮痛薬の投与で十分な腹痛であれば、あえて薬効が強く副作用もあるソセゴンを投与する必要はなかったのだから、ソセゴンの投与は強い痛みが生じていたことを裏付けるものと言わざるを得ない。また、Bの腹痛が腸炎による内臓痛だったのであれば、ブスコパンの筋肉注射で腹痛は治まったはずであり、その効果がなかったことからすれば他の重篤な疾患による体性痛が疑われるべきだった。)

(イ) Bの痛みの程度は強く、今まで味わったことのないような痛みであり、また、強い寒気を訴えていた。

(ウ) 腹部レントゲン検査の結果、大腸ガス、ニボー像、小腸ガスの所見が得られた。

(エ) 上記検査の結果、大動脈の蛇行ないし陰影の拡大という所見が得られた。

イ C医師は、前記(1)(原告らの主張)ア(ア)、(イ)(又は前記(2)(原告らの主張)①)、(ウ)及び(エ)(又は前記(2)(原告らの主張)②)の各事情を認識しており、その後、上記ア(ア)ないし(エ)(このうち、(イ)及び(エ)の各事情がなかったとしても同様である。)の各事情があったのだから、C医師は、大動脈解離を含む重篤な疾患を疑って、腹部エコー検査及びCT検査を行うべき義務があったにもかかわらず、これを怠った。

(被告Y1会の主張)

ア Bには、腹部全部に持続性の激しい痛みがあったわけでもなければ、触診で異常があったわけでもない。また、血圧や問診時の状況にも異常はなかった。さらに、腹部レントゲン写真においても、腸閉塞(以下「イレウス」という。)が認められるわけでもなく、高度の腸管虚血があったわけでもない。腹痛の程度に関しても、ソセゴンが有効なレベルにすぎなかった。したがって、Bの腹部所見については、緊急の対応を要する状況ではなく、C医師には、腹部エコー検査を実施する義務はなかった。

イ 前記(1)(被告Y1会の主張)アのとおり、Bには大動脈解離ないしそれに準じる重篤な循環器系疾患を疑わせる症状は認められないのであるから、C医師には、CT検査を実施する義務はない。

(4)  争点四(C医師において、第二次救急病院に転送すべきだったか)について

(原告らの主張)

C医師は、上記(1)(原告らの主張)ア(ア)、(イ)(又は前記(2)(原告らの主張)①)、(ウ)及び(エ)(又は前記(2)(原告らの主張)②)の各事情を認識しており、その後、上記(3)(原告らの主張)ア(ア)ないし(エ)(このうち、(イ)及び(エ)の各事情がなかったとしても同様である。)の各事情があったのだから、C医師は、大動脈解離を含む重篤な疾患を疑って、Bを第二次救急病院に転送すべき義務があったにもかかわらず、その義務を怠った。

(被告Y1会の主張)

前記(1)(被告Y1会の主張)アのとおり、Bには大動脈解離ないしそれに準じる重篤な循環器系疾患を疑わせる症状は認められないのであるから、C医師には、大動脈解離を含む重篤な疾患を疑って、Bを第二次救急病院に転送すべき義務はない。

(5)  争点五(被告Y2医師において、腹部エコー検査による大動脈の確認、胸腹部レントゲン検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認をすべきだったか)について

(原告らの主張)

ア Bの症状等

(ア) Bは、高血圧の既往があり、降圧治療中であった。

(イ) Bは、三月一五日、胸苦を伴って失神し、急激に生じた腹痛を訴えて、救急車でaセンターに搬送され、胃腸炎と診断されて帰宅した。

(ウ) Bは、帰宅後も強い腹痛と寒気が持続しており、夜もほとんど眠ることができず、複数回の下血があった。

(エ) Bは、三月一六日、持続する腹痛と下血を訴えてb医院を受診した。

イ 被告Y2医師は、上記ア(ア)ないし(エ)の各事情を認識しており((イ)及び(ウ)の各事情を認識しておらず、後記(6)(原告らの主張)③及び④の各事情を認識していただけであっても同様である。)、高血圧の既往があり降圧治療中の患者に、血圧の上昇、胸苦を伴う突然の腹痛、胸部症状等があったのであるから、血管性失神の可能性を考慮し、大動脈解離を含む循環器系疾患の可能性を疑って(被告Y2医師は実際に循環器系疾患を疑って心電図検査を行っている。)、腹部エコー検査の際に大動脈を確認し、胸腹部レントゲン検査及び心音の聴診を行い、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認をすべき義務があったにもかかわらず、その義務を怠った。

なお、Bが、前日に胸部レントゲン検査を実施したと回答していたとしても、その所見が記載された紹介状などが何もない場合には、必要な検査を行うべきことに変わりはない。

(被告Y2医師の主張)

ア 以下のとおり、Bには大動脈解離ないしそれに準じる重篤な循環器系疾患を疑わせる症状は認められない。

(ア) 失神の事実は伝えられていないこと

失神したという事実は、被告Y2医師に伝えられていない。

(イ) 腹痛が強度ではなかったこと

Bが自らの足で来院し、帰宅していること、呼吸状態、意識状態は極めて正常であったこと、入院の勧めを強固に拒否していることから、Bの腹痛は、若干の圧痛程度に過ぎなかった。

薬剤の投与量は人によって異なり、Bに投与したセルシン二〇mg及びボルタレン坐薬五〇mgが格別多いということはないので、投与量からBの腹痛が強かったとはいえない。

(ウ) 虚血性大腸炎の患者の血圧が一六六/八四mmHg程度であることは頻繁にあり、まして、Bには高血圧の既往があったのだから、上記数値は異常値とはいえない。

(エ) Bの下痢、下血、腹痛といった症状は、虚血性大腸炎で一元的に説明できる。なお、原告らは動脈の閉塞により虚血が生じたと主張するが、虚血性大腸炎が全て動脈の閉塞により生じるわけではない。

被告Y2医師は、念のため、他の疾患が隠れている可能性を考慮して、採血、心電図検査、腹部超音波検査を実施した結果、重篤な循環器系疾患までは疑われないと結論付けた。

イ 胸部レントゲン検査

そもそも、Bは腹痛を訴えており、胸部痛を訴えていないし、また、上記アのとおり、Bには大動脈解離ないしそれに準じる重篤な循環器系疾患を疑わせる症状は認められない。加えて、Bが、前日に胸部レントゲン検査を実施したと回答していたことから、被告Y2医師には、胸部レントゲン検査をすべき義務はない。

ウ 腹部エコー検査による大動脈の確認、腹部レントゲン検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認

(ア) 被告Y2医師は、腹部エコー検査の際、視認された腹部大動脈に明らかな異常がないことを確認しているから、それ以上に執拗に大動脈の確認を行うべき義務はない。

(イ) Bの腹痛、下痢及び下血といった症状は、虚血性大腸炎の診断で一元的に説明できるものであり、さらに腹部レントゲン検査を実施すべき義務はない。

(ウ) Bが訴えていたのは一貫して腹部痛であり、胸部疾患に由来する所見はないから、心音聴診を行う必要はなかった。なお、被告Y2医師は、Bの心音に異常がないことを確認している。また、b医院受診時の血圧は一六六/八四mmHgであったが、腹痛、下痢及び下血により多少血圧が上昇するのは当然であり、腹痛以外に特段の異常所見がない以上、血圧の推移を特段監視する必要はないし、呼吸状態は一貫して正常であった。したがって、被告Y2医師には、バイタルの変化を逐次確認しなければならない義務はない。

(6)  争点六(被告Y2医師において、十分な問診をすべきだったか)について

(原告らの主張)

被告Y2医師が、前記(5)(原告らの主張)ア(イ)及び(ウ)の各事情を認識していなかったとしても、同(ア)及び(エ)の各事情に加え、③Bは、三月一五日、胸苦と急激に生じた腹痛を訴えて救急車でaセンターに搬送され、胃腸炎と診断されて帰宅したこと及び④Bは、帰宅後も腹痛が持続し複数回の下血があったことを認識していたのだから、被告Y2医師は、大動脈解離を含む循環器系疾患の可能性を疑って、Bに腹痛が生じた経緯、搬送された経緯等の病歴について十分に問診すべき義務があったにもかかわらず、その義務を怠った。

(被告Y2医師の主張)

被告Y2医師は、問診で、「前日、居酒屋で強い酒を勧められた。一度は断ったが、勧められ、強い酒を飲んだ。そうすると、胸が苦しくなり、下痢の症状も出た。」、「aセンターへ搬送され、急性胃腸炎と診断された。」ということを確認した。また、高血圧の既往があり、内服治療中であること、前日に胸部レントゲン検査及び心電図検査を実施したことも確認した。そして、Bには、大動脈解離に見られる胸背部痛は認められていないほか、前記(5)(被告Y2医師の主張)アのとおり、大動脈解離ないしそれに準じる重篤な循環器系疾患を疑わせる症状・所見は認められていないから、被告Y2医師には、これ以上の問診をすべき義務はない。

(7)  争点七(被告Y2医師において、第二次救急病院に転送すべきだったか)について

(原告らの主張)

ア Bの症状等

(ア) 大腸内視鏡検査の結果から、腸管の虚血があり、それを原因として下血があることが判明した。

(イ) 狭義の虚血性大腸炎であると診断するだけの根拠はなかった。

(ウ) Bの腹痛は持続しており、痛みが強かったために鎮痛剤及び鎮静剤の投与が繰り返された。(Bに投与されたセルシンは、鎮静剤であり、鎮痛薬として使用されることは通常あり得ない。Bにセルシンが投与されたことは、Bに強い痛みがあり鎮静の必要があったことを基礎付けている。また、被告Y2医師が、セルシンを鎮痛薬として五mgずつ四回に亘って投与したというのであれば、それはBの腹痛が治まらない状態が続いていたということになるし、相当強い痛みがあったからこそ、ボルタレン坐薬五〇mgでは不十分でセルシンも投与しなければならなかったのである。)

イ 被告Y2医師は、前記(5)(原告らの主張)ア(ア)、(イ)(又は前記(6)(原告らの主張)③)、(ウ)(又は前記(6)(原告らの主張)④)及び(エ)の各事情を認識しており、その後、上記ア(ア)、(イ)及び(ウ)(又はBの腹痛が持続しており鎮痛剤及び鎮静剤が投与されたこと)の各事情があったのだから、大腸内視鏡検査の結果を確認した時点、又は薬剤の投与によっても痛みが改善しないことを確認した時点で、大動脈解離を含む重篤な疾患の可能性を疑って、Bを高度な検査が可能な第二次救急病院に転送すべき義務があったにもかかわらず、その義務を怠った。

(被告Y2医師の主張)

前記(5)(被告Y2医師の主張)アのとおり、Bには大動脈解離ないしそれに準じる重篤な循環器系疾患を疑わせる症状は認められないから、被告Y2医師には、CT検査を実施できる病院にBを転送する義務はない。

(8)  争点八(C医師による胸部レントゲン検査、心電図検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認により、結果を回避できたか)について

(原告らの主張)

ア 胸部レントゲン検査について

Bの腹部レントゲン写真においては、下行大動脈の陰影の拡大が撮影されており、C医師が胸部レントゲン検査を行っていたならば、大動脈陰影ないし縦隔陰影の拡大が発見されたはずであり、大動脈解離が強く疑われることとなる結果、第二次救急病院への転送又はCT検査を経て大動脈解離の確定診断がなされ、Bが救命された高度の蓋然性がある。

イ 心電図検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認について

仮に、胸部レントゲンのみでは大動脈解離を疑う判断がつかない場合でも、(ア)心電図検査によって、冠動脈疾患と同様の異常が生じることがあり、(イ)心音の聴診によって、大動脈解離による大動脈弁閉鎖不全を確認できた可能性が高く(脈圧の開大がみられたことから、既に大動脈弁閉鎖不全があった)、また、(ウ)バイタルの起立性変化や経時的変化を確認することによって、起立性低血圧による失神の可能性を排除することができる上に、新たな異常が確認できた可能性が高く、これらの一連の検査の結果を考慮することによって、C医師において、大動脈解離の診断の必要性を認識することは十分に可能であった。

(被告Y1会の主張)

ア 胸部レントゲン検査について

Bの腹部レントゲン写真からは、下行大動脈の陰影の拡大は見て取れない。そして、大動脈解離が生じている場合でも、胸部レントゲン検査をすれば必ず大動脈陰影の拡張等の異常所見がみられるわけではなく、むしろ、かかる異常所見がみられない場合も多く、胸部レントゲン検査を行えば結果が回避できたとはいえない。

イ 心電図検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認について

(ア) 大動脈病変その他重篤な循環器系疾患が生じている場合に、常に心電図に異常が出るとは限らず、とりわけ、後医の被告Y2医師による心電図検査において異常がない本件では、C医師が心電図検査を行ったとしても、有意な所見は出なかった。

(イ) 心音の聴診によって大動脈解離を診断することはできない。C医師の診察時点で原告ら主張の大動脈弁閉鎖不全が生じていたかは不明であり、仮に、同時点で大動脈弁閉鎖不全が生じていたとしても、それが軽微な場合には、心雑音は確認できない。

(ウ) バイタルの起立性変化の確認は、起立性失神の可能性を排除するための検査にすぎず、大動脈解離ないしこれに準ずる重篤な疾患の所見を確認するための検査ではなく、結果回避に直接結びつく検査ではない。また、バイタルの経時的変化の確認も、新たな異常が確認された可能性が高いというだけで、結果回避に直接結びつく検査ではない。

(9)  争点九(C医師による腹部エコー検査及びCT検査により、結果を回避できたか)について

(原告らの主張)

ア C医師が腹部エコー検査を実施して大動脈の異常を確認することにより、大動脈病変その他重篤な循環器系疾患が疑われた結果、第二次救急病院への転送又はCT検査を経て大動脈解離の確定診断がなされ、Bが救命された高度の蓋然性がある。

イ C医師は、救急の専門医であり、CTの読影により急性大動脈解離の診断は当然可能だったといえるから、第二次救急病院への転送又はCT検査を経て大動脈解離の確定診断がなされ、Bが救命された高度の蓋然性がある。

(被告Y1会の主張)

ア 腹部エコー検査

腹部エコー検査を行ったとしても、腹部にどのような所見が得られたかは不明である。しかも、腸管ガスが多いため、大動脈の明瞭な描出は困難であり、腹部エコー検査を行ったとしても結果を回避できたとはいえない。

イ CT検査

(ア) 単純CTについて

腹部CTでは、所見が得られない可能性が高い。胸部CTに関しては、大動脈径の拡大や大動脈内腔の石灰化陰影が認められる可能性がゼロではないが、aセンター受診時にこれらの所見が得られる可能性を示す事実はなく、所見が得られるかは不明である。

(イ) 造影CTについて

造影CTに関しては、高い確率で大動脈解離を疑うべき所見が得られたことは認めるが、そもそも造影CT検査を実施すべき義務がない。

(10)  争点一〇(被告Y2医師による胸腹部レントゲン検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認により、結果を回避できたか)について

(原告らの主張)

ア 胸腹部レントゲン検査について

被告Y2医師が、Bに対し、胸部レントゲン検査を行っていれば、縦隔陰影の拡大等の異常所見が発見された可能性が高く、また、腹部レントゲン検査を行っていれば、虚血性大腸炎と一致する所見がないこと等から他の重篤な疾患の可能性が疑われたはずであり、これらの結果、Bが、第二次救急病院に転送され、大動脈解離の診断を経て救命された可能性が高い。

イ 心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認について

前記(8)イの被告Y1会に対する主張と同様に(但し、心電図検査に関する主張を除く。)、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認の結果を考慮することにより、被告Y2医師が、大動脈解離の診断の必要性を認識することは十分に可能であった。

(被告Y2医師の主張)

ア 胸腹部レントゲン検査について

(ア) 胸部レントゲン検査について

前記(8)アの被告Y1会の主張に同じ。

(イ) 腹部レントゲン検査について

腹部レントゲン検査でどのような所見が得られたかは不明である。aセンターでの腹部レントゲン検査の所見と全く同様の所見しか得られない可能性が高く、いずれにせよ得られた所見は不明であるから、腹部レントゲン検査を行えば結果が回避できたとはいえない。

イ 心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認について

(ア) 被告Y2医師は、心音の聴診を行った。

(イ) 前記8イ(ウ)の被告Y1会の主張に同じ。

(11)  争点一一(被告Y2医師の診察時におけるBの救命可能性)について

(原告らの主張)

被告Y2医師が適切な診断を行ってBを転送していれば、Bが心タンポナーデによるショック状態に陥った午後四時一〇分ころまでには手術が開始され、救命されていたことは明らかである。また、転院先の病院で大動脈解離と診断されて治療が行われていれば、Bは、午後四時一〇分の時点で心タンポナーデによるショック状態に陥っていなかった可能性もある。

(被告Y2医師の主張)

Bに生じた急性大動脈解離はStanfordA型であり、これに対する救命のための外科的処置は、上行大動脈置換術及び必要に応じた弁輪部の修復術であるところ、Bが死亡した三月一六日午後五時一〇分までに、上記手術を実施することはできなかったので、Bには救命可能性がなかった。

(12)  争点一二(損害額)について

(原告らの主張)

ア Bの損害

(ア) 死亡慰謝料 二五〇〇万円

(イ) 逸失利益 七三六〇万九五〇五円

イ 原告X1の損害

(ア) 固有の慰謝料 二〇〇万円

(イ) 葬儀費用 一五〇万円

(ウ) 弁護士費用 五三〇万円

ウ 原告X2及び原告X3の損害

(ア) 固有の慰謝料 各一五〇万円

(イ) 弁護士費用 各二六〇万円

(被告らの主張)

争う。

第三  当裁判所の判断

一  認定事実

前記前提事実並びに証拠<省略>によれば、次の事実が認められる。

(1)  三月一五日の経過

ア 救急搬送

Bは、平成二〇年三月一五日午後六時四〇分頃、原告X1及びDと居酒屋で同席し、ビールをコップ三分の一程度飲んだところで、気分が悪くなり離席し、椅子に座ったまま壁に背中と頭をもたれかけ、一時意識を失っているところを同居酒屋の店員に発見され、救急車でaセンターに搬送された。救急車には原告X1も同乗した。

イ 救急車内における所見等

救急隊員は、Bについて、臍部辺りに痛みがあること、高血圧の既往があること、高血圧の朝夜服用薬は朝のみ服用したこと、大便を催していること、朝から排便があること、同日午後六時四〇分頃ビールをコップ三分の一程度飲んだことを伝えられた。救急車内におけるBの呼吸数は一八回/分、脈拍は六六回/分、SpO2は九九%、体温は三六・〇℃、血圧は一八三/七一mmHgであった。

ウ aセンターにおける所見等

C医師は、Bについて、臍周囲の持続痛があること、嘔気があり、二回の嘔吐(うちaセンターで一回)があったこと、aセンターで一回の下痢があったこと、症状は当日の午後六時五〇分頃から出現したこと、Bは同日午後六時四〇分頃にビールをコップ三分の一程度飲んだこと、夕食をまだ食べていないこと、及びBは高血圧の治療中であることを認識し、又は伝えられた。aセンターにおけるBの血圧は一二〇/五〇mmHg、体温は三五・〇℃であった。

エ aセンターにおける経過

C医師は、Bの腹部につき、「軟らかで、平坦」であること、圧痛があること、ディフェンスがないこと、ブルンベルグ徴候がないこと、腸雑音が過剰活動であるとの所見があることを確認した。

同日午後七時五〇分頃のブスコパン一A投与後、C医師は、同日午後八時二〇分頃、Bの痛みが強くなった旨の報告を受けた。

C医師は、同日午後八時三〇分のソセゴン投与後、午後九時五分頃腹部レントゲン検査が実施された際には、Bの痛みが軽減したことを認識した。

腹部レントゲン検査の結果、大腸ガス、ニボー像(液体と気体の境界にできる鏡面画像。液体と気体が存在することを示すもの。)、小腸ガスの所見が得られた。

C医師は、同日午後九時三〇分頃、B及び原告X1に対し、腹部レントゲン検査の結果の説明をした際、Bは痛みが消失し、楽になっているが、眠気が強いため、少し休んでから帰りたいと述べたため、三〇分程経過を見ることとした。

C医師は、同日午後一〇時一〇分頃、Bの痛みが治まり、帰宅できそうであるとの判断の下、Bを帰宅させた。

(2)  三月一六日の経過

ア Bは、平成二〇年三月一六日午前八時三三分頃、自ら自動車を運転して、原告X1とともにb医院を訪れた。Bは、同日午前八時四三分頃、被告Y2医師の診察を受けた。

被告Y2医師は、Bが四回の下痢があり、二回目から便に血が混じるようになったことを認識した。また、被告Y2医師は、Bから「昨日居酒屋に行って胸が苦しくなった」、「強い酒を飲んだ」、「aセンター受診」と聞き取った旨診療録に記載した。

Bないし原告X1は、被告Y2医師に対し、前日救急搬送され受診したaセンターで急性胃腸炎との診断を受けた旨伝えた。

イ 同日午前八時五二分頃に被告Y2医師が実施したBの心電図検査の結果、異常所見は発見されなかった。

ウ 同日午前九時頃までに被告Y2医師が実施したBの腹部エコー検査の結果、脂肪肝及び腸管拡張が認められたほか、異常所見は発見されなかった。

エ 同日午前九時五分頃から一三分頃までの間に被告Y2医師が実施したBの大腸内視鏡検査の結果、被告Y2医師は、「深部上行結腸に地図上潰瘍浮腫を認める」「血液あるも潰瘍より出血なし」との所見を得た。

オ 同日午前九時二七分におけるBの血圧は、一六六/八四mmHgであった。

カ 被告Y2医師は、Bに下痢及び下血の症状があったことから、脱水状態にあると判断し、点滴でソルデム三A(一五〇〇ml)の補液を行った。また、被告Y2医師は、Bの腹痛に対し、セルシン二A(二〇mg)を数回に分けて静脈注射するとともに、ボルタレン坐薬二個(五〇mg)を同時に投与した。

キ 被告Y2医師は、診療録に、「入院の可能性も話したが、仕事が忙しいとのことで拒否。」と記載した。

上記の点滴が終了した後、原告X1は先に帰宅していたため、Bは、同日午後二時二分頃、一人で自動車を運転して帰宅した。

(3)  司法解剖

ア Bの死亡後、平成二〇年三月一七日午後〇時二〇分から午後三時まで実施された司法解剖の結果、Bの大動脈は上行、弓部、下行、腹部に至るまで中膜と内膜の間で解離し、中に軟凝血を含む血液が存在すること、いわゆるDeBakey分類のⅠ型であること、心膜腔内に一五〇mlの血液が認められること、他に死因となる中毒、外傷、疾病は認められないことから、死因は解離性大動脈瘤破裂による心タンポナーデであると判断された。

イ Bの胸腹部の解剖所見は、「諸腸 異状はない」とされており、腸管内の異状所見は認められていない。

二  医学的知見

証拠<省略>によれば、次の事実が認められる。

(1)  急性大動脈解離

ア 病態

急性大動脈解離とは、大動脈の中膜が内外二つの部分に解離し、その間に血液あるいは血栓が充満した状態をいう。本来の大動脈内腔を真腔といい、解離によって新たに生じた壁内腔を偽腔という。

急性大動脈解離による大動脈起始部の拡張や大動脈弁輪の破壊によって大動脈弁閉鎖不全が発症することがある(発生頻度は後記分類によるStanfordA型の六〇~七〇%)。また、解離した大動脈の心嚢内破裂もしくは切迫破裂に伴う血性滲出液貯留によって心タンポナーデ(心膜液貯留のための心膜腔内圧の著明な上昇から、心腔内圧の上昇、心室充満の障害、心拍出量の低下をきたした状態をいう。)が発症することがあり、これは、急性期における大動脈解離の死因として最も頻度が高く重篤である(剖検例の報告では死因の七〇%が心膜腔への出血によるものとされる)。このほか、分枝動脈の狭窄・閉塞による未梢循環障害のひとつとして、腸管虚血が生じることがあるが、その頻度は二~七%である。

イ 分類

(ア) Stanford分類

内膜亀裂の部位や遠位伸展の有無にかかわらず、解離が上行大動脈に存在するものをA型、解離が上行大動脈に存在しないものをB型という。

(イ) DeBakey分類

上行大動脈に内膜亀裂があり弓部大動脈より未梢に解離が及ぶものをⅠ型、上行大動脈に解離が限局するものをⅡ型、下行大動脈に内膜亀裂があるものをⅢ型という

Ⅲ型のうち、内膜亀裂が下行大動脈にあり、逆行性に解離が弓部から近位に及ぶ病態も存在する。

(ウ) 上記のほか、偽腔の血流状態による分類として、偽腔開存型(偽腔に血流があるものや部分的に血栓が存在するもの)と偽腔血栓閉塞型(偽腔が血栓で閉塞している血栓閉塞型)がある。

ウ 症状

(ア) 疼痛

急性大動脈解離は、解離発生直後の激烈な胸部痛ないし背部痛を特徴とする。

解離が上行大動脈に始まるDeBakeyⅠ、Ⅱ型では前胸部に最も強く、上胸部、頸部、上肢、上背部等に放散する。解離が左鎖骨下動脈より遠位部で生じるⅢ型では背部痛、心窩部痛あるいは腹痛で発症する。解離発生直後の激痛の特徴としては、①最初が最も強く、漸次減弱傾向がある、②大動脈の走行に沿って痛みが移動する、③体位に無関係に認められる等が挙げられる。

(イ) 呼吸・循環器症状

ショック状態になることも多いが、血圧は必ずしも下降せず、かえって高血圧を呈するものも多い(五〇~八〇%)。

(ウ) 神経症状

脳血流量低下をきたし、頭痛、失神、意識障害、けいれん発作、片麻痺などを呈するほか、反回神経麻痺による嗄声等を認めることもある。

(エ) 消化器系症状

嘔吐、吐血、下血、便意出現等がある。

(オ) 四肢症状

解離の結果、大動脈分枝の圧迫や閉塞を生じ、四肢の阻血症状(四肢動脈の脈拍欠損、チアノーゼ、知覚異常等)が出現する。

エ 診断及び検査所見

(ア) 基礎疾患等

原因疾患としては、①高血圧症、②動脈硬化症、③Marfan症候群、④妊娠、⑤先天性疾患、⑥嚢胞性中膜壊死、⑦梅毒等がある。

年齢では、五〇~七〇歳の高齢者に多く、四〇歳以下では家族性発生因子を除けば稀である。男女比は、二:一~四:一と男性に多い。

(イ) 診断

急性期では疼痛が唯一の手がかりである。特に高血圧、妊娠、Marfan症候群等急性大動脈解離の発生しやすい状況の下で突然激痛を認めたら本症を疑う。急性循環不全状態にもかかわらず比較的血圧が高く保たれ、心雑音、血管性雑音、末梢動脈拍動や血圧の左右差、X線写真上、心陰影や大動脈陰影の拡大等があれば可能性がより強くなる。

(ウ) 検査

a 心電図

急性大動脈解離の心電図所見としては、正常な場合が約三一・三%と言われており、何らかの非特異的な異常所見を呈することが多い。

b 胸部単純X線検査

X線所見としては、①異常な縦隔陰影の出現、胸部大動脈陰影幅の拡大、胸部下行大動脈の輪郭の不整変形、胸部下行大動脈左縁の二重陰影像等、②大動脈弓上縁の上昇等がある。

c 心エコー検査

大動脈弁閉鎖不全や心タンポナーデの有無をチェックする。内膜フラップの確認やカラードップラー法等で異常血流シグナルの有無をチェックする。

d CT検査

大動脈の拡大及び内腔を境する線状透亮像を確認する。解離の部位、範囲を知ることができ簡単かつ有用な検査方法である。診断価値は高い。造影CTの情報量は多く、可能な限り造影CTを施行するべきとされる。

オ 治療方法及び予後

(ア) StanfordA型急性大動脈解離

上行大動脈に解離が及ぶStanfordA型は極めて予後不良な疾患で、症状の発症から一時間あたり一~二%の致死率があると報告されている。破裂、心タンポナーデ、循環不全、脳梗塞、腸管虚血等が主な死因となる。急性大動脈解離の国際多施設共同登録試験(IRAD)のデータでは、内科治療における死亡率は二四時間で二〇%、四八時間で三〇%、七日間で四〇%、一か月で五〇%と報告されている。外科治療における死亡率は症状から二四時間で一〇%、四八時間で三〇%、七日間で一三%、一か月で二〇%であった。したがって、外科治療の方が内科治療よりも成績が良く、StanfordA型の急性大動脈解離は、緊急の外科治療の適応とされる。平成一八年当時における外科治療は、内膜破綻のある上行大動脈置換術及び必要に応じて弁輪部の修復術が行われる。

(イ) StanfordB型急性大動脈解離

StanfordB型急性大動脈解離は、A型よりも予後が良い。合併症のないStanfordB型の場合、三〇日間の死亡率は一〇%と報告されている。逆に外科治療のリスクは高く、合併症のないStanfordB型の場合、内科治療も外科治療も同等の結果であると報告されている。ただし、破裂や切迫破裂、下肢虚血、臓器虚血、治療抵抗性の疼痛をきたした症例では外科治療が必要とされ、三〇日間の死亡率は二五%と報告されている。また急性期に上行大動脈に逆行解離をきたした例も手術適応となる。以上から、StanfordB型急性大動脈解離の治療においては、合併症のない例では内科療法を選択し、合併症のある例では手術を考慮する必要がある。

(2)  腹痛

ア 病態及び分類

腹痛は、内臓痛、体性痛、関連痛及びこれらの混合痛に分類される。

多くの腹痛は内臓痛に始まり、重症化に伴って体性痛に移行して関連痛等を生じるなど混合した痛みに変化してゆく。

内臓痛は腹腔内管腔臓器の過度のけいれん、伸展、拡張や実質臓器そのものに由来する痛みで、臓器の腫脹による被膜の過伸展等によって生じる。部位がはっきりしない、差し込むような鈍い間欠的な痛みで、体位変換によって軽減することが多い。しばしば悪心、嘔吐、発汗等の自律神経症状を伴う。

体性痛は、壁側腹膜、横隔膜、腸間膜等に炎症、壊死、捻転、牽引などの物理的刺激や、腹腔内に流出した消化管内容物や血液等の化学的刺激が加わって生じる。部位がはっきりした鋭い持続的な痛みで、体位変換で増悪することが多い。急性腹症として開腹しなければならない場合も多くある。

関連痛とは内臓痛が激しくなった際に、特定の部位の皮膚に疼痛の放散や知覚過敏が生じることをいう。

イ 診断

(ア) 腹痛をきたす疾患は、消化器疾患をはじめとして循環器系疾患、泌尿器科疾患、婦人科的疾患、代謝性疾患等と多岐にわたるため、的確な問診、腹部診察、適切な検査を行い、診断を下す必要がある。

(イ) 救急医療に関する医学文献の中には、患者が腹痛を訴える場合に、鑑別診断により、まずは緊急を要する疾患として循環器系疾患を否定すべきと指摘するものがある。

(ウ) 腹痛を主訴として受診した患者について腹部超音波検査やCT検査を実施したところ、大動脈解離であると判明した例がある。

ウ 治療方針

(ア) 内臓痛に対しては、鎮痙薬である抗コリン薬が対症療法として頻用されている。強い腹痛に対して早期の鎮痛が必要な場合の処方例として、ブスコパンの一回二〇mgの静脈注射、皮下注射又は筋肉注射が挙げられる。

(イ) 体性痛に対しては、非麻薬系鎮痛薬、麻薬性鎮痛薬を痛みの程度に応じてこの順に用いる。麻薬系鎮痛薬を使用すると診断に不都合となることがあるので、原則として最初からは使用しない。強い腹痛に対して早期の鎮痛が必要な場合の処方例として、ボルタレン坐薬一回二五~五〇mgの頓用やペンタジン(ソセゴン)一回一五mgの筋肉注射又は皮下注射が挙げられる。

(3)  腸管虚血、虚血性大腸炎

ア 腸管虚血

腸管虚血は、腸管組織への血液の灌流が不十分となり(虚血)、組織傷害を生じることによって起こる。虚血性傷害を未然に防ぐために、主要な腸間膜幹血管と腸間膜分岐枝との間に数多くの側副血行路が発達していて、小腸の側副血行路は数が多く、十二指腸及び膵床に集合しており、また、結腸の側副血行路は脾湾曲部及び下行結腸からS状結腸に集合している。これらの集合部位は血流が減少するリスクを潜在的に孕んでおり、それぞれGriffiths点、Sudeck点と呼ばれ、虚血の最も起こりやすい領域である。

腸管虚血は病因によって①動脈閉塞性腸間膜虚血、②非閉塞性腸間膜虚血、③腸間膜静脈血栓症の三つに分類される。

イ 虚血性大腸炎

(ア) 腸管の虚血と腸管内圧上昇に基づく大腸の炎症性疾患であり、小腸の絞扼性イレウスを除けば、急性虚血で最も一般的なものである。通常、一過性型と狭窄型の二型に分けられるが、後者の頻度は八~二五%である。壊死型を本症に加えることがあるがこの型は極めて稀である。

(イ) 移送の判断基準

高度の腹痛と炎症所見があるものは、確定診断と腸病変治療のために基本的には入院が望ましい。しかし、軽症で絶食が必要でなければ外来診療で十分なこともある。

(ウ) 症候

a 病歴の聴取で重要な点は、突然の発症、高齢者、基礎疾患、典型的腹痛部位である。

b 腹痛は時に高度であるが、全身状態は悪くない。下痢・血便は必発であるが、多量の出血は起こらない。

c 理学的に、左半部に圧痛を認めるが、腹膜炎は併発しない。

d 危険因子として基礎疾患(高血圧、心疾患等)や誘発因子(浣腸・坐薬の使用、内視鏡検査)がある。

(エ) 検査所見

a 血液検査

発症早期に白血球増多となる。CRP高値、赤沈値亢進がある。

b 腹部単純X線検査

特徴的変化はないが、時に大腸の拡張と罹患腸管の母指圧痕像が捉えられる。

c 腹部超音波検査

発症早期には腸管の肥厚が左側腸管に認められる。

d 大腸内視鏡検査

診断確定のためには必須の検査である。急性期には浮腫、発赤、出血を左半結腸(特に下行結腸)に認める。また、浅い潰瘍(不整型、縦走)も伴う。

急性期の生検所見では、粘膜上皮の変性・脱落・壊死、再生、出血、蛋白質に富む滲出物、水腫等が見られる。また出血に関連した担鉄細胞も出現するようになる。

(オ) 治療

全身状態を良好に保つため対症療法を行う。安静、絶食、補液により数日間経過を観察する。腹痛に対し鎮痙薬を使用する。症状が軽快すれば食事を開始する。軽症例では一週間で症状は回復するが、重症例では狭窄が進行しイレウスに至ることもある。長期の食事制限が必要となる。

三  C医師の過失の有無について

(1)  C医師が認識していたBの症状

ア 高血圧の既往

Bに高血圧の既往があり、降圧治療を受けていたことは争いがなく、診療録にも記載があることから、C医師がこれを認識していたことが認められる。

イ 意識障害等

(ア) C医師は、Bから「お酒を飲んだ後に、だんだんと意識が遠くなる、ぼーっとするようなことがあって、外に、風に当たりに行った」と聞いたと証言しており、Bに上記の症状があったことを認識していたことが認められる。この「意識が遠くなる」、「ぼーっとする」との表現からは、意識レベルが低下したことがうかがわれるものの、「失神した」、「気を失った」との表現とは異なり、意識障害(失神等)があったことをうかがわせるものではない。傷病者引継書及びaセンターの診療録には、失神や意識障害に関する記載はないことからすると、C医師は、Bに上記の発言内容以上の重篤な意識障害(失神等)が生じたことを認識していたと推認することはできない。

この点について、原告X1は、C医師に対し、意識が一時的になくなった旨を伝えたと供述する。しかし、原告X1は、被告Y2医師に対しても、Bが意識を一時的に失った旨を伝えたと供述するが、被告Y2医師もBが意識を喪失したことを診療録等に記載しておらず、意識喪失を前提とする対応をとっていない。意識喪失の所見は診断をする上で重要なものであるにもかかわらず、これを伝えられた、所属する医療機関を異にする二名の医師がいずれも診療録等に記載せず、意識喪失を前提とする対応をとらなかったことからすると、たまたま二名の医師が意識喪失の所見を看過した可能性を否定しえないものの、逆に二名の医師に対して、意識喪失の事実が伝えられなかった可能性が相当程度あることもうかがわれる。加えて、原告X1の上記供述を裏付ける客観的な証拠はないこと、原告X1がC医師に意識が一時的になくなった旨を伝えた場所について、陳述書では救急車を出逆えた医師に対して伝えたと供述しながら、本人尋問では病室に入る手前のあたりであった供述し、その内容を変遷させていることも併せ考慮すれば、原告X1の上記供述には、合理的な疑いが残り、これを採用することはできない。もっとも、原告X1は、Bが一時的に意識を喪失したことを現認しており、これをC医師に伝えないことも考えにくいところであり、原告X1において、C医師及び被告Y2医師との意思疎通が十分に図られなかったとも考えられる。

(イ) なお、C医師がBを診察した際には、Bの意識は清明であり、BはC医師の質問に返答することができていた。

ウ 胸部症状

傷病者引継書及びaセンターの診療録には胸部症状に関する記載はない。C医師は、Bから、飲酒をきっかけに胸が悪くなり、意識が遠のいたことを聞いたというものの、「胸が悪くなり」という表現は、胸痛があったことを必ずしもうかがわせるものではないから、胸が悪くなった旨の表現を、C医師がいわゆる嘔気の症状と認識したとしても、そのことがあながち不合理であるともいえない。

これに対し、原告X1は、Bが「心臓にぐっと来た」と訴えたと供述するが、これを裏付ける客観的な証拠はなく、上記供述をただちに採用できないところ、他にBが自らの胸部症状について「心臓にぐっと来た」とC医師に伝えたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、C医師はBに胸部痛があると認識していた旨の原告らの上記主張を採用することはできない。

エ 腹痛の程度

(ア) Bが腹痛を訴えて救急車でaセンターに搬送された(前記前提事実(2))際、Bについて、冷や汗や顔色の変色、呼吸苦等の症状がみられたとの事情はうかがわれない。

この点について、原告らは、Bが急激な腹痛を訴えてaセンターに搬送され、aセンターでも持続する激しい腹痛を訴え、会話もままならない状態であったと主張するが、原告X1は、BがC医師の質問に対し、痛い場所等を答えることができたと認めており、医師の質問に対して返答ができる状態であったことがうかがわれるから、原告らの会話もままならない状態であった旨の上記主張は採用できない。

(イ) なお、Bの腹痛がブスコパン二〇mgの投与によっては軽減せず、ソセゴン三〇mgの投与後に軽減した(前記認定事実(1)エ)ことをもって、腹痛の程度が強度であったとすることはできない。ブスコバンは内臓痛に、ソセゴンは体性痛に対してそれぞれ処方されるものであり(前記医学的知見(2)ウ)、腹痛が体性痛であったため、ブスコバンの投与で軽減せず、ソセゴンの投与後に軽減したとも解されるからである。もっとも、ソセゴンの一般的な投与量は一五mgであるから、C医師が、ソセゴン三〇mgを投与するに当たり、Bの腹痛がある程度に強度であったとの認識を有していたことは否定できない(なお、C医師は、米国の基準ではソセゴン三〇mgの投与は多い量ではないと証言するが、日本の基準を否定するものではないし、人種や骨格の違う米国人を対象とする米国の基準を本件に適用すべきであるともいえない。)が、ソセゴンの投与後に腹痛が軽減していることからすると、C医師は、Bの腹痛は鎮痛剤で制御できない強度なものとは認識していなかったことがうかがえる。

以上に加え、前記(ア)の事情も併せ考慮すると、C医師は、Bの腹痛について、大動脈解離を含む重篤な循環器系疾患を疑わせるような強度なものと認識していたと認めることはできない。

オ その他の症状

C医師は、前記認定事実(1)イ及びウ記載のバイタルサインについて認識し、Bに嘔気、嘔吐及び下痢の症状があったことを認識していた。

(2)  争点一(胸部レントゲン検査、心電図検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認をすべきだったか)について

ア 胸部レントゲン検査

(ア) 腹痛を主訴とする患者であっても循環器系疾患の可能性があることは前記医学的知見のとおり複数の文献に記載があり、腹痛を訴える患者につき生命への危険が高い循環器系疾患の可能性を排除するためには胸部レントゲン検査を行うことがリスクのない処置であることは否定できない。しかしながら、前記のとおり、腹痛をきたす疾患は多岐にわたり、その痛みの原因も様々な要因が挙げられること、痛みの部位や程度も症状によって大きく異なり得ることからすると、腹痛を訴える患者全てに対し、痛みの程度や身体の状況等を踏まえることなく一律に胸部レントゲン検査を行うべき義務があるとまではいえない。

(イ) 本件当時、Bは五四歳であり、高血圧の既往があったが、腹痛は冷や汗や顔色の変色、呼吸苦を伴うほど強いものではなく、急性大動脈解離に見られる典型的な症状である、突然の急激な胸背部痛、痛みの移動、失神といった症状(大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(二〇〇六年改訂版))を認めなかったこと、腹部の触診で腸雑音及び過剰活動があり、腹部レントゲンにより大腸ガス、ニボー像、小腸ガスが確認されたことから、C医師において、Bの主訴等を踏まえて、アルコール摂取もしくはウィルス性による腸管の活動亢進に基づく急性胃腸炎を疑ったことは相当であり、Bについて、胸部レントゲン検査を行う義務があったとまではいえない。

イ 心電図検査

(ア) 前記ア(ア)のとおり、腹痛を主訴とする患者であっても循環器系疾患の可能性はあるが、腹痛をきたす疾患は多岐にわたり、その痛みの原因も様々な要因が挙げられるから、患者が腹痛を訴えているとき、一律に心電図検査を行うべき義務があるとまではいえない。

(イ) 前記ア(イ)のとおり、C医師が、Bの主訴等を踏まえて、アルコール摂取もしくはウィルス性による腸管の活動亢進に基づく急性胃腸炎をまずは疑ったことは相当であり、このことを踏まえると、Bについて、心電図検査を行う義務があったとまではいえない。

なお、大動脈解離が生じていても、心電図検査の所見は正常な場合が約三一・三%もあり、本件では後医のY2医師による心電図検査によっても異常所見は出なかったことも併せ考慮すると、C医師が心電図検査を行っても異常所見を示したとは推認することはできない。かえって、異常所見を示さなかった可能性が相当程度あったことがうかがわれる。そうすると、C医師において心電図検査を行っていたとしても、結果が回避できたとはいえず、心電図検査違反の過失が仮にあるとしても、結果との間に因果関係を認めることはできない(因果関係の有無は、過失の有無とは別個の争点(争点八ないし一一)であるが、便宜上、過失の有無のところで、因果関係の有無についても言及した。以下同様である。)

ウ 心音の聴診

腹痛を主訴とする患者であっても循環器系疾患の可能性があることは前記医学的知見のとおりである。心音の聴診は、医師の診療行為として基本的なものであり、無侵襲かつ簡便であり、胸部レントゲン検査、心電図検査と異なり、診察に際して即時その場で行うことができるものであるから、特段の事情がない限り、心音の聴診をすべきであったというべきである。そして、特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、C医師には心音の聴診をすべき義務に違反した過失があったと認められる。

もっとも、仮に心音の聴診を行ったとしても、大動脈弁閉鎖不全がない限りは心雑音を聞き取ることが困難であったところ、C医師の診断時において大動脈弁閉鎖不全があったことを認めるに足りる証拠はなく、心雑音が聞き取れたとは認められないので、心音の聴診義務違反の過失と結果との間に因果関係を認めることができない。

エ バイタルの起立性変化の確認や経時的確認

原告らは、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認によって、起立性低血圧による失神の可能性を排除できる上に、新たな異常が確認できた可能性が高いから、これらの検査を行う義務があった主張する。

しかしながら、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認は、Bの意識喪失について、起立性低血圧による失神の可能性を排除するために行う検査であるところ、前記イ(ア)のとおり、C医師は、Bの意識喪失の事実を認識しておらず、検査義務を論議する前提となる事実を欠いているから、上記検査の検査義務は認められない。

(3)  争点二(十分な問診をすべきだったか)について

原告らは、C医師には、Bが救急車で搬送された経緯及び意識が遠のいた経緯等について十分に問診すべき義務があったにもかかわらず、その義務を怠ったと主張する。

前記医学的知見を踏まえると、腹痛においては、(急性腹症という概念を用いるかはともかく)、生命に危険を及ぼす疾患の可能性を除外するため、現病歴(腹痛の発症様式)、既往歴、随伴症状等につき問診する必要がある。

この点について、C医師がBから、①既往歴として高血圧の治療中であること、②随伴症状として嘔気、嘔吐及び下痢があること、③現病歴として腹痛は臍周囲の持続痛で、三月一五日午後六時五〇分頃から出現したこと、④症状出現までの経緯として同日午後六時四〇分頃、ビールをコップ三分の一程度飲み、夕飯はまだ食べていなかったことを聴取し、診療録に記載し、さらに、診療録には記載しなかったものの、⑤Bが居酒屋でビールを飲んでいて、胸が悪くなり、玄関まで徒歩で出て、風に当たっていたところ段々と意識が遠くなった旨を聴取したことが認められる。

以上によれば、C医師は、腹痛の症状を訴えるBに対し、腹痛が出現した時間や経緯、意識が遠のいた経緯等について相当程度詳細な問診を行ったことが認められる。しかし、Bが、胸が悪くなった、段々と意識が遠くなったと述べたことについては、循環器系疾患の可能性が除外されていなかったことも踏まえると、Bがどのような症状について胸が悪くなったと訴えているのか、胸痛の有無、程度、性状等について、発問して確認しておくべきであったし、段々と意識が遠くなったことについても、同様にどのような症状を意識が遠くなると表現したのかを、発問して確認しておくべきであったというべきである。胸が悪くなったこと、段々と意識が遠くなったことについては、C医師の問診が十分であったということはできず、問診義務違反の過失があったとするのが相当である。

もっとも、b医院において、胸痛があったことを聴取して心電図検査を行っても異常な所見は得られなかったことからすると、問診により胸痛があったことをC医師が認識し、心電図検査を行っても異常所見が得られた可能性が高いとはいえない。また、段々と意識が遠くなったという点については、より詳細な問診をすれば、さらに詳しい事情が明らかになった可能性は否定できないが、原告X1がC医師及び被告Y2医師に対し、一時的に意識を喪失したことを伝えたとは認められず、原告X1とC医師との意思疎通が十分に図れていたかは疑問があるところであり、一時的な意識喪失をうかがわせるような事情が明らかにならなかった可能性が相当程度あったことも否定できない。そして、B及び原告X1とC医師との間の意思疎通が十分に図れなかったとしても、そのことからC医師に落ち度があるまで断じることはできない。

したがって、C医師の問診義務違反の過失と結果との間に因果関係を認めるのは困難である。

(4)  争点三(腹部エコー検査及びCT検査を行うべきだったか)について

ア 原告らは、Bの腹痛が極めて強度であったこと、腹部レントゲン検査の結果大腸ガス、ニボー像、小腸ガスの所見が得られたこと、同検査の結果、大動脈の蛇行ないし陰影の拡大という所見が得られたことから、C医師には、腹部エコー検査及びCT検査を行うべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったと主張する。

イ 腹痛の程度については、前記(1)エに述べたとおり、C医師の診断時において、鎮痛薬で制御できない程に重篤なものであったとは認められないから、上記アの原告らの主張のうち、Bの腹痛が極めて強度であったことを前提とする部分については、その前提を欠いている。

ウ また、大腸ガス、ニボー像、小腸ガスの所見は、イレウスを疑わせる所見の一つである。しかしながら、上記イのとおり、腹痛は鎮痛薬で制御できない程に重篤なものではなく、腹部レントゲン検査の結果からは腸管の癒着等の所見はなく、イレウスを疑って緊急に対応する必要があるような所見もなかったから、C医師において、緊急の対応を要するイレウスを疑ってCT検査を行うべき義務があったとはいえない。

エ 大動脈の蛇行ないし陰影の拡大について、鑑定の結果によれば、腹部レントゲン写真上、胸部大動脈の左縁の蛇行と判断される陰影を認めるものの、加齢や高血圧で一般に認めるもので、病的意義は乏しく、大動脈解離を疑わせる所見ではないとする。腹部レントゲン写真では、下行大動脈の異状を判断できない旨のC医師の証言も併せ考慮すれば、大動脈の蛇行ないし陰影の拡大をもって、大動脈解離等の循環器系疾患を疑うことができたとするには疑問があり、他に循環器系疾患を疑うことができたことを認めるに足りる証拠はない。

オ したがって、C医師に、大動脈解離を含む循環器系疾患を疑って、腹部エコー検査及びCT検査を行うべき義務があったと認めることはできない。

なお、b医院において、腹部エコー検査が行われているが、視認された腹部大動脈には明らかな異常は確認されておらず、C医師において腹部エコー検査が行われたとしても、同様に異常が確認されなかった可能性が相当程度あることがうかがわれるから、仮に腹部エコー検査義務違反の過失があったとしても、結果との間に因果関係は認められない。なお、CT検査は、腹部エコー検査後に行われる場合が少なくないと思われ、腹部エコー検査に先んじてCT検査義務があるとはいえないし、腹部エコー検査によって異常所見がないときにCT検査を行う義務があるともいえないから、本件において、仮に腹部エコー検査違反の過失があったとしても、CT検査義務違反の過失を認めることはできなかったと思われる。

(5)  争点四(第二次救急病院に転送すべきだったか)について

前記認定事実(1)エのとおり、Bの主訴である腹痛はソセゴンの投与によって軽減したと認められる。そして、前記(2)ア(ア)に述べたとおり、C医師が大動脈解離を含む循環器系疾患を疑うことは困難だったのであり、腹部レントゲン検査の結果も重篤な疾患の可能性を疑わせるものでなかったことから、ひとまず今後の経過を見ることとし、腹痛が再び強くなったら病院で受診することを指示して帰宅させたとしても不適切とはいえず、さらなる検査のために第二次救急病院に転送すべき義務があったとはいえない。

四  被告Y2医師の過失の有無について

(1)  被告Y2医師が認識していた症状

ア 高血圧の既往

Bが、高血圧の既往があり、降圧治療中であったことは争いがなく、電子カルテにも高血圧の略語である「HT」との記載があることから、被告Y2医師がこれを認識していたことが認められる。

イ 意識障害等

原告X1は、b医院にBと一緒に来院した後、診察の前に、受付のカウンターの前で、カウンターの中に事務員や被告Y2医師がいる状況で、Bが前日に意識を失ったことを説明したと供述するが、被告Y2医師の、専らBと話していた記憶があり、原告X1の言葉は覚えていないとの供述、b医院に診療録上、失神や意識障害に関する記載がないこと、上記三(1)イ(ア)のとおり、原告X1のC医師に対して、意識喪失の事実を告げた旨の供述が採用できないことを併せ考慮すると、原告X1の供述を採用することはできず、他にBが失神したことを被告Y2医師が認識したと認めるに足りる証拠はない。

ウ 胸部症状

Bの胸部症状として、前日に胸が苦しくなったことが、b医院の診療録に記載されていることから、認められる。

エ 腹痛の程度

(ア) 原告らは、腹痛が三月一五日に急激に生じたものであること、三月一五日の帰宅後も強い腹痛と寒気が持続しており、夜もほとんど眠ることができなかったこと、三月一六日に持続する腹痛を訴えてb医院を受診したことから、Bの腹痛が持続する強度なものであったことを主張する。

しかし、Bは自ら自動車を運転してb医院を訪れ、帰宅していること(認定事実(2)ア及びキ)、被告Y2医師による診察の際も、原告X1の付き添いを必要とせず、受け答えに支障がなかったことからすると、被告Y2医師の診察時のBの腹痛は、身動きが取れない、ないし会話がままならないという程度のものではなかったから、腹痛が重篤な循環器系の疾患を疑わせる強度なものであったとは認められない。

(イ) 前記認定事実(2)カのとおり、被告Y2医師は、Bの腹痛に対し、セルシン二A(二〇mg)及びボルタレン坐薬二個(五〇mg)を投与したことが認められる。

セルシンは鎮痛薬ではなく通常鎮静剤として使用される薬剤であり、ボルタレンは体性痛に処方される鎮痛薬である。被告Y2医師の、鎮静作用で腹痛が治まることがあることからセルシンを鎮静目的で使用し、ボルタレンを鎮痛目的で使用したこと、セルシン及びボルタレンの投与量も成人男子に対して処方する通常の範囲内である旨の供述からすると、セルシン及びボルタレンの投与及びその投与量から被告Y2医師がBの腹痛の程度を強度のものと認識していたとはいえない。

なお、セルシン二〇mgとボルタレン五〇mgの二種類の投薬を行っていることについては、いずれかを投与して軽減しなかったからもう一方を投与したという事実は認められず、二種類の投薬を行っているからといって直ちに腹痛の程度が強度であるとは認めることはできない。

オ その他の症状

被告Y2医師は、前記認定事実(2)オのとおりBの血圧の値を認識し、Bに下痢、下血の症状があることを認識していた。

(2)  争点五(腹部エコー検査による大動脈の確認、胸腹部レントゲン検査、心音の聴診、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認をすべきだったか)について

ア 胸部レントゲン検査

被告Y2医師が認識していたBの症状は上記(1)のとおりである。加えて、被告Y2医師は、Bが前日は胸の苦しさはあったが、胸の痛みはほとんど軽快していたと述べたこと、心電図検査で異常所見がなかったこと、前日受診したaセンターで急性胃腸炎との診断を受けたと聞いたこと(認定事実(2)ア)、問診において、Bが前日に腹部レントゲン検査を受けたにもかかわらず、誤って胸部レントゲン検査を受けたと被告Y2医師に対し回答したこと。このことから、胸部レントゲン検査の結果では異常所見がなかったから前医が急性胃腸炎と診断したものと考えたとしてもやむを得ない。)からすると、前医での診断を前提に、Bの主訴である腹痛の原因が消化器系疾患であるとの疑いを抱いたとしても必ずしも非難できない。

確かに、一般論としては、以前に行った検査の所見が不明である以上は、必要な検査を改めて行うべきであり、胸部レントゲン検査を行ったと誤信したとしても、改めて行うべき場合があることは否定できないが、本件では、上記の事情があり、これを考慮すれば、大動脈解離を含む循環器系疾患の可能性を疑って胸部レントゲン検査を行う義務があったとまではいうことはできない。

イ 腹部エコー検査による大動脈の確認

被告Y2医師は、消化器系疾患を疑って腹部エコー検査を実施したのであるが、その際に視認された腹部大動脈については確認を行ったといえるから、それ以上に大動脈解離を含む循環器系疾患の可能性を疑ってさらに大動脈の確認を行う義務があったとはいえない。

ウ 腹部レントゲン検査

大動脈解離を含む循環器系疾患の可能性を疑った場合には、胸部レントゲン検査を行えば足りるのであって、腹部レントゲン検査まで行うことの有用性には疑問がある。そして、上記アのとおり、被告Y2医師は、大動脈解離を含む循環器系疾患の可能性を疑って胸部レントゲン検査を行うべき義務があったとは認められないから、循環器系疾患の鑑別にとって有用性がより低いと考えられる腹部レントゲン検査を行うべき義務も当然認められない。

エ 心音の聴診

心音の聴診は、医師の診療行為として基本的なものであり、無侵襲かつ簡便であり、胸部レントゲン検査、心電図検査と異なり、診察に際して即時その場で行うことができるものであるから、特段の事情がない限り、心音の聴診をすべきであったというべきである。心電図検査は、心音の聴診よりも循環器系疾患の検査方法としては優れているところ、被告Y2医師は、Bから胸痛があったことを聴取して、循環器系疾患を疑って心電図検査を行っているから、上記の特段の事情がある場合に相当する。したがって、心音の聴診を行う義務があったとはいえない。

オ バイタルの起立性変化の確認や経時的確認

原告らの主張は、バイタルの起立性変化の確認や経時的確認によって、起立性低血圧による失神の可能性を排除できる上に、新たな異常が確認できた可能性が高いから、これらの検査を行う義務があったというものである。

しかし、被告Y2医師が失神等の意識障害を認識していたと認められない以上、起立性低血圧による失神の可能性を排除するための検査を行う義務があるとは認められない。

(3)  争点六(十分な問診をすべきだったか)について

原告らは、被告Y2医師には、大動脈解離を含む循環器系疾患の可能性を疑って、Bに腹痛が生じた経緯、搬送された経緯等の病歴について十分に問診すべき義務があったにもかかわらず、その義務を怠ったと主張する。

被告Y2医師は、居酒屋で酒を飲んだ後に症状が生じて救急搬送されたという経緯、高血圧の既往、下痢下血や胸苦という随伴症状といった事項について一定程度具体的に聴取したことが認められる。

しかし、診療録には「強い酒を飲んだ」と記載されており、被告Y2医師の供述にも、前日、居酒屋で強い酒を勧められ、ウォッカのような強い酒を飲んだとBから聞いたという部分があり、これらは、C医師が聞いたとする居酒屋でビールをコップ三分の一杯飲んだという事実や原告X1が供述する事実とは異なる。しかしながら、被告Y2医師がBの死亡を知ったのは警察から診療録の任意提出を求められたときであり、警察がコピーを交付したとの被告Y2医師の供述を疑わせる事情や証拠はなく、診療録に虚偽の事実が記載されたと断ずることはできないから、診療録の記載は、被告Y2医師が事実を誤解して記載した可能性はあるものの、被告Y2医師が認識した事実が記載されたものと思われる。この誤解が被告Y2医師の注意不足に由来する可能性もあり、症状出現に至る経緯に関しては十分に具体的な事実が聴取できているとはいえず、問診を十分に行わなかった過失を認める余地もあろう。

しかし、仮に被告Y2医師の過失が肯定されるとしても、Bが一時的に意識を喪失したことについては、原告X1が伝えようと思っていたにもかかわらず、C医師及び被告Y2医師に認識されなかったこと、原告X1と被告Y2医師との意思疎通が十分でなかった可能性が否定できないこと、問診においてはもっぱらBが回答していたことからすると、詳細な発問をしても、原告X1からBが一時的に意識を喪失していたことをうかがわせるような事情を聴取できなかった可能性が相当程度あったことも否定できない。そして、B及び原告X1と被告Y2医師との間の意思疎通が十分に図れなかったとしても、そのことから被告Y2医師に落ち度があるとまで断じることはできない。

したがって、被告Y2医師の問診義務違反の過失と結果との間に因果関係を認めるのは困難である。

(4)  争点七(第二次救急病院に転送すべきだったか)について

ア まず、大腸内視鏡検査前の所見からは、被告Y2医師が、Bにつき大動脈解離を含む循環器系疾患の可能性を疑うことは困難であったから、大動脈解離を含む循環器系疾患の可能性を疑ったことを前提としてBを第二次救急病院に転送すべき義務があったとはいえない。

イ 大腸内視鏡検査の結果、腸管虚血の所見を得ていることから、これに被告Y2医師が認識した所見を踏まえ、大動脈解離を疑うべきであるかについて検討する。

鑑定の結果は、虚血性大腸炎の診断であれば、血管性を鑑別すべきことは当然であるが、Bについては、主要血管の急性閉塞を思わせる症状や所見がないこと、大動脈解離に伴う不全閉塞の内膜所見については明確に言及した文献がないことを勘案して、被告Y2医師が非閉塞性と判断し、大動脈解離を疑わなかったことに問題があるとはしない。

他方でE医師作成の私的鑑定書には、腸が虚血であるという所見からは、突然の激しい心窩部痛を訴えているという事実を合わせ考えると、その原因として最も考えられる急性大動脈解離を即座に疑うべきとする部分がある。しかし、前記(1)エ(ア)に述べたとおり、Bの腹痛の程度が重篤な疾患を疑わせるほど強度なものであったとは認められないから、E医師が根拠とする「突然の激しい心窩部痛」については、その前提を欠き、E医師の上記私的鑑定書の記載部分は採用できない。

そうすると、腹痛の程度が重篤な疾患を疑わせるほど強度なものと認識していない本件の状況下では、腸管虚血の所見から直ちに大動脈解離を疑うべきであったとまではいえない。

ウ もっとも、被告Y2医師は、大腸内視鏡検査の結果、「深部上行結腸に地図上潰瘍 浮腫を認める」「血液あるも潰瘍より出血なし」との所見を得て、腹痛、下痢、下血という症状も踏まえて、Bにつき虚血性大腸炎であると判断し、循環器系疾患については心電図検査の結果異常所見がなかったことからこれを否定したものであるが、虚血性大腸炎との判断が適切であるかはともかく、前記医学的知見(3)によれば、虚血性大腸炎との判断を前提としても、軽症の場合を除き入院を要するのであるから、被告Y2医師は、b医院には入院施設がない以上別の病院に転送すべきとも考えられる。

しかし、b医院の診療録に「入院の可能性も話したが、仕事が忙しいとのことで拒否。」との記載があり、被告Y2医師が診療録に虚偽の事実を記載したと断ずることはできないから、被告Y2医師がBに入院を提案しBがこれを拒否したことを否定することはできないところ、Bが入院を拒否しているにもかかわらず転送して入院させるべき義務があったとまではいえない。

なお、虚血性大腸炎として経過を見るために入院施設のある病院に転送したとしても、大動脈解離を含む循環器系疾患の可能性を疑ったことを前提としてBを第二次救急病院に転送する場合とは異なり、大動脈解離が診断され救命措置が行われることには直結しないから、転送義務違反と結果との間に因果関係を認めるのは困難である。

エ したがって被告Y2医師が、Bを第二次救急病院に転送すべき義務に違反したとは認められない。

五  結論

以上によれば、原告らの請求は、過失が認められないか、過失と結果との間の因果関係が認められないから、その余の争点を判断するまでもなく、理由がない。

第四  よって、原告らの請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 本間健裕 裁判官 郡司英明 中川大夢)

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