札幌地方裁判所 平成21年(ワ)2610号 判決 2011年4月25日
当事者及び訴訟代理人等
別紙1当事者等目録記載のとおり
主文
1 原告が,被告株式会社Y1に対し,労働契約上の地位を有することを確認する。
2 被告株式会社Y1は,原告に対し,平成20年11月1日から,毎月25日限り,1か月30万円の割合による金員及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告らは,原告に対し,連帯して44万円及びこれに対する平成21年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は,これを20分し,その6を原告の,その13を被告株式会社Y1の,その余を被告らの負担とする。
6 この判決は,第2項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 主文第1項に同旨。
(2) 主文第2項に同旨。
(3) 被告らは,原告に対し,連帯して,330万円及びこれに対する平成21年9月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 訴訟費用は,被告らの負担とする。
(5) (2)項及び(3)項につき,仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は,原告の負担とする。
第2事案の概要等
本件は,被告株式会社Y1(以下「被告会社」という。)において,調理部長などを務めていた原告が,①平成20年10月31日付けの顧問契約の解除は,解雇権の濫用であり,無効であるなどと主張して,被告会社に対し,労働契約上の地位の確認,平成20年11月1日から毎月25日限り,賃金として,1か月当たり30万円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を,②被告会社の代表取締役である被告Y2(以下「被告Y2」という。)による不当な降格及び解雇によって,労働契約上の地位・権利及び人格権を侵害されたと主張して,不法行為に基づき,被告らに対し,連帯して,330万円(慰謝料300万円,弁護士費用30万円)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年9月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求めた事案である。
1 前提事実
当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は次のとおりである。
(1) 当事者等
被告会社は,aホテル(以下「aホテル」という),bホテル(以下「bホテル」という)及びcホテル(以下「cホテル」という)などで温泉旅館業を営む株式会社であり,被告Y2は,昭和47年9月からその代表取締役に就任しているものである。
(2) 原告の職歴等
原告は,昭和45年7月,被告会社に調理職として採用されてbホテルに配属され,昭和46年にはbホテルの調理長に起用され,昭和53年3月ころから,aホテル調理部長としてaホテル及びbホテルの各調理部門を統括した(<証拠省略>)。
(3) 被告会社取締役への就任
原告は,平成8年2月ころ,被告会社取締役に就任すると共に,被告Y2からaホテル,bホテル及びcホテルの各調理部門を統括する「総調理部長」に任命され,月額83万円を支給された(<証拠省略>。ただし,平成14年中は月額78万円,<証拠省略>。なお,この際,原告が,被告会社から使用人としては退職したか否か争いがある。)。
(4) 常務執行役員への就任等
ア 原告は,平成14年12月ころ,被告会社取締役を解任され,同社常務執行役員に就任したが,「総調理部長」としての業務内容に変化はなく,待遇も月額78万円が支給されていた(<証拠省略>)。
イ 被告会社は,平成16年1月から,原告に支給する金員を,月額78万円から70万円に減額した(<証拠省略>。なお,これが被告Y2による説明を欠いた不当な減給であるのか,被告会社における食中毒の発生と業績不振に関する経営責任として,原告ら全役員に対する十分な説明の上で,役員報酬を減額したものであるのかは争いがある。)。
ウ 被告会社は,同年4月から,大手旅行代理店JTBのアンケートによる評価が悪化したことの責任を問うて,原告に支給される金員を月額70万円から63万円に減額した(<証拠省略>)。
エ 被告会社は,平成17年2月から,原告に支給する金員を月額63万円から60万円に減額した(<証拠省略>)。
(5) 調理部顧問への配属等
ア 被告会社は,平成18年9月10日ころ,原告を被告会社常務執行役員の任から解き,aホテル調理部顧問に配属した(<証拠省略>。なお,原告を,被告会社常務執行役員から解任し,aホテル調理部顧問に配属したことが,必要な手続を欠き,裁量権を逸脱した違法・無効な人事権の濫用となるか否かは争いがある。)。
イ 被告会社は,平成18年11月及び12月に支給する金員を,月額60万円から50万円に減額した(<証拠省略>)。
ウ 被告会社は,平成19年1月から原告に支給する金員を月額50万円から42万円に減額した(<証拠省略>)。
(6) 調理部顧問からの解任等
ア 原告(昭和23年○月○日生)は,平成20年1月17日をもって満60歳となった(なお,被告Y2が,平成20年4月,原告に対し,今後も月給30万円で数年間働いてもらう旨申し渡したか否かは争いがある。)。
イ 室蘭労働基準監督署は,同年10月21日,aホテルに立入検査を行った。
ウ 原告は,翌22日午後3時,被告Y2から呼び出され,調理部顧問を退くこととなった(これが,原告が労働基準監督署に訴え出る動きに加担したことを理由とする即時解雇であるのか,それとも自発的な顧問契約の解約であるのかは争いがある。)。
エ 被告会社は,原告に対し,同年11月1日,「貴殿との顧問契約は,平成20年10月31日をもって解除いたします。従いまして,来月から当社とは一切関係が無い事を確認させていただきます」旨記載された内容証明郵便(<証拠省略>)を送達して,原告の以後の就労を拒んでいる。
オ 当時,被告会社の就業規則には,従業員の解雇について,別紙2「株式会社Y1就業規則(抜粋)」記載の定めがあった(<証拠省略>)。
2 争点
(1) 原告が,平成8年2月ころ,被告会社の常務取締役に就任するに当たり,従前の労働契約については解消されたか。
(原告の主張)
原告は,平成8年2月から平成14年12月までの間,被告会社の取締役に就任していたが,被告会社の取締役会に出席したことは1回しかなく,職務内容としては従前調理部門を管理していたaホテルとbホテルにcホテルが加わったにすぎない(被告Y2)もので,毎月給与支給明細書を交付され,雇用保険にも加入しており(<証拠省略>),その地位は使用人兼務取締役であって,従業員としての地位も有していたというべきである。
(被告らの主張)
原告は,平成8年2月,被告会社の常務取締役に就任すると同時に,被告会社における労働者たる地位を喪失し(被告Y2),従業員退職金も全額精算されている。原告は,取締役の地位は名目的なものであったなどというが,そうであるなら盛大な就任記念パーティーを催し,高額の役員報酬を支給する(被告Y2)はずもなく,実際に原告には調理部門においてその知識と経験を活かして被告会社の経営に積極的に参与することが求められていた。
(2) 原告が,平成14年12月,被告会社の常務執行役員に就任するに当たり,従前の労働契約は解消されたか。
(原告の主張)
原告は,幹部従業員が従業員の代表者として経営に参画するという立場である常務執行役員だったものであり,その常務執行役員たる地位は従業員であって,その間の原告と被告会社との間の法律関係は労働契約であったことは明らかである。すなわち,被告会社は,執行役員制度を導入するに際して,被告会社の意思決定と業務執行を分離するため,専ら業務を執行する使用人たる執行役員を選任することとし,原告らについて取締役を辞任(解任)して常務執行役員とする旨記載された「執告役員制度について」と題する書面(<証拠省略>)を作成して原告に交付した上,「株式会社Y1 執行役員規程」(<証拠省略>)にも「執行役員とは,(中略)上級幹部従業員である」旨明記し,その8条5号では,従業員としての身分を喪失すれば,執行役員としての身分も失うことを定め,執行役員が従業員であることを明らかにしており,加えて常務執行役員であった原告に給与が支給され,そこから雇用保険料が控除されていた(<証拠省略>)ことにも照らせば,原告の労働者性は明らかである。
(被告らの主張)
原告は,平成14年12月に被告会社の常務執行役員に就任しているが,その職務内容は常務取締役の職務内容と大して変わりはなく,役員として従業員とは一線を画する立場にあった(被告Y2)。原告には常務取締役時代から,具体的な業務指示や時間的拘束は一貫して行わないものと取り扱われており(被告Y2),このことは原告が労働者側ではなく,経営者側の立場に立っていたことを示している。
(3) 被告Y2が,平成18年9月10日ころ,原告を常務執行役員から解任し,aホテル調理部顧問に配属したことは,裁量権を逸脱した人事権の濫用として,不法行為を構成するか。
(原告の主張)
被告Y2は,原告に対し,平成18年9月10日ころ,「(被告Y2の長男である)Aに跡を継がせるので,身を引いて欲しい」,「X(原告)を執行役員から外して,調理顧問にする」,「一切,口も手も出すな。若い人が来たら相談は乗ってやってくれ。ただし,決定はするな」旨申し渡し(原告本人),その旨aホテルの社員食堂に掲示して,原告を被告会社の常務執行役員から解任し,aホテル調理部顧問に配属した。原告は,被告Y2から一切の権限を奪われていたため,若い調理人の調理業務の手伝いをするしかない閑職に追いやられ,従前減額を重ねて月額60万円を支給されていたものを平成18年11月には月額50万円にまで減額される(その後,平成19年1月には月額42万円,平成20年4月以降は月額30万円に一方的に減額されている。)などされたもので,これまで被告会社に多大な功績があって取締役や執行役員を歴任した原告にとって大変な屈辱であった。
被告会社には,原告を執行役員から解任して,一介の調理部顧問に配属する業務上・組織上の必要性はなく,原告の能力・適性に何ら問題はなかった上,執行役員の解任には会社法362条4項3号が「支配人その他の重要な使用人の選任及び解任」を挙げていることに照らし,同様に取締役会決議を要するというべきところ,上記解任は,就業規則にも定めがないのに被告Y2が一存で断行したもので,裁量権を逸脱した人事権の濫用であって,原告に対する不法行為を構成する。
被告らは,原告がC型肝炎を発症して業務執行不能に陥ったかのような主張をするが,原告がC型肝炎に罹患したのは平成17年3月ころであって,しかもその症状は軽く,同年9月ころまで,数日間の入院治療と週に1回程度の通院治療を要したが,その後は月1回程度の通院で足り,自覚症状もなく,平成18年4月ころには完治していた。原告は,このことを同年4月8日,Y2家の墓参りに同行した際,被告Y2に伝えていた(被告Y2)。原告は,C型肝炎の治療中も,朝5時ころから夜9時半ころまで,aホテルを中心に,bホテル等を回って各調理部門の従業員に具体的な指示を出しており,常務執行役員の業務に何ら差し支えはなかった。また,被告Y2から,調理部顧問に配属されるに当たって,C型肝炎を理由とするなどといった説明は一切なかった。
原告は,aホテルの調理部門に君臨し,時間管理の導入を含めた会社の業務改善・改革に反対しこれを妨害していた事実はない。そもそも,被告会社は,調理部門に限らず,タイムカードも導入されておらず,適正な時間管理は行わず,三六協定の締結もしないまま長時間労働を強い,公休管理もまともにしないため,調理部門においても,部署ごとに異なる繁閑に合わせて調理人を融通して人手不足をカバーしながら,レストランの営業時間に即して連日早朝午前5時半ころから午後10時ころまでほぼ全スタッフが長時間労働を余儀なくされていたのに,ほぼ全従業員が毎月8日の公休を取得し,出勤したのが22日間にとどまるかのように扱い,シフト表による労働時間など行われず,時間外手当など払ったこともないため,かえって原告が,被告Y2に対し,「(調理部門の)人が足りない」「労働時間が長い」などと現状変更の必要性を訴えていたが,被告Y2が「お前らの能力がないんだ」「調理人1人が客50人を担当しろ」などと述べ,増員及び1人当たり労働時間の短縮に反対していたのであり,被告会社が時間管理の導入など業務改善・改革をしようとしたことなどない。
確かに,原告は,以前「総調理部長」として,調理人の採用・昇給・昇格につき意見を述べる立場にあったが,原告はあくまで現場の意見を取りまとめ,被告Y2及び総務部門に伝えていただけで,決裁権は被告Y2にあり,被告らが主張するように「調理人の採用,昇給,昇格等の人事権を掌握」することなどできようはずもなかった。
また,確かに,原告は総調理部長として,調理人らの労働条件に関する愚痴や苦情に「調理人は勤務時間が長いものなんだ」「休まずに,頑張ってくれ」などと述べざるを得ないことが少なからずあったが,これは調理人らの募る不満をなだめるために言ったもので,自ら調理人を酷使しようとして言ったものではないのであり,絶対的な人手不足の中で仕事の終わった調理人が他の部署を手伝うことはままあることで,原告が,意味もなく調理人の帰宅を許さなかったことなどない。その他,被告らの指摘する原告の悪行なるものは,労働慣行もおよそ異なった15ないし20年以上前のことであり,そのような事実を取り上げざるを得ないこと自体が,不当降格・不当解雇を正当化する事由の乏しさを示している。なお,必要な限度で反論すると,原告は大晦日の業務終了後,恒例行事のビールでの乾杯後,スタッフ全員に見送られたことはあるが,それ以外にお見送りなどされたことはない。平成元年ころ,運転免許停止処分を受け,aホテルやbホテルを往復する業務上の必要上調理人に交代で運転させたことはあるが私用ではない。原告は,15年くらい前に,調理人に交代で,週に2,3回朝食作りをさせていたが,これは献立や盛りつけを考えさせ,実体験をもって必要な礼儀作法を学ばせるためである。原告は,被告会社の食材を持ち出したことなどない。bホテルで調理人らが次々に挨拶に来たことはあったが,自発的なもので指示したわけではない。年末年始に帰省できないとしてとどまっている調理人を自宅に招待したことはあるが,非難される筋合いはない。年末年始は多忙なので,新年会を1月17日にずらし原告の誕生祝いと兼ねてしたことはあるが,調理人に参加を強制したことはない。調理人に背中を流してもらったのは20年以上前のことで,しかも強制したものではない。
(被告らの主張)
否認する。
原告は,平成18年にC型肝炎を発症してインターフェロン治療など長期の治療を要し,身体的にも精神的にも,常勤の常務執行役員としての職務をこなすことが不可能となったため,本来であればこれを解任して退職させるべきところ,被告会社において,原告がこれまで被告会社に貢献し,また直ちに退社させれば経済的にも困窮するであろうことを慮って,平成18年9月,常務執行役員の任を解き,名誉職としてのaホテル調理顧問という委任契約上の地位を付与して,肉体的に負荷のかかる仕事をしなくとも給与を支払うこととし,原告が安心して治療に臨めるように破格の待遇をしたのである。その職務内容は,原告の体調の良いときに出社して,調理人や被告Y2らの相談を受けたり,経験を踏まえて調理部門の改善策を報告することであった。
原告は常務執行役員のままC型肝炎の治療を受けていたが,肉体的にも精神的にもその職責を果たせる状態にはなかった。C型肝炎は,長期に渡る治療を要し,肝硬変・肝臓癌に進行するおそれの大きい病気であって,被告Y2も近親者でこれに苦しむ人を目の当たりにしていたため,原告を平成18年9月顧問に任じたのである。なお,被告Y2は,原告から,C型肝炎が完治したなどという報告は受けていないし,C型肝炎が完治したという時期も,原告のいう平成18年4月ではなく,採血検査で陰性とされてインターフェロン治療の奏功が確定した平成19年1月であるとみるべきである(<証拠省略>)。
原告は,被告会社に少なからず貢献する一方,調理部門に君臨して徒弟社会を築き上げ,これが時代にそぐわないのに,総務部による時間管理の導入を含めた被告会社の業務改善・改革に強固に反対して妨害し,調理部門を私物化していたこともあり,被告Y2は,従前の横暴な振る舞いを禁じるために「口を出すな」旨指示した。被告会社は,10年以上前からシフト表を作るなどして調理場の時間管理を行おうと試み,被告Y2も全く場当たり的な調理の段取りの適正化や労働時間短縮を行うよう何度も業務命令を発したが,原告はこれに従わなかったもので,原告が長時間労働の実態や増員による労働時間短縮を被告会社に訴えた事実などない。すなわち,原告は,「調理人に休みなどない」「調理人は勤務時間が長くても仕方ない」という方針をとり,調理人らを絶対的支配下に置き,aホテルについていえば,ほかより早く終わった部署についても帰宅を許さないため,調理人は事務室で雑談したり,外で煙草を吸うなど他の部署の仕事が終わるまで無駄な時間を過ごしていたのである。ほかに,原告は調理人に退社の際のお見送りを強い,調理人に私用の運転手をすることや,朝食を出すこと,年末に原告の自宅に集合すること,原告の誕生日を祝うこと,風呂で背中を流すことなどを強要し,bホテルの調理人には独りずつ挨拶に伺候することを強要したり,被告会社の食材を持ち出したりしており,このように封建的で不合理な体制を維持しようとする原告を放置すれば,調理人も集まらず,被告会社の運営にも大きな支障が生じるので,被告会社は,調理部門の改革・改善を進めるためも,原告をaホテル調理部顧問に任じたのである。
(4) 原告をaホテル調理部顧問に配属した顧問契約は,労働契約に基づくものか。
(原告の主張)
原告は,調理部顧問に配属された後も,原告と被告会社との間には雇用関係があり,その後も給与から雇用保険料等も控除されていた(<証拠省略>)もので,原告が満60歳になった後も,被告Y2からその後数年間は引き続き働いてもらうなどと満65歳に達するまでの間雇用する旨の合意があった。前記のとおり,原告が被告会社常務執行役員であった間の法律関係は労働契約であるところ,これを委任契約関係とするには,労働契約を何らかの理由に基づき一旦終了させ,改めて委任契約を締結しなければならないが,被告Y2が顧問職を命じた時点で,原告が退職の意思を表明したり,被告会社が原告を解雇する,または原告と被告会社との間で労働契約を終了させる合意をしたなどの事実はなく,原告に退職金が支払われたこともない(被告Y2)のであるから,原告がaホテル調理部顧問を命じられた後も,従前の労働契約が継続していたことは明らかである。
被告らが主張するような期間の定めのある委任契約であったとすれば,その旨の委任契約書等があってしかるべきところ,そのようなものはなく,原告は満60歳になった後も従前と同じ業務を続けており,また,原告の給与が月額30万円に引き下げられたのは,原告が満60歳になった平成20年2月ではなく,同年4月であったこととも矛盾する。
原告は,aホテル調理部顧問配属後,被告Y2ら経営陣から会議に呼ばれたり,相談を受けたり,あるいは職務上の報告を求められたことなど一度もなかった。原告は,早朝5時半から夜8時まで,正午から午後3時までの休憩時間を挟んで,ホールの床掃除,調理の補助,テラスの花の手入れ,オープンキッチンでの実演等の職務に従事していたもので,これらは現場の一従業員としての職務にほかならなかった。原告は,当時のaホテルの調理部長B,調理長Cから,人手が足りないので手伝うよう頼まれて連日調理の補助をしており,被告Y2やD常務もこれを知りながら放置していた。
(被告らの主張)
前記のとおり,原告との顧問契約の法的性質は委任契約である。原告を「顧問を命じた」ないし「顧問に任命した」ことは,被告会社が,原告に業務を委託したことを基礎付ける事実であって,これが委任契約としての顧問契約と何ら矛盾するものではない。
aホテル調理部顧問は,原告の経験を活かして被告会社の調理部門に関する相談に乗るという一種の名誉職であり,調理作業を行うことはその業務ではなく,そのようなことを被告会社は命じていないのであるから,原告がそれをしたとしてもそれは原告が自主的に行ったものである。実際,原告は,気晴らしと調理部での影響力保持をかねて,午前中は1時間ばかり調理場に顔を出して,味噌汁を注ぐのを手伝い,午後4時から午後7時まで専ら天ぷらを揚げるのを手伝っていただけで,パートでもできる何の負荷もない仕事をしたにすぎない。当然ながら,被告会社は,顧問職である原告に執務時間を指定する等具体的な指示や命令をしておらず(被告Y2),調理部長らから手伝いの指示を受けた旨の原告の主張は,長年調理部門に君臨してきた原告に業務上の指示を与え得る従業員が存在しなかったこと(被告Y2)を考慮すると,採用できるものではない。
加えて,原告は,平成20年5月1日,早期に厚生年金を受け取りたいとの理由から,自らの判断で,社会保険の資格喪失手続を行っており(原告本人),このことは原告自身も調理顧問としての自らの地位が,使用者の拘束下にない,極めて自由かつ柔軟なものであったことを認識していたことを示している。もし,原告が単なる一従業員であったならば,国の保険・年金制度の適用の有無を自らの裁量で選び得たはずはない。
(5) 被告Y2が,平成20年10月22日午後3時ころ,原告をaホテル調理部顧問から退け,同月11月1日に顧問契約を解除する旨通知してその後の就労を拒んだのは解雇に当たるか,また,それは有効な解雇か。
(原告の主張)
前記のとおり,原告と被告会社との間には労働契約が維持されており,原告が満60歳に達した後も,契約期間を限定する合意をしていなかったのであるから(被告Y2),原告は満60歳に達した後も期間の定めのない労働契約に基づき勤務していた。
ところが,被告Y2は,平成20年10月22日午後3時ころ,原告を呼び出した上で,「(aホテル関係者の訴えを受けて,前日,室蘭労働基準監督署がaホテルに立入検査をした)労基の件で,X(原告)は知っていたのに,止めることもせず,会社に報告しなかった。労基が入ったら,どうなるか分かっているのか,この野郎。顧問職として役に立っていない。よって,顧問職を解除する。」などと怒鳴り付け,さらに被告会社において,同年11月1日,原告との顧問契約を同年10月31日付けで解除し,以後被告会社と原告は無関係である旨の通知をして,以後就労を拒んだのは,解雇であるというべきである。確かに原告は室蘭労働基準監督署に被告会社におけるパワーハラスメント被害や長時間労働等につき相談に行っているものの,原告はもはや何の権限もない「aホテル調理部顧問」であり,被告会社の自発的改善が望めない状況下で相談に行った(原告本人)のであって,これは管理職でもない従業員の正当な権利行使であり,ほかに原告は被告会社の就業規則所定の解雇事由に該当する行為を何も行っていないところ,この解雇は,客観的に合理的な理由を欠く無効な解雇を行ったものである。
原告は,平成20年10月22日午後3時ころ,被告Y2から上記のように怒鳴り付けられ,暫く時間をおいて話し合った方が良いと考え,席を立とうとしたところ,「辞めるなら辞めてけ」などと申し向けられたので,「分かりました」と答えて退席したが,そのまま調理場に戻り,その後も勤務を続けたもので,原告に退職の意思がないことが明らかであった。ところが,同年11月1日に原告が中抜けして自宅に戻ると,顧問契約を解除する旨の通知が届いており,原告としては無理に職場に居座っても他の従業員にいろいろ迷惑がかかると考え,夕方,職場に戻り,包丁等の自己の荷物をまとめて自宅に帰った。
上記解雇は,被告Y2が,平成20年10月21日に,労働基準監督署の立入検査があったことに激怒して原告に怒りをぶつけたものであり,その後,原告が労働基準監督署に相談していたことなどを人伝てに聞くに及んで(被告Y2),同月30日,顧問契約解除の通知書を発送するに至ったもので,このこと自体被告会社が,正当な理由なく原告を解雇したことの証左である。
なお,被告らは,原告が調理部門を私物化して被告会社の業務改善・改革を妨げていた旨主張するが,そのような人物と2度にわたり顧問契約を締結するなどあり得ないことである。むしろ,原告は,恒常的な長時間労働の実態と人員増員などの対策を採るよう被告会社に訴えていたのに,被告会社がこれに応じなかったのである。
被告らのいうように,度々業務改善を指示されていた原告が,調理部門を自分の意のままに動かせるならば,平成21年10月末ころに被告Y2から注意を受けるや,突然辞任の申し出をするなどというのは不自然である。
(被告らの主張)
否認する。
被告Y2は,原告が満60歳になってからも今後数年間は雇用を継続する旨の発言をしたことはない。被告会社は,原告が定年の年齢である満60歳に達したことをもって同人を万世閣調理部顧問にする委任契約を解除すべきところ,同人の長年の実績を踏まえ,平成20年2月16日から,期間を1年間,給与を月額30万円として再度顧問契約を締結した。
aホテルの調理部門に労働問題があるとすれば,長年時間管理を含む業務改善・改革に反対し,これを妨げてきた原告自身にこそその責任があるというべきところ,被告Y2が,平成20年10月22日午後3時ころ,長年にわたり,調理部門の労働環境について報告せず,改善策の提案を怠ったことについて注意していた際に,原告から「顧問を辞めさせてもらいます」との申し出があり,被告Y2においてこれを了承し,委任契約を終了させることで合意したのである。原告は,被告Y2から「顧問職を解除する」「辞めてしまえ」などと告げられた(<証拠省略>,原告本人)旨供述するが,これは明らかに虚偽である。当時原告は,自ら率先して行った労働基準監督署への相談を,その職務に違背するものと認識し(原告本人),被告Y2に隠し立てをしたばかりか,「自分の知らないところで若い者が勝手に動いてやった」などと積極的に虚偽を申し述べていた(被告Y2)ものであるが,この時点で原告は自らが先頭に立っていた組合活動を統制できない段階に立ち至っていた一方,顧問職としての任務違背行為をあえて被告Y2に申告もし難いジレンマに陥っていたもので,被告Y2から「退職するなら退職してもいい」と言われ,「辞めさせて頂きます」という辞職の言葉を引き出されたことは容易に想像できる。
原告は,その後も出社して被告会社の解除通知(<証拠省略>)を受け取るまで勤務を続けた旨主張するが,原告のいうとおり被告Y2から「解除する」旨通告されながら,その後も出社を続けているなどというのは,会社役員まで務めた社会人のとる態度として不自然であり,否認する。被告Y2は,原告が私物である包丁を取りに来たという報告を受け,原告による辞職の意思表示が真意に基づくものであったと認識するに至った(被告Y2)。なお,顧問契約解除の通知書(<証拠省略>)は,原告が勢いに任せて口頭で辞職の意思表示をしたが,被告Y2においてそれが真意に基づくものか確信がなかったので,明確にするために送付したに過ぎない(被告Y2)。すなわち,これは,書面上委任契約終了を明らかにすると共に,被告会社としても顧問契約を解除する意向であったことから,予備的に改めて解除の意思表示をしたものである。
(6) 被告Y2による前記解雇は,客観的に合理的な理由を欠く無効な不当解雇として不法行為を構成するか。
(原告の主張)
被告Y2は,客観的に合理的な理由のないにもかかわらず原告を解雇し,その労働契約上の地位等を侵害し,不法行為を行った。
(被告らの主張)
争う。
いずれにせよ,原告との契約関係は委任契約であるから,不当解雇に基づく労働契約上の地位や賃金請求権の違法な侵害による不法行為は問題ともならない。
(7) 原告に生じた損害
(原告の主張)
原告は約40年もの長きに亘って被告会社に貢献をしてきたにもかかわらず,被告らから不当に降格・解雇されて多大な苦痛を味わったもので,これを慰謝するに足りる金額は少なくとも300万円を下らない。また,被告らが,原告の給与の不当減額を重ねていたことも考慮されるべきである。
(被告らの主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(原告が取締役に就任するに当たり,従前の労働契約は解消されたか)について
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,①原告は,昭和46年から,aホテル調理部長として,aホテルのみならず,bホテルの各調理部門の調理全般及び原価計算,メイド管理等の統括業務に当たっていたこと(<証拠省略>,原告本人),②原告は,平成8年2月,被告会社の取締役に任じられると同時に,総調理部長となり,従前担当してきたaホテル及びbホテルに加え,cホテルの各調理部門の統括に当たるようになったこと(<証拠省略>,原告本人),③原告は,取締役に就任後も,被告会社取締役会には1回しか出席したことがなく,その職務内容は,その担当にcホテルや企画商品の打合せ等が加わったほかは,基本的に従前と変わりがなかったこと(<証拠省略>,原告本人),④取締役在任中,原告は,被告会社から給与を支給され,雇用保険に加入しているものとして,その保険料を控除されていたこと(<証拠省略>)が認められる。そして,原告が取締役に就任すると同時に従業員として退職の意思表示をしたとか,被告会社と退職の合意をしたという事情もうかがわれないのであるから,原告は,平成8年2月に被告会社の常務取締役に就任後も,従前の労働契約を維持したままであり,取締役であるとともに使用人たる地位も兼任していたものと認められる。
被告らは,この際,原告に対して,従業員退職金も全額精算した旨主張し,原告も,平成8年4月に約40万円の振込があった旨供述する(原告本人)が,その金額は,原告の勤続年数に照らし,いささか少額の感を免れない。被告Y2は原告がその前に一旦退職扱いになっていたので少額になった旨供述する(被告Y2)が,これを裏付ける的確な証拠もないのであって,先に挙げた諸事情も併せ考慮すると,前記認定を左右するものとはいえない。また,被告らは,原告が,実質的な経営陣として取締役に就任したもので,そうでなければ,盛大な就任記念パーティーなど開催するはずがないなどと主張するが,実質的な経営陣として取締役に就任することと,使用人たる地位を兼任することは,必ずしも矛盾するものでもないのであって,ほかに上記認定を覆すに足りる証拠はない。
2 争点(2)(原告が常務執行役員に就任するに当たり,従前の労働契約は解消されたか)について
前記のとおり,原告は,平成8年2月から被告会社の取締役兼使用人であったところ,前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,①あらかじめ原告らに対して配布された「執行役員制度について」と題する書面(<証拠省略>)には,「一般的には,会社と執行役員とは,業務執行の対価として報酬を受ける関係から「雇用関係」にあるといえる。従って,執行役員は「使用人」と考えられる場合が多い」旨記載されていたこと,②被告会社の執行役員規程(<証拠省略>)では,その2条で「執行役員とは,・・・会社の業務執行を担当する上級幹部従業員である」と定義し,8条5号でその執行役員の身分を失う退任事由として「従業員としての身分喪失」を定めていること,③原告が,平成14年12月に常務執行役員に就任後も,給与を支給され,雇用保険に加入しているものとしてその保険料を控除されていたこと(<証拠省略>)が認められる。これらの事実に照らせば,原告は,被告会社との労働契約に基づきその執行役員に就任したものと認められる。
被告らは,原告の職務内容が常務取締役時代からさして変わらず,具体的な業務指示や時間的拘束も一貫してなかったなどと主張するが,前記認定のとおり,原告は,取締役兼使用人だったと認められる上,その調理部門の統括者という専門職の性質上,そもそも業務命令や時間的拘束になじまない側面もあることも考慮すると,これらの事情が前記認定を左右するものではない。
3 争点(3)(原告の常務執行役員からの解任及びaホテル調理部顧問への配属が不法行為を構成するか)について
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,①原告は常務執行役員兼総調理部長として,aホテル,bホテル及びcホテルの各調理部門を統括してきたこと(<証拠省略>),②ところが,原告は,平成18年9月,被告Y2から,その長男であるA(以下「A執行役員」という)を後継者とするので,原告は身を引いて欲しい,一切口も手も出さず,若い人の相談には乗って欲しいが,決定はしてはならないなどと,原告を執行役員から解任してaホテル調理部顧問にする旨申し渡されたこと(<証拠省略>,原告本人),③当時,原告の給与は月額60万円(振込額42万3238円)であって,執行役員から解任されたことで直ちに金額に変動はなかったものの,同年11月分給与から月額50万円(振込額33万7268円)に減額されていること(<証拠省略>,原告本人),④調理部顧問となってからの原告は,これまで原告が指示を下してきたB調理部長やC調理長から依頼を受けて,aホテルの調理人の手伝いや駐車場の自動車の移動などの雑務に加え,被告Y2やA執行役員の指示を受けて,テラスの鉢植えの花の手入れなどをしていたこと(原告本人)が認められる。
被告らは,原告の執行役員からの解任とaホテル調理部顧問への配属は,原告が,平成18年ころにC型肝炎を発症し,心身共に常務執行役員の職務に耐えられなくなったことから,原告のこれまでの貢献に鑑み,温情として,いわば名誉職としての調理部顧問に配属したなどと主張し,被告Y2もこれに沿う供述をする(被告Y2)。しかしながら,原告が,C型肝炎を発症して,インターフェロン治療を受けたのは平成17年4月から平成18年4月までであって(<証拠省略>,原告本人),その発症の経緯については,被告Y2自身も認識していたものと推認される(原告。被告Y2。なお,被告Y2の長男A執行役員名義で見舞の花も贈られている。<証拠省略>)が,そもそも前記認定のとおり,原告の職務は,取締役や執行役員に就任後も一貫して調理部門の取りまとめで,経営に参画することは絶えてなかったところ,原告に自覚症状はなく,2回の入院と月1回のインターフェロン治療を除けば,ほとんど連日出勤していた(原告本人)というのであって,その職務に差し支えのある病状であらたことをうかがわせる事情は何もないのであるから,被告らの前記主張は採用できない(被告らは,平成19年1月にC型肝炎ウイルス検査で陰性が確認された時点をもって完治と考えるべきである旨も主張するが,これは完治後半年後に再発していないか確認のためにされたという(原告本人)のであり,前記病状からみても,上記認定を左右するものではない)。
また,被告らは,原告がaホテル,bホテル及びcホテルの各調理部門を私物化し,被告会社の改革を阻害していたため,その専横を封じるために口出しを禁じたなどとも主張するが,原告が,被告らの主張するそれら専横に係る事実は慣習も異なる十五年以上前のエピソードであって,内情も異なると反論している上,その専横をうかがわせるような事情も認めるに足りないのであるから,これを採用することはできない。
そうすると,原告の供述は信用できるというべきであり,原告は,被告Y2から,A執行役員を後継者とするために,執行役員を解任された上,影響力の行使を封じられてaホテル調理部顧問に配属されたものと認められる。
そして,これまで被告会社の常務執行役員として名目だけにせよその経営陣に名を連ね,aホテル,bホテル及びcホテルの各調理部門の調理部長や調理長に指示を下すべき立場にあった(原告本人)のに,あからさまではないにせよ,今度はB調理部長やC調理長からシフトに組み込まれて,一介の調理人同然に補助業務をすることとなり(原告本人),その他雑務も指示された(<証拠省略>,原告本人)というのであって,これは左遷ないし降格と受け取られる人事異動といい得ること等に照らすと,これが不利益処分という性質を有することは否定できないのであって,前記のようにA執行役員を被告Y2の後継者とするために原告を執行役員から解任するという動機は正当な理由とはいえないから,かかる人事上の不利益処分は,故意に原告の名誉ないし社会的評価を傷付けた違法なものとして不法行為を構成するというべきである。
4 争点(4)(顧問契約の法的性質)について
前記認定のとおり,原告は,被告会社との労働契約に基づき,その常務執行役員に就任したものであるところ,原告が,aホテル調理部顧問に配属されるに当たって,退職の意向を示したとか,退職の合意をしたなどとうかがわせる事情は何もなく,退職金が支払われたなどといった事情もない(被告Y2)のであるから,原告をaホテル調理部顧問に配属させたのも従前の労働契約に基づくものというべきである。被告らは,原告が社会保険喪失手続を行ったことをもって,原告自身,その地位が委任契約であったことを認識していた旨主張するが,そのような事情で直ちに労働契約上の地位の不存在を推認できるものではないというべきである。
そして,原告の職務の性質に加え,平成20年3月31日当時,aホテルには定年である60歳を超えて雇用される者が多数いたこと(<証拠省略>),原告の給与が42万円から30万円に引き下げられたのは,原告が定年に達した平成20年2月ではなく,同月4月分の給与からであること(<証拠省略>)等に加え,被告Y2が原告を同人が65歳になるまで使用することを考慮している旨伝えたこと(被告Y2)等に照らすと,上記労働契約については少なくとも60歳の定年後も原告の雇用を継続する旨の合意がされていたというべきである。
5 争点(5)(解雇該当性及びその有効性)について
前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,①原告は,既に被告会社を退職していたEと共に,平成20年7月ころ,室蘭労働基準監督署を訪れ,会社名を伏せて被告会社の労働実態を相談したこと(<証拠省略>,原告本人),②同年8月25日,被告Y2がaホテルの主要スタッフの前で,同日付けで退職したC調理長の退職理由を話題にした際,原告は,調理部門の労働環境の例としてお盆休み中に呼び戻された調理人の母親から苦情の電話があったことを紹介し,これに合わせてF支配人も,被告会社の就業規則など見たことがない,レストランスタッフも人手不足で公休が取れず,長時間残業が深刻化している旨発言したこと(<証拠省略>),③原告は,bホテルのG調理部顧問らと共に,同年10月14日,再度室蘭労働基準監督署を訪れ,被告会社では従業員にタイムカードも与えられず,時間外手当も一切支払われていない旨申告したこと(<証拠省略>),④室蘭労働基準監督署は,同月21日,aホテルに対し,臨検を行ったこと(<証拠省略>。原告本人),⑤翌22日,原告は,被告Y2から,aホテルのラウンジに呼び出され,同所で,原告の退職についての話がされたこと(<証拠省略>),⑥被告会社は,同月30日,原告に対し,「貴殿との顧問契約は,平成20年10月31日をもって解除いたします。従いまして,来月から当社とは一切関係が無い事を確認させていただきます」旨記載された書面(<証拠省略>)を送付し,同書面は,同年11月1日,原告に配達されたこと(<証拠省略>,原告本人),⑦原告は,同日までaホテルの調理部門に出勤していたが,同日の中休みに帰宅した際,上記書面に気付き,直ちに職場を引き払い,以後,出勤を取りやめたこと(原告本人)が認められる。これらの事実経過に照らすと,被告Y2が,原告に対し,平成20年10月22日,原告が室蘭労働基準監督署に訴え出ようとする労働者の動きを知っていたのに被告Y2を裏切って報告しなかったことを責めた上,原告との顧問契約を解除する,辞めるなら辞めるように申し向けたとの(証拠省略)の記載部分及び原告本人尋問の結果中の供述部分は信用することができ,上記事実が認められる。そうすると,同月22日の被告Y2の言動は原告に対する解雇の意思表示であり,その後,被告会社は,同月30日付けの書面で改めて解雇の意思表示をしたものというべきである。
被告らは,原告との関係が委任契約であることを前提に,平成20年10月22日,原告自ら「顧問を辞めさせて頂きます」旨辞任を申し出た旨主張し,被告Y2もこれに沿う供述をする(被告Y2)が,いわば労働者を代表する形で自ら労働基準監督署に訴え出た原告が,この期に及んで自ら職を辞すというのは必ずしも自然なものとはいい難い上,原告が,その後も同年11月1日まで連日出勤していた事実とも整合せず,信用できないというべきであり(被告Y2は,原告が出勤しているとの報告は受けていない(被告Y2)旨供述するが,欠勤を確認したというわけでもなく,この供述は前記認定を左右しない。),被告らがるる主張するところはいずれも採用できない。
そして,原告が,長年にわたりaホテル,bホテル及びcホテルの各調理部門を私物化し,被告らによる時間管理の導入等の改善・改革を阻害したとの被告らの主張は,根拠に乏しく,これを裏付ける的確な証拠に欠け,ほかに原告の勤務態度に問題があったとうかがわせる事情はないところ,原告は定年年齢に達した後も被告Y2から雇用継続を期待させるような言動を示されており,現にaホテルでは定年年齢後も引き続き雇用されている者も多数いたのであるから,同人の年齢も直ちにその雇用を打ち切る理由とはならないというべきである。したがって,その解雇に客観的に合理的な理由があったものとは認め難く,これは解雇権の濫用として無効であるというべきである(なお,原告が,いわば被告会社の労働者を代表する立場で労働基準監督署に訴え出たことは,これが根拠に欠けた濫用的な申告であったなどの事情が窺われない本件では,客観的に合理的な理由たり得ない。)。
6 争点(6)(原告に対する解雇は不法行為を構成するか)について
前記認定のとおり,被告Y2は,客観的に合理的な理由が欠けているのに,あえて原告に解雇の意思表示をして,その就労を拒んだものであるから,違法にその労働契約上の地位を侵害したものというべきである。
7 争点(7)(損害)について
原告が,執行役員から解任され,aホテル調理部顧問に配属された不当降格で原告が味わった精神的苦痛は,原告がその際に特段の不服を申し立てていないことを考慮すると,20万円をもって,不当に解雇された苦痛は解雇自体は無効とされることを考慮すれば20万円をもって慰謝するのが相当であり,それら合計額のうち1割である4万円を併せて相当因果関係のある損害である弁護士費用として認めるのが相当である。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,主文の限度で理由があるから,これを認容することとし,その余の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田光広 裁判官 岸田航 裁判官本多健一は,異動のため,署名押印できない。裁判長裁判官 竹田光広)
(別紙1)
当事者等目録
原告 X
同訴訟代理人弁護士 竹中雅史
同 竹田美由紀
同 齋藤耕
同 秀嶋ゆかり
同 大賀浩一
同 林千賀子
同 松本佳織
同 新川生馬
同 竹之内洋人
同 田端綾子
同 佐々木潤
同 淺野高宏
同 多田絵理子
同 鈴木一嗣
同 八代眞由美
同 山本晋
同 市毛智子
同 林眞紀世
同 川島英雄
同 伊藤良
同 船山暁子
同 大崎康二
同 綱森史泰
同 松田大剛
同 迫田宏治
同訴訟復代理人弁護士 西博和
同 白諾貝
被告 株式会社Y1
同代表者代表取締役 Y2
被告 Y2
被告ら訴訟代理人弁護士 佐々木泉顕
同 沼上剛人
同 石橋洋太
同 山口千日
同 下矢洋貴
同訴訟復代理人弁護士 山田敬之
以上
(別紙2)
株式会社Y1就業規則(抜粋)
(解雇)
第19条 会社は社員が次の各号の1に該当する場合は30日前に予告するか,又は平均賃金の30日分を支給して即時解雇することができる。
一 事業の休廃止又は減少,その他企業の運営上やむを得ない場合。
二 身体又は精神の障害により,業務に耐えられないと認められる場合。
三 新たに正式社員として採用されたる社員が病気その他の事由により就業の見込みなしと認められたる場合。
(即時解雇)
第20条 会社は社員が次の各号の1に該当する場合は行政官庁の認定を得て即時解雇することができる。
一 正当な理由なくして無届欠勤14日以上に及んだ時。
二 重要な経歴資格を偽った時。
三 故意に会社の設備,備品及び会社の保管品を破壊せんとした時。
四 会社の重要な秘密を漏洩した時。
五 許可なく他の職業に従事し欠勤した時,又は会社の業務に支障生じせしめた時。
六 懲戒数回に及ぶも改悛の見込みなしと認めた時。
七 職務上規則指図に不当に反抗し秩序を乱した時。
八 素行不良で会社の風紀秩序を乱し会社の品位を著しく失墜させた時。
九 顧客に対し業務上不当な行為のあった時。
十 職務上の地位を利用し不正,不義の行為をして私利を図りたる時。
(定年制)
第76条
1 社員で満60歳の年齢に達した者は定年とみなす。但し,正社員より嘱託社員としての資格に任命される場合がある。
2 嘱託社員の給与は60歳時における給与額をもって停止し,定期的な是正昇給の対象にはならない。
3 役付社員が60歳に達した場合の給与,昇給,期末手当については,役員会で協議し決定する。
4 嘱託社員としての資格が不適当な場合,その時点で定年退職とみなし退職の手続きを行う。
5 嘱託社員,並びに満60歳以上で採用の者は,原則として,昇給,期末手当の対象とならない。
以上