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札幌地方裁判所 平成21年(ワ)2724号 判決 2010年4月22日

札幌市<以下省略>

原告

X1(以下「原告X1」という。)

同所

原告

X2(以下「原告X2」という。)

原告両名訴訟代理人弁護士

荻野一郎

竹間寛

大阪府高槻市<以下省略>

被告

主文

1  被告は,原告X1に対し,330万円及びこれに対する平成18年3月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告X2に対し,357万5000円及びうち302万5000円に対する平成18年2月14日から,うち55万円に対する平成18年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,被告の負担とする。

4  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文第1項及び第2項と同旨

第2事案の概要

本件は,①原告らが,被告が取締役を務めていた有限会社Jトレード(以下「Jトレード」という。)から未公開株式を購入したところ,Jトレードは,証券業の登録を受けていない上,本件未公開株式は上場確実で多額の利益が得られる旨述べて勧誘したのであって,原告らは,これにより損害を受けた等と主張して,被告に対し,会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律25条,有限会社法30条の3第1項に基づく損害賠償を求めるとともに,②原告X2が,株式会社ライフアシストサービス(以下「ライフアシスト」という。)から未公開株式を購入したところ,ライフアシストは証券業の登録を受けていない上,本件未公開株式は上場確実で多額の利益が得られる旨述べて勧誘したのであって,被告が代表取締役を務めている株式会社新興アセットマネジメント(以下「新興アセット」という。)は,ライフアシストの顧客に転売されることを知りながら同未公開株式をライフアシストに対して売却したのであるから,両者には共同不法行為が成立し,原告X2はこれにより損害を受けた等主張して,被告に対し,会社法429条1項に基づき,損害賠償を求める事案である。

1  前提事実

(1)  当事者等

ア 原告ら

原告X1は,昭和19年○月生まれの女性であり,本件取引当時,62歳であった(弁論の全趣旨)。

原告X2は,昭和47年○月生まれの原告X1の娘であり,本件取引当時,32歳であった(弁論の全趣旨)。

イ 被告等

(ア) 本件請求に関連する会社

a Jトレードは,商業登記簿上,平成17年10月6日,投資顧問業,有価証券の売買等を目的として設立された株式会社(特例有限会社)であり,平成20年4月2日,株主総会の決議により解散し,同年7月3日に清算結了した(甲1)。

b 新興アセットは,商業登記簿上,平成18年4月17日に,投資事業組合財産の運用及び管理並びにベンチャー企業への投資及びその仲介,斡旋,情報提供等を目的として設立された有限会社である有限会社新興アセットマネジメントを,平成18年5月22日に商号変更し,移行したことにより設立された株式会社である(甲3)。

c ライフアシストは,商業登記簿上,平成18年4月19日に健康食品,健康器具の開発販売輸出入並びに有価証券の保有,運用,投資及び売買等を目的として設立された有限会社である有限会社ライフアシストサービスを,平成18年10月4日に商号変更して移行したことにより設立された株式会社であり,平成20年4月14日,札幌地方裁判所において破産手続(以下「本件破産手続」という。)が開始され,同年10月29日,費用不足による破産手続廃止の決定が確定した。

なお,同社の取締役は,同社の設立当初から,Jトレードの札幌支店長を務めていた分離前相被告A(以下「A」といい,証拠として示す場合は,「A本人」という。)であった。(甲2,4及びA本人)

(イ) 被告

被告は,証券取引に約30年携わっていた者であり,平成17年10月17日にJトレードに入社し,平成18年2月10日,Jトレードの取締役に就任し,同年4月17日,新興アセットの取締役に就任し,同年5月22日,新興アセットの代表取締役に就任した者である(甲1,3及び弁論の全趣旨)。

(2)  原告らが未公開株式を購入した経緯

ア Jトレードの従業員であったB(以下「B」という。)は,平成18年1月下旬ころから,未公開株式に興味のなかった原告X1に対し,未公開株式の購入を頻繁に勧誘し,同年2月13日,原告X1の自宅を訪れ,原告X1に対し,「ルネッサンス倶楽部,ラボックスは1から2年くらいで上場する会社である。」,「それらが上場すれば,(株価は購入代金の)2倍,3倍になる。」(以下「本件発言1」という。)等と述べて未公開株式の購入を勧誘した(甲4,6(以下,特に枝番号を示さない場合は全ての枝番号を含む。),乙ロ13,A本人並びに弁論の全趣旨)。

原告X1は,翌14日,原告X2から代理権の授与を受け,原告X2の代理人として,Jトレードから,株式会社ルネッサンス倶楽部の未公開株式(以下「ルネッサンス倶楽部株」という。)を1株25万円として5株合計125万円,株式会社ラボックスの未公開株式(以下「ラボックス株」という。)を1株50万円として3株合計150万円で買い,Jトレードに対し,代金合計275万円を支払った(甲4,6ないし12,乙イ4,乙ロ2,10,13,A本人及び弁論の全趣旨。以下「本件取引1」という。)。

イ Bは,同年3月2日,原告X1の自宅を訪れ,原告X1に対し,「テクノスの株も上場予定である。」「テクノスは,大手証券会社である野村證券が主幹事証券会社である。」(以下「本件発言2」という。)等と述べて,未公開株式の購入を勧めたため,原告X1は,同日,Jトレードから,株式会社テクノスの未公開株式(以下「テクノス株」といい,ルネッサンス倶楽部株及びラボックス株と合わせて「本件未公開株式」という。)を1株50万円として6株合計300万円で買い,Jトレードに対し,代金300万円を支払った(甲13,14,乙イ4,乙ロ2ないし5及び弁論の全趣旨。以下「本件取引2」という。)。

ウ ライフアシストの従業員となったBが,平成18年5月25日,原告X1に対し,「前にも言ったとおり,ラボックスは,1から2年くらいで上場するが,その株式が1枚だけ残っている。最後の1枚である。」(以下「本件発言3」という。)等と述べて,再びラボックス株の購入を勧めたため,原告X1は,同日,原告X2から代理権の授与を受け,原告X2の代理人として,ライフアシストから,ラボックス株1株(以下「本件ラボックス株」という。)を50万円で買い,ライフアシストに対し,代金50万円を支払った(甲15,16,19,乙イ4,乙ロ2,10,13,A本人及び弁論の全趣旨。以下「本件取引3」という。)。

2  争点

(1)  責任原因の有無

ア 本件取引1及び2について

(原告らの主張)

(ア) Jトレードの不法行為

そもそも証券取引業は,平成18年法律第65号による改正前の証券取引法28条(金融商品取引法29条)に基づき登録を受けなければ行うことができず,これに違反した場合については,3年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金刑又はこれらの併科の罰則が定められている上,未公開株式については,登録を受けた証券会社であっても,日本証券業協会の自主規制規則である「店頭有価証券に関する規則」において,いわゆる「グリーンシート銘柄」を除き取引の勧誘が原則として禁止されている。

しかし,Jトレードは,証券業の登録を受けていない上,本件未公開株式はいわゆるグリーンシート銘柄ではないにもかかわらず,原告X1に対し,証券取引業を行う資格がないことを告げずに,本件未公開株式は上場確実で多額の利益が得られる旨述べて勧誘し,本件未公開株式を本来的価値に比して著しく高額で売って,原告X1から代金300万円,原告X2から代金275万円をそれぞれ騙取したのであって,不法行為責任を負う。

(イ) 被告の責任

被告は,証券取引業を行うためには登録が必要なことを知っていた上,Jトレードの取締役就任前から従業員に対する未公開株式の説明会を行う等して,Jトレードの違法な未公開株式販売において,積極的・主導的な役割を果たしていた。被告は,Jトレードの取締役に就任した際,本来Jトレードの取締役として,Jトレードの違法な未公開株式販売商法による被害の拡大を防止するため,全従業員に対し,違法な未公開株式の勧誘・販売行為を即時停止するように指導・監督する義務があったにもかかわらず,これを全く怠ったものであって,職務を行うにつき,重大な過失がある。そして,原告らは,被告の同重過失により,本件取引1及び2による損害を受けたのであるから,被告は,同損害について,会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律25条,有限会社法30条の3第1項に基づく損害賠償責任を負う。

(被告の主張)

原告らの主張は争う。

被告は,平成18年2月10日までの間は,Jトレードの従業員にすぎなかった上,同日,取締役に就任し,同年3月末日には,Jトレードの業務を停止したのであって,その後は顧客のアフターケアをしていただけである。被告は,当時,商品としての未公開株式の販売には問題点があると感じており,書籍を調べたり,当局,証券業協会及び弁護士等に相談,質問する等したが,明確な回答がなかったので,未公開株式の販売は止めるべきと判断した。もっとも,顧客への対応,社員の雇用確保,資金の不足への対応等諸問題の調整のため,約1.5か月経過したものである。

イ 本件取引3について

(原告X2の主張)

(ア) ライフアシストと新興アセットの共同不法行為

ライフアシストは,証券業の登録を受けていないにもかかわらず,原告X2の代理人である原告X1に対し,証券取引業を行う資格がないことを告げずに,本件発言3により,本件ラボックス株の購入を勧誘して原告X2から代金50万円を騙取したのであって,前記ア(ア)と同様の理由から,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

ライフアシストと同様に証券業の登録を受けていない新興アセットは,ライフアシストの会社財産を管理下に置き,その人事面についてもAに指示を出す等,ライフアシストの経営に深く関与していたところ,ライフアシストの顧客に販売させる目的で,ライフアシストに対し,本件ラボックス株を譲渡したのであって,その結果,本件取引3が行われた。このような事情からすれば,新興アセットには,ライフアシストを通じて原告X2に本件ラボックス株を50万円で売ったと評価でき,ライフアシストの前記不法行為との間に主観的,客観的関連共同性が認められるから,新興アセットは,共同不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

(イ) 被告は,新興アセットの取締役として,全事業の業務を適法かつ適正に遂行し,部下を指揮監督して,会社を発展させていくことをその職務にしていたにもかかわらず,重大な過失によって,その任務を懈怠したのであるから,本件取引3によって原告X2に生じた損害につき,会社法429条1項に基づき,損害賠償責任を負う。

(被告の主張)

原告X2の主張は争う。

ライフアシストも新興アセットも,未公開株式の販売を目的にはしていないし,新興アセットは,Jトレードとは全く別の法人であり,業務内容も変えてスタートさせたものである。

被告は,Jトレードの業務を停止する際,Aを大阪に呼び,Aに対し,既存客への対処等に関する現状及び今後の見通しを説明した上,今後は,大阪,札幌の二社体制にすることを提案したところ,Aはこれを了解した。そして,Jトレードの顧客については,大阪地区は新興アセット,札幌地区はライフアシストが引き継ぎ,各々が受けた利益に対し,責任も応分して負担するとの了解の下,新興アセットとライフアシストは,各々別法人として設立された。したがって,被告には,別法人であるライフアシストに対して,指示や指揮をする権限はない。

(2)  相当因果関係ある損害

(原告らの主張)

ア 原告X1について 330万0000円

原告X1は,本件取引2によって代金相当額300万円の損害を被った。

また,原告X1は,本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士らに委任したところ,弁護士費用相当損害金としては,30万円が相当である。

よって,原告X1は,被告に対し,会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律25条,有限会社法30条の3第1項に基づき,損害金330万円及びこれに対する不法行為の日である平成18年3月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ 原告X2について 357万5000円

原告X2は,本件取引1により代金相当額275万円,本件取引3により代金相当額50万円の合計325万円の損害を被った。

また,原告X2は,本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士らに委任したところ,弁護士費用相当損害金としては,本件取引1につき,27万5000円,本件取引3につき5万円が相当である。

よって,原告X2は,被告に対し,会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律25条及び有限会社法30条の3第1項並びに会社法429条1項に基づき,損害金合計357万5000円及びうち302万5000円に対する不法行為の日である平成18年2月14日から,うち55万円に対する不法行為の日である平成18年5月25日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

原告らの主張は争う。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実並びに証拠(甲1,4,5,19,乙ロ1ないし7,10,13及びA本人)及び弁論の全趣旨からすれば,次のとおりの事実を認めることができる。

(1)  Jトレード設立の経緯等

被告とAは,本店所在地を大阪市とし,外国為替取引等をしていた株式会社インフィニットコム(以下「インフィニットコム」という。)の従業員であったところ,平成15年5月ころ,インフィニットコムの札幌支店が開設され,Aは,同支店長に就任した。インフィニットコムは,金融庁に外国為替取引の登録をすることを断念し,平成17年8月ころ,本店所在地を大阪市とする株式会社日本CXを設立すると同時に同社札幌支店を設立し,支店の看板をインフィニットコムから株式会社日本CXに変更した。なお,この際,Aは,同社取締役兼札幌支店長に就任した。

平成17年10月6日,主として未公開株式の販売を目的とするJトレードが設立されるとともに,同札幌支店が開設され,Aは,同年11月ないし12月ころから,Jトレード札幌支店長も兼任することとなった。被告は,同月17日,インフィニットコムの課長代理であったが,業務命令を受け,インフィニットコムの従業員3名とともに,Jトレードに入社し,大阪本社に勤務した。

なお,その後,平成18年2月初めころ,日本CX札幌支店は,業績不振のため閉鎖され,Jトレード札幌支店に一本化された。(前記前提事実(1),甲1,4,5,乙ロ13,A本人及び弁論の全趣旨)

(2)  Jトレード札幌支店における未公開株式の販売

Aや他のJトレード札幌支店の従業員は,証券取引の経験はなかったため,未公開株式の販売にあたっては,証券取引経験が豊富な被告の指導を仰いでいた。具体的には,被告が銘柄をピックアップした上で,その銘柄の内容,上場に向けての情報等を説明した下記文書等をJトレード札幌支店に送付又は送信し,Jトレード札幌支店従業員は,その情報を参考にして,未公開株式の販売を行っていた。なお,Aと被告は,電話及びファクシミリ等を用いて,Jトレード札幌支店及び大阪本社の営業成績について毎日のように緊密な情報交換をしていた。(甲4,5,乙ロ1ないし7,13,A本人及び弁論の全趣旨)

ア 中央最下部に「チームリーダ各位」と記載のある書面(乙ロ2)

被告は,平成18年1月30日ころ,Jトレード札幌支店に対し,中央最下部に「チームリーダ各位」と記載のある書面を,ファクシミリで送信した。

同書面の左側には,設立から上場までの時間が長い程,それに比例して価格が上昇していく様子が示された正比例グラフ(横軸は時間,縦軸は価格)が示されており,正比例直線に接する形で丸印が記載され,各丸印に対応してルネサンス,ラボックス,テクノス等の会社名が記載されている。また,同書面右側には,株式分割が何度も行われた場合に株式数が増加していく図が示され,その下に,「元に近い程,株式分割の恩典を受けるチャンスが多い。ラボックスは親株を扱っています。ルネサンスも同様。」等の記載がある。(乙ロ2,13,A本人及び弁論の全趣旨)

イ 「(テクノス)」と題する書面(乙ロ3)

被告は,平成18年2月ころ,「(テクノス)」と題する書面をJトレード札幌支店に送付又は送信した。同書面には,現在の株主は,日本政策投資銀行,みなと銀行,役員及び関係会社であって,Jトレードは関係会社から株式を分けてもらっていること,今回募集の株式数が1917株で,第1次として1200株,第2次及び第3次として各357株が発行されること,株券は4月中旬ころに顧客の手元に届くこと,株券受領までの間は投資証明書又は払込証明書が発行されること等が記載され,末尾に「※ 上場への段取りは日興證券の指示で現在動いている。」と記載されている。(乙ロ3,13,A本人及び弁論の全趣旨)

ウ 「セールスポイント」と題する書面(乙ロ10)

被告は,平成18年2月ころ,Jトレード札幌支店に対し,「セールスポイント」と題する書面を送付又は送信した。

同書面には,「ラボックス」「現在,発行済株数6400株 将来これを5万株程度にしたい意向が会社側にある。という事は株式分割の可能性大であり,1株所有の方は無償にて3~5株,株数が増える。当前購入単価も下がり,上場時には利益が非常に大きくなる。」「1株当たり利益25000円見当。1/25現在の日経新聞によれば,ジャスダックの予想PER(レシオ)が45.65倍です。株価の目安は,25000×45.65=114万1250円 東証1部の予想PERは22.34倍です。目安は25000×22.34=55万8500 当社の希望小売値50万は果して割高でしょうか?」との記載がある。(乙ロ10,13,A本人及び弁論の全趣旨)

エ 「約定受渡後」と題する書面(乙ロ4)

被告は,平成18年3月ころ,「約定受渡後」と題する書面を作成して,Jトレード札幌支店に送付又は送信した。

同書面には,「テクノス」との記載はないが,A本人及び弁論の全趣旨からすれば,テクノス株に関するものと認められ,「幹事 野村」「4月中旬に現株発行」「野村の意向で4月の現株は発行しない。」「※ 4月の発行が取り辞めになった為,お客様には投資証書のまま,流通株券との交換になります。その期間が長期になる為,『投資証書』は充分に見栄えのするキチッとした物を作ります。」「※ 幹事證券が4月の発行を辞めたのは,いずれ流通株券と交換するので全く無駄になるからというのが本音と思います。」等の記載がある。(乙ロ4,13,A本人及び弁論の全趣旨)

オ 「株式会社テクノス」と題する書面(乙ロ5)

被告は,平成18年ころ,Jトレード札幌支店に対し,「株式会社テクノス」と題する書面(乙ロ5)を送付又は送信した。

同書面には,「幹事は野村で変更なし」「今期,売上計上予定の対ソニー,松下,東芝の納入予定が遅れた為,予定していた売上げが延びた。」「今期に反映されるが,年一回の決算の為,最短でも来年の3月決算でしか計上できない。その上で申請するしか方法がなく,時間のズレが生じるものの,日経ベンチャーで取り上げられている通り,上場予定の会社姿勢に変化なし。」「※ 来年3月決算まで待つのがベスト(1年のズレ見込んでも持続)」との記載がある。(乙ロ5,13,A本人及び弁論の全趣旨)

カ 「【セマティックス】」と題する書面(乙ロ6)

被告は,平成18年ころ,Jトレード札幌支店に対し,「【セマティックス】」と題する書面を送付又は送信した。

同書面は横線で3段に分けられた1枚の書面であるところ,2段目に「【ラボックス】」と記載され,「本業も順調だが,副業の不動産部門が絶好調に付き,全体としての利益は計画通り。利益の内容は本業以外の割合が多いため,そのバランスの修正を幹事予定の住友SMBCベンチャーの方から指摘されている。」「3月中旬,決算書送付。」との記載がある。

また,同書面の3段目には「【ルネサンス】」と記載され,「C社長-病気の為入院中(長期になる見通し)」「代理としてD氏が代取を努めている。」「商号変更→ウィンネットへ,ネット事業に専念したい。C社長が病気のため,役員決定が相当遅れたが,19年1月末に正式決定。」「後,株主総会の手続き等有り。」「比率は1:1。新商号株式と現株交換。」「C社長の病気治療は予想外。この点キチンと説明してもらいたい。予想外の為,6ヶ月程度は延期になる事細かく説明してもらいたい。」との記載がある。(乙ロ6,13,A本人及び弁論の全趣旨)

(3)  本件取引1及び2について

Jトレードは,前記(2)のとおりの状況の中で,原告X1を勧誘して,本件取引1及び2を行ったが,本件未公開株式はいずれも上場予定はなく,代金相当額の価値は全くないにもかかわらず,実際に価値に比して著しく高額の各代金額で売却された(前記前提事実(2),甲4,5,A本人及び弁論の全趣旨。なお,ライフアシストは,1株10万円から30万円で仕入れた未公開株式を倍以上の価格で顧客に売却しており,ラボックス株については1株15万円で仕入れて1株50万円で売却していたと認められるところ(甲4,15及び19),同社はJトレード札幌支店の業務を引き継いだのであるから,Jトレードも同様の手法(ただし,仕入れ価格については,ライフアシストよりも安い可能性がある。)を行っていたと推認される。)。

(4)  Jトレードの閉鎖とライフアシストにおける未公開株式の販売

ア Jトレードは,平成18年4月ころ,閉鎖されることとなった。

そこで,Jトレード札幌支店の業務を引き継ぐため,実際には,主として未公開株式を販売することを目的としてライフアシストが設立されてAが取締役に就任し,Jトレード大阪本社の業務を引き継ぐため,新興アセットが設立され,被告が取締役に就任した。(前記前提事実(1)イ,甲4,5,乙ロ13及びA本人)

イ ライフアシストは,設立当初,Jトレードの時代と同様,未公開株式の販売を行っており,顧客に販売する未公開株式の仕入れや情報の入手等については,Jトレード札幌支店において行っていたのと同様に,新興アセットの取締役に就任した被告に任せ,十数種類の銘柄を取り扱った。具体的には,新興アセットが銘柄,仕入れ先等を決定して,ライフアシストに対し,その株を売るよう連絡し,新興アセットが仕入れ先から株式を購入するか又は仕入れ先とライフアシストの売買を仲介するかして,ライフアシストが株式を入手し,ライフアシストが顧客に売却していた。(甲4,5,乙ロ13,A本人及び弁論の全趣旨)

ウ そして,このような状況の中,ライフアシストは,平成18年5月8日,ラボックス株を1株15万円として10株合計150万円で仕入れ(以下「本件仕入れ」という。),同月25日,本件取引3を行った。

なお,本件取引3に関連して,譲渡人を有限会社アペルト・ジャパン(以下「アペルト・ジャパン」という。),譲受人をライフアシストとして,ラボックス株を1株15万円として10株合計150万円で売買するとの内容が記載された平成18年5月8日付け株式売買契約書(乙ロ15。以下「本件売買契約書」という。)が作成されたが,これは,新興アセットが,ライフアシストに対し,譲渡人欄にアペルト・ジャパンの社印と代表者印が押印され,譲受人欄が空欄になっている売買契約書を2通送付し,ライフアシストが譲受人欄に社判と代表者印を押印した上で1通を返送し,1通をライフアシストで保管するという手順で作成されたものであり,Aは,アペルト・ジャパンがどのような会社なのかについては知らなかった。また,同取引の代金支払方法については,ライフアシストの普通預金口座のキャッシュカードを所持していた被告が,同口座から預金を引き出し,仕入れ先に対し,代金相当額を支払った。(甲4,5,19,乙ロ13,A本人及び弁論の全趣旨)

2  事実認定の補足説明(前記1(4)イについて)

被告は,新興アセットは未公開株式の販売を目的としておらず,一般に未公開株式を販売していない旨主張する。

しかし,①A本人は,Jトレードを閉鎖して,ライフアシストと新興アセットの別法人になっても,未公開株式の仕入れや情報の入手に関してはJトレードの時と同様に新興アセットがライフアシストに流していた旨供述しており(A本人),本件破産手続の破産管財人弁護士もライフアシストは新興アセットから未公開株式を仕入れていた旨報告していること(甲5),②ライフアシストはJトレード札幌支店を引き継いだものであるところ(前記認定事実(4)ア及びイ),証券取引に関する知識がある従業員はなく(前記認定事実(2)),独自に未公開株式を入手して販売することは困難であること,③Jトレードにおける未公開株式の販売においては,被告が主導的,中心的役割を果たしていたところ,ライフアシスト,新興アセットはいずれもJトレードの業務を引き継ぐために設立されたのであって,ライフアシストが設立当初,未公開株式を販売するのであれば,新興アセットの取締役となった被告に依頼して,未公開株式を入手し,情報を得ることが自然であること,④被告も,ライフアシストに対し,未公開株式を販売したことがあると認めていること(答弁書6頁)等からすれば,ライフアシスト設立当初の未公開株式の販売については,新興アセットが前記認定事実(4)イのとおり関与していたと認められる。

3  争点に対する判断

(1)  争点(1)(責任原因の有無)について

ア 本件取引1及び2について

(ア) まず,前記前提事実,前記認定事実,A本人及び弁論の全趣旨からすれば,①Jトレードは,証券取引業の登録を受けていなかったこと(A本人及び弁論の全趣旨),②Bは,当初未公開株式の購入に関心のなかった原告X1を何度も勧誘し,本件発言1及び2をする等断定的判断の提供による勧誘をしたこと(前記前提事実(2)ア及びイ),③未公開株式については,日本証券業協会の自主規制規則である「店頭有価証券に関する規則」において,グリーンシート銘柄を除き取引の勧誘が原則として禁止されているところ,本件未公開株式は,いずれもグリーンシート銘柄には該当しないこと(弁論の全趣旨),④本件未公開株式については上場予定はなく,本件取引1及び2における本件未公開株式の価格は実際の価値よりも著しく高額であったこと(前記認定事実(3))等が認められ,これらの事実からすれば,Jトレードが,原告らに対し,本件未公開株式を販売した行為自体,不法行為に該当するというべきである。

(イ) この点,被告は,平成18年2月10日までの間は,Jトレードの従業員にすぎなかった上,同日,取締役に就任し,同年3月末日には,Jトレードの業務を停止したのであって,顧客への対応,従業員の雇用確保,資金の不足への対応等諸問題の調整のため,Jトレードの業務停止の判断が約1.5か月遅れた旨主張し,確かに,被告が,取締役に就任したのは,平成18年2月10日であると認められる(前記前提事実(1)イ)。

しかし,被告は,証券取引業に30年も携わっており(前記前提事実(1)イ),証券取引業を営むためには登録が必要なことも十分認識していたはずである上,前記認定事実(2)からすれば,被告は未公開株式の銘柄の選定,仕入れ及び情報の提供をし,Jトレード札幌支店従業員を指導する等して,Jトレードにおける未公開株式の販売において中心的,主導的役割を果たしていたことは明らかであって,取締役に就任した時点で,Jトレードの現状を十分認識し,上場予定のない未公開株式の新規販売を辞めなければ,新たな被害を招く虞れがあることは十分認識できたはずであるから,被告は,取締役に就任した直後から,証券取引業の登録をしないまま,グリーンシート銘柄でもない未公開株式を著しく高額で販売することを中止するよう指示・指導すべきである。既に未公開株式を購入した顧客への対応に配慮するとしても,新規に未公開株式を販売する必要はない上,従業員の雇用の確保や資金不足の問題があったとしても,新たな被害の拡大を防止すべきであるから,被告が取締役に就任した直後に前記指示・指導をしなかったことは,重大な過失であるというべきである。

(ウ) なお,そもそも,被告は,当裁判所が2度に渡り,当事者尋問のための呼出しをしたにもかかわらず,正当な理由なく出頭しなかったのであるから,この点からしても,民事訴訟法208条により,尋問事項に関する原告らの主張(被告は,Jトレードの取締役就任前からJトレードが未公開株式の販売営業をしていることを知っており,直ちに未公開株式の販売,勧誘行為を停止するように指導・監督する義務があったにもかかわらず,これを怠ったため,原告らが本件取引1及び2により被害を受けたこと)を真実と認めることができる。

(エ) よって,被告の主張には理由がなく,原告らは,被告の前記重過失により,本件取引1及び2による損害を受けたのであるから,被告は,同損害について,会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律25条,有限会社法30条の3第1項に基づく損害賠償責任を負う。

イ 本件取引3について

(ア) 前記認定事実(4)ア及びイからすれば,ライフアシストは,Jトレード札幌支店の業務を引き継ぐために設立され,当初は未公開株式の販売を行っていたのであって,①ライフアシストは,証券取引業の登録を受けていなかったこと(A本人及び弁論の全趣旨),②前記ア(ア)で判示したとおり,Bは,本件取引1の際,原告X1に対し,断定的判断の提供による勧誘をした上で,本件取引1と同じ銘柄であるラボックス株について本件発言3等によって勧誘をしていること(前記前提事実),③前記ア(ア)で判示したとおり,ラボックス株は,グリーンシート銘柄ではなく,上場予定もなく,本件取引3の代金は,ラボックス株の実際の価値よりも著しく高額であったこと等が認められ,これらの事実からすれば,ライフアシストが,原告X2に対し,ラボックス株1株を50万円で販売した行為自体,不法行為に該当するというべきである。

(イ) この点,被告は,ライフアシストと新興アセットは別法人であって,新興アセットは本件取引3に関与していない等主張する。

しかし,①ライフアシスト設立当初の未公開株式の販売については新興アセットが深く関与していたこと(前記認定事実(4)イ),②Aは,本件仕入れについても被告から連絡があって購入した旨供述していること(A本人),③Aは,アペルト・ジャパンがどのような会社なのかについては知らないこと(前記認定事実(4)ウ),④本件仕入れの代金支払方法については,ライフアシストの普通預金口座のキャッシュカードを所持していた被告が,同口座から預金を引き出し,仕入れ先に対し,代金相当額を支払ったこと(前記認定事実(4)ウ),⑤ライフアシストは,新興アセットが送付してきた書面に,社判や代表者印を押印して本件売買契約書を作成したにすぎないこと(前記認定事実(4)ウ)等からすれば,本件仕入れについても,新興アセットがアペルト・ジャパンと交渉した上で,同社からラボックス株を仕入れてライフアシストに売却させようと考え,アペルト・ジャパンから新興アセットが購入してライフアシストに売却し又は新興アセットが積極的・主導的に仲介をして両者に直接売買をさせて,ライフアシストの口座から引き出した金員で,アペルト・ジャパンに対する代金を支払ったと認められる。

そして,前記アで判示したとおり,被告がJトレードの未公開株式の販売において主導的な役割を果たしていたことからすれば,新興アセットは,本件仕入れに関与した際,ライフアシストが入手したラボックス株をJトレードと同様の手法で一般顧客に対して著しく高額で売却することを知っていたと認められ(A本人もその旨供述する。),それにもかかわらず,ライフアシストにラボックス株を売却し又はアペルト・ジャパンとライフアシストとのラボックス株の売買を積極的・主導的に仲介したのであって,これにより,原告X2は,本件取引3による被害を被ったのであるから,本件取引3は,新興アセットとライフアシストの共同不法行為であると認められる。

(ウ) なお,被告は,当裁判所が2度に渡り,当事者尋問のための呼出しをしたにもかかわらず,正当な理由なく出頭しなかったのであるから,民事訴訟法208条により,尋問事項に関する原告らの主張(本件取引3は,新興アセットとライフアシストの共同不法行為によるものであったこと)を真実と認めることができる。

(エ) 以上からすれば,被告は,新興アセットの代表取締役として,全事業の業務を適法かつ適正に遂行し,部下を指揮監督して,会社を発展させていくことをその職務にし,前記共同不法行為を中止すべき義務を負っていたにもかかわらず,重大な過失によって,その任務を懈怠したのであるから,本件取引3によって原告X2に生じた損害につき,会社法429条1項に基づき,損害賠償責任を負う。

(2)  争点(2)(相当因果関係ある損害)について

ア 原告X1について 330万0000円

原告X1は,本件取引2によって代金相当額300万円の損害を被ったものと認められ,弁護士費用相当損害金としては,30万円が相当である。

イ 原告X2について 357万5000円

原告X2は,本件取引1により代金相当額275万円,本件取引3により代金相当額50万円の合計325万円の損害を被ったものと認められ,弁護士費用相当損害金としては,32万5000円が相当である。

3  結論

以上のとおり,原告の請求は理由があるから,これを認容することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を,仮執行宣言については同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判官 平田晃史)

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