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札幌地方裁判所 平成21年(行ウ)28号 判決 2010年7月26日

主文

1  北海道労働局長が原告に対して平成21年7月6日付けでした保有個人情報一部不開示決定のうち,別紙2個人情報目録3記載の個人情報のうち,2頁(3枚目)30行目の一部を不開示とした部分を取り消す。

2  北海道労働局長は,原告に対して,前項で不開示処分が取り消された個人情報を開示せよ。

3  本件訴えのうち,前項の部分を除いた別紙2個人情報目録2ないし5記載の個人情報の開示の義務付けを求める部分を却下する。

4  原告のその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は,これを10分し,その3を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  請求の趣旨

(1)  北海道労働局長が原告に対して平成21年7月6日付けでした保有個人情報一部不開示決定のうち,別紙2個人情報目録2ないし5記載の個人情報を不開示とした部分を取り消す。

(2)  北海道労働局長は,原告に対して,別紙2個人情報目録2ないし5記載の個人情報を開示せよ。

(3)  訴訟費用は,被告の負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  本案前の答弁

ア 本件訴えのうち,個人情報の開示の義務付けを求める部分を却下する。

イ 訴訟費用は,原告の負担とする。

(2)  本案の答弁

ア 原告の請求をいずれも棄却する。

イ 訴訟費用は,原告の負担とする。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,原告が,北海道労働局長(以下「処分行政庁」という。)に対し,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」という。)に基づき,原告が被災した平成▲年▲月▲日発生の業務災害(以下「本件労災」という。)に関する実地調査復命書の開示請求をしたところ,処分行政庁は,平成21年7月6日付けで,開示請求があった個人情報の一部につき,個人情報保護法14条2号,3号イ及び7号柱書きに当たるとして,一部を不開示とする処分(以下「本件処分」という。)をしたため,原告が,①本件処分によって不開示とされた部分のうち,別紙2個人情報目録2ないし5記載の個人情報(以下,まとめて「本件各個人情報」という。)を不開示とした部分の取消し,②本件各個人情報の開示の義務付けを求めた事案である。

2  関係する法令の定め

(1)  個人情報保護法の関係する規定

別紙7「個人情報保護法の関係規定(抜粋)」のとおり

(2)  行政手続法8条

(理由の提示)

第8条 行政庁は,申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は,申請者に対し,同時に,当該処分の理由を示さなければならない。ただし,法令に定められた許認可等の要件又は公にされた審査基準が数量的指標その他の客観的指標により明確に定められている場合であって,当該申請がこれらに適合しないことが申請書の記載又は添付書類その他の申請の内容から明らかであるときは,申請者の求めがあったときにこれを示せば足りる。

2 前項本文に規定する処分を書面でするときは,同項の理由は,書面により示さなければならない。

3  前提となる事実(争いのない事実に加え,各項末尾掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)

(1)  原告による個人情報開示請求

原告は,平成21年6月8日,処分行政庁に対して,個人情報保護法13条1項に基づき,原告が平成▲年▲月▲日に被災した業務災害(本件労災)について,札幌東労働基準監督署長(以下「監督署長」という。)が平成21年5月27日に障害等級を併合第2級と決定したことにかかる実地調査復命書の開示請求をした。

(2)  本件処分等

ア 処分行政庁は,平成21年7月6日,上記実地調査復命書及び添付書類の一部について,次の理由で不開示とし(本件各個人情報は,いずれも不開示とされた部分に含まれている。),その余の部分を開示する処分(本件処分)をした。処分行政庁は,同日付け北労発総第○号「保有個人情報の開示をする旨の決定について(通知)」により,本件処分及び一部を不開示とした理由を原告に通知した。(甲2)

「 開示対象にかかる行政文書については,開示請求者以外の個人に関する情報であって特定の個人を識別することができる情報が記載されており,法14条2号に該当し,かつ,同号ただし書きイからハまでのいずれにも該当しないことから,これらの情報が記載されている部分を不開示とした。

また,当該行政文書には,法人に関する情報であって,開示することにより,当該法人の権利,競争上の地位その他の正当な利益を害するおそれがある情報が記載されており,法14条3号イに該当するため,当該記載部分を不開示とした。

さらに,当該行政文書には,労働基準行政機関が行う事務の適正な執行に支障を及ぼすおそれがある情報として,個人情報保護法14条7号柱書きに該当するため,不開示とした。」

イ 処分行政庁は,後記(3)イの本件訴訟の提起後である平成22年2月5日,本件処分によって不開示としていた個人情報のうち,A病院リハビリテーション科B医師が記載した「○○又は○○による障害の状態に関する意見書」のうち,同医師の印影を除いた部分(以下「本件個人情報1」という。)について,同医師が公立病院の医師であることを考慮するなどして,不開示処分を変更して,原告に開示する処分をした(甲16,乙9)。

(3)  原告による不服申立て

ア 原告は,本件訴訟の訴訟代理人弁護士を代理人として,平成21年7月21日,本件処分のうち,本件個人情報1,本件各個人情報,日常生活状況報告表の一部を不開示とした部分を不服として,厚生労働大臣に対して,審査請求を申し立てた(甲8)。

イ 原告は,平成21年8月21日,本件処分のうち,本件個人情報1及び本件各個人情報を不開示とした部分を不服として,同部分の取消し及び開示の義務付けを求めて,本件訴訟を提起した。

ウ 原告は,上記(2)イのとおり,本件個人情報1の開示を受けたため,平成22年3月1日の本件弁論準備手続期日において,本件個人情報1についての訴えを取り下げた。

4  争点及びこれに対する当事者の主張

(1)  争点①(本件各個人情報は,個人情報保護法14条所定の不開示事由に当たるか否か。)

(被告の主張)

本件各個人情報は,以下のとおり,個人情報保護法14条所定の不開示事由に当たり,本件処分は適法である。

ア 別紙2個人情報目録2記載の個人情報(以下「本件個人情報2」という。)について

本件個人情報2は,監督署長が,原告の左下肢の障害等級の認定のため,障害の状態及び障害残存の理由などを把握するため,C病院の医師から収集した意見書のうち,医師の署名・印影及び障害残存の理由にかかる部分であり,個人情報保護法14条2号及び7号の不開示事由がある。

(ア) 個人情報保護法14条2号に当たること

a 個人情報保護法14条2号の解釈

開示請求に係る個人情報には,第三者の情報が含まれている場合があり,第三者に関する情報を開示することによって当該第三者の権利利益が損なわれるおそれがあることから,原則として第三者に関する情報は不開示情報とされている。そして,個人情報保護法14条2号によって不開示情報として取り扱われる第三者の個人に関する情報は,氏名,生年月日その他の記述等によって,特定の個人を識別することができることを原則とするが,当該情報のみでは特定の個人を識別できない場合であっても,他の情報と照合することにより特定の個人を識別することができる場合は,同号によって不開示情報とすることが適当である。

b 本件個人情報2が個人情報保護法14条2号本文に当たること

(a) 本件個人情報2のうち,医師の署名及び印影は,開示した場合,原告が直ちに意見書を作成した医師を特定することができるから,個人情報保護法14条2号本文に当たる。

(b) 本件個人情報2のうち,医師の署名及び印影以外の部分は,原告の障害等級の認定に当たり必要なものとして,監督署長が特に職権により依頼し,収集した情報であり,開示請求者に関する情報ではあっても,第三者である医師個人が,医学的知見を基に,監督署長に対してのみ表明した意見であり,開示請求者が容易に知り得る内容ではなく,当該医師にかかる個人に関する情報に当たる。また,仮にこのような医師の意見に係る情報が開示されると,当該医師の意見に納得しない開示請求者などから,当該医師に対するいわれのないひぼう・中傷が行われることが懸念され,当該医師の正当な職務の遂行などに多大な支障を来たすおそれがある。したがって,当該部分は,「開示することにより,なお開示請求者以外の特定の個人の権利利益を害するおそれがあるもの」であり,個人情報保護法14条2号本文に当たる。

c 本件個人情報2が個人情報保護法14条2号ただし書イないしハに当たらないこと

(a) 労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)の給付は,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)所定の支給事由が生じた場合に保険給付を行うこととされているが,保険給付の調査内容の詳細については保険給付の請求者に開示することとはされておらず,実地調査により把握できた開示請求者以外の個人に関する情報は,保険給付の請求者が当然に知ることができるものではない。また,本件個人情報2を含む意見書は,監督署長からの依頼に基づき,監督署長に対してのみ表明した意見であり,調査復命書の一部であるから,診療情報とは異なり,患者である原告が当然に知ることができるものではない。したがって,本件個人情報2は,法令の規定や慣行により開示請求者が知ることができ,又は知ることが予定されている情報ということはできず,個人情報保護法14条2号ただし書イには当たらない。

(b) 不開示情報該当性の判断に当たっては,当該情報を不開示にすることの利益と開示することの利益との調和を図るべく,開示請求者以外の個人に関する情報について,不開示にすることにより保護される開示請求者以外の個人の権利利益よりも,開示請求者を含む人の生命,健康などの利益を保護することの必要性が上回る場合に,開示すべきところ,原告は,障害補償について監督署長により併合第2級の決定を受けており,本件個人情報2を開示することが必要であると認められる特段の事情は認められないのに対し,本件個人情報2が開示されることにより,当該医師の意見に納得しない開示請求者などからいわれのないひぼう・中傷や脅迫などを受けることにより,医師の正当な職務の遂行などが害されるおそれがあるものである。したがって,医師個人の権利利益を上回る必要性は認められないから,本件個人情報2は,個人情報保護法14条2号ただし書ロにも当たらない。

(c) 本件個人情報2の署名にかかる医師は,公務員や独立行政法人などの職員ではないから,個人情報保護法14条2号ただし書ハにも当たらない。

(イ) 個人情報保護法14条7号に当たること

a 個人情報保護法14条7号の「当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」とは,当該事務又は事業の本質的な性格,具体的には,当該事務又は事業の目的,その目的達成のための手法などに照らして,その適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるか否かを判断する趣旨である。

b 本件個人情報2は,監督署長が,原告に係る障害等級認定に必要なものとして,第三者である医師個人に,特に職権により依頼し収集した情報である。保険給付の事務を行う労働基準監督署長は,保険給付の判断に必要な情報を収集した上で,適切な判断を行わなければならず,障害補償の等級の認定に当たっては,主治医の診断書のほか,専門医により作成された医学的意見書などを総合的に検討して決定することとなるところ,医師の意見書は,障害等級を決定するに当たり重要な情報である。仮に,医師の意見が開示されれば,当該医師の意見内容に対して,開示を受けた者からのいわれのないひぼう・中傷が行われるおそれがあり,これらに対する懸念などにより,当該医師が心理的に大きな影響を受け,労災給付の請求人の傷病などについての意見を記述することを拒否又は躊躇し,あるいは,保険給付請求者側又は所属事業者側いずれかに不利になる情報提供や意見を記述することを意図的に忌避するといった事態が発生し,公正で適正な労災認定を実施していく上で必要不可欠な率直かつ的確な医学的意見の収集が困難となり,労災保険給付の事務が適正に遂行されないおそれを生ずる。

c 原告は,B医師に対して,精神障害者保健福祉手帳が非該当となったことに関して,会話の詳細や原告の目的は明らかではないものの,B医師が,脅迫めいた忠告として,危害が及ぶ可能性があると認識するに足りる言動を行ったものであり,これは客観的な診断をした医師に対する逆恨みに類したいわれのないひぼう・中傷に当たる。また,B医師は,上記の原告の言動を受けて,監督署長の照会に対する回答の内容が原告に知れることにより,身体等に危害が加えられるおそれを感じ,以後の労災保険の障害等級認定に必要となる意見を述べることを拒否する事態に至ったものである。そして,B医師以外の医師の意見は,必ずしも原告に有利なものばかりではないことも考慮すると,本件個人情報2を開示することで,医師に対してひぼう・中傷が行われるおそれが十分にあり,これは,蓋然性をもった現実的なおそれというべきであり,医師ら個人の権利利益を害するおそれがある。

d したがって,本件個人情報2は,個人情報保護法14条7号に当たる。

イ 別紙2個人情報目録3記載の個人情報(以下「本件個人情報3」という。)について

本件個人情報3は,厚生労働事務官D作成の実地調査復命書のうち,B医師及びE病院F医師の○○障害にかかる評価を引用した部分である。

B医師の評価の引用部分は,上記ア(イ)と同様に,個人情報保護法14条7号に当たり,F医師の評価の引用部分は,上記アと同様に,個人情報保護法14条2号及び7号に当たる。

ウ 別紙2個人情報目録4記載の個人情報(以下「本件個人情報4」という。)について

本件個人情報4は,監督署長が,労災保険法47条の2に基づき,原告にF医師の診断を受けることを命令し,その診断結果として提出されたF医師作成の意見書のうち,原告の○○障害の評価にかかる部分である。

本件個人情報4は,上記アと同様に,個人情報保護法14条2号及び7号に当たる。

エ 別紙2個人情報目録5記載の個人情報(以下「本件個人情報5」という。)について

本件個人情報5は,F医師作成の意見書に添付された「○○資料」のうち,各種検査から得られた結果及び評価にかかる部分である。

本件個人情報5は,上記アと同様に,個人情報保護法14条2号及び7号に当たる。

(原告の主張)

本件各個人情報は,以下のとおり,個人情報保護法14条所定の不開示事由に当たらず,本件処分は違法である。

ア 本件個人情報2について

(ア) 個人情報保護法14条2号に当たらないこと

a 本件個人情報2が個人情報保護法14条2号本文に当たらないこと

(a) 本件個人情報2の署名押印部分は,いわゆる個人識別情報に形式的には当たるものの,個人情報保護法の趣旨からすれば,医師の個人情報には当たらない。

医師には,診断義務及び診断書作成義務があり(医師法19条),診断書を求められれば,署名押印をした診断書を発行しなければならないから,署名押印部分が医師の個人情報であるとして非開示となるとするのは,極めて違和感のある法律解釈である。

また,本件個人情報2に署名しているのは,原告の主治医であり,A病院及びCに勤務しているG医師であり,回答書の内容は,主治医であるG医師が原告の症状や治療内容に関して記述したものであり,実質的にはカルテや診断書の内容と異ならない。しかも,本件個人情報2が記載された回答書は,労災保険法49条に基づき,監督署長が医師に報告を求めて取得したものであるから,公的な資料として作成した文書であり,医師個人の権利利益に関するような内容が記載されている事実はない。

(b) 本件個人情報2の意見部分も,個人情報保護法14条2号本文には当たらない。

本件個人情報2は,G医師の私生活とは何ら関係がなく,G医師にとってのプライバシー性が高度であるとは到底いえず,個人情報保護法14条2号本文後段の情報に当たらないことは明らかである。

一般に,診療情報は,各種保険給付などの判断根拠となるものであり,患者の利害に係わる場合があるから,保険給付に関連する診断書の内容について,診療情報の開示を受けた患者が,記載内容について医師に質問したり,誤解などがあれば訂正してもらうことは患者の当然の権利である。また,医師が説明することによって患者が納得する場合もある。したがって,回答書や意見書の内容を患者に開示することが直ちにいわれのないひぼう・中傷につながるとは到底いえず,むしろ適切な効果が得られることが少なくないから,被告の主張は漠然とした不安感を根拠にしているというほかない。個人情報保護法14条2号の「開示請求者以外の個人の権利利益を害するおそれ」は,具体的なものでなければならず,上記のような漠然とした不安感では到底足りない。

b 本件個人情報2が個人情報保護法14条2号ただし書イ及びロに当たること

(a) G医師は原告の主治医であり,本件個人情報2の作成者がG医師であることは自明であるから,署名押印部分は,原告が当然に知ることができる情報である。

本件個人情報2の回答部分も,次のとおり,「法令の規定により又は慣行として開示請求者が知ることができる情報」に当たる。

すなわち,まず,G医師には診断義務及び診断書作成義務があり,本件個人情報2は監督署長の原告の症状と診断根拠に関する質問に対する回答であるから,原告において,監督署長の照会と全く同じ質問で診断書の作成を依頼すれば,G医師は同様の回答をする義務がある。次に,厚生労働省及び医師会の指針では,カルテなどの医療情報は全て患者に開示することとなっており,患者の診療に関する情報はすべからく,医師側の個人情報ではなく,患者側の個人情報であると考えられている。さらに,労災保険の再審査請求手続や行政訴訟においては,当然に開示が予定されているものである。

したがって,本件個人情報2は,個人情報保護法14条2号ただし書イに当たる。

(b) 個人情報保護法14条2号ただし書ロは,開示請求者と第三者の利益を比較衡量して調整するための規定であるから,開示請求者である原告の利益と,第三者であるG医師の開示されない利益とを比較衡量する必要がある。

開示請求者が開示を受ける一般的な利益としては,まず,労災保険の判断に対する不服申立てをする際の資料となり,労災事故に基づく損害賠償請求訴訟の際の重要な証拠資料ともなるし,労災事故が交通事故であれば,自賠責保険の後遺障害の等級認定や民事訴訟における後遺障害の等級認定の資料にもなる。また,そもそも事故の症状や診断根拠を記載した文書の内容を知りたいと考えるのは当然であり,自らの身体の状態を知った上で,日常生活においても症状が悪化しない生活をしたり,改善するよう努力したりすることも考えられる。また,こうした客観的に整理された資料は,セカンドオピニオンを受けるにも便宜である。このように,労働者が労災事故の調査復命書の開示を受ける利益は一般に大きいといえる。

また,原告は,平成▲年▲月▲日にトラック運転手として就労中,交通事故にあい,○○などの傷害を負い,労災保険における障害補償給付の申請と自賠責保険に対する被害者請求を行ったところ,自賠責保険においては,労災保険の認定よりも低い等級しか認定されなかったため,労災保険と同様に2級の等級認定を受けたいと考えている。そのためにいずれの手段をとるにしても,調査復命書及びその添付資料は貴重な証拠資料となる。

他方,医師が患者から取得した医療情報は原則として全て開示することとされ,また,医師には診断書作成義務があることから,医師にとって,患者の症状や診断根拠を患者に開示されない利益は,法的保護に値するような利益としては観念できないし,少なくとも,上記の患者側の利益を上回るような利益は到底認め難い。また,いわれのないひぼう・中傷を受けない利益なるものは,極めて抽象的で漠然とした不安にすぎず,医師の診断などについて患者が不満を持って苦情を述べたりすることはあらゆる場面で想定されるが,そのような抽象的なおそれがカルテ開示を拒否する根拠とならないことは,厚生労働省が示している。なお,原告が具体的に常軌を逸した行動を取って医師を攻撃しているなどの事情はない。

以上より,原告の開示を受ける利益がはるかに大きいことは明らかであり,本件個人情報2は,個人情報保護法14条2号ただし書ロに当たる。

(イ) 個人情報保護法14条7号に当たらないこと

a 個人情報保護法14条7号の「支障」の程度については,名目的なものでは足りず,実質的なものであることが必要であり,同号の「おそれ」も,抽象的な可能性では足りず,法的保護に値する程度の蓋然性が要求され,同号は行政機関に広範な裁量を認める趣旨ではないと解釈されている。

b 本件個人情報2を開示することにより,労働基準監督署の労災保険の認定事務に実質的な支障を生ずることについては,抽象的な可能性にとどまるものであり,法的保護に値する蓋然性は認められない。

すなわち,まず,労災保険の実地調査復命書及びその添付資料の開示を受けた労働者が,その内容について医師に質問をすることはごく少なく,多くは労災保険の不服申立てや交通事故訴訟などの参考資料として開示を受けて利用するだけである。また,労働者が開示を受けた内容について医師に質問して直接説明を受けることはむしろ患者の当然の権利であり,いわれのないひぼう・中傷ではない。いわれのないひぼう・中傷を行って労働者が利益を受けることは何もなく,被告の主張するような事態は極めてレアケースであり,医師がいわれのないひぼう・中傷を受けるおそれは,具体的なものではなく,抽象的なものにすぎない。

また,医師には診断書作成義務があり,患者に診断内容,診断根拠,治療・投薬の内容や効果を説明する義務があり,これをいとう医師の利益は法的保護に値しない。開示を受けた患者が医師に苦情を申し入れる可能性はあるが,それが正当なものであれば何ら問題がないし,不当なものであれば医師の良心と医学的知見に従って毅然と説明すれば足り,恐喝や脅迫の域に至れば,刑事司法手続を利用するほかない。こうした問題は,労災保険の回答書の開示に限られるものではなく,患者の個性の問題であって,個人情報の開示を拒否したからといって防げるものではない。いずれにしても,いわれのないひぼう・中傷に対する医師の懸念は,極めて抽象的な不安感といったものにすぎない。

さらに,労災保険の障害認定事務への支障は,法的保護に値する蓋然性はおよそ存在しない。上記のとおり,医師が意見を述べることを躊躇するおそれ自体が極めて抽象的なものである上,仮に,上記の懸念やおそれがあるとしても,労災保険制度は,非協力的な医師や労働者が存在することを想定して,制度的な担保を講じているから,労災保険の障害認定事務には,法律上も制度上も具体的な支障が生ずることはない。

イ 本件個人情報3について

F医師は,原告が労働基準監督署の労災保険法47条に基づく命令によって受診したE病院の担当医師であり,同医師の意見は,同法49条に基づき,監督署長の照会に対してなされたものである。F医師は,原告の主治医ではないが,医師として診察し,医学的意見を述べたものであるから,上記アのG医師に関する主張と異なる点はない。

したがって,本件個人情報3は,上記アと同様に,個人情報保護法14条2号及び7号には当たらない。

ウ 本件個人情報4について

本件個人情報4は,F医師作成の意見書であり,上記アと同様に,個人情報保護法14条2号及び7号には当たらない。

エ 本件個人情報5について

本件個人情報5は,F医師作成の意見書(本件個人情報4を含む。)に添付されている神経心理学的検査の結果であり,上記アと同様に,個人情報保護法14条2号及び7号には当たらない。

(2)  争点②(本件処分の不開示部分の理由の提示が行政手続法8条に違反するものか否か。)

(被告の主張)

行政手続法8条1項本文に基づき示さなければならない理由の程度は,処分の性質と理由付記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らして決定すべきとされており,当該文書の種類や性質などから,処分の根拠を当然知り得るような場合には,行政庁に対して,根拠条文以上の理由を提示することを求めるものではないと解される。

処分行政庁は,本件処分に当たり,開示対象文書を特定するとともに,その大部分を開示し,不開示部分については,項目欄は開示するなどしており,当該部分に記載されている内容が,医師らの意見及び評価などであることが推知できるものである。そして,前提となる事実(2)アのとおり,本件処分の決定通知には,不開示理由の根拠条文及び理由を端的に示しており,個人情報保護法14条各号には不開示事由が明確に定められているから,開示された文書及び不開示部分を決定通知と併せてみれば,不開示部分について,個人情報保護法14条2号,3号及び7号の不開示事由が存在することを知ることが十分に可能である。

したがって,本件処分の理由の提示は,行政手続法8条に反するものではない。

(原告の主張)

行政手続法8条1項本文の趣旨は,処分庁の判断の慎重,合理性を担保して,その恣意を抑制するとともに,処分の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるものであり,この趣旨から,処分理由については,いかなる根拠に基づきいかなる法規を適用して当該申請が拒否されたかを申請者においてその記載自体から了知し得るものでなければならず,単に当該処分の根拠規定を示すだけでは,それによって当該規定の適用の基礎となった根拠をも当然知り得るような場合は格別,処分理由の提示として不十分というべきである。

前提となる事実(2)アのとおり,本件処分の理由は,ほぼ個人情報保護法14条2号,3号及び7号の条文をそのまま引用したものである上,どの不開示部分がどの不開示理由によって不開示とされたのかがまったくわからないから,理由提示につき要求される記載の程度を満たさないのは明らかであり,処分庁の判断について恣意を抑制することは期待できず,原告も各不開示部分がどのような理由で不開示とされたかを認識することができない。

特に,不開示部分を特定せずに個人情報保護法14条7号柱書きを適用した点は,本件各個人情報すべての不開示理由になるのか,なるとしても個人情報ごとに処分行政庁が不開示事由に当たるか否かを検討したのか,まったくわからないのであり,行政手続法8条1項本文の趣旨を没却するものである。処分行政庁において,不開示部分を決定する作業に際し,それぞれの部分がどのような法条に該当するかを検討し,マスキングすべき部分の一覧表を作成して上司の決裁を受け,黒塗り作業をしているはずであるから,不開示部分とその対応関係を示す一覧表のようなものを作成することは極めて容易であり,その作業負担や労力が過重なものとは到底思えないのに,申請者にその程度のものすら送付しない理由はない。

したがって,本件処分の理由の提示は,行政手続法8条1項本文に反し,手続上重大な違法がある。

(3)  争点③(本件各個人情報の開示の義務付けの訴えが要件を満たすか否か。)

(原告の主張)

ア 本件訴訟は,個人情報保護法14条に基づく個人情報の開示請求に対する処分行政庁の不開示処分に対して,その取消と開示処分の義務付けを求めたものである。同条は,行政機関の開示義務を定めたものであり,行政機関の裁量の余地はない。本件訴訟は,上記(1)のとおり,同条2号又は7号の除外事由に当たるか否かが争われており,除外事由に当たれば開示義務がなく,当たらなければ開示義務があるという二者択一の判断がなされることになる。

そして,本件処分の取消訴訟が認容されるのであれば,開示処分をすべきことは一義的に明らかであることになる。

イ なお,併合提起された取消訴訟等が認容されること(行政事件訴訟法37条の3第5項)は,本案の認容判決をする要件であるが,仮に,訴訟要件であるとしても,本案の終局判決と同時に判断をすることになるから,本案の審理をする必要がないという意味での訴訟要件でないことは明らかである。

(被告の主張)

ア 本件各個人情報の開示の義務付けを求める訴えは,いわゆる申請型義務付け訴訟のうち,「申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合」(行政事件訴訟法37条の3第1項2号)であり,併合提起した処分又は裁決の取消請求が認容されることが訴訟要件になる。

本件処分は,上記(1)及び(2)の各(被告の主張)のとおり,適法なものであるから,取り消されるべきものに当たらないことは明らかであり,本件各個人情報の開示の義務付けを求める訴えは,訴訟要件を欠き,不適法な訴えとして却下されるべきである。

イ 個人情報保護法14条各号は,行政機関の保有する個人情報について不開示事由を定めているところ,上記(1)及び(2)の各(被告の主張)のとおり,明白かつ当然に開示処分をすべきことが認められるということはなく,行政庁がその処分をすべきことが法令の規定から明らかであると認められるとはいえないから,本件各個人情報の開示の義務付けを求める訴えは認められない。

第3当裁判所の判断

1  争点①(本件各個人情報は,個人情報保護法14条所定の不開示事由に当たるか否か。)について

(1)  本件個人情報2について

ア 本件個人情報2は,原告の診療を行っていたC病院の医師が作成した「回答」と題する書面のうち,医師の署名・印影及び障害残存の理由にかかる部分であり,監督署長が,原告の左下肢の障害等級の認定のため,障害の状態及び障害残存の理由などを把握するために同病院の医師にした照会に対する回答の一部である(乙1)。

イ 個人情報保護法14条7号に当たるか否かについて

(ア) 個人情報保護法14条7号の「当該事務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」とは,当該事務又は事業の目的,その目的達成のための手法などに照らして,その適正な遂行に実質的な支障を及ぼす蓋然性があることをいうと解するのが相当である。

(イ) 労災保険の保険給付に当たっては,労働基準監督署長は,その判断に必要な情報を収集して適切な判断を行わなければならず,障害補償の等級の認定に際しては,主治医の診断書のみならず,必要があると認めるときは,主治医や他の医師に医学的な意見を求めたり,申請者に医師の診断を命じたりして,その判断に必要な情報を収集し,これを総合的に検討して,適正な等級を認定することとなる(労災保険法46条,47条,47条の2,49条参照)。

そして,障害等級の認定に当たっては,医師(主治医のほか,第三者の医師も含む。)の意見が重要な資料となるものであり,その意見の内容には,保険給付の請求者側に有利なものも不利なものもあり得るものである。医師としての評価・判断を含まない客観的な検査結果等は格別,医師としての専門的知見に基づく評価・判断を含む意見が開示されれば,開示を受けた者が,自己に不利な意見を述べた医師に対して,単なる質問や説明を求めるにとどまらず,当該意見に対する不満や苦情を述べたり,さらには医師にとってはいわれのないひぼうや中傷を行ったりすることも十分に考え得るところであり,弁論の全趣旨によれば,保険給付の請求者側が鑑別診断を実施した医師に対して,脅迫に近いような不服を申し立てた事例や,ひぼう・中傷する文書を執拗に送り続けた事例も発生しているものと認められる。こうしたひぼうや中傷が実際に行われる事例自体は,必ずしも頻繁に生じ得るものとは考え難いが,上記説示したところに照らせば,およそ具体的には想定し得ない事例であるとか,将来的な医学的意見の収集に及ぼす実質的な影響を無視し得る程度に稀であるともいい難いところである。そして,このように,障害等級の認定に関して意見を述べた医師に対して,ひぼうや中傷などが行われると,将来において,労働基準監督署長が同種の意見を求めた際に,医師がこれを恐れて,診断や意見を述べることを拒否したり躊躇したり,保険給付の請求者側に不利になるような情報の提供や意見を述べることを行わなくなったりする可能性がなお十分に認められるというべきであり,その結果,労災認定を公正かつ適正に行うために必要不可欠な医学的な意見を収集することが困難となってしまい,保険給付の適正な遂行に実質的な支障を及ぼす蓋然性があるというべきである。

また,上記のような医師の意見は,労災保険給付に関する認定に資するため,労働基準監督署長の照会に応じて,あるいは,労働基準監督署の職員の調査に対応して述べられるものであり,必ずしも保険給付の請求者にその内容を開示することを前提としているものではなく,これを患者との診療契約に基づき,あるいはこれに付随して作成される診断書などの診療記録と同視することはできないし,意見を述べた医師が,医師であるというだけで上記のような当該意見に対する不満や苦情,さらにはいわれのないひぼうや中傷に対して対応することを当然に甘受しなければならないものともいい難い。

なお,原告は,本件労災における障害等級の認定につき,特に不服申立てをしていないことがうかがわれるが,そうであるからといって,上記認定に用いられた医師の意見につき,何らの不満もないと断ずることはできず,これをもって上記の蓋然性を類型的に欠くということもできない(乙11によれば,現に原告は,B医師に対して,その具体的内容等は必ずしも明らかではないものの,同医師が,脅迫めいた忠告ととらえ,危害が及ぶ可能性を考慮するような言動を行っていることがうかがわれる。)。

(ウ) そして,医師の氏名それ自体は,これを開示することにより,直ちに保険給付の適正な遂行に実質的な支障を及ぼすものとはいい難いが,開示される文書等の記載から,医師の氏名等が上記のような意見を述べた医師を具体的に特定するものであるときは,当該医師の氏名等が開示されることにより,当該意見に不満を有する請求者が,不満や苦情を述べたり,さらにはいわれのないひぼうや中傷を行う相手方が確実になることによって,当該医師に対する上記のような行為が行われる可能性がより高くなり,上記(イ)で説示したような保険給付の適正な遂行に実質的に支障を及ぼす蓋然性が増すというべきである(なお,原告は,本件個人情報2の作成者である医師の氏名は,原告の主治医であるG医師であるとするが,本件各個人情報などを総合しても,そのことは必ずしも明らかとはいい難い。)。

また,医師の具体的な意見の内容が開示されなくても,意見を述べた医師の氏名等が明らかになると,開示を受けた者が,当該医師に対して,その意見の内容を問い合わせたり,障害等級の認定結果等から当該意見を推測するなどして,単なる質問や説明を求めるにとどまらず,医師にとってはいわれのないひぼうや中傷を行うことも十分に考え得るところであり,やはり,上記と同様に,保険給付の適正な遂行に実質的な支障を及ぼす蓋然性があるというべきである。

(エ) 以上によれば,本件個人情報2は,開示すると,労災保険の障害認定事務の適正な遂行に実質的な支障を及ぼす蓋然性があるものというべきであるから,個人情報保護法14条7号の不開示事由があるというべきである。

(2)  本件個人情報3について

ア 本件個人情報3は,厚生労働事務官D作成の補償給付実地調査復命書のうち,B医師及びF医師の○○障害にかかる評価を引用した部分であり,不開示部分のうち,2頁(3枚目)30行目がB医師の評価を引用した部分,その余がF医師の評価を引用した部分である。そして,B医師の評価は本件個人情報1から,F医師の評価は本件個人情報4から,それぞれ引用されている。(乙1,9,弁論の全趣旨)

イ 個人情報保護法14条7号に当たるか否かについて

(ア) 本件個人情報3のうち,F医師の評価の引用部分については,補償給付実地調査復命書の前後の記載から,F医師の意見の要旨ないし結論部分が記載されていることが容易にわかるものであり,これが開示されれば,F医師の意見書(本件個人情報4)を開示したのと同様の結果となる。そして,後記(3)イのとおり,本件個人情報4は個人情報保護法14条7号の不開示事由があるというべきであるから,本件個人情報3のうち,F医師の評価の引用部分についても,同号の不開示事由があるというべきである。

(イ) 他方,本件個人情報3のうち,B医師の評価の引用部分については,前提となる事実(2)イのとおり,引用元である本件個人情報1が既に原告に開示されているのであるから,その要約ないし結論部分である本件個人情報3の当該部分を開示したとしても,そのこと自体によって,同医師に対して,さらに,いわれのないひぼうや中傷がなされる蓋然性があるとまではいい難い。そして,ほかに,同部分を開示したときに,労災保険の保険給付の適正な遂行に実質的な支障を及ぼす蓋然性があると認めるに足りる証拠はない。

そうすると,本件個人情報3のうち,B医師の評価の引用部分については,個人情報保護法14条7号の不開示事由があるということはできない。

(3)  本件個人情報4について

ア 本件個人情報4は,F医師作成の意見書のうち,原告の○○障害の評価にかかる部分である(乙1)。

イ 個人情報保護法14条7号に当たるか否かについて

上記(1)イのとおり,労災保険の保険給付の判断に当たって,労働基準監督署長が収集した医師の意見が開示されると,将来において,労働基準監督署長が医師に意見を求めた際に,医師が開示を受けた者からのいわれのないひぼうや中傷を恐れて,診断や意見を述べることを拒否したり躊躇したり,保険給付の請求者側に不利になるような情報の提供や意見を述べることを行わなくなったりする可能性が十分に認められ,その結果,労災認定を公正かつ適正に行うために必要不可欠な医学的な意見を収集することが困難となってしまい,保険給付の適正な遂行に実質的な支障を及ぼす蓋然性があるというべきである。

そうすると,本件個人情報4は,開示すると,労災保険の障害認定事務の適正な遂行に実質的な支障を及ぼす蓋然性があるものというべきであるから,個人情報保護法14条7号の不開示事由があるというべきである。

(4)  本件個人情報5について

ア 本件個人情報5は,F医師作成の意見書(本件個人情報4を含むもの。)に添付された「○○資料」のうち,H及びI作成の「J殿心理検査レポート」のうち,「考察と結論」という見出しが付された部分である。本件個人情報5は,F医師が本件個人情報4を含む意見書を作成するに当たって原告に対して行った各種検査のうち,H及びIが行った心理検査の経過及び結果について記載した書面の中の検査者両名の意見が述べられている部分である。(乙1)

イ 個人情報保護法14条7号に当たるか否か

本件個人情報5は,F医師の意見が直接述べられているものではないものの,同医師が意見を述べるに当たって依拠した,心理検査の結果に関する検査者の評価・判断を含む意見というべきである。このような心理検査の結果についての意見も,その内容には,保険給付の請求者側に有利なものも不利なものもあり得るものであり,開示されたときに生ずるいわれのないひぼうや中傷を受けるおそれは,医師の意見と同様のものということができる。そして,将来において,労働基準監督署長や医師が心理検査を行う者に同種の意見を求めた際に,同人がこれを恐れて,診断や意見を述べることを拒否したり躊躇したり,保険給付の請求者側に不利になるような情報の提供や意見を述べることを行わなくなったりする可能性が十分に認められ,その結果,労災認定を公正かつ適正に行うために必要不可欠な医学的な意見を収集することが困難となってしまい,保険給付の適正な遂行に実質的な支障を及ぼす蓋然性があることについては,医師と同様であるというべきである。

そうすると,本件個人情報5は,開示すると,労災保険の障害認定事務の適正な遂行に実質的な支障を及ぼす蓋然性があるものというべきであるから,個人情報保護法14条7号の不開示事由があるというべきである。

(5)  まとめ

以上によれば,本件各個人情報中,本件個人情報3のうちB医師の評価の引用部分については,個人情報保護法14条所定の不開示事由があるということはできないが,その余の部分については,その余の点を判断するまでもなく,同条7号の不開示事由があるというべきである。

2  争点②(本件処分の不開示部分の理由の提示が行政手続法8条に違反するものか否か。)について

(1)  行政手続法8条1項本文が理由の提示を求めた趣旨は,行政庁の判断の慎重さ,合理性を担保して,その恣意を抑制するとともに,申請者に処分理由を知らせて,その不服申立ての便宜を図ったものと解される。そうすると,個人情報保護法14条各号所定の事由に当たることを理由とする個人情報不開示処分においては,開示請求者において,同条各号の不開示事由のいずれに当たるのかをその根拠とともに了知し得る程度の理由を提示しなければならないというべきである。

(2)  本件処分によって不開示とされた本件各個人情報は,黒塗りとされている部分の位置,前後の記載などから,本件個人情報2の「医師氏名」に続く部分は,「回答」と題する書面を作成した医師の署名押印又は記名押印であること,本件個人情報2のその余の部分,本件個人情報3,本件個人情報4及び本件個人情報5が医師などの意見及び評価が記載された部分であることは,開示請求者において,容易に了知し得るものである。

そして,本件処分の通知に記載された不開示理由は,前提となる事実(2)アのとおりであるが,本件各個人情報を開示すると,労働基準行政機関が行う事務である労働者災害補償保険の保険給付に関する事務の適正な執行に支障を及ぼすおそれがあるとして,個人情報保護法14条7号柱書きに当たるとの理由で処分行政庁が不開示としたことは,その記載から了知し得るものである。

また,本件個人情報2のうち,医師の署名押印又は記名押印の部分は,開示請求者以外の個人である医師に関する情報であって,特定の個人を識別することができる情報に当たるとの理由で処分行政庁が不開示としたことは,その記載から了知し得るものである。さらに,監督署長に対する医師の意見は,医師個人の医学的知見に基づく意見の表明であることから,処分行政庁が個人情報保護法14条2号に当たるとの理由で不開示としたことも,本件処分の通知から読み取ることができるというべきである。

なお,本件処分の通知で提示されている不開示理由である個人情報保護法14条3号イについては,本件各個人情報の不開示理由ではないことは,明らかというべきである(なお,前提となる事実(2)アのとおり,本件各個人情報以外にも本件処分によって不開示とされた部分が存在するから,同号が本件処分の理由として提示されていることをもって,行政手続法8条1項本文に違反するということはできない。)。

(3)  以上によれば,本件処分における不開示部分の理由の提示は,開示請求者において,不開示事由及びその根拠を了知し得る程度のものということができ,行政手続法8条1項本文に違反するものとまではいえないというべきである。

3  争点③(本件各個人情報の開示の義務付けの訴えが要件を満たすか否か。)について

(1)  行政事件訴訟法37条の3第1項2号は,行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において,当該申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされたときは,当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり,又は無効もしくは不存在であるときに限り,義務付けの訴えを提起することができると規定している。

そうすると,義務付けの訴えにおいて,併合提起された処分又は裁決の取消し又は無効もしくは不存在の確認を求める請求が認容されることは,訴訟要件であると解するのが相当である。

(2)  上記1(2)のとおり,本件個人情報3のうちB医師の評価の引用部分については,個人情報保護法14条7号に当たらないというべきであり,本件処分のうち同部分を不開示とした部分は取り消されるべきものである。

そして,上記部分については,個人情報保護法14条各号所定の不開示事由に当たらず,処分行政庁がこれを原告に開示すべきことが明らかであると認めることができる。

(3)  他方,上記1及び2のとおり,本件処分中,本件個人情報2,本件個人情報3のうちF医師の評価の引用部分,本件個人情報4及び本件個人情報5を不開示とした部分については,取り消されるべきものであるということはできないから,上記部分については,個人情報の開示の義務付けを求める訴えは,不適法な訴えといわざるを得ない。

第4結論

以上によれば,本件処分中,本件個人情報3のうちB医師の評価の引用部分を不開示とした部分については,違法というべきであるから,これを取り消すこととし,処分行政庁が同部分を開示すべきことは明らかであるから,同部分の開示を義務付けることとし,本件処分中,その余の部分を不開示とした部分は違法とはいえないから,同部分の開示の義務付けを求める訴えは,これを却下することとし,原告のその余の請求には理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田光広 裁判官 田口紀子 裁判官 本多健一)

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