札幌地方裁判所 平成21年(行ク)3号 決定 2009年2月27日
本案・当庁 平成21年(行ウ)第6号 一般乗用旅客自動車運送事業経営許可処分等差止請求事件
主文
1 本件申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は申立人らの負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
1 北海道運輸局長は,A株式会社に対し,本案訴訟の第1審判決言渡しまで,道路運送法4条に基づく一般乗用旅客自動車運送事業経営の許可をしてはならない。
2 北海道運輸局長は,A株式会社に対し,本案訴訟の第1審判決言渡しまで,道路運送法9条の3に基づく一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の認可をしてはならない。
第2事案の概要
1 本案訴訟は,札幌地区における一般乗用旅客自動車運送事業の営業の適正等を目的とする公益法人である申立人社団法人B協会(以下「申立人協会」という。)及び同地区において一般乗用旅客自動車運送事業を営む株式会社であるその余の申立人ら(以下「申立人らタクシー事業者」という。)が,①北海道運輸局長(以下「処分行政庁」という。)が道路運送法(以下「法」という。)4条に基づき行おうとしているA株式会社(以下「A」という。)に対する一般乗用旅客自動車運送事業経営の許可処分(以下「本件許可処分」という。)は,違法であり,かつ,本件許可処分がされることにより重大な損害が生ずるおそれがある,②処分行政庁が同法9条の3に基づき行おうとしているAに対する一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の認可処分(以下「本件認可処分」という。)は,違法であり,かつ,本件認可処分がされることにより重大な損害が生ずるおそれがあるとして,行政事件訴訟法37条の4第1項に基づき,処分行政庁は本件許可処分及び本件認可処分をしてはならない旨を命ずることを求める事案である。
本件申立ては,申立人らが,同法37条の5第2項に基づき,本件許可処分及び本件認可処分がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるとして,本案訴訟の判決の言渡しまで,処分行政庁は本件許可処分及び本件認可処分をしてはならない旨を命ずることを求める事案である。
2 当事者の主張
申立人らの主張は,別紙「仮の差止命令申立書」のとおりであり,相手方の主張は,別紙「意見書」のとおりである。
3 争点
(1) 本件許可処分及び本件認可処分がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるか。
(2) 本案について理由があるとみえるか。
(3) 本件許可処分及び本件認可処分を差し止めることにより公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか。
(4) 申立人協会に本件各申立てを求める当事者適格があるか。
第3当裁判所の判断
1 法令等の定め
(1) 本件許可処分について
ア 一般旅客自動車運送事業を経営しようとする者は,法4条1項により,国土交通大臣の許可を受けなければならない。
イ 一般旅客自動車運送事業の許可を受けようとする者は,国土交通大臣に対し,法5条所定の事業計画等を記載した申請書を,国土交通省令で定める事項を記載した書類を添付して提出しなければならない。
ウ 国土交通大臣は,法6条により,一般旅客自動車運送事業の許可をしようとするときは,次の基準に適合するかどうかを審査して,これをしなければならない。
(ア) 当該事業の計画が輸送の安全を確保するため適切なものであること。
(イ) 前号に掲げるもののほか,当該事業の遂行上適切な計画を有するものであること。
(ウ) 当該事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するものであること。
エ 国土交通大臣は,本件許可処分権限を,法88条2項,同法施行令1条2項により,地方運輸局長に委任している。
オ 処分行政庁は,国土交通大臣から委任を受け,一般乗用旅客自動車運送事業(1人1車制個人タクシーを除く。)の許可及び認可申請について,運用の統一性,透明性を確保し,事案の迅速かつ適切な処理を図るために,輸送の安全の確保のための適切な事業計画及び事業の遂行能力に関する主要事項の審査基準として,平成14年1月23日,「一般乗用旅客自動車運送事業(1人1車制個人タクシーを除く。)の許可及び認可申請の審査基準」(北海道運輸局公示第54号)(以下「本件審査基準」という。)を定めた(甲4)。
カ 処分行政庁は,一般旅客自動車運送事業を経営しようとする者から,法5条所定の申請を受けた場合,本件審査基準に基づいて申請書及び所定の添付資料を精査し,また,申請内容を確認するために必要に応じてヒアリングを行って(本件審査基準1(13)②),法6条所定の基準に適合すると判断したときには,法4条1項の許可処分を行う。
(2) 本件認可処分について
ア 一般乗用旅客自動車運送事業者は,法9条の3第1項により,旅客の運賃及び料金を定め,国土交通大臣の認可を受けなければならない。
イ 国土交通大臣は,同条2項により,同条1項の認可をしようとするときには,次の基準によって,これをしなければならない。
(ア) 能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであること。
(イ) 特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものではないこと。
(ウ) 他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること。
(エ) 運賃及び料金が対距離制による場合であって,国土交通大臣がその算定の基礎となる距離を定めたときは,これによるものであること。
ウ 国土交通大臣は,本件認可処分権限を,法88条2項,同法施行令1条2項により,地方運輸局長に委任している。
エ 処分行政庁は,国土交通大臣から委任を受け,一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の認可申請に係る法9条の3第2項に基づく審査基準として,平成14年1月23日,「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の認可申請の審査基準について」(北海道運輸局公示第60号)(以下「本件認可基準」という。)を定めた(甲24)。
オ 処分行政庁は,本件認可基準に従って算出された自動認可運賃を公示し,当該公示した自動認可運賃に該当する運賃の認可申請については,申請の公示を省略し,速やかに処理を行うこととし,他方で,自動認可運賃に該当しない運賃の認可申請(運賃改定申請以外の認可を求めるもの)については,認可要件に沿って,個別に審査を行う(本件認可基準4(1),(2),本件認可基準別紙3,4)。
(3) 緊急調整措置について
国土交通大臣は,特定の地域において一般乗用旅客自動車運送事業の供給輸送力が輸送需要量に対し著しく過剰となっている場合であって,当該供給輸送力が更に増加することにより,輸送の安全及び旅客の利便を確保することが困難となるおそれがあると認めるときは,当該特定の地域を,期間を定めて緊急調整地域として指定することができる(法8条1項)。
そして,国土交通大臣は,一般旅客自動車運送事業の許可の申請が,緊急調整地域の全部又は一部を含む区域を営業区域とするものであるときは,許可をしてはならないこととなる(法8条3項)。
2 前提となる事実
疎明資料並びに仮の差止命令申立書及び意見書の全趣旨によれば,以下の事実を一応認めることができる。
(1) 当事者等
申立人協会は,札幌地区内における一般乗用旅客自動車運送事業の街頭営業並びに道路交通が適正,妥当に行われると共に業界の民主的運営並びに経営の合理化に寄与し,あわせて会員の福祉の増進に努めることを目的として,昭和38年4月9日,民法旧34条に基づき,主務官庁の許可を得て設立された公益法人である。
申立人らタクシー事業者は,札幌地区において一般乗用旅客自動車運送事業を営む株式会社であって,申立人協会の会員である。
Aは,平成20年10月10日に設立された,Cグループに属する株式会社であって,Cグループは,京都,東京,大阪,名古屋,神戸,福岡,滋賀にて,一般乗用旅客自動車運送事業経営許可を得て営業を展開している。
(2) Aによる申請
Aは,平成20年11月7日,処分行政庁に対し,札幌交通圏(札幌市,江別市,石狩市〔ただし,平成17年10月1日に編入された旧α及び旧βの区域を除く。〕,北広島市)における一般乗用旅客自動車運送事業経営許可申請及び一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金設定認可に関する申請を行った(甲1,2)。
(3) 差止訴訟の提起
申立人らは,平成21年2月19日,本件許可処分及び本件認可処分に関する差止訴訟を提起した。
(4) 札幌交通圏の現状
ア 札幌交通圏は,「特別監視地域」及び「特定特別監視地域」に指定されている(甲6)。
「特別監視地域」とは,緊急調整地域の指定(法8条1項)に至る事態を未然に防止するため,供給過剰の兆候にある地域について,重点的な監査や行政処分の厳格化等の措置を講じるものとされた地域である。
「特定特別監視地域」とは,「特別監視地域」のうち,供給過剰により運転者の労働条件の悪化を招く懸念がある地域である。
イ 処分行政庁は,札幌交通圏が特別監視地域等に指定されたことに伴い,著しい供給過剰を未然に防止するための施策を公示し(北海道運輸局公示第57号),以下の措置がとられた(甲6,7)。
(ア) タクシー事業構造改善計画の提出
(イ) 既存事業者への増車制限措置
a 増車時の労働条件等に関する計画の提出,一定期間経過後の実績報告の提出,減車勧告
b 増車実施前の監査,増車見合わせ勧告,減車勧告,定期的監査
c 基準車両数内の復活増車の場合の監査免除
d 一定規模以上の減車後の監査免除
(ウ) 新規参入への措置
a 参入時労働条件等に関する計画の提出,一定期間経過後の実績報告,是正勧告制度
b 最低車両数の引き上げ(20両から政令市40両,30万人都市30両へ)
c 事業許可前の現地確認,社会保険等未加入事業者に対する行政処分
ウ 申立人協会は,上記公示を受け,平成20年9月29日,乗務員の労働条件の改善に関する事項等を含む「札幌交通圏タクシー事業構造改善計画について」(甲10)を札幌運輸支局長に対し提出した。
また,札幌交通圏では,平成20年ころから,タクシー業界が自主的に減車に取り組み,平成21年4月までの予定減車数は141台である(甲11)。
3 争点(1)(本件許可処分及び本件認可処分がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるか)について
(1) 申立人らの主張は,要するに,本件許可処分及び本件認可処分がなされると,申立人らもAと同じかそれ以下の運賃まで値下げを余儀なくされ,それにより乗務員の生活が脅かされるとともに,安全な運行ができなくなるので,償うことのできない損害が生じるというものである。
(2) 行政事件訴訟法37条の5第2項は,仮の差止めの要件として「処分(中略)がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があることを定めている。この要件は,差止訴訟(本案訴訟)の訴訟要件である「処分(中略)がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合」(同法37条の4第1項)や,処分の執行停止の要件である「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(同法25条2項)よりも加重されたもので,相当限定的なものと解釈せざるを得ない。
すなわち,処分の仮の差止めは,具体的な行政処分がされる前にされるものであり,しかも,処分の差止めの訴えに係る本案判決の前に,裁判所が,行政庁が具体的な処分をすべきでないことを仮に命じ,本案訴訟の結果と同じ内容を仮の裁判で実現するものである。したがって,仮の差止めにおいては,本案訴訟である差止めの訴えの要件である「重大な損害を生ずるおそれ」よりも厳格な要件として,本案判決を待っていたのでは「償うことのできない損害」を生ずるおそれがあり,これを避けるために緊急の必要がある場合であることを要件としたものと解される。
そうすると,「処分(中略)がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があるといえるためには,ひとたび違法な処分がされてしまえば,当該申立人の法的利益が侵害され,その侵害を回復するに後の金銭賠償によることが不可能であるか,社会通念に照らしてこれのみによることが著しく不相当と認められることが必要であり,損害を回復するために金銭賠償によることが不相当でない場合や,処分が後に取消判決によって取り消され,又は執行停止の決定により処分の効力,処分の続行若しくは処分の継続が停止されることによって損害が回復され得るような場合には,上記要件を充足しないというべきである。
そこで,本件において上記のような意味における「処分(中略)がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があるといえるか否かを検討する。
(3) 本件許可処分について
ア 申立人らは,札幌交通圏は既に供給過剰状態にあり,Aが40台以上の車両をもって新規参入すれば,ますます過当競争が引き起こされ,乗務員の労働環境が悪化する旨主張する。
確かに,札幌交通圏は特別監視地域等に指定されており,Aが新規参入すれば,競争が増し,それに伴い乗務員の労働環境に影響を及ぼすおそれがあることは想定される。
イ しかしながら,競争の激化による申立人らタクシー事業者の経営に与える損害は,営業上の経済的損害である。札幌交通圏はいまだ緊急調整地域には指定されておらず新規参入自体は禁止されてはいないのであるから,新規参入事業者を含めた競争が行われることがなお想定されているものといわざるを得ない。また,Aが運行させようとしているタクシーの台数は40台(甲1)と,新規参入事業者に要求される最低車両数(甲6)であり,札幌交通圏のタクシー台数(5196台。甲11)の約0.8パーセントにとどまっており,その後の増車については,前記北海道運輸局公示第57号に基づく,増車実施前の監査や増車見合わせ勧告等の増車制限措置により是正が図られることとなっている。なお,申立人らは,Aがあたかも法令に反した手法を用いて,不当な競争をするかのように主張するが,法は,一般旅客自動車運送事業者が法若しくは法に基づく命令若しくはこれらに基づく処分等に違反したときは,事業の停止を命じたり,許可を取り消すことができるとしていることから(法40条1号),仮にそのような事態が生じたとしても事後的に是正させることは可能である。これらによれば,申立人らタクシー事業者の経営に対する影響は,事後的に回復不可能なほど大きいとはいえない。
ウ 次に,乗務員の労働環境に対する影響については,第一次的には申立人らタクシー事業者が,雇用契約に基づく義務の履行として対処しなければならない問題であって,各事業者らの営業努力によって乗務員の労働環境の悪化は防止されるべきである。
エ したがって,申立人らタクシー事業者及び申立人らタクシー事業者の利益を代表する団体である申立人協会に,本件許可処分を差し止めなければ償うことのできない損害があるとはいえない。
(4) 本件認可処分について
ア 申立人らは,Aの初乗運賃についての認可申請は,既存の業者の健全経営を圧迫するものである旨主張する。確かに,Aは,札幌交通圏の他業者の初乗(1.6キロメートル)運賃650円より100円(約15パーセント)安い550円で参入しようとしているのであるから,申立人らタクシー事業者が一定の値下げを余儀なくされ,それにより,経営が圧迫される可能性はある。
イ しかし,前述のとおり,申立人らタクシー事業者の経営に対する損害は,営業上の経済的損害であり,原則回復困難な損害に当たるとは認められない。
そして,認可に当たっては,認可要件に沿って,不当な競争を引き起こすおそれがないかどうかや不当に差別的なものでないか等を個別に審査することとなっており(本件認可基準4(2)),さらに,認可した後においても,国土交通大臣は,他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすおそれがあるものであるときは,当該一般乗用旅客自動車運送事業者に対し,その運賃等又は運賃若しくは料金を変更すべきことを命ずることができるとしているのであり(法9条の3第4項,9条6項),相手方が事後的に調整を図ることが予定されているのである。
ウ 次に,乗務員の労働環境に対する影響及び乗務員の労働環境悪化による輸送の安全性の低下については,申立人らタクシー事業者の対策によって防止することも可能であることは,前述したとおりである。
エ したがって,申立人らタクシー事業者及び申立人らタクシー事業者の利益を代表する団体である申立人協会に,本件認可処分を差し止めなければ償うことのできない損害が生じるとは認められない。
4 結論
以上検討したところによれば,本件仮の差止めの申立ては,「処分(中略)がされることにより生ずる償うことのできない損害をさけるため緊急の必要」があるとはいえないから,その余の点について判断するまでもなく,不適法であり,却下を免れない。
よって,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 齋藤紀子 裁判官 鈴木敦士 裁判官 木口麻衣)