札幌地方裁判所 平成22年(ワ)2165号 判決 2011年9月28日
原告
甲野花子
同訴訟代理人弁護士
前田尚一
同訴訟復代理人弁護士
高田知憲
近藤岳
被告
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社
同代表者代表取締役
鈴木久仁
同訴訟代理人弁護士
牧元大介
主文
1 被告は,原告に対し,750万円及びうち500万円に対する平成22年7月16日から支払済みまで,うち250万円に対する平成23年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを100分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実および理由
第1 請求
被告は,原告に対し,750万円及びこれに対する平成22年7月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,被告との間で傷害保険契約を締結していた被保険者兼保険契約者が交通事故で死亡したため,その妻である原告が,被告に対して,上記保険契約に基づく死亡保険金のうち自己の相続分相当額の支払を求める事案である。
2 前提となる事実(争いのない事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)原告の夫である亡甲野太郎(以下「亡太郎」という。)は,被告との間で,自己を被保険者とし,死亡保険金を1000万円とする傷害保険契約(以下「本件保険契約」という)を締結した(弁論の全趣旨)。
なお,本件保険契約の死亡保険金受取人は,被保険者の法定相続人である(判決による釈明。弁論の全趣旨,乙1)。
(2)平成20年12月25日午前10時38分ころ,札幌市豊平区月寒東<番地等略>先路上において,亡太郎運転の車両が,対向車線にはみ出し,対向車線を進行していた乙山春男運転の車両に正面衝突する交通事故(以下「本件事故」という)が発生し,これにより亡太郎は,腸間膜断裂による出血性ショックにより,同日午後0時5分,死亡した。
(3)原告は,亡太郎の妻である。亡太郎と原告との間に子はなく,亡太郎には複数の兄弟がいるので,原告は,亡太郎の法定相続人であり,その法定相続分は4分の3である(甲10,11)。
(4)本件保険契約は,急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害に対して保険金(死亡保険金,後遺障害保険金等)を支払うことなどを内容とするものであり,被保険者の脳疾患,疾病または心神喪失によって生じた傷害に対しては,被告(保険者)は保険金を支払わない旨の条項(以下「疾病免責条項」という。)を含む約款が定められている(乙1)。
3 争点及びこれに対する当事者の主張
本件の争点は,亡太郎は「急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害」により死亡したものと認められるか(争点①),本件事故は亡太郎の疾病により招致されたものであり,疾病免責条項の適用があるか(争点②)の2点である。
(1)争点①について
(原告の主張)
保険事故における偶然性とは,被保険者が原因又は結果の発生を予測できないことであり,亡太郎は本件事故により死亡しており,本件事故が偶然性を満たすことは明らかである。
(被告の主張)
本件事故は,見通しのよい平坦な直線道路で,亡太郎の運転する自動車が対向車線に逸脱し,何らの回避措置をとることなく約6秒間走行した後,対向の貨物自動車に正面衝突したものである。したがって,本件事故は,亡太郎の前方不注視や居眠り運転等を原因とする偶然な事故であったと見ることはできない。
(2)争点②について
(被告の主張)
亡太郎は,2型糖尿病,高脂血症,胃ガンの既往歴を有しており,血糖値のコントロールができていたとはいい難く,特に午前中は低血糖による発作が考えられる。亡太郎は,本件事故前から意識を消失していたものであり,その原因として糖尿病による低血糖状態での意識喪失が推認される。したがって,本件事故は,亡太郎の疾病により生じたものであるというべきであり,被告は疾病免責条項により免責される。
(原告の主張)
疾病免責条項の適用がされるための事実は,抗弁として被告が亡太郎の疾病の存在を主張,立証すべきであるが,被告は,これを尽くしていない。また,本件事故は,亡太郎の糖尿病によるものではない。
第3 当裁判所の判断
1 争点①について
本件保険契約の約款(乙1)においては,被保険者が「急激かつ偶然な外来の事故」により傷害を負ったことを保険金支払の要件として定めており,また,同時に疾病免責条項を定めている。このような本件保険契約の約款の文言や構造に照らせば,保険金の請求者
(原告)は,外部からの作用による事故と被保険者の傷害との間に相当因果関係があることを主張,立証すれば足りるというべきである(最高裁平成19年(受)第95号同年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1955頁参照)。また,ここでいう「偶然」とは,「故意」と対をなす概念であり,保険事故が被保険者の意思に基づかないこと,あるいは原因又は結果の発生が被保険者の立場から見て予知できないことを意味すると解するのが相当である。
証拠(乙2)によれば,亡太郎には自殺する原因は見当たらず,亡太郎が故意に本件事故を招致したとは認められない。そして,証拠(乙2)及び前提事実記載の本件事故の態様に照らせば,亡太郎は,本件事故という外部からの作用により,腸間膜断裂の傷害を負い,その結果出血性ショックにより死亡したものと認められるから,被保険者である亡太郎は「急激かつ偶然な外来の事故」により傷害を負い,死亡したものと認めるのが相当である。
2 争点②について
(1)本件事故に疾病免責条項が適用され,保険者である被告が本件保険契約に基づく保険金の支払を免れるためには,本件保険契約の約款の文言(乙1)に照らせば,保険者(被告)は,被保険者(亡太郎)の傷害(腸間膜断裂)が亡太郎の疾病により生じたことを主張立証することが必要というべきである。本件においては,上記傷害の直接の原因が本件事故であることは明らかであるから,被告は,その間接的な原因すなわち本件事故を惹起した原因が亡太郎の疾病であることを主張立証すべきである。そして,この場合,疾病免責条項が「次の各号に掲げる事由のいずれかによって生じた傷害に対しては保険金を支払いません。」と規定されていることに照らせば,被告のこのための主張立証としては,単に被保険者(亡太郎)に疾病の既往歴や素因があるとの主張立証では足りず,特定の疾病による特定の症状のために本件事故が惹起されたことの主張立証が必要であると解するのが相当である。
(2)ア 前提事実及び証拠(乙2)によれば,本件事故は,ほぼ直線上の道路において,亡太郎運転の車両が,対向車線にはみ出し,対向車線を進行していた乙山春男運転の車両に正面衝突するというものであり,亡太郎が衝突直前に進路を変更したり,急制動の措置を講じたりしたとは認められないものである。また,乙山春男は,衝突直前に,亡太郎は運転席にいない感じがしたと説明している。上記事故態様及びこの乙山の説明を前提とすると,亡太郎は,本件事故直前に何らかの事情により,気を失っていた,あるいは居眠りをしていた可能性があることは否定できない。
イ 証拠(甲8,乙2)によると,亡太郎は,平成3年頃から2型糖尿病によりインスリンを注射するようになったこと,平成20年3月には胃ガンにより幽門側胃部の切除手術を受けたこと,その後,糖尿病等の治療のため,北の台クリニックに入通院をし,同年12月には合計22日間入院(退院日は同月22日)したこと,その後のインスリンの注射は,持続性インスリン(レジベル)を1日に1回(夕方)4単位,速効型インスリン(ノボラビット)は,朝6単位,昼2単位,夜2単位するように指導を受けていたことが認められる。さらに,亡太郎の上記退院前の血糖値は,朝食,昼食,夕食の前後の値が,88/185,129/216,99/191であり,HbA1cは5.1%であったと認められる。
ウ 証拠(乙2)によると,亡太郎には,食事をきちんととらずにアルコールだけを飲み,さらにインスリンを注射すれば,低血糖の発作を起こす可能性があったこと,また,心筋梗塞を引き起こす素因を持っていたことが認められる。
エ 証拠(乙2)によると,亡太郎は,上記退院後本件事故までの間,酒を飲んでおらず,食生活を含め規則正しい生活をしていたこと,インスリンをきちんと注射していたことが認められ,本件事故当日,亡太郎は,朝食としてご飯を茶碗1杯,バナナ,ヨーグルトを食べたものと推認できる。
(3)以上の事実関係によれば,亡太郎は,糖尿病患者であり,たとえば空腹時(低血糖時)にインスリン注射をすれば,低血糖に伴う発作を起こす可能性があることは否定できない(上記(2)ウ)。しかしながら,亡太郎の退院前(本件事故は,退院の3日後に発生した。)の血糖値の状況は,良好な数値であり(上記(2)イ),また,本件事故直前の亡太郎の生活状況(上記(2)エ)に照らせば,亡太郎が低血糖による発作を起こす可能性は極めて低いものと認められる。しかも,亡太郎が,本件事故当日の朝食を取らずに,インスリンを注射したことを示す的確な証拠もない。したがって,本件事故直前,亡太郎は気を失っていた可能性は否定できないものの,これが糖尿病に伴う低血糖による発作であったとは認められない。そうすると,本件事故は,亡太郎の疾病により惹起されたものと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
3 遅延損害金の起算点について
保険金支払債務は,期限の定めのない債務であるから,履行遅滞となるのは催告のあった日の翌日からである。原告は,本件保険契約の保険金の自己の相続分相当額である750万円のうち,500万円については平成22年7月15日に被告に送達された訴状により支払いを催告したと認められるが,250万円については平成23年6月15日に被告に送達された訴え変更の申立書により支払を催告したものと認められる(記録上明らかである)ので,遅延損害金の起算点は,上記各送達の日の翌日とするのが相当である。
第4 結論
よって,原告の請求は,主文の限度で理由があるので,主文のとおり判決する。
(裁判官・鳥居俊一)