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札幌地方裁判所 平成22年(ワ)2410号 判決 2012年4月12日

原告

甲野花子(以下「原告花子」という。)

原告

甲野一郎(以下「原告一郎」という。)

原告

甲野二郎(以下「原告二郎」といい,原告花子及び原告一郎と併せて「原告ら」という。)

原告ら訴訟代理人弁護士

和田壬三

下津谷圭司

被告

あいおい生命保険株式会社訴訟承継人

三井住友海上あいおい生命保険株式会社(以下「被告生保会社」という。)

同代表者代表取締役

佐々木靜

被告

あいおいニッセイ同和損害保険株式会社(以下「被告損保会社」といい,被告生保会社と併せて「被告ら」という。)

同代表者代表取締役

鈴木久仁

被告ら訴訟代理人弁護士

坂東司朗

吉野慶

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  被告損保会社は,原告花子に対し,2750万円及びこれに対する平成21年6月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2  被告損保会社は,原告一郎に対し,1375万円及びこれに対する平成21年6月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  被告損保会社は,原告二郎に対し,1375万円及びこれに対する平成21年6月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4  被告生保会社は,原告花子に対し,800万円及びこれに対する平成21年6月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要等

1  事案の概要

本件は,亡甲野太郎(以下「亡太郎」という。)が平成20年11月14日ころに死亡したところ,亡太郎が締結していた生命保険契約及び個人総合自動車保険契約に基づき,死亡保険金受取人又は亡太郎の法定相続人である原告らが,被告らに対して,保険金及び遅延損害金(起算日は被告損保会社から保険金支払ができない旨の通知を受けた日の翌日)の支払を求めた事案である。

2  前提事実(証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いがない。)

(1)亡太郎は,あいおい生命保険株式会社(訴訟承継前の被告。なお,被告生保会社は,平成23年10月1日にあいおい生命保険株式会社を吸収合併し,同社の有する権利義務を承継した。)との間で,次の保険契約を締結した(甲3,乙1の1,1の2。以下「本件生命保険契約」という。)。

ア 契約日 平成19年11月1日

イ 保険期間契約日から平成47年10月31日まで

ウ 保険種類 生命保険

エ 被保険者 亡太郎

オ 死亡保険金受取人 原告花子

カ 保障内容 死亡・高度障害保険金額 400万円

災害死亡保険金額 400万円

キ 保険料 月額1万2148円

ク その他の定め

(ア)被保険者が,責任開始期の属する日から起算して3年以内に自殺した場合には,死亡保険金は支払わない(定期保険普通保険約款1条。乙1の1。)。

(イ)被保険者が,責任開始期以後に発生した不慮の事故による傷害を直接の原因として,その事故の日から起算して180日以内に死亡したときに,災害死亡保険金を支払う(傷害特約条項4条1項(1)。乙1の2。)。

(2)亡太郎は,被告損保会社(当時の商号はあいおい損害保険株式会社)との間で,次の保険契約を締結した(甲1,2。以下「本件自動車保険契約」という。)。

ア 契約日 平成20年5月8日

イ 保険期間平成20年6月26日午後4時から平成21年6月26日午後4時まで

ウ 保険種類 トップラン(個人総合自動車保険)

エ 被保険自動車 自家用小型乗用車(札幌***ね***)(甲5。以下「本件車両」という。)

オ 補償内容

次の金額を上限として普通保険約款で定める計算方法による。

(ア)人身傷害保険金 死亡時1名につき5000万円

(イ)搭乗者傷害保険金 死亡時1名につき500万円

カ 保険料 月額1万2590円

キ その他の定め

(ア)被告損保会社は,日本国内において,被保険者が自動車の運行に起因する事故等のいずれかに該当する急激かつ偶然な外来の事故により身体に傷害を被ることによって,被保険者又はその父母等が被る損害に対して保険金を支払う(個人総合自動車保険普通保険約款人身傷害条項1条①,搭乗者傷害条項1条①)。

(イ)保険契約締結後,契約者が死亡した場合には,この保険契約上の権利・義務は当該契約者の死亡時の法定相続人に移転する(同一般条項24条①)。

(3)亡太郎は,平成20年11月14日午前8時ころ,北海道古平郡古平町大字港町<番地略>の古平港において,海中に転落していた本件車両の車内から発見され,同日,同町大字浜町<番地略>所在の古平診療所において死亡が確認された(以下,かかる転落を「本件事故」という。)。なお,亡太郎の死亡時刻は平成20年11月14日午前0時ころ(推定)とされた(甲6)。

(4)亡太郎の死亡時,同人の法定相続人は,原告花子(妻),原告一郎(長男)及び原告二郎(次男)であった(甲9ないし11)。

(5)原告花子は,平成21年6月26日,被告損保会社代理人弁護士から,本件自動車保険に基づく保険金の支払はできない旨の通知を受けた(甲12)。

3  争点及び当事者の主張

(1)本件事故は亡太郎の自殺によるものか

ア 原告らの主張

次のとおり,本件事故は亡太郎の自殺によるものではなく,不慮の事故ないし急激かつ偶然な外来の事故である。

(ア)亡太郎は,荷台部分に腰掛けて釣りをするため,本件車両後部を古平港の岸壁に接岸させて停車させようと本件車両を後進させたところ,現場に存在した木材の山に衝突したため,慌ててギアをドライブに入れて,ハンドルを左に旋回させてアクセルを踏み込んでしまった結果,時速約29キロメートルの速度で転落したものと考えられる。

(イ)亡太郎は,毎月約23万5000円(カード支払約11万5000円,原告花子に渡す生活費5万円,水道光熱燃料費約3万円,被告らに対する保険料支払約4万円)の支出を要していたところ,亡太郎は,株式会社A(以下「A社」という。)と季節雇用契約を締結して請負大工として勤務しており,平成20年11月10日には,A社から20万円を受け取っていた。亡太郎はキャッシング等をしたこともなく,一時的な借入れも十分に可能であったし,積立火災保険を解約すれば27万8850円の解約返戻金を受領することもできたのであり,亡太郎が自殺を考えるほどに経済的に逼迫していたとは到底いえない。

(ウ)亡太郎は,本件事故当時,平成20年12月末ころから原告一郎やその子(亡太郎にとっての孫)たちと一緒に生活することを楽しみにしていたものであり,自殺を考えるような生活状況ではなかった。

(エ)亡太郎は,平成20年11月12日午前中,原告一郎宅にいた原告花子を訪問して生活費5万円を渡し,昼ごろに原告一郎宅を出て原告二郎から短い釣りざおを借り,再度原告一郎宅に戻ってから釣りに出かけた。この間,亡太郎は,午前中に原告花子と顔を合わせたのみで,原告一郎,原告二郎や孫らとは一切顔を合わせていないし,亡太郎は古平港の近くに居住する母親を大切にしていたところ,この際に同人に会いに行ってもいない。これらは,自殺を決意した者の行動とは考えれない。

イ 被告らの主張

次のとおり,本件事故は亡太郎の自殺によるものであり,不慮の事故ないしは急激かつ偶然な外来の事故があったとはいえない。

(ア)亡太郎は,平成20年11月14日午前8時ころ,別紙1・添付図面①(上方が北。以下「添付図面①」という。)及び別紙2・添付図面②(「古平港見取図」との見出しのある側が西。以下「添付図面②」という。)各記載のとおり,古平港の海底に車首を南東(海側)に向けた状態で水没していた本件車両内の運転席で死亡しているのが発見されたものであるが,転落推定地点から水没していた本件車両の後部までの直線距離は約11メートルであった。以上のほか,本件における客観的事情によれば,亡太郎は,北から南に向けて本件車両を走行させた上で(添付図面②のⓐ記載のルート),ハンドルを左に180度以上転把してからこれを右に転把して直進状態に戻し,時速約50キロメートル程度の高速度のまま本件車両を海中に転落させたものと推定されるところ,自殺であったことが強く推認される。

(イ)また,亡太郎は,発見時,運転席でシートベルトをし,普通にハンドルを持つような体勢で座った状態であり,ガラス等も割れていなかったのであり,転落後,本件車両から脱出しようとしたことがうかがわれない。

(ウ)亡太郎においては,次男である原告二郎とともにA社と季節雇用契約(毎年4月から12月)を結んで請負大工をしていたが,平成20年度になるとA社での仕事が激減し,本件事故当時の実質的な所持金は2万2000円程度となっており,経済的に逼迫していたことが推察される。

(エ)亡太郎は,平成20年11月12日の昼すぎに原告一郎宅を出て,同日午後5時ころ原告二郎のところに顔を出し,短い釣りざおを借りて,行き先等も何も言わずに携帯電話を自宅に置いたまま出かけた。その後の亡太郎の行動は不明であるが,同月14日には朝から仕事があったにもかかわらず,死亡推定時刻である同月14日午前0時ころに札幌市内の自宅から車で2時間以上もかかる古平港付近にいたのだとすると,かかる行動は不自然なものといわなければならない。

(2)保険金の額

ア 原告らの主張

(ア)本件生命保険契約に基づく保険金の額合計800万円

a 死亡保険金400万円

b 災害死亡保険金400万円

(イ)本件自動車保険契約に基づく保険金の額合計5500万円

a 人身傷害保険金5000万円(上限額)

(a)葬儀費用60万円

(b)逸失利益3153万6000円

亡太郎は,A社で大工として勤務しており,死亡直近1年間の給与は,原告一郎の給与と合算して振り込まれており,かつ,直近の給与が極端に減少していることから,亡太郎の基礎収入は57歳の平均賃金である年576万円とすべきである。

5,760,000円/年×(1-0.4)(生活費控除)×9.125 (就労可能年数12年に対する新ホフマン係数)=31,536,000円

(c)慰謝料2000万円

b 搭乗者傷害保険金500万円

イ  被告らの主張

(ア)本件生命保険契約に基づく保険金の額については認める。

(イ)本件自動車保険契約に基づく保険金の額について

a 人身傷害保険金について 合計3570万7439円

逸失利益における基礎収入額は,原則として事故前1年間の現実収入額(亡太郎については不明。)とするが,同金額が18歳平均給与額(224万8800円)又は年齢別平均給与額の50パーセント(亡太郎は当時58歳であり,273万2400円)の高い方の金額を下回っている場合には後者の金額によることとされており,これらによれば,亡太郎についての基礎収入額は273万2400円とすべきである。そうすると,逸失利益は次のとおり1510万7439円となり,葬儀費用60万円及び慰謝料2000万円と併せて3570万7439円となる。

2,732,400円×(1-0.4)×9.215(就労可能年数12年に対する新ホフマン係数は正しくはこの数値)≒15,107,439円

b 搭乗者傷害保険金については争う。

第3  当裁判所の判断

1  争点(1)(本件事故は亡太郎の自殺によるものか)について

(1)認定事実

争いのない事実のほか,証拠(各認定事実の後に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,本件事故等について,次の事実が認められる。

ア 本件事故以前の亡太郎の生活状況

(ア)亡太郎の家族及び居住状況等

亡太郎は,昭和25年5月*日生まれの男性であり(本件事故当時58歳),本件事故当時は,札幌市西区西町南*─*─*所在の借家(賃料月5万円。以下「西区の亡太郎宅」という。)で,次男である原告二郎及びその交際相手とともに生活していた。亡太郎の長男である原告一郎は,札幌市東区東苗穂所在の自宅(以下「東区の原告一郎宅」という。)でその子(亡太郎の孫)とともに生活しており,亡太郎の妻である原告花子は,原告一郎及びその子の面倒を見るため,平成19年10月ころから,生活の本拠を東区の原告一郎宅に移しており,亡太郎は西区の亡太郎宅で居住しつつ東区の原告一郎宅との間を行き来していた(乙3,甲6,8ないし11,25,原告花子本人)。

(イ)亡太郎の就業状況等(乙3)

a 亡太郎は,大工として生計を立てており,かつてはB建設で勤務していたが,同社が業務を縮小した後,平成16年ころから札幌市東区所在のA社との間で,毎年4月から12月までの期間につき季節雇用契約を締結して,原告二郎とともに大工として勤務し,出勤日数に応じて日給1万7000円(原告二郎も同じ。)を北洋銀行西町支店の亡太郎名義の普通預金口座(以下「北洋銀行口座」という。)に2人分まとめて振り込んでもらう方法で受け取っており,冬場はアルバイトを行うほか,失業保険を受給したり,貯蓄を取り崩すなどして生活していた。なお,原告二郎は運転免許を取得していなかったため,亡太郎が車を運転して原告二郎とともに仕事先に赴いていた(甲7,25,原告花子本人)。

b 亡太郎については,所得証明書上,平成17年の給与所得は218万6000円(給与収入338万0142円。以下同旨。),平成18年は181万6400円(285万3373円),平成19年は209万9200円(325万8323円)であったが,平成20年はA社での仕事量が減少したため,これに伴い,次のとおり,平成19年に比して出勤日数及び総受給額が減少していた(本件事故後のものを含む。)。なお,A社においては,平成19年は通勤手当を支給していたが,平成20年は通勤手当の支給はしなかった。

出勤日数

総受給額

平成20年

平成19年

平成20年

平成19年

4月

18日

28日

29万1564円

47万2039円

5月

20日

25日

34万0000円

47万5313円

6月

22日

26日

40万6656円

50万2158円

7月

16日

18日

27万0938円

35万1000円

8月

10日

26日

14万3969円

46万0000円

9月

3日

12日

3万4000円

19万5500円

10月

6日

19日

10万2000円

27万8000円

11月

0日

24日

0円

41万9500円

12月

0日

14日

0円

21万7813円

合計

95日

192日

158万9127円

337万1323円

(ウ)亡太郎における収入及び支出,財産ないし負債等の状況(乙3)

a 亡太郎は,自らが家計を管理しており,原告花子に生活費として毎月10万円(原告花子が平成19年10月ころに生活の本拠を東区の原告一郎宅に移してからは毎月5万円)を渡していた。

b 亡太郎は,北洋銀行口座のほか,北海信用金庫西野支店の普通預金口座(以下「北海信用金庫口座」という。)を有していたが,このうち,北洋銀行口座は,A社からの給与の振込入金を受けるほか,光熱費,信販会社への支払等に用いられており,その残高は,平成20年2月4日の通帳繰越時点では28万7833円であり,その後,数万円から数十万円の幅で推移していったところ,平成20年11月中の入出金や残高の状況は次のとおりであった(本件事故後のものを含む。)(甲7)。

11月

入出金

残高

4日

出金3万1540円

(イオンクレジット)

2万5688円

5日

出金2274円(NTT)

2万3414円

7日

出金1万4500円

(日立キャピタル)

8914円

10日

入金20万1802円(A社給与)

21万0716円

10日

出金630円(ソフトバンク)

21万0086円

10日

出金12万円(カード引出し)

9万0086円

17日

出金2万2890円(石油代金等)

6万7196円

17日

出金5万0800円

(トヨタファイナンス)

1万6396円

25日

出金7697円(電気代)

8699円

27日

出金4000円(JCアイプラン)

4699円

c 北海信用金庫口座は,もっぱら貯蓄に用いられていたところ,その残高は,平成20年2月18日時点では50万3899円であったが,次第に減少し,同年10月18日には7万3766円,同月22日には3661円(同日の提携支払7万円及び提携手数料105円の各取引の結果)にまで減少していた。

d 亡太郎においては,本件事故当時,平成18年度の市・道民税6万8700円,平成19年度の市・道民税10万7500円,平成20年度の市・道民税11万2300円のうち2万8300円(同年6月納期分)は既に納付していたが,同年8月及び同年10月納期分合計5万6000円については未納の状態であった(平成21年1月納期分2万8000円は本件事故当時は納期未到来。)。

e 亡太郎は,イオンクレジットカードをショッピングに使用していたが,キャッシングなどに使用したことはなかった。

f 亡太郎は,同様に,オーエムシーカードをショッピングに使用し,原告二郎の運転免許取得費用をローンで支払っており,本件事故当時,ローン残高は28万0800円であったが,ローンの支払が滞るなどしたことはなく,同カードをキャッシングなどに使用したことはなかった(甲16)。

g 亡太郎は,平成18年11月22日にプラズマテレビ等を34万8000円で購入し,日立キャピタル株式会社に対して1か月1万4500円ずつのローンの支払をしていたが,平成20年11月7日,正常に支払を完了した。

h 亡太郎は,平成19年12月16日,本件車両を427万1016円(車両本体価格は247万円)で購入し,株式会社トヨタファイナンスに対して1か月5万0800円ずつのローンの支払をしていたが,本件事故までは正常に支払を行っていた。本件事故当時のローンの残高は375万9200円であった(なお,本件事故後の平成20年11月17日に北洋銀行口座から5万0800円が引き落とされたことによって,ローン残高は370万8400円となった。)(甲15)。

i 亡太郎は,当時の消費者金融大手4社(アイフル,アコム,武富士及びプロミス)からの借入れをしたことはなかった(亡太郎は,平成19年にアコムに契約申込みをしたことはあったが,契約はしなかった。)。

j 亡太郎においては,西区の亡太郎宅の家賃5万円の支払を滞らせたことはなかった。

k 亡太郎は,本件事故当時,平成19年10月31日付けの傷害・健康総合保険契約(入院保険金日額7000円が補償されるもの。)を締結しており,その保険料は月額1万1230円であった(甲13)。

l 亡太郎は,本件事故当時,平成11年5月23日ころ,積立火災保険契約を締結していたところ,本件事故当時に解約した場合の解約返戻金は27万8850円であった(甲21,22)。

(エ)本件生命保険契約締結以前の生命保険契約の締結状況

亡太郎は,日本生命保険相互会社との間で,平成7年3月1日付けで,死亡保険金3000万円,保険料月額2万9923円とする生命保険契約(被保険者は亡太郎)を締結していたが(以下「平成7年3月1日付け生命保険契約」という。),この契約に代えて,平成15年10月1日付けで,死亡保険金300万円,保険料月額2万9978円とする生命保険契約(被保険者は亡太郎)を締結した(以下「平成15年10月1日付け生命保険契約」という。)。さらに,亡太郎は,平成19年11月2日,同契約を解約するとともに(解約返戻金63万6236円),同月1日付けで,本件生命保険契約(死亡保険金400万円,保険料月額1万2148円)を締結した(日本生命保険相互会社の調査嘱託結果)。

(オ)亡太郎の健康状態,趣味等

亡太郎は,健康であり,かかりつけの医者などはなかった。亡太郎は,釣りなどを趣味としており,平成19年に新車で購入した本件車両を用いて,1か月に1回くらいのペースで丙山明男(以下「丙山」という。)などの釣り仲間とともに,あるいは1人で釣りに行き,現地で釣った魚を調理して食べるなどしていた(甲14,27,乙3,証人丙山)。

イ 本件事故現場及びその周辺等の状況(乙2,5)

(ア)本件事故現場である古平港は,積丹半島の東側中央部,積丹町及び余市町に隣接した北海道古平郡古平町に所在する港である。札幌市からは約70キロメートル,北海道小樽市からは約35キロメートルの距離にある。

(イ)古平港周辺の概略は,添付図面②記載のとおりであり,古平港へは国道229号線から右折又は左折して複数の道路から進入することができ,夜間でも閉鎖されることはない。古平港では釣り人も見受けられ,11月ころには,ソイやアブラコ(関東でいうアイナメ),チカ,イカなどが釣ることができるとされている。

(ウ)古平港のうち本件事故現場付近の概略は,添付図面①記載のとおりであり,本件車両が海に転落したと考えられる地点(同図面①の「転落地点」記載の付近。以下「本件転落地点」という。)の岸壁には車止めは設置されておらず,約5メートル間隔で網止めが設置されていた。本件転落地点付近では,海側に向かってわずかな勾配があり(最大0.8度程度),また,岸壁から海面までの高さは約1.4メートル(警察による現場検証時点。なお,平成20年11月26日午後1時時点では約1.3メートルであった。),水深は約3.5メートルであった。本件事故当時,本件転落地点付近には,木材の山が積まれているところがあった(添付図面①の「木材の山」記載部分。以下「本件木材の山」という。)。本件事故現場付近には街路灯(水銀灯)(添付図面①の「街路灯」記載部分。以下「本件街路灯」という。)が設置されており,夜間であっても相応の明るさは保たれる状態であった(乙8)。

(エ)本件事故現場周辺においては,平成20年11月13日午前0時ころから翌14日午前8時ころまでにかけて降雨等はなく(降水量ゼロ),風も弱かった。

ウ 本件事故前の亡太郎の行動等

亡太郎は,平成20年11月12日及び同月13日は,材料が納入されなかったことから予定されていた仕事が休みとなったことから,同月12日午前10時ころ,東区の原告一郎宅を訪れ,原告花子に対して生活費5万円を渡した。亡太郎は,同日昼ころ,西区の亡太郎宅に行くと言って東区の原告一郎宅を本件車両で出て行き,西区の亡太郎宅において,原告二郎から短い釣りざおを借り,同日午後5時ころ,再度東区の原告一郎宅を訪れて捜し物ないし忘れ物を持った上で,原告花子ほかとは顔を合わせることもないまま,東区の原告一郎宅を本件車両で出て行った。亡太郎は,携帯電話は西区の亡太郎宅に置いたままであった(甲25,乙3,原告花子本人)。

エ 本件事故が認知されるに至った状況等(乙2)

(ア)鵬洋丸の船長である丁木は,平成20年11月14日午前4時ころに添付図面①の「鵬洋丸」記載位置付近から鵬洋丸で古平港を出港し,同日午前8時ころに帰港して同記載位置付近に鵬洋丸を停泊させて同船上で作業をしていたところ,海底に沈んでいる本件車両を発見し,小樽海上保安部及び余市警察署に通報した。本件車両は,添付図面①の「(契)車水没位置」記載の付近の海底に,南東(海ないし沖方向)に車首を向けて正立した状態で水没していた(以下「本件水没地点」という。)。本件水没地点は,本件転落地点から約11メートルの地点であった。

(イ)小樽海上保安部の職員が潜水作業を行ったところ,亡太郎が,本件車両内の運転席に座り,シートベルトを装着したまま,ハンドルから手は離れていたもののハンドルを両手で握るような姿勢で死亡しているのが発見された。本件車両のドアも窓も全て閉まっており,ガラスは割れていなかった。運転席ドアのみ開錠されており,その他のドアは施錠されていた。小樽海上保安部職員は,同日午前10時45分ころ,亡太郎の遺体を引き揚げた。亡太郎の遺体からは,争った形跡などは見受けられなかった(甲20の1,20の2)。

(ウ)本件車両は,トヨタノア(初年度登録平成19年11月,長さ459センチメートル,幅169センチメートル,高さ187センチメートル,最小回転半径5.5メートル。)であったが,亥井光男の協力の下,有限会社和信自動車工業において同車両を海中から引き揚げたところ,バックドアが凹損していた。本件車両については,引き揚げ時にルーフが変形し,助手席ドアが破損したほかは,上記バックドアの凹損以外に大きな損傷はなく,車両底部にも擦過痕は見当たらなかった(なお,本件事故現場の岸壁についても,本件車両との擦過痕と思われるような痕跡は確認されなかった。)。シフトレバーはニュートラル,ヘッドライトはオフ,ワイパーが作動した状態であり,エアバッグは作動していなかった(甲4,5,18,乙2)。

(エ)本件車両内からは,長さ92センチメートルの釣りざお,浮きや仕掛けなどの釣り道具が残されており,他方,遺書などは見当たらなかった。

(オ)古平診療所の久保田某医師は,平成20年11月14日,余市警察署の依頼に基づいて亡太郎につき死体検案を実施したが,同人の遺体が水中にあったため,死後硬直からの死亡推定時刻の特定は困難であり,余市警察署担当者と相談した上で,死亡推定時刻を平成20年11月14日午前0時ころとした(甲6)。

オ 原告らにおいて本件事故を認識した経緯(乙3)

原告二郎は,平成20年11月14日,仕事が予定されていたので,亡太郎が本件車両で迎えに来るのを待っていたが,亡太郎は同日午前7時になっても現れず,連絡もなかった。そうしたところ,原告二郎は,同日午前9時ころ,余市警察署から本件車両が海に転落しているとの連絡があり,本件事故が起こったことを知った。原告二郎は,原告花子及び原告一郎にこれを連絡し,同人らも本件事故が起こったことを知った。

(2)本件事故の態様等について

ア (1)で認定したとおり,本件車両は,添付図面①記載のとおり,本件転落地点から約11メートル離れた本件水没地点に,海ないし沖方面である南東に車首を向けて正立した状態で水没していたことが認められる((1)エ(ア))。また,本件転落地点付近においては,岸壁に車止めは設置されておらず,海側に向かって勾配があるものの,かかる勾配は最大0.8度程度のわずかなものであること((1)イ(ウ)),引き揚げられた本件車両の底部には擦過痕は見当たらず,本件事故現場の岸壁についても,本件車両との擦過痕と思われるような痕跡は確認されなかったこと((1)エ(ウ))なども認められる。

これらの事実に照らすと,本件事故の際,本件車両は,本件事故現場付近を海に向かって相当速い速度で前進走行して,本件車両底部と岸壁とが接触することもないまま本件転落地点から海に向かって飛び出し,海面に達した後に水没し,同地点から約11メートル先の本件水没地点に達したものであることが客観的に明らかである。

また,上記の本件事故態様の客観的な状況のほか,本件事故現場及びその周辺の地形等((1)イ(イ),(ウ))を併せ考えると,本件車両は,少なくとも,本件街路灯付近の道路ないし通路部分を通って,北西方面から南東方面に向かって,相当速い速度で直進進行したものと推認することができる。

イ この点,株式会社損害保険サービス作成の特殊調査報告書(乙2。以下「損害保険サービス報告書」という。)においては,本件事故の態様ないし状況のシミュレーション等を試み,本件転落地点からの飛出速度については,①本件車両が添付図面②のⓐ記載のルートを北から南に向けて前進走行させ,本件街路灯付近まで達したところで進路を斜め左前方の南東方向に変えて前進走行させた(以下「推定進路①」という。)のであれば,左折時の速度に限界があるため時速約55キロメートルとなり,②添付図面①の「駐車場」記載の付近から南東方向に前進走行させた(以下「推定進路②」という。)であれば時速約50キロメートルとなる(この場合,着水後惰性により本件水没地点まで達することも考えられる。)などとした上で,飛出速度は時速50キロメートル前後であった可能性が高いと結論付けているところ,これらの検討内容及び結果は,アで述べたところとおおむね一致するものであり,首肯することができる(なお,損害保険サービス報告書においては,上記のほか,添付図面①の「駐車場」記載付近より手前の道路上から南東方向に前進走行させたという進路であれば飛出速度は時速約40キロメートルとなるところ,着水地点は水没地点のかなり手前となってしまうことなども検討している。)。

ウ また,B作成の鑑定意見書(乙4,10。以下「B意見書」という。)においても,工学的な観点から,本件車両は推定進路①を走行して本件転落地点から海に飛び出したものであるが,ごく低速度の転落の可能性については否定される旨を述べるところ,イで述べた損害保険サービス報告書と同様に首肯することのできるものである。

エ 以上に対し,C作成の鑑定意見書(甲17,26,28,29。以下「C意見書」という。)は,本件車両のバックドアに凹損があることなどに着目し,本件車両は,本件木材の山付近の道路ないし通路上で海に向かうようにして後進したところ本件木材の山に衝突し,その後ハンドルを左に旋回させて左にUターンないし回転するように進行し,時速30キロメートル前後で本件転落地点から海に飛び出したものと考えられるとする。

しかし,かかる進路は,本件車両が海に向かって後進するという危険な進路をとっているにもかかわらず,岸壁付近に積まれていた本件木材の山を見落とすなどしてこれに衝突している点,同衝突後,本件車両がほぼ目一杯に左に旋回しながら時速30キロメートル前後もの高い速度に達している点などにおいて,余りに不自然である。本件事故が深夜等の視界のよくない時間帯に起こった可能性もあること(ただし,本件木材の山付近には本件街路灯があり,深夜でも相応の明るさがあったことが認められる。)や,本件車両の後部を本件木材の山に衝突させたのであれば運転者であった亡太郎において少なからず動揺したと考えられることなどを併せ考えても,亡太郎において過失によってかかる無謀な運転をした可能性は極めて低いといわなければならない。しかるに,本件車両バックドアの凹損は本件事故の直前に生じたものであるとは限らないし,ほかに本件車両がC意見書の述べる上記の進路をたどったことを推認させる事情は特段見当たらない。

したがって,かかる内容を中核とするC意見書については,その余の部分について判断するまでもなく採用することができない。

オ 以上によれば,本件車両については,おおむね推定進路①又は推定進路②のいずれかをとったものと推認するのが相当である(なお,本件車両バックドアの凹損については,いつ,いかなる理由で生じたものかは不明であるものの,このことは必ずしも上記推認を妨げるものではない。)。

カ そして,証拠(乙2,4,5,7,10)及び弁論の全趣旨によれば,損害保険サービス報告書及びB意見書が指摘するとおり,本件車両が推定進路①をとっていたとすると,本件車両の運転者であった亡太郎においては,本件車両を北から南に向けて本件街路灯付近まで前進進行させたところでハンドルを左に少なくとも約180度旋回させて本件車両を南東に向け,さらにハンドルを右に同程度(少なくとも約180度)戻して前進走行させた上で,アクセルを踏み込んで時速50ないし55キロメートルで本件転落地点から海に飛び出したものと解されるところ,この場合,亡太郎においては上記のような意図的なハンドル操作及びアクセル操作が必要となる。

また,本件車両が推定進路②をとっていたとすると,本件車両の運転者であった亡太郎においては,②添付図面①の「駐車場」記載の付近から本件車両を発進させて南東に向けて前進走行させ,アクセルを強く踏み込んで時速約50キロメートルで本件転落地点から海に飛び出したものと解されるところ,この場合,推定進路①の場合と異なって意図的なハンドル操作は必ずしも要しないものの,他方でアクセルを相当強く踏み込みこれを維持するという操作が必要となるものと解される。

これらに加え,本件事故現場は港であり,岸壁には車止めも設置されていなかったのであるから((1)イ

(ウ)),通常は,海中転落の危険性を踏まえて慎重な運転をすると考えられること,本件事故の発生時刻は明らかではなく深夜に発生した可能性もあるものの,本件転落地点付近には本件街路灯があって相応の明るさは保持されていたこと((1)イ(ウ))などを併せ考えると,本件事故は亡太郎が故意に引き起こしたもの,すなわち自殺によるものであることが強く推認される。

(3)本件車両内からの亡太郎の遺体発見状況等について

(1)の認定事実のとおり,亡太郎は,本件車両内の運転席に座り,シートベルトを装着したまま,ハンドルから手は離れていたもののハンドルを両手で握るような姿勢で死亡しているのが発見されており,本件車両のドアも窓も全て閉まっており,ガラスも割れていなかったことが認められるところ((1)エ(イ)),これらは,本件事故の際,亡太郎が本件車両からの脱出を試みようとしなかったことをうかがわせる事実であり,本件事故が亡太郎の自殺によるものであったことと整合する事実ということができる。

なお,本件車両が海底から引き揚げられた際,シフトレバーはニュートラル,ヘッドライトはオフ,ワイパーが作動した状態であったことも認められ((1)エ

(ウ)),これらは,本件事故の際,亡太郎が本件車両内において一定の動作を行ったことをうかがわせる事実ということができる。しかし,亡太郎が本件車両内において動作をすること自体は,本件事故が亡太郎の自殺であったか否かとは無関係に十分に考えられる事態というべきであるから,本件事故が亡太郎の自殺であったことと矛盾するものとはいえない。

(4)本件事故以前の亡太郎の生活状況等について

ア (1)の認定事実によれば,亡太郎は,平成20年に入ってから勤務先であるA社での仕事量が減少し,本件事故直前の勤務日数及び受給額は,同年9月で3日及び3万4000円,同年10月で6日及び10万2000円,同年11月は同月13日まで0日及び0円にまで減少しており((1)ア(イ)b),本件事故当時における亡太郎の全所持金もおおよそ20万円前後しかなかったこと((1)ア(ウ)b,c。平成20年11月10日に北洋銀行口座からカードで引き出した12万円並びに本件事故当時における同口座残高9万0086円及び北海信用金庫口座残高3661円の合計が21万3747円となる。なお,ここから同月12日に原告花子に渡した生活費5万円((1)ウ)を控除すると16万3747円となる。),また,亡太郎は,本件事故当時,締結していた積立火災保険契約を解約すれば解約返戻金27万8850円を得ることができる状況であった一方,平成20年度の市・道民税合計5万6000円を滞納しており,合計404万円の負債を負っていたこと(原告二郎に係る運転免許取得費用のローン残高28万0800円及び本件車両のローン残高375万9200円)が認められる((1)ア(ウ)d,f,h,l)。

かかる状況のほか,亡太郎とA社との季節雇用契約は平成20年12月までであり,それ以降はアルバイトないし失業保険の受給等によって生活しなければならない見込みであったこと((1)ア(イ)a)なども踏まえると,亡太郎において,本件事故当時,経済的に相当に逼迫した状況にあったことは明らかである。

イ 他方,(1)の認定事実によれば,亡太郎においては,上記の負債等は負っていたものの,市・道民税を除いては,西区の亡太郎宅の家賃も含めて特段の滞納はしていなかったことが認められる((1)ア(ウ)dないしh,j)。亡太郎において消費者金融からの借入れをしていた形跡も見当たらないこと((1)ア(ウ)i)なども併せ考えると,本件事故当時,亡太郎が日々の生活に直ちに窮するほどの状況にあったとまではいい難い。

また,(1)の認定事実によれば,亡太郎においては,健康状態にも特段の問題があったことはうかがわれないし,原告ら家族との関係も良好であったものと認められる((1)ア(ア),(オ),ウ)。亡太郎においては,釣りを趣味としていたことから古平港などに赴くことそれ自体も不自然な行動ではないし((1)ア(オ)。なお,

(1)エ(エ)のとおり,本件事故後に海底から引き揚げられた本件車両内からも釣りざお等が見つかっている。),本件事故前の亡太郎の行動等からも,自殺をうかがわせるような特異な行動があったとは認められない((1)ウ)。

ウ 上記で述べた状況を踏まえると,原告らも主張するとおり,客観的には,あるいは第三者の立場から見れば,亡太郎において自殺しなければならないような状況に追い込まれていたとまではいい難いところである。しかし,かかる状況を,当事者である亡太郎がどのように認識していたかは必ずしも明らかではないし,アで述べたとおり,亡太郎が,本件事故当時,経済的に相当に逼迫した状況にあったことは事実であって,亡太郎において,衝動的に自殺に及ぶことがあり得ない状況であるともいい難い。

エ なお,(1)の認定事実によると,亡太郎は,本件生命保険契約に先立ち,平成7年3月1日付け生命保険契約(死亡保険金3000万円)を平成15年10月1日付け生命保険契約(死亡保険金300万円)に変更していることが認められるところ((1)ア(エ)),死亡保険金の額に着目すれば,この事実は,亡太郎が死亡保険金を目的として計画的に自殺を図ったことを否定する方向の事情ということはできる。

しかし,これらの事情は,亡太郎が衝動的に自殺に及んだことと矛盾するものとまではいえない。また,

(1)の認定事実によると,亡太郎においては,平成19年11月2日,平成15年10月1日付け生命保険契約(保険料月額2万9978円)を解約して解約返戻金63万6236円を受領し,ほぼ同時期に本件生命保険契約(保険料月額1万2148円)を締結するに至っていることも認められるところ((1)ア(エ)),この事実は,亡太郎が,本件事故の約1年前の冬場を迎えるこの時期において,既に経済的に困窮していたことを示すものということもできる。

オ 以上によれば,これらの本件事故以前の亡太郎の生活状況等は,本件事故が亡太郎の自殺によるものであることを積極的に裏付けるようなものとはいえないものの,本件事故が亡太郎の自殺によるものであることと矛盾するようなものともいえない。

(5)まとめ

以上で述べたとおり,本件事故の態様等は,本件事故が亡太郎の自殺によるものであることを強く推認させるものであり,本件車両内からの亡太郎の遺体発見状況等も,本件事故が亡太郎の自殺によるものであったことと整合するものである。そして,本件事故以前の亡太郎の生活状況等も,本件事故が亡太郎の自殺によるものであることと矛盾するようなものではない。

これらの事情を踏まえると,本件事故は亡太郎の自殺によるものであると認めるのが相当である。

2  結論

以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないから棄却する。

(裁判官 大嶺崇)

別紙1,2<省略>

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