札幌地方裁判所 平成22年(ワ)3580号 判決 2012年4月18日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
三木正俊
同
佐々木潤
同
山田裕輝
同訴訟復代理人弁護士
阿部迅生
被告
医療法人社団 Y
同代表者理事長
A
同訴訟代理人弁護士
水原清之
同
愛須一史
同
瀧澤啓良
"
主文
一 被告は、原告に対し、一四〇七万円及びこれに対する平成二二年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
本件は、被告の理事であった原告が被告に対し、正当な理由なく理事から解任されたと主張して、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般法人法」という。)七〇条二項若しくは会社法三三九条二項の適用、準用ないし類推適用、又は民法六五一条二項ただし書の適用による残存任期の報酬相当の損害賠償を求めた事案である(附帯請求は訴状送達の日の翌日である平成二二年一一月一一日を起算日とする民法所定の割合による遅延損害金)。
一 争いのない事実
(1) 被告は、札幌市a区内で「b病院」(以下「本件病院」という。)を経営する医療法人社団である。
原告は、平成一七年六月、本件病院の総務課長として被告に雇用され、その後事務次長となった後、平成二〇年二月二五日、被告の理事に選任された者であり、被告の社員でもあった。
(2) 原告は、平成二〇年五月一日、被告の理事に再任された。その際の任期は、同日から平成二二年四月三〇日までの二年間であった。
(3) 原告は、平成二一年三月二六日、医療法人社団c会d外科胃腸科(以下「訴外c会」という。)の理事に選任され、その後、被告(被告主張による)ないし被告理事長(原告主張による)から、訴外c会が経営する「d外科胃腸科」の業務を支援するようにとの指示を受けた。
(4) 原告は、平成二二年五月一日、被告の理事に再任された。その際の任期は、同日から平成二四年四月三〇日までの二年間であった。
(5) 被告は、平成二二年八月三〇日に開催された臨時社員総会において、原告を被告の理事から解任する旨を決議した(以下、同決議による原告の解任を「本件解任」という。)。
(6) 原告の被告理事としての報酬は、月額六七万円と定められており、被告は、原告に対し、平成二二年七月分までの報酬を支払ったが、本件解任後、報酬を支払っていない。
二 争点及び当事者の主張
(1) 「正当な理由」等の存否
(被告の主張)
被告は、原告に対し、d外科胃腸科の業務を支援するよう指示はしたものの、これについて業務報告を当然求めていた。しかし、原告は、被告の理事でありながら、平成二一年六月二九日以降毎月一回開催される理事会に全く出席せず、d外科胃腸科の業務状況について報告をしていない。また、平成二二年四月以前からも休みがちであり、たびたび無断欠勤するなどしていた。
なお、原告は、当初従業員として勤務しており、理事となった際も、従業員兼理事として業務に従事する前提で、被告との間に委任契約が成立した。また、被告においては、事務職については、理事という役職があったとしても、一般の従業員と同様に勤務することが期待されていた。しかし、原告は、出勤せず、職務放棄をたびたびするようになった。
このような状況での本件解任は、まさに正当な理由に基づくものであり、また、上記の債務不履行を理由とする解除の意思表示をも意味している。
(原告の主張)
本件解任は、原告が平成二二年四月以降被告に出勤していないなどの理由で決議されたものである。
しかし、原告は、訴外c会の理事長でもあった被告理事長の指示により、d外科胃腸科に出向してその業務の支援に従事していた中、平成二二年四月に本件病院内の組織が改編され、原告が本件病院において行うべき業務がなくなったことから、被告理事長の指示により、以後、d外科胃腸科の業務の支援に専念したにすぎない。
なお、d外科胃腸科の業務報告は、これを経営する訴外c会の理事会等において行うべきものであり、被告に対して行うべきものではないから、同業務報告に関する事情は、本件解任についての正当な理由とはならない。
また、原告は、平成二一年以降の理事会のうち、平成二二年三月及び同年五月以降に行われた理事会は欠席したが、その他の理事会は出席している。
原告は、従業員兼理事ではないし、訴外c会の理事としての職務も兼任して遂行していたのであるから、他の被告従業員と同じように出勤することはできないし、そのことは被告もわかっていた。
したがって、本件解任には、一般法人法七〇条二項若しくは会社法三三九条二項の「正当な理由」、又は民法六五一条二項の「やむを得ない事由」がない。
(2) 原告の損害
(原告の主張)
本件解任当時、原告の理事の任期は平成二二年五月一日から平成二四年四月三〇日までの二年間であったが、本件解任により、任期満了までの理事報酬残額一四〇七万円の支払を受けられなくなり、同額の損害を被った。
(被告の主張)
原告の妻は、本件病院で医療福祉有資格者として相当額の収入を得ていたのであり、原告自身も訴外c会の理事として月額一〇万円の報酬を得ていたし、本件解任後は増額された金額の報酬を得ていた。原告は、世帯単位でみれば、明らかに高収入を得ていたのであり、妻と二人暮らしの家族構成から生活に支障が生じるなどということはあり得ず、本件解任後得られたであろう報酬が直ちに原告の損害というわけではない。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(「正当な理由」等の存否)について
(1) 非営利目的の法人の一般法たる地位を有する一般法人法は、その七〇条一項において、「役員及び会計監査人は、いつでも、社員総会の決議によって解任することができる。」と定め、同条二項において、「前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、一般社団法人に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。」と定めている。これは、一般社団法人の社員に理事等の解任の自由を保障する一方、理事等の任期に対する期待を保護し両者の利益の調和を図る趣旨で一種の法定責任を定めたものであると解される。
他方、医療法人社団は、医療法を設立根拠法とするものの、非営利目的の法人であり、また、その理事等については任期が定められるのであって(医療法四六条の二第三項参照)、解任の自由の保障と理事等の任期に対する期待の保護との調和を図る必要のあることは、一般社団法人と同様であるということができる。
そうすると、医療法人社団の理事の解任については、一般法人法七〇条一項及び二項の規定が類推適用され、その結果、いつでも、社員総会の決議によって解任することができるものの、解任された理事は、その解任について正当な理由がある場合を除き、医療法人社団に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができるものと解するのが相当である。
そこで、以下、本件解任に「正当な理由」があるかどうかを検討、判断する。
(2) 被告は、被告が原告に対し、d外科胃腸科の業務の支援を指示するとともに、それについての報告を求めたのに、原告がその報告をしなかった旨を主張する。
しかるに、甲九及び弁論の全趣旨によれば、被告理事長のAは、訴外c会の理事長でもあったことが認められる。
そして、前記争いのない事実(3)のとおり、d外科胃腸科を経営するのは訴外c会であって、被告ではなく、かつ、原告が被告の理事であるとともに訴外c会の理事にも選任されていることを併せ考えれば、上記の指示は、Aが訴外c会の理事長として、訴外c会の理事である原告に対し、訴外c会の業務に関してなしたものであると推認される。少なくとも、上記の指示が、被告からその業務に関して原告に対してなされたという根拠となるような事情を認めるべき証拠は存在しない。
そうすると、原告が被告に対してd外科胃腸科の業務の支援についての報告をしなかったとしても、それはむしろ当然のことというべきであって、本件解任の「正当な理由」となるものではないといわなければならない。
(3) 被告は、原告が平成二一年六月二九日以降毎月一回開催される理事会に全く出席していないと主張し、その証拠として「理事会会議議事録」と題する書面(乙二の一ないし一六)を提出しているが、これらの書面は、議事進行の予定が印刷された紙面に出席理事の名が手書きされたものにすぎず、格別の証明力はないものといわなければならない。この点、証人Bは、上記の手書きをしたのは自分であり、自らも被告の理事として出席した理事会の開催中に同理事会に出席した理事の名を手書きしたものであると供述するが、その供述の裏付けとなるような客観的な証拠は存在しない。
かえって、前記争いのない事実(4)のとおり、原告は、平成二二年五月一日に被告の理事に再任されているところ、仮に、原告が、平成二一年六月から平成二二年五月までの一年弱もの間、毎月開催される理事会への出席という理事としての基本的な任務の懈怠を繰り返したのであれば、そのことは、再任の妨げとなってしかるべきであるのに、実際には、上記のとおり、再任されているのである。また、証人Cは、常勤医として本件病院に勤務していた平成二二年三月まで、オブザーバーとして理事会に出席したが、原告もほとんどの理事会に出席していたと記憶していると証言するところ、その証言に不自然、不合理というべき点は見当たらない。
以上の諸事情と原告本人の供述を総合すれば、原告は、原告が欠席したと認める平成二二年三月及び同年五月以降の理事会を除いて、被告の理事会に出席したものと窺われる。少なくとも、原告が被告の主張のように理事会への欠席を繰り返したという事実を認めるのに足りる証拠は存在しないといわなければならない。
(4) 被告は、原告がたびたび無断欠勤ないし職務放棄をしていた旨を主張するが、以上に認定したとおり、原告は、被告理事長兼訴外c会理事長から、訴外c会が経営するd外科胃腸科の業務を支援するようにとの指示を受けていたものであるから、仮に、原告が被告の理事兼従業員というべき地位にあったとしても、他の被告従業員と同じような勤務態勢を採り得ないのは自明のことであり、また、そのことは、被告も諒解していたというべきところ、原告がd外科胃腸科の業務の支援をしていたことを考慮してもなお被告の理事兼従業員としてなすべき業務をしなかったという根拠となるような事情を認めるべき証拠は存在しない。
(5) 以上によれば、本件解任に一般法人法七〇条二項所定の「正当な理由」があるとは認められない。
なお、被告は、本件解任が原告の債務不履行を理由とする解除の意思表示をも意味していると主張するが、医療法人社団の社員総会における理事の解任決議に当該医療法人社団と当該理事との間の契約を解除する意思表示が含まれるという主張自体が独自の見解に基づくものである上、以上によれば、原告に被告が主張するような債務不履行なるものはないというべきであるから、被告の上記主張は、これを採用することができない。
二 争点(2)(原告の損害)について
(1) 前記一(1)に説示した一般法人法七〇条の趣旨に照らして、同条二項の「解任によって生じた損害」とは、理事等が解任されなければ在任中及び任期満了時に得られた利益の額であるというべきである。
(2) 前記争いのない事実(6)によれば、原告の被告理事としての報酬は、月額六七万円と定められており、被告は、原告に対し、平成二二年七月分までの報酬を支払ったが、本件解任後、報酬を支払っていないのであるから、原告は、被告の理事を解任されなければ任期が満了する平成二四年四月三〇日までの二一月分の報酬合計一四〇七万円を得ることができたと算定される。
(3) 被告は、本件解任後得られたであろう報酬が直ちに原告の損害というわけではないと主張するが、独自の見解に基づくものといわなければならないから、これを採用することはできない。
三 結論
以上によれば、原告の請求は、理由があるからこれを認容することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 石橋俊一)